【微GL】双葉のシロツメクサ   作:浮月 愁

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1話

清流・誉川(ほまれがわ)のほとり、四季折々の風景に囲まれて広大な敷地を誇る私立誉川高校。

本校は全校生徒千名を超える地域屈指のマンモス進学校だ。

 

朝の教室。一限のチャイム前の賑やかな時間。

 

椅子が引かれる音。

誰かが昨夜の模試の出来を嘆く。

机に鞄が落ちる鈍い音。

誰かが眠そうに机へ突っ伏す。

ページをめくる乾いた音。

誰かが小テストの範囲を必死に確認する。

 

窓際では、誉川から吹く朝の風がカーテンをふわりと揺らし、光が斜めに差し込んでいる。

 

刹那、引き戸が勢いよく開いたかと思われると、

そのざわめきの海をまるでモーセの杖の一撃のように割る声が教室に響いた。

 

「うぉーーい!! 青葉ちゃん! 結婚してくれぃ!」

 

顎のラインでぱつんと切り揃えられた黒髪のボブ。

クリンとした黒目がちな瞳。唇の真ん中がわずかに尖り、猫のような輪郭を描いている。

ブレザーのボタンは全開。彼女の大胆な性格そのままだ。

引き戸の前で大きく手を広げ、静止した。

 

一瞬、シンと静まり返る教室。

しかし、すぐにざわめきは元に戻る。

なぜならこれは毎朝の恒例行事だったからだ。

 

「あーおーばーちゃーーん!!」

 

彼女は教室に入ってくると一直線に窓際の席へと滑り込む。

そこに座っているのは、肩甲骨あたりまでのストレートの黒髪。前髪を横に分け、いつもヘアピンで止めている。少し茶色がかった瞳と白い肌の女生徒。

迷惑そうな顔でその訪問者をじろりと睨む。

 

「毎朝、毎朝よくやるね」

「うぉいうぉーい。青葉ちゃん、結婚しておくれよ〜」

 

椅子に座る青葉の太ももの上に、まるで子猫のように頭を載せる。

 

「結婚しない」

 

そうピシャリと言い放ったのが青葉。

小林青葉(こばやしあおば)だ。

 

「そこをなんとか結婚しておくれよぉ〜」

 

甘えるように青葉に縋っているのが澪。

佐藤澪(さとうみお)だ。

 

「青葉、そいつ放っといて。朝、小テストあるよ」

 

澪の登場に一切の動揺を見せず、机にノートを広げたのは青葉の友人、柿崎すず(かきざきすず)。

健康的な体型に低い声。ふわふわのくせ毛をお団子に結んでいる。

 

「英単語だよね」

「はぁ〜〜。青葉ちゃん朝からいい匂い」

「二十問」

「髪の毛うるつや〜」

 

青葉とすずが澪を見下ろし、声を揃えた。

 

「「ignore」」

 

澪は目をぱちくりと瞬かせ、小首を傾げた。

 

「……"無視する"?」

「Exactly。早く自分の教室戻りな」

 

青葉が呆れて教室の引き戸を指した。

澪はひどく残念そうに肩を下ろし立ち上がると、よろよろとした足つきで教室を出ていった。

 

ようやくうるさい訪問客が居なくなり、青葉は鼻から短く息を吐いてノートに目線を戻す。

すずも同様にノートを見る。

 

「あの澪って子、いつまであんたに付きまとうんだろうね」

「さあね」

「あれだよね。あの子、いわゆる……」

「……さあね」

 

青葉はノートに「possibility」

――可能性と書き写した。

 

 

去年、高校一年生の春だった。

青葉は廊下の隅で座り込んでいる女生徒に声を掛けた。

酷い貧血で立っていられなくなったらしい。

それが澪だった。

すぐさま保健室の先生を連れてきて事なきを得たのだが、青葉が付き添った際に澪に名前を聞かれた。

恐らくそれがきっかけなのだろう。

名を答えた時に、澪は驚くほど嬉しそうに微笑んでいた。

 

一学年十クラスの中から澪は青葉を探し出した。

末恐ろしい執念を感じた。

 

(って言っても、体調不良を助けたくらいでここまで好かれなくても……)

 

すずの言いたい言葉はわかっていた。

澪が同性愛者――レズビアンなのではないかと聞きたいのだろう。

 

正直、青葉は澪の気持ちがわからなかった。

その可能性もあるが、ふざけて言っているようにも見えるからだ。

 

(どうして『結婚』なんだろ)

 

青葉はシャープペンのノックをカチ、と押した。

『付き合って』とか『好き』だとか言ってくるなら、そうなのかもしれないと思うのだが、彼女から出る言葉はいつも『結婚』だった。

そのワードは非現実的過ぎてジョークに聞こえるのだ。

 

しかし、彼女の本当の気持ちを知る気にはならなかった。

 

(なんか面倒だし……)

 

チャイムが鳴ると、一瞬、空気が引き締まる。

波がすっと引くように、ざわめきは収まり、教室は次の顔をつくる。

 

すずも慌てて自席へと戻るが、すずと入れ替わって着席した男子生徒が青葉にノートの切れ端を渡した。

 

「おはよー。ちょっと、これ」

「おはよ。なにこれ」

 

男子生徒は二度ほど顎でその紙切れを差すと、すぐに前を向いてしまう。

担任が教室に入ってきた。

青葉が訝しげにその紙切れを開くと、やたらと尖った字でこう書かれていた。

 

【小林 青葉さま

2年C組の遠藤 修一です。

お話したいことがあります。

放課後、合宿施設の中に来てくれませんか。

待ってます。】

 

「ん゛ん!?」

 

閉じたままの口から叫び声が出た。

周囲のクラスメイトと担任が青葉に注目する。

 

「どうした? 小林」

「あっ……スミマセン、窓から虫が入ってきて」

 

周りはすぐに納得してくれたようで、ホームルームへと戻る。青葉はすぐに紙切れを筆箱の中にしまい込んだ。

 

遠藤修一。

 

彼は学年でも人気のある男子生徒だ。学校祭や球技大会などイベントの際によく三年の先輩方が「しゅーくん、しゅーくん」と彼のことを呼んでキャーキャー言っているのを青葉は見ていた。

 

青葉の認識ではビジュアルが優れており、スポーツ万能。だが、勉強の成績は下の方だし、制服を着崩しているので、よく風紀委員長に怒られているという印象だ。話したことは一度もない。

 

(一体なんの用なんだろう)

 

ノートの切れ端で伝言。

青葉は小さく頭を抱えた。面倒だ。

次の時間は小テストがある。

そっちに集中したい。

青葉は小さく唸ると、床をトトトと三回蹴った。

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