離れ小島が見える海岸沿いで、紅蓮はあるものを作っていた。蔦から作ったロープの先端部に、小石を結びつけたものを五本製作する。そしてその後端部──小石の反対側を一纏めにして、蔦を巻いて持ち手とした。
ボーラ。主に野鳥を狩る際に使われたとされる投擲武器である。紅蓮がなぜこれを製作したかといえば、ヤオザミに襲われた際に、ハサミや脚にこのボーラを投擲して絡ませることができれば、こちらが優位に立てると踏んだのだ。もちろん、本来の使い道通り、野鳥の狩りにも使ってみるつもりだった。
何度か投擲の練習をした紅蓮は、早速密林の中に入っていった。獲物を探すために目を凝らす。解像度の高い視界に映るのはやや開けた密林で、一面緑色でありながらも非常に情報量が多かった。
密林の中を歩いていると、生物多様性に飛んでいることが改めて実感できた。青色の顔と足、ピンク色の羽毛をした鳥──トウゲンチョウ。可愛らしい顔つきをしていて、鮮やかな緑色の羽毛を持つ小鳥──オメカシプテルス。カエルのような顔が印象的な、ふくよかな鳥──アワウタイズク。鳥類だけでも三種は確認できた。その時、鋭い顔つきをした鳥のような、トカゲのような生物を発見したのだ。
青色、緑色、紫色。まるでグラデーションが掛かったような羽根を持つ、かっこいい鳥。頭にある
「シンリンシソチョウ!」首を上げていた紅蓮は叫んだ。「なんというか……美味しそう!」
ボーラを振り回し始めた紅蓮は、狙いを定めた。シンリンシソチョウは木に張り付いたまま動かず、どうやら小さな昆虫を食べている最中のようだ。今がチャンス!と意気込んだ紅蓮は回転が最高潮に達した瞬間、ボーラを放った。
ヒュヒュン!と鋭い風切り音が密林に響いたかと思えば、小さな悲鳴と衝撃音が聞こえてきた。ついで
必死に逃れようとするシンリンシソチョウにトドメを刺した紅蓮は、「肉を手に入れたぞー!」と喜びを顕にした。肉以外にも、骨や羽根にも使い道があるかも知れない。紅蓮はそう思いながら、血抜きを行った。
ココナッツのある海岸沿いにやってきた。太陽は頂点に迫りつつあって、おそらく午前十時頃だろう。
砂浜を歩く紅蓮は、隣にいるバスタードへ話し掛けた。
「ここら辺でヤオザミに襲われたんだ。密林の方からやってきてたな」
「なるほどなるほど。しかし……」バスタードが天高く聳えるココヤシを見上げた。「よくココナッツを採れましたね? 僕はあまりの高さに目眩がしたので、諦めましたよ!」
「そりゃ気合だろ。お前は気合が足らないんだ!」
「いやはや、僕にも挑戦者のスキルがあったら、結果は変わったかも知れません!」
いやオレも持ってねえから!と言葉を返した紅蓮は、肩に掛けていたボーラを手に持って、密林を見渡した。鬱蒼とした草木に覆われていて、壁のような圧迫感さえ覚える。見通しは絶望的で、一寸先は闇だった。
とりあえずココナッツを手に入れるため、紅蓮は以前と同じように、安全ロープで腰とココヤシを囲って登り始めた。登っている最中、地上から「いい眺めですねぇ……」と聞こえてきたため、ココナッツを採った際には思いっきり地上に投げ落としてやる。バスタードは逃げ回っていたが、紅蓮はココヤシに足を絡ませて、一つ一つ丁寧にココナッツを投げつけてやった。
地上に散らばったココナッツを集めたら、細木と蔦で作ったソリに載せた。引き手はもちろんバスタードである。
いざ先へ進もうとした時、紅蓮は前方の砂浜に石が刺さっていることに気づいた。退けておこうと思って、紅蓮は近づいた。
「ん? 妙だな……」
赤色をした小殻が覗いている。紅蓮はバスタードに来るよう命じると、バスタードも紅蓮と同様に「ん? 妙ですね……」と呟いた。
「よし、飛び込め!」紅蓮は叫んだ。
「嫌ですよ! 明らかに罠だ!」バスタードは拒否する。
仕方がなかったので、紅蓮はそこらの石を拾って、その飛び出た小殻に投げつけた。すると案の定というべきか、大量の砂を巻き上げながらヤオザミが姿を現したのだ。
「しまった! 作戦を考えてなかった!」
「とりあえず僕がお相手しますよ!」
腰装備に吊るされていたショートソードを引き抜いたバスタードは、随分と様になっていた。しかしヤオザミを前にした瞬間、へっぴり腰になってしまったのだ。
「ああ、予想以上に大きい! 僕は今、恐怖に駆られています! 今すぐ逃げ出したい!」
「役立たず!」
紅蓮は叫びながらもボーラを回し、狙いを定めて放った。ボーラは吸い込まれるように、ヤオザミの脚に命中して絡まる。上手く歩けないことに混乱した様子のヤオザミは隙だらけだったので、紅蓮はヤオザミの背後に回り、背負っていた貝殻を引っ掴んだ。そして思いっきり引っ張って、ヤオザミをひっくり返したのだ。
「ほらチャンスだぞ! トドメを刺せ!」
「うおお! 僕だって禁足地調査隊の一員だぁ!」
ショートソードを逆手に持って、バスタードがヤオザミの腹部に突き入れた。それが致命傷となったのか、ヤオザミは次第に動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。紅蓮たちの勝利である!
「やったぞ! 今日もヤオザミが食える!」
「ふぅ、見ていてくれましたか、愛しのアルマさん! 僕は今、すごくカッコイイですよ!」
ヤオザミを狩った程度で悦に浸るバスタードは無視して、紅蓮は手に入れた収穫物をソリに運び載せた。
あれから先へ進んでみたが、これといって食材は見当たらなかった。その代わりに、目の前には高さ六メートルほどの、波に削り取られた断崖──
「高さは低いけど、一枚岩みたいに滑らかだ」崖を撫でながら紅蓮は言った。「ここから登るのは現実的じゃないな」
「そうですね……」
崖上を睨むバスタードは、どうにかして上に行きたいようだ。確かに崖上がどうなってるか分からないし、紅蓮も気になっていた。広大な密林が広がっているのは、少し覗いている木々のおかげで予想がつく。しかし、その先は? もっと別の生物が生息してるかも知れないし、河川があるかも知れないし、なんなら人間がいるかも知れない! 紅蓮は登る方法を、腰を据えて考えようと思った。
その前に、まずは腹ごしらえだ。離れ小島に帰ってきた紅蓮はヤオザミを解体して、焼きヤオザミとした。今回の個体は昨日の個体よりも小ぶりだったが、十分でかい。腹を満たすのは訳ないだろう。
シンリンシソチョウは内蔵を取って、羽をもいで、丸焼きにした。こんがりと焼けたくらいで葉っぱの皿に移した。
石焼き用テーブルを囲って、紅蓮は昼食をとっていた。
「断崖だけど、登る場所を探してるんだよな?」
「ええ、そうです。登る方法は紅蓮さんが思いついてそうですし」
「ああ、思いついた。石を括り付けたロープを崖上の木に引っ掛けてやればいい」紅蓮は肩をすくめる。「なぁに、最悪木に登れば飛距離は縮められるんだ。そう難しいことじゃない」
「頼もしい限りです!」
問題は登る場所である。ぶっちゃけてしまえば、登るための材料は困らないほどあるので、そう厳密に決めなくてもいい。しかし、だからといって安易に決めると登るのが大変だ。可能な限り、良さげな場所を選びたいものだった。
昼食を食べ終えた紅蓮は、食料集めをバスタードに任せて、自身は断崖に沿って歩くことにした。スタート地点はヤオザミ海岸──素敵なネーミング──を越えた先にある海食崖だ。
断崖に沿って歩くのは大変だった。足場が悪いため、崖から少し離れた密林の中を進んでいく。断崖は本当に壁のように聳えていて、時折生命力の強い草木が崖の隙間から生えたりしていた。そんなこんなで歩いていると、紅蓮の目の前に滝が現れたのだ。
おそらく、離れ小島の近くにある小川に繋がっているのだろう。幾本もの滝が断崖に連なるように並んでいて、巨大な滝壺を形成していた。青々とした木々に囲まれた壮大な滝と滝壺は圧巻の一言で、紅蓮は声が漏れるほど感動した。
自然の雄大さに感嘆したところで、ここら辺から崖上に登りたい、と紅蓮は思った。水源があれば水には困らないだろうし、もしも崖上から逃げる際にも滝壺に飛び込めば死ぬことはない、と思ったのだ。我ながらナイスアイデア!と声を上げると、紅蓮は早速崖上を観察し始めた。
こちらへ垂れ下がるように多くの木が生えているので、その中から良さげなものを選ぼうと目を凝らす。そして一際太くて、近い間隔で二本の木が生えているのを発見した。紅蓮はひとまずあの木にしてみよう!と思い、蔦を採取してロープを作り始めた。
全長十メートルほどのロープが二本完成した。既に日暮れが近づいていて、長いこと作業していたことに紅蓮は気づく。それもそのはずで、十メートルもの蔦なんてないし、そもそもあったとしても編めるわけもないので、多数のロープを本結びで連結して作ったのだ。非常に地味かつ退屈な作業だったおかげで、時間が掛かってしまった──途中で休憩したりしていたことも、時間の掛かった要因だろう。
作業は明日に回すことにして、紅蓮は離れ小島に帰還した。
翌日、朝の身支度と朝食を終わらせた紅蓮はバスタードを連れ立って、例の滝壺へやってきた。ここをバスタード滝と命名しながら、昨日作っておいたロープの先端に石を括り付ける。
何度か投擲に挑戦した結果、無事に木に巻き付けることに成功した。紅蓮は喜び勇んで二本目も木に巻き付けて、ロープを二本垂らした。
「どうして二本作ったんですか?」と、バスタードが問いかけてきた。
「あの二本のロープに橋を掛けたら、梯子になりそうだろ?」
「なるほど。
残念ながらバスタードを殴れなかったし、滝壺に突き落とすこともできなかったので、紅蓮は慎重に崖上を目指して登り始めた。登っている最中、バスタードがうるさくて叶わなかったが──出来る出来る!僕なら出来るぞ!など──無事に崖上に来れたので、紅蓮はロープをしっかりと幹に固定した。
目の前に広がるのは、川幅の広い河川と疎らに生えた木々だった。植生が少し変わっているのか、密林というよりは森のような印象だ。河川は水深が浅く、その上にはトンボのような昆虫──キザシヤンマが飛んでいた。
「ほう! 素晴らしい景色だ!」バスタードが叫んだ。「緋の森のような印象を受けます!」
「緋の要素はないけどな?」
軽く言葉を返した紅蓮は、バスタードと共に新たな地の探索を始めた。
この森の第一印象は、とにかく水が豊富で開けた地形が多い、ということだ。木々はどれも巨大で、天高く聳えていて、緩やかな地形が続いている。しかし、原生林であることに変わりはなく、人の足で進むのは中々に大変だった。
河川に沿って進んでみれば、多くの生物を発見した。にが虫や回復ミツバチといった昆虫類、崖下でも見かけた鳥類、小金魚やサシミウオといった魚類。その他にも多くの生物を発見したが、紅蓮が最も驚いたのは、河川に水を飲みに来ていた草食竜類──アプトノスだ。
後方に伸びたトサカのような発声器官を持ち、大地に根ざしたような四脚で、尻尾の先端には棘が生えている。背中から尻尾に掛けて発達した背びれもまた特徴的であり、全体的に灰色の体色をしていた。
「すごい……! 始めて見た!」
「いやはや、これは驚きですよ! 新作モンハンのPVを初めて見た時のような感動を覚えます!」
河川を跨いでアプトノスを観察する紅蓮は興奮していたが、決して近づこうとは思わなかった。何故なら、アプトノスは一頭だけではなく、十頭を超える大きな群れだったからだ。幼体と思われる小さな個体も混ざっていて、全長八メートル近い成体が、その幼体を守るように囲っていた。
一頭だけでもものすごい迫力があり、ぜひとも間近で見たい紅蓮だったが、ここは渋々ながらも引き下がった。今は感情を優先すべきでない、と思ったのだ。
河川から少し離れた森の中は鬱蒼としていて、視界が深い緑色に染まっていた。木漏れ日も僅かにしか差さないため薄暗く、不気味さを覚える緑のトンネルが続いていたり、天然の道が迷路のように広がっていたりと、あまり長居したくはない雰囲気に包まれていた。
しかし、薬草やアオキノコ、ハチミツといった、ハンターに有用な植物や素材が豊富に存在していて、『食うのに困ることはない』と断言できるほど自然に満ち溢れていた。紅蓮は、ちょっとした池に美味しそうなサシミウオが泳いでるのを見て、「ここ、ええやん……」と思わず呟いてしまうほどだった。
本格的に仮キャンプを作ろうかと迷っていたところ、前方から物音がしたので紅蓮は急いで木に登った。バスタードも必死に登ってきて、一息ついていた。
紅蓮たちの見下ろす先──緑のトンネルの中を立派な牙を持った大きな猪が通過していった。地面につけた鼻をフンフンと鳴らして、キノコを見つけるなり貪り食う。やがて猪は移動していって、姿を消した。
「あれはブルファンゴ!」紅蓮は叫んだ。「ものすごい迫力だった!」
「どうやら、ここは森丘の深奥部のような感じですね。アプトノスやブルファンゴといった草食系、雑食系のモンスターがいるとなると……あまり、考えたくはありませんねぇ」
やれやれと首を振るバスタードが危惧しているのは、肉食系モンスターと鉢合わせることだろう。確かにここは自然に溢れているが、それだけ多くの生物を惹き付ける。紅蓮は仮キャンプを諦めざるを得なかった。
夕暮れが近づいてきたので、紅蓮は離れ小島に帰ってきた。その道中、二本のロープに橋を掛けて梯子に変えたり、薬草やアオキノコを採取したり、滝壺で軽く身体を洗ったりした。
焚き火がパチパチと鳴る。石焼き用テーブルの上には、大食いマグロの塩漬け、薬草、アオキノコが炒められていた。バスタードが二本の投げナイフを器用に使って、調理に精を出している。紅蓮はココナッツの殻を乾燥させた物を、水筒の代わりに出来ないかと試行錯誤していた。その結果出来たのは、長いこと保存はできないが、水を貯められるようになった代物だ。これに蔦を上手いこと巻きつけて、腰のベルトに吊るせるようにした。
今夜の夕食は大食いマグロと薬草、アオキノコのソテーだ。誇張抜きで元気になれる料理で、紅蓮は滋養強壮に最適だ!と太鼓判を押した。
「明日はどうする?」紅蓮はバスタードに問いかけた。「二手に分かれた方がいいと思うが」
「でしたら、僕は離れ小島で作業してますよ。調合に興味がありますし、生け簀を作りたいですし、そのためにも道具を作りたいですし」
「分かった。ならオレは断崖の上──森の探索を続けるよ。バスタードは可能な限り、食料を切らさないようにしてくれ。昼と夜には帰ってくるつもりだ」
「分かりました。これが最適解なのでとやかくは言いませんが、くれぐれも気をつけてくださいね!」
「もちろん、こんなところでくたばってたまるかよ!」
勝ち気な笑みを浮かべた紅蓮は、夜空を見上げた。日本で見た夜空と似ている。世界はどこかで繋がっていやしないか、と紅蓮は願った。ずっとこの世界で暮らしていくなんて考えたくないし、間違ってもこの世界で生を終えるなんて認められない。いつか必ず、元の世界へ帰ってやる!と紅蓮は意気込むのだった。
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