夢を見ている、そう自覚した。目の前には数日前の塩害で枯れたはずの花壇があったから
後ろから、優しい声がする
「ゆかりちゃん、お花見てるの?」
懐かしい母の姿に、けれど私は自分の意思で声を出せない。夢の中の幼い私は無邪気に答える
「このこたちにね、けがしてないかきいてたの!きのうねこさんがふんづけちゃってたから!」
母は、穏やかに微笑み私の頭を撫でた
「優しい子〜!ゆかりちゃん、お花さんたちはなんて言ってた〜?」
「このこがつちのなかのねっこひっかかれちゃったっていってる!だからいま、テープでつないであげるの!」
幼い私の言葉に、少しだけ母は驚いて
すぐに柔らかい笑顔に戻って語りかける
「そっか〜、お母さんからゆかりちゃんに移ってたんだね。消えちゃったわけじゃなかったんだ」
「?おかーさん、なにいってるの〜?」
「なんでもないよ〜。今日のおやつはケーキにしよっか!」
「うん!ケーキすき!」
その会話の後に、場面が暗転する
1年ほど前の私が、ベッドで眠っているところへ、ノワールがやってくる
魘されている私へ、そっと毛布をかけ直していた
「お母さん……」
私の寝言を聞き、ノワールはアームで私の手を握る
『代わりには、なれません。けれど、いつまでもお側に……』
少しずつ、意識が遠のいて
私は夢から覚めた
「…………いっそのこと、目覚めなければよかったのに」
溜息を吐き、手早く着替える。外はまだ暗く、星が窓から部屋を照らしていた
寝間着を洗濯機に入れ、自作した機械達の点検を終えると遠くから何か声がした
耳を澄ませ方角を探ると、庭の花畑の方から小さな声で救助を求めていることが分かった
『たす……けて……お水……』
「…………一人になりたいと、そう願ったところなんだが」
私は軽量に使うために作っていた大きめのコップに水を注ぎ、声の方へ足を進めた
ーーー
紫が花畑に向かうと、其処には誰も居らず、もっと奥から声がしている事に気がつく
獣道さえ無い山の中を進んでいると、平たい乾いた土地に1輪のトリカブトが咲いていた
『だれか……お水をください……』
声は、花からしていた
「異能の類か?いや、植物に異能が宿るなど聞いたことがないが……」
紫の声にトリカブトは大きく反応をする
『え、声が届いてる?あの、人間さん!どうか、お水を、汲んできては、くれませんか……!』
植物が喋るという奇怪な状況に、紫は混乱しつつも冷静で居ようとする
「水を与えるのは構わないが、この場所に居てもいずれまた水が不足するんじゃないのか?」
『た、たしかに……あの、それなら、私をあなたのお家に置いてくださいませんか』
見捨てるという選択が脳裏をよぎり、今朝の夢を思い出して紫は少し自己嫌悪に陥った
「…………枯れるのを見捨てるのも、違う場所へ植え替えて生息域を変えるのも、良いことではないな」
そう言って、紫はそっとトリカブトの周囲の土を掘り、根を傷つけないようにコップへと移した
『ありがとう、ございます』
トリカブトの言葉遣いに、ノワールの姿を思い出した紫は頭を振って思考をしないようにした
「可能なら敬語は使わないでくれ。死んだ大切な家族を思い出す」
『え、あ、わ、わかっ……わかった』
慌てるトリカブトに少しの愛らしさを感じながら紫は自宅へと戻った