無事?に和解できたことなので、紅蓮はバスタードと共に離れ小島の海岸沿いを歩いていた。隣を歩くバスタードは釣り竿を持っていて、先ほどの出来事など無かったかのように、楽しげに振る舞っている。
「昼時が近いですからね! キレアジでも、大食いマグロでも、ダイオウカジキでも、ニュウドウイカでも! 釣ってみせますよ!」
「頼むから、釣り糸を切らないでくれよ!」
当然ながら、バスタードの釣りの実力など知らない紅蓮は、そこはかとない不安に襲われていた。
海岸の端にある、ゴツゴツとした岩場。そこで紅蓮は狂喜乱舞していた。既にキレアジ──剣を研げるほどに鱗が硬い魚──が三匹も釣れていたのだ。どれも全長八十センチ近く、一匹で満腹になりそうなほど立派なサイズだった。
「おいおいおい! バスタードは釣り名人か⁉」
「ハハハ! 僕はもうハンター生活七日目ですからね!」
釣った魚の内臓を餌にしてまた釣って、最終的にはキレアジ六匹と素晴らしい
携帯焚き火台に付属していたらしい火打ち石を使って木くずに火をつけて、小枝、細枝、太い薪と、レベルアップさせるように火を繋げていく。そうして出来上がった焚き火に、鱗を取った──あまりにも鱗が硬くて大変だった──キレアジを何本もの串で支えて、焼き始めた。味付けはバスタードが暇な時に作っているという海水由来の塩だ。
塩を作り始めた当初は苦味が酷かったらしいが、色々と試行錯誤をしていく内に美味しい塩が出来るようになった、とキレアジが焼き上がるまでの間にバスタードが教えてくれた。
食欲をそそる、美味しそうな香りが漂い始めた。キレアジの表面には脂が浮き出てきて、串を通して地面に滴っていく。
紅蓮は先ほどから視線が釘付けで、よだれが止まらなかった。それはバスタードにも伝わっていたようで、最初に焼き上がったキレアジを快く譲ってくれた。
「お前、イイ奴だな!」
「もちろんですとも、僕はヒノエさんのように寛大ですから! ああ、愛しのヒノエさん! 今すぐ貴女にお会いしたい!」
大空に向かって愛を謳うバスタードは放っておいて、紅蓮は焼き上がったキレアジを大きな葉っぱの上に移した。身にあった水分が蒸発して湯気が立ち、それの乗って、空きっ腹に直撃する香りがこれでもかと漂ってくる。
もう我慢できない!とばかりに紅蓮はナイフで身をほぐして、手でホクホクとした身の欠片を掴み取り、口の中に運んだ。その瞬間、口内に広がる動物性タンパク質たる旨味成分が弾け飛び、紅蓮はあまりの美味しさに昇天しそうになったのだ。
「うま〜! んま、うま〜っ!」
「すごく美味しそうに食べますね! まるでハチミツを堪能するアオアシラのようだ!」
「誰がクマじゃ!」
恍惚とした表情を浮かべていた紅蓮は、バスタードに怒りの表情を向けたのち、忙しなくキレアジを食べ続けた。それは二匹目のキレアジが焼き上がるまで続き、いつの間にやら骨だけとなった一匹目のキレアジが、どれほど美味しかったのかを物語っていた。
「クソッ、三匹目はまだか!」
「もうちょっと掛かりますねえ。では紅蓮さん、二匹目、いただきます!」
これみよがしにキレアジの塩焼きを頬張るバスタードは、相変わらずの態度だ。リアクションが大袈裟で、本当に美味しそうに食べる。紅蓮は鼓膜を震わすバスタードの声と、鼻を突き抜ける焼き魚の香りに、頭がおかしくなりそうだった。
「ん〜! パリッとした皮は本当にジューシーで! ホクホクとした身は脂が乗っていて旨味が強い! 本音を言えばレモン汁で味変を楽しみたいですし、何よりも山盛りのご飯が欲しいところですが……とても美味しい! 先ほどから手が止まりません!」
喋りながら食事をするバスタードは非常に器用と言える。そしてうるさいとも言える。紅蓮は三匹目が焼き上がったことに気づいて、急いで──急ぐ必要はないのだが──キレアジを葉っぱに移して食べ始めた。
「く~! うまい! 何度だって食えるぞ!」
紅蓮は熱々の身に苦戦しながらも、キレアジの塩焼きを食べ続けた。そしていつしか、釣った六匹のキレアジ全てが骨だけとなっていた。
「こっちだ! ついてこい!」紅蓮はバスタードを連れ立って、密林の中を歩いていた。今からキレアジのお返しとして、ワイルドマンゴーを食べに行くのだ。その後は小川にいって軽く身体を洗い──全力疾走したので汗が臭っている!──一緒に探索することになった。
密林の中を進んでいると、前方に大きな常緑樹が見えてきた。抱き着いても腕を回せないほど幹が太く、爆発するように
紅蓮は跳躍して枝を掴むと、するすると大木を登っていった。そして真っ赤な果実──ワイルドマンゴーをもぎ取り、地上にいるバスタードへ投げ渡す。自分の分のワイルドマンゴーも採取すると、地上に降り立った。
ナイフで皮を剥いてやって、食べるように伝えた。バスタードは目を輝かせながらも頷き、大口を開けて頬張った。
「むっ! これは甘い! 砂糖ではない、自然な甘さ! 舌の上でとろけてしまうほどジューシーな果肉に、真の髄まで突き抜ける甘さを感じる! キレアジの塩焼きで覚えていた塩辛さも相まって、とても甘さが際立っていますよ!」
「うん、相変わらず美味いなぁ!」
一口食べた紅蓮も、バスタードと同様に笑顔を浮かべた。それから一心不乱に食べ続けて、残った種と皮を自然に返した。もちろん、食事の余韻を楽しんだのは言うまでもない。
小川に辿り着いたので、紅蓮はバスタードにソープビーンズの群生地を見せてやりつつ、身体を洗い始めた。当たり前ながら、防具は身に着けたままだ。
冷たくて心地良い水は本当に疲れを癒やしてくれて、気分を爽快にさせてくれた。ソープビーンズに興味を示していたバスタードも心から笑顔を浮かべており、楽しそうに笑い声を上げていた。
紅蓮が発端となったが、水の掛け合いなんかもして遊んだりした。いつの間にやらサンバイザーを思わせる頭防具や、グローブ、足鎧を外して川辺で涼む。バスタードも篭手や脛当、鎧靴なんかを外して、紅蓮の隣でのんびりと過ごしていた。
「はあ──」紅蓮は息をついた。「なんだろう。仕事なんてないから、すごく気分が楽に思える。自分の時間が沢山あるというか……」
「ハハ、確かにそうですね。現代日本は労働ありきの世界ですから」バスタードが木漏れ日の差す木々を見上げた。「僕も、久方ぶりに自由を満喫してますよ。限られた時間の中で好きなことをやっていましたが、ここまで自由だと、本当にのんびりと、おおらかに過ごせますね」
二人して寝転がり、何もしない時間を過ごした。眠たくはあったが、こんな密林の中で眠るのは自殺行為なので気合で耐え抜き──ちょっと寝た!──それは体感小一時間ほど続いた。
小川に沿って進んでいく。今は探索の最中だった。道中、紅蓮がバスタードに流水草について説明していると、大きくて真っ青なキノコを見つけたバスタードが声を上げた。紅蓮がどうしたのかと問いかけると、バスタードは叫んだ。
「これ、アオキノコじゃないですか? きっとそうですよ!」
「アオキノコ? 確かに、言われてみればそう見えるけど……」
アオキノコとは、毒がないどころか回復作用のあるキノコである。単体では使いどころがないのだが、薬草と調合することで回復薬となる。しかし、この川辺に生えているキノコがアオキノコとは確証が持てなかった。
「僕が食べてみます!」とバスタードが言った。紅蓮は流石に止めとけ、と止める。話し合いは平行線となったが、最終的には紅蓮が折れた。その代わり、食べるのはほんの小さな一欠片だけで、しっかりと火を通すことを条件にした。バスタードも異論はないようで、同意をするように頷いた。
アオキノコ(仮)とくれば、次は薬草が欲しいというもの。紅蓮はバスタードと共に探してみると、意外なほど簡単に見つかった。薬草は大きな三つ葉のクローバーのような外見をしていて、十分注意を払って葉っぱをかじってみた結果、苦味と酸味と、ほんのりと感じる甘味を覚えた。なんとも独特な味と風味だったが、心なしか身体の調子がよくなった。気のせいかも知れないが。
小川を遡っていくと、大きな断崖に辿り着いた。そこから滝が落ちてきて滝壺をつくり、小川となっているようだ。周囲を見渡してみると、断崖が何処までも続いているようだった。高さは十メートルほどあって、登るのには道具が必要なほど絶壁だった──地層を思わせる縞模様が、自然の雄大さを表していた。きっと長い年月の間、雨風に晒されてきたのだろう。
「ほう、これはこれは……」バスタードが顎に手を添えて呟く。「僕の拠点の前にある密林の先にも、断崖があったんですよ。もしかしたら、ここら一帯は断崖に囲まれているのかも」
「なるほど? それなりに広い地形だが、閉鎖的と言えるのかも知れないな」
紅蓮が思ったことを口に出すと、バスタードが話を切り出した。
「太陽が傾き始めてますが、どうしましょうか? 僕としては、断崖が本当に続いているか調べたいところです」
「う~ん、それなら右に沿って進んでみよう。夕暮れが近づいてきたら、オレの拠点に帰ろうか」
それからしばらく断崖沿いに歩いたが、道が悪く、それに何処までも続く断崖に切れ端なんて見当たらなかったので、早々に紅蓮の拠点に帰ることにした。残念ながら成果はなかった。
小川に沿って歩いて、見慣れた地形に辿り着くと安心するものだ。紅蓮は再び森の中に入ると、樹齢三桁は余裕でいっているであろう大木の根本に近づいた。そこには大きな洞があるのだ。紅蓮は「ここがオレの寝床だ」とバスタードに伝えた。
「おお、なかなか快適そうですね! 気を悪くしないで欲しいんですが、二等マイハウスのような親しみやすさを感じます!」
「雨風は凌げるし、結構気に入ってる!」
目を輝かせるバスタードは、まるでおとぎ話に登場する家とでも思ってるのか、終始楽しげだった。中には葉っぱで作った絨毯とベッド、蔦で作ったロープと篭、葉っぱタオル、木を彫って作ったコップ、投げ槍、スリングなどがある。他にもワイルドマンゴーとソープビーズが数える程度、野性味溢れたテーブル──ただの平たい石──に載っていた。
「お前は拠点に帰るか?」
「そうですね。流石に僕が一緒では夜眠れないでしょう。帰らせてもらいますよ」
最後に「また明日、会いに来てください!」とバスタードが言って、手を振ってきたので、紅蓮は「ああ、会いに行く!」と言葉を返して、手を振り返した。密林の中へ消えていくバスタードを見送った紅蓮は、軽く散歩をすることにした。
帳の降りた密林は、カエルや虫たちの合唱のおかげで静かながらも賑やかだ。寝転がっていた紅蓮は今日の出来事を振り返り、小さな笑みを浮かべた。
──まさか同郷と出会えるとはなぁ。風貌は明らかにモンハン世界の住人だったけど。出会い方は色々と最悪だったし、オレもあいつもやらかしたが、なんだかんだ仲良くなった気がする。
今日の昼に食べたキレアジの塩焼きを思い出した紅蓮は、また食べたいなと思った。
──明日は朝から向かってやろう。それに生け簀が作ってなかった。水を汲めるような道具がなかったらしいから、作ってやるのもいいかも知れない。そうすれば、もっと快適になるはずだ。
紅蓮は最後に、「ワイルドマンゴーを持ってってやるか……」と呟いて、微睡みの中へ沈んでいった。明日はもっと良い一日になる。そんな希望に満ちた気持ちを抱きながら、紅蓮は楽しげな眠りについた。
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