「力が欲しいか?」と言いたくて! 作:桃たろす
そして同日の夜。
キリエたちの潜伏する江戸川区へ、もうひとつ流れ星が落ちた。
「さすがに単身での次元跳躍は、反動が凄まじいですね……」
アミティエ=フローリアンは平然と起きあがり、身体の損傷をチェックする。
「表皮と筋肉層に軽微のダメージ、すでに修復中……身体のほうは問題ないようですが」
案の定、次元跳躍の衝撃によって服はズタズタに裂けてしまっていた。
フォーミュラスーツの力を応用し、生地を再構成する。
「この星の女性が着ている服で、違和感のないものを……うん! いい感じです」
それが『セーラー服』だということまで、アミティエにはわからなかった。
やけに短いスカートを押さえつつ、薄暗い街並みを一望する。
「このどこかにキリエが……」
居場所はさほど遠くないはずだった。
自宅の地下室で、アミティエはキリエの調査データに一通り目を通している。ロックは
掛かっていたものの、アミティエとて研究員の端くれ。無理やりこじ開けてやった。
それによれば、第一の目標は三人の魔導士と接触すること。
八神はやて、高町なのは、フェイト=テスタロッサ。
そして『鍵』を手に入れ、『永遠結晶』のもとへ辿り着く――と。
時間がなかったため、暗号の部分は解読できなかった。しかし大筋は合っているはず。
「こんな遠い次元世界の情報収集なんて、キリエひとりでは到底、無理でしょうし……やはり『イリス』が手を貸してると見て、間違いありませんね」
急ぎたいが、ここは無人の荒野ではなかった。空を飛ぶことも難しい。
冷静な思考がひとつの手段を弾き出した。
(キリエを探すなら、時空管理局に協力の要請を……)
無断で次元跳躍を敢行したうえ、現地でうろうろしていては、知らず知らずのうちに余罪が増えかねない。それに時空管理局なら、迅速かつ大掛かりな捜索も可能だろう。
だが、そうなってはキリエが次元犯罪者として逮捕される。
そして、父と母の名声に泥を塗ることになる。
今ならフローリアン家は『病に倒れるまで母星に残った最後の研究者』として、歓迎してもらえるはずだ。少なくとも母は重圧から解放される。
しかし娘が次元犯罪者となれば、世論も一変する――その結末だけは避けたかった。
とにかくキリエが行動を起こす前に確保する。そのあとで時空管理局に事情を説明するほかになかった。
「確かキリエはこのあたりに落ちたはずですが……」
夜のせいか、廃車場には誰も見当たらない。ただ、あちこちに『立ち入り禁止』のテープが張られているのは気になった。
アミティエはスクラップの中から手頃なバイクを見つけ、引っ張り出す。
「電装系が生きていれば、何とか使えそうですね。すみません……成すべきことを成すため、手伝ってもらえませんか」
フォーミュラで改造を施せば、廃バイクも新品同然となった。
それに跨り、アミティエはエンジンを掛ける。
(皮肉なものですね……あれだけ放ったらかしにしていた妹を、今は必死で追いかけてるなんて……)
どこで何を間違ったのだろうか。今回の件は妹のキリエではなく、むしろ姉の自分に責任があるような気がしてならなかった。
ちゃんと話せばわかってくれる――そんな甘えはもう許されない。
アミティエは周囲の地形に検索を掛けながら、目星をつける。
「まずは反応が近い『八神はやて』さんに会いに行きましょう。そうすれば、自ずとキリエにも会えるはずです」
蘇ったバイクが唸りをあげた。
セーラー服の女子が二輪で車道を駆け抜けていく。
時は少し遡り、7月22日のAM09:20。
なのはたちはリンディの車でオールストン・シーを目指していた。助手席には娘のフェイトが、後部座席のほうはアリサ、すずか、なのはの三人が占めている。
「アリサちゃんとすずかちゃんは、お母さんと一緒じゃなくてよかったの?」
「朝一になるから、あとで来なさいってぇ」
海上のアミューズメントパーク『オールストン・シー』の開発には、アリサやすずかの姉の忍が携わっていた。本日は関係者を招いての内覧会とのこと。
オールストン・シーは正式オープンの日まで、すでにカウントダウンに入っている。今日は宣伝や広報を兼ね、それなりの人数が集まるらしい。
アリサが全員に念を押した。
「いーい? あくまで自由研究なのよ、自由研究。夏休みの宿題なんだから」
その隣で、すずかは愉快そうに微笑む。
「そんなこと言って、いいの? アリサちゃんが一番はしゃぐ気も……」
「一番はなのはでしょ? さっきからずーっとソワソワしてるし」
なのはも期待に胸を躍らせた。
「まずは水族館からだねっ。えへへ」
「それって海の中にあるんでしょ? 想像もつかないよ」
やがて沿岸の車道に出て、青い海と対面する。
「うわあー!」
視界の一面がコバルトブルーで染まった。無限に揺らめく海面が、白い陽光を反射し、真夏の輝きを散りばめる。
その海原に臨むようにオールストン・シーが聳え立っていた。
興奮気味になのはは声を弾ませる。
「ほら、見えてきたよ! フェイトちゃん」
「すごいね」
フェイトも落ち着き払ってはいるものの、あどけない笑みを綻ばせた。
後ろでアリサがぼやく。
「はやてとリインも一緒に来られたらよかったのにー」
それをすずかがフォローするのも、毎度のこと。
「でも夜には合流できるんだし」
「いっぱい写真撮って、見せてあげよう!」
「そうね」
間もなく一行はオールストン・シーへ到着した。
駐車場にて、アリサの母親たちから諸手の歓迎を受ける。
「ようこそ、オールストン・シーへ!」
月村重工パワーシステム、設計部の月村春菜。
バニングス建設、海鳴支社社長のジョディ=バニングス。さらに夫のデビット=バニングスも加え、一気に賑やかになる。
ざっと見たところ、同じような家族連れが多かった。なのはは少し安堵する。
「招待されてるの、偉いひとばかりかと思ってましたけど、そうでもないんですね」
アリサの父、デビットが気さくに笑った。
「余所も家族を呼んでるのが、ほとんどだからね。アリサだけ特別扱いってわけでもないし、遠慮しないで、今日は存分に楽しんでって」
「はいっ!」
関係者だけの内覧会というより、先行公開に近いらしい。記念写真を撮りながら、なのはたちはオールストン・シーの話題の的、水中水族館へ足を運ぶ。
「本当に海の中まで行くんだね」
「うん。どうしよう……ドキドキしてきちゃった」
エスカレーターで降りている間も下のフロアを一望できる、開放的な構造だった。アクアリウムは透明感のある青色で満たされている。
幻想的な世界を目の当たりにして、なのはもフェイトもつぶらな瞳を輝かせた。
「すっごぉい……! 本当に海の中にいるみたいだよ」
「とても綺麗だね。色んな魚がいて……」
リンディも感嘆の声を漏らす。
「ありのままの自然も美しいけれど、こういうひとの手で造られたものも、素晴らしいと思うわ。これでもまだ、全体の一部なんでしょう?」
「ええ。ハラオウンさんがびっくりするような仕掛けは、まだまだあるんだから」
アリサや忍は仕事の話を交えつつ、談笑を咲かせた。
子どもたちの案内役にはデビットが買って出る。
「撮影は僕に任せてくれ。まずはモニュメントの前で一枚、どうだい?」
「なのは、フェイトー! こっち、こっち」
早くも社会科見学という建前を忘れそうになった。
「ここは暗いから、まとめるのはホテルに入ってからで、いいんじゃない?」
「うん! じゃあ、そうしよっかな」
アリサと、すずかと、フェイトと一緒に。楽しい時間が始まる。
アリサやすずかとは以前から仲がよかったが、フェイトが加わったことで、より距離が縮まった気がする。
プレシア=テスタロッサ事件のあと、フェイトが時空管理局で裁判を受ける間も、当時のふたりは事情を知らないなりに応援してくれた。
実は傷ついていたアルフを保護したのが、アリサだったりもする。
また、すずかは八神はやてとの橋渡し役となってくれた。かけがえのない友達と一緒に夏休みを過ごせる――それが嬉しい。
水槽の中では極彩色の魚たちが泳ぎまわっていた。
不意にすずかがなのはの半袖を掴む。
「なのはちゃん。あのね、フェイトちゃんがお母さんと写真、撮れるように……」
「それ、いいかも!」
こういう彼女の気配り上手なところが、なのはは好きで、羨ましかった。
フェイトのために今の自分にできることは、魔導士として戦うばかりではない。そのことにも気付かされる。
「まずは私がママと撮るから、お願いね」
「任せてっ」
すずかは母の春菜を呼び、適当なスポットを指差した。
「ねえ、親子でも何枚か撮っておきたいの。いい?」
「もちろんよ。じゃあ……」
「私が撮ってあげるわ。ついでに次は私とアリサと、旦那でね」
家族で記念撮影。
月村親子の次はバニングス一家、そしてハラオウン家の番となる。
「私たちも撮りましょうか、フェイト」
「は、はい……リンディさん」
少しぎこちないものの、フェイトとリンディも並んだ。
シャッターはなのはが切る。
「撮るよー? フェイトちゃん、リンディさん。はい、チーズっ!」
「うふふ。ありがとう、なのはさん。それから、すずかさんも」
リンディはなのはとすずかにウインクを送った。なのはたちの作戦くらい、かのアースラの艦長はお見通しらしい。
まごまごしているフェイトの背中を、アリサが叩く。
「さあ! どんどん行くわよ、フェイトぉ!」
「きゃっ? んもう、アリサってば」
フェイトがよく笑うようになったのも、この天真爛漫なアリサのおかげ。
しばらく進んだ先で、なのはたちはアクアリウムのセントラルホールへ辿り着いた。上下のフロアが吹き抜けになっており、その中央には不思議な宝石が展示されている。
デビットたちが誇らしげにまくし立てた。
「これがこの水族館の目玉のひとつ! 海鳴で発掘された巨大鉱石さ」
「私たちの会社が発見したの。すごいでしょう?」
アリサもすずかも瞳を瞬かせる。
「え……これ、宝石なの?」
「こんな大きなの、初めて見た……」
その鉱石は紫色で、地面から生えたような形だった。
それを見上げ、なのはは息を飲む。
「研究のテーマにいいかも?」
表向きはそう口にしながらも、妙な圧迫感を覚えた。この鉱石は凄まじい力を秘めているような――しかしそれが何なのか、今のなのはにもわからなかった。
水族館を歩きまわって、外へ出る頃には、夏の陽も中天に差し掛かっていた。真夏の日差しを避け、なのはたちは園内のレストランで涼む。
すずかは水族館の出口で日傘を開いた。アリサと話しながらも、海面から照り返す光には目を細め、なるべく建物の陰に沿って歩いている。
「お昼ご飯を食べたら、イルカショーを見て、遊園地に行こうか」
「はーい!」
なのはたちのテンションは今や最高潮に達しつつあった。
「アトラクションはあんまり動かせないんだけど」
「でも取材には、そのほうが……ね? アリサちゃん」
「へ? 取材って?」
社会科見学という当初の名目をすっかり忘れているメンバーも。
母親たちは肩を竦めると、身体の向きを変えた。
「ここからは子どもの時間ね」
「じゃあ、こっちはカフェでお茶でも」
喫茶店でママ会が始まる。
園内のオープンカフェで席を取り、リンディは紅茶で一息。忍やジョディ(アリサの母)もやり遂げた表情で、お茶に口をつける。
「子どもたちは主人に任せておけばいいから」
「ありがとうございます」
息子のクロノが時空管理局に務め始めて以降、このような場は久しかった。オールストン・シーのことは脇に置き、母親同士、子どもの話題で盛りあがる。
「クラスは別になっちゃったけど、B組にははやてちゃんもいるからって」
「卒業まで今のクラスなんでしょう?」
その間、リンディは相槌を打ってばかりいた。
息子のクロノのことから『あーでもない、こーでもない』と話せる。しかし引き取ってまだ間のないフェイトのことは、何をどう話せばよいのか、わからない。
春菜が穏やかな調子で切り出す。
「リンディさんのほうはどうですか? 正式に養子縁組してから、もう半年……」
「ええ。まあ……そうですね」
たっぷりと間を取りながら、リンディはおずおずと口を開く。
「フェイトさん……いえ、お互いまだまだ余所余所しい感じでして……私も『フェイトさん』なんて呼ぶから、いけないのだけど」
「息子さんは何か?」
「出しゃばる気はないみたいです」
フェイトとの関係は決して悪くなかった。ただ『停滞』が続いている。
ジョディは空気を察し、声のボリュームを下げた。
「難しいわね。フェイトちゃんにも思うところはあるでしょうし……やっぱり、がらりと生活が変わったわけだから」
春菜もフォローの言葉を挟む。
「学校では楽しくやってるんだもの。今日も初めて会った時に比べて、柔らかくなってる気がするわ。大丈夫ですよ、リンディさん」
おかげで、いくらか心が軽くなった。
こうして同じ母親に話を聞いてもらえるのは大きい。
「ありがとう、ふたりとも。あと、さっきも家族写真の……あら?」
ところがお礼を口にした矢先、通信が届いた。
時空管理局・東京臨時支局のオフィスにて、クロノは最新の情報を精査していた。
オフィスへ帰ってくるなり、エイミィも脇から同じデータを覗き込む。
「何か事件?」
「これだよ。江戸川区の廃車場で起こった、爆発事故」
昨晩、廃車場で隕石の墜落による爆発があったという。その衝撃は地面にクレーターができるほどで、現場に誰もいなかったことは幸いだった。
だが、この事故は明らかにおかしい。
街中へ隕石が落下し、直径5メートル前後のクレーターを残す確率は、限りなくゼロに近いはず。厳密にはゼロではないが、小数点以下が天文学的な桁になるだろう。
それ以前に地球の近海(宇宙)には、時空管理局のアースラ級空母が常駐している。地球へ落下する隕石を見逃すはずがない。
鮮明な映像ではないものの、爆発の際には『発光』も確認できた。
「これだけじゃない。こっちも見てくれ、エイミィ」
「地上の報道?」
そのうえ昼過ぎから、妙な異変が世間を騒がせている。
『スクラップの大型車両が消えるという事件が相次いでおり、警察は目撃情報を――』
工事現場や建設会社で、ショベルカーやクレーン車の盗難が続々と発生。
しかしショベルカーのような重機は、乗用車のように簡単に移動させられる代物ではなかった。建設現場においても綿密なスケジュールを立て、スペースを確保し、ここぞというタイミングで投入するのが基本だ。
移動させれば必ずタイヤの跡が残るし、どこに停めても目立つ。
「この世界の常識じゃ、ちょっと考えられない事件だね」
「だろう? 隕石が落ちた翌日に、これだ」
つまり別の次元世界から何者かが飛来し(廃車場の爆発事故)、何かしらの行動を始めた(大型車両の盗難)、と考えられる。
「異世界渡航者の可能性がある」
「確かに……」
エイミィと話し込んでいると、部下から報告が上がった。
「工事車両の盗難、都内の各所で複数発生しています。その盗難事件の容疑者として挙がっているのが、こちらです」
怪訝そうにクロノは問題の映像を凝視する。
「……女子高生?」
映像の中で、ブレザーの女子が重機に手をかざした。
その手が光るとともに、何トンもあるはずの重機が忽然と消える。
「現場では未確認のエネルギー反応が検出されています」
「未確認? 未知のエネルギーなのか?」
「いえ、まだ……。痕跡から判断するには、少し時間が掛かるとのことでして」
クロノは腕組みを深め、パートナーのエイミィに一瞥をくれた。
「エイミィ、レティ本部長に報告を」
「違法渡航対策部門の管轄になってくるもんね。了解」
エイミィも顔つきを引き締めなおす。
緊張気味に部下が進言した。
「捜索班を手配しますか?」
「ああ、いや……念のためと思って、もう呼んであるんだ」
臨時支局のオフィスへ、高校生くらいの女の子が堂々と入ってくる。
しかも大きな銀色の狼を連れて。
「お邪魔しますー」
「お呼びですか? 執務官」
執務官、と喋ったのは狼のほうだった。
フェイトの使い魔アルフと、ヴォルケンリッター『盾の騎士』ことザフィーラ。
「助かる。力を貸して欲しいんだ」
立ちあげてまだ間のない東京臨時支局だが、人材の層は厚い。それを頼もしく思いながら、クロノはエイミィと次の行動を検討する。
「あとはリンディ次長にも伝えないとね」
「フェイトたちの社会科見学に支障がなければ、いいんだが……」
思っただけのつもりの不安が、口をついて出てしまった。
エイミィが愉快そうにやにさがる。
「ちゃんと『お兄ちゃん』やってるんだ? クロノ君」
おまけにアルフとザフィーラまで。
「そーいうのはさ、フェイトに言ってやってよ」
「あまり苛めてやるな。フッ」
大失敗だった。
やがて夏の陽も暮れた。
アルフはザフィーラの背に跨り、巧みに気配を消したうえで、夜の街を捜索する。
「どこの誰かは知らないけど、私たちで押さえよう。ザフィーラ」
「ああ。そのつもりだ」
先手を打って、トラブルが発生する前に解決する――それが理想的なやり方だと、クロノは語った。そのために臨時支局は常日頃から網を張り、警戒を続けている。
しかしアルフたちには、急ぐ理由がもうひとつあった。
アルフはプレシア=テスタロッサ事件で、ザフィーラは闇の書事件で、時空管理局と事を構えている。退くに退けない事情があってのことだ。
フェイトのため、はやてのため。
そのせいで事態をより混乱させてしまった事実は、忘れようもない。
(あの時、もっとなのはたちを信じていれば……)
それと同じことを、今回のターゲットが今、始めようとしているかもしれなかった。
だからこそアルフは、ザフィーラはひた走る。ほかの誰よりも早く標的に接触し、ターゲットに自分たちと同じ轍を踏ませないために。
銀狼のザフィーラが感慨深そうに呟いた。
「にしても……よもや、お前と一緒に任務に当たる日が来るとは、な」
「そいつは私の台詞だよ。今はお互い時空管理局の一員だもんな」
彼の背に掴まりながら、アルフは一帯の地図やレーダーを何重にも表示させる。
アルフもザフィーラも同じ獣人系の種族のため、感覚が似通っていた。このふたりでペアを組めば、互いの齟齬を最小限にしての連携が実現できる。
今も隠密及び移動はザフィーラに任せ、アルフはターゲットの補足に専念していた。クロノが太鼓判を押すコンビだけのことはある。
「気付いたか」
「見つけた……動いてる」
その気配に勘付いたのは、ふたり同時。
案の定、地図の端にターゲットらしき反応が出た。
「追いかけるぞ」
「うん」
逸る気持ちを押さえながら、アルフたちはクロノに位置を報せる。
「東京支局、こちらアルフ。追跡対象と思われる反応を確認」
『さすがに早いな。このルート……高速で臨海方面へ抜ける気か』
偶然なのか、オールストン・シーのある方向だった。
オフィスで色々なデータを参照中らしいクロノが、アルフたちに指示を出す。
『この先の高速道路で結界を張り、包囲網を敷く。君たちは付かず離れずの距離で――』
しかしザフィーラが口を挟む。
「いえ、執務官。オレたちはこのままターゲットと接触します。包囲するにしても、足止めなりの時間稼ぎは必要でしょう」
ともすればスタンドプレー、にもかかわらず即答が返ってきた。
『わかった、先行してくれ。ただし連絡は密に頼むよ』
「了解しました」
アルフとザフィーラの士気の高さを優先してくれたのだろう。そんなクロノの采配に感謝しつつ、アルフたちは身を隠すのを止め、速度を上げる。
「空路で追跡を開始します!」
「飛ぶぞ!」
まるで地面があるかのように、ザフィーラは空を走った。夜空の群青色に紛れながら、建物も道路も飛び越え、最短の直線コースでターゲットを目指す。
その頃、はやては月村家のメイドのノエルの車でオールストン・シーへ向かっていた。助手席でなのはからのメッセージを確認しつつ、安堵の笑みを綻ばせる。
「すずかちゃんたち、お風呂に入るの待っててくれるそうです」
「そうか」
「ふふっ、楽しみです」
スケジュールの折り合いがつかず、社会科見学(という建前の遊園地行き)は夜からの参加となってしまった。そのことを少し後ろめたく思っていたが、なのはたちははやての仕事を理解したうえで、寛容に待ってくれている。
ハンドルを切りながら、ノエルは遠慮がちに口を開いた。
「でも本当によかったのかい? せっかくの遊園地、ひとりだけ遅れて……」
「それもどうかと思ったんですけど、夏休みは始まったばかりですから」
「確かにね。初日から焦ることもないか」
彼女も今日は仕事を抜けられなかったようで、夜からの参加になってしまったらしい。ホテルへ着いてからも、月村家の一行の世話があるのだろう。
「そういえば……」
と、ノエルが言葉を付け足す。
「はやてさま、まだ病院に通ったりしてるのですか?」
「え?」
『身体はもう大丈夫?』と聞かれることが多いため、意外な質問だった。
「いえ、通うほどのことは……でも様子見も兼ねて、夏休みに診察があるんです」
「お医者さんも驚いただろ? 急に元気になって」
「それはもう。先生、自分のことのように喜んでくれました」
身体が自由に動く――そんな当たり前のことが、とても嬉しい。
(元気になってよかった……)
これも全部、なのはたちや守護騎士、そして今も胸の内にいるリインフォースがはやてを救ってくれたおかげだった。もちろん、闘病生活を支えてくれた病院の医師も。
「先生にはちゃんとお礼したいんですけど、ノエルさんは何がええと思います?」
ノエルがはにかむ。
「そんなに畏まらなくても、ケーキを持っていくくらいでいいと思います。一緒に食べながら、今後のこととか話してあげると、喜んでくれるはずです」
「ああ。ええですね、それ」
大人の意見にはやては納得した。
友達のメイドと話すのは新鮮で、自然と笑みが零れる。
「そういう気配り上手なところ、すずかちゃんと似てはりますね」
「すずかお嬢様も、どんどんしっかりしていらっしゃいますから……嬉しい反面、やっぱり寂しい気もして。せめて今のうちは、もっと頼っていただきたいんです」
笑い声が重なった。
その談笑を遮るように、臨時支局のクロノから連絡が届く。
『緊急の案件だ。はやて』
「え……?」
事態の深刻さを察したらしいノエルは口を噤んだ。
はやてが時空管理局を出てから、車で臨海道方面の高速道路へ乗る間に、何かが起こったのだろう。クロノのやけに明朗な口調からも、ありありと緊張感が伝わってくる。
『状況は以上だ。容疑者の女性の画像を送付しておく』
「このひとは女子高――きゃっ!」
「うわあっ?」
画像の人物を確かめようとした矢先、二台の大型トレーラーがはやてたちの車をスレスレで追い抜いていった。高速道路なのだから当然、時速は80キロを超えての暴挙だ。
「あ、危ないなあ……」
「ほんまですね。あんなに急がんでも……?」
次の瞬間、はやては顔を強張らせる。
大型トラックは一台、二台と順番に横転。四車線ある高速道路を塞ぎ、はやてたちの視界をみるみる圧する。
「わああああっ!」
反射的にノエルが急ブレーキを踏んだ。ハンドルも切れるだけ切り、路面にタイヤを激しく擦りつける。
車は横滑りしながら、側面でトレーラーと激突した。
(――ッ!)
その衝撃でエアバックが作動し、助手席のはやてを受け止める。
どうにか車は止まってくれたが、ガラスは割れ、ガソリンが漏れている有様だった。ノエルもエアバックに埋もれはしたものの、大した怪我はないらしい。
「だ、大丈夫かい? はやてちゃん」
「どうにか……とにかく降りましょう。危険です」
助手席のほうのドアを開け、ふたりは狭い車内から脱出する。
不意に起きた事故に、はやては周囲を見渡した。自分の身体が耐えられても、ノエルやほかの車の人々まで同じではない。誰が巻き込まれたのか、何がまだ動いているのか、そちらを確かめるほうが先だった。
(そうや。さっきクロノ君が言うとったんは……!)
はやてが我に返ると同時に、ガシャン、ガシャンと耳障りな音がする。
トレーラーに積んであった重機の数々が、ひとりでに動き出したのだ。しかしショベルカーの運転席には誰の姿もない。
「まさか……?」
見た目は工事現場でお馴染みの重機でも、中身はまるで違った。
機動外殻――他所の次元から持ち込まれた、自律型の戦闘マシーン。重機は鋼鉄のモンスターと化し、小さなはやてを見下ろす。
「月村さん、すみません! 私、あれの対処してきます!」
「あ、ああ」
はやては果敢にも前へ出て、夜天の書を呼び出した。
左腕に書を抱えたまま、はやての衣服が白い光に包まれた。純白のドレスが形を結び、頭上に浮いた光の輪から、透き通るヴェールが肩へ垂れる。花嫁衣装を思わせる〈神威霊装・一番〉エヘイエー。その周囲へ、細長い羽の形をした金色の光柱が現れ、幾重にも組み合わさって大きな王冠を作った。
〈絶滅天使〉メタトロン。
はやてが目を向けると、王冠が解けた。羽状の端末が一つずつ離れて重機の上へ回り込み、砲口を見下ろす。そこから力を放てば、車体も道路も一緒に貫いてしまう。はやては放出を寸前で抑え、まずノエルのいる車と重機との間へ、自分の霊装から防壁を広げた。
羽は銃口であると同時に、周囲を見張る眼でもあった。破れた防音壁の向こうを走る車、積み荷の陰に残された人影、漏れた燃料の細い流れ。離れた端末から伝わる光景を追うだけでも、いくつもの危険が重なって見える。だが、危険な場所がすべてわかったところで、それらをまとめて消し飛ばすわけにはいかなかった。
端末の先で白熱していた光が、一本、また一本と弱まる。はやては重機だけを壊せる射線を探しながら、防壁を車道の外へ張り出させた。
「八神はやてより東京支局へ! 三原木四丁目で緊急事態発生、対応にあたりますので、応援とモニタリングをお願いします!」
真夏の夜、高速道路の上で新たな戦いが幕を開けた。