「で? こうなってしまったと?」
翌日の朝の教室だった。
自席に座る青葉の後ろでニタニタと笑う遠藤。
そして、席に座る青葉の脚を抱きかかえ、遠藤を警戒している澪。
青葉の席の前に座り、呆れたように三人を眺めているすず。
「知らない男! あっち行け! シャーーーー!」
「遠藤修一。よろしく。君は名前なに?」
青葉は威嚇する澪を宥めて、遠藤に振り返る。
「朝から何の用事?」
「え? 青葉ちゃんへの俺アピール? シャーーーー!」
「シャーーーー!」
遠藤と澪が互いに威嚇し合っている。
頭痛がする。
苦々しい顔の青葉にすずがため息を吐いた。
「遠藤くん。この通り、青葉、迷惑がってるからやめてあげてくれない?」
「そりゃ、最初は迷惑かもしれないけど、絶対そのうち迷惑じゃなくなる」
断定的な物言いにすずは小さく舌打ちをした。
すずが何か言い返そうとしたと同時に、クラスメイトの女子が遠藤の存在に気がついて集まってきた。
「しゅーくん、何してんの?」
「ここC組じゃないよ」
「ばーか、わかってるよ」
キャッキャと笑い合っているその様子を他の男子が目を据わらせて見ている。澪は口を尖らせると青葉を見上げた。
「あの男なんかヤダ。キモい。青葉ちゃん、どうにかして」
「……まあ、そのうち飽きるんじゃない?」
遠藤の気持ちは本気だと思ってない。なんとなく暇つぶしでちょっかいを掛けているに決まっている。間もなくチャイムが鳴って、教室を出ていく。それまでの我慢だと青葉は思っていた。
青葉の太ももの上に澪の手がちょこんと乗っていた。
細い指先。つるんとした爪。小さくて貧弱だ。
思わず青葉は澪の手を取った。
「あ、青葉ちゃん?」
柔らかくて指先までしっとりとしている。ハンドクリームを使って手入れされている掌。爪も磨いているのだろう。
改めて澪の顔を見てみる。
唇も血色が良く、つやつやしている。肌にはいくつかニキビ跡が見えるが、きめ細かくキレイだ。髪も寝癖一つ無い。
昨日見た遠藤とは全く違う。細部まで手入れされている。
「あんたって可愛いね」
青葉がさりげなく放った言葉に、澪は猫の立毛反射のような反応を見せる。目をまん丸く見開き、喉の奥で意味をなさない音を震わせている。
すずが小さな笑いを零す。
「は? 青葉何言ってんの?」
「いや、手も肌もピカピカだよ? 触ってみな」
澪は勢いよく立ち上がり、青葉の手を振り払った。
「チャ、チャイムが鳴るぞぉ! そろそろチャイムが鳴るぞ〜!!」
両手を握りしめ叫ぶと、澪は教室から転がるように飛び出していった。その叫びを聞いて遠藤も反応する。
「俺もそろそろ戻ろ。じゃね、青葉ちゃん、また放課後くるね」
「来なくていい」
冷たく言い放つ青葉に遠藤は目を細めて笑い、青葉の頭をポンポンと優しく叩いた。
出た! 頭ポンポン!!
頭皮にざわっと逆立つような不快感が走った。
あからさまに表情に出す青葉に、すずも察してくれたのか同様に顔を歪め、引いている。
遠藤が立ち去った直後、先程まで遠藤とお喋りしていた女子たちが青葉を囲んだ。
「青葉! しゅーくんと仲良かったの!?」
「今の頭ポンポンなに!?」
「もしかして……」
青葉が言葉を遮るように被せる。
「付き合ってない!」
すずが席から立った。
「ヤバいね。毎朝コレなのかな」
「え……」
すずの言葉に青葉は凍りついた。
毎朝?
冗談ではない。
すずが自席へ戻り、入れ替わりで男子生徒が前の席に座る。顔色が悪い青葉の顔を覗き込むと、その男子生徒は遠慮がちに聞いてきた。
「……小林ぃ、えんどぅーと付き合ってんの?」
「付き合ってない」
青葉は額を押さえ、俯いた。
マンモス進学校ゆえ、生徒同士はかなりドライな方だ。
誰と誰が付き合っただとか、誰かがムカつくからいじめようとか。
そんな話はほとんど耳に入ってこない。
大体にして人が多すぎて、噂しようにも、「それ誰?」となるのがほとんどだ。
しかし、相手は遠藤修一。目立つ男だった。
実際付き合っていなくても、付き合ってるように見えれば、水面の波紋のように学年中で噂されるだろう。
(嫌だ……嫌すぎる)
青葉は平穏に学校生活を送りたいのだ。ただそれだけなのだ。
(今でも手一杯なのに……遠藤くんまで……無理……)
朝のチャイムが鳴った。
その瞬間、ふと妙案が頭を過ぎった。
一発で解決する方法だ。
出来れば避けたい方法ではあるが、いつまでもあの男に付きまとわれるよりはずっとマシだと思った。
(もう……これしかないのかも)
昼休み。
青葉はすずに相談した。
すぐさま強い口調でそれを止められた。
しかし、本日の朝の状況がしばらく続くことを想像すると辛くて耐えられないと、ストレスで頭痛がするのだと伝えると、彼女は黙った。
しばらくの沈黙のあと、すずは言った。
なにがあっても友達として青葉のことを見捨てないし、できるだけフォローはする。
しかし、この選択はベストではない。後処理はキチンとするようにと。
まったく、頼もしい友人だ。
青葉はその忠告を胸に刻んで、お弁当の唐揚げを口に入れた。
放課後になった。
青葉は早速E組へと向かった。
友達の輪の中で新作のグミを交換している澪がいた。
「ねぇ! ちょっと話あるんだけど」
まるでこれから恐喝でも行われそうな言い回しに、澪の周りの友人は顔を青ざめて澪と青葉を交互に見ていた。
澪は嬉しそうに顔を綻ばせると、グミを一つ口の中に放り込んで「青葉ちゃん!」と言いながら青葉に駆け寄った。
「ついてきて」
そう言って青葉はずんずんと進む。
「青葉ちゃん、なになに? どこに行くの?」
E組からC組。二クラス隣。
教室の中を覗き、近くの女生徒に「遠藤くんいる?」と、聞く。幸運なことにまだ彼はいるらしい。
机を寄せ合い、男子生徒たちが垣根のように輪を作っている。
その中にいるようだ。
青葉と澪がその輪に近づくが、誰も気づかない。
それほどまでに、彼らは机の上の世界に没入している。
「ねぇ」
青葉が声を掛けると、彼らは慌てふためいて机の上のタブレットを片付けた。一瞬水着を着た女性の写真が見えたため、グラビア写真かなにかを見ていたのだろう。当然私物のタブレットは学校に持ち込み禁止されているものだが、そんなことは興味が無かった。
「ビビった! 風紀委員長かと思った」
「誰だよ」
「お、青葉ちゃん」
ひょいと遠藤が青葉に向かって手を上げた。
「あー。小林青葉」
「小林青葉」
「青葉ね」
口々と言う彼らに遠藤はへっへと笑っている。
すでに名前が割れているとこからみて、遠藤は彼らに青葉のことを話しているのだろう。どのような話をしているか大抵予想がついてしまうところに異様に腹が立ち、腕を組んだ指先が無意識にブレザーを掴む。
しかして、ちょうど良かった。
青葉はグイッと澪の腕を引き、絡めると、椅子に座る遠藤を見下ろした。
「私、彼女と付き合ってるから、もう構わないで」
一瞬時が止まった。
その場にいた全員が目を見開いた。
……これでいいはず。
たぶん。