あれから一週間が経った。その間は嵐に乗る方舟を作るために大量の素材を集め周っていて、四日目にしてようやく舟が完成した。その名もセルタス号。船首にはアルセルタスの角をまるごとあしらった豪華仕様だ。
アルセルタスの素材をふんだんに使ったおかげで、流麗なフォルムとなった小舟はさぞかし空気抵抗?水抵抗?を受けないことだろう。余った六脚も強度確保のための柱や、念の為のオールなどに加工していて、無駄な素材は一つとしてなかった。
残りの二日間は快晴の日を待っていた。残念ながら天気が悪かったので、使えそうな素材を片っ端から集めたりして時間を潰した。そして、七日目である今日。天上に広がる蒼穹には雲一つとしてなく、何処までも澄み渡る
紅蓮が先行して、あとから舟を担いだ三人がやってくる体制をとったおかげで、危機的状況に陥ることもなく祭壇場に辿り着いた。かなり時間が掛かってしまったが、早朝に出立したこともあって昼前だった。
最大限警戒をしながらも階段状ピラミッドの前に船を下ろして、紅蓮は仲間たちと一緒にピラミッドを上った。頂上部にある小部屋には台座があった。以前と何ら変わりない姿だった。
「さて、宝玉はしっかりとここにある」紅蓮は手のひらに乗せた宝玉を掲げた。「ここまでやっといてなんだが、嵐が起きなくても恨まないでくれよ」
バスタードとオジさんが大きく頷き、レイコが未だに疑っている様子で見つめてきた。正直なところ、紅蓮も半信半疑だった。日本でモンハンをやってたと思ったら、ゲームキャラの姿で見知らぬ世界に飛ばされて、そこでは数多のモンスターたちと出会って、今では嵐の乗って元の世界へ帰ろうとしている。こんな話を誰かにしたところで作り話と笑い飛ばされるに違いない。でも、笑い飛ばされるような日が来ることを紅蓮は強く願っているのだ。
小部屋の頂点から差し込んでいた日差しが、台座に降り注いだ。蛇を模した石像の目──宝石でできている──が赤く輝き始める。紅蓮は意を決して、宝玉を台座に収めた。その瞬間、台座である
あれだけ晴れ渡っていた蒼穹に、突如として分厚い雨雲が覆い始めて、激しい風が吹き始めた。急いで地上へ降りた紅蓮の肩には雨粒が降ってきて、それは急激な変化を伴って大雨と化した。
もはや通り雨とは次元の違う暴風雨が襲い掛かってきて、紅蓮は瞬く間にびしょ濡れとなった。つい数十秒前までは快晴だったことが信じられないほどの変化だ。紅蓮はセルタス号の中で立ち上がり、雨空を見つめた。
黒くて分厚い雲が渦を巻き始める。それと同時に激しい雷が走って、眩い閃光と鼓膜を震わせる轟音が世界に叩きつけられた。段々と酷くなっていく暴風雨はいつしか大嵐となっていて、立っていられないほどの風が吹き荒れた。
紅蓮は必死にセルタス号の
「イヤー!」レイコが叫んだ。「やっぱり反対しとけばよかった! こんなので元の世界へ帰れるわけないじゃない!」
痛いほどの雨粒が横から叩きつけてきて、必死に空を見上げれば、数多の木々が地盤ごと持ち上げられて天に昇っていた。それは渦を巻きながら持ち上げられていき、視界に捉えられないほど高く高く、空高く舞い上がっていた。
もはや開けた大地は荒海と化し、セルタス号が暴風に押されて地面を滑り始めていた。紅蓮はバスタードとオジさんと協力して、オールを支えにして舟が倒れないように押さえ込むが──次の瞬間、とてつもない突風が吹き抜けて、セルタス号が空高く舞い上がったのだ。
「ぎゃあ~っ⁉」
物凄い速さで嵐の中を突き進んでいくセルタス号は、渦を描く暴風雨を巧みに乗りこなして、綺麗な円を描きながら天上を目指して昇っていった。絶え間なく叩きつけられる雨粒は強烈で、目も開けられないほどの暴風が呼吸を乱すが、意外にもセルタス号は安定していた。
「ああっ! 凄い景色です!」バスタードが天を指した。「見てください! 星空が見える! あれはきっと、僕たちの知っている夜空だ!」
目で捉えられないほど高速で渦を巻く雨雲には、ぽっかりと穴が開いていた。その先には星空が広がっているが、全てを飲み込むような、深淵のようにも見えた。地上はとっくの昔に置き去りにしていて、今では雨雲の方が近いと思えるほど天高く昇っている。もはや後戻りなんてできやしない。紅蓮は「強く信じろ! 元の世界へ帰れると!」と叫ぶしかなかった。
やがて、セルタス号が深淵に突っ込んだ。そこは耳を劈く轟音なんて響かない、物静かな場所だった。紅蓮は思考と体が凍りついたように動かなくて、何かを言う前に、考える前に意識を失った。
呼吸が苦しい。それに、全身に叩きつけられる風が痛い。急速に意識が覚醒した紅蓮が見たものとは、真っ白な世界だった。しかし、今自分が落下していることに気づいた瞬間、遥か真下に大海原が見えた。大慌てで周囲を確認してみれば、気を失ったバスタード、レイコ、オジさんが紅蓮と一緒に自由落下していた。真っ白な世界とは、大きな雲の中だったのだ。
「おーい! 起きろー⁉ このままじゃ死ぬぞ~⁉」
空を必死に泳いで三人にビンタを食らわせると、にわかに騒がしくなった。「うわー⁉」だの「イヤー⁉」だの「ひえー⁉」だの、無意味な声が上がるばかり。紅蓮は何かないかと手当たり次第に探してみるが、セルタス号も腰につけていたロープやスリングも無かった。あるのは身につけている防具だけ。控えめに言って絶望的だった。このままでは、海面に叩きつけられて死んでしまうだろう!
「このままじゃまずい! 誰か空の飛び方を教えろ!」
「僕は知りません! 飛竜ではありませんから!」
「死んだら化けて出てやるー!」
「ちょっと待って! なんか、落下にしては速度が遅くないかい⁉」
オジさんの言葉を聞いて、紅蓮は冷静になって考えてみた。確かに、落下速度が若干遅い気がする。だがそれがなんだと言うのか!
「だからなんだよ! このまま海面に叩きつけられても無事だって言いたいのか?」
「そういう訳じゃないけど……!」
「ぶっ殺すぞ!」
「これだからクソオスは駄目なのよ! 死ねーッ‼」
「もうちょっとおじさんに優しくして⁉」
海面まであと少し。もはや打つ手なしかと思われた時、大海原から突風が吹き荒んで、紅蓮たちを持ち上げた。なぜ上昇気流が? 太陽は真上にあって、蒼穹が遥か遠くまで広がっている。間違っても上昇気流が起きる条件を満たしてなどいない。だが、首の皮一枚が繋がったことは確かだった。
「できることを最大限やるぞ!」紅蓮は叫んだ。「海面に叩きつけられる際は着水姿勢をとれ! つま先を伸ばして、両腕を交差させて、まっすぐに落ちる! 分かったか⁉」
「分かんないわよ!」
「じゃあ死ね!」
「イヤー!」
ギャオりつつもしっかりと理解したのか、レイコは海面に叩きつけられる数秒前には着水姿勢をとっていた。他の面々も着水姿勢をとったことを確認した紅蓮は、ただひたすらに無事を祈って目を瞑った。
瞬間、物凄い衝撃に襲われて紅蓮は気を失いそうになった。しかし、意地でも生きる!と己を鼓舞して、必死に海面を目指して泳いだ。その間は視覚も聴覚も使い物にならなくて、普段覚えることのない感覚と恐怖に襲われていた。
「ブハァ⁉ い、生きてる~⁉」
波打つ海面から顔を出した紅蓮は、他の面々を探した。バスタード、レイコと、続々と顔を出す中、オジさんの姿が見当たらない。少しした
「ま、待って⁉ オジさん鎧纏ってるの忘れてた! 死んじゃうよー⁉」
「肺に空気をためて上を向け! そして力を抜け!」
泳いで近寄った紅蓮が補助をしてやれば、オジさんは冷静さを取り戻したのか、プカプカと浮き始めた。なお、鎧を着込んでいるのに沈まない事実は気にしてはいけない。おそらく、浮力を稼ぐ秘密があるのだ。
「紅蓮さん! あちらを見てください!」バスタードが水平線の先を指した。「船です! こちらに向かって来てますよ!」
バスタードの指す方向を見てみれば、確かに船がこちらへやってきていた。やがて紅蓮たちの側にやってきた船──中型の漁船を間近で見ると、船首の両舷には『狩猟丸』と書かれていて、船員と思われるおっちゃんが浮き輪を投げ落としてくれた。
「おぉい! これに掴まれー! 空から落ちてきた人ー!」
「マジで命の恩人だよアンタ……! 後で熱烈なハグとキスを送ってやる!」
レイコ、オジさん、バスタードの順番で船に上がっていき、最後に上がった紅蓮は喜びのあまり、おっちゃんと熱烈なハグを交わして、次に頬にキスを落として、生き延びたことを盛大に祝った。ここが何処なのかなど忘れて、今はただひたすらに喜んだ。生きていればいい。生きていれば、何度だってやり直せるのだから。紅蓮は心からそう思った。
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結論から言おう。紅蓮は元の世界に……帰れなかった。確かに日本だったし、日本語が通じた。しかし、紅蓮の知っている日本ではなかった。歴代総理大臣の名前が違っていたり、戦争の歴史が変わっていたりと、些細と言うには大き過ぎる違いが顕著にあって、もはや別世界だった。もちろん紅蓮以外の面々もそう感じていて、最終的にはここが
当然ながら紅蓮の生きた証などなくて、この世に存在しない人間だった。無国籍の状態で、これからどうやって生きていけばいいのだろう? そう深く落ち込み、思い悩んでいた時、紅蓮たちを助けてくれた『狩猟丸』の船長ことおっちゃんが、手を差し伸べてくれた。
──困ってるんやったら、助けたるよ!
面識などまるでない男女四人に、快く援助を申し出てくれたおっちゃんはしばらくの間、紅蓮たちの面倒を見てくれた。土下座で頼み込んで資金援助さえしてもらい、紅蓮たちはなんとかして難民申請を通して──意外にも頭脳明晰なレイコがあの手この手で通した──辛うじて、日本で生活できる基盤を手に入れた。
それからは、恩義のあるおっちゃんが暮らす小さな島、シキ島──正式名称ではなく、島民に親しまれている愛称──で生活を始めた。日本最南端らしいこの島はとても海が綺麗で、あの遠い世界の海を思い出すほどだった。島民は五百人程度で、島の中心部に町があって、その外縁部は殆どが田畑だ。何もないと言っては失礼だが、長閑で、平穏で、素晴らしい島だった。
オジさんはおっちゃんに弟子入りして、漁師見習いになった。レイコはパソコンの扱いが抜群に上手いので、それに関係する仕事についた。バスタードは本島へ出稼ぎに行って、紅蓮は接客業の仕事を始めた。初めはおっちゃんの家に
そして、半年が経って生活も安定してきた頃。賃貸物件──赤い屋根が特徴的な平屋の前で紅蓮が待っていると、出稼ぎに行っていたバスタードが帰ってきたのだ。麦わら帽子にアロハシャツに短パン、そして大きなスーツケース。ムカつくほどに顔とスタイルが良いため、お忍びでやってきた芸能人みたいな姿だった。
「紅蓮さん! お久しぶりですね!」バスタードが満面の笑みを浮かべた。「相も変わらず目を惹く容姿! 遠くからでもすぐに分かりましたよ!」
「お前もな」
実は英国人と日本人のハーフだったらしいバスタードがハグを求めてきたので、紅蓮は仕方なく応じてやった。
「ほら、中に入れよ。今はオレしかいないから広いぞ?」
「ええ、ぜひとも室内に! 飛行機とフェリーを経由するのは中々に骨が折れましたから!」
言外に交通の便が死んでいると告げたバスタードを、紅蓮は平屋に招き入れた。
お世辞にも広いとは言えない平屋は、伝統的な作りのために風通しが良くできていて──襖で仕切られているだけ──プライバシーなどあってないようなものだった。それはそれで気に入っているという話はさておき、紅蓮は客間にバスタードを案内して荷物を降ろさせた。その間に、ちゃぶ台にお茶とお菓子を用意した。
「本島での暮らしぶりも長々と語りたいところですが……その前に! 紅蓮さんにプレゼントがあります!」バスタードが楽しそうに言った。「こちらをどうぞ!」
バスタードが差し出してきたのは、最新のゲーム機だった。この家にはそんな高価なものはないため、紅蓮は素直に喜んだ。
「おおーっ! ありがとう! それでカセット、ではなくてソフトは?」
「フッフッフ!
「こ、これは……!」
バスタードから差し出されたゲームソフト。それを受け取ろうとした時、レイコの「ただいまー」という声が聞こえてきた。紅蓮が「バスタードが来てるぞー!」と返せば、レイコが慌ただしくもこちらへやってくる。残念ながら、プレゼントのことは二の次になってしまった。
昼過ぎにはオジさんも戻ってくることだろう。その時はおっちゃんにバスタードの顔見せも兼ねて、会いに行けばいい。そこで昼食を頂くのだ。
これが紅蓮の新たな日常だった。以前とは様変わりした生活に戸惑うこともあるが、それでも楽しいことが沢山ある。時間がある時は、何処までも蒼い空と澄んだ海を眺めに砂浜へ出かけたり、レイコと一緒に買い物を楽しんだり、オジさんと酒を飲み交わしたりする。時には今日のように、バスタードと再会を喜んだりも。
元の世界へ帰る方法を探してはいるが、望みは薄かった。この世界に宝玉の噂や伝説なんて無いし、きっと帰れないだろうと薄々感じていた。郷愁に駆られることはあるけれど、それでも今の人生も悪いものじゃない、と紅蓮は密かに思っていた。
あの遠い世界での出来事。もう一度体験したいとは露ほども思わないが、あの出来事のおかげで今があると思えば、かけがえのない経験だったのかも知れない。紅蓮は楽しげに会話を交わすバスタードとレイコを眺めながら、そう思った。
紅蓮はこの世界で生きていく。名前も性別も体も変わってしまったが、心は変わらなかった。それでいいじゃないか、自分らしく生きていけば。
紅蓮は今生きていることに感謝を捧げた。そして、かつての人生で出会ってきた人たちに、もう会えなくなってしまった人たちに別れを告げた。
──ありがとう。オレは今も生きてるよ。どうか、皆に幸あらんことを。
さようなら、かつての世界。こんにちは、新世界──紅蓮はこの世界で生きていく。
紅蓮が驚いた、ゲームソフト。そのタイトルとは──
『モンスターハンターワイルズ:アセンダンス』であった。
ご愛読ありがとうございました!
アセンダンス(上昇、台頭、優位、支配といった意味がある)
作中で登場したモンスターは、私がアセンダンスで復活して欲しいと思っているモンスターたちです。他にもバサルモス、モノブロス、モノブロス亜種、ドドブランゴ亜種、ベリオロス亜種、ショウグンギザミ亜種、イャンクック亜種、ゲリョス亜種、ババコンガ亜種、グラビモス亜種、ラギアクルス亜種といった、大人気モンスターたちも復活して欲しいところ! 流石に一体くらいは内定貰ってるよな?
現状、アセンダンスの情報はプロモーションムービーしかないので、ラオシャンロンとクシャルダオラが復活することくらいしか知りません。ですが、ストーリー上のラスボスは新古龍と見てよさそう(憶測の域は出ないけど)。ワイルズのストーリーには良い意味で期待を裏切られたので、アセンダンスのストーリーにも期待してる。発売が待ち遠しい~っ!