西の森の表層はアルセルタスが牛耳っていたようだ。それを裏付けるように、以前よりも小動物たちの声がよく通るようになって、森に活気が溢れていた。今ではキザシヤンマやカスミジョロウ、ドスヘラクレスといった環境生物たちを目にする機会も多くあって、多種多用な
森の中を進む紅蓮は、大きな陥没穴を発見した。直径は十メートルほどで、穴の底には青く輝く泉があった。壁面を見る限り、蔦植物が繁茂しているので昇り降りは可能だろう。初めはスルーしようと思った紅蓮だったが、陥没穴にはちょっとした横穴が続いていて、そこには明らかに人の手が入っていると思われる採掘跡があった。気を引かれた紅蓮は蔦植物に捕まって、慎重に降りていった。
なんとか体を濡らさずに横穴へ辿り着いた。そこで紅蓮が見たものとは、岩を削り取って作られた通路と、脇に設置された奇妙な石像だった。
通路は特に説明することもなく、人一人通れる──にして少し天井が低いただの通路だった。石像は二足歩行の猫を削り出したような、それにしては完成度が低いような、奇妙な石像だった。目が大きくて、口も大きい。反対に体の比率は小さかった。
少し不気味だな、と思いつつも紅蓮は通路を進んでいくと、ちょっとした広間に出た。どうやらここで行き止まりのようだ。しかし、広間の最奥には祭壇らしき台座があって──それは階段状になっていて──その上には大量の装飾品や謎の骨が並べられていたのだ。
「な、なんだこれ……」
恐る恐る近づいてみれば、それが人骨ではなく、目元が非常に大きくて鼻と口先が尖り、鋭い牙が並んでいる頭蓋骨だと気付いた。大きさは人間の頭蓋骨よりも少し大きい程度だろうか? 装飾品の方は削り出した鉱石のようで、青色だったり紫色だったりと色鮮やかだった。植物なんかも一緒に添えられているが、見るも無残な姿だ。おそらく、長い年月の果てに朽ちてしまったのだろう。
「アイルーか……?」紅蓮は独りごちた。「おそらく獣人族。でも、詳しくは分からない。ここは何らかの儀式で使われたのかな」
横穴から注がれる光のおかげで、ある程度の視界は確保できている。祭壇に気を取られていた紅蓮は周りを見渡してみると、驚きの声を上げた。
壁面には絵が描かれていた。壁画というものだろう。そこには小柄な獣人族──耳と尻尾があるためそう判断した──が沢山描かれていて、幾多のモンスターたちと戦う様子や、何らかに対して祈る様子が見て取れた。紅蓮が特に気になったのは、空に浮かぶ太陽に多くの獣人族がひれ伏した絵だ。だが、よくよく見てみればそれは太陽ではなかった。
円を描き、円環を成している翼の生えた蛇だ。周囲には剥がれかかっているが蒼穹の空が広がっていて、その外側には大きな積乱雲と雷雨が見て取れる。恐ろしいことにモンスターや獣人族が空に昇っていく様子が描かれていて、明らかに災害を振りまく存在として畏怖されていた。
「これは……」
思わず声が漏れた紅蓮は、この謎のモンスターが全ての元凶なんじゃないかと思った。紅蓮が今ここにいるのも、このモンスター──仮称ウロボロスの仕業であると疑わざるを得なかった。
その後は特に目ぼしい発見もできなかったので、紅蓮は地上に上がった。だが、大きな成果を手に入れた。この不可解で不条理な現象には元凶がいたのだ。仮称ウロボロス。元の世界へ帰る方法は全く持って思いついていないが、大きな一歩と言って差し支えないだろう。紅蓮はより気合を入れて、探索を再開した。
西の森を進んでいくと、またもや陥没穴を発見した。ここら一帯は地下空間が多いのか、至るところに穴が開いていた。崩落する危険はなさそうだが、うっかりしていると落下して大怪我を負いそうだった。
今回は裂け目のような穴で、水に浸った地下空間がすぐそこにあった。紅蓮は新たな獣人族の手がかりを見つけるためにも飛び降りた。
ばしゃり、と音を立てて紅蓮は着地した。裂け目までの高さはおおよそニメートルで、再び地上に上がることは可能だろう。紅蓮は周囲を一瞥すると、奥へ続いている天然洞窟を進んでいった。
洞窟の天井には穴が空いていて、幾本もの薄明光線が差し込んでいた。おかげで視界が良くて、地下水に浸っている地面もなだらかで移動が容易だった。
しばらくの間は何もなかったが、洞窟の壁面に獣人族の手掛かりらしきものを見つけた。その壁面には小さな窪みがあって、そこに炭と灰が残っていたのだ。おそらく篝火として機能していたのだろう。それを裏付けるように、今紅蓮がいる場所は少し深い場所で、周囲が薄暗かった。
先へ進んでいくと、どんどんと地上から遠ざかるように深くなっていく。だがそれにも関わらず、眩い光が紅蓮を導くように道先で光り輝いていた。やがて狭い洞窟を抜けた紅蓮は、非常に広大な空間に出たのだ。
遥か高い天井には穴が一つ開いていて、広大な空間を照らし出していた。地下水に浸った地面は、紅蓮が歩く度にばしゃり、ばしゃりと音を立てる。空間の中央部は地面が盛り上がっていて、そこには台座らしきものがあった。紅蓮が近づいてみれば、その台座には謎の宝玉が載せられていた。
大きさは手のひらで包める程度だ。恐ろしいほどに完璧な球体で、傷一つない。だが、そんなことが気にならないくらい神秘的な外観をしていた。
表層は赤色で、中央に向かうほど橙色、黄色、緑色、青色とグラデーションのようになっていた。散りばめられた星屑のような煌めきや、宝玉の中に刻まれた血管のようなものも合わさって、まるで遥か遠い宇宙に存在する星雲のようにも見えた。どこか畏怖を覚えつつも、魅力に溢れている世界を閉じ込めたような、そんな代物だった。
紅蓮はこの宝玉を持ち帰るべきか迷った。明らかに常識を越えた代物で、何が起こってもおかしくはないと思えるほど異質だった。紅蓮は非常に迷ったが、一旦放置して、この空間の先へ行くことにした。
階段だ。石を加工して作られていて、通路全体に手が入っている。それ相応の年月を感じさせるが、石階段に歪みはなく、かなり緻密に造られていることが見て取れた。おそらくだが、この場所は特別なのだろう。あの宝玉からしても、それが伺えた。
地上の光が差す階段を登っていくと、やがて地上に出た。周囲を見渡してみれば、崩れた石壁などが散乱している。紅蓮の前方には様々な建造物があった。全て石材によって建てられていて、どれもが階段状ピラミッドの形をしていた。家屋という感じはしない。儀式で使われるような、神聖な趣きがあった。
自然に飲まれつつあるが、間違いなく人工物だ。興味を惹かれた紅蓮は近くで見ようと、今いる場所──おそらく神殿跡──から降りようとした。
森がざわめく。鳥たちが一斉に飛び立った。ついで、木々を薙ぎ倒す音が森から響いた。紅蓮は即座に引き返して外の様子を伺う。すると、森の輪郭が削り取られて、二本の
大地へ強かに打ち付けた顎を持ち上げ、周囲を伺うように頭を振る。だがその眼窩は空洞で、頭部全てにおいて命の脈動を感じられなかった。
巨大な頭骨だ。見紛うことなきディアブロスの頭骨。それも遥かに巨大で、生前はさぞかし剛勇を示したことだろう。しかし、今では現世に未練を残して、地上を彷徨う幽鬼と化してしまったのだろうか? 否、あれはディアブロスの幽鬼などではない。その頭骨を
後ろへ振り向いた──正面を向いたモンスターが正体を現した。鬼の面を思わせる凶暴な顔立ちで、太く鋭い四脚で地面に根差し、巨大な鉄門の如きハサミを構えている。目を見開いた紅蓮は、そのモンスターの正体に驚いた。
「ダイミョウザザミ亜種……! こいつも久しぶりに見た!」
通常種ならば燃えるように赤い外殻をしているが、亜種個体は食性の違いにより、鮮やかな紫色の外殻をしている。両者の違いは瞭然で、ハサミに入った縞模様がカッコイイ!と紅蓮は密かに思っていた。
どうやら、ダイミョウザザミ亜種──ザザミ亜種は紅蓮に気付いていないようで、のっしのっしと歩き続けて、紅蓮の目の前を通り過ぎていった。大地に残った深々とした穴や薙ぎ倒された木々の跡が痛々しく、何よりも見上げるほどに巨大なモンスターから溢れ出る生命力が、筆舌にし難いほど心を
「西の森は魔境だな……」心を落ち着かせた紅蓮は外に出て、呟く。ザザミ亜種なんて化物が普通に闊歩しているのだ。他にどんなモンスターが生息していても驚きはない。探索をするにしても、これまで以上に気を引き締めた方が良さそうだった。
一通り建造物を調べた紅蓮は、ここは居住区ではないだろうと結論づけた。歴史的価値を見いだせそうなほど立派な階段状ピラミッドは、数百人、下手したら数千人規模の建造物にも関わらず、生活痕が全く残っていなかったからだ。おそらくだが、住民たちは普段はどこかにある村で生活をしていたんじゃないか、と紅蓮は予想を立てた。
携帯食料を食べた紅蓮は、さらに探索することにした。未だに獣人族には出会っておらず、その痕跡もお世辞にも新しいとは言えない。ここまで文明を築いた勢力が衰えるとは思えないので、この地域は放棄して、何処か違う場所で生活を送っているのでは?と紅蓮は考えていた。その痕跡を見つけて辿ることができれば、この世界に住まう知的生命体と出会うことだって可能かも知れない。俄然、やる気の出てきた紅蓮だった。
いざ森へ入ろう!と思った時、紅蓮の第六感とも言うべき直感が反応した。誰かに見られている。先ほどのザザミ亜種のような強大な存在ではない。矮小で、狡猾な、そんな気配だった。
冷静に頭を回しつつも紅蓮が森に入れば、その気配はついてきた。物音はしない。紅蓮はかなり知能が高いと決めつけて、どこか有利な場所を探そうと歩み始めた。
蔦の絡まった大木を見つけた。紅蓮は背後から来るであろう気配を欺くため、大木を通り過ぎた瞬間に勢い良く登り始めた。相手からは見えないはずで、多少の音が立ってしまうが、ここは自然豊かな森の中である。距離もあることなのでバレないはずだ。
無事に大木の中腹まで登った紅蓮は、気配を沈めて追手を待っていた。そして、数分後。ついに追手が現れたのだ。
ねずみ色の大鎧に身を包んだ、中年の男。黒髪を後ろで結んでいて、スクエア型の眼鏡──スクエアグラスを掛けていた。おそらくバーラハーラの防具、と予想を立てた紅蓮は、「お前は何者だ!」と誰何した。
「言っておくが──」紅蓮はナイフを男に見せつける。「下手な真似をすれば殺す。友人の言葉を借りるなら、お前はクソオスだからな!」
いきなり頭上から話しかけられたことに対して、男は驚いていた。だが、気を取り直して口を開いた。
「ま、待ってくれ! おじさんは悪い人じゃないよ! 本当だよ!」自称おじさんが言った。「一回話し合おう! おじさんも君も、きっと同じ境遇だからさ!」
両手を上げて敵意のないアピールをするおじさんに、紅蓮は気を抜かずとも敵意を向けることは止めた。次に落下速度と同等の速さで蔦を降りていき、最後は勢い良く飛び降りた。
地面に着地した紅蓮は、眼前のおじさんにガンを飛ばす。かなり大柄で、見上げるほどには身長が高い。顔立ちは彫りが深くて、髭を生やしていて、いかにもダンディなおじさんといった相貌だった。
「おおう、結構好戦的だね……!」一歩引いたおじさんが言った。「ここは危険だ、さっきいた場所に戻ろう。そこで話し合おうよ!」
先ほどの遺跡へ駆け足で向かうおじさんに、紅蓮は仕方なくついていった。
遺跡──神殿跡地に辿り着いた紅蓮は、おじさんと向かい合っていた。手には剥ぎ取り用ナイフを持ち、強気な態度を取り続ける。相手は大柄な男性である。万が一があるため、紅蓮は気を抜くことはしなかった。
「まずは自己紹介でもしようか! おじさんは
「俺は紅蓮だ。中身は男。ヘンな気を起こしたらお前を殺してやる!」
「本当に物騒だね君⁉」
O・Gことオジさんが周囲を警戒しながらも言った。
「おじさんはかれこれ二ヶ月もこの森を彷徨ってるよ。紅蓮ちゃんは?」
「俺は今日で十八日目。最近、この森にやってきたんだ」
「へえ、そうなんだ! ところで、他に同郷っていないかな……? できれば一緒に行動したいんだけど……?」
恐る恐るといった様子で、オジさんが紅蓮の顔色を伺ってきた。紅蓮はオジさんが信頼に値する人物かも分からないので、なんと言おうかと迷ったが、思っていることを全てぶつけることにした。
「お前が信用できないから詳しく言いたくないな……。だけど、同郷の奴は二人知ってる。一人は男で、もう一人は女だ」
紅蓮の話を聞いたオジさんが、目にも止まらぬ速さで土下座した。膝をぴっちりと合わせて、指先まで綺麗に揃っている。すわ何事か⁉と驚いた紅蓮を他所に、オジさんが叫んだ。
「お願いしますッ! おじさんも仲間に入れてくださいッ! もう一人は嫌です! 早く元の世界に帰ってビールが飲みたい! エアコンの効いた部屋でモンハンがしたい! どうか御慈悲をーッ‼」
「そんな土下座を安売りすんなよ……」
いかにもダメ男といった感じのオジさんに毒気を抜かれた紅蓮は、最悪の場合は集団リンチにすればいいだろうと判断して、オジさんをレイコハウスに招待することにした。少し不安なのは、オス嫌い──イケメンは別枠と思われる──のレイコの反応だった。
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