愛原君を良く言えば、ギャルゲーの主人公。
愛原君を悪く言えば、最終的にナイフで刺されるタイプの主人公。
彼を端的に説明するなら、学校でファンクラブができるレベルのイケメン。
ファンクラブは見ようによっては、ハーレムと呼んでもおかしくない。
そんな彼が、異世界でハーレム?
「……愛原君ならなにもおかしくない」
それに異世界転移はハーレムがお約束だと聞いたことがある。
実際、ハーレムを作ると意気込んでいた人もいたし、今更そこに対する驚きは無い。
「ではリリィル様……ぼくはその愛原君の世界に向かえばよいということですよね? 業務内容は?」
『「終末因子」と呼ばれる、世界を崩壊させる原因の排除です』
終末因子。
それは世界を滅ぼす原因の事を指す言葉らしい。
例えば魔王、病、戦争、神々の争い。様々な物が終末因子に指定されている。
『……本来なら、能力を授かった愛原さん自身が処理するはずだったのですが……』
まさか。
『現地の女の子たちとのハーレム作りを楽しんでいるようで……終末因子を排除してくれないんです』
なるほどね。
自分の願望に正直なのはいい事だと思う。
飯を食いたいのも、寝たいのも、女を侍らせたいのも別にいい。
ただ、ハーレム?
「……ぼくはなにをすればいいんだ?」
◆
悩みながら管理局の通路を歩いている時の事。
——ドゴン、と、視線の奥にあるオフィスエリアの防護壁が激しく粉砕した。
吹き飛ぶデスク、鳴り響く警報、管理局職員たちの悲鳴。
うわー、酷いなあれ。労災とかあるのかな。
阿鼻叫喚の中心。
狂ったように笑いながら暴れている白髪のお姉さんがいた。
「誰ですあれ?」
『あー……あれは淫靡の女神ですね。一応同僚なんですけど……関わらない方がいいと思います。同志の魂が堕とされてしまいます。見た相手を操る力を持ってます。危険です。危ないです』
神、ね。
代理女神になってから、情報を少しだけ集めていた。
その時集めた情報によると、管理局の職員の殆どは人間や亜人で構成されているらしい。が、各部署のトップは神が担っているのだという。
「淫靡の女神様はいったいどこの部署に?」
『彼女は仕事を一切せずに、よく他部署の職員を誘惑し堕として遊ぶので、以前捕獲され独房に入れられていたはずです』
「ほか……え?」
え、なに?
この世界って女神が逮捕されるとかあるの?
もしかして、目の前で行われている阿鼻叫喚は凶悪犯の脱走劇?
遠目に見ていると、脱走劇の余波(建物の破片)がこちらにも飛んできた。
ぼくはほぼノータイムで背を向け、第六部署から逃亡した。
◆
止まっていても仕方が無いので、とりあえず愛原君の世界へと向かうことに。
管理局には『扉』と呼ばれる技術が存在する。
簡単に言えばどこでもドアだ。
その扉を潜ると、そこは活気にあふれた王都のど真ん中に繋がっていた。
物売りの声に、石畳を転がる馬車の車輪の音。まさにファンタジー。
「しゅっごいなぁ……これが異世界……」
そして、その大通りの向こう側、立派な宿屋の目の前に、異様な人の集団ができていた。
それは恐らく——
「勇者様! 勇者様! 私と付き合ってください!」
「私、一級魔法を使えて!」
「次に行くダンジョン、ぜひ私を連れて行ってください!」
遠目からでも一発でそれと分かる異様な熱気。
群がっている女性陣、その中心で、爽やかな笑みを振りまいている男――愛原君だ。
「一先ずコンタクトを取ってみようかな」
ぼくはその集団に強引に入り、力任せに掻き分けて進む。
「申し訳ない……! ちょっと彼に用事が!」
衣服越しに伝わる肉の感触がひたすらに煩わしい。
……これ、元の男の体だったら事案になっていたかもしれないな。
『いえ、元の同志の見た目は中性的すぎて、ぶっちゃけ性別の区別がつきませんでしたから。誰が相手でもあまり結果は関係なかったと思いますよ?』
どうやら、心の声は読まれているらしい。
が、リリィルの雑音など気にせず、ハーレムの中心にいる男を見据えた。
「愛原君、ぼくだ! 少し話がある!」
声を張ったが、黄色い歓声にかき消されるだけだった。
ぼく程度では話にならないらしい。
なら——
「私、私だ! 女神リリィルだ! 話がある!」
ザワっ、と周囲の空気が一瞬で入れ替わる。
そして、気づいた時には。
「……リリィル様?」
集団が綺麗に左右へと割れ、モーゼのように、ぼくと愛原君を繋ぐ一本の道が出来上がっていた。
◆
「まさかリリィル様が俺の元に来てくださるとは。もう会えないのだと思っていましたよ。いやぁ、貴方ほどの綺麗なお方に会えなくなると、人生の大損ですからね」
その後、愛原君が住むという宮殿に向かうことに。
……宮殿て。何したらこんな場所に住めるんだよ。
「それで、御用というのは?」
「……愛原君、ハーレムを作るのは個人の自由ですが、肝心の仕事をやっていただかないと困ります」
「ああ、なるほど、その事でしたか。安心してくださいリリィル様、もちろん魔王を討伐するつもりはありますよ」
お? 案外話が早く済みそうだ。
ただの杞憂だったのだろうか――そう安堵しかけた直後。
「ですが! 俺が魔王を討伐すると、この世界に俺を好いてくれた人々を置いていくことになるんですよ?! そんな惨いことは……」
クソ、やっぱこんな簡単に終わるわけが無かった!
魔王を討伐——つまり、終末因子の排除だ。
それを成すと異世界人は強制的に元の世界に戻されてしまう。
愛原君はそれが嫌で、魔王討伐に向かっていないのだろう。
「せめて、もう少しだけ待っていただけませんか? 俺と彼女たちが、ちゃんと別れを受け入れるための時間を」
「時間というのは……具体的にどの程度ですか?」
「せめて、あと十年か二十年。俺がこの世界で天寿を全うするまで」
「なっ……!? この世界が現在進行形で魔王軍に侵攻されているという事実を忘れたの、ですか!?」
「もちろん、タイミングを見て魔王は討伐しますから」
それではダメなのだ。
魔王は力を蓄え続けている。引き延ばせば、いずれキャパを超える。
愛原君がいつ魔王を討伐するか不明な以上、可能な限り早くなくては困る。
ぼくがどう説得しようか悩んでいると。
「リリィル様……俺はまだ、帰りたくないんですよ。今、本当に幸せで……」
あぁもう。
◆
終末管理局第七部署。
ぼくが憂鬱と共に廊下を歩いている時の事だった。
「どうすればいいと思いますか女神様? ぼくとしては、直接魔王を討伐しに行ってもいいのではないかと思っているのですが」
『死にますよ同志』
負けるんだ。
……女神の肉体使えないなぁ。もっと凄いパワーが欲しい。
『聞こえていますからね』
脳を盗聴され本音がぽろぽろ漏れていく。
脳裏に湧き出る思考を止める方法なんて知らないし……うん、隠すのは諦めよう。
『私を尊敬するという手は無いんですか、そうですか』
さて、そんな思考の垂れ流しをしていた時のことだ。
廊下の曲がり角から、一人の影が姿を現した。
それは——
「あら、リリィルじゃない。どう? あの子供との進捗は? 作戦は上手くいったの?」
白髪長身のスタイル抜群な女性。
さっきオフィスを破壊して大暴れしていた、淫靡の女神だった。
長い白髪を艶めかしく揺らしながら、こちらへと距離を詰めてくる。
「申し訳ありません。姿はこれですが、ぼくはリリィルじゃなくて……話は聞いていませんかね?」
「あぁ……なるほど。うん、聞いてる聞いてる。……貴方が噂のね?」
そう言いながら、踵を返す淫靡の女神。
「ま、中身がリリィルじゃないなら、私にとってはどうでもいいわ」
つまらなそうに鼻を鳴らし、長い髪を揺らした。
たったそれだけで、絵画にも劣らないように見える。
——その瞬間だった。
脳裏にある案が思い浮かぶ。
「女神様、一つ質問をよろしいでしょうか?」
「ん? 何? 私とワンナイトを過ごしたいなら、いつでも——」
「……貴方様のお力について、耳に挟みました。そこでご提案なのですが、どうか私にお力添えをいただけないでしょうか」
『な!? 同志!? そんな奴に頼ってはいけません!』
リリィルが脳内で叫ぶが、無視。
淫靡の女神は他人を意のままに操れるのだと聞く。
もしそれが可能なら、今回の件に抜擢だ。愛原君を操作して、魔王に特攻を仕掛けよう。
まあ……正直に言うとあまり期待はしていない。
そもそも助けてくれるのかも怪しく、女神は異世界に行けないとかも聞くし。
——そう、思っていたのだが。
「いいわよ? 今から行きましょうか」
「え?」
予想外の答えで、声が漏れてしまう。
「……いいのですか? 傀儡の女神様が言うには、女神は直接異世界に干渉できないと聞きましたが」
「ふん、それはあいつだけの話。私は別にいいのよ、そういうの得意だし」
マジか。
『同志!?』
これなら、世界を救えるかもしれない。
◆
——結論から言おう。
その後、事態は一瞬で片が付いた。
ただし、ぼくの予想とは全く異なるベクトルで、だ。
まず第一に、淫靡の女神がハーレムの中へと単身で切って入った。
突如現れた美女に対し、周囲は当然、阿鼻叫喚の嵐。
嫉妬と敵意が渦巻くその光景は、さきの管理局崩壊の時よりも酷かったかもしれない。
このまま、ぼくは愛原君を堕とすものだと思っていた。
——だが。
「あ、貴方様は?」
愛原君ハーレムの一人の女性が、目を輝かせ跪いた。
「私? 私はクルトムル。淫靡の女神クルトムルよ」
「ク、クルトムル様……! あぁ、なんて、なんて美しいお方なの……っ! 私と、友人に」
「いいわよ。私はどこかの神と違って傲慢じゃないから」
そこからは一瞬だ。
愛原君を囲んでいたはずの女性陣が、淫靡の女神に駆け寄った。
……ん?
一体、何が起きた?
淫靡の女神——クルトムルが視線で一瞥、ハーレムが一瞬にして崩れた。
騎士崩れも、高位の魔術師も、全員が顔を紅潮させ、うっとりとした目で女神を見上げている。
変わり果てた集団を見据え、唖然として固まっているのは、ぼく。
そしてもう1人――愛原君だけだった。
『……女神とは、災害のような物です。都合よくは動かないと念頭に置いておくことです。それが、どんな神であっても』
警告してくれるリリィルだったが、時すでに遅し。
愛原君を囲んでいた集団は、全て淫靡の女神へと興味を移している。
あー、マズいなぁこれ。
愛原君、萎えて魔王討伐投げ出したりしないよね?
NTRじゃんこれ。
「お、俺の、俺のハーレムが……全部あの女に……」
ガタガタと震える彼にかける言葉が見つからない。
今の彼には、どんな建前を並べても逆効果にしかならないだろう。
だが次の瞬間、愛原は悲壮な顔で立ち上がり剣を引き抜いた。
「……わかってはいる。これは俺の怠惰が招いたことだ。だが——」
剣先を淫靡の女神へと向ける。
「俺が魔王を討伐したその暁には、貴様に鉄槌が下してやろう!」
圧倒的な殺意を露にしながら、彼は淫靡の女神から背を向けた。
その背中を見送りながら、ぼくはそっと胸を撫で下ろした。
なんとか、なった。
愛原君はボイコットをするつもりはないらしい。
「はぁ……あぶな……」
初めての仕事だったが、一応無事に仕事は終わりを迎えた。
愛原君の心証はお察しだが、これでよかったんだ。
これで、一件落着。
「——あはっ」
ともならなかった。
「いいわぁ彼、私を見ても堕ちなかった男は初めて」
去る愛原を見据えながら、ニタニタと恍惚な笑みで。
「うん、あの男。絶対に私の物にするわ。こんなに沸き立つのは千年ぶりかも」
「へ?」
「ちょっとアンタ、先帰っていいわよ? 私は用事ができたから」
「いや、待って待って——」
ぼくの静止など意に帰さず、彼女はぼくから去っていった。
◆
こうして、ラルバトロスは救われたらしい。
らしい、というのは終末因子が完全に消え去ってないからだ。
だけど、リリィルが言うには終末因子の反応は微弱な物になっているんだとか。
これは愛原君が魔王討伐に乗り気になったおかげらしい。
だが…………。
現地に残してきたあの二人の動向が少々気になり、ぼくは一ヶ月の間を空けて、再びこの世界へと足を運んだ。
そして、再開した。
「愛原君、久しぶり」
「リリィル様! お久しぶりです!」
「ええと、最近の調子はどうでしょう? 前回は同僚がやり過ぎてしまったというか……もし望むなら、女の子を何人か手配することも可能ですが」
「いえ、リリィル様! これでよかったんです。いや、むしろこれがよかった!」
まさかの全面否定にぼくが驚いていると、彼の背後から、見覚えのある白髪の影がぬらりと現れた。
「あら、愛原? ナンパかしら?」
「何を言う、貴様のような女、何時でも捨ててやる準備をして居るまでだ。だが、どうしてもと言うのならこれから俺の付き添いを——」
その後、彼らは手を繋いで——
「はぁ……?」
……絶句した。
二人は、見るのも耐えがたいほどの熱々なカップルに変貌していた。
『言ったでしょう同志! 女神とは災害なんです! 愛原さんはハーレムを失った挙句、あんな恐ろしい女と恋に堕ちたんです!? これが災害と言わずして何と言うでしょう!?』
脳内で、リリィルが同僚の凶行に本気で引いていた。
ああ、そうだね。と心の奥底で同意した。
その後、二人は僕に背を向け熱々のキスを……。
周囲の視線が痛々しく、知り合いだとも思われたくない。
「——」
でも……それを見ていると、ふと言葉が漏れた。
「……これで、よかったんじゃないかな」
『同志!? 何を言っているのですか!? 愛原さんはあの淫靡の力で、偽りの愛を植え付けられているのですよ!?』
確かに、あれは女神に植え付けられた偽物なのかもしれない。
「でもさ、あの二人は愛しあってるじゃないか。そんなの別に些細な事じゃないかな?」
『……淫乱女神のせいで頭がおかしくなったのですか……?』
ぼくは遠くでじゃれ合っている二人の小さな影を見据え言葉を綴る。
「あれは偽りの愛なんかじゃない、と僕は思うんだ』
『それは一体……?』
「女神の力も人間の魅力も、本質は同じなんだと思う。人間が番を作るために、顔、性格、身体機能、頭脳、様々な魅力を進化させてきた。孔雀の羽が美しいのも、ライオンの狩猟能力が高いのも同じ。彼女にとっては、それが女神の力だったって話だよ」
『で、でも、これを許したら愛原さんが可哀想では……?」
夕暮れ時。
王都を背景に、見れば、二人は手を繋いで出鱈目なステップを踏み笑い合っている。
「可哀そうなんかじゃない……とぼくは思う。だって、それは愛原君も同じことさ。彼は生まれ持った顔と、巧みな言葉、それらを武器に女の子たちを堕としていた。そこにあの女神との差異は無いんじゃないかな。お互い、自分だけが持つ魅力で相手を惹きつけたんだよ。違うのは力の形だけ」
うん、と心の中で頷いた。
やはり、何もおかしくは無い。
あれは普通の事で、彼らは普通の恋愛をしたんだ。
「それにさ、君は違うというかもしれないけど、ぼくは二人が幸せそうに見える」
王都の夜空に、大輪の花火が咲き誇っていた。
それを見据える、一人の女神と、一人の勇者。彼らは手を繋ぎ、歪んだ愛でランデブーを踊り続けている。
「世界も救えたし……」
二人はこの先も永遠に幸せになるだろう。
なにせ魔王を討伐しても、あの執念深い女神は、愛原君の魂を追って現世までストーキングするはずだからだ。
「……うん、やっぱり、これは彼らにとってハッピーエンドなんだよ。ぼくには……そう見えるんだ」
夜空に大輪の花が咲く。
勇者と女神は笑い合いながら歩いていく。
愛原の愛は、その権能の前に決して尽きることが無いだろう。
女神の愛も、その魅力の前に決して尽きることが無いだろう。
だから、きっと。
永遠に——