仮面ライダー銀姫異聞 罪罰の灰被り姫   作:大ちゃんネオ

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罪と罰の少女

「仮面ライダー罰姫」

 

 白い仮面ライダーは自らをそう名乗り、影の仮面ライダーと対峙する。影の仮面ライダーは三人目の仮面ライダーの乱入に驚いて後ずさっていた。

 気圧されている。

 一目で、分かる。

 白い仮面ライダー、罰姫はすらりとして背が高く、堂々として影の仮面ライダーを見つめている。それに対して影の仮面ライダーは小柄で猫背気味。

 どちらが強そうかなんて、目に見えて分かる。

 

「あ……」

 

 ふと、罰姫の右手に握られたナイフに目が行く。同じだ。

 私の武器として呼び出された、このナイフと。未だに手から離れないナイフを見下ろし、そう思った。

 

「邪魔、しないで……!」

 

 影の仮面ライダーが地面を叩く。すると、廃墟の影から罰姫によって切り落とされたはずの龍の頭が鎌首をもたげて罰姫へと襲い掛かった。

 大きく開かれた顎門が罰姫を喰らおうとする。だというのに、罰姫はまるで回避するつもりがないかのように優雅に立ち続けていた。

 ただ、右腕を上げただけ。

 そして軽く振るわれたナイフが、影の龍を真っ二つに切り裂いていた。

 光に消える影の龍の骸。 

 しかし、影の仮面ライダーは再び地面に手を伸ばして龍を呼び戻す。

 次なる龍は今までのものより小型。けれどその分、速い。

 街角の影という影から、海を跳び交うイルカのように罰姫に迫る。

 敵が速さで攻めてきたことで、罰姫はようやく大きく動き出した。走り出し、影の龍の執拗な攻撃を躱わす罰姫だが、その姿に焦りはない。慣れたコースを走るランナーのような、避けて当然とでも言っているかのような超然さに影の仮面ライダーは苛立ちを隠せない。

 

「いい加減に……!」

 

 四方から強襲する影の龍。 

 罰姫には逃げ場がない————!

 

「逃げて!」

 

 逃げ場がないと思ったのに、叫んでいた。

 しかし、それを聞いてだろうか。はたまた私の目が幻覚を映したのか。一瞬見えた罰姫の口元が、薄らと笑みを浮かべたように見えた。

 次の瞬間、罰姫は高く飛び上がった。

 四体の影の龍の追撃を躱し、空中でアクロバティック。身体を捻り、華麗な着地を決めた罰姫は影の仮面ライダーの背後を取った。

 

「なっ!?」

 

 慌てて振り向こうとする影の仮面ライダーだったが、その首筋に刃を添えられ身動きが取れなくなった。

 

「なん、で……殺さないの……」

 

 影の仮面ライダーの声は死という断崖に追い詰められているのせいか震えていた。

 名乗って以降、言葉を発していない罰姫。

 それは今まで口を開く理由がなかっただけらしく、影の仮面ライダーの問いかけに答えた。

 

「何故って、おかしなことを聞きますね。殺人はいけないことでしょう?」

 

 至極、ありふれた、一般論。

 そんなありきたりで当たり前なことを罰姫は口にした。

 人を殺しては、いけない。

 この異様な空間で生まれて初めてまっすぐな殺意と呼ばれるものを向けられ忘れていた気さえしてくる。

 

 人を殺しては、いけない。

 

 今の言葉、私にも向けて、言った?

 

「は、はぁ?」

「刑法第199条。人を殺した者は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処する」

 

 すらすらと、暗記していた年号をテストで答えるかのように罰姫は条文を語る。

 

「この通り、法に記されているわけですが……それでも貴女は人を殺すと?」

「ふざけないでよ……法律なんて関係ないでしょ! この空間、この力を見れば分かるでしょ! 法律なんてそんなの、そんなのどうだっていいんだ!」

 

 影の仮面ライダーが叫ぶ。自らの影から怒りを形にしたような影の龍を召喚。影の龍の口にはごうごうと黒い炎が滾り、眼前の罰姫に向けて炎が放たれた。

 

「は、はは……やった! どうでもいいやつだけど、一人は殺せた……あとは……」

 

 影の仮面ライダーの吊り上がった赤い瞳が私を捉えた。

 そんな、罰姫は。罰姫は本当に死んでしまったの。

 殺されるかもしれないという時になっても私の身体は言うことを聞かない。

 呪いのように手から離れないナイフ。

 罰姫は同じナイフであの影の龍を切り裂いていた。でも私は、私はあんな風には戦えない。

 わけも分からないまま、誰かも分からない相手に殺される。

 そんなのは、嫌だ……!

 

「誰にも知られないまま死んじゃえ。阿久莉愛」

 

 影の仮面ライダーが私に向かって手を伸ばす。

 影の龍へと私を襲わせるために。

 ただ、何か様子がおかしい。

 中途半端に上がった右手。ぷるぷると身体を震わせて、まるで金縛りにでもあったかのよう。

 

「なに、これ……!?」

「————罪を、認めましたね」

「なっ!?」

  

 廃墟の上から響いた声。

 そよぐ風に靡いた黒髪がマントのように揺らめいて、罰姫は傷ひとつない姿で健在であった。

 罰姫は軽やかに降下し地上へと舞い降りる。

 影の仮面ライダーへと歩み寄る中、身動きが取れないはずの影の仮面ライダーが両腕を水平にあげた。影の仮面ライダーはそれに戸惑っているようで、あれも自分の意思ではないらしい。

 そして、そうなった姿を見て私は、十字架を、磔刑を連想していた。

 罪人への罰、仕置を与える姫。

 それが、仮面ライダー罰姫。

 

「う、動けな……」

「……」

 

 光の十字架に磔となった影の仮面ライダーへとナイフの切先を向ける罰姫。

 まさか、殺すつもり。

 人を殺すことはいけないことだと口にしながら。

 そんなことはしないだろう。なんて、楽観的な希望。あるいは罰姫への信頼はまだ持たずにいるのだから。

 

「待っ……」

 

『ぴーんぽーんぱーんぽーん♪ 本日のバトルは終了でーす♪ 今日の死者は残念ながら、なーし!』

 

 気の抜けたアナウンスは、ノーアンサーの声であった。

 次の瞬間、世界が霞む。

 白ける視界に、罰姫と影の仮面ライダーの二人は映っていた。やがてそれもぼやけて、朽ちていく。

 

『本来ならここで解散なんだけど……今日は初日なので少しミーティングしたいと思いまーす♪』

 

 そんな続報を聞きながら、世界と共に白く染まっていく。

 

 

 

 

 

 次に目を開いた時、不毛という言葉がこれほど当て嵌まる場所はないだろうという荒野に立っていた。

 変身は解けていて、マリードールはネックレスとなって首元を飾り付けている。

 戦いは終わった、らしい。先程とはまた違う世界に飛ばされてしまったようだ。

 果てにある山々は日本のそれとは違い、西洋の岩山のような切り立った断崖のよう。その麓にはかつては緑に萌えていたのだろうか、無数の枯れ木達が自らの死を受け入れない、未練に囚われた幽鬼の如く地縛している。

 砂を含んだ風に目を細め、更に周囲を見渡すと荒れ果てた大地にようやく人造の痕跡を見つけた。

 それはきっと、誰かを象った石像だったのだろう。台座、手足、身体だったろう石の塊が乱雑に積み上げられていた。

 

 私には、あの像が、このマリードールと重なって見えてしまって、不快感を覚えた。

 

「莉愛……?」

 

 不毛な大地に、私以外の声が響いた。

 振り向くと、そこには私の幼馴染がいた。

 

「智恵……? なん、で……」

 

 髪を金に染めてはいるが、間違いない。下屋智恵に間違いない。

 相変わらず勝気な性分が顔からこれでもかと放たれている。

 

「莉愛に智恵じゃん」

 

 また、聞き馴染みのある声。

 ウルフカットで、愉しげな声色の彼女もまた私の幼馴染。

 慶環奈。

 中学まで一緒で、高校からはそれぞれ分かれてしばらく連絡を取っていなかったけど、まさかこんなところで再会するだなんて。

 そして、私達三人の他に四人の少女が、いつの間にか私の背後に立っていた。

 制服だったり、私服姿だったりしているが、全員高校生ぐらいだろう。

 私と同じ制服を着ている人は……いた。

 

「え……」

 

 長い黒髪。女子にしては高めの背丈。大きく黒い瞳からは感情を読み取れず、この状況に困惑しているようにも見えない。

 千國妃織。

 まさか、彼女までもが巻き込まれていたなんて。

 それにしても、あの立ち姿。

 間違いない、あの人が罰姫だと確信する。

 身長でもなく、長い髪でもなく、彼女の醸し出すオーラが罰姫のそれと同じだと気付いた。

 

「ねえ莉愛」

 

 智恵の声に引き戻される。

 いけない、彼女がいると視線を釘付けにされてしまう。千國妃織から視線を外し、智恵へと目を向ける。

 

「ごめん、なに?」

「あいつって、確か千國妃織だよね。前にテレビで見た」

 

 智恵ですら千國妃織のことを知っていた。

 千國グループのCMに出たり、モデルをしたりと芸能人でもあるのだ。それも当然か。

 

「同じ制服……いいとこ行ってんだ」

 

 刺すように、環奈が言った。

 それに何も言い返せずにいると、智恵が話題を移してくれた。

 

「ほら、見てよ莉愛。あいつ、覚えてるでしょ?」

 

 智恵が顎で指した方に目を向ける。

 そこには、小柄で、黒いパーカーとジャージの地味な眼鏡の少女がいた。

 覚えている。

 彼女は、布衣くるみ。彼女とも、同じ中学だった。

 そして、彼女があの影の仮面ライダーに違いない。

 パーカーの裾を強く握りしめて、暗い瞳で私達のことを眼鏡の奥から睨みつけている。

 

「なに、あいつ。変身すればやり返せるとか思ってるのかな。どうせまたやられるだけだろうに。そう思うでしょ莉愛も」

 

 智恵の言葉に同意は出来ない。

 何せ、私はさっきまで彼女に殺されかけていた。罰姫が介入しなければ、私は死んでいただろう。

 それに、どうせまた、なんて。私はもう、あんなことは……。

 

「あっれ〜千國グループのご令嬢がこんなところにいるなんて〜⭐︎ スクープにスクープを重ねていく〜!」

 

 あの千國妃織にスマートフォンのカメラを向けて無礼にも撮影する少女がいた。波打つストロベリーブロンドの髪色が目を引く色白で茶色のブレザーを着崩した、一目見ればなかなか忘れ難い人物だ。

 彼女もまた、私にとっては見知った人物である。向こうは私のことなんて知らないけど。

 

「アキラ……」

 

 動画配信者のアキラ。

 私が名前を呟いたことに即座に反応し、今度はカメラが私に向いた。

 

「お、私のこと知ってる感じ? 視聴者さんだったりする? チャンネル登録は? 高評価は?」

「その、してます」

「うっは! マジぃ? ちなみに好きな動画は? 雑談配信についてどう思う? てかコメントしてくれたりする?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される問い掛けに圧倒されてしまう。

 なんというか、貪欲な人だ。

 これぐらいでなければ動画配信者なんてやってられないということもあるのだろうか。

 愛想笑いでなんとか誤魔化す。

 

「ご歓談中のところ失礼するわね。まずは初戦お疲れ様と言っておきましょうか、ライダーの皆さん」

 

 この異様な状況の元凶たるノーアンサーがいよいよ姿を現した。

 ミーティングだとか言っていたけれど、今度は一体何をするつもりなのだろうか。

 

「いやねぇ、別に裏なんてないわよ。本当にミーティング……というか顔合わせに近いわね。これから毎日殺し合う仲ですもの」

「えーやっぱ本当に殺し合うの〜? 私の大事な視聴者さんとも戦わなくちゃいけないのは嫌だな〜。というか〜あなたは何者なのかな⭐︎ ノーアンサー」

「まあそう焦らず。質問がある方はどうぞ。今なら大抵の質問に答えるわよ」

 

 ノーアンサーは自らのペースを崩さず、私達へ発言権を与えた。

 この場において、この状況において、ノーアンサーただ一人が全てを掌握している。下手に刺激するのは危険なのではないだろうか。

 

「じゃあアキラの質問に答えてよ〜。あなたは天使? 悪魔? 神様?」

「んー神様ではないのは確かね。私自身は大したことない存在。でも、少なくとも人間でないことは皆さんも分かるでしょう?」

 

 こんな神様にしか出来ないようなことをしておいて、神ではないとノーアンサーは言った。人間でないことは、なんとなく分かる。

 人の形はしているけれど、人間離れした容姿をしている。

 

「じゃあ、あんたの目的はなに?」

 

 智恵がいつもの調子で訊ねた。

 それに機嫌を損ねることもなく、ノーアンサーは解答する。

 

「ライダーバトルの遂行」

「なんで人の願いを叶えるの。あんたにメリットがあるわけ?」

「そうねぇ。理由を言うなら、それしか能がないからとでも言っておきましょうか」

 

 それしか能ないだなんて、とんだ冗談だ。

 人をこんな場所に集めておいて。

 ノーアンサーへの疑念が強まる中、これまで口を開かずにいた見知らぬ少女が問いかけた。

 

「あの、ここやさっきまで私達がいた場所はどこなんでしょうか? 無事に帰れますか? いやでももう何時間も経って……」

 

 黒髪を後ろでまとめた、真面目そうな少女だった。

 気弱というか、焦っている?

 家に帰れることを心配している。

 

「もちろん、皆さんは元いた場所に帰します。時間に関しても安心して。向こうでは一秒と経っていないから」

 

 それはまた、どういう理屈で?

 などという疑問を口にするのはやめておいた。少ない時間ではあるが、ノーアンサーのことは大体分かってきた気がする。こんな質問を投げかけたところで適当にはぐらかされるに決まっている。

 他の人達も同じように思っているのか、そんな都合の良いシステムを受け入れた様子でいる。

 ただ一人、あのポニーテールの子だけは安堵しているようだ。

 時間が過ぎていないから安心だなんて、私が言うのもあれだけれど抜けているんじゃないだろうか。そんなことよりも自分がもっと恐ろしい環境に身を置いていることの方に焦るべきじゃないの。

 

「他に質問は? 無ければ帰ってもいいわよ。念じるだけで帰れるから」

「帰ってって……」

 

 思わず声を漏らしたが、すぐに口を閉ざした。

 千國妃織が、踵を返していたからだ。

 これまで沈黙を保ち、ただこの場を眺めるに留めていた彼女が動きを見せたことが私を黙らせる。まるで、彼女を咎めるかのようで。

 

「帰ろう莉愛。いつまでもここにいたって仕方ないし」

「……うん。そうだね」

 

 智恵の言葉に頷いて、私達も元の世界に帰ることにする。

 ただ一瞬、振り返る。消え行く千國妃織の背を見つめ、この世界を後にした。

 

「それでは皆さんまた明日。明日こそは、素敵な殺し合いを」

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めると、ノーアンサーの言う通りに私は寮の部屋にいた。

 机の上の時計を確認すると、戦いに巻き込まれる前に時計を確認してから数分しか経っていなかった。ノーアンサーの言っていたことはとりあえずは真実であった。

 ひとまず帰ってこられた事に安心するもそれも束の間。スマートフォンを手に取り、すぐに智恵と環奈に連絡を取った。

 チャットアプリの三人のグループを数年ぶりに活用する。

 

「みんな、ちゃんと帰ってこれた?」

 

 そう打ち込み、送信。向こうも同じことを考えていたようですぐに既読がついた。

 

「こっちは大丈夫」

「私も大丈夫」

 

 二人もちゃんとそれぞれの場所に帰ったらしい。

 それにしても……。

 

「二人は、なんで戦おうと思ったの?」

 

 震える指で、文字を打つ。

 送信。

 既読はついたけれど、返事がない。

 言いたくないのか、返事に迷っているのか。早く何か言ってほしいと思っていると、スマートフォンが震えた。

 グループ通話を環奈が始めた。

 

「もしもし……?」

「あー、チャットはめんどいから通話にした」

「それも、そうだね……」

「で、なんで戦おうとしたって答えは一つじゃん。なんでも叶えられるんだっていうからじゃん。むしろそれ以外に理由あんの?」

 

 環奈は、さっきからどこか私を責めるように話す。

 

「私は、巻き込まれただけで……」

「巻き込まれた? なわけないでしょ。莉愛も言ったんでしょ、誓います誓いますって」

「言ったけど、こんなことになるなんて思わないじゃん……」

「相変わらずいい子ちゃんしてさ」

「もうやめろよ環奈。こんなの言い合ったって」

 

 智恵が仲裁に入るも、環奈は止まらない。

 昔から、環奈はこういうところがあった。

 環奈は苛烈だ。とにかく、何かと理由をつけては怒る。

 

「ま、なんだっていいけどさ。巻き込まれたって言うなら邪魔しないでよね」

「邪魔しないでって、環奈は本気なの?」

「何度も言わせるなよ。六人殺せばどんな願いでも叶うってんならやるよ私は」

 

 六人殺せば、なんて。

 その六人には私と智恵が含まれているというのに、なんとも思ってないの。

 

「環奈あんた……!」

「智恵だって願いが叶いますって言われたから参加したんだろ? あんたまで巻き込まれたとか言うわけ?」

「違っ……だってこんな風に私達三人が揃うわけ!」

「もうやめて! おかしいよ、こんな」

 

 喧嘩になるのが嫌だった。

 いや、喧嘩なんかでは済まない。殺し合いをしてしまうかもしれない。それが嫌で、叫んだ。

 けれど環奈は、鼻で笑った。

 

「大体、こんな事になったの莉愛、あんたのせいだから」

「え……?」

「あんたがあんな事件起こしたせいで私は……!」

 

 あんな事件。

 なんで、今、その話になるの。

 

「環奈! あれは、あれは事故だって、正当防衛だって、終わった話だろ……」

「……とにかくもう、莉愛も智恵も私の敵だから。悪いと思うのなら大人しく死んでよ」

 

 決定的な断裂。

 環奈は私達を殺して願いを叶えるつもりだ。

 通話から抜けた環奈はそのままグループからも脱退して、智恵と私の二人だけになってしまった。

 

「莉愛……気にすんなよ。環奈、あんなこと言っても寂しがりだからすぐ戻ってくるよ」

 

 慰めを言う智恵。けれど、今の私には届かない声だ。

 環奈がああなってしまったのは、私のせい?

 この辺りから記憶は朧気で、私は夢を見ていた。悪い夢だ。夢でなければならない。

 この光景は、網膜に焼き付いているのだから。

 

 地面に倒れた少女がいる。

 お腹にナイフが刺さって、倒れている。

 じわじわと侵食するように広がる血溜まりが怖くて、怖くて、私達はその場から逃げたのだ————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日、私が自意識というものを取り戻したのは午後になってからだった。

 身体は動いている。どこも問題はない。

 いつも通り友達と話して、学校で授業を受けていた。けれど、それは身体がルーティンをこなしているだけで、私の心はしばらくあの夜と夢の中にしばらく置き去りとなっていた。

 一日の終わり、放課後の訪れを告げるチャイムの音と共にクラスメイトは各々動き出す。

 高校三年生ともなれば受験のことで頭がいっぱいだろう。

 昨日までの私もそうだった。

 けれど、今の私はもうそんな普通の日常を歩めないのかもしれない。

 友達に声をかけられたが適当な相槌を打って教室を後にする。寮に戻って、部屋に籠ろう。そうすれば、昨日みたいなことは起こらないかもしれない。などという淡い期待にもならない気休め。そんなものを持っていても、意味はない。

 そう、意味がなかった。

 廊下を曲がった時のことだった。

 

「あっ……!」

 

 人と、ぶつかった。

 

「ごめんなさ……」

 

 咄嗟に謝り、ぶつかってしまった人物へと目をやる。

 女子にしては、高い身長。自然と見上げる形となり、目を見開いた。

 

「千國、さん……」

 

 昨日、彼女も確かにあのノーアンサーの世界にいて、戦っていた。

 そして彼女は恐らく、いや、確実に仮面ライダー罰姫……。そう名乗っていた。

 それを象徴するように、あのマントのように靡くほどの黒の長髪は彼女以外には存在しなかった。

 目が合う。

 黒真珠のような瞳。黒いのに、黒くない。まるで孔雀の羽のような美しい色を纏った、宝石。

 そんなものに見つめられ、言葉を失わないものはいない。

 

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「……っ! だ、大丈夫……」

 

 呼吸すらも忘れてしまったかのようで、息が詰まるような心地。

 何故かは分からないけれど、一刻も早く逃げ出してしまいたい。

 何から?

 何故逃げる?

 分からない。分からないけれど、私は堪らなくこの人のことが、怖いと思った。

 けれど、逃げるわけにはいかない。

 彼女とばったりと出会したおかげか、謎の闘志……というと大袈裟だが、逃げるだけでは駄目だと思うことが出来た。

 

「あの、昨日の夜のことなんだけど」

 

 私もあの場にいたし、覚えていないとか、そもそも目に入ってすらいなかったとか、そんなこと言わないよね。

 

「場所を変えましょうか」

 

 顔色ひとつ変えず、彼女はそう提案して私に背を向けて歩き始めた。ついて来いと言っているようだ。

 恐らく、まわりに気取られないように気を回してのことなのだろうが、背の高い彼女の歩幅と歩くスピードについていくのは少し大変だった。

 それに行く先々でクラスメイトやら後輩やらから声をかけられるし。それを何とも無さげに挨拶を返してスタスタと行くものだから、少し冷たいのではないか? とも思った。

 校舎を出て、敷地外へ。

 そして繁華街の方へ……!

 

「あの……!」

「はい?」

 

 歩き始めてから、最初の会話だった。

 

「どこまで、行くつもりなの?」

 

 早歩きで来たおかげで私は息が少し上がっていた。一方の千國妃織はいつも通りの美人で涼しげな顔を崩さずにいる。

 ある意味でポーカーフェイス。

 無表情というわけではなく、優しげな、聖母のような顔(見たことないけど)を維持し続けている。

 ああ、そうだ。彼女のことを怖いとか、薄気味悪いとか思っていた理由が今分かった。

 私は彼女の表情が変わる瞬間というものを知らない。

 同じクラスになったこともない人間がこんなことを言うのはどうかとも思うが、彼女は常にこの顔をしているのだ。まるで、そういう仮面を被り続けているかのような。人間らしさを感じたことがない。

 それが、怖いんだ。

 

「どこがいいですか?」

「は……?」

「どこに行きたいですか?」

 

 慈愛に満ちたような顔で、頓珍漢なことを言う。

 

「えっと、あの、行く先を決めないで出てきたの……?」

「やはり行き先を決めた方が良かったですか?」

「えぇ……?」

「こういうの、ぶらつくと言うのでしょう? 放課後に学友と行く宛もなくぶらつく。ふふ、高校三年の秋になってようやく叶いました」

 

 開いた口が塞がらない。

 まさか、友達と遊んだことがない?

 しかも、今日はじめて会話しただけの奴を友達認定して?

 いくら大企業の令嬢とはいえ流石に抜けてるというか、世間知らずというかなんというか……。

 

「阿久さんは普段はどのような場所へ行かれるのですか?」

「カラオケとかカフェとか……ってそうじゃなくて! 私はライダーの話をしたくて、遊びに来たわけじゃ……」

 

 少し声量が大きくなってしまった。

 この、特大のボケにつっこまずにいられなかったからだ。

 慌てて口に手を当てるも、まわりの通行人達は素通りしていく。大して気にもされていないようで助かった。この辺りは交通量も多いし、騒々しいからこれぐらいの声なら大丈夫か。

 それよりも、彼女は本当に遊びに来たつもりなのか。私は真面目な話をしたいのに、もうどうすれば……。

 頭を抱えると、私達のすぐ近くに一台の高級外車が路駐して窓を開けた。

 

「やあ莉愛ちゃん。久しぶり」

 

 窓から顔を出したのは、私の知った人だった。

 

「直人おじさん!」

 

 なんだか、やたらと嬉しかった。

 今この状況で知り合いがいるという事が、私の精神安定に繋がった。

 父の友人で、よく家に遊びに来たり幼い私をあちこち連れ回してくれた父とは正反対のアウトドア派。なんであの人と友人なのか分からないぐらい。

 父と同い年だけれどまだ三十代といっても差し支えないルックスで、年中日焼けして筋肉質で体格がいい。エネルギーに満ち溢れた人で、直人おじさんの近くにいるとそれだけで元気がもらえる気がして私は直人おじさんのことが昔から大好きだ。

 

「友達と一緒かい? ……あれ、どこかで見た顔だな」

「えっと、彼女は千國妃織さん。同級生、なんだけど……」

 

 歯切れの悪い返事をしたが、千國の名を聞いて直人おじさんの目の色が変わった。

 

「ああ! あの千國グループの! 麗城寺にいるってのは聞いてたけど莉愛ちゃんと友達だったなんて」

「いや、友達っていうか、さっき初めて話したっていうか……」

「お知り合いの方ですか?」

「え、ええはい……。私のお父さんの友達で、弁護士の直人おじさん、です」

 

 見た目によらずというと失礼かもしれないけれど、直人おじさんは弁護士をしている。

 その証拠に高いスーツの襟には弁護士バッジが輝いている。

 以前は検事だった。いわゆるヤメ検弁護士というやつ。

 

 そして、私の弁護を担当したのも、直人おじさんだった。

 

「弁護士……」

「久しぶりに会ったんだ。お茶でもご馳走するよ。千國さんもご一緒にどうです?」

「えっ! でも直人おじさん仕事は?」

「終わらせてきたところだ!」

 

 屈託のない笑顔で言い放たれた。浅黒い肌のおかげで真っ白な歯が目立ち、直人おじさんの笑顔がやたら眩しく見える。

 今は、ちょっと、それどころじゃないというか。

 横目で千國妃織へと目を向ける。

 

「まあ、素敵ですわ。ぜひご一緒させてください。実は将来、弁護士になろうと思っておりまして、お話お聞きしたいです」

 

 こちらもまた花が咲いたような笑顔だった。

 

「おっ! それじゃあ将来の後輩のためにも良い店に行かないとだ。さあ遠慮せず乗って乗って!」

 

 どうしてこうなった?

 それだけ考えているうちにあれよあれよと有名ホテルのコーヒーパーラーでお茶をすることになった。

 こうなればええいままよと桃のパフェを頼み、千國妃織に興味津々な直人おじさんをジト目で眺める。

 

「こういう言い方は嫌かもだけど、どうして弁護士を目指してるの? 家の仕事は?」

「家業は兄が継ぎますので、将来的には顧問弁護士にでもなろうかと思いまして」

 

 悪戯っぽく笑う千國妃織に直人おじさんは虜になっていた。

 恋愛的な、ではないと思うが流石に。

 車の中でもすごい会話が弾んでいたし、男はどうしてこう美人に弱いのか。

 

「そういえば、父が言っていたのですがうちの顧問弁護士の方が引退なされるそうで、後任の先生を探しているのです」

「それはそれは……いいのかい? こんな話を俺に聞かせちゃって。俺、立候補しちゃうよ?」

「ふふ、父にご紹介いたしますわ」

「ははは、また冗談が上手いなぁ」

「冗談ではありませんよ」

 

 ……なにやら、すごい事になっている気がする。

 千國妃織は涼しい顔で紅茶に口をつけているが、直人おじさんは今まで見たことないような顔をしている。鳩が豆鉄砲を、みたいな。

 

「いや、えー、んんっ。本気だったら、前向きに検討というか、即断即決するからね?」

「ええ、父にそう伝えておきますわ」

「はははっ。よーし今日はもう豪勢に行こう。ほら莉愛ちゃんもじゃんじゃん好きなの頼んで!」

「いやそんな入らな……マスカットのショートケーキ、セットで」

 

 桃のパフェと悩んだものを折角なので注文。

 本当になんだかよく分からないうちにこんなことになってしまったけれど、こうなってしまった以上は仕方がない。ご馳走になろう。

 

「すみません、少々お手洗いに」

 

 千國さんが席を立つ。

 椅子の上に彼女のスマートフォンが置き去りになってしまっていることに気が付いたが、彼女はトイレのために離れただけ。戻ってくるのだから、わざわざ気にすることもない。

 

「莉愛ちゃんも法学部、目指してるんだっけ?」

 

 ようやく直人おじさんと二人きりになれた。これで少しは気が楽になる。

 けれど、進路の話は気が重くなる。

 

「うん……」

「やっぱり警察に?」

「うん……」

「あいつは、何か言ってた?」

 

 あいつとは、お父さんのことだ。

 

「お父さんは、特に何も……。放任主義なんですよ」

「いや、それは違うよ莉愛ちゃん。あいつは……ああ、いや……。それより、莉愛ちゃんが心配なんだよ」

「私が? なんで?」

「俺の勘違いだったらごめんな。その、どうして辛い方に行こうとするんだ」

 

 心臓が跳ねた。

 直人おじさんの優しい眼差しが、私には突き刺さるように思えた。

 

「そんなことないよ。お父さんみたいに、日本の平和のために働きたいなーって思っただけだよ」

 

 笑顔は造れただろうか。

 ケーキを食べる動作は自然だったろうか。

 味は分からない。何か物が口に入ってきただけのような感触が気持ち悪くて、急いで飲み込んだ。

 直人おじさんはまだ何か言いたげであったが、そこへ千國妃織が戻ってきたので追及されずに済んだ。

 

 

 

 その後、夕飯までご馳走になりかけたが千國妃織は家の都合で別れ、そして私は寮の門限もあるので直人おじさんに送られて帰ってきた。

 結局、彼女とはライダーに関することを話すことは出来なかった。また明日にするしかない。

 それを思うと、少し胃が痛む。

 また今日みたいなことになったらどうしよう。

 いや、今度はこっちが手綱を握るしかない。

 

「それじゃあな莉愛ちゃん。千國妃織さんとはくれぐれも今後とも頼むな」

「もう、おじさん調子乗っちゃ駄目だよ?」

「ははっ。もう若くないのは自覚してるとも、無理はしないさ。それじゃあおやすみ莉愛ちゃん。あいつにもよろしくな」

「はーい。おやすみなさい直人おじさん」

 

 お父さんへの言伝を頼まれる。

 お父さんも仕事が忙しいようだからあまり会ってもいないだろうし、直人おじさんが元気にしていたことぐらいは伝えてあげようか。

 ……いや、あの人のことだ。そんなことより勉強はどうしたと言われるのが関の山だ。

 部屋に戻ると、ルームメイトは勉強机に向かいながらおかえりと言ってくれた。

 あまり愛想がない奴で、会話もそう発生しないけれど、私にはちょうど良かったかもしれない。こちらも勉強に集中出来るし。

 ただ、今日は少し会話が発生した。

 

「阿久さんにお届け物ですよ」

 

 やはり、私には目もくれずではあるがそう教えてくれた。

 

「お届け物?」

 

 私の机の上に、小さな細長い箱が置かれていた。

 差出人は?

 お母さん?

 確認したが、違った。

 

「誰から?」

 

 誕生日は近いけど、誰かからサプライズプレゼントだろうか?

 色々と勘繰りながら箱を開けると、中には。

 

「わ、花……」

 

 花束、というには数が少ない。

 二輪の花。

 ピンクの花と、黒百合。

 

「プリムラですね」

「わっ」

 

 さっきまで勉強机に向かっていたルームメイトが花を覗き込んでいた。

 こんな風に何かに興味を持つなんて珍しい。

 

「プリムラ、プリムラ・ジュリアンです。黒百合と合わせた理由はよく分かりませんが、プレゼントですか?」

「え、いやまあ誕生日は近いけど……差出人が分からないんだ」

「他には何か入っていなかったんですか?」

「えっと……あ、手紙かな?」

 

 封を開け、中の便箋を手にする。

 

『12時の魔法が解ける頃、お迎えに上がります』

 

「なにこれ?」

「シンデレラではありませんか? 12時に魔法が解けるとなれば」

「それとこれの何が関係あるわけ?」

「さあ。知りません」

 

 二輪の花と手紙の意味。

 その全てが分からない。

 間違えて送られてきたとも思えない。しっかり私宛になっているからだ。

 ……まさかこれも、ノーアンサーの仕業?

 昨日からいろんな事が起こり過ぎてもう頭がパンクしそうだから本当にやめてほしい。

 ……そういえば、今日もまたライダーバトルがあるのかな。

 いや、あるのだろう。

 この部屋にいても大丈夫なのかな。

 時計の針が動き続ける。

 自らの最期が刻一刻と迫るかのように。

 そして、始まる。

 歪み始める世界。また、あの世界に行く事になる。

 ノーアンサーによる、殺し合いの世界に。

 

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