「力が欲しいか?」と言いたくて! 作:桃たろす
たくさんの出会いと、いくつかの別れがあった。
プレシア=テスタロッサ事件、そして闇の書事件。それから数ヶ年が経ち、栗色の髪とリボンがトレードマークの少女――高町なのはは小学五年生になっていた。
小学校の制服も半袖の夏服となり、少し肌寒いと思ったのも、束の間のこと。
梅雨が明けて七月になると、気温も一気に上昇。大型連休を目前にして、学校のみんなは期待に胸を躍らせている。
五年A組のなのはもワクワクしていた。放課後はクラスメートのフェイト=テスタロッサ、アリサ=バニングスと一緒に教室を出て、B組の月村すずかと合流する。
「一学期もあと一週間かあ……なんだかあっという間だったね」
「うん。そうだね」
なのはの言葉にフェイトも頷く。
アリサは大人顔負けの美貌で苦笑いした。
「そりゃ、ふたりはね。お仕事してるくらいだし」
すずかが合の手を打つ。
「放課後はよく大急ぎで飛んでっちゃうものね。うふふ」
アリサ=バニングスと月村すずかは、なのはたちが時空管理局の仕事に協力していることを知っていた。フェイトの事情も理解したうえで受け入れてくれている。
そんなふたりのことが、なのはは大好きだった。
「今度のお出掛けは大丈夫なんでしょうね?」
「スケジュールも確認したしバッチリ!」
アリサに念を押されるまでもない。時空管理局で働いているとはいえ、仕事を理由に彼女たちを遠ざけたことは、今まで一度たりともなかった。
すっかり柔らかくなったフェイトが微笑む。
「楽しみだよね。オールストン・シー」
ブロンドのロングヘアを靡かせる美少女は、佇むだけでも鮮烈な存在感を放った。容姿端麗という言葉がしっくりくる彼女は、なのはにとって自慢の友達。
かつては同じ『魔導士』として、今もかけがえのない仲間として尊敬し、信頼もしている。
アリサは得意満面に豪語した。
「明日の内覧会、社会科見学の名目で説得してあげた、あたしとすずかに感謝なさいっ」
「アリサちゃんったら、もう……でもほんと、ふたりも遠慮しないでね?」
すずかは落ち着いた笑みを綻ばせる。
夏服の上に薄手の長袖を重ね、片手には畳んだ日傘を提げている。笑った口元に、少し長い犬歯が覗いた。
この夏にオープンするアミューズメントパーク、オールストン・シー。これは海上遊園地と水中水族館がひとつになったもので、世間の関心も期待とともに高まっていた。
その開発は月村重工パワーシステム(すずかの姉の会社)とバニングス建設(アリサの両親)が提携しての一大プロジェクトで、経済効果も大きいと目されている。
そんなオールストン・シーの先行公開に、なのはたちも招待される運びとなった。友達のコネとはいえ、嬉しいものは嬉しい。
「いっぱい遊ぼうね! フェイトちゃん」
「勉強に行くんだよ? なのは」
なのはを軽く窘めつつ、フェイトがすずかに尋ねる。
「はやてのほうはどう?」
八神はやてとはクラスが違うため、B組のすずかに聞くのが恒例化していた。
「少し遅れちゃうけど、絶対行くって。さっきも『来週に備えてバッチリお仕事してくるな~』って、大急ぎで帰っちゃった」
「え……すずか、今の、はやての真似のつもり?」
はやても、なのはたちと同じ小学校に通っている。
一時期は夜天の書の自律プログラムに蝕まれ、深刻な麻痺が進行していたものの、たった数ヶ月のうちに回復。
今では走れるようにもなって、体育の授業でも活躍しているのだとか。
アリサが腕組みを深める。
「ちょっと前からは考えられないアクティブさね……」
「はやてちゃんは初めて会った時から、アクティブだったよ?」
はやてと一番に知り合った、すずかならではの言葉が少し羨ましかった。
心配そうにフェイトが呟く。
「はやては私たちより忙しいから……」
「ヴィータちゃんやシグナムさんも一緒だから、大丈夫だとは思うけど」
なのはも不安に駆られそうになったが、アリサはあっけらかんと言い放った。
「今まで動けなかった分のエネルギーを持て余してるだけよ。そのうち落ち着くと思うから、好きにさせてあげればいいんじゃない?」
「アリサちゃんったら、また」
その後の帰り道も、小学生らしく和気藹々と盛りあがる。
「あとではやてちゃんに連絡しないとね」
「なのはからも言ってあげて? 無理しないでって」
楽しい夏休みは近かった。
時空管理局本部、技術部セクションにて。
はやては時空管理局の制服に身を包むことで、小学五年生とは思えない貫禄を漂わせていた。彼女の強い意志がそうさせるのかもしれない。
相棒の融合騎リインフォースは、はやての中にいる。外へ姿を現すことなく、主の認識と言葉を人間の側へ繋ぎ、今日も一緒に仕事を終えたところだった。
『ここのところ毎日ですね、主。無理をしておられませんか』
「ヘーキよ。もうすぐ夏休みやし」
はやては胸元へ手を添え、小さなVサインを決める。
最近のはやての仕事は、ベルカ式アームドデバイスの研究・開発におけるオブザーバーだった。技術部は特に『カートリッジシステム』の実用化に心血を注いでいる。
これは『夜天の書』に由来する古代文明ベルカのもので、はやての守護騎士(ヴォルケンリッター)たちが切り札とした。
闇の書事件の際は、なのはとフィイトがそれを先んじて導入。その有用性が実証されたことで、時空管理局も開発に乗り出したという。
今日も技術部で一仕事を終え、はやては同僚のシャリオ=フィニーノや、人事部の本部長レティ=ロウランと一服していた。
「地球の日本は夏でも、ここは年中同じやから、感覚が狂うわあ……」
「臨時支局のみんなも同じこと言ってますよ」
向かいの席のレティがお茶の湯気を呷りながら、話を戻す。
「確かにカートリッジシステムの有用性は高いわ。でも……取り扱いがまだまだ難しいうえ、正常に組み込めるデバイスが、どうしてもワンオフになりがち……と」
ベルカ式のカートリッジシステムはアームドデバイスに弾丸を装填することで、爆発的な威力を引き出すもの。弾数という制約はあるものの、魔導士本人の体力・魔力の温存に繋がるため、戦闘の継続力も高い。
だが課題も多かった。ひとたび扱いを誤れば、自爆に直結する。また実装の条件も厳しいため、現在は一部のアームドデバイスで運用されるに留まっている。
はやては姿勢を正し、はきはきと答えた。
「今はその解決に色々とアプローチを掛けとる感じでして。試作機のテストを、うちの子らともども手伝わせてもろてるんです」
シャリオが誇らしげに口を挟む。
「夜天の書の蓄積と、守護騎士のみなさんの経験があるおかげですね。はやてさんご本人は今の身体でミッドやベルカの魔法を使えませんけど、リインフォースさんと一緒に、各方面の分析を手伝ってくださるんです」
「ふふっ、頼もしい限りね。お仕事は順調そのもの……各部署にプレゼンさせてもらった身としては、鼻が高いわ」
「守護騎士のみなさんも各部署で大活躍ですしねー」
称賛の言葉がこそばゆかった。
「いえ、そんな……褒めすぎです」
照れ笑いを浮かべつつ、はやては正面のレティに感謝する。
先の『闇の書事件』は、はやての臣下である守護騎士たちの独断専行が発端となった。すべてははやてのためとはいえ、次元法にも多数、抵触している。
しかし結果的に『闇の書事件』の終結に貢献したこと、また、その事情から抒情酌量が考慮され、守護騎士たちに大きな刑罰は課されずに済んだ。そのうえ、現在は時空管理局で活躍の場を与えられている。
そのために尽力してくれたのが、人事部のレティ=ロウランだった。眼鏡の似合う知的な風貌の美人で、部下想いの優しい面も持ち合わせている。
「ところで学校のほうはどう? はやて。せっかく通い始めたんだし、もっと満喫してもいいのよ?」
働きすぎだから休め、という意味に違いなかった。
「ん~。お休みはちゃんともらってますし……」
口ごもっていると、隣のシャリオが助け舟を出してくれる。
「来週はみんなで遊園地に遊びに行くそうですよ。なんでも海の上にあるとかで」
「あら素敵。……あぁ、リンディもそんなことを言ってたかしら」
はやての内側から、リインフォースの落ち着いた声が届いた。
『私も楽しみにしております。主と、みなさんと一緒に出掛けられますから』
「うん。リインも一緒や」
胸に手を当てると、そこに彼女の温かさを感じた。
「おかげさまで日々、満喫してます。だからこそ……うちらの力、ちゃんと活かして、きっちり役立てていきたいんです」
この力は自分だけのものではない。
なのはたちに救われたように、次は自分が誰かを救えるように。
「何より仕事は一家の主の務めですから!」
はやての決意表明を目の当たりにして、シャリオも微笑んだ。
『お手伝いします。けれど、どうかご自身も大切に』
「でも無理はしないでくださいね」
レティは溜息を漏らす。
「あなたといい、なのはといい、フェイトといい……研修や任務での貢献の数々、学校に通いながらこなしてるんだから、本当に頭が下がるわ」
「朝晩欠かさず、力の扱いの練習もしてますしねえ」
ふとシャリオが呼び出しに気付いた。
「はやてさん、カレドヴルフ社の開発部からご連絡です。守護騎士のみなさんのテスト結果で、ご意見を伺いたいそうで」
「あら……それじゃ、今日はここまでね」
残りのお茶を飲み干し、それぞれが席を立つ。
「あっちのほうは最近、どうなってるのかしらね……」
「臨時支局のほうですか? クロノくんやったら、元気してます」
「でしょうね」
時空管理局は今日も忙しい。
時空管理局、東京臨時支局。
数年前まで時空管理局は『地球』に表立った介入はせず、監視の範疇に留まっていた。しかしプレシア=テスタロッサ事件、闇の書事件が立て続けに発生したことで、暫定的な支部を設置。そこでクロノ=ハラオウンは支局長を務めている。
画面を開いたクロノは、相手の映像が繋がるまでに目頭を押さえた。机の上には臨時支局の報告書に混じって、ミッドチルダ側の収容施設から届いた書類が積まれている。どちらから先に片づけても、終わった頃にはもう一方から新しい連絡が来ていた。
小尾一の取り調べは、まだ続いている。こちらが確かめたいことを話してくれるわけでもないのに、収容されてからも大人しくしているわけではなかった。職員に暗示をかけ、本人の要求を、あたかも職員自身が考えた方針のように言わせる。発覚するたび関係者の証言を取り直し、それ以前の説明まで確認しなければならなくなる。
昨夜も、休むつもりで端末を閉じたところへ報告が入った。自分の判断で便宜を図ったと主張する職員と、その判断に何も関与していないと言い張る小尾。画面越しでも、あの少年の澄ました顔を見ると、余計に頭が重くなった。
支局の仕事だけなら、交代して休む時間も作れたはずだ。だが小尾の取り調べと収容中の問題への対応まで重なり、クロノはここ数日、眠った時間より、休もうとして呼び戻された時間のほうをよく覚えていた。映像が繋がったのを確かめて手を下ろし、何事もなかったように姿勢を正す。
厄介なのは、拘禁規則を破らせるような露骨な命令ではないことだった。職員が自発的に面会時間を延ばし、書庫の利用を認め、配膳の順番を変える。どれも単独なら裁量の範囲に収まってしまう。違和感に気づいた者が小尾と接触した職員の記録を洗い直し、ようやく暗示の痕跡に行き着く頃には、当人でさえ何を自分の意思で決めたのか曖昧になっている。
取調官の交代、接触記録の照合、術式検査。それらを命じるのもクロノの仕事だった。次元犯罪への対処をするはずの執務官が、収容所の些細な便宜供与についてまで報告書を読む羽目になっている。寝不足の理由を尋ねられたら、どこから話せばよいのかわからなかった。
「この短期間のうちに、よくそこまで調べられたな」
『無限書庫あってこその成果だよ』
ビジョン越しに応答するのは、本部資料部で『無限書庫』の司書を務める、ユーノ=スクライア。彼はあの高町なのはに初めて魔法を教えている。
真剣な表情でユーノが報告する。
『闇の書……いや、夜天の書が主を蝕むようなプログラムは、もう存在しないよ。夜天の書も今の主人にシンクロできてることだし、もう大丈夫だろうね』
「ユーノがそう言うなら、もう安心か」
ずっと『闇の書』を追ってきた身として、肩の荷が降りた気分だった。
十年ほど昔に闇の書が暴走した際は、クロノの父が犠牲になっている。クロノにとっては父の仇討ちでもある一件が、闇の書事件だ。
もちろん現在の夜天の書や八神はやてに他意はない。
だからといって、夜天の書にまだ脅威が残っているのなら、対策を講じなくてはならない。それこそが己の役割なのだと、クロノは自戒していた。
「すまないな。僕の都合で付き合わせてしまって」
『気にしないで。なのはたちのためだし、僕にとっても気掛かりな案件だからね』
なのはの友人として、ユーノもクロノの意志に共感してくれている。
そのユーノが声のトーンを落とした。
『ただ……夜天の書の中身は、ナハトが消えた際に大きく変わっているんだ。リインフォースは残っているけど、変化のすべてを彼女自身が把握できているわけじゃないから……』
「解明はできない、か」
夜天の書は過去にいくつもの次元、幾人もの主人を経て、ありとあらゆる魔導を集めたもの。ところが、どこかで手を加えられ、暴走を繰り返すようになってしまった。
その暴走の原因となっていた自律プログラムは、はやての変容に伴って消失した。しかし管制人格のリインフォースは存続し、今も主とともに書を管理している。
「火種も消えたのなら、それで構わないが」
『夜天の書の内部にあったものはね。でも、もし外部に独立したプログラムが存在し、本体をロストしたことで、不具合を生じ始めたとしたら……どうだろう』
「なるほど」
ユーノの推測は真に迫っている。消滅した、で終わらないのがロストロギア(危険性の高い遺産)の恐ろしいところだ。
『近いうちに調査の報告をまとめて、提出するよ』
「ああ。頼む」
通信を終えたタイミングで臨時支局の主任、エイミィ=リミエッタが戻ってきた。
「ただいま~。クロノ君、ユーノ君と?」
「わかるのか?」
「クロノ君の話しぶりでねー」
クロノは腕を組みながら、支局長の椅子にもたれた。
時空管理局の一支部とはいえ、中は平凡なオフィスとそう変わらない。局員も表向きは近辺の会社員と同じ恰好で、街に溶け込んでいる。
エアコンも地上のものを使っていた。
「にしても……なのはもユーノも、民間の出身なのに優秀すぎて、僕らはどんどん立場がなくなるな。そうは思わないか? エイミィ」
「全然悔しそうに聞こえないけど?」
「まあ、悔しいというのは違うな。もっとポジティブな意味で……」
クロノとて魔法の腕に自信はある。それでも、なのはやユーノには頭が上がらない。
無限書庫の司書にしても、長らく適合者がいなかったため、まったく活用できずにいたくらいだ。ユーノのおかげで、情報収集の効率は飛躍的に上昇した。
エイミィがお姉さんの調子ではにかむ。
「優秀な子といえば、あの子は? ほら、クロノ君と晴れて家族になった……」
その人物の名前を明言しないのは、わざとだろう。
「フェイトがどうかしたのか?」
素で返すと、エイミィはがっくりとうなだれた。
「どうかしたのか、じゃなくて……気になったりしないの? お母さんと上手く行ってるか、とか……」
クロノはぶっきらぼうに答える。
「母親と娘は、母親と息子の場合とは違うんだよ。僕がとやかく言うことじゃないさ。アルフもそんなに心配はしてない、と言ってたしな」
「アルフが?」
「ああ。フェイトのほうはまだ『リンディさん』だったりするが、母さんも理解したうえで気長に待ってる。それでいいんじゃないか、と……僕もそう思う」
何もドライを気取っているつもりはなかった。フェイトのことは新しい家族として、気には掛けている。
かといって、いたずらに結果を急いでも、当事者を追い詰めるだけだろう。
ずっとフェイトと一緒にいるアルフが『見守ろう』と言うのだから、クロノに異論はない。それにフェイトにも、相談するべき友人はいるはず。
「そういえば、知ってる? クロノ君。ここの風習で『お盆』ってのがあってね。八月の半ばはみんな、ご先祖様のお墓に挨拶に行くんだって。お父さんへの報告も兼ねて、フェイトちゃんを誘って、行ってみたら?」
「春に行ってきたばかりなんだが……そうだな。母さんに相談してみるか」
ハラオウン家の未来は明るい。
そう予感しながら、クロノは昼休憩のチャイムを聞いた。
翌日、時空管理局のトレーニングルームでフェイトは喘いでいた。
「あっ! ちょ、シグナム? ……痛い痛い痛い!」
「ふむ。関節は問題なし、と」
航空隊所属、『剣の騎士』シグナム。ヴァルケンリッターのリーダーであり、八神はやてからの信頼もあつい。
端正な顔立ちと、長身ならではの美麗なプロポーションを併せ持ち、その佇まいには凛とした風格があった。皆と同じトレーニングウェアさえファッションに見えてくる。
「オーバーユースと成長による骨端症、いわゆる成長痛だ。ウォームアップとストレッチを徹底することだな、テスタロッサ」
「気をつけます……」
シグナムに散々身体を解されたせいで、四肢の関節が増えた気がする。
「でも、やっぱりかぁ。急に背が伸びてきちゃったみたいで」
「よいことだ。間合いも伸びるぞ」
確かになのはたちと出会った頃に比べて、手足がすらりとしてきた。そろそろブラジャーなるものを買いに行かなくてはならないらしい。
「シグナムも今日は技術部のお手伝い?」
「カレドヴルフ社製の電磁兵器のテスターだ。今は順番待ちでな……」
フェイトと同様、シグナムもまた時空管理局で重宝されていた。ベルカ式を楽々と使いこなせるため、今回は技術部からお呼びが掛かったとのこと。
「カレドヴルフ製の……どう?」
フェイトが躊躇いがちに尋ねると、シグナムは淡々と語り出した。
「悪くはない。そろそろ試験的に実戦投入しても問題ないレベルだろう」
ベルカ式のカートリッジシステムと違い、カレドヴルフ社製の電磁兵器は前々から開発が進められている。ゆえに技術的な問題はほぼ解決されていた。
「テスタロッサは物理兵器の導入には反対だったな」
シグナムの率直な物言いにフェイトは頷く。
「うん……純魔力に比べると、非殺傷設定が使いづらいし。咄嗟の攻撃や制圧行動が相手の命に関わるかもしれないから、どうしても……」
「確かにな」
従来の『魔法』であれば、殺傷能力を取り除いたうえで攻撃が可能だった。
魔導士同士で戦う場合、相手の身体ではなくバリアジャケットにダメージを与える、という解釈が大雑把ではあるが近い。
しかし昔ながらの物理兵器では、その加減が効かなかった。非殺傷を設定できるうちはよいものの、人為的ミス(ヒューマンエラー)の余地が大きすぎる。
それでも時空管理局が物理兵器の開発を進める理由があった。
ひとつは機動外殻などの無人兵器。これに戦力のリソースを奪われ、消耗すると、肝心の次元犯罪者を取り逃がしてしまう恐れがある。
また相手が無人の兵器なら、殺傷設定の有無は問題にならない。ゆえに、物理兵器の投入は実に理に適った戦術だ。
そしてもうひとつの理由は、魔力の結合を阻害する空間――通称『AMF』だった。この影響化では魔法に大きな制限が掛かるため、物理兵器の出番となる。
「AMFの発生機材がどんどん小型化しているのも事実だ。昔は戦術兵器並みのリソースが必要だったが……個人で携帯できる日も、そう遠くないだろう」
「魔法が通じない相手への対策、としての武器……」
しかしフェイトはやはり『ひとを傷つける可能性のある武器』を歓迎する気にはなれなかった。時空管理局に身を置いているとはいえ、その方針が歯痒い。
「その手の武器が肌に合わないのなら、魔法のみで突き詰める方法を模索すればいい。……だがな、テスタロッサ」
シグナムは腕組みのポーズで肩を竦めた。
「必要なのは、相手を制する技術と力だ」
武器に依存するのではなく、己の技量で好きにしろ――と彼女は言っている。
「個人の戦技、仲間との連携で生まれる戦術……さらに視野を広げた戦略によっては、戦いそのものの意味すら変わってくる。わかるか? テスタロッサ」
シグナムの言葉を反芻しつつ、フェイトは首肯した。
「うん。相手を倒すか倒さないかで悩む前に、できることはある……」
「その通りだ。戦技、連携、戦術……と視野を広げれば、自ずと解決策は見つかる」
シグナムは視線を虚空へ投げる。
「今開発している電磁兵器も結局は手段のひとつ、言ってしまえば『道具』だ。敵を弑するも、制するも、すべては使用する者の技量と性根次第。相手を傷つけるのが怖いからと言っていては、逆に助けるチャンスを失うことになるぞ」
彼女の一字一句に聞き惚れる。シグナムの気高さにフェイトは内心、感嘆した。
「こういう話は、次長とはしないのか?」
「え……?」
ところが、不意に意外な人物を挙げられてしまい、動揺する。
そのタイミングで白衣の守護騎士がトレーニングルームへ入ってきた。
医療部所属、『湖の騎士』シャマル。
「シグナム、さっきヴィータが終わって、なのはちゃんのテストが始まったところよ。なのはちゃんの分は数が多いから、まだしばらく掛かると思うわ」
「そうか。ヴィータは?」
「はやてちゃんと一緒に監修よ」
穏やかな表情と物腰が、柔らかい雰囲気を醸し出す。ヴォルケンリッターではおもに支援を担当し、シグナムやヴィータ、ザフィーラを巧みにフォローした。
八神家では、はやてと一緒にキッチンに立つ姿も。任務の際は不在がちとなるシグナムたちに代わって、はやての護衛を務めている。
「フェイトちゃんもこっちに来てたのね。なのはちゃんの付き添い?」
「うん。まあ……」
いつもなら遠慮する相手でもないのだが、いささか間が悪かった。
シャマルが微妙な空気に勘付く。
「ふたりして神妙な顔で、何のお話だったのかしら」
シャマルには頭が上がらないらしいシグナムは苦笑した。
「次長とはどうか、と聞いていたところでな」
「ああ……養子縁組からもう半年だものね」
フェイトの複雑な事情は守護騎士たちも知っている。
「なのはや学校の友人に話しづらいなら、私たちが相談に乗るぞ。余計なお節介の気もするが、それはお互い様だしな」
「ありがとう、シグナム。……でも悩みっていうのかな、これ……」
事の始まりはプレシア=テスタロッサ事件だった。
その渦中でフェイトは母を亡くし、天涯孤独の身となっている。それを養子として引き取ったのが、事件において指揮を執った、総務部の次長リンディ=ハラオウン。
「アルフやクロノ君は何て言ってるの?」
「悪い流れじゃないから、時間が解決してくれるって……」
けれども、フェイトには戸惑いがあった。
母プレシアの記憶はあっても、愛情を注がれたわけではない――そんな『歪な作り物』の自分が、本当に誰かと家族になれるのだろうか。
関係を築いていけるのか。
自信はなかった。
リンディに『保護』されている事実を、後ろめたく思うことさえある。
またリンディにしても、過去の闇の書事件で最愛の夫を亡くしていた。そこに赤の他人である自分が踏み込んでいる気もして、居たたまれない。
シャマルは前屈みになって、俯きがちなフェイトと目線を合わせた。
「これだけは忘れないで? フェイトちゃん。リンディさんは決して、単なる同情であなたを引き取ったわけじゃないわ」
真摯な言葉がフェイトの心に沁み込む。
「私たちだって、はやてちゃんに同情したんじゃない。はやてちゃんの健気さや優しさに惹かれて……気付いた時には、もう『家族』になってたんですもの」
シグナムもはっきりと相槌を打った。
「ああ。焦ることはないぞ、テスタロッサ。少しずつ歩み寄っていけばいい」
「ありがとう、シグナム。シャマルも」
フェイトは朗らかな笑みでふたりに感謝する。
同時に、またひとりで抱え込んでいたことを反省した。
時間はあるし、今は仲間もいるのだから。
(リンディさんのこと、ちゃんと『母さん』って……)
次の一歩を踏み出そう。成長を始めつつある胸に、フェイトはそう決意した。
同じ頃、技術部セクションでは高町なのはが試験に協力していた。
『高町さん、次は左側の標的だけをお願いします』
『了解です』
なのはの右手にあるのは、巨大な鍵型の〈封解主〉ミカエルだった。技術部のスタッフとインカムで応答しつつ、並んだ標的の一つへ先端を触れさせる。回転していた輪が止まり、駆動音が途絶えた。しかし隣の標的は、そのまま動き続けている。
『停止を確認。周囲への影響はありません』
『再開できますか』
『はい』
なのはが鍵を返すと、止まっていた輪は再び回転を始めた。装甲を壊したのでも、動力を使い切らせたのでもない。機能を閉じ、そして開く。その現象を、技術部のスタッフは何重もの観測機器で記録していた。
次の試験では、標的までの距離が変えられた。なのはが鍵を空中へ差し出すと、数十メートル先の試験区画と手元の空間が、紙を折り重ねたように隣り合った。向こう側で転がされた金属球が、小さな開口を通ってこちらへ現れる。開いた幅は球の直径より、ほんの少し大きい程度だった。
『もっと広げられますか』
『できます。でも、今はこれくらいでお願いします』
開けば開くほど楽になるわけではない。出口の向きひとつで金属球は人へ飛ぶし、隔てられていたものが一度に流れ込めば、試験室の機材ごと壊してしまう。なのはは指先ほどの開口をもう一度見つめ、慎重に鍵を引き抜いた。
その様子を、八神はやては守護騎士と一緒にモニタリングしていた。
「朝からずっとコレか。気合入ってんなぁ、なのはのやつ」
陸上隊所属、『鉄槌の騎士』ヴィータ。小柄で、幼い風貌の持ち主は、早くも隊で先輩風を吹かせているのだとか。
「せやね。守るため、救うため、今はできることを増やしたい。そう言うとった」
「あんな力になっても、そこは変わんねえんだな」
なのはが振るうのは、〈封解主〉ミカエルだけだった。天使化した彼女の身体は、人間の魔力を用いる術式をもはや受けつけない。試験室には砲撃の光も、カートリッジの音もない。それでも一つの標的を止めるために、なのはは繰り返し条件を確かめ、力の及ぶ範囲を調整している。
『準備完了。使用実験を再開します』
『了解』
一方で、はやては一抹の不安に駆られた。
(確かに頼もしいけど……)
試験を続けるなのはは、とても自分と同じ小学五年生には見えない。
隣のヴィータも神妙な面持ちで実験を見守っていた。
「みんなを守りたいってのはわかるけど……なんか違うんだよな。あいつの場合」
「うん……わかっとるよ、ヴィータ」
あの闇の書事件で、はやてたちは高町なのはの熾烈な戦いぶりを体験している。とりわけヴィータは実際に彼女と交戦しただけに、説得力があった。
「自己犠牲ってわけでもなくて……狂気じみてんだ。戦ってる時のなのはは」
彼女は自分のことを顧みず、命を投げだすような行動さえやってのける。
ただ『救う』という純粋な信念において。
それこそが高町なのはの原動力、また力の源であり、ふたつの事件を解決に導いた。しかし裏を返せば、どちらも捨て身で事態を食い止めたに過ぎない。
「なのはちゃんが守りたいって言うてる、『大切なもの』……その中になのはちゃん自身が入ってないんよ。それが心配や」
「だな。無茶が当たり前になってんの、私らで押さえてやんねえと」
はやての胸の内で、リインフォースが静かに応じた。
『今の身体が傷つきにくいからといって、あの子自身を大切にしなくてよいわけではありません』
「アレは二度と相手したくねー」
「ふふっ。ヴィータやから言えることやね」
はやては試験室のなのはを見詰め、微笑む。
「うちらで気ぃつけとこな。なのはちゃんのこと」
ヴィータは短く頷き、視線を標的の前へ戻した。
7月22日、AM10:00。
初めての地球で、キリエ=フローリアンは作戦のための資材を集めていた。ひとの目に触れないよう細心の注意を払いつつ、手頃な重機を『拠点』へ転送する。
「……ふう。警備もなしに、これだけの資材が野ざらしにされてるなんて……」
作戦の開始は夜になってから。それまでに戦力となる『機動外殻』を充分な数、揃えておきたかった。その材料となるのが、ショベルカーなどの重機だ。
当初はもっと効率よく集められると思っていたが、その見通しは甘かった。
道のりは想定以上に交通量が多いうえ、法定速度が足枷となる。かといって、まさか白昼堂々と空を飛ぶわけにもいかない。
そのせいで、イリスが作成した広域マップも万全ではなかった。
「ルートの最適化をするしかない、か……」
同じくイリスに作ってもらったバイクを、公園の前で止め、地図を呼び出す。
「……っと。立体映像はまだ実用化されてないんだっけ」
エルトリアとは環境がまったく異なるせいで、早くもキリエは疲れを感じ始めていた。特にこの蒸し暑さは、たまったものではない。
しかも、ここではヘルメットの着用が義務付けられている。炎天下を走るうち、ブレザーも汗でびっしょりになってしまった。
公園のベンチに置き去りにされている空のペットボトルを借り、水飲み場で中身を補充しておく。
「平和な星なのね、本当に……信じられないわ」
コップ一杯の純水さえ思うように手に入らないエルトリアとは、何もかもが違った。
イリスの話では、過去に大規模時空震などの大事件もあったらしいが、この星は健全な姿を保っている。
キリエとて、この星のひとびとに迷惑を掛けるつもりはなかった。
なるべく静かに、なるべく穏便に――なのに自分が今やっているのは、『戦争の準備』ではないのか。魔導士たちの説得に機動外殻まで必要なのか。
しかし今さら引き返すこともできない。
「待っててね。パパ」
炎天下の中、キリエはぎゅっと拳を握り締めた。