(で? なんでこうなったんだっけ?)
翌日の朝の教室だった。
青葉の正面には遠藤が座っている。
その机の上に澪がどかっと腰を下ろし、遠藤を足蹴にしていた。
一方、青葉の隣ではすずが椅子にもたれ、三人のやり取りを呆れ顔で見守っていた。
「……なんか変わってなくない?」
静かなすずの声に青葉は目を伏せた。
「そこの席どけろー! しゅーいちろーー!!」
「いて、いて、蹴るな、お前。パンツ見えるぞ」
「しゅーいちろーは帰れーー!」
「名前違うって。修一だから。蹴るな、お前」
猫キックの如く、遠藤に蹴りを入れている澪。
そう。
なんと、何も変わらなかった。
青葉は深く机に突っ伏し、昨日の放課後を思い出した。
***
「私、彼女と付き合ってるから、もう構わないで」
その場にいた全員がその告白を聞いて言葉を失っていた。最初に口を開いたのは澪だった。
「あ、あ、青葉ちゃん! あたしと、あたしと……結婚するんか!?」
次第にパアアと顔を輝かせ、澪は青葉の腕に抱きついた。足をぴょんぴょんと跳ねさせ、その反動で青葉の身体が揺れる。
青葉は遠藤の反応を待っていた。
さあ、なんというか。
男子どもはなんとも言えない表情で顔を見合わせていた。
「レズ……」
「おい、やめろって」
「エロぉ」
「シッ」
遠藤はその告白を聞いても顔色を変えること無く、席に座ったまま足を組み替えた。
「知ってたけど」
「……ん?」
遠藤がにこりと微笑む。
「知ってたよ。青葉ちゃんとその子? 名前知らないけど。付き合ってんでしょ?」
青葉は困惑して、声を詰まらせた。
澪と付き合っているというのはたった今日考えた設定だ。元々付き合ってなんかいない。
「だから、俺、青葉ちゃんに興味持ったんだもん。レズの子と付き合ったこと無いから、俺」
驚愕、の前に納得が先だった。
全く接点のない男がなぜ急に告白してきたのか、ずっと疑問だったのだ。彼の感情は本気ではないと感じていたのも、今の彼の台詞を聞いて腑に落ちた。
青葉に興味が湧いたのではなく、女が好きな女の子に興味が湧いたのだ。
その直後激しい後悔が押し寄せた。
選択を誤ったのだ。
青葉は異性愛者。興味を持たれる筋合いは無い。遠藤の勘違いだと伝えることが正解だった。
青葉は慌てて大きく息を吸い込んだ。
「……っ! あ、嘘! 私、この子と付き合ってない。私、同性愛者じゃない!」
「青葉ちゃん、好き、好き〜」
しかし、その傍らで青葉の肩に頬を擦り寄せる澪がいた。
「ちょ、やめて」
「やっぱレズじゃん」
遠藤が立ち上がってボックスリュックを背負った。
「ちょうど良かった。一緒に帰ろ〜」
「えんどぅー、じゃーな」
「おう」
「また明日」
「おぉ、またな」
憔悴している青葉の前まで来ると、遠藤は二人を見下ろす。
「ほら、帰ろ?」
動けない。
もっと彼の真意を確かめてから行動するべきだった。いつもならもっと落ち着いて判断できるはずだった。なぜこんなにも焦ってしまったのか。
ぽんと背中を叩かれた。
「帰ろ?」
大きな遠藤の掌が背に触れている。
簡単に触れてくれるな。
青葉が遠藤を睨みあげたが、彼はお構いなしだった。そのまま背中を押されたが、澪がそれを止めた。
「うぉい!! おかしいぞ、お前は! 聞いていなかったのか! 青葉ちゃんとあたしはラブラブなんだぞ!」
「え?」
「いいか!」
澪は腕を振りかぶると遠藤の顔の真正面に指を指した。
「青葉ちゃんは一生お前なんか好きになることはない!!」
澪の叫び声が教室に響き、まだ中に残っていた生徒たちは青葉の方へと注目した。
遠藤は虚を突かれ一瞬押し黙り、青葉から手を離す。
「え? マジで? わかんないじゃん」
「わかる! あたしはわかる! 青葉ちゃん、行こう!」
「……えっ」
そのまま澪に腕を引かれ、C組の教室を出た。
引きずられるように青葉は澪に引っ張られていた。
腕を引かれながら、青葉は少しだけ安心していた。
澪はC組の教室で「青葉は遠藤を好きになることはない」と宣言してくれた。
少なくとも、C組から遠藤との妙な噂が広がることは無いだろうし、もし、何か広がったとしても「遠藤が一方的に青葉に思いを寄せている」というようなものになるだろう。
また、他人の性的指向に関するセンシティブな話題を誉川の生徒が面白おかしく周りに言いふらすようなこともほとんど無いだろう。言いふらしたとて、恐らくどこかで話題は止まる。
青葉は立ち止まった。
急に立ち止まられて澪も止まる。
「ねぇ」
「んん?」
「さっき、いきなりあんなこと言ってごめん」
「ん〜! いいのだよ!」
澪が嬉しそうに頭を揺らす。
「付き合うって言ったの、嘘。遠藤に興味持たれてウザかったからああ言ったんだ。結果的にこの嘘ミスっちゃったけど」
「えーーーー?」
がっくりと肩を落とす澪。
大体にして澪もどこまで本気で青葉のことが好きなのかわからない。青葉の中では気持ちを弄んだというつもりはなく、ちょっと協力してもらった。その程度の感覚だった。
澪もがっかりはしているが、それほど強いショックを感じているようには見えない。
「でも、教室であんたが遠藤にズバッと言ってくれたでしょ? 私が遠藤のこと好きになることはないって」
「うん」
「ものすごく助かった。本当にありがとう」
感謝の気持ちを伝えた直後、澪の表情がまるでソフトクリームのように蕩けた。
「え〜。青葉ちゃんの役に立っちゃった〜?」
「うん! 立った、立った」
デレデレと身体をくねらせ照れている。ものすごくわかりやすい反応だ。
「じゃあ〜、お礼してよぉ〜」
「お礼?」
***
「ねぇ、青葉ちゃん? 聞いてる?」
急に遠藤に話し掛けられ、青葉はハッと現実に戻される。目の前の遠藤は澪に髪の毛を引っ張られ、明らかに苛ついている表情だ。
「ごめん。全然聞いてなかった」
「えー、マジかよ。……クソいてーなぁ!」
頭を振って澪の手を振りほどこうとしているが、澪がポコポコと遠藤の頭を叩いた。
「明日の土曜日は、青葉ちゃん、あたしとデートなんだよぉ! しゅーいちろーとはデートしないんだよぉ!!」
「何? こいつ言ってること本当?」
青葉は小さく息を吐いた。
そうだ。澪にお礼をねだられたのだ。
今週の土曜日にデートしてほしいと。
「……本当」
青葉が力なくそう答えると、隣のすずが心配と呆れが混ざった表情で青葉の肩を二回優しく叩いた。