蒼の向こうでそれでも君を待つ   作:ハマジロウ

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第28章 夏、旅行編 Ⅲ 〜約束の場所で

 

俺は、ぐっすり眠りこけて、朝七時前には目を覚ました。

 

カーテンの隙間から、やわらかい朝の光が差し込んでいる。

 

(……あ)

 

そうだ。朝飯、あるんだったな。

 

行こうかな、と思いながら、俺はベッドを抜け出し、軽く顔を洗う。水で目が覚めると昨日の新幹線の揺れや、夜の会話が、少しずつ現実に戻ってくる。

 

 

部屋に戻ると、もう一つのベッドで、蒼司が横になっていた。

 

「蒼司、おはよう」

 

「ああ……おはよう」

 

少し眠そうな声。

 

「体調、大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫」

 

蒼司は、天井を見たまま答える。

 

「だいぶ、良くなったよ」

 

「そっか」

 

少し、安心する。

 

「朝飯、行くか?」

 

俺がそう聞くと、

 

蒼司は小さく首を振った。

 

「俺はいいよ、昨日、食べ過ぎたし」

 

それから、少し間を置いて続ける。

 

「それにさ、普段から、朝って食べない日の方が多いから」

 

「……そっか」

 

「俺はいいよ、カイトだけ、行ってきなよ」

 

そう言って、蒼司は目を閉じた。

 

「……わかった」

 

俺は頷く。

 

「じゃあ、もう少し、休んでな……」

 

「うん」

 

短い返事。

 

それだけのやり取りなのに、不思議と、胸の奥が静かだった。

 

 

俺は、ホテルの朝食会場のレストランにやってきた。

 

中はすでにほどよく賑わっていて、皿が触れ合う音と、低い話し声が混じっている。

 

ビュッフェ式だ。

 

焼き立てのパン。

 

スクランブルエッグ。

 

ベーコンに、サラダに、湯気の立つ味噌汁。

 

(……うまそうだな)

 

何を食べようかと一瞬迷ってから、

 

とりあえず気になるものを少しずつ皿に取る。

 

それから、ふと席の方を見渡した。

 

 

――あ。

 

 

窓際のテーブルに、青が一人で座っている。

 

「……ん?」

 

一人、か。

 

俺は皿を手にしたまま、青の座っているテーブルへ向かった。

 

「おはよう、アオ」

 

「あ……」

 

青は顔を上げて、少し驚いたように目を瞬かせる。

 

「おはようございます」

 

「一人か?」

 

「はい」

 

青は小さく頷いた。

 

「蒼太、昨日食べ過ぎたから、朝ごはん、いらないって言ってて」

 

「ああ……」

 

思わず苦笑いが漏れる。

 

「蒼司と一緒だな」

 

「ですよね」

 

青も、くすっと笑った。

 

「やっぱ、あれは食べ過ぎでしたよね」

 

「だな、若いって言っても、限度あるだろ」

 

そう言いながら、

 

俺は青の向かいの席に腰を下ろす。

 

朝の光が、窓から差し込んでいる。

 

夜とは違う、穏やかな時間。

 

二人で向かい合って座るのは、

 

学校でも、遠征でも、よくある光景のはずなのに――

 

 

今は、少しだけ、違って感じた。

 

「……よく眠れましたか?」

 

青が、コーヒーにミルクを入れながら聞いてくる。

 

「ああ、ぐっすりな」

 

「それは、よかったです」

 

そう言って微笑む青の表情は、

 

昨日の夜よりも、どこか落ち着いていた。

 

 

自然といつものように会話する。

 

でも、昨日よりも距離が近い感じがした。

 

すると、しばらくして、青がふと顔を上げて言った。

 

「……カイトさん、コーヒー、飲みます?」

 

「ん?」

 

「俺、これから汲みに行くので‥‥」

 

「ああ……、悪いな」

 

「いえ」

 

青は、にっこりと笑って首を振る。

 

「全然」

 

そう言って、トレイを持ち上げる。

 

青は席を立ち、コーヒーサーバーの前に並ぶ。

 

 

カップに注がれる黒い液体から、

 

ほのかに立ち上る香り。

 

青は手慣れた様子で、砂糖とミルクを整えてくれた。

 

「どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

受け取ったカップは、思ったよりも温かくて、指先にじんわりと熱が伝わる。

 

席に戻り、一口、口をつける。

 

(……うまいな)

 

いつものコーヒーなのに、なぜか今日だけは落ち着く味だった。

 

「……なんだか」

 

俺は、ぽつりと呟く。

 

「落ち着くな‥‥」

 

青は、少し照れたように笑った。

 

「そうですね、今日は‥‥朝練もないですしね」

 

「それもあるけどさ」

 

言いかけて、俺はそれ以上、続けなかった。

 

 

食事を終えて、俺は部屋に戻った。

 

ドアを開けると、蒼司はもう、出発の準備をほとんど終えていた。

 

スーツケースは閉じられ、上着も手に取れる位置に置いてある。

 

「あ、お帰り、カイト」

 

「あ、早いな。準備」

 

「そんなことないよ」

 

蒼司は軽く笑う。

 

「もう、八時だよ」

 

「……あ、やばい」

 

思わず声が出た。

 

「ちょっと待ってな、今、急いで準備する」

 

そう言って、俺は慌てて荷物に手を伸ばす。

 

服を畳み直して、忘れ物がないか確認して、

 

充電器をバッグに突っ込む。

 

自分でも驚くくらい、手際は良かった。

 

「よし、準備できた。じゃあ、行くか」

 

「うん」

 

蒼司は短く頷いた。

 

「そうだね」

 

それだけの会話。

 

部屋に二人きりでいるのに、ゆっくり話す時間は、結局なかった。

 

何かを話そうとすればできたはずなのに。

 

一言、踏み込めばよかったのに。

 

 

(……本当は)

 

 

もっと、蒼司と話したかった。

 

昨日のこと、駅で蒼司を怒らせたことも。

 

今の、微妙な距離のことも。

 

言葉にしないまま、時間だけが先に進んでいく。

 

*

 

八時。

 

ホテルのロビーには、五人全員がそろっていた。

 

「おはようございます」

 

それぞれが軽く挨拶を交わし、大きな荷物を転がしながら外へ出る。

 

 

向かう先は、岡山駅。

 

朝の空気はすでに動き出していて、街全体が、平日のリズムで回っているのがわかる。

 

「えっと……」

 

改札を前にして、俺は立ち止まった。

 

「どの電車に乗るんだったっけ?」

 

表示板を見上げると、行き先がずらりと並んでいる。

 

「結構、いっぱいあるな……」

 

すると、蒼司がさりげなく口を挟んだ。

 

「今日は直島だからね」

 

「ああ」

 

「宇野港っていうところから、フェリーに乗るんだよ」

 

「そっか」

 

ようやく思い出す。

 

「じゃあ、これかな、この……瀬戸大橋線ってやつに乗るんだよな」

 

「うん」

 

蒼司は頷く。

 

その一言で、自然と足が動き出した。

 

岡山駅構内は、通勤・通学の客でごった返している。

 

スーツ姿に、学生服。

 

足早に行き交う人の流れに、俺たちも一瞬、のみ込まれそうになる。

 

 

瀬戸大橋線のホームへ降り立ち、宇野行きの表示を確認する。

 

ほどなくして、電車が入ってきた。

 

ドアが開き、俺たちは流れに押されるように車内へ乗り込む。

 

ラッシュの反対側とはいえ、すでに座席は一通り埋まっている感じだった。

 

「わあ」

 

蒼太が、小声で言う。

 

「結構、混んでるね」

 

「ああ」

 

俺は周囲を見回す。

 

「でも、どっかで座れるだろ」

 

車内には、二人掛けの青いシートが整然と並んでいる。

 

その中で、ぽつんと一つだけ空いている席が目に入った。

 

「あ、あそこ、一つ空いてるな」

 

俺はすぐに蒼司を見る。

 

「蒼司、座れよ」

 

「え?」

 

蒼司は、一瞬ためらったような顔をした。

 

「お前まだ、調子あんまり良くないんだろ?」

 

「……な?」

 

少しだけ、念を押す。

 

「うん」

 

蒼司は、素直に頷いた。

 

「わかった、ありがとう」

 

そう言って、空いている席に腰を下ろす。

 

電車は、静かに走り出した。

 

岡山の市街地を抜けるにつれて、乗客は少しずつ減っていく。

 

 

次の駅、また次の駅。

 

 

席はところどころ空き、それぞれ、自然に空いている席へと散っていった。

 

俺たち一行は宇野駅に到着し、その足で宇野港へ向かった。

 

直島行きのフェリーに乗り込むと、蒼太は子どもみたいにはしゃいでいる。

 

「青さん、すごい。海だよ」

 

甲板に出て、目を輝かせながら海を指差す。

 

「ほんとだ。島がいっぱいあるな」

 

「こんな景色、初めて見たよ」

 

潮風を受けながら、俺も甲板の縁に立って景色を眺める。

 

青く澄んだ海、点々と浮かぶ島影。

 

空は高く、雲も少ない。

 

「ああ……きれいだな。天気もいいし」

 

ふと振り返ると、蒼司の姿が見えない。

 

「そういや、蒼司は?」

 

船内を覗くと、蒼司は船室の椅子に座り、

 

目を閉じていた。

 

「蒼司、大丈夫か?」

 

「うん……島に着くまで、ちょっと寝とく」

 

「そっか。無理すんなよ」

 

蒼司は小さくうなずいて、再び目を閉じた。

 

 

フェリーは直島の宮浦港に到着した。

 

タラップを降りた瞬間、視界に飛び込んできたのは、赤と黒の水玉模様のカボチャだった。

 

「……なんだ、あのカボチャ」

 

港にぽつんと佇むそれを見上げて、思わず声が漏れる。

 

「着いたね」

 

隣で蒼太が嬉しそうに言う。

 

俺はもう一度カボチャに目をやってから、

 

蒼司を振り返った。

 

「なあ、蒼司。俺、前に見たカボチャって、

 

もっと黄色かった気がするんだけど」

 

蒼司はふっと笑う。

 

「ああ、あれね。あれは別の場所にある」

 

そう言って、赤い水玉のカボチャを指差した。

 

「ここにあるのは、赤と黒の“赤カボチャ”」

 

「まじか……」

 

俺は改めてカボチャを見上げる。

 

「カボチャって、他にもあるのか」

 

「そうだよ」

 

「すげえな、直島」

 

俺たちは港近くの小さな旅館に荷物を預け、

 

再び外へ出た。

 

宮浦港のバス停から町営バスに乗り込む。

 

 

最初の行き先は、地中美術館。

 

直島に来たら、まずはそこだと決めていた。

 

地中美術館は予約制だ。

 

今回は蒼司が、事前に手配をしてくれていた。

 

 

受付を済ませ、係員に案内されて中へ入る。

 

思っていたような展示室は見えず、コンクリートの壁と通路が続いているだけだった。

 

「……静かだな」

 

誰かが言ったわけでもないのに、自然と声が小さくなる。

 

足音だけが、ひんやりした空間に響いていた。

 

 

白い壁、切り取られた空、差し込む光。

 

何を見ているのか、正直よくわからない。

 

けれど、不思議と目を離せなかった。

 

 

蒼太も、さっきまでのはしゃいだ様子はなく、黙って前を歩いている。

 

蒼司は何も説明しない。ただ、淡々と進む。

 

誰も感想を言わない。

 

言葉にすると、壊れてしまいそうな気がした。

 

 

しばらくして、ふと気づく。

 

頭の中が、静かになっている。

 

「……なんか、落ち着くな」

 

小さくそう呟くと、隣で誰かがうなずいた気配がした。

 

それだけで、十分だった。

 

 

美術館を出て、しばらく外を歩く。

 

海が近づき、風の匂いが変わった。

 

 

その先に、あの黄色いカボチャが、海辺にたたずんでいた。

 

不思議と、まったく違和感がない。

 

俺は横にいる蒼司に声をかける。

 

「これ……あのカボチャだよな」

 

「ああ、そうだね」

 

それだけ言って、蒼司はまた海のほうを見た。

 

俺は浜辺に立つカボチャを眺めながら、

 

静かに蒼司に語りかけた。

 

「……すごいな」

 

写真や絵で見るのとは、全然違う。

 

「これ、好きだな」

 

少し間を置いて、続ける。

 

「蒼司、ここに来てよかったよ」

 

「よかった」

 

蒼司は、ほっとしたように言った。

 

「約束、だもんね」

 

「え?」

 

「一緒に行こうって、約束してた」

 

「ああ……そうだな」

 

太陽が、海とカボチャをやさしく照らしている。

 

波は穏やかで、風も静かだった。

 

「……なあ、蒼司」

 

「ん?」

 

「ごめん」

 

「え? 何が?」

 

少し言葉に詰まってから、俺は続けた。

 

「ひょっとしたらさ、俺、蒼司を怒らせちゃったのかなって」

 

蒼司は黙ったまま、海を見ている。

 

「せっかくの旅行なのに。約束の旅行だったのにさ。一緒にいるのに、そばにいるのに、なんか……近いのに遠くて」

 

 

言葉を探しながら、正直に吐き出す。

 

「話す機会も、あんまりなかっただろ。

 

それが、俺は結構つらかった」

 

「……」

 

「でも、そうなったのは、俺の態度が原因だったのかなって思ってさ。だから……本当に、ごめん」

 

しばらくして、蒼司がゆっくりと口を開いた。

 

「カイト、謝る必要なんてないよ。俺、怒ってない」

 

「……え?」

 

「あの新幹線の時のことだろ?」

 

「うん……」

 

「あの時は、正直ちょっと、え?って思ったけどさ」

 

 

そう言って、少しだけ笑う。

 

「でも、それ自体は、すぐ忘れた」

 

「……そうなんだ」

 

「うん」

 

蒼司は、少し考えてから続けた。

 

「カイトはさ、明るいだろ。

 

人を引っ張っていくし、気づくと周りに人が集まってる」

 

 

 

俺は黙って聞いていた。

 

「俺は、こんな性格だからさ。

 

そういうカイトを、ちょっと離れたところから見る癖がついちゃって」

 

一瞬、言葉を切る。

 

「でもね」

 

蒼司は、海から目を離さずに言った。

 

「そうやって、少し離れたところからカイトを見る自分も、嫌いじゃないんだ」

 

風が、二人の間を静かに通り抜けた。

 

蒼司は少し言いにくそうに視線を落とし、

 

それからゆっくりと口を開いた。

 

「‥‥あと」

 

「……カイトのことだからさ。たぶん、佐伯先生のこと、気にしてるんだろ?」

 

「えっ?」

 

一瞬、言葉が詰まる。

 

「やっぱり」

 

蒼司は、困ったように笑った。

 

「大丈夫だよ。俺、前から気づいてた」

 

「え?」

 

「学校に赴任してからさ。しばらく、俺、カイトのこと見てたから」

 

夕暮れの海に視線を向けたまま、続ける。

 

「ああ……カイトはきっと、佐伯くんのこと、好きだったんだなって」

 

「……マジかよ」

 

思わず息を吐く。

 

「おい、蒼司。お前、超能力者か?」

 

「違うよ」

 

即座に返される。

 

「カイトが、わかりやすすぎるんだよ」

 

「うっ……」

 

「それ、松ちゃんにも言われた」

 

蒼司は、少し懐かしそうに目を細めた。

 

「子供の頃から、ずっと一緒にいるだろ。

 

カイトが兄貴のこと‥見てるのずっと見てたからさ」

 

「……」

 

「だから、カイトのことなら、なんとなくわかるんだよ」

 

 

それだけ言って、蒼司はまた海を見た。

 

 

蒼司は少し間を置いてから、静かに続けた。

 

「……だからさ。俺、カイトに告白したんだよ」

 

「え?」

 

思わず声が裏返る。

 

「あの時さ。佐伯先生に、蒼太くんっていう恋人がいるなんて、知らなかったから」

 

 

波は静かに音をたてている。

 

「だから……焦った」

 

蒼司は、正直にそう言った。

 

「本当はさ、もうちょっと時間をかけてから

 

言おうと思ってたんだよ。様子見て、ちゃんと気持ち整理してからって」

 

「……」

 

「でも、もしこのまま何も言わないでいたら、

 

カイト、誰かのところに行っちゃう気がしてさ」

 

 

小さく、息を吐く。

 

 

「それで、勢いで言った。

 

……正直、俺らしくなかったと思う」

 

しばらくして、俺はぽつりと返す。

 

「……そうだったのか」

 

蒼司は何も言わず、ただうなずいた。

 

「……あとさ、大丈夫だよ」

 

蒼司は、どこか覚悟を決めたように言った。

 

「俺から、カイトから離れるってことないと思う。俺、多分……カイト以外の人を好きになることなんて、ないから」

 

 

言葉を選ぶみたいに、ゆっくり続ける。

 

「だから、この先も、きっとずっと、

 

カイトのこと好きだと思う」

 

その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んで、視界が滲んだ。

 

気づいたら、涙がこぼれていた。

 

「でもさ」

 

蒼司は、少しだけ声を落とす。

 

「もしこの先、カイトが違う人を選ぶなら……

 

俺は、静かに‥‥カイトのところを去るよ」

 

俺は、はっきりと涙を流していた。

 

「蒼司……」

 

声が震える。

 

「そんな、そんな悲しいこと言うなよ」

 

俺は首を振りながら、必死に言葉をつなぐ。

 

「俺だって、ずっと蒼司のそばにいたい」

 

夕焼けの中で、正直に言う。

 

「やっと一緒になれたんだ。

 

これからも、ずっと一緒にいるし……

 

俺のそばにもいてほしい‥‥」

 

涙を拭うこともせず、まっすぐに見る。

 

「だから――」

 

そのときだった。

 

「あ、蒼司さん。佐々木コーチ。こんなところにいたんですか?」

 

 

声と一緒に振り返ると、蒼太と青、それから松本がこちらへ歩いてくる。

 

俺は慌てて目をこすり、手の甲で涙を拭った。

 

蒼太は何も気づいていない様子で、

 

目を輝かせながらカボチャを見上げる。

 

「わあ、すごい。この黄色いカボチャ。かわいいなあ」

 

「うん、確かにインパクトはあるな」

 

青が腕を組んで言う。

 

「でも……かわいい、って言うのか? これ」

 

「うーん」

 

松本が少し考えてから、頷いた。

 

「さすが草間先生の作品ですね。

 

 見る人によって印象が違う」

 

「あ、そうだ」

 

蒼司がぱっと思い出したように言う。

 

「せっかくだから、写真撮りましょうよ。

 

蒼司さんと佐々木コーチ、並んでください。

 

僕、撮りますから」

 

「ああ……そうだな」

 

俺と蒼司は、言われるままに並ぶ。

 

 

そのとき、青がさりげなく俺のそばに寄ってきた。

 

誰にも聞こえないくらいの小さな声で、そっと囁く。

 

「カイトさん、大丈夫ですか。

 

 ……何か、ありました?」

 

「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。心配かけたな」

 

「いえ。よかったです」

 

青はそれだけ言って、静かに距離を取った。

 

 

みんなで写真を撮り終え、賑やかな空気から少しだけ離れた場所で、俺は沈む夕日を見つめていた。

 

蒼司と久しぶりにちゃんと向き合い、言葉を交わした。

 

あんなに泣いて、お互いの気持ちを確かめ合って、ずっと欲しかった言葉ももらった。

 

「これで、よかったんだ」

 

俺は蒼司と久しぶりに本音で話せたことに安堵した。

 

でも、何だ?

 

すれ違いが解けて、胸のつかえがすっきりとなくなると思っていたのに、なぜか胸の中のモヤモヤが消えずに残っていた。

 

心のどこかで蓋をしていた別の感情が、微かに波を打っているような感覚。

 

その正体は、まだわからない。

 

 

ふと視線を感じて見ると、

 

松本が、すべてを察したような顔で、

 

何も言わずにこちらを見ていた。

 

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