【微GL】双葉のシロツメクサ   作:浮月 愁

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10話

翌週月曜日。

澪は青葉の教室に来なくなった。

遠藤も来ない。

訪問者が居なくなった青葉の周りは静かだ。

 

すずには土日の間で状況をメールで伝えていた。

彼女は遠藤のことは一段落ついて良かったと。澪のことは意外にも、思い出してあげなよと呆れたようなニュアンスで返ってきた。

結婚なんてワード出てるのになんで忘れているのかと若干怒られてしまった。

 

確かにその通りだ。

同性から結婚しようなどと言われていたなら、忘れようにも忘れられないはずなのに。

 

澪の言葉のどこかにヒントがあるのではと、土日に何度も青葉は彼女の言葉を思い返しては、頭を抱えていた。

 

「で? 思い出せそうなの?」

 

すずが数学の宿題のプリントを手渡しながら、青葉の前の席に座る。青葉は自分の宿題プリントとすずのプリントを見比べながら首を振った。

 

「E組行ってきたら?」

「……え?」

「E組だったよね、あの子。もう一度聞いてくればいいじゃん」

 

すずの提案は最もだった。だが、今まで追いかけられてたのだ。今更自分から追いかけるのはなんだか少し気恥ずかしいし、合宿施設で露骨に拒絶された。また拒絶される可能性は大いにある。

青葉が黙り込んでしまったのを見て、すずも何かを察したようだ。

 

「まあ、今日はたまたま休みかもしれないし。明日になったらひょっこり来るかもね」

 

――しかし、次の日も、次の日も……結局金曜日になっても澪は青葉に会いに来ることは無かった。

 

『青葉ちゃーーん! 結婚しようぞ!!』

『はぁーん! 今日も青葉ちゃん、天使ぃ』

『しゅーいちろーは消えろーー!』

 

窓から差し込む温かい日差し。

カーテンを揺らし吹き込む誉川からの清らかなる風。

その中にいつもあった嵐のような彼女の姿。

 

ずっと求めていた平穏な学校生活だったのだが、どこか物足りない。

 

放課後、クラスメイトが帰り支度を始める喧騒の中、自席に座りぼんやりと外を眺めていると、すずが見かねて青葉の頭を小突いた。

 

「青葉! ボーッとしてる。まだ帰らないの?」

「え……ああ」

「『ああ』じゃないよ。E組行ってきたら?」

「うん……でもまだ思い出してないし」

 

すずが難解そうに腕を組んで首を傾げる。彼女の性格を考えると、早く行動しろと言いたいのだろう。つまり、もどかしいのだ。

ふと足元にリップクリームが転がってきたので拾い上げる。顔を上げると、クラスメイトの女生徒が駆け寄ってきた。

 

「青葉、ありがと〜」

「はい」

「ねえ。最近、さとみ来ないね」

「さとみ? 誰?」

「佐藤 澪。私一年の時同じクラスでさ。『さとうみお』だから、みんなから『さとみ』って呼ばれてたよ」

 

『佐藤 澪』

その名前を口の中で呟く。

頭の中ですべての字をひらがなに戻す。

『さとう みお』

 

少し錆びついた鉄棒と青々とした芝生。

塗装の剥げたすべり台と群生したシロツメクサ。

主の居ない揺れたブランコと夕方に差し掛かったオレンジ色の空。

振り返った少女の赤くなった頬とピンクのランドセル。

地面に落ちた汚れた体育帽子。

 

青葉の頭の中に次々と映像が流れ込んできた。

『さとう みお』

 

「思い出した!」

 

普段声を張り上げることのない青葉の叫び声に、一瞬教室が静まり返った。

 

「お、おもい、思い出した!!」

「え、えぇ……?」

「思い出した!!」

 

すずが駆け寄ってくると、青葉の背中をポンポンと叩いた。

 

「落ち着いて。良かったね。思い出したんだ」

「うん」

「E組行ってきたら?」

「うん」

 

すずに背中を押され、青葉は駆け出した。教室の引き戸を開け、E組へと向かう。

もう彼女は帰ってしまっているかもしれない。

 

思い出した。「さとう みお」。

約束も。

あの、シロツメクサの前で交わした約束。

 

E組の引き戸は開けっ放しだった。

中を覗くが、澪の姿はそこには無かった。

もう帰ってしまったのかもしれない。

青葉は踵を返し、玄関まで走った。靴箱を確認するのだ。一階まで駆け下りる。

普段あまり運動はしないので、息が上がる。

喉が苦しくなってきた。

 

違う。

 

運動不足で息が上がっているのではない。

興奮しているのだ。

懐かしい記憶。まるで運命のようだ。

高校で再会するなんて。

 

玄関まで来たのはいいが、彼女の靴箱の場所がわからない。

E組の靴箱の前で立ち往生していると、E組の生徒から声を掛けられる。「佐藤澪がもう帰ったのか知りたい」と伝えると、彼女は課題が終わらなくて美術室で居残りをしているとのことだ。

 

青葉は苛ついた。美術室は校舎五階。遠い。

小さく地団駄を踏んで、再度階段を駆け上がった。

早く行かないと行き違いになるかもしれない。

じわりと汗が滲んできた。

なぜ、彼女のために階段の昇り降りを繰り返さなければいけないのか。

 

自分のせいだ。

彼女のことはろくに名前で呼んだこともない。

「ねぇ」とか「あんた」とか。

名前で呼ぶ必要は無いと思った。

それ以上親しくなる必要など。

だからこそ、彼女の名前の印象が薄かった。

もっとちゃんと彼女に興味を持っていれば。

 

四階の踊り場。

もう少しで五階につくと脇目も振らず、走っていた青葉の耳に聞き慣れた高い声が飛び込んだ。

 

「青葉ちゃん……」

 

青葉が立ち止まり振り返る。

友人とともに階段を降りようとする澪がいた。

 

「澪……!」

 

初めて名前を呼んだ。

考えるより先に身体が動いた。駆け寄り、青葉は澪を抱きしめた。

 

「澪、ごめんッ。忘れててごめん……! 思い出した。私、思い出したよ……ッ」

「青葉ちゃん……」

 

耳元で澪のうめき声が聞こえた。

友人らは慌てながら「ハンカチ!」だの「どうしたの?」だの言っている。

きっとまた澪は泣いているのだ。

 

 

 

その日は涼しい日だった。

小学三年生の青葉は薄ベージュのランドセルを背負い、一人で学校の帰り道を歩いていた。

家に帰っても母親は幼い弟の世話ばかりして、きっと百点満点のテストを見せても、適当にあしらわれてしまうのだろう。

帰りたくないなと思った青葉は帰り道にある少し大きな公園の中に入った。

 

学校帰りに寄り道してはいけない。

必ずランドセルを家においてから、保護者にどこに行くか告げてから、遊びに行く。

学校から言われているルールだ。

 

しかし、帰りたくないものは帰りたくない。

公園の遊具で遊ぼうと思ったのだが、どうせなら誰かと遊びたい。

公園を見回すと、遠くの方に光沢のあるピンク色のランドセルが目についた。

恐らく女の子だろう。

青葉は遊びに誘おうとそのランドセルの方へと近寄った。

彼女はしゃがんで下を向いていた。

 

「何してんの?」

 

振り向いた彼女のほっぺはまん丸で、少しふくよかな女の子だった。頬を赤くして少し驚いた顔で青葉を見上げていた。

 

「なんでもない!」

 

彼女はすくっと立ち上がると、その場から離れようとした。

帰ってしまう。

一緒に遊びたかっただけなのに。

 

彼女は立ち去ろうとしたが、彼女がいた場所にぽつんと体育帽子が落ちていた。

青葉は拾い上げると、彼女の背中に声かけた。

 

「体育帽子忘れてるよ」

 

ビクリと彼女の肩が震えた。

土がついて少し汚れた体育帽子には

「こばやし」に横線が二本引かれ、「さとう」と書かれていた。

 

「さとう……みおちゃん?」

 

青葉が読み上げると、彼女は少し怒った顔で戻ってきてその帽子を引っ手繰った。

 

「それ、捨てたの! 勝手に見ないで!!」

 

唇を震わせて青葉を睨むその目はまるで警戒心むき出しの捨て猫のようだった。

 

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