翌日、紅蓮は沼地の探索は後回しにして、バスタード滝の先にある森──水の森の探索をしていた。なお、断崖の南に位置する深い森は、緑の森と呼ぶことにした。そして、その緑の森の西側──地図でいうところの左側に紅蓮の池があって、そこから南に行くとあの忌々しい沼地があるのだ。
河川に沿って進み続ける紅蓮は、段々と川幅が狭く、水の流れが速くなっていく印象を受けた。もしかしたら、河川の下流から中流辺りに来たのかも知れない。それを裏付けるように、地形も勾配がつき始めていた。
とても大きな木を発見した。その木は首を痛めるほど天高く聳えていて、先端部が小さく見えるほど遥か上にあって、周りにも巨木が生えているが、それを加味しても突出して高かった。紅蓮は、この木に登ってみれば森の全景が把握できるかも!と思って、登ってみることにした。
幸いにも幹には所々に枝葉が生えていて、休憩場所があった。加えて、太く頑丈な蔦が毛細血管のように張り巡らされていたので、登ること自体は容易だった。しかし、高さ六十メートルはありそうなほどの巨木だったため、紅蓮は落ちないように気をつけながら慎重に登った。
やがて、頂上とはいかずとも幹の頂点部に達した。そこには人一人が寛げる程度の空間があって、四方に枝が伸びていた。紅蓮は地上を見下ろしてみる。地上は怖いほど下にあって、すぐに見るのを辞めた。もはや地面を流れる河川は、小さな蛇のようだった!
今度は森の全景を見渡してみた。圧巻の景色だった。この巨木ほどではないが、大小様々な木々がいっぱいに広がっていて、遠くの方には雄大な山脈が連なっていた。見る場所を何度も変えて景色を堪能すれば、離れ小島のある密林がちょっとだけ見えたり、沼地があるだろう窪地が非常に広い範囲で広がっているのが見えたりした。
その中でも紅蓮が興味を惹かれたのは、この水の森のもっと奥深くにある巨大な湖だ。ここよりも少し高い地形にあって、湖の形は紅蓮から見て、手前から奥に向かって長く伸びていた。面積はどのくらいだろう? 薄っすらと対岸が確認できるが、かなり大きい。紅蓮はなんとなく琵琶湖くらいかな、と思った。
地上に降り立った紅蓮は──冷や汗が止まらなかった!──太陽が頂点に近いこともあって、離れ小島に帰還した。
「なるほど、湖ですか……」ダイオウカジキの姿焼き~森で採れたアオキノコと薬草を添えて~を、手作りのフォークでつつくバスタードがそう言った。
紅蓮もバスタードから受け取った木のフォークで、ダイオウカジキのホクホクとした身をつつきながらも言葉を返す。
「あの湖に向かうべきだな。ここは暮らす分には快適だが、探索をするにはちょいと立地が悪い」
ダイオウカジキ美味すぎだろ!と思っていた紅蓮は、「めっちゃ美味いやん!」とバスタードに伝えつつも、今後をどうしようかと考えた。ひとまず湖へ向かうのは確定事項だ。そこで第二キャンプが設営出来そうなら、是非ともそうしたいところだった。ではバスタードと二人で向かうか? 否、バスタードには生活方面の拡充を頼みたかった。やはり紅蓮一人で湖に向かい、探索をするのが無難だろう。
紅蓮はたらふく、ダイオウカジキの姿焼き~森で採れたアオキノコと薬草を添えて~を食べると、湖に向かって元気いっぱいに歩き出した。可能なら今日中に辿り着きたいところだが、どうだろうか。上手くいくことを願っているが、その願いが叶うかどうかは運頼みだった。
巨木──バスタードの木を越えた先にやってきた。紅蓮は河川に沿って進み続けていて、いつしか周りの植生が変わっていることに気づいた。見上げるほどの巨木は姿を消して、普遍的な森が広がり始めている。人の手が入っていない原生林であることに変わりはないが、ほどほどに木漏れ日が差し込み、時折見かけるアプトノスがのんびりと草木を食む様子を見れば、ここには穏やかな時間が流れていることがよく分かった。
紅蓮は地面に自生している野生の果菜を見つけた。広い範囲に伸びた
「カボチャ……とりあえず、ペピポパンプキンと名付けよう!」
採ったところで邪魔になるだけなので今回はスルーするが、帰ったらバスタードに教えてやろうと紅蓮は思った。
段々と岩場が増えてきた。それに伴って河川は細く、鋭くなっていって、なんと言うべきか、森の中を走る渓流のような様相となっていた。鮮やかな緑色をたたえた木々の葉が風に揺られて、渓流を流れる冷たい水が飛沫を上げて涼やかな風を作り出す。心地良い空間には水のせせらぎの音がずっと響いていて、紅蓮は一度ここで休息をとろうと思った。
岩場に腰を掛けた紅蓮は、ココナッツ水筒を傾けて、げどく草のおかげで清涼感のある水で喉を潤した。次に携帯食料──キレアジの干物を取り出して齧った。口の中でふやかしながら食べれば、凝縮された旨味が溢れてきて幸せになれる。休息をとる紅蓮は気を抜いてのんびりとしていたが、なんと渓流の上流部にモンスターが現れたのだ。
真っ赤なトサカと大きく発達した鉤爪、そして全身を覆う青く輝く鱗。鋭く尖ったくちばしにはとがった歯が並んでいて、爬虫類特有の不気味な瞳が周囲を睥睨していた。
「ドスランポス!」紅蓮は慌てて身を隠した。「めっちゃでかいじゃん……!」
全長は普通車を余裕で超えるだろうし、体高なんて紅蓮の身長よりも遥かに高かった。もはや小型の枠に収まっていないような気がするが、そんなことよりも紅蓮は腰に吊り下げた狩猟鞭に目を向けた。
「……いや、止めておこう。絶対に勝てない」
所詮は蔦を編んで作った、ただの鞭である。あんな恐竜みたいな怪物と殺し合うなんて出来るわけがなかった。
紅蓮がそっと岩陰から顔を覗かせると、ドスランポスの側には沢山のランポスたちがやってきて水を飲んでいた。その光景に感動を覚える紅蓮だったが、それと同時に恐怖も覚える。もしもあの群れに襲われたら一溜まりもないだろう。ドスランポスに強靭な後ろ足で押さえつけられて、子分のランポスたちと一緒に貪り食われるに違いない! 紅蓮は身震いをした。
ドスランポス一行は水を飲みに来ただけのようで、渓流を渡って再び森の中に消えていった。かの一行を注視していて思ったことは、ドスランポスが細やかに吠えて指示出しをして、子分であるランポスたちをしっかりと統率していたことだ。かなり頭が切れるだろうし、チームワークだって簡単に取れることだろう。数の差なんて覆しようもない戦力差なので、紅蓮は決して戦わないようにしようと心に決めた。
ちょっとしたハプニングもありつつ、日が暮れてきたので紅蓮は安全そうな木に登った。それなりに大きい広葉樹で、太い幹の先端部が三股に分かれている。そこに足を絡ませた紅蓮は、分かたれた幹に背を預けた。
暇だった紅蓮は木彫りをして時間を潰していた。といっても結局上手くできなかったので、拾ってきた細枝を小さな球状に加工して狙った場所に投げたり、小さな投げ槍を作って投擲したりして遊んだ。いつしか帳が降りて頭上に夜空が広がっていたので、紅蓮は夜食を食べて早々に眠りについた。
翌朝、日が出ていないうちに紅蓮は出発した。河川で顔を洗ったり、朝食を済ませたりと準備は万全だった。
朝霧が薄っすらと漂う河川は湿気があって、少し肌寒かった。いずれ日が出てくれば暖かくなるだろうと思って、紅蓮は我慢した。
午前十時頃だろうか? 紅蓮はついに広大な湖に到着した。目の前に広がる湖はとても水質が綺麗で、海辺と勘違いしてしまいそうな砂浜がいっぱいに広がっていた。粒の細かな砂は燦々と照りつく太陽に晒されてクリーム色に輝いていて、湖を囲むように聳える山々は自然に溢れている。興奮した紅蓮は砂浜を駆けて湖に手を浸けたり、舐めたりしてみると、やはり海水ではなく淡水だった──汽水湖でもなさそうだった。
少し落ち着いて周囲を観察してみれば、周囲を山々に囲まれているがそれなりに距離があり、平坦な地形が広がっていた。そこは当然の如く深い森に包まれていて、長閑な時間が流れていた。少し休息を挟んだ紅蓮は、第二キャンプに相応しい立地を探すことにした。
湖を右回りで進む紅蓮は、何処までも続く砂浜を歩いていた。右を見れば広大な湖、左を見れば穏やかな森。これでもかと自然に溢れていて、なんと心地の良いことか。紅蓮は楽しげだった。
砂浜には時折、モンスターの足跡が残っていたりする。それはアプトノスだったり、小型生物だったりと様々だ。しかし、紅蓮は奇妙な足跡を見つけた。
歩幅はおおよそ四十センチで、二足歩行。足跡の形は縦に長く、つま先と
「間違いない、これは人間だ!」紅蓮は驚き、叫んだ。「足跡から推測するに……これはブーツを履いてるのか?」
ブーツのソールが残す跡にそっくりだったため、紅蓮はそのように思った。何はともあれ、人間がいるのなら探し出すまで。紅蓮は森の方へ続いている足跡を辿ることにした。
森には足跡が残っていない。しかし、なんとなくだがルートを決めて歩いているようで獣道が出来上がっていた。ほくそ笑む紅蓮は素早く走り抜けて、次の痕跡を探し始めた。
森の奥へ行けば行くほど木々の密集度合いが高まっていって、木漏れ日が薄くなっていった。その分過ごしやすい環境が広がり始めて、アオキノコや薬草、謎の木の実を実らせた植物なんかを沢山発見した。
そうして森の中を歩いていると、紅蓮はそれなりに大きな池を発見した。森の中にぽつんと存在する中規模の池のようで、紅蓮の池と比較しても少し大きい程度だった。ここも湧き水によって出来ているのか透明度が高く、薄っすらとだが立派な魚影が確認できた。
池の最奥部、そこにはログハウスがあった。木の柵で敷地が囲われていて、畑らしきものが見て取れる。肝心のログハウスはこじんまりとした小屋のようだったが、木々の合間にひっそりと佇む様子は、ちょっぴり魅力的に映っていた。
「いい家じゃんか──」紅蓮はにんまりと笑った。「オレも入れてくれよ~!」
池の外周を駆け出した紅蓮は、一目散でログハウスに向かった。
ログハウスの前までやってきた。一応周囲に
室内には小物や道具で溢れていて、作業場といった雰囲気だった。しかし、この部屋で生活しているのは明白で、携帯焚き火台や手作りのベッドなどがあった。そして、そのベッドの上にはインナー姿の女性が眠っていたのだ。
長い黒髪をシーツ──何らかのなめし革──に広げて、小麦色の肌を惜しげもなく晒していた。それなりに身長が高いのか手足が長く、控えめな胸が呼吸と同時に上下している。
寝顔は随分と綺麗で、凛々しい顔立ちが見て取れた。紅蓮はなるほど、コイツは美人系が好きなんだな、と感想を抱くと、忍び寄る蛇の如く窓から侵入した。
ギシリ、と床板が鳴るが、女性は起きない。紅蓮はグヘヘ!と忍び笑いをこぼすと、腰に下げていたロープをそっと手に持ち、女性に近づいていった。
「ん、うぅん……ん?」
女性が目を覚ました。だが、手足がそれぞれのベッドの足に固く結び付けられていて、自由に身動きができない。部屋にあったイスにどっかりと座っていた紅蓮は「よお、おはようさん!」と良い笑顔で話しかけた。
「はぁ⁉ えっ、ちょっとアンタ誰よ⁉」
「オレは紅蓮だ。お前は?」
「……レイコよ」
とりあえず状況を把握したようで、女性──レイコが冷静にも言葉を返してきた。随分と肝が座っている。紅蓮は口角を上げた。
「お前はいつからこの世界にいる? どうやってこの世界へやってきた? 嘘偽りなく話せ」
「分かったわよ……」
従うしかない状況に、レイコが渋々と話し始めた──
おおよその話を聞き終えた紅蓮は、レイコが同類だと気づいた。そんな気はしていたが、確認は重要だろう。そしてレイコがこの世界へやってきたのは、かれこれ三ヶ月以上も前とのことだった。
「三ヶ月か……それまでずっと一人だったのか?」
「そうよ! お生憎様、私は一人でいるのが好きだから、そこまで気に病んでいないけれどね!」
随分と強気な態度をとるが、インナー姿でベッドに縛り付けられているため、迫力もクソもない。紅蓮は足を組み替えると、レイコをどうしようかと考えた。
「いい加減、アンタのことも話しなさいよ。というか縄を解きなさいよ!」
「う~ん、せっかく優位だし、あんまり解きたくないんだよなぁ」
「人でなし! このクソオス!」
暴れるレイコがさらに
「言っておくけれど、私をレイプしたらただじゃ置かないわよ! アンタをギッタンギッタンにして私も死んでやる!」
「チンコも無いのにどうやってレイプするんだ? まあそれはともかくとして、オレと協力しないか? ちなみに、オレには連れが一人いる。そいつは身も心も男だ」
「ただの脅しじゃないの⁉」
眉を吊り上げて歯ぎしりをするレイコは、ラージャンのように恐ろしげだ。紅蓮は「おお、怖い!」と
「協力と言ったからには立場は対等よ……!」こちらを
「分かってるよ。お前が思ってるほどオレは馬鹿じゃないし、知的だぜ!」
交渉成立ということで、紅蓮はレイコを縛り上げていた縄を解いた。レイコは一息ついて手首を撫でていたが、突然紅蓮の胸元をキッと睨みつけたかと思えば、鬼の形相で胸をビンタしてきた! 紅蓮はいきなり自身の胸が
「いでー⁉ いきなり何すんだ!」
「クソオスのくせしてデカい乳ぶら下げてんじゃないわよ! 気色悪い!」
レイコが理不尽なことを叫んだ。怒った紅蓮は反論する。
「はあ⁉ お前がペチャパイなだけだろうが! このクソメスが‼」
「言ったわねクソオスーッ‼」
レイコに思いっきり殴られた紅蓮は、思いっきり殴り返してやった。互いに防御をかなぐり捨てて殴り合いを続けて、いつしか二人共が薬草が必要なほど顔が腫れ上がってしまった。床に倒れていた紅蓮は口の中に広がる血の味に、「小学生ぶりに味わったぜ……」と弱々しく呟いて、気絶した。
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