放課後になった。
青葉は困っていた。
遠藤から貰った手紙の通り、待ち合わせ場所に行ったほうがいいのだろうか。
何かの悪戯で、行ったところで誰もいないなんてことも考えられる。
手紙の内容だけで言えば、告白されてもおかしくないものだった。しかし、接点もなければ会話をしたこともない。
恐らく告白される可能性は低いだろう。
青葉は温室の当たりでウロウロと時間を潰していた。
が、時間の無駄だ。行っていなければ帰ればいい。
青葉はやっと合宿施設へと向かった。
合宿施設は普段野球部やサッカー部の着替えスペースとして活用されており、鍵も掛かっておらず野球部とサッカー部が着替え終わった後は無人となる。
ドアを開けると何もないスペースの真ん中に遠藤が立っていた。
ドアを開ける音で遠藤が振り返った。
「あ、小林青葉ちゃん」
少し意外そうに目を丸くして青葉を見ている。
本当にいた、と青葉は怪訝そうに靴を脱ぎ、中へと入る。
「どうも。あの手紙? 手紙かどうか微妙だけど。遠藤くんが書いたの?」
「うわ。青葉ちゃん来た。すげー」
馴れ馴れしく下の名前でちゃん付けするこの男。
一般的なさわやかイケメンではない。どちらかと言えば爬虫類系、塩顔といった見た目だ。
イケメンと言えばイケメンだが、青葉のタイプではない。
「なんですかね」
「ウケた? ラブレター」
「は?」
「いくない? メールとかじゃなくてラブレター。恋文」
眉間に皺が寄る。
あれはラブレターだったのだ。令和にラブレター。
まあ、『おもしれー男』ではある。
「好きです。付き合ってください」
まるで緊張している様子もなくその男は言いきった。青葉は口を開けて固まった。
本気で告白なのだろうか。
「なんで? 話したこと無いよね?」
「あるよ、あるある。体育祭の時、スコアボード一緒に運んだ」
全く記憶にないが、恐らく『そっちもってくれる?』『おっけー』とかそんな会話だろう。
「ごめん。好きになられる理由もないから、ちょっと無理」
「え!? ラブレター出したんだよ? 面白くない?」
まあ、『おもしれー男』ではある。
「遠藤くん、結構モテるよね。なんで私?」
「黒髪ロング、クールな清楚系。めっちゃいいじゃん」
遠藤は落ち着きなくふらふらと揺れながら笑っている。
外見に自信がある方ではないが、確かに彼の言う通り、青葉は黒髪のロングだし、クールだと言われることもある。清楚だと言われることはあまり無いが、彼からはそう見えたのであろう。
その外見が好みド真ん中だったのであれば、特に否定することもあるまい。
だが――
「ごめんだけど、よくわかんないし、付き合えないな」
「お、やった! よくわかったら付き合えるってこと?」
遠藤は青葉に一歩前に足を踏み出すと、にやりと笑った。
「俺のこと嫌い?」
「いや、別に。なんとも思ってない」
「お、やった! 嫌われてないってこと?」
遠藤はまた一歩前に出る。青葉は彼が急に近づいてきたので一歩下がった。強引なやり取りに青葉の胸の中に小さな嫌悪感が芽生える。
「やっぱ嫌いかも」
「いやいや。それはズルでしょ。じゃあ、まだ付き合わなくていいから友達ってことで」
「はぁ?」
遠藤はサッと片手を青葉に向けた。
青葉はその手と遠藤の顔を交互に見て、握手を求められていることに気がつく。
「……いや」
「無理」と言い終える前。
遠藤が青葉の手をギュッと握った。
大きく温かくて乾燥した掌だった。ハンドクリームを使っていない男の手だ。
「……」
「俺のこと好きになったら付き合って」
改めて遠藤の顔を見上げる。
唇も同じく乾燥している。
リップクリームを使っていないのだろう。
剃り残したヒゲの跡。
きちんと鏡を見ていないのだろう。
眉は丁寧に整えられているが、女の目は誤魔化せない。青葉は無言で遠藤の顔をジッと見ていた。
「え? 何? もう好きになっちゃった?」
「なってない」
即答して、青葉は遠藤の手を振り払った。
少しナルシストが入っているらしい。なぜ、この男がモテるのか青葉は全く理解できなかった。
青葉はため息を吐いてその場を立ち去ろうとしたが、その背中に遠藤が声をかける。
「待ってー。一緒に帰ろう」
「はぁ?」
「友達だから」
そう言って強引に青葉のスクールバッグを取り上げる。
「あっ」
「持ってあげる。俺、男だから」
何入ってるの? 結構重いね、などと言いながら青葉の前を歩き、合宿施設のドアを開けた。
(ヤバい。面倒くさい!)
靴を履きながら青葉が心の中で絶叫する。
この男。
女子の荷物を持ってあげる自分に酔っている。
優しさなんかじゃない。
少し強引に振る舞えば、女子はキュンとすると思っているのだ。
(キモッ)
ゾクッと背筋を震わせて、青葉はその後ろを追いかけた。早く鞄を返してもらい、一人で帰りたい。
「遠藤くん、鞄返し……」
合宿施設を出ると後輩を引き連れた同学年の二年生の野球部の連中が、荷物を取りに戻ってきた。
「えんどぅー」
「えんどぅー」
遠藤をえんどぅーと呼んでわらわらと近寄ってくる。そして、ちらちらと青葉と遠藤を交互に見ては怪しげな笑みを浮かべている。
「えー、えんどぅー、合宿施設使って何やってたんだよ」
「エロいぞー! 女子入れんなよ」
「いやいや、友達だから」
遠藤は笑いながら青葉の頭をポンポンと叩いた。
またも背筋におぞましさが駆け上る。
女子は頭ポンポンに弱いと思っているのだろう。
教えてやりたい。
好意の無い相手からの頭ポンポンほど気持ち悪いものはないのだと。
青葉はいますぐその場から立ち去りたくなり、遠藤から自身の鞄を引っ手繰った――いや、引っ手繰りたかったが、鞄には辞書が入っており、重い。
指が引っかかっただけで、引っ手繰ることに失敗し、何も掴んでいない手が宙を舞った。
「ん?」
「鞄返して。一人で帰るから」
「えんどぅー、彼女怒ってるぞ」
「彼女とケンカすんな」
唖然とした。彼女だと思われてしまっている。
同学年の男子に。遠藤の彼女だと。
青葉は慌てて否定しながら手を振った。
「違う! 彼女じゃないから」
「今はね」
そう付け足す遠藤に男子らは盛り上がる。
(キモッ)
友達でも無理だと思いつつ、鞄を返してもらえなかった青葉はそのまま駅まで遠藤と共に帰ったのだった。
家に帰り頭痛薬を飲んだ。ストレスからの頭痛だった。