上野君。
彼を一言で表すと捻くれたオタクだ。
【恋人なんてものは人生に必要ない。時間の無駄だ】
【友人は数ではなく質だ。量ばかり誇る奴は精神の希薄さを露呈しているに過ぎない】
【俺は真のリア充だ。そもそも、リア充とはリアルが充実しているという意味であって、恋人がいるかどうかは関係がなくて——】
これだけで、彼の人物像を把握できただろう。
管理局のデスクで、そんな懐かしき上野君のセリフを思い出していると、リリィルが声を囁いてくる。
『やけに詳しいですね、同志』
「……別に、友達ってわけではないよ? そうだね、友達未満、知り合い以上……かな」
そうだ。友人では無い。
以前の放課後、彼がこんなことを言っていたのだ。
【え? 俺とお前が友達? いや、でもそれってさぁ、お互いが『俺たちは友達だ』って認識して、はじめて成立する関係じゃん? だから、互いの不可侵な内面が分からない以上、安易に友達と断定するのは少し怖いというか……傲慢というか……だから、なぁ?】
結局、その理屈をこねくり回した後、彼はぼくのことを友達とも、知り合いとも呼ばなかった。
だから、友人では無いのだろう。
『……同志。それ、上野さんは自分から言うのが恥ずかしくて、同志が「ぼくたち友達だよな」って認定してくれるのを、ずっと待っていたのではないでしょうか?』
そうなの???
◆
上野君が送られた世界――そこでは今、戦争が起きているらしい。
戦争とは言っても、ミサイルが飛ぶような近代戦では無い。
そこにあるのは、槍、剣、軍馬、巨大な石造りの城壁。その類だ。
しかも事前情報によると魔法の類は一切存在しないらしい。
大丈夫か?上野君死んでないよな?
ちなみに、今回の終末因子を排除する条件は、その戦争を止めることにあるらしい。
とにかく、まずは現地に行ってみよう。
◆
「お願いです女神様ぁぁぁーーッ!!! 俺、どうしても付き合いたい好きな人がいて! どうか、どうかその恋をお手伝いしていただけないでしょうか!!!」
「…………え? はぁぁぁぁぁ?????!!!」
数分前の事だ。
扉を抜けた先は、天井の高い大理石で造られた一室だった。
何処なのかも分からず、とりあえず状況を把握しようと歩き回っていると、調度品の豪華さや警備の厳重さから、そこが王城であることに気がついた。
当然、追われた。
めっちゃ騎士に追われた。
逃亡に次ぐ逃亡。
その最中に僕を助けてくれたのが、他ならぬ上野君だったのだ。
上野君が「俺の知り合いだから」と一言添えただけで、速攻で弁解が完了した。
そうして、騎士たちに案内された異様に広くて綺麗な部屋で。
これが起きた。
「お願いします!」
なんだこれ。
っていうか……誰だこいつ?
「えーっと……つまり、恋人が欲しい?」
「はい! D戦争の前線で知り合った、本当に素敵な人で……!」
なるほど。
大体は理解した。
……え、マジで?
あんなに理屈をこねて友達の定義すら拒んでいた男が、あろうことか恋愛相談のために女神に頭を下げる?
なんか……なんかちょっと悲しいぞ、上野君。もっと尖れよ。
――てか、それよりもだ。
「……いやいや、そんな事より、終末因子を潰さないと——」
すると、上野君は一瞬で真剣なの目付きに変わった。
「それについては、ある程度すでに策は練っています。俺の祝福を使って、このまま人類側を勝利へ導く……あるいは、逆に人類側に反乱を起こして軍を瓦解させても、物理的に戦争は止まると思います」
「なるほど?」
「あぁ、いや!? もちろん俺は人類サイドの人間ですよ!? 決して裏切るつもりはありません! あくまで理論上、そういったアプローチもあるというだけの話で……! あぁ、俺が今この王室で休んでいるのにもちゃんと理由があって——」
慌てて手を振って弁明する姿を見て、ぼくは小さく息を吐いた。
そうか。今回の世界の勝利条件は戦争の停止。
どちらの国が勝つか負けるかではなく、どうやってこの殺し合いに終止符を打つかなんだ。
……思ったより考えていた。
しかも、優勢なのは人類サイドだと聞くし、これもしかしてぼくがわざわざ来る意味なかったんじゃいか?
いや、前の世界でも、ぼくが何かをしたかと問われると怪しいが……。
「……で? その知り合った人って、一体誰なの?」
とりあえず仕事の心配はなさそうだと判断したぼく。
なら、少しだけ話を聞こう。
◆
上野君に連れられて、王城の中庭へとやってきた。
「あれです」
「はぁ……綺麗だね」
「わかるんですか!?」
「いや、鉄のきらめきがね?」
上野君の視線の先。
そこには、全身を隙間なく分厚い鉄のフルプレートアーマーで固めた巨漢がいた。
身長は優に190センチはあるだろう。
手にした大剣を軽々と肩に担ぎ、中庭を歩いていた。
それにしても、あの鉄鎧に恋をしているだって?
ということは、つまり。
「あの中身、女性なんだ? 見かけによらないもんだな……」
「それが、わからないのです」
おっと、話の流れが変わってきたな。
目覚めたのかこいつ?
「わからないってのは、どういう?」
「恐らく女性だと思うのですが……いやはや、頑なに中身を見せようとせず……」
「……マジか」
困惑と動揺の渦中の中、鉄鎧がこちらへ接近してきた。
「ウエノ、私に用か?」
兜の隙間から響いたのは、低く篭った、だがどこか気品を感じさせる声だった。
男にも聞こえるし、女性のようにも聞こえる。
「あぁ、いや違うよ。俺をこの世界に連れてきてくれた恩人様が来てくれたから、ここら辺を案内していたんだ」
上野君がそう紹介すると、鉄鎧はガチャリと音を鳴らしてぼくへと向き直った。
そして、ぼくの前で片膝を折って、深く頭を下げたのだ。
「ウエノをこの世界に連れてきてくれたことに、心から感謝する」
「え……あ、はい?」
あまりにも直球な敬意、ぼくは思わず声を上げた。
「私が戦場で死にかけていたところを、彼が不思議な力で助けてくれたのだ。つまり貴方は私の恩人でもある。もし何か困りごとや頼みがあるなら、いつでもこの私を頼ると良い」
そう言って、鉄鎧は兜の頭をさらに深く垂れた。
◆
「わかった。協力するよ、上野君」
「本当ですか……!? ありがとうございます!」
終末因子の排除を完全にボイコットしているわけでもないし、協力しても良いだろう。
「とはいえ……協力するにしても、ぼくは一体何をすれば?」
「俺が前線に出ている間、彼の素性を調べてもらえないでしょうか。実は現在、彼は戦場で負った大きな怪我の治療中で、そのためにあまり人前に出ないようにしていて……」
「そっか……まずは性別がどっちなのか分からない以上、そちらを先に調べるしかないのか」
「はい。不躾に俺が詮索して、今の関係を壊したくなくて……どうか、お願いします」
ま、大体は理解した。
今回のぼくの任務は世界の救済では無く、鎧の中身を暴く任務なわけだ。
まあ、異世界が救われるなら何でも構わない。
ただ、それでも一つ気になることが。
「でも、なんで鉄鎧の中身を女の子だと思ったわけ?」
「あぁ、これを渡していませんでしたね」
と、彼は一枚の紙きれを手渡してくる。
受け取って覗き込むと、そこには中性的な容姿の人物が写されていた。
「なるほど、ね……? どこで?」
「路地の売人がこの王都で見ない綺麗な人を発見したと言っていて、たまたまその場に俺が。この人物……たまに王城で見かけるのです」
ふむ。もしかしたら、という話か。
情報源が怪しいが、夢中になる気持ちは分からなくもない。
「でも……この写真すら何かの間違いで、彼の中身が男だったらどうするの?」
「そう、ですね……。その場合は、俺の今世最大の間抜けで阿呆なエピソードにして、末代まで笑い話にしてください」
ニカっと、屈託なく笑って上野君はそう言った。
はぁ~
人が変わり過ぎじゃない?
◆
上野君が前線に向かってから数日。
ぼくは探偵紛いのことをしていた。
鉄鎧の後をこっそりつけたり、暇を見つけては彼と雑談を交わしたり。
……ただ、当然と言うべきか、得られた証拠はゼロだった。
お兄ちゃん、ちょっとマスクの下見せてよー笑。
みたいな軽ノリで兜を脱がそうとしてみたけれど、あっさりとスルーされて失敗。
じゃあお酒の席で……とアルコールで堕とそうにも、信じられないほど酒が強い。
「埒が明かない。無理だこれ」
これ以上は警戒されるだけだと判断し、ぼくは方針を切り替えることにした。
――本人がダメなら、外堀から埋める。
あの写真――その人物を直接探し出すことにしたのだ。
そうしたら、驚くほどあっさり発見した。
上野君がぼくに貸し出してくれた騎士たちを配備し、写真の出所である路地を固めていると、「例の人物を発見した」と情報が届いたのだ。
ぼくはその情報をもとに、数日間に及ぶ張り込みを開始した。
我ながら、探偵の真似事もずいぶんと板についてきたものだと思う。
そして、ついにその時が来た。
「申し訳ない、ちょっといいかな?」
衣服の裏で、カチリと通信用の簡易魔道具を起動する。
管理局から持ってきた道具だ。
配置についた騎士たちへ、一斉に通知が飛ぶ。
捕まえる、なんて野蛮な真似はしない。ただ、逃げ道をなくすために周りを固めてもらうだけだ。
「あの——」
ぼくがその人物へ接近すると、彼は驚いた顔をして地を蹴った。
「ちょ、話をしたいだけで——!!」
懐の魔道具を二度、素早く起動する。
騎士たちに「ターゲットが逃亡した」と告げる合図だ。
彼を袋小路へ追い詰めるように廻り込んでいく。
鉄足音が響く中、数分間の走り合いの末、ぼくたちは彼を行き止まりへと追い詰めた。
――はずだったのだが。
「……いない?」
そこには、誰もいなかった。
ただの、壁。
隅々まで調査したが、隠し通路も、人が潜めるような隙間すら発見できなかった。
気配すら存在しない。まるで霧のように一瞬で消滅した。
……そうなると、ぼくの頭に浮かぶ可能性はたった一つ。
――ファンタジーだ。
「魔法、か? 魔法で逃げられた?」
「リリィル様のような方なら別かもしれませんが……少なくとも、我々人間に魔法は扱えません」
隣にいた騎士の隊長に、怪訝そうな顔でそう諭された。
そうだった。この国に魔法なんていう便利な概念は存在しない。
――いや、でも……じゃあどうやって?
◆
その日の深夜の事だ。
ぼくはベッドの上で横になっていた。
何か、違和感のようなものがぼくに駆け巡っていた。
どうやって、ファンタジーの力も無しに包囲網から逃亡した?
魔法がありなら、テレポートだとか、身体強化とか、催眠だとか、なんだってありだ。
だが、魔法は存在しない。
路地を完全に囲んでいたんだ。
あれだけの数の騎士が目を光らせていれば、物理的な逃亡は不可能だ。
内部に裏切り者でもいるのか?
だが、そうだったとして、そもそも何のためにそんなことをする?
「——いや」
……待てよ。……そうか。
だとしたら、まさか、そういうことなのか……?
確かに、ぼくたちは魔術を扱えない……。
なら——
——ぼくたちは、大前提を間違えていたのか?
◆
「久しぶりです、女神様!」
「ん、久しぶり。上野君」
前線から戻った彼は目を輝かせて、ぼくの報告を待っていた。
「……上野君。あまり、喜ばしい報告では無いんだ。先に言っておく」
「あぁ、なるほど。やはり、彼の中身は男性でしたか……」
「……いや。それは、君の目で直接確かめた方がいいと思う」
ぼくはそれ以上言葉を紡ぐのをやめ、彼を連れある場所へと向かった。
華やかな王城の中央、きらびやかな階段を下り、さらに薄暗い地下のそのまた先へ。
「これは、どこに向かっているのですか?」
人間に魔法は扱えない。
その事前情報から、ぼくはこの世界全体の法則を勘違いしていた。
——鉄鎧は魔法を扱っていた。
地下階段を下りきった先。
松明の炎が怪しく揺れる最奥の空間に、絵画にも勝る劣らない人物がいた。
重装騎士が二人、固い表情で左右を守るように立っている。
その中央、鉄格子で隔てられた牢獄の中に、あの巨躯を窮屈そうに丸めて。
「……あの鉄鎧、彼は——スパイだ」
D戦争――【Demi-Human戦争】
すなわち、人類と亜人の、生存を賭けた絶対的な殺し合い。
それが、この国で起きている戦争の概要だ。
……事の始まりは半年前。
上野君が祝福を使って救助した一人の亜人。
その亜人は種族の中でも特異的な個体で、強力な催眠魔法を持っていたらしい。
そして、その亜人というのが今目の前にいる彼の事だ。
ぼくはその事に気づき、騎士を束ね鉄鎧を襲撃した。
それが、この結果だ。
「待て、待ってください。急に、何をおっしゃってるのですか。あ、亜人? しかもこの人があの鎧の中身? 信じられるわけが——」
「あぁ、そうだ。私がそうだ。そして、私は君を騙していた。……安心してくれ、一度こうして術者に自覚され、露見してしまえば、私の催眠魔術は無効化される。一生、君が私に狂わされることはない」
鉄格子の向こうから響くは、低く篭った気品のある声。
「そんな、馬鹿な……」
牢獄の前で、上野君はガクリと膝をついた。
観念したかのように、鉄鎧もただ静かに座っている。
だが客観的に見れば、これでよかったんだ。
敵のスパイを炙り出し、その正体を暴いた。これで人類の崩壊は免れ、恐らくだが終末因子は排除される。
◆
それから、一ヶ月近くが経過した。
王城の地下に幽閉され続けていた、亜人の処遇がようやく決定した。
処刑。
当然の結末だった。
長いD戦争の歴史の中で、亜人によって殺された人間の数は数多を超える。
それは逆もまた然りだろうが、積み重なった種族間の恨み辛みはあまりにも深い。
下手に拷問を試みようにも、相手は魔術というこちらにはない摩訶不思議な力を持つ存在だ。
いつどんな反撃や脱走を仕掛けてくるか分からない以上、早く首を撥ねるのが一番安全という判断になったらしい。
上野君はあれ以降、戦場に立つことが無くなった。
死人かのように部屋に籠るだけだ。
そして、処刑当日の朝のことだ。
鉄枷を嵌められた亜人が、処刑台の階段を上っていた。
広場には、憎き亜人の死様をこの目で見てやろうと、民衆が怒号と熱狂を孕んで集まってきていた。
『同志……』
「これで、よかったんだよ」
それ以上は何も言わない。
ぼくは、少しの関係があった亜人と視線を通わせる。
だが、それも一瞬の事だ。
処刑人が大きな斧を振り上げ————その時の事だった。
——ふらりと、その憎悪を断ち切るかのように、ぼくの隣にいた鉄鎧が地を蹴った。
疾風迅雷。鉄鎧は一瞬にして処刑人との距離を詰める。
悪戦苦闘。処刑人はこの国で名を馳せている騎士の一人、対し鉄鎧は剣一つ。
不撓不屈。が、鉄鎧は処刑人を軽くいなし、勝利を収める。
有為転変。鉄鎧の勝利で終わりかと思った直後——上野君が鉄鎧の前に立つ。
紫電一閃。鉄鎧との一騎打ちの末、上野君は胸に斬撃を貰う。
「——」
阿鼻叫喚——なんて言ってる場合じゃない。
上野君はそのまま気を失い、鉄鎧が亜人に歩を進める。
止めに入ることもできただろう。
だが。
不可抗力。どうせぼくが戦いに向かった所で勝てないので行かない。
——それに、戦いに行ったところで、何の意味も無いのだから。
◆
それは、亜人の処刑が決定した日の深夜のこと。
薄暗い部屋で、ぼくたちは向かい合っていた。
「上野君、本当にやるの?」
「ええ、女神様。俺はあの処刑を見過ごせません。たとえそれがどんな結末になろうと……俺は行きます」
彼の祝福――魂の憑依。
無機物、有機物、どのような物にでも自らの魂を憑依させ、その潜在能力を極限まで引き出して操る権能。
「作戦の際、俺は憑依先に負けたふりをします」
「そんな器用なこと、本当にできるの?」
「はい、できます。もう何年もこの世界でこの祝福を扱ってきましたから」
そうか。
ならばと、ぼくは彼を双眸で見据え口を開いた。
「きっと、和平への道は長いよ。君が英雄上野として人間の国を操っても、魂を移した鉄鎧として亜人の国を裏から操ってもね」
でも、とぼくは付け加え。
「期待してるから」
ぼくの言葉に、彼はどこか吹っ切れたように微笑んだ。
恐らくだが、この作戦が始まれば、忙しくて当分まともな会話すらできなくなるだろう。
ならば、せめて別れ際にこれだけは言っておこうと思った。
「上野君、ぼくと君は多分友達だ。君がぼくを友達と思うのならね」
「……?」
突然、何を言い出すんだ、と戸惑いの表情を浮かべる上野君。
「ぼくの本当の名前は――。色々あって女神になったんだけど」
代理人ではなく、ただの同級生としてその名を告げた瞬間。
「な!? いや、そんな――まさか、お前……っ!?」
上野君が驚いた顔で絶叫したところで、ぼくたちの作戦会議は幕を閉じた。
◆
――そして現在、鳴り響く狂騒の処刑台。
上野君の魂が宿る鉄鎧。
亜人の重い枷を鮮やかに斬り落とし、迷いなくその手を伸ばした。
解放された亜人は困惑したような表情を浮かべたが、すぐに理解した。
憂いを含んだ表情になり、ぽつりと言った。
「君は私を助けるのか? 私は、君を騙していたというのに」
「俺が出した結論だ」
鉄の右手が彼に差し出される。
「さ、逃げるぞ」
亜人は手を取ろうとしない。
「私は亜人だぞ」
「全然ウェルカム」
「――」
「それどころか、オタク的観点から言わせてもらうと逆に滾る」
亜人は呆れたように薄く笑った。その瞳でしっかりと鉄鎧を見据える。
「そうか……君は本当に変わらないな」
彼は愛おしそうに目を細めると、差し出された手を強く握り返した。
「なら、また助けられるとしよう」
「あぁ、そのために来た」
鉄鎧は彼の体を抱きかき寄せ、轟音と共に地を蹴った。
その背中が、去り際のほんの一瞬だけ、ぼくの方を振り向いた。
◆
亜人の逃走から数カ月。
ぼくは片田舎のカフェで、新聞紙と共にティータイムをしていた。
「和平、本当に成立すると思う?」
『わかりません。ですが、同志はそれを信じて彼を送り出したんですよね?』
いや、まあそれはそうなんだけど。
やっぱり心の奥底で不可能ではないのかと疑ってしまう。
「…………これでよかったのかなぁ」
『……よかったと思いますよ。現にこうして、終末因子の反応が弱まっていますし』
「ぼくが疑問なのは、まさにそこなんだよ。なんで一見不可能な和平に舵を切った瞬間、終末因子の反応が弱まったのか。ぼくはそこがずっと疑問なんだ」
終末因子は行動によって数値が上下する。
例えば、世界の危機を救う伝説の剣を見つければ数値は微弱になり、あるいは頼りない勇者がやる気を出しただけでも数値は弱くなる。
だが、それは逆も然りだ。選択肢を間違えれば、終末因子は良くない方向に加速する。
「なのに……どうして?」
この世界で起きたD戦争の溝はあまりにも深い。
ぼくがこの場所に至るまで、焼かれた村、戦争の跡、子供の墓、悲しみに暮れる人間を何人も見てきた。
和平より……あのまま弱り切った亜人を蹂躙するほうが確実な解決策のように思える。
「いや? もしかして……」
ふと一つの可能性に思い至る。
可能性の話だが、亜人側は人類サイドの想像を超える何かを持っていたのではないか?
それこそ、人類サイドには魔術は使えず亜人側だけ魔術が使える世界だ。
現代知識でこそ申し訳ないが、魔術版核兵器的な……秘策を用意していたとか……その末に世界が滅ぶ?
まぁ、今となってはもう、確かめようのない話だが。
「うーん……」
『同志にしては、珍しく悩んでますね?』
「いや、ぼくだって常日頃から悩みや辛みを抱えて生きてるんだけど」
この女神は、一体ぼくをどんな人間だと思っているのだろう。
『同志は良くも悪くも思い切りがよすぎますから。あまりうじうじと悩むタイプではないと思っていました』
「酷い偏見だね」
間違った偏見だ。
やはり、そんな簡単に人の秘密や本質なんてものは見抜けないと思う。
『私のはあってると思いますけどね』
偏見や誤解、あるいはあえてついた嘘。そんな不確かなフィルターを通してしか、ぼくたちは他人のことを見られない。
上野君が鉄鎧を仲間だと思っていたり、ただの人間だと思っていたり。
ぼくが彼のことを、ただのひねくれたオタクだと思っていたり。
リリィルがぼくのことを、何も悩まない人間だと思っているように。
『いや、絶対に合ってると思うんですけど!?』
だけど、そのすれ違いの果てに、茨の道を進み初恋を守るという、面白い答えを導きだした人間がいる。
だったら、ぼくたちの偏見なんて、間違っているくらいがちょうどいいかもしれない。
「さて、じゃあぼくからリリィルに質問だ」
一つぼくは間を開けて、言葉を綴る。
「ぼくは君の事を友人だと思っていない」
『え……?』
「だから、君のことをもっと教えてくれないかな?」
ぼくが滞在している場所――亜人の国。
その賑やかな異国の街並みを、ぼくはカフェの席から静かに見下ろした。
「――」
視界の先、行き交う群衆の中に、鉄鎧と、それに寄り添うようにして歩く長身の亜人の姿が並んでいた。
お互いの嘘とはったりの末に、手に入れた関係なのだとしたら、それもいいのかもしれない。
うん、案外、いいのかもしれないね。