宇宙からの飛来物と思われるそれの正体、そして目的を探るため、三人の科学者が集められた。
果たして彼等は、飛行物体の謎を解き明かせるのか――――
※『カクヨム』『小説家になろう』にも投稿しています。
西暦二〇三五年七月某日。日本某所の農村に未確認飛行物体が墜落した。
飛行物体は大きさ五百メートル近くあり、形は円盤型。金属のような銀色の光沢を放つが、繋ぎ目などは見られない。
墜落したからには空を飛んでいた訳だが、ジェットエンジンなど飛行に必要なパーツは確認出来ず。空気より軽い、なんて事もなく、どうやって飛行していたのかも不明。
政府はこの飛行物体を、宇宙からの来訪者……地球外文明の宇宙船だと認定した。
地球に来訪した目的、そして文明の主はどんな存在なのか――――
「それを考えろ、と言われて私達は集められた訳だが」
「いやはや、政治家というのは本当に身勝手なもんですな」
「そう簡単に結論なんて出ないというのに」
飛行物体発見から三ヶ月後の今日、これを解き明かすための『会議』が、国会議事堂のとある部屋にて行われる事となった。参加者三人は不満たらたらである事を、室内に官僚達が数人いるのに隠しもしなかったが。
集められた者達は科学者。
一人は生物学者、一人は物理学者、一人は天文学者。彼等は数多の実績を積み上げた天才達であり、それぞれの分野においては有名人でもある。
そんな彼等であっても、異星人の正体やら目的を知るのは容易でない。
彼等全員、政府から研究の話が来た時点……凡そ三ヶ月前にそう説明した。だから期限を設けられても解き明かすなんて約束は出来ない、と。科学というのは未知への探求なのだから、何時解明出来るか、なんて言える訳がなかった。
だというのに三ヶ月経って、ようやく色々分かってきた今になって政府から「国民への発表を一週間後に控えているので、情報と今後の対応方針を纏めてくれ」と言われた。
政府曰くそろそろなんらかの発表を、国民が求めているという。そしてそれを様々なメディアが煽っている。科学リテラシーのない国民やマスメディアへの呆れ、その国民に言われるがまま従う政府への不信はあるが……科学者達も彼等の気持ちは理解する。なんだか分からないものが墜落してきて、三ヶ月も情報がないのは確かに怖い。
何かしらの、「宇宙からの飛行物体です」以上の話を知りたくもなるだろう。
「……まぁ、これも大きな理由を占めてるだろうが」
そう言いながら天文学者は、一枚の資料を他の科学者二人の前に出す。
資料にはこう書かれている。
太陽系外から、地球目指して進む無数の飛行物体を確認。軌道と速度から、三ヶ月後地球に到達すると推測される――――と。
「……十中八九、あの飛行物体関連だろう。逸れた仲間の救援か、別の目的か」
「時間制限があるというなら、話は別ですね」
やむを得ない事情がある。その前提を共有したところで、科学者達は政府の指示通り墜落してきた物体の正体を議論する事にした。
そして議論をするには、情報の共有が必要だ。
「まず、墜落してきた飛行物体について報告します」
物理学者が資料を配る。生物学者と天文学者はそれを受け取り、目を通す。
「飛行物体の組成ですが、金属と有機物の化合物であると判明しています。耐熱性と強度は、人類の宇宙船を遥かに超えています。多分普通のミサイル攻撃ぐらいは耐えるんじゃないですかね」
「凄まじい性能だな……それだけ優れた文明という事か」
「ミサイルに耐える宇宙船で攻め込まれたら、人類では勝ち目などないな。まさか核兵器を乱射する訳にもいくまい」
「……まだ侵略目的とは限らないでしょう。あと、宇宙船とも限りません。なんらかの監視基地や衛星の可能性もあります。今後も断定を避けるため、飛行物体と呼びましょう」
物騒な物言いをする生物学者。それを戒めるように物理学者が言うが、生物学者は肩を竦める。
「飛行物体の動力、またはシステムは不明。壁面を削って調べたところ、小さな粒状のものの集合体のようです。推測になりますが、この粒を操作する事で、自由に形を変形出来るものと思われます」
「装甲に繋ぎ目がないのは、そういう事か……」
「ナノマシンやそれに類する技術で、巨大な構造物を作っていると。地球からすれば、軽く見積もっても数百年は先の技術か」
「軍事力もそれだけ差があると考えるべきだろう。ちなみに人間の歴史で言うと、二百年前になると戦闘機はおろか戦車すらない。戦いになるかも怪しいな」
「……先程からやけに攻撃される事を懸念しているようですが、何かそう考える理由でもあるのですか?」
遠回しに、偏見を持つなと物理学者は伝える。
生物学者の回答は、自分の資料を出す事だった。
資料には写真が幾つもの貼られていた。そこに映し出されているのは、地球の生物とは全く異なるもの。
長く伸びた二本足と腕を持つので、ある意味では人型と言えるだろうか。だがその身体はダンゴムシのような、甲殻と体節で形成されている。尻尾はなさそうだが、長く伸びた体節のある胴体は足下近くまであった。腕には鋭い爪があり、人間ぐらい簡単に切り裂きそうである。
そして頭部は、如何にも凶悪そうだ。人間の指ぐらいはありそうな大顎を持ち、目は退化しているのか見当たらない。長大な触覚を持ち、捕食者として活発に動いていたであろう事は容易に想像出来る。
「その飛行物体内部にいた生命体だ。見た目からして凶暴そうだろう? ちなみに体長は二メートル近くある」
「外見で気質を判断するのは、些か差別的だと思いますが……」
「しかしこの大顎や手足は、肉食動物の特徴だ。性格も攻撃的だと考えるのは、妥当だな」
「そういう事だ。勿論こちらから攻撃的に振る舞う理由はないが……備えてはおくべきだろう」
生物学者の意見に、反対者は出ない。実際、飛行物体の中にいた生命体が人間に対して友好的という保証はない。
「……念のため確認ですが、これが飛行物体を操っていた知的生命体なのですよね? 実験動物やペットという可能性もあるのでは?」
それでも物理学者は感情的に否定したいのか、別の可能性を提示する。
生物学者は答えは、恐らく、という曖昧なものだった。
「調査結果だけで言えば、知的と思われる生命体はこの種だけだった。まぁ、操縦席すら見付かっていない上に、知的でなさそうな種なら他にもいたから断言は出来ないが」
「知的と思えない種?」
「ああ。小動物ぐらいの大きさで、原始的な軟体動物と甲殻類だ。個体数も多い。まるで……」
「まるで?」
「自然環境のようだった」
飛行物体内部には、多種多様な生物がいた。現在確認されているだけで凡そ三十種ほど。軟体動物が多いが、甲殻類も何種かいる。
大きさも様々。口器の形から、明らかに肉食動物と思われる種が(知的生命体らしきものも含めて)五種いる。他は吸血性らしきものや、糞食らしきもの、食性不明のものもいた。
ただ、植物や草食動物らしきものは発見されていない。
「それは、不自然ではないか? 光合成に頼る必要はなくとも、生産者がいなければ生態系は成り立たない」
天文学者の言う通りだった。
共食いだけで命が循環する事は出来ない。何故なら生物は、食べたものからエネルギーを取り出して生きているが……そのエネルギーの大元は物質が持つ結合エネルギーに由来する。
結合エネルギーとはつまるところ、原子と原子をくっつける力だ。糖や脂質はこのエネルギーが大きいから、たくさんのカロリーを持つ。
しかしエネルギーというのは有限だから、物質からエネルギーを取り出せばその分結合エネルギーが減る。つまり結合エネルギーからカロリーを取り出した後の物質からは、大きな分子を作れない。糖を分解すれば二酸化炭素と水になるが、二酸化炭素と水を混ぜても勝手に糖が生まれないのは、二つを結び付けるエネルギーがないからだ。
地球生命の場合、植物はこのエネルギーを太陽光から得ている。厳密には光エネルギーで水を分解し、そこから得た水素と電子のエネルギーで、二酸化炭素と水を結合。これにより糖を合成しているのだ。だから植物のような生産者がいない生態系は、物質を消費していく事しか出来ない。
植物がいない生態系は成り立たない。だが飛行物体内部の生物には植物が見当たらない。
飛行物体にはたくさんの生物がいたが、これらだけで生態系は成り立たない――――それが生物学者の見解だ。
「それはこれらの生物が野生ではない事の証明でもある。外部から餌を与えなければ生態系が成り立たん。人工の、何かしらの世話を必要とする場所……アクアリウム水槽に近いかも知れん」
「ですが、そんなものを用意する必要はあるのですか? 飛行物体が宇宙船などと考えた場合、わざわざ動物を運ぶ必要性はないように思います」
「いや、そうとも限らない。生態系を再現する事自体が重要かも知れない。それに、外部からの世話が必要とも限らないだろう」
「どういう事だ?」
天文学者の意見に、生物学者と物理学者が耳を傾ける。
「宇宙を移動する場合、光速で動いても相当な長旅になる。地球から見た最寄りの星でさえ、四光年以上離れているんだ。光の速さで四年、光速の一割程度の秒速三万キロなら四十年は掛かる」
「ええ、そうですね。だからか、SF作品などではよく世代交代や冷凍睡眠を用いて長旅に備えています」
「そうだろう? だが、船内環境をフィルターや機械類に頼る場合、経年劣化が心配だ。どんな高性能なものでも、いや、高性能なものほど、寿命は長くない。修理しようにも一度星から旅立ったら部品の補充も出来ない」
「……成程。生態系による濾過であれば、生物自体が世代交代を行う事で長期間存続出来る。メンテナンスも基本的には不要だ。古いものは食物連鎖の中で勝手に処理され、また新しいものが作られる」
「しかし、有機物の合成にはエネルギーが必要では?」
「飛行物体の熱を利用していたんじゃないか? 五百メートルもあるんだ。稼働するだけで相当な熱量を発するだろう」
「確かに。その熱で細菌類が有機物を合成し、繁殖した細菌類を小動物が食べ、小動物を大型動物が食べる。食物連鎖を通じて大気成分が調整され、内部の環境を整えるとすれば……」
「そうして長期の長旅を行っていた、という事でしょうか?」
「かも知れない。図面を見る限り、飛行物体はかなり簡略化された構造だしな」
飛行物体の内側については、それなりに解析(というより調査)は進んでいる。中に大きな、全体の七割に相当する空洞があるのだ。
空洞と言っても部屋割りなどはなく、巨大なホールに、蜘蛛の巣のような網目状の『足場』があるというもの。小部屋らしき横穴などはあるが、操舵室など専門的な部屋は見られない。また外への出入口も未発見だ。
「生命体に船内環境を任せて、自分達は休眠していた。だが事故で墜落した……という事は、十分考えられる」
「それに、もしもあの飛行物体が移民船なら、生物を運ぶ事には大きな利点がある」
最低限の環境が整った星に生物を放てば、生物達は繁殖する過程で環境を改変していく。そしてその環境は、その生物達が元々生きていた母星のものに近付くだろう。
そうして惑星環境が十分に改善されたところで、知的生命体が降り立つ。
テラフォーミング……異星人の故郷は地球ではないので
「ふむ。だとすると、あの人型甲殻類もテラフォーミング用の生物かも知れないな」
「それはあり得そうですね。頂点捕食者と考えれば、あの攻撃的な見た目も頷けます」
「……しかし、そうなるといよいよ侵略者という事にならないか?」
天文学者からの指摘に、二人は言葉を詰まらせる。
異星の生物を、無断で送り付ける。
大した行いではない、と思う政治家や市民もいるだろう。だがこれは科学的に考えればかなり、とんでもない破壊行為だ。人間がこの地球で生きていけるのは、地球環境が人間に適しているため。つまり適量の酸素、適した大気圧、免疫がある病原体に囲まれているから生存出来る。
だが異星からの生物が定着したらどうなるか? 微生物が有機物を合成する過程で、地球の酸素を根こそぎ奪い取るかも知れない。空気中の窒素をどんどん使い、大気圧が急速に低下していく事も考えられる。宇宙からやってきた微生物に免疫なんて誰も持っていない。外国の生物が外来種として定着するのとは訳が違う。何が起きるか分からない、破壊的な結果を生む可能性があるのだ。
勿論地球には独自の生態系があり、そこにいる生き物達も無抵抗ではない。やってきた宇宙外来種と競争する事になり、上手くいけば駆逐するだろう。だが何十種と送り込まれた外来種の全てが全滅するとは限らない。何種かは定着し、その結果環境が改変されれば……
異なる生態系の生物を送り込むのは、核兵器を落とすよりも凶悪な結果をもたらすかも知れない。恒星間航行が可能なほど優れた文明が、それを理解していないとは考え辛い。
「とはいえ事故の可能性もある。もしくは、調査不足という事も考えられる」
「地球に生命……知的生命体がいるとは思わなかった、という事か」
「今の人類でも、惑星の観測はかなり難しい。全く分からないという事はないが、かなり憶測混じりになる」
自ら光を発する恒星と違い、惑星はその恒星の光を反射しているだけ。当然その明るさは恒星よりも格段に弱い。おまけに惑星は恒星を公転しているため、位置によって明るさが大きく変動する。
人間より優れた技術力があっても、惑星環境を何光年も離れた位置から正確に読み解くのは困難な筈だ。温度や大気成分、水や有機物の有無は分かっても、文明があるところまでは判断出来なくても不思議ではない。
知的生命体はいないと判断した異星人が、テラフォーミングを試みたのではないか。なんと傍迷惑な、しかも生物のいる星を侵略するとは……と言うのは簡単だが。しかし人間も雑な環境調査で「希少種」はいないと結論ありきの発表をし、絶滅危惧種の生息地を破壊するような真似をしている。他種に迷惑を掛けるのは、知的生命体のお家芸だろう。
無論、じゃあ仕方ない、という訳にはいかない。人間が存続するためになんらかの行動を起こす必要がある。
「……とりあえず、相手に敵意はない、という前提で話そう。軍事的な備えは当然してほしいが、それは科学者が話し合う事じゃあない」
「そうだな。しかし我々の観点でやれる事があるとすれば、人間が知的生命体である事を示すぐらいか?」
「いいと思います。地球に文明があると認知していないのなら、それを示せばテラフォーミングを止められるかも知れません」
「だがどうやって示す? 知的レベルが違い過ぎて、高層ビルなども巣穴程度にしか思われないかも知れない」
『知的』かどうか、という判断は極めて難しい。
人間は、知的生命体がどんなものか定義していない。いや、出来ないと言うべきか。定義してしまったら、末期の認知症患者や、原始的な生活を続ける原住民が
だから人間である以上、自分が知的である事を示す必要はないが……地球外生命体にそんな理屈は通用しない。知的と認められなければ野生動物扱いとなり、開拓・開発で絶滅させられてしまう。
友好などを示す前に、どうにかして知性ある存在とアピールしなければならない。
「……あの飛行物体を解体し、パーツごとに分けてみるのはどうだ?」
しばしの沈黙を挟んだ後、天文学者からそんな意見が出た。
「解体する、とは?」
「こちらに、飛行物体を解析する知性があると示すんだ。細かく分析しているところを見せれば、知的と思うかも知れない」
「……まぁ、飛行物体の解体自体は行う予定です。あれがどうやって飛んでいたのかも、まだ分かっていませんし」
「しかし勝手にバラバラにするのは、相手の不興を買うのではないか?」
「その可能性もあるが、調べずに取っておくのは、知的に見えないだろう。重要なのは我々が知的に思える事だ」
もしも人間の乗っていた宇宙船が何処かの星に墜落して、異星人がその宇宙船を聖遺物か何かのように飾られていたら……大切にされている事自体には感謝しても、文明レベルとしては低く見るだろう。未知を知ろうとしない者は、まず知的に思われない。
逆に解体していたなら、解析を試みた知的な種族と考える筈だ。人にもよるだろうが、宇宙船が壊された事への悪感情は僅かだろう。宇宙船がどんなに高価で、どんなに多くの人の思い入れがあっても、所詮は道具なのだから。
「宇宙人が人間と同じ思考パターンをしているかは議論の余地があるが……やれる事の一つとして、やっておくのは悪くないか」
「中にいた生命体も、分類ごとに分けてみるといいかも知れません。分類学がどれだけ発達しているかを示せるかと」
「可能なら解析結果を応用したものを用意したいが、流石に時間がないな……」
何をすべきか。どうすれば知的だと認められるか。その意見を一つずつリストアップしていく。
結局夜明け近くまで話は続き、長々とした提案が政府に出された。
やる事を決めたら、三ヶ月なんてあっという間だった。
むしろ時間が全く足りず、政府含めててんやわんやな状態だ。世界中の大統領や総理がやってきて、飛行物体の視察(及びそこから得られる技術の提供要求)をしてくる日々。科学者達も要らぬ作業を要求され、殆ど寝られない日も少なくなかった。
しかし努力の甲斐もあって、最低限の準備は整えられた。
「どうにか準備は出来たな」
生物学者達三人、それとこの場に集まった自衛隊や政治家達は遠目に『それ』を見ている。
彼等は今、関東にある自衛隊演習地に来ていた。木々のない平野で、とても見晴らしが良い。数キロ先までよく見える環境だ。
そして此処には、半年前地球に墜落した飛行物体……それを解体したものが並べられていた。ミサイルでも傷付かない硬さの装甲を切り刻むのはかなり苦労したが、どうにか内部を露出させ、その中身を外に展示する事は出来た。大きな部屋とそこに繋がる小部屋が、野外に晒されている。
他には飛行物体内部にいた生命体を、丁寧に並べている。知的生命体らしき種は大型の甲殻類しかいなかったが、他が知的生命体ではないという確信もない。出来るだけ丁寧に扱った事を示すように、可能な限り綺麗に並べている。
他には文字入りの旗を掲げたり、部品数の多い機械として航空機を横に置いたり、家電や精密機器、更には料理なども並べた。節操ない光景だが、兎に角技術力を示せそうなものを並べた結果だ。
よく晴れた日なのは、正直助かった。飛行物体も生物も、雨ざらしにするのは『知的』に見えない。屋根を付ければいいが、かなり手間が掛かってしまうし、空からやってくる相手にはよく見えないだろう。
今日、宇宙からやってくる無数の飛行物体に、この光景を見せなければならないのだから。
「間もなく、ですね」
「ああ。リアルタイムで観測しているが、もう大気圏に突入しているらしい」
天文学者が答えた通り、飛行物体は既に地球圏内に入っている。そしてそのまま降下した場合、目的地は此処になるらしい。
偶々、ではない。飛行物体の存在は三ヶ月前から観測されていたが、その軌道を解析したところ、地球に落下した飛行物体を目指している事が判明した。人間には発見出来なかったが、なんらかのビーコンがあると思われる。
しばらく待っていると、空から無数の円盤――――人間達が飛行物体と名付けた、宇宙からの来訪者が姿を見せた。
飛行物体は、墜落してきたものと同じ形をしていた。遠目からだがいずれも繋ぎ目などは見られず、半年前に墜落した円盤と同じものだろう。それに(半年間の研究では結局分からなかった)未知の飛行原理によるものか、重力を感じさせない奇妙な浮き方をしている。
「……何か、妙だな?」
「? 妙、とは?」
「何故、一つ一つの大きさが違う?」
その光景を見ていたところ、天文学者が違和感を覚える。
飛行物体の大きさに差異があるのだ。離れている状態では分かり難かったが、飛行物体が降下し、近付くと大きさの違いがハッキリしてくる。
一番大きなものは、全長三キロぐらいあるのではないか。他には百メートルぐらいの飛行物体が何十と浮かび、全長一キロ程度のものも五つはある。戦闘機と戦艦の違いか? とも思うが、形が同じなので機能が分化しているとは考え辛い。
近くにいる自衛隊員や政治家達の中にも、大きさだけ違う飛行物体に疑問を抱いている様子の者が何人かいる。しかし答えを持つ者はなく、近くにいる人々と顔を見合わせるだけ。
人間達が混乱する中、飛行物体は少しずつ降下。地上のかなり近い位置……数十メートルまでやってきた。全長三キロの大きさから見れば着地スレスレの位置で、人間達は強い圧迫感を覚える。
飛行物体は、観察するように解体した飛行物体や生物達の上に陣取っていた。
「……あれは、観察している、のか?」
「しかし近過ぎませんか?」
人間の配置したものの意図を探ろうとする事自体は、不自然ではない。よく観察するため接近もするだろう。
だが、今の人間でも高度数千キロから地上の詳細な写真を撮れる。星間航行さえ出来る文明が、地球文明よりも性能の悪いカメラしかないとは考え辛い。わざわざ地表付近まで降下する理由はない筈だ。
何か意図があるのだろうか? 疑問を抱いた科学者三人は、ひそひそと議論を交わす。しかし明確な答えは出ず。
そうこうしている間も、飛行物体は降下を続けている。ついには地上に置かれた、バラバラになった飛行物体のパーツに迫り……
つんっと、突くように触れた。
一度だけではない。二度、三度と触れる。他の飛行物体も続々と降下し、墜落した飛行物体に接触する。
まるで意味の分からない行動だった。
何故、飛行物体が直に触れているのか? 状態を調べるにしても、ある程度高度な文明なら乗組員やドローンなどで出来る筈だ。スキャンなどの方法も使えるだろうに、わざわざ接触する必要があるとは考え難い。加えて墜落の危険を考えれば、直に触れ合うなんてリスクだらけの行動だろう。
何故、そんなリスクある行動を取るのか。その行動の意味は? 科学者達だけでなく、政治家や自衛隊員も飛行物体の意図を考え――――
「あっ!?」
生物学者が大きな声を上げた。
更に、顔から血の気が一気に引いていく。
声と顔色から、生物学者が何かに気付いたと周りにいた人々は気付く。「どうした?」と尋ねてみれば、生物学者は声と身体を震わせ、息を飲み込み、そして絞り出すように答える。
「か、勘違い、していた……」
「勘違い?」
「宇宙から、来たのだから……あ、あれは、宇宙船や、なんらかの基地だと、思っていた」
「それの何が勘違いなのですか?」
物理学者の言葉に、生物学者歯ぶんぶんと首を横に振る。何度と口を空回りさせ、ゆっくりと飛行物体を指差し、
「あれは! アイツは……せ、生物、なんじゃないか……?」
違う事を願うように、仮説を述べた。
――――思い返せば、いくらでも根拠はあった。
飛行物体の構成元素は金属と有機物が混ざったもの。有機物は生命の構成要素であり、それを少なからず持っているのは生命の証ではないか。
飛行物体は小さな粒状のもので構成されている。自由に変形するための機構と思われたが……考えてみれば人間など地球の生命体も、細胞という小さな粒の集まりだ。飛行物体の小さな粒も、細胞のようなものだったかも知れない。
飛行物体内部に操縦室などがないのも当然だ。飛行物体が生物なら、自分の意識で飛び回り、誰かのコントロールなど必要としない。内部に大きな空洞があったのも、消化器官などの類と思えば説明が付く。
内部に生息していた生物も、乗組員や実験動物、ましてやテラフォーミング用などではない。ただの野生動物で、飛行物体に寄生していただけ。飛行物体が生物ならその体液などを糧にした細菌、それを食べる小動物、小動物を食べる肉食動物が存在出来る。身体が大きければ小さな生態系は十分成り立つだろう。
高度な知的文明によるものだと思われていた証拠の全てが、飛行物体が生命体である事を示す。飛行物体が人工物だと、テクノロジーの産物だと思っていたがために、その答えに結び付かなかった。
生命への偏見が、答えを誤らせたのだ。
「も、問題は……あれが生物、だとして……なんのために、地球に来たのか、だ」
「なんのために?」
「それはやはり墜落した、飛行物体を……」
物理学者と天文学者も気付く。
墜落した飛行物体の大きさは五百メートル。今回地球にやってきた最大の飛行物体と比べ、六分の一しかない。
恐らく、墜落したのは幼体なのだろう。
その幼体のために、わざわざ地球に訪れた。もしも昆虫のような生物なら、そんな事はしないだろう。子育てをする種でもそれらの行いは本能によるもので、ある程度は守護しても、長距離を旅するようなリスクを犯す事はまずない。
だが哺乳類のように、人間のように優れた知能があって、子への愛情があれば、きっと何処までも追い駆ける。リスクも何も考えず、我が子のために飛んでくる筈だ。
――――さて、そんな可愛い子供に対し、人間は何をしたのか?
それでも文明を理解し、様々な価値観がある事を知っていれば、まだ感情を抑え込むという判断が出来たかも知れない。
しかしこの飛行物体はどうか? 生命体であり、知性があるとして……果たして文明的か? 生身で宇宙空間を飛び回るような存在が、高度で多様な文明を必要とするのか?
恐らく政府や惑星の代表でも何でもない一家が、子供や兄弟姉妹の遺体を見て我慢などするのか?
【■■■■■■■■■■■■■■!】
全長三キロもの飛行物体から、鼓膜が破れそうなほどの音が流れる。
種族の異なる人間達にも理解出来た。これは慟哭であると。子を失った母親の、悲痛な叫びであると。周りにいる小型の飛行物体達も次々と悲しげな音を鳴らし始める。
叫びは何時までも続いたが、やがて不意に途絶えた。しばらく飛行物体は動きを止めていたが、やがて最大の、全長三キロもの飛行物体が人間達を見るかのように身体を傾ける。
言葉はない。繋ぎ目すら見当たらない円盤だから表情もない。大体デカ過ぎて全体像なんてろくに分からない。
だけどこの場にいる誰もが、飛行物体の言いたい事をひしひしと感じ取る。
【お前達がやったのか】、と。
「……………やってしまったなぁ」
果たしてその言葉は誰が漏らしたのか。
誰かが問い詰める間もなく、飛行物体は身体の一部をぐにゃぐにゃと変形。巨大な、筒のような器官を作り出す。造形に一秒も掛からない見事な早業で、明らかに人智を超えた力の一端を示す。
そして次の瞬間、太陽よりも眩い光が器官から放たれる。
それが科学者達とこの場に集まった政治家や自衛隊員達にとって、人生最後の光景だった。