「力が欲しいか?」と言いたくて!   作:桃たろす

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再度、夜天に集う

 

 

 残り。

 

 三十二秒。

 

 エイミィの端末に表示された数字が、一つ減った。

 

 三十一。

 

 その瞬間。

 

 現地映像の中央で、幾重にも重ねられた封印術式が大きく歪んだ。

 

 空間固定。

 

 転移阻害。

 

 魔力封鎖。

 

 存在拘束。

 

 闇の書が蒐集してきた無数の術式を重ね合わせた、即席の牢獄。

 

 その内側から。

 

 黒い羽根の先端が、一本だけ突き出した。

 

 触れている封印術式が、音もなく削れていく。

 

「また崩壊速度が上がった!」

 

 艦橋にエイミィの声が響く。

 

「残り時間、二十八秒に再計算!」

 

「現地の武装隊へ連絡!」

 

 クロノはすぐに通信回線を開いた。

 

「対象を中心に、広域封鎖結界を再展開! 既存の術式へ重ねろ!」

 

『しかし執務官! 先ほどの砲撃で、結界基盤の半数が――』

 

「残っているものを全部使え!」

 

 クロノの声が、艦橋の空気を切り裂いた。

 

「市街地側への流出を何としても防ぐんだ。攻撃はしなくていい。結界の維持を最優先にしろ!」

 

『了解!』

 

「こちらで対処方法を探す」

 

 言葉を一度切る。

 

 それからクロノは、現地で結界を展開する武装隊員たちへ告げた。

 

「それまで、耐えてくれ」

 

 通信が切れる。

 

 艦橋の大型画面では、数十人の武装隊員が地上と上空へ散開していた。

 

 砲撃で削り取られた山地。

 

 深く抉れた大地。

 

 消失した森林。

 

 その外縁を囲むように、いくつもの魔法陣が広がっていく。

 

 一枚ではない。

 

 二枚でもない。

 

 残存する部隊が構築できる限りの結界を重ね、さらにアースラから遠隔補助を加える。

 

 淡い光の壁が、荒れ果てた戦場を中心として、海鳴一帯を巨大な半球状に覆った。

 

「対処方法って、何かあるの?」

 

 フェイトから通信が入る。

 

 荒い呼吸。

 

 表情には疲労が残っている。

 

 その隣では、なのはもレイジングハートを両手で握っていた。

 

 先ほどの砲撃を防ごうとした負荷が、まだ身体から抜けていない。

 

「探している」

 

 クロノは答えた。

 

「だが、現時点では有効な手段がない」

 

『Unable to analyze.(解析不能です)』

 

 レイジングハートが短く告げる。

 

『Unknown energy structure.(未知のエネルギー構造です)』

 

 バルディッシュも同じだった。

 

『No corresponding data.(該当するデータはありません)』

 

 魔力ではない。

 

 少なくとも、管理局の観測技術が魔力として扱えるものではなかった。

 

 攻撃を受け止めた障壁は、破壊されたのではない。

 

 触れた場所から消えていた。

 

 相殺も。

 

 防御も。

 

 減衰もしていない。

 

 こちらの術式そのものが、存在を許されなかったかのように。

 

「小尾一」

 

 クロノが振り返る。

 

 艦橋の後方。

 

 破壊された拘束具の中心に、小尾は立っていた。

 

 両手首を拘束していたはずの輪は床へ落ちている。

 

 彼の周囲を取り囲む局員たちは、既に武器を構えていた。

 

 それでも小尾は気にした様子を見せず、画面の中の黒い少女を眺めている。

 

「何か分からないのか」

 

「分からないね」

 

 小尾は素直に答えた。

 

「そもそも、あれは僕の想定した結果じゃない」

 

「君が作ったものだろう」

 

「入口はね」

 

 画面の中。

 

 封印の隙間から、新たな黒い羽根が突き出す。

 

 小尾の目が細くなる。

 

「扉を作ったのは僕だよ。けれど、その向こうから何が入ってきたのかまでは知らない」

 

「止め方は」

 

「分からない」

 

 迷いのない返答だった。

 

「閉じ方も?」

 

「分からない」

 

「君は――」

 

「クロノ君」

 

 リンディが制した。

 

 問い詰めても、今は答えが出ない。

 

 クロノもそれを理解している。

 

 唇を噛み、現地映像へ視線を戻した。

 

 残り。

 

 二十四秒。

 

     ◇

 

 リインフォースは、はやてを閉じ込めた黒い封印を見つめた。

 

 封印の表面には、無数の亀裂が走っている。

 

 内側から突き出した漆黒の羽根が触れるたび、重ねていた術式が一層ずつ消えていく。

 

 壊されているのではない。

 

 術式を構成する魔力が弾かれているわけでもない。

 

 そこに刻まれていた式そのものが、初めから存在しなかったかのように失われていた。

 

 このまま封印を支え続けても、長くは保たない。

 

 ならば。

 

 残された時間を、封印の延命へ使うべきではない。

 

 リインフォースが右手を掲げた。

 

 黒い光が掌へ集まり、一冊の本を形作る。

 

 古びた装丁。

 

 重い金具。

 

 表紙の中央に刻まれた十字。

 

 かつて、闇の書と呼ばれていたもの。

 

 リインフォースは右手に本を載せたまま、左手を表紙へ添えた。

 

「闇の書さん……?」

 

 なのはの声が聞こえる。

 

 リインフォースは答えなかった。

 

 黒い表紙が、ひとりでに開いた。

 

 最初の一頁。

 

 そこには、判読できない古代ベルカの文字が並んでいた。

 

 次の瞬間。

 

 頁がめくられた。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 十枚。

 

 百枚。

 

 風もない空間で、紙がぱらぱらと音を立てて進んでいく。

 

 闇の書の周囲へ、紫色の光が漏れ出す。

 

 最初に現れたのは、小さな三角形だった。

 

 その外側へ円が描かれる。

 

 円の周囲へ、古代ベルカの文字列が並ぶ。

 

 さらに大きな円。

 

 その外側へ、四つの小円。

 

 線と文字と幾何学模様が次々と追加され、巨大なベルカ式魔法陣が夜空へ展開されていく。

 

 中心にいるのは、リインフォース。

 

 その右手に、開かれた闇の書。

 

 魔法陣は彼女の足元だけでは収まらない。

 

 上下。

 

 左右。

 

 空間を挟み込むように複数の円環が展開され、互いに異なる方向へ回転を始める。

 

『守護騎士プログラムを検索』

 

 告げた声は、普段と変わらないリインフォースのものだった。

 

 闇の書の頁が、さらに速くめくられていく。

 

 頁の上に、四つの紋章が浮かび上がった。

 

 炎の剣。

 

 鉄槌。

 

 指輪。

 

 獣の盾。

 

『外部保存領域を開放』

 

 リインフォースが、闇の書の本体から外へ持ち出したもの。

 

 残された術式。

 

 保存領域。

 

 そして。

 

 白い力に呑まれる直前、最後に掴み取った四人分の情報。

 

『守護騎士情報を確認』

 

 魔法陣の四方へ、光の柱が立った。

 

 紫。

 

 赤。

 

 緑。

 

 青。

 

 光の中には、まだ誰の姿もない。

 

 ただ。

 

 頁に刻まれた四つの紋章だけが、確かに脈打っていた。

 

「戻ってきてくれ」

 

 命令ではなかった。

 

 管制人格としての処理でもない。

 

 一人の少女を救うために。

 

 もう一度、家族を呼び戻そうとする願いだった。

 

『存在情報を固定』

 

『実体化処理を開始』

 

 四つの光柱の中へ、輪郭が生まれた。

 

 最初に。

 

 長い桃色の髪。

 

 小さな赤い騎士服。

 

 柔らかな金色の髪。

 

 大柄な男の身体。

 

 続いて。

 

 騎士甲冑。

 

 剣。

 

 鉄槌。

 

 指輪。

 

 獣を思わせる装具。

 

 保存されていた情報が、光の粒子となって実体を形作っていく。

 

 指先。

 

 髪。

 

 閉じられた瞼。

 

 最後に。

 

 四人の胸の奥へ、光が灯った。

 

『守護騎士プログラム』

 

 リインフォースの声が、夜空へ響く。

 

『破損回帰』

 

 四本の光柱が砕けた。

 

     ◇

 

「――っ!」

 

 ヴィータが大きく息を吸う。

 

 まるで、水の底から引き上げられたように。

 

 シグナムは目を開いた瞬間、状況を確認するより先にレヴァンティンを構えた。

 

 シャマルは、自分の両手を見つめる。

 

 ザフィーラは何も言わず、リインフォースへ視線を向けた。

 

 残り。

 

 六秒。

 

「ここは……」

 

 シグナムの声が途切れる。

 

 封印の中央。

 

 黒い球体。

 

 その内側にいるものを、感じ取ったからだ。

 

「はやて……?」

 

 ヴィータの手から、グラーフアイゼンが落ちかけた。

 

「はやてが、中にいるのか?」

 

「ああ」

 

 リインフォースは答えた。

 

「あれは、主はやてだ」

 

「だったら早く出せ!」

 

 ヴィータが封印へ向かおうとする。

 

「待て!」

 

 シグナムが腕を掴んだ。

 

「離せよ!」

 

「見ろ!」

 

 シグナムが封印を指す。

 

 黒い羽根の先端が、内側から突き出していた。

 

 羽根へ触れた光の鎖が、一瞬で消える。

 

 ヴィータの動きが止まった。

 

『現地の全員へ』

 

 クロノの声が、開かれた通信回線へ割り込んだ。

 

『事情を説明している時間はない』

 

 守護騎士たちが、一斉に通信魔法陣へ目を向ける。

 

『武装隊は広域結界の維持へ回す。今は対象を倒すことより、市街地へ向かわせないことを優先する』

 

「お前は誰だ」

 

 シグナムが低く問う。

 

『時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい話は、全員が生き残ってからにする』

 

 シグナムは通信画面を見た。

 

 次に。

 

 リインフォース。

 

 封印。

 

 そして、なのはとフェイトを見る。

 

 理解したわけではない。

 

 納得したわけでもない。

 

 それでも。

 

 黒い球体の中に主がいる。

 

 その主が、今にも封印を破ろうとしている。

 

 それだけは分かった。

 

「……詳細は後で聞く」

 

『そうしてくれ』

 

「今は」

 

 シグナムがレヴァンティンを握り直す。

 

「主を止める」

 

 なのはとフェイトの前へ、シグナムとヴィータが出る。

 

 ザフィーラは中央。

 

 シャマルとリインフォースは後方。

 

 誰が指示したわけでもない。

 

 けれど。

 

 戦うために作られた四人は、目覚めたばかりの身体で、それぞれの位置へ迷わず収まった。

 

『生き残れ』

 

 クロノが告げた。

 

 残り。

 

 三秒。

 

 黒い封印の表面が、内側から大きく押し広げられた。

 

 二秒。

 

 球体を形作っていた魔法陣が歪む。

 

 幾重にも巻きついていた光の鎖が、限界まで引き伸ばされる。

 

 一秒。

 

「来るぞ!」

 

 リインフォースが叫んだ。

 

 封印の中央から。

 

 何本もの漆黒の羽根が突き出した。

 

 光の鎖が引きちぎられる。

 

 魔法陣が一枚。

 

 また一枚。

 

 内側から強引に押し破られていく。

 

 最後に。

 

 封印全体が大きく膨れ上がった。

 

 光の鎖が四方へ弾け飛ぶ。

 

 歪み切った術式が砕け。

 

 幾重もの光の破片となって夜空へ散った。

 

 その中央に。

 

 はやてが浮かんでいる。

 

 黒と深い青の霊装。

 

 頭上で回転する、複数の円環。

 

 周囲へ散らばる漆黒の羽状端末。

 

 はやては、何も変わっていないように見えた。

 

 少なくとも。

 

 外見だけは。

 

「はやて!」

 

 ヴィータが叫ぶ。

 

 はやての瞳が動いた。

 

 最初にヴィータを見る。

 

 次に。

 

 シグナム。

 

 シャマル。

 

 ザフィーラ。

 

 一人ずつ。

 

 確かめるように。

 

 青い瞳が、四人の姿を追っていく。

 

 守護騎士たちは、誰も動けなかった。

 

 はやてが自分たちを見ている。

 

 それだけで。

 

 戻ってきたのだと伝えたくなった。

 

 もう大丈夫だと。

 

 今度こそ、そばにいると。

 

 けれど。

 

 はやての表情に浮かんだのは、喜びではなかった。

 

 安堵でもない。

 

 深い。

 

 深い悲しみだった。

 

「……戻ってきてしもうたんやね」

 

 掠れた声。

 

 いつものはやての声だった。

 

「はやて……?」

 

 ヴィータが一歩、前へ出る。

 

 はやては、そんなヴィータを見つめた。

 

 今にも泣き出しそうな顔で。

 

「もう、v痛い思いfせんでよかったのに」

 

 最後の一節へ。

 

 人間の喉では形にできない音が重なった。

 

 意味は分かる。

 

 はやての声だとも分かる。

 

 それなのに。

 

 何をどう発音したのかだけが、理解できなかった。

 

『Unknown vocal pattern.(未知の発声形式です)』

 

 レイジングハートが告げる。

 

「今の……はやてちゃんの声?」

 

 なのはが息を呑んだ。

 

 通信の乱れではない。

 

 雑音は。

 

 はやて自身の声から発せられていた。

 

 はやての周囲。

 

 何もなかった空間へ、次々と黒い亀裂が走る。

 

「もう、怖い思いも」

 

 亀裂の中から。

 

 黒い羽根に似た端末が、滑り出すように姿を現した。

 

 一枚。

 

 十枚。

 

 百枚。

 

「誰かを傷つけることも」

 

 なおも出現は続き。

 

 やがて、二百近い羽状端末が戦場の上空へ散開した。

 

「v失うfことも、なかったのに」

 

 はやての声へ。

 

 再び、別の音が混じる。

 

「なんで、また戻ってきてしもうたん……」

 

 シャマルが口元を押さえた。

 

「主はやて……」

 

「だって」

 

 はやての瞳から、一筋の涙が零れた。

 

 透明な涙は頬を伝う途中で、黒い光の粒子へ変わった。

 

「また、v辛い思いfをせなあかんから」

 

 ヴィータが息を呑む。

 

「違う!」

 

 叫んだ。

 

「アタシたちは辛くなんかねえ!」

 

 グラーフアイゼンを握り直す。

 

「はやてと一緒にいられるなら、それでいい! 戦うのだって、痛いのだって、怖くなんかねえ!」

 

「ヴィータ……」

 

「勝手に決めんな!」

 

 ヴィータの目に涙が浮かぶ。

 

「アタシたちが辛いかどうかを、はやてが勝手に決めんなよ!」

 

 はやては静かに聞いていた。

 

 怒らない。

 

 声を荒らげない。

 

 ただ。

 

 子供が苦しみを我慢しているのを見るように、ヴィータを見つめている。

 

「我慢せんでええよ」

 

「してねえ!」

 

「もう頑張らんでええ」

 

「頑張ってなんか――」

 

「大丈夫」

 

 はやてが微笑んだ。

 

 優しい。

 

 あまりにも優しい笑みだった。

 

「今度は、ちゃんとv終わらせるfから」

 

 黒い羽状端末が、一斉に動きを止めた。

 

 そのすべてが。

 

 なのはたちへ先端を向ける。

 

「みんな、もう争うんはやめよう」

 

 空気が震えた。

 

 声そのものが、空間へ命令しているようだった。

 

「うちは、みんなと戦いたない」

 

 はやての背後。

 

 周囲に浮かぶ端末のうち、数十枚が重なり始める。

 

 王冠にも似た巨大な砲撃構造。

 

 砲冠。

 

 先ほど山地を消し飛ばしたものと同じ形。

 

 いや。

 

 さらに大きい。

 

「せやから」

 

 黒い光が、中心へ集まっていく。

 

「おとなしく――」

 

 なのはがレイジングハートを構えた。

 

 フェイトがバルディッシュを振り上げる。

 

 シグナムがレヴァンティンを抜き放ち。

 

 ヴィータがカートリッジを装填する。

 

 ザフィーラの足元へ、青い魔法陣が広がる。

 

 シャマルがクラールヴィントを掲げ。

 

 リインフォースが両手を前へ伸ばした。

 

 はやては。

 

 それでも、悲しそうに笑っていた。

 

「うちと、この世界と一緒に――」

 

 言葉が歪む。

 

 人間の声。

 

 複数の音。

 

 意味を持たない雑音。

 

 それらが重なり、一つの言葉として放たれた。

 

「――vなくなろうf――」

 

『Untranslatable signal.(翻訳不能信号です)』

 

「今の声……」

 

 フェイトの表情が強張る。

 

 言葉の意味は分かった。

 

 けれど。

 

 発音された音の大半を、バルディッシュでさえ言語として認識できていない。

 

「下がれ!」

 

 リインフォースが叫んだ。

 

 砲冠が発射された。

 

「散開!」

 

 シグナムの声と同時に。

 

 夜が、黒く染まった。

 

     ◇

 

 最初に動いたのは、フェイトだった。

 

『Sonic Move.(高速移動)』

 

 金色の閃光が直角に折れた。

 

 黒い光柱の射線から逃れ、そのままはやての側面へ回り込む。

 

 一瞬遅れて。

 

 なのはたちがいた空間を、黒い砲撃が通過した。

 

 地面へは届かない。

 

 その途中。

 

 ザフィーラが展開した青い障壁と。

 

 なのはの桃色の防壁と。

 

 リインフォースが重ねた幾重もの封印術式が、光柱を受け止める。

 

 一層目が消える。

 

 二層目。

 

 三層目。

 

 障壁は砕けない。

 

 削られない。

 

 触れた先から、ただ消えていく。

 

「ぐっ……!」

 

 ザフィーラが両腕を交差させた。

 

 青い障壁へ全力を流し込む。

 

 消失した箇所を、直後に再展開する。

 

 消される。

 

 作り直す。

 

 また消される。

 

 黒い光柱の進行が、一瞬だけ鈍った。

 

「なのは!」

 

「うん!」

 

『Load cartridge.(カートリッジ装填)』

 

 薬莢が撃発される。

 

 白い杖が、砲撃形態へ変形した。

 

『Exelion Mode.(エクセリオンモード)』

 

「ディバイン――」

 

 なのはの周囲へ、桃色の光が集まる。

 

「バスター!」

 

 黒い光柱へ。

 

 桃色の砲撃が正面から激突した。

 

 衝撃が空を裂いた。

 

 黒と桃色。

 

 二つの光がせめぎ合う。

 

 だが。

 

 拮抗してはいない。

 

 なのはの砲撃は、接触した先端から削られていく。

 

「くっ……!」

 

『Output decreasing.(出力低下)』

 

「まだ!」

 

 追加のカートリッジ。

 

 撃発。

 

 砲撃の太さが増す。

 

 それでも。

 

 黒い光は止まらない。

 

「レヴァンティン!」

 

『Jawohl.(了解)』

 

 シグナムが剣を振り抜く。

 

 放たれた炎の斬撃が、側面から黒い光柱へ衝突した。

 

 触れた先から、炎が消えていく。

 

 続けて。

 

「アイゼン!」

 

『Schwalbefliegen.(誘導鉄球)』

 

 ヴィータが打ち出した鉄球が、反対側から光柱へ突き刺さる。

 

 鉄球を覆っていた赤い魔力が消える。

 

 続いて。

 

 鉄球そのものが、黒い光の中へ沈んでいく。

 

 それでも。

 

 二方向から加わった力によって、黒い光柱の軌道が僅かに逸れた。

 

 ザフィーラの障壁を掠め。

 

 なのはの左側を通過し。

 

 地上へ落ちる。

 

「全員、上へ!」

 

 リインフォースが転移を発動した。

 

 直後。

 

 黒い光が大地へ突き刺さる。

 

 轟音はなかった。

 

 爆発も。

 

 土煙も起きない。

 

 砲撃が通過した場所から。

 

 大地が、円形に消えた。

 

 底の見えない巨大な穴が生まれる。

 

 その縁では、岩盤が崩れることなく、滑らかな断面を晒していた。

 

「今のを、あいつは……」

 

 ヴィータが息を呑む。

 

「はやてが、撃ったのか……」

 

「止まるな!」

 

 シグナムが叫ぶ。

 

 上空。

 

 はやての周囲で、既に次の端末が動いていた。

 

 二百近い羽状端末が、四方八方へ散開する。

 

 一枚一枚が。

 

 別々の標的へ照準を合わせる。

 

「来るぞ!」

 

 百を超える黒い光線が、ほぼ同時に放たれた。

 

 正面。

 

 背後。

 

 頭上。

 

 足元。

 

 死角という概念そのものを否定するように。

 

 黒い砲撃が、全方向から降り注いだ。

 

 シグナムが剣を振るう。

 

 放たれた炎の斬撃が、黒い光へぶつかる。

 

 炎は触れた先から消えた。

 

 止めきれなかった一本が、肩を掠めた。

 

 騎士甲冑が消え。

 

 その下の肉が深く抉れる。

 

「シグナム!」

 

 シャマルの緑の光が伸びる。

 

 傷口を止血しながら、シグナムを後方へ引き戻す。

 

 そのシャマルへ。

 

 別の端末が回り込んでいた。

 

「させるか!」

 

 ザフィーラが間へ入る。

 

 両腕を広げ。

 

 青い障壁を展開する。

 

 黒い光が突き刺さる。

 

 障壁が消える。

 

 ザフィーラの左腕が、光に呑まれた。

 

「ザフィーラ!」

 

 青い衣が裂ける。

 

 腕が大きく抉れ、血が夜空へ散った。

 

 それでもザフィーラは退かない。

 

「治療を!」

 

「でも!」

 

「早くしろ!」

 

 シャマルがザフィーラへ駆け寄る。

 

 その間にも。

 

 黒い羽状端末は絶えず位置を変え、新たな射線を作り続けていた。

 

 フェイトが金色の残光を引き、端末の間を駆け抜ける。

 

 一枚目の端末が、フェイトへ先端を向けた。

 

 黒い光が放たれるより早く。

 

「はあっ!」

 

 バルディッシュの魔力刃が、羽状端末を斜めに切り裂いた。

 

 端末が二つに割れる。

 

 切断された破片は黒い粒子へ変わり、夜空へ溶けるように消えていった。

 

「壊せる……!」

 

 フェイトは止まらない。

 

 背後へ回り込もうとしていた二枚目へ身体を向ける。

 

 黒い光線が放たれた。

 

 首を傾けて躱し。

 

 すれ違いざまに、金色の刃を振り抜く。

 

 二枚目の端末も両断され、黒い粒子となって消えた。

 

「フェイトちゃん、右!」

 

 なのはの声。

 

 フェイトが急上昇する。

 

 直前までいた空間を、三本の黒い光が貫いた。

 

「ありがとう、なのは!」

 

 フェイトは旋回しながら、はやての周囲を見た。

 

 端末は破壊できる。

 

 だが。

 

 はやての背後。

 

 何もなかった空間へ、細い黒い亀裂が走った。

 

 亀裂が左右へ開く。

 

 その奥から。

 

 新たな羽状端末が一枚、滑り出すように姿を現した。

 

 続いて。

 

 別の場所にも黒い亀裂が開く。

 

 もう一枚。

 

 先ほど破壊された数と同じだけ。

 

 新しい端末が補充されていく。

 

「戻った……?」

 

 フェイトが呟く。

 

「破壊された端末を補っている」

 

 リインフォースが答えた。

 

 さらに別の場所で。

 

 シグナムの炎に呑まれた端末が砕け散る。

 

 その数秒後。

 

 はやての頭上へ新たな亀裂が開き、代わりの端末が現れた。

 

「端末自体は破壊できる」

 

 リインフォースが戦場を見渡す。

 

「だが、破壊された分だけ新たなものが出現している」

 

「だったら!」

 

 ヴィータがグラーフアイゼンを構え直した。

 

「出てくるより早く、まとめてぶっ壊せばいいんだろ!」

 

「うん!」

 

 なのはがレイジングハートを構える。

 

「補充されるまでなら、攻撃の数を減らせる!」

 

     ◇

 

「対象を覆っていた封印、拘束術式、ともに完全消失!」

 

 アースラの艦橋へ、エイミィの声が響いた。

 

 正面の大型画面では。

 

 黒い光線が、夜空を縦横に走っている。

 

「八神はやて、活動を再開! なのはちゃん、フェイトちゃん、守護騎士四名、それから管制人格が交戦中!」

 

「負傷者は?」

 

 リンディが尋ねる。

 

「複数!」

 

 エイミィは端末を操作し、現地から送られてくる情報を次々と画面へ展開した。

 

「シグナム、左肩に損傷! ザフィーラ、左腕に重度の損傷! シャマルが治療しています!」

 

「なのはとフェイトは?」

 

「今のところ致命傷はありません! ただ、二人とも消耗が激しいです!」

 

 別の画面が開く。

 

 海鳴市の地図だった。

 

 市街地。

 

 山岳部。

 

 沿岸部。

 

 そのすべてを囲むように、巨大な光の輪が表示されている。

 

「広域封鎖結界は?」

 

「維持しています!」

 

 エイミィが答えた。

 

「現在の結界範囲は、海鳴市街、沿岸部、山岳部を含む海鳴一帯! 武装隊の残存戦力と、アースラからの遠隔補助で維持しています!」

 

「損耗率は」

 

「外周部で二十一パーセント! 戦闘区域に近い北西側は、四十パーセントを超えています!」

 

 地図の一角が赤く明滅する。

 

 戦場から伸びた黒い光が、封鎖結界の内壁を掠めた箇所だった。

 

 光の壁が欠ける。

 

 直後。

 

 待機していた武装隊員たちが、新たな術式を重ねる。

 

 塞ぐ。

 

 消される。

 

 また塞ぐ。

 

 それを繰り返していた。

 

「このまま砲撃が続けば?」

 

 クロノが尋ねる。

 

「分かりません」

 

 エイミィの指が止まらない。

 

「結界そのものが一度に破壊されなくても、損傷箇所が増えれば維持に必要な演算と人員が追いつかなくなります!」

 

「破綻までの予測時間は」

 

「攻撃の頻度が一定じゃありません。計算できません!」

 

 警告音が鳴った。

 

 現地映像の一部が拡大される。

 

 フェイトの斬撃が羽状端末を両断した。

 

 表示数が一つ減る。

 

 百九十五。

 

 なのはの光弾が二枚を撃ち抜く。

 

 百九十三。

 

「羽状物体の破壊を確認!」

 

「なら、数を減らせるのか?」

 

 クロノが尋ねる。

 

「待ってください!」

 

 はやての背後。

 

 何もない空間へ黒い亀裂が走る。

 

 亀裂から一枚。

 

 別の場所から二枚。

 

 新たな端末が滑り出した。

 

 表示数が戻る。

 

 百九十四。

 

 百九十六。

 

「補充されています!」

 

 エイミィが複数の映像を並べる。

 

 破壊された端末。

 

 直後に開いた黒い亀裂。

 

 そこから現れた同数の端末。

 

「無制限に増えているわけではありません。総数は、およそ二百前後で推移しています!」

 

「破壊された分だけを補っているのか」

 

「そのように見えます!」

 

「結界の外へ出たものは?」

 

「今のところ確認されていません! ただ、一部が戦闘区域から離れ、結界外周へ向かっています!」

 

「外周へ接近したものだけを迎撃させて」

 

 リンディが命じる。

 

「破壊後に、新しい端末が現れた位置も記録してください」

 

「了解!」

 

「現在判明していることを整理する」

 

 クロノが告げた。

 

「砲撃へ接触した術式は、その場から消される。ただし、羽状端末そのものは破壊可能だ」

 

「でも、破壊された分は補充されます」

 

 エイミィが計数画面を表示する。

 

「まとめて破壊すれば、一時的に射線を減らせる」

 

 ユーノが画面を見上げた。

 

「でも、本体を止めない限り、いずれ元の数へ戻る」

 

「本体への攻撃も、身体を傷つけるだけでは意味がないかもしれない」

 

 クロノが別の映像を開く。

 

 そこには。

 

 黒い砲撃を放ちながら、守護騎士へ語りかけるはやての姿が映っていた。

 

『もう、v痛い思いfせんでよかったのに』

 

『誰かを傷つけることも』

 

『v失うfことも、なかったのに』

 

『今度は、ちゃんとv終わらせるfから』

 

 白い力に包まれていた、先ほどまでのはやて。

 

 黒い霊装をまとった、現在のはやて。

 

 守護騎士を取り戻そうとしていた少女。

 

 その守護騎士たちを、苦しみから解放するために消そうとしている少女。

 

「なんだろう……」

 

 エイミィが呟いた。

 

 誰かへ伝えるつもりの言葉ではなかった。

 

「今のはやてちゃん、白と黒とか、全部裏返ったみたい」

 

「今、何て言った?」

 

 小尾の声だった。

 

「えっ?」

 

 エイミィが振り返る。

 

 小尾は。

 

 既に頬杖をやめていた。

 

「今の言葉だよ」

 

 目を見開き、エイミィを見ている。

 

「何て言った?」

 

「白と黒とか、全部裏返ったみたいって……」

 

「裏返った」

 

 小尾が繰り返した。

 

 立ち上がる。

 

「裏返る……?」

 

 足元に落ちていた拘束輪を蹴り、艦橋の中央へ歩き出す。

 

「止まれ」

 

 クロノがS2Uを向けた。

 

 周囲の局員も、一斉に武器を構える。

 

 小尾は止まらない。

 

「白から黒」

 

 大型画面を見上げたまま。

 

 ぶつぶつと言葉を続ける。

 

「流入そのものは止まっていない。出力も減っていない。むしろ増している」

 

「小尾」

 

「力が別のものに入れ替わったんじゃない」

 

 小尾はクロノの横を通り過ぎる。

 

「テレズマ」

 

 小さく繰り返す。

 

「白も黒も、テレズマ……」

 

「動くなと言っている!」

 

「待って、クロノ」

 

 リンディが右手を上げた。

 

「何かに気づいたようです」

 

 小尾は、艦長席の前に設置された作戦卓まで進んだ。

 

 卓上に置かれていた報告書を一枚抜き取る。

 

 近くにあったペンを掴む。

 

 紙を裏返し。

 

 白紙の面へ、一つの円を描いた。

 

 その下に二つ。

 

 さらに三つ。

 

 十個の円を、三本の柱と二十二本の線で繋いでいく。

 

「何を描いているの?」

 

 エイミィが尋ねる。

 

 小尾は答えない。

 

 各円へ名称を書き込み。

 

 その横へ、対応する天使の名を記していく。

 

 最後に。

 

 最上部の円へ、ペン先を押しつけた。

 

 ケテル。

 

 その隣へ。

 

 メタトロン。

 

「白い力」

 

 小尾が呟く。

 

「第一のセフィラ。ケテル。対応する〈天使〉はメタトロン」

 

 ペン先が紙を叩く。

 

「ここまでは合っていた」

 

「だったら、今の黒いものは何なんだ」

 

 クロノが問う。

 

「それを考えてるんだよ」

 

 小尾は、画面のはやてを見る。

 

『もう、頑張らんでええ』

 

『うちと、この世界と一緒に――vなくなろうf――』

 

「守りたい」

 

 小尾が言った。

 

「失いたくない。苦しませたくない。救いたい」

 

 紙へ視線を戻す。

 

「願いそのものは変わっていない」

 

「そのために、全員を消そうとしている」

 

 リンディが言った。

 

「そう」

 

 小尾の口元が、僅かに吊り上がる。

 

「願いを叶える方向だけが、逆になっている」

 

 小尾は紙の上下を掴んだ。

 

 そして。

 

 描き上げたセフィロトの樹を。

 

 上下へひっくり返した。

 

「そうか」

 

 逆さになった図を凝視する。

 

「上下が逆なんだ」

 

 生命の樹。

 

 十のセフィラ。

 

 天界へ至るための道。

 

 それらが反転し。

 

 下へ。

 

 深く。

 

 正反対の方向へ伸びている。

 

「セフィラが別のものに交換されたんじゃない」

 

 小尾の声が早くなる。

 

「同じ入口が、反対側へ開いた。水門は残っている。繋がる先だけが裏返った」

 

 逆さの樹の上へ。

 

 小尾は、新たな文字を書き込んだ。

 

「表があるなら、裏がある」

 

 ペン先が紙を走る。

 

「生命の樹があるなら、その反対側にあるのは――」

 

 クリフォト。

 

 小尾は書いた文字を、何度もなぞった。

 

「クリフォトの樹」

 

「それが、はやてちゃんに起きていること……?」

 

 エイミィが尋ねる。

 

「そうだ」

 

 小尾は逆さになった図の中で。

 

 先ほどまでメタトロンと書かれていた位置を指で押さえた。

 

「なら、ここにいるものも逆になる」

 

「メタトロンの反対側……」

 

 ユーノが呟く。

 

「同じ位置。同じ根。同じ救済」

 

 小尾が、その反対側へ名前を書き込む。

 

「ただし、作用する方向だけが正反対」

 

 黒い文字。

 

 サタン。

 

 小尾は顔を上げた。

 

 大型画面の中。

 

 はやては悲しそうに笑いながら。

 

 守護騎士たちへ黒い砲撃を放っている。

 

「〈救世魔王〉サタン」

 

 小尾は、その名を口にした。

 

「救世……?」

 

 クロノが眉を寄せる。

 

「そんなものは救いじゃない」

 

「人間にとってはね」

 

 小尾は即座に答えた。

 

「あれはもう、人間じゃない」

 

 大型画面の中。

 

 はやては、守護騎士たちへ黒い砲撃を放ちながら。

 

 それでも、彼らを案じるように悲しげに微笑んでいる。

 

「八神はやての人格を持った、神霊種だ」

 

 小尾は、画面から目を逸らさない。

 

「はやてだった頃の想いは残っている。守りたい。失いたくない。苦しませたくない。そこは何も変わっていない」

 

 けれど。

 

「その想いを実現するための価値観は、もう僕たち人間のものじゃない」

 

 救世魔王。

 

 サタン。

 

「人間が何を救いと呼ぶのか。何を死と呼び、何を破壊と呼ぶのか。そんな基準を、あれは持ち合わせていない」

 

 黒い光が、夜空を走る。

 

「破壊しているつもりすらないんだろうね」

 

 小尾の笑みが深くなる。

 

「苦しみの原因を取り除いているだけだ」

 

 画面の中で。

 

 はやては、どこまでも優しく笑っていた。

 

「破壊者じゃない」

 

 小尾は告げた。

 

「あれは救世主だよ」

 

     ◇

 

 その頃。

 

 なのはの周囲へ、十数枚の羽状端末が集まっていた。

 

 逃げ道を塞ぐように円を作る。

 

「なのは、来るよ!」

 

『Axel Shooter.(アクセルシューター)』

 

 桃色の光球が飛び出した。

 

 一枚ずつ。

 

 端末へつかる。

 

 三枚が砕け、黒い粒子となって消えた。

 

 残った端末も、着弾の衝撃で向きを逸らされる。

 

 円の一角に隙間が開いた。

 

 なのはは、その間へ身体を滑り込ませた。

 

 直後。

 

 背後で黒い砲撃が交差する。

 

 逃げ遅れていれば。

 

 なのはの身体は、跡形もなく消えていた。

 

「速すぎる……!」

 

 なのはが息を吐く。

 

「それだけではない」

 

 リインフォースが言った。

 

 はやての周囲には。

 

 二百近い羽状端末が浮かんでいる。

 

 一枚一枚が異なる角度から戦場を捉え。

 

 別々に動き。

 

 逃げ道へ先回りするように砲撃を放っていた。

 

「あの羽状の端末は、一枚一枚が独立してこちらを捉えている」

 

 しかも。

 

 破壊して数を減らしても。

 

 しばらくすると、新たな端末が出現する。

 

 二百近い視点。

 

 二百近い射線。

 

 その数を維持し続けていた。

 

 リインフォースが両手を動かす。

 

 はやての周囲へ、拘束の輪が連続して現れた。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 十。

 

 五十。

 

 転移阻害。

 

 空間固定。

 

 行動停止。

 

 存在拘束。

 

 はやての腕。

 

 脚。

 

 胴体。

 

 頭上の円環。

 

 羽状端末。

 

 可能な限りの場所へ、異なる術式を重ねていく。

 

 拘束術式が閉じる。

 

 はやての身体が、一瞬だけ止まった。

 

「今だ!」

 

 シグナムが飛び出す。

 

 傷は塞がりきっていない。

 

 左肩から血を流したまま。

 

 それでも。

 

 剣を握る腕は止まらない。

 

「紫電――」

 

 レヴァンティンへ、炎が集まる。

 

「一閃!」

 

 炎の斬撃が。

 

 はやての身体を、肩口から腰まで斜めに切り裂いた。

 

 黒い霊装が裂け。

 

 鮮血が、シグナムの頬と騎士甲冑へ降りかかる。

 

「はやて!」

 

 ヴィータが叫んだ。

 

 傷は深かった。

 

「主……」

 

 シグナムの表情が凍りつく。

 

 斬った。

 

 主を。

 

 自分の剣で。

 

 けれど。

 

 はやては倒れなかった。

 

 傷口の奥で、漆黒の光が灯る。

 

 裂けた肉体の断面が崩れ。

 

 黒い粒子へ変わる。

 

 直後。

 

 黒い力が、失われた部分へ集まった。

 

 骨格。

 

 臓器。

 

 肉。

 

 皮膚。

 

 裂けた霊装。

 

 それらが黒い力によって、次々と元の形へ再構築されていく。

 

 数秒後。

 

 はやての身体には、傷痕一つ残っていなかった。

 

 誰も。

 

 何も言えなかった。

 

 はやては、目の前にいるシグナムを見た。

 

「シグナム」

 

 呼ばれた。

 

 いつもの声で。

 

「はい」

 

 反射的に。

 

 シグナムは答えていた。

 

「痛かったやろ」

 

 はやての手が伸びる。

 

 シグナムの左肩。

 

 先ほど黒い光に抉られた傷へ。

 

 触れようとする。

 

「もう、ええんよ」

 

 優しい声。

 

「もう、戦わんでええ」

 

 シグナムは。

 

 その手を、レヴァンティンで払った。

 

 はやての瞳が僅かに揺れる。

 

「申し訳ありません、主はやて」

 

 シグナムは両手でレヴァンティンを構える。

 

「その命令だけは、お聞きできません」

 

「どうして?」

 

「我らは、あなたの守護騎士です」

 

「せやから、もう守らんでええって――」

 

「違います」

 

 シグナムは言った。

 

「あなたの命令に従うことだけが、我らの務めではない」

 

 はやての周囲。

 

 拘束術式が次々と消えていく。

 

「あなたが道を誤ったなら」

 

 シグナムの背後へ。

 

 ヴィータ。

 

 ザフィーラ。

 

 フェイト。

 

 なのはが並ぶ。

 

「その身を止めることもまた」

 

 後方では。

 

 シャマルとリインフォースが、新たな術式を構築していた。

 

「我らの務めです」

 

 はやては。

 

 七人を見つめた。

 

 悲しそうに。

 

 けれど。

 

 その瞳に迷いはなかった。

 

「そっか」

 

 頭上の円環が、回転速度を上げる。

 

「なら」

 

 夜空が軋んだ。

 

 はやての周囲へ散開していた羽状端末が、一斉に動きを変える。

 

 先ほどまでなのはたちを包囲していた端末が。

 

 各々の射線を捨て。

 

 決められた位置へ集まり始めた。

 

 その途中。

 

 戦闘によって破壊されていた端末の数だけ、空間へ黒い亀裂が走る。

 

 亀裂の中から現れた新たな端末が合流し。

 

 減少していた総数を、再び二百近くまで押し戻した。

 

「みんなが、もう頑張らんでええように」

 

 二百近い端末が、七つの群れへ分かれる。

 

 はやての背後。

 

 数十枚の端末が重なり、巨大な砲冠を形作る。

 

 右側へ一つ。

 

 左側へ一つ。

 

 さらに。

 

 上空。

 

 地上。

 

 前方。

 

 後方。

 

 なのはたちを包囲するように。

 

 七つの砲冠が、次々と組み上がっていく。

 

「うちが全部――」

 

 七つの中心へ。

 

 漆黒の光が満ちる。

 

「――v終わらせるf――」

 

「全員、防御を――」

 

 リインフォースの声が止まった。

 

 砲冠の向きが。

 

 なのはたちから外れている。

 

 一基は上空。

 

 二基は左右。

 

 残る四基も。

 

 それぞれ異なる方向へ砲口を向けていた。

 

「違う!」

 

 リインフォースが叫ぶ。

 

「狙いは、我々ではない!」

 

 七つの砲冠が。

 

 同時に。

 

 発射された。

 

     ◇

 

「七方向から高出力反応!」

 

 エイミィが叫ぶ。

 

 大型画面。

 

 海鳴一帯を覆う広域封鎖結界と、それを支える地上基盤へ。

 

 七本の黒い光柱が突き刺さった。

 

「全結界要員、出力を最大へ!」

 

 クロノが通信へ叫ぶ。

 

『了解!』

 

 海鳴の空を覆う巨大な半球。

 

 その表面へ。

 

 無数の魔法陣が重なる。

 

 武装隊員たちが。

 

 アースラが。

 

 残されたすべての魔力を注ぎ込む。

 

 最初の一本が。

 

 北西側の結界へ触れた。

 

 光の壁が消える。

 

 直後。

 

 周囲の術式が欠損箇所を埋める。

 

 そこへ。

 

 二本目。

 

 三本目。

 

 四本目。

 

 別方向から黒い光柱が突き刺さる。

 

「損耗率、五十二!」

 

 エイミィの端末に表示された数値が跳ね上がる。

 

「六十八! 七十九!」

 

 結界の内側を。

 

 巨大な亀裂が走った。

 

 市街地の上空。

 

 沿岸部。

 

 山岳地帯。

 

 海鳴一帯へ張り巡らされていた結界基盤が、同時に悲鳴を上げる。

 

『第三結界班、維持できません!』

 

『東側基盤、消失!』

 

『補助術式が繋がらない!』

 

「遠隔補助を東側へ集中!」

 

 リンディが命じる。

 

「西側は現地部隊へ――」

 

「無理です!」

 

 エイミィが叫んだ。

 

 七本目の光柱が。

 

 広域封鎖結界の頂点へ突き刺さる。

 

 そこにあった術式が。

 

 消えた。

 

 支点を失った光の壁が大きく歪む。

 

 北から。

 

 南へ。

 

 一本の亀裂が走った。

 

 続いて。

 

 東から西へ。

 

 海鳴の空を覆う半球が。

 

 巨大な硝子のように割れていく。

 

「広域封鎖結界、維持不能!」

 

 エイミィの声が艦橋へ響く。

 

「崩壊します!」

 

 次の瞬間。

 

 海鳴一帯を覆っていた光の壁が。

 

 砕け散った。

 

     ◇

 

 夜空を覆っていた光が消えた。

 

 なのはが息を呑む。

 

 遠く。

 

 山の向こうに。

 

 海鳴の市街地が見えた。

 

 住宅街。

 

 学校。

 

 病院。

 

 商店街。

 

 何も知らず。

 

 眠りについている人々の暮らす街。

 

 それを隔てていた最後の壁が。

 

 今。

 

 なくなった。

 

「はやてちゃん……!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

  七つの砲冠が崩れる。

 

 役目を終えた端末が。

 

 再び、一枚ずつへ分かれていく。

 

 二百近い漆黒の羽状端末。

 

 それらが。

 

 開かれた夜空へ一斉に散った。

 

「止めろ!」

 

 シグナムが飛び出す。

 

 フェイトが続く。

 

 ヴィータが鉄球を放ち。

 

 なのはが光弾を展開する。

 

 端末が砕ける。

 

 一枚。

 

 三枚。

 

 十枚。

 

 砕かれた端末は、黒い粒子となって消えていく。

 

 だが。

 

 今度は。

 

 破壊された数を補うだけではなかった。

 

 海鳴一帯を覆っていた広域封鎖結界。

 

 その消失した境界に沿って。

 

 次々と黒い亀裂が走った。

 

 市街地の上空。

 

 沿岸部。

 

 山岳地帯。

 

 戦場から遠く離れた場所にまで。

 

 無数の亀裂が開いていく。

 

 その一つ一つから。

 

 新たな羽状端末が姿を現した。

 

「増えてる……!」

 

 なのはが息を呑む。

 

 先ほどまで。

 

 端末は二百前後の数を維持していた。

 

 破壊された端末を、新たな端末で補うだけだった。

 

 けれど。

 

 広域封鎖結界が消えた今。

 

 その数を抑えていたものまで、なくなったかのように。

 

 漆黒の羽根は増え続けていた。

 

 海鳴の夜空へ広がり。

 

 幾つもの群れへ分かれていく。

 

「はやてちゃん、やめて!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

 はやては。

 

 静かに。

 

 悲しそうに微笑んでいた。

 

「もう、大丈夫やよ」

 

 市街地上空へ広がった端末が、一斉に眼下へ先端を向ける。

 

 二百。

 

 三百。

 

 さらに増えていく。

 

 住宅街。

 

 学校。

 

 病院。

 

 商店街。

 

 何も知らず。

 

 眠りについている人々の暮らす街へ。

 

 無数の黒い光が灯った。

 

「もう、誰も――v苦しまへんf――から」

 

 次の瞬間。

 

 海鳴の夜空から。

 

 漆黒の砲線が降り注いだ。

 

     ◇

 

「広域封鎖結界、完全消失!」

 

 エイミィの声がアースラの艦橋へ響いた。

 

「羽状反応、急増! 二百四十、二百八十、三百を超えます!」

 

 大型画面には。

 

 海鳴全域へ降り注ぐ、無数の黒い砲線が映し出されていた。

 

「市街地への砲撃を確認!」

 

「避難状況は!」

 

「間に合いません!」

 

 砲線が。

 

 海鳴の各地へ降り注ぐ。

 

 建物を。

 

 道路を。

 

 地面を。

 

 触れた場所から消していく。

 

「現地部隊は市街地防御へ!」

 

 クロノが叫ぶ。

 

「一発でも多く逸らせ!」

 

『了解!』

 

 武装隊員たちが。

 

 消失した広域結界の代わりに。

 

 街の各所へ小規模な防壁を展開する。

 

 黒い砲線が触れる。

 

 防壁が消える。

 

 その僅かな時間に。

 

 人々を射線から逃がしていく。

 

「羽状反応、さらに増加!」

 

 エイミィが端末を操作する。

 

 画面上の黒い点は。

 

 既に一つずつ追跡できる数ではなかった。

 

 海鳴全域へ広がった端末は。

 

 幾つもの群れへ分かれている。

 

 その大半は。

 

 街の上空に留まり。

 

 絶え間なく砲撃を続けていた。

 

 だが。

 

「一部の群れが上昇しています!」

 

「上昇?」

 

 リンディが画面を見る。

 

「高度一万、二万――加速を継続!」

 

「何を狙っている?」

 

「進行方向を計算します!」

 

 そのとき。

 

 現地映像の一つが大きく揺れた。

 

「サーチャー三号に異常!」

 

     ◇

 

 戦場から離れた上空。

 

 小さな観測用サーチャーが。

 

 はやてへレンズを向けていた。

 

 戦闘の開始から。

 

 現地の映像をアースラへ送り続けていたもの。

 

 はやての顔が。

 

 ゆっくりと動いた。

 

 青い瞳が。

 

 サーチャーを捉える。

 

 レンズと。

 

 はやての視線が。

 

 正面から重なった。

 

     ◇

 

 アースラの大型画面いっぱいに。

 

 はやての顔が映し出された。

 

「こちらを見ています……」

 

 エイミィが呟く。

 

「サーチャーに気づいたのか?」

 

 クロノが画面を見上げる。

 

 はやての瞳は。

 

 確かにサーチャーのレンズへ向けられている。

 

 けれど。

 

 その視線は。

 

 小さな観測機だけを見ているものではなかった。

 

「違う」

 

 ユーノが息を呑んだ。

 

「あの子、サーチャーの向こうを見てる」

 

 画面の中。

 

 はやてが、ゆっくりと顔を上げる。

 

 サーチャーから。

 

 その背後に広がる夜空へ。

 

 雲を越え。

 

 大気を越え。

 

 人間の目では決して見通せない距離の先へ。

 

 青い瞳が焦点を合わせた。

 

「視線方向を算出!」

 

 エイミィの指が端末を走る。

 

 海鳴から。

 

 宇宙へ。

 

 一本の線が伸びる。

 

 その先に表示されたものを見て。

 

 エイミィの顔から血の気が引いた。

 

「視線の先……」

 

 一度。

 

 息を呑む。

 

「本艦です」

 

 艦橋が静まり返った。

 

 大型画面の中。

 

 はやては。

 

 軌道上にいるアースラを見つめながら。

 

 僅かに首を傾げた。

 

「そこにも――v救わなあかん人f――がおるんやね」

 

「羽状反応、進路変更!」

 

 エイミィが叫ぶ。

 

 海鳴全体へ砲線を降らせ続ける端末の中から。

 

 幾つもの群れが分かれていく。

 

 一群。

 

 二群。

 

 さらに三群。

 

 新たに出現した端末も合流し。

 

 漆黒の羽根が、巨大な群れを作り上げる。

 

 残された端末は。

 

 変わらず海鳴の上空に留まり。

 

 街全体へ砲撃を降らせ続けていた。

 

 その一方で。

 

 群れを形成した端末は、一斉に上空へ向きを変える。

 

「高度三万!」

 

 黒い群れが雲を突き抜ける。

 

「五万!」

 

 大気を裂き。

 

「まだ加速しています!」

 

 星空へ向かって昇っていく。

 

「進行方向、確定!」

 

 計算結果が。

 

 大型画面へ表示された。

 

 全ての群れが。

 

 同じ場所を目指している。

 

「目標――アースラ!」

 

 眼下では。

 

 海鳴全体へ漆黒の砲線が降り注ぎ。

 

 その上空では。

 

 幾つもの黒い羽根の群れが。

 

 軌道上のアースラへ向かって飛び立っていた。

 

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