翌日の土曜日は快晴の晴天のまさしくデート日和だった。
青葉は待ち合わせ場所の駅前に先についた。いつも五分前行動だ。
スマホを取り出し、英単語アプリで時間を潰す。
(まあ、デートって言っても、相手は女の子だし。普通に友達と遊ぶ感覚だな)
『significant』の文字をタップしようとしたところ、腕に掛かった衝撃で危うくスマホを落としかける。
澪が横から飛びついてきたのだ。
「青葉ちゃん!」
「……ビックリした」
目をキラキラとさせている。
この顔を見たことがあった。
七歳の弟がクリスマスにサンタさんにもらったプレゼントを開けたときの顔だ。
(すごい。七歳児と同じ表情が出来るんだ)
「今日は楽しみだね〜! たくさん遊ぼうね!」
「ちょっと声が大きい」
発言もほぼ七歳児だ。
澪は今にも走り出しそうな勢いで青葉の腕に自身の腕を絡めた。
澪との距離の近さに一瞬面食らうが、澪はそのまま青葉を引っ張るように歩き始めた。
友だちと遊ぶ感覚だと思っていたが、どうやら澪は違うらしい。鼻息荒く高揚したこの状態はやはり『好きな人』とのデートなのだろう。
(お礼だもんな)
澪の気持ちに水をかけることは止めようと、青葉は大人しくそのまま彼女に引かれ歩いた。
澪が連れてきた場所は映画館だった。
デートに映画館。
ものすごくベタだが、青葉は映画館が好きだった。
家とは違う没入感。ポップコーンの香り。
特に海外アクション映画が大好物だ。大音響と疾走感がたまらない。
期待と興奮を押さえつけ、青葉は澪の袖を引いた。
「……ねえ。何見る?」
「あれだよぉ」
澪が指差したのは「劇場版 ロリポップ・ハニー・ベア 虹色の涙を探して」
主に雑貨などのグッズ展開されている子供に大人気のキャラクターの劇場版だ。
グッズ売り場周辺には幼稚園から小学校低学年の女児を連れた親子で賑わっていた。
「……え、ほんとに?」
「あたし、あれ大好きなのだよ!」
澪は券売機へと向かっていった。
(……お礼だもんな……)
青葉は失望を隠しながら澪に着いていった。
本当は新作アクション映画の「Afterburn City」が観たかったのだ。
しかし、九十分後。
青葉は澪に寄り掛かりながら、映画館の外のベンチに座り、止まらぬ涙を拭うため、ハンカチで顔を覆っていた。
「……ぐっ……うっっ……」
「あ、青葉ちゃん、大丈夫?」
最高だったのだ。
おだやかでのんびりとした物語なのだが、後半それぞれのキャラクターの思惑が交錯し、あるキャラクターの過去に触れる。
「く、クッキー・バニーママは……うぅ……」
「わかる、わかる。すごく辛いよね……だから、今売ってるグッズの中にママと並んでるイラストは使用されていな……」
「嘘……うぅぅう……」
子供向けアニメと侮っていた。
澪に誘われなければ一生この感動を味わうことも無かったのだろう。
澪はすくっと立ち上がると、「ここで待ってて」と走り、映画館の中へ入ってしまった。
しばらく待っていると澪がまた走って戻ってきた。
「青葉ちゃん! これ!」
手に持っていたのは「クッキー・バニーJr」と「クッキー・バニーママ」のステッカーだった。
「公式に一緒のイラストはないけど、バラバラのステッカーは売ってるから、こうやって一緒に持ち歩くことができるのだよ! 青葉ちゃんにあげる!」
なんてことだ。
本編では離れ離れになってしまったうさぎの親子がステッカーで、一緒になれる。
「ありがとう……ありがとう……尊い……」
澪は泣き止むまで青葉の背をさすってくれていた。
その後、ランチに、少し有名なオムライス専門店へと向かう。
澪は自然と青葉の手を繋いで隣を歩いてくれていた。
青葉は先程の醜態を見られてしまったからか、どことなく心の壁のようなものが薄くなっており、手を繋いで歩くことに抵抗を感じなくなっていた。
お昼時だったため、オムライス専門店は店の前に人が並び、混んでいた。
青葉は待つことがあまり好きではなく、並ぶくらいなら他の店を選ぶタイプなのだが、澪が先程の映画やキャラに関する豆知識をずっと話してくれたおかげで、待ち時間は全く苦痛ではなかった。
(……なんか……)
居心地が良かった。
彼女がいるときの教室でのやかましさ。
いつも冷たくあしらっていた。
早く朝のチャイムが鳴ればいいのに。
早く自分の教室に戻ればいいのに。
いつもそう思っていたのに。
はじめてだった。
(嫌じゃない)
ずっと抱えていた疑問。今なら聞ける気がした。
青葉は声をひそめ、澪の身体を引いた。
「ねぇ」
「んむ?」
「どうして私と結婚したいの?」
澪は目を丸くした。
驚いているような、困っているような。そんな目だ。澪が口を開きかけた瞬間、店の中から店員が顔を出した。
「サトウ様! お席空きました。どうぞ」
ハッとして澪が店員の方へ顔を向ける。
「はい! 青葉ちゃん、中に入ろう?」
「ん……うん」
絶妙なタイミングで呼ばれてしまった。
店に入り、青葉は「サーモンとほうれん草のクリームソース」、澪は「チキンとチーズのトマトソース」を注文した。
座席に座ると思いの外、隣席との距離が近い。
ここであの話をするのは周りの目が憚られる。
「青葉ちゃん……あのね……」
だが、彼女は周りの目を気にしていない。
「待って。食べ終わって外行ってから話そう」
澪は頷いた。
人気店なだけあり、オムライスは絶品だった。プチパフェもあったが、満腹で食べられそうもなく、断念して二人は店を出た。
「いや〜! 美味しかった〜! また一緒に来たいなぁ〜」
「……うん、そうだね」
青葉が素直に同意したものだから、澪は嬉しそうに飛び跳ねながら青葉の腕に抱きついた。
青葉はやはり先程の話の続きをしたかったのだが、どうやら澪はオムライスの美味しさと満足感に浸っており、すっかり忘れてしまっているようだ。
「ねえ」
「ん?」
「カラオケ行かない?」
澪はこのままここで解散だと思っていたらしく、目を輝かせて頷いた。彼女は歌う気満々のようで鼻歌まで歌い始めたが、目的は歌ではない。
二人きりで落ち着いて話せる場所へ行きたかったのだ。
澪の本心を確かめたい。