蒼の向こうでそれでも君を待つ   作:ハマジロウ

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第24章 小さな違和感

 

 

俺は帰りの道中、大宮で蒼司と合流した。

 

マンションの前で、蒼司は待っていた。

 

「お待たせ」

 

「うん」

 

蒼司は、俺の顔を見るなり少し笑った。

 

「なんだか久しぶりだね」

 

「そうだな」

 

たった数日会っていないだけなのに、不思議とそう感じた。

 

最近は俺も忙しく、ゆっくり蒼司と過ごす時間が減っている。

 

俺たちはそのまま、いつものファミレスへ向かった。

 

店に入る。

 

いつもの席。

 

いつものメニュー。

 

いつものように向かい合わせに座る。

 

「何にする?」

 

「カイトは?」

 

「俺はいつものやつ」

 

「じゃあ俺も」

 

店員を呼び、注文を済ませる。

 

俺は、この時間が好きだった。

 

特別なことをするわけじゃない。

 

ただ、蒼司と向かい合って座っている。

 

それだけで、なんとなく落ち着く。

 

「……」

 

ふと、蒼司が俺の顔をじっと見ていることに気づいた。

 

「どうした?何か顔についてるか?」

 

「カイト」

 

「ん?」

 

「大丈夫?」

 

「え?」

 

「顔色、あまり良くないよ」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

蒼司は少し心配そうに俺を見る。

 

「やっぱり疲れてるんじゃない?」

 

「まあな」

 

俺は苦笑した。

 

「確かに今は忙しくてさ。覚えないといけないことも多いし」

 

「監督の仕事?」

 

「そう」

 

「そんなに大変なんだ」

 

「思ってた以上にな」

 

俺はテーブルに肘をついた。

 

「でも」

 

俺は顔を上げた。

 

「俺が決めたことだから」

 

蒼司が静かに頷く。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「でも、無理しないでね」

 

「ああ」

 

その一言が、なんとなく嬉しかった。

 

やっぱり蒼司は、こういうところが優しい。

 

しばらくして料理が運ばれてくる。

 

俺たちはいつものように食事を始めた。

 

「そういえば」

 

蒼司が顔を上げる。

 

「カイト、実家帰ったの?」

 

「ああ」

 

「久しぶり?」

 

「うん。正月以来かな」

 

「そうなんだ」

 

「それでさ」

 

俺は箸を置いた。

 

「監督になる話、してきた」

 

「……そっか」

 

蒼司の表情が少しだけ柔らかくなる。

 

「喜んでた?」

 

「まあな」

 

「よかったね」

 

「ああ」

 

俺も笑った。

 

「それと……」

 

「?」

 

「偶然、竜司に会った」

 

「えっ」

 

蒼司が驚いた顔をする。

 

「偶然?」

 

「うん」

 

俺は何気なく答えた。

 

「……そう」

 

蒼司は淡々と答えた。

 

そして――

 

「じゃあ、聞いた?」

 

「……ああ」

 

「……」

 

蒼司の箸が止まった。

 

「驚いたよ」

 

「え?」

 

「離婚したって」

 

「……え?」

 

今度は蒼司が目を見開いた。

 

「え?」

 

俺も思わず聞き返す。

 

「離婚って……何?」

 

「え?」

 

俺は固まった。

 

「違うのか?」

 

「うん」

 

蒼司は困惑した顔をしている。

 

「実家の建て替えの話のつもりだった」

 

「……」

 

「俺、兄貴が離婚したなんて聞いてない」

 

その瞬間。

 

俺は、しまった、と思った。

 

「あ……」

 

口が止まる。

 

竜司は、蒼司にはまだ話していなかった。

 

俺は、知らなくてもいいことを先に知ってしまったのだ。

 

「……そっか」

 

それしか言えなかった。

 

蒼司も黙っている。

 

テーブルの上に、気まずい空気が流れた。

 

俺は何か言わなければと思った。

 

「なぁ、蒼司」

 

「うん?」

 

「……」

 

言葉が出てこない。

 

すると、蒼司が先に口を開いた。

 

「大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「カイトから聞いたって、言わないから」

 

「……」

 

蒼司は少し笑った。

 

「兄貴から聞いたら、驚くフリしないとね」

 

「……」

 

俺は、その言葉に少し違和感を覚えた。

 

蒼司は笑っている。

 

けれど、その笑顔がどこかぎこちない。

 

「……蒼司?」

 

「なに?」

 

「いや……」

 

俺はそれ以上、聞けなかった。

 

蒼司も、それ以上は何も言わなかった。

 

いつものファミレス。

 

いつもの席。

 

いつもなら、二人で他愛もない話をしている時間。

 

なのに――

 

今だけは、妙に空気が重かった。

 

俺は、冷めかけたコーヒーに視線を落とした。

 

 

 

その時だった。

 

「あっ!」

 

聞き覚えのある声がした。

 

「……?」

 

俺と蒼司が同時に顔を上げる。

 

振り返ると――

 

そこには、青と蒼太が立っていた。

 

「佐々木先生と青柳先生、お疲れさまです」

 

青が、いつもの調子で挨拶する。

 

「あ……佐伯に岡谷」

 

俺は思わず声を上げた。

 

「こんにちはー。すごい偶然ですね」

 

蒼太も、いつもの屈託のない笑顔を見せる。

 

 

 

さっきまで店内に漂っていた、なんとも言えない空気。

 

それが、二人が現れたことで一気に消えていく。

 

 

 

正直、俺は少しほっとしていた。

 

 

 

このまま蒼司と二人きりだったら、何を話せばいいのか分からなかったからだ。

 

すると、蒼太が突然、俺のほうを見た。

 

「あっ、佐々木コーチ!」

 

「ん?」

 

「聞きました!」

 

蒼太は嬉しそうに笑った。

 

「監督就任、おめでとうございます!」

 

俺は少し照れながら笑った。

 

「まだ実感ないけどな」

 

「すごいですよね!」

 

「まあ、就任はもうちょっと先だけどな」

 

「あっ、そうか。でも、いつか佐々木コーチが監督になるって、僕は思ってましたよー」

 

「本当か?」

 

「はい!」

 

蒼太は迷いなく頷いた。

 

「ありがとな」

 

なんだか少し照れくさかった。

 

すると青が時計を見る。

 

「あ、じゃあ俺たちはそろそろ……」

 

青は軽く頭を下げた。

 

「じゃあ、また明日、学校で。失礼します」

 

そう言って、その場を離れようとする。

 

すると――

 

「えっ?」

 

蒼太が驚いた顔をした。

 

「もう帰るの?」

 

「もうって……」

 

青が苦笑する。

 

「蒼太、俺たちはこれから帰るんだよ」

 

「でも、せっかくだし」

 

蒼太は俺たちを見る。

 

「少し話しませんか?」

 

「おい、蒼太」

 

青が困ったような顔をする。

 

「急に何言ってるんだよ」

 

「だって、こんな偶然なかなかないじゃん」

 

「……まあ、それはそうだけど」

 

俺は二人を見ながら笑った。

 

「まあ、少しなら」

 

そして、隣にいる蒼司を見る。

 

「蒼司、どうする?」

 

蒼司は一瞬だけ俺を見た。

 

そして、柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「ええ。良かったら、ご一緒しましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

蒼太が嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、ここ座っていいですか?」

 

「どうぞ」

 

「やった!」

 

青が呆れたように笑う。

 

「蒼太、お前なぁ」

 

「じゃあ、青さんも座って」

 

「はいはい」

 

青は苦笑しながら椅子を引いた。

 

俺はその様子を見ながら、ふっと息を吐いた。

 

さっきまでの重たい空気が、すっかり消えていた。

 

 

 

それからは、俺の監督就任の話を中心に、話題は尽きなかった。

 

蒼太は楽しそうに笑いながら言う。

 

「佐々木監督の初試合、見に行きますね!」

 

「岡谷、別に次の夏大会も普通に見に来てもいいんだぜ」

 

「あっ、もちろんです!」

 

蒼太は即答した。

 

「青さんがコーチ頑張ってるところ、見に行きますから」

 

「おい。俺はおまけかよ」

 

「えへへ」

 

「えへへじゃないだろ」

 

青が苦笑する。

 

そんな冗談を、俺たちは普通に言い合っていた。

 

なんだか楽しい。

 

さっきまで蒼司と二人でいたときの、あの微妙な空気もいつの間にか消えていた。

 

「じゃあ、佐々木コーチは、当分休む暇ないですね」

 

蒼太が言う。

 

「まあな」

 

「大変ですね」

 

「でも、やることは嫌いじゃないから」

 

「佐々木先生」

 

青が口を挟んだ。

 

「俺も最大限サポートしますから」

 

「ありがとな」

 

「いえ」

 

青は笑った。

 

「それに、佐々木先生が監督になったら、俺も忙しくなりそうですし」

 

「頼りにしてるよ」

 

そんな話をしているうちに、ふと俺の口から言葉がこぼれた。

 

「……もし、夏に休暇が取れたら、旅行には行くかな」

 

「旅行ですか?」

 

青が聞き返した。

 

「うん」

 

「いいですね。息抜きは必要ですよ」

 

蒼太が興味津々に身を乗り出す。

 

「どこに行くんですか?」

 

「四国だな」

 

「四国?」

 

「ああ。高松とか、直島とか」

 

俺は蒼司を見る。

 

「アートで有名らしいんだ」

 

蒼太が目を輝かせた。

 

「へぇー、いいなぁ!」

 

「行ったことないのか?」

 

「僕、四国って行ったことないです」

 

そして蒼太は蒼司を見る。

 

「青柳さんが前いたところですよね?」

 

「はい」

 

蒼司は穏やかに答えた。

 

「いいところですよ」

 

「へぇ……」

 

蒼太が少し考えてから言った。

 

「アートかぁ……」

 

そして、蒼司を見る。

 

「僕、青柳さんのインスタ見ましたよ」

 

「え?」

 

「すごいいい絵ですよね」

 

「ああ……ありがとうございます」

 

蒼太が、少し照れたように笑う。

 

すると、青も続けた。

 

「アートとか、最初は正直よく分からなかったんですけど」

 

「はい」

 

「青柳さんの影響で、俺たち最近、休みの日に美術館とか行くようになったんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

蒼司の顔が、ぱっと明るくなった。

 

「それは、美術に携わる者からしたら、すごく嬉しいです」

 

「最初は眠くなりましたけど」

 

「蒼太、正直すぎるぞ」

 

青が苦笑する。

 

「でも、最近ちょっと分かるようになってきたんですよ」

 

「本当ですか?」

 

「はい、たぶん。」

 

「はは。ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

蒼司が心から嬉しそうに笑う。

 

その顔を見ていると、俺まで嬉しくなった。

 

すると蒼太が青に言った。

 

「青さん、じゃあ僕たちも、いつか四国行ってみたいね」

 

「そうだな」

 

青は少し考える。

 

「ちょっと遠いし、俺もまだ行ったことないけど……」

 

そして笑った。

 

「いいかもな」

 

すると――

 

「じゃあ」

 

蒼司が、何気ない口調で言った。

 

「よかったら、一緒に行きます?」

 

「……え?」

 

俺は思わず蒼司を見る。

 

今、何て言った?

 

蒼司は、俺の視線に気づくと、少しだけ笑った。

 

「四国」

 

「……」

 

蒼太の顔が、ぱっと明るくなる。

 

「本当ですかぁ?」

 

「はい」

 

「じゃあ、行きたいです!」

 

「おい、蒼太」

 

青が慌てたように口を挟む。

 

「何言ってんだよ」

 

「だって」

 

蒼太は楽しそうに言う。

 

「青柳さん、土地勘あるし」

 

「まあ……」

 

「迷子にならないし」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「それに、グループ旅行みたいで楽しそう!」

 

青は困ったように蒼司を見る。

 

「青柳先生、お気遣いありがとうございます」

 

「いえ」

 

「でも、せっかくの旅行ですし……」

 

遠慮する青に、蒼司は穏やかに答えた。

 

「大丈夫ですよ」

 

「……」

 

「俺、お二人と一緒だと楽しいですし」

 

俺は思わず蒼司を見る。

 

「……蒼司」

 

「ん?」

 

「本当にいいのかよ」

 

「何が?」

 

「旅行、一緒にだなんて」

 

蒼司は少しだけ考えた。

 

そして、優しく笑った。

 

「うん」

 

「……」

 

「いいよ」

 

蒼太が嬉しそうに手を叩く。

 

「何だか修学旅行みたいですね!」

 

「修学旅行?」

 

「僕、秋大会で修学旅行行けなかったから」

 

「そうだったな」

 

俺は笑った。

 

「じゃあ、その代わりだな」

 

「はい!」

 

蒼太は嬉しそうだった。

 

その笑顔を見ていると、俺も自然と笑ってしまう。

 

そんな話をしているうちに――

 

時間はあっという間に過ぎていった。

 

気がつけば、外はもうすっかり暗くなっている。

 

「そろそろ出ようか」

 

「そうですね」

 

俺たちは席を立った。

 

会計を済ませ、店を出る。

 

駐車場へ向かう。

 

「駐車券……」

 

青がポケットから券を取り出す。

 

「じゃあ、俺たちはこれで失礼します」

 

「はい」

 

蒼太も頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました!」

 

「こちらこそ」

 

蒼司が笑う。

 

「青柳さん、あとでLINEしますね」

 

「はい。お願いします」

 

青と蒼太が歩き出す。

 

俺も手を上げた。

 

「じゃあ、またな」

 

「はい!」

 

二人の姿が見えなくなる。

 

そして――

 

俺と蒼司だけになった。

 

「……」

 

さっきまで四人で話していたのが嘘みたいに、静かになった。

 

俺は蒼司を見る。

 

「蒼司」

 

「ん?」

 

「本当に良かったのか?」

 

「何が?」

 

「旅行」

 

「……」

 

「一緒に行くだなんて」

 

蒼司は少し黙った。

 

俺は続けた。

 

「なんだか……いつものお前らしくないっていうか」

 

蒼司は、ふっと力が抜けたように笑った。

 

「……何か」

 

「うん?」

 

「気がついたら、勝手に喋ってた」

 

「え?」

 

「自分でも、よく分からない」

 

「……」

 

「でも」

 

蒼司は俺を見る。

 

「たまには、こういうのもいいんじゃない?」

 

「うーむ……」

 

俺は腕を組んだ。

 

蒼司がこんなふうに、自分から他人を誘うなんて珍しい。

 

しかも、旅行ならなおさらだ。

 

「カイトも」

 

「ん?」

 

「大人数のほうが楽しいでしょ」

 

「え?何言って……」

 

俺が言いかけると、蒼司は微笑んだ。

 

「じゃあ、もう遅いし帰ろうか」

 

「あ……ああ」

 

「カイト」

 

「ん?」

 

「明日からも頑張って」

 

「ああ」

 

蒼司と別れ、俺は宿舎へ戻った。

 

部屋に入る。

 

荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。

 

「……」

 

今日は、いろんな偶然があった。

 

実家に帰った。

 

竜司に会った。

 

竜司から離婚したことを聞いた。

 

蒼司に、うっかりそのことを話してしまった。

 

そこへ青と蒼太が偶然現れて――

 

最後には、四国旅行まで決まった。

 

「……なんか」

 

俺は天井を見上げた。

 

「最近の蒼司……」

 

今日の蒼司の顔を思い出す。

 

「なんか、変だよ」

 

理由は分からない。

 

ただ、胸の奥に小さな違和感だけが残っていた。

 

俺は、そのもやもやした気持ちを抱えたまま――

 

そのまま眠りについた。

 

 

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