「力が欲しいか?」と言いたくて! 作:桃たろす
「はやてが敵と接触っ?」
東京臨時支局のオフィスにて、クロノは驚きの声をあげた。
そんなクロノの肩にエイミィがそっと触れる。
「クロノ君。深呼吸」
言われた通りクロノは身体の力を抜いて、肺の中身をありったけ吐き出した。
「……ありがとう、エイミィ。落ち着いたよ」
「ふふっ。どういたしまして」
指揮官の自分がこれ見よがしに動揺してしまっては、全体にも伝播する。しかしエイミィのおかげで踏みとどまり、またクールダウンすることもできた。
「とにかく今ははやての救出が先決だ。大至急、応援をまわしてくれ」
「了解です!」
いくつか指示を出し、クロノは情報スクリーンを見詰める。
「アルフたちは今もターゲットを追跡してるよな」
「うん。……あっ」
エイミィも気付いたらしい。
「ターゲットには仲間がいるんだ」
支局長の言葉にオフィスの面々は目を見張った。
ターゲットの動向にはアルフたちが付かず離れずの距離で目を光らせている。にもかかわらず、はやてが襲撃を受けたのだから、それは協力者の存在を示唆していた。
支局長はすっくと立ちあがり、号令を放つ。
「ザフィーラたちを信じていないわけじゃないが、念には念を入れたほうがよさそうだ。臨海方面の高速上で結界を展開! ターゲットを誘い込み、ただちに確保する!」
「了解ッ!」
一同の返事が合唱のように重なった。
「守護騎士たちにも、はやてを救出次第、結界に入るように伝えてくれ。そのほうが安全だ。引き続き警戒を強化、ここからが正念場だぞ」
そこまで一気にまくし立て、クロノは椅子に座りなおす。
「なのはとフェイトの力も借りるしかないな。はやてが襲われたとなっては、隠し通すわけにもいかないだろう」
「うん……」
エイミィは声を落とすも、すぐに表情を引き締めた。
「でもクロノ君、追跡対象は単独犯じゃないかもって、確か昼間にも言ってたよね? さっきも断言してたけど、どうして?」
「敵の保有戦力だよ」
クロノは手元の端末を操作し、機動外殻の情報を立ちあげる。
「この世界の重機を材料にしたようだが、これだけの数だ。昼間のうちに集めたにしても、誰にも見つからないように数を揃えるのは、なかなか骨が折れたはず……ほら、犯人はヘルメットを被ってるだろ?」
次第にエイミィも理解を示し始めた。
「そっか。一応、道路交通法を意識してるんだ?」
「女子高生が真っ昼間から二輪で走ってるんだ。夏休みに入ってなければ、どこかで警察が止めたとは思うが……その意味では、こいつは運がいい」
つまり犯人は悪目立ちを避けるべく、律義に法定速度を守っていたことになる。その足のせいで思いのほか時間が掛かってしまったことは、想像に容易い。
「おそらくどこかに拠点を設け、そこへ重機を転送したんだろう。しかし拠点へ戻ってから改造を始めたのでは、この時間の決起には間に合わなかったはずだ。すなわち」
「拠点に協力者を置いて、機動外殻を作らせたわけか」
「その通り。それにアルフたちが追跡中のターゲットと、はやての位置は遠すぎる。やはり機動外殻を操ってる協力者が、ほかにいるのさ」
さらにクロノは今回の事件の核心へ迫った。
「彼女らの目的はおそらく八神はやて……いや、夜天の書だ」
「どうして?」
「この一帯で次元犯罪者が狙うようなものが、ほかに考えられないからだよ。実際、彼女たちはこうしてはやてを襲ってる」
わざわざ別の次元から出張ってきてまで、手に入れたがるもの――と来れば、夜天の書が真っ先に浮かびあがる。
夜天の書に何かしらの『力』が残っている可能性は、ユーノも懸念していた。なのはたちからの応答を待ちつつ、クロノは険しい表情で腕を組む。
「じゃあ、このバイクの子は陽動で……でもオールストン・シーに向かってるから、前の事件の時みたいに、『魔導士狙い』って線はないかな? クロノ君」
「現段階では否定できない。だから、なのはとフェイトには結界の中でターゲットを待ち伏せしてもらうんだ。囮というわけじゃないが、結界は一箇所に絞りたいしね」
標的に共犯者がいるからといって、各個撃破を指示しないのも、市街地での乱戦を危惧してのことだった。闇雲に捜索範囲を広げた結果、戦場が分散してはまずい。
間もなくオールストン・シーのホテルと繋がる。
『――以上だ。すまないが、君たちにも出撃して欲しい』
オールストン・シーのホテルにて、なのはとフェイトは気持ちを切り替えた。
東京支局のクロノたちは今朝から新しい事件を調査していたらしい。ただ、なのはたちの社会科見学の邪魔はすまいと、今まで黙ってくれていた。
『臨海道方面の高速道路でターゲットを確保してくれ。行けるか?』
なのはもフェイトも力を込めて頷く。
「了解!」
頭脳明晰なクロノがこうして指示を出しているのだから、『なぜ』と聞き返す必要などなかった。それだけ、なのはたちは彼の采配を信じている。
一方、同じ部屋でリンディやアリサ、すずかは不安の色を浮かべていた。
「ふたりとも、気をつけてね」
母親に対するフェイトの返事は、淡々と。
「はい。リンディさんはアリサたちをお願いします」
「それじゃ、アリサちゃん、すずかちゃん。ちょっと行ってくるね」
なのははせめて明るい声を出そうとするも、空元気じみたものになってしまった。
社会科見学のことなど、もう頭にない。友達やリンディにまた心配を掛ける――その申し訳なさが、なのはたちの後ろ髪を引く。
しかし一刻の猶予もなかった。
なのはとフェイトはベランダへ出て、夏の夜空を仰ぐ。
「行くよ。バルディッシュ」
『Yes, Sir!』
フェイトはバルディッシュを掲げ、高らかに唱えた。
「セットアーップ!」
その隣で、なのはの小柄な身体を淡い光が包んだ。衣服の上から輪郭を整えるように、淡い桃色の霊装が顕現する。肩に広がる濃紺の外套は、翻るたび、その内側に奥行きのある星空を見せた。白銀の脚甲が脚を覆い、濃い紫の靴と手袋が形を結ぶ。
頭上に大型の光輪が現れ、右手には巨大な鍵が収まった。
〈封解主〉ミカエル。
応答を返すデバイスはない。なのはは自分の内から流れる力と、手の中の鍵とを確かめ、隣で準備を進めるフェイトを見た。
同じくフェイトも、魔方陣の上で踊るようにバリアジャケットをまとった。なのはより少し成長の早い身体を、隅々までリフレッシュ。
なのはとは対照的に黒色のインナースーツを肌に吸いつかせて、ブーツはより硬質な感のあるものを。腰の左右で半々に生成されたミニスカートが、一枚に合わさる。
バルディッシュは金色のオーブと化し、やはり『C』のパーツへ組み込まれた。こちらはハルバードのような形状のロッドとなって、フェイトの右手に収まる。
その接触によって、バルディッシュの制御が漆黒の魔導士の全身に行き渡った。
表は白、裏は真紅のマントが伸びるように現れ、大きく翻る。
ふたりのおさげも風に舞った。
『Stand by Ready』
なのはとフェイトは顔を見合わせると、強気に微笑む。
「頑張ろうね。フェイトちゃん!」
「うん! はやてのことはシグナムたちに任せて、私たちはターゲットを」
ふたりは夏の夜空へ飛び立った。
なのはたちの出撃を見送りながら、アリサがぽつりと呟く。
「またあんなカオで……」
その隣で、すずかは祈るように両手を合わせた。
「大丈夫かな。はやてちゃん……」
待つことしかできない。それが歯痒い。
そんな彼女たちの不安をよそに、激戦の火蓋は切られる――。
三原木四丁目付近の高速道路にて、はやては機動外殻の一団と対峙していた。純白の霊装をまとい、夜天の書を左腕に抱え、分離したメタトロンの端末をノエルと敵との間へ配置する。
「リイン、周りを頼むな。うちは、あれを止める」
胸の内から返る応答を受け取り、はやては重機の群れへ視線を向けた。力を出せば倒すことはできる。しかしここは現実の高速道路で、道路を壊せば、まだ避難している人たちまで巻き込んでしまう。
それでも、はやてには仁王立ちで構えなくてはならない理由があった。
(月村さんはもう充分、離れてくれたやろか)
敵を引きつけ、ノエルが戦域を離脱する時間を稼ぐ。
もとより機動外殻の群れは、はやてだけをターゲットにしている様子だった。その上空にひとりの少女が現れ、路上のはやてを見下ろす。
「あなたが八神はやてちゃんね」
はやては息を飲んだ。
「時空管理局本局、人事部所属。八神はやてです」
相手は自分の名前を知っている。しかしはやてに心当たりはない。
(さっきクロノ君に見せてもろた追跡対象とは、違う子や……)
夏の夜空に深紅のドレスが浮かんでいた。
魔導士のバリアジャケットや、守護騎士の甲冑(はやてがデザインした)とも、まるで意匠が異なる。およそ戦闘向きではない風体から、はやてはあるものを連想した。
(アイドルみたいな格好やな)
右寄りのポニーテールを靡かせながら、彼女は淡々と用件を明かす。
「あなたの持ってる、その本。ロストテクニクス・データストレージ……『闇の書』。それを貸してもらいにきたの」
すでに一帯は彼女の『封鎖領域』と化していた。一般人を寄せつけず、はやてと一対一で相対できる状況を作り出している。
(これはお願いやない。脅迫や)
しかし『結界』ではないため、建造物には被害が及ぶ。つまり相手は好き放題に破壊できるのに対し、こちらは反撃を躊躇せざるを得ない、アンフェアな状況だ。
金色の羽状端末を重機へ向け、はやてはきっぱりと答えた。
「お話しやお願いでしたら、局のほうで伺います」
「すぐに返すから。抵抗しないでくれると、嬉しいわ」
無論、夜天の書を差し出せるわけがない。
(――やるしかあらへん!)
はやては腹を括り、分離した端末を重機の上下へ走らせた。
「メタトロン――〈光剣〉」
狙うのは装甲の中心ではなく、砲身の根元だった。先端から放たれた光線が、機動外殻の武器を貫く。銃身が落ち、次の機体の砲口も逸れた。魔導を無効化する仕組みは、テレズマの光を消せない。だが光線は、鉄を穿ったところで止まってはくれなかった。
背後の遮音壁へ、細い穴が開いた。
はやてはすぐに残る射撃を止める。壁の向こうに車はいなかった。それでも、もう僅かに下へ向けていれば、人のいる車線を貫いていた。もっと力を絞る。金色の端末が狙い直すまでの、その一拍に、まだ動ける重機が左右へ砲身を向けた。
ノエルが離れていった方向と、まだ車の残る車線。はやては攻撃のために上げていた腕を下ろし、その二箇所へ防壁を広げなくてはならなかった。
「なにする気や。そっちは関係あらへんやろ!」
赤いドレスの少女ははやての周囲を凝視していた。夜天の書は、ただ腕に抱えられているだけだ。金色の端末が光を放つ際にも魔法陣はなく、彼女の収集した『夜天の書の主』の情報とは一致しない。
「……その本の魔法じゃないの?」
「本は出せるんやけどな。うち、これ使って魔法撃ったりは出来へんねん」
少女は答えず、機動外殻たちに指示をくだした。
「突撃」
重機の姿をしたモンスターがはやてに目掛け、一斉にマシンガンを連射する。
「あんな武装まで……!」
はやては端末を円環状に組み替えた。〈日輪〉から放たれる光の粒を、迫ってくる弾丸へ重ねる。ただし、環のすべてから撃ち出すことはしない。ノエルや避難する人々へ向く部分は閉じ、敵へ向いた範囲だけを使った。
弾丸が光に触れ、路面へ届く前に砕けた。はやて自身へ向けられたものは霊装の防壁に阻まれ、迂回してノエルを狙ったものも、分離した端末の射撃が追って潰す。はやての身体を傷つけるには、どれも弱すぎる。それでも、消し損ねた一発は誰かの身体を貫くかもしれず、光の粒を増やしすぎれば、こちらが車や人を撃ち抜いてしまう。
〈日輪〉は、ほんらい全周に光の雨を降らせるための姿だった。王冠を回せば、重機の群れを隙間なく射抜ける。だが今、はやてが許したのは道路に対して斜め上を向く、ごく一部の羽だけである。さらに分離した〈光剣〉に弾道を追わせ、車体の下から跳ね返る金属片を一点ずつ焼き落とす。攻撃のための羽が、いつしか敵を倒すよりも破片を拾うために働いていた。
(こんだけ撃てるのに、撃たれへん……!)
もどかしさに唇を噛んでも、出力だけは上げられなかった。
撃つたびに角度を変え、余分な端末を戻し、放つ力を細くする。反撃に使える力はまだ溢れるほどあったのに、はやては一発ごとに手を止め、街の方角を確かめた。
(相手が機動外殻なら、遠慮はいらんねんけど……まずいで、これは)
その間、謎めいた少女は瞬きもせず、はやての防壁を凝視していた。紅い瞳の中を数列のようなものが駆けあがっていく。
彼女がこちらの話をまったく意に介さないことも、これではっきりした。問答無用で奪うつもりなのだ、夜天の書を。
マシンガンの斉射は、はやてから車線へ、車線から道路の支柱へと向きを変えた。光線で砲身を切り落とせば、別の機体が人のいる側を狙う。はやての力を測るために、相手は守らなければならないものを増やしているのだ。
金色の端末が、はやての背後で王冠の形へ集まりかけた。〈砲冠〉なら機動外殻の列をまとめて撃ち抜ける。しかし射線を通した先にはビルがあり、機体の爆発を受ける道路の下にも人がいる。はやては歯を食い縛り、組みかけた王冠をもう一度ほどいた。
(ここで撃ったら、敵よりうちのほうが被害を出してまう)
倒すための出力を探すよりも、壊してはいけないものへ届かない出力を探すほうが難しかった。
〈砲冠〉の収束を解いた反動で、頭上の光がばらけた。解放しかけた力は、逃がしただけでも近くの標識を白く照らす。あのまま撃っていたら、重機を貫通した先まで直線に焼き払っていただろう。敵の装甲が硬いことなど、はやてにとって問題ではない。硬いからといって、こちらも相応の力を出してよい場所ではなかった。
『主、右の支柱に損傷があります』
胸の内から伝わるリインフォースの声へ、はやては短く頷いた。壁を守れば道路が崩れ、道路を守れば敵に近づかれる。守るべきものが多すぎて、満足に攻められない。
(応援が来てくれるんも、まだ先やし……強引にでも動いて、揺さぶるしか)
はやては端末を背後へ束ね、翼の形へ組み直した。
「〈天翼〉――」
踏み出した身体が、一瞬で重機の頭上へ上がる。もっと速く飛ぶこともできるが、近くの車へ衝撃を叩きつけるつもりはない。はやては加速を途中で抑え、ノエルへ向いていた砲口を上から狙った。
ドレスの少女は眉ひとつ動かさず、機動外殻に指示を与える。
「螺旋鉄鋼弾」
一瞬のうちにマシンガンの砲身が形を変えた。大口径の大砲となり、鋭く尖った鋼弾を放つ。
(いつの間に別の武器をっ?)
右の一発を霊装の防壁で受け止めたところへ、左からも撃ち込まれる。そちらは、はやての背後にあるビルへ向けられていた。分離した光剣の端末が弾道へ先回りし、上向きの射撃で鋼弾を砕く。破片がビルへ落ちないよう防壁の向きも変えたが、砲撃で損傷していた道路の縁が、重機の荷重に耐えられず崩れ始めた。
「あかんっ!」
はやては下へ回り込み、落ちかけた鋼材を防壁で受け止めた。車を乗せた路面が傾き、一般人の悲鳴が聞こえる。光剣の端末を周囲に残したまま、自分は崩落箇所を支える。防壁を強引に押し上げれば、車が跳ねて人が挟まれる。手元へ近づく砲口を見ながらも、はやては支える力を一度に増やせなかった。
〈天翼〉で加速すれば、迫る砲口の向こうへ一息に回り込める。〈光剣〉で撃ち抜くこともできた。しかし自分が動けば、今、路面を支えている力の配分が変わる。残した羽だけに支持を任せるには、崩れた梁と車の位置をもう一度確かめなければならない。
そうして迷う間にも、相手には次の一手があった。守る側にだけ、選択肢が多すぎる。
ドレスの少女はその動きを見ていた。攻撃がはやてを傷つけなくても、彼女が何を優先するかはわかる。守るものが増えるほど、書を抱く左腕へ近づく余地が生まれる。
機動外殻がワイヤーを伸ばし、夜天の書へ迫った。
「それは、あかん――k拒絶x――触らんといて!」
光剣の端末が向きを変え、鋭い光線がワイヤーを断ち切る。はやては書を胸へ引き寄せたが、路面を支える力を緩めるわけにはいかなかった。その間にも、機動外殻の砲身がノエルの逃げた側へ向く。
ところが不意に、ドレスの少女が動きを止める。
「封鎖領域に入ってきた? この反応、キリエじゃない……アミティエ!」
同時にバイクのエンジン音が近づいてきた。
ヘルメットもなしに、セーラー服の女子高生がフルスピードで突っ込んでくる。
「はやてさん、動かないで! そのままで!」
「え……?」
そう叫ぶと、彼女は左手一本で大型バイクを御しながら、右手でライフルを構えた。電磁兵器の類らしいそれを、軽々と機動外殻に向け、トリガーを引く。
熱線が機動外殻を貫通した。丸い穴が空き、超高熱のために融解を始める。
(あれも魔法やないんや。機動外殻と同じ仕組みなんやろか)
バイクで間合いを詰める間も、彼女はライフルを撃ちまくった。その反動で運転をしくじる真似はせず、勢い任せにジャンプ。
一番大きな機動外殻に狙いをつけ、バイクの上からさらに跳躍する。
「はああッ!」
彼女の振りあげたライフルが、一瞬にしてブレードに変わった。
(あれは……機動外殻がやってたのと同じ?)
ライフルで狙撃するには近すぎる間合いが、ブレードにとってはベストの距離となる。
機動外殻はまるでバターのように切断され、崩れ落ちた。続けざまにブレードが今度は三門のマシンガンに変化し、残りの重機を蹴散らす。
一分もしないうちに、機動外殻の群れは鉄クズと化していた。いつの間にやらドレスの少女は消えており、高速道路はセーラー服の女性とはやてのふたりだけになる。
彼女が最後の砲身を切り落とす間に、はやては路面を支えていた防壁を動かした。一般人を無傷の車線へ移し、落ちかけた鋼材を道路の内側へ戻してから、ようやく地上へ降りる。光剣の端末は最後まで上方で待機し、動き出す機体へ狙いをつけていた。
「よかった。ご無事ですね」
「いえ、あの……」
はやてのほうは混乱するばかりで、咄嗟に言葉が出てこない。
目の前の人物は、風体だけなら女子高生だった。ロングヘアをわざわざ三つ編みにしているのも、優等生のトレードマークに思える。
しかし腕は奇妙なインナーで覆われていた。スカートの下の脚も、ストッキングではないプロテクターを穿いている。
彼女は周囲に向かって声を張りあげた。
「聞いていますか! 私の大切な妹を連れ出した、あなた!」
気丈な声が夜の街に木霊する。
「あなたはきっと、キリエの願いを聞いてくれているのだと思います。それについては感謝します。……ですが、人様に迷惑を、ましてや罪のない子どもに怪我をさせるようなやりかたは、私は絶対に許しませんので!」
路上に降りたはやては唖然とした。
危機を切り抜けたことより、彼女の啖呵に意識が行く。
(このお姉さんは、さっきの子の関係者なんやろうか……)
とりあえず彼女が敵ではないこと、窮地を救ってくれたことはわかった。
「初めまして。八神はやてさん、ですよね」
差し伸べられた手を遠慮がちに握り、はやてはようやく相手の顔をまっすぐ見た。
「は、はい」
「よかったです。あなたがご無事で」
おかげで、頭も働くようになってきた。東京支局との回線を繋ぎなおすと、エイミィの心配そうな顔がアップになる。
『大丈夫ですか? はやてさん!』
「うん、平気。襲われたけど、制服のお姉さんに助けてもろたよ」
『……制服? お姉さん?』
セーラー服の女性はバイクを起こしながら、淡々とまくし立てた。
「申し訳ありません。妹とは戦闘になると思います」
「妹って、さっきの赤い女の子が?」
「いいえ。彼女が妹に手を貸してるのは、間違いありませんが……私の妹はキリエ。髪がピンクでウェーブが掛かっている女の子です」
『ターゲットのことかも……』
彼女のおかげで、少しずつ状況が見えてくる。
今朝からクロノたちの東京支局が追っているブレザーの女子高生は、キリエ。
「それと、みなさんの魔導はおそらく通じません。ただ、はやてさんが使っておられた力は、私の知っている魔導とは違うようですが……」
「あなたは一体?」
「アミティエです。アミタとお呼びください」
そして今、はやての目の前にいるのがキリエの姉、アミティエ。
「ゆえあって、私はさっきの子と、私の妹を追いかけています。妹の目的は八神はやてさん、あなたの『その本』なんです」
「……!」
思い出したようにはやては夜天の書を抱き締める。
アミティエのおかげで奪われずに済んだ――でも、なぜ狙われたのだろうか。
「あなたからはその本を。なのはさんとフェイトさんからは力を無断で借りようとしています。私は妹を止めないといけません」
「なのはちゃんとフェイトちゃんまで狙われとるんかっ?」
夜天の書と、魔導士の力。嫌な予感がする。
アミティエはバイクに跨ると、はやてにも後ろへ乗るように促した。
「乗ってください。八神はやてさん」
「ええと……どこへ?」
「妹のところへ。本当は大事になる前にキリエを押さえたかったのですが、こうなっては仕方ありません。そちらの応援が来るまで、私がお守りしますので」
彼女としては、敵の目的であるはやてを戦線へ連れていきたくはないのだろう。しかし先ほどの『赤いドレスの少女』が、まだ近くに潜伏している可能性もある。
『どのみち結界の中にいてくれるほうが、僕たちも守りやすい。同行してくれ』
「了解や。クロノ君がそう言うんやったら」
はやてが後ろに乗ると、アミティエが自分とはやての身体を紐でしっかりと結ぶ。
(そんなにスピード出す気なんやろか)
一抹の不安に駆られたものの、同行ははやても望むところだった。次は自分がなのはとフェイトを助けにいかなくてはならない。
「色々教えてください。と……アミタさん、でしたっけ」
「あなたがたを巻き込んでしまった責任は、私にもあります。お話しましょう」
アミティエのバイクで、まだ重機の残骸が燻っている戦場をあとにする。
走りながら事情を聞くうち、重要なことが次々と判明した。
「クロノ君、聞こえる?」
『ああ』
大型トレーラーの横転事故によって一部の高速は封鎖されているが、別のルートへ抜けると、交通量は並み程度に多くなる。
騒音に負けじと、はやては声を大きくした。
「事件の犯人はザフィーラたちが追ってる子で、キリエ=フローリアン。で、こっちのひとはその子のお姉ちゃん。妹を止めるために来たんやて」
『さっきはやてが交戦したのは?』
「妹さんの協力者で、そう……イリスや。イリスは人工知能で実体があらへん。妹さんが持ってる石板みたいな端末が、本体らしいで」
『なるほど。状況はわかった』
その交通量にもかかわらず、アミティエがバイクのスロットルを全開にする。
「私は引き続きこのひとに聴取を……ひゃああっ?」
『ど、どうした?』
「スピード違反にノーヘル! 進路無視! 違反が山積みです~!」
生きた心地がしなかった。
同じ頃、アルフとザフィーラはターゲットへ迫りつつあった。
銀狼のザフィーラに跨りながら、アルフはクロノの指示に相槌を打つ。
『はやては大丈夫だ。君たちは当初の作戦通り、ターゲットの確保を頼む』
「わかったよ。……じゃない、了解しました」
ザフィーラの声色から安堵の度合いが伝わってきた。
「主はご無事だったか」
はやてが襲撃を受けたとの一報が届いた時は、アルフたちも救援に向かおうとした。しかし位置が遠いのと、すでにシグナムたちが動き出していたため、任せている。
「主を保護したのはシグナムですか?」
『いや。アミタ……アミティエと名乗る女性だ』
走行中のザフィーラに代わって、アルフが首を傾げた。
「誰だろ?」
『ターゲットの姉で、妹を止めに来たらしい。彼女の話によれば、ターゲットの名前はキリエ=フローリアン。はやての夜天の書と、なのは、フェイトを狙ってる』
「フェイトをっ?」
アルフにとっても見過ごせない事態になってくる。
クロノは真剣な面持ちで続けた。
『彼女には魔法が通用しないそうだ。おそらくミッド式、ベルカ式を問わず、ね』
「犯人はAMFを使ってるのですか?」
AMFとは現在も研究が進められている、魔力の結合を阻害する装置のこと。その影響化では大半の魔法が発動できなくなる。
『さすがにそれはないだろう。ただ、君たちなら魔法抜きでも、充分な力を発揮できる。キリエ=フローリアンを捕獲する分には、相性がいいはずだ』
ザフィーラは狼の顔でやにさがった。
「確かに」
魔法の扱いはシグナムやシャマルに及ばないものの、ザフィーラには獣人タイプならではの怪力がある。魔法が通用しない敵のために、物理兵器を持ち出すまでもない。
クロノの背後で部下の声がした。
『臨海道方面へ大型車が多数、暴走しています』
『機動外殻だな。このコース……キリエ=フローリアンと合流するつもりか』
『そのようですね。すでに警察は臨海道方面の高速道を封鎖。じきに大規模な追跡が始まるものと予想されます』
『その前に確保しないと、もっと面倒なことになるな。よし』
「心得ております」
と、ザフィーラは即答。
アルフも幼い顔立ちなりに表情を引き締める。
「接触まであと少しだよ。機動外殻は私が引きつけるから、ザフィーラは容疑者を」
「ああ。主のためにも、ここで――」
ところが、アルフたちの背後に迫る影があった。
肩越しに振り返り、アルフは驚愕する。
「な……?」
追ってくるのは一機のヘリ。しかも攻撃のための砲門を備えている。
こんな市街地の真っ只中で、あるはずがなかった。動揺しながらも、アルフはヘリの操縦席を睨みつけ、目を白黒させる。
「誰も乗ってないぞ?」
その間にもヘリは高度を下げ、アルフたちに迫ってくる。
「ザフィーラ、後ろだ! 来るぞ!」
「しっかり掴まってろ!」
ザフィーラの速度なら振り切れる――その計算はミサイルの発射によって覆された。二発のミサイルがアルフたちをぴったりと追尾してくる。
「こんなところで爆発させたら、街が……!」
「わかっている!」
アルフとザフィーラはとにかく上昇した。
道路や建造物を巻き添えにしないためにも、ミサイルを上空へ引きつけ、自前の防壁で凌ぐほかない。ミサイルはみるみる肉薄し、アルフたちを挟み撃ちにする。
(――やばい!)
次の瞬間、高速道路の上空で爆発が起こった。
その直前にザフィーラは人間に変身。アルフと互いを足場にして跳躍し、ミサイルの脇をすり抜ける。
黒煙を抜ければ、ターゲットは目と鼻の先にいるはず。
「ザフィーラはこのまま容疑者の確保を!」
「承知……むっ?」
しかし高速道路に犯人、キリエ=フローリアンの姿は見当たらなかった。無人の道路を、無人のバイクがオートで走っているだけ。
「残念」
上だった。ヘルメットをつけた女子高生が、アルフたちのさらに頭上を取る。
不意打ちでワイヤーが伸び、アルフもザフィーラも拘束されてしまった。
「し、しまった!」
「さっきのヘリは囮か?」
それも一瞬にして上腕、腰、膝の三点を縛る鮮やかさ。ワイヤーも機動外殻と同等の改造が施されているようで、アルフたちの怪力でも簡単には引き千切れない。
ワイヤー越しに引っ張られ、ザフィーラとアルフはZ軸以外の位置を揃える。
「ゴメンね。邪魔されると困るの」
そう囁くと、女子高生は猛烈な踵落としを放った。
まず上のザフィーラが直撃を受け、下のアルフも巻き添えに。
「あああっ?」
ふたりして墜落し、その衝撃で高架道路をウエハースみたいにへし折る。
さしものクロノも前のめりになった。
「アルフ! ザフィーラ!」
予想だにしなかった展開に、東京支局の一同も口を噤む。
数秒ほど遅れて、ザフィラーの反応が返ってきた。
『申し訳ありません、こちらは自力で何とかします。容疑者をお願いします!』
「あ、ああ。すまない」
すぐにでもザフィーラたちに救援を送りたかったが、ほかでもない彼らが、今優先すべきことを意識している。
クロノは気持ちを切り替え、次の指示を出した。
「キリエ=フローリアンが機動外殻と合流次第、その進行方向で結界を展開! 容疑者には協力者がいることも忘れるな」
「監視、強化します!」
「それからシグナムたちに、カレドヴルフ社製武器の投入を伝えてくれ」
敵が魔法を無効化できることは、はやてとアミティエの情報から判明している。アルフたちが戦線離脱を余儀なくされた今、開発中の物理兵器の出番だった。
「まだ試作の段階だよ? クロノ君」
「カレドヴルフ社は喜ぶさ。実戦で有用性を証明できるんだから」
「この事態を喜ぶひともいるわけかあ……複雑」
エイミィに合の手を打ちながら、クロノはなのはとフェイトに通達する。
「なのは、フェイト。聞いての通りだ。イリスの動きは気になるが、キリエ=フローリアンさえ押さえれば片付く。君たちは彼女が結界に入ったところを、止めてくれるか」
『了解』
なのはの脇からフェイトが口を挟んだ。
『結界は問題ないの? クロノ』
「そこは任せてくれ。ザフィーラたちに先行して、準備を進めてある」
『結界』がないことには、魔導士は全力で戦えない。それがわかっていたからこそ、クロノは状況の推移に関わらず、結界のほうに人員を割いた。現時点でキリエ=フローリアンに後れを取っていない、唯一のアドバンテージだ。
「ふたりは容疑者の確保を頼む」
『任せて。行こう、なのは』
『うん。私たちで止めよう……キリエさんのためにも』
決戦は近い。
キリエ=フローリアンは数台の大型トレーラーを誘導しつつ、バイクで高速道路を臨海道方面へ走っていた。
フェンスやビルの合間で、剥き出しの地平線が見え隠れする。
(もしかして、あれが……?)
夜中のせいで真っ黒な平地にしか見えないが、あれが『海』らしい。
エルトリアの汚染されきった海洋とは違うのだろう。昼間のうちに少しくらい見ておけばよかった、という感傷が胸に去来する。
(……ううん。昔のエルトリアを取り戻せばいいだけ)
しかし今は作戦の最中だ。雑念を振り払い、バイクの操縦に集中する。
キリエたちの暴走を、パトカーの一団が追いかけてきた。
『止まりなさい! 今すぐ車を止めなさい!』
回転灯を赤々と光らせながら、スピーカー越しに警告を連発する。
(これが『警察』ってやつね。何もかも新鮮だわ)
エルトリアの荒野しか走ったことのないキリエにとって、警察に追われるのも初めてのこと。とはいえ、迎撃するつもりはなかった。
(なるべく穏便に……)
イリスのほうでは交渉が決裂し、八神はやてと交戦。しかもアミティエが駆けつけ、早くも戦闘に介入している。
この状況下でキリエが高町なのは、フェイト=テスタロッサに接触するのは難しい。
(追ってこないでって言ったのに。アミタのせいだからね?)
そこでキリエたちは、あえて姿を見せ、標的をおびき出すことにした。
一般人を巻き込みたくないのは、時空管理局とて同じはず。キリエを『結界』に誘い込んだうえで対処しようするだろう。
不意に後続のパトカーが忽然と消え、高速道路はキリエとトレーラーだけになった。
「……これが結界ってやつ?」
空間の位相をずらし、似て非なる場所へキリエたちを迎え入れる。
街並みや道路は健在だが、誰もおらず、街灯もすべて消えていた。イリスが用いた『封鎖領域』があくまで人払い程度のものに対し、『結界』は戦闘可能な空間を作り出す。
つまりこの中では、時空管理局の魔導士も攻撃を躊躇わないということ。また、キリエは結界に閉じ込められた形になる。
イリスからの通信にはノイズが混ざった。
『聞こえる? キリエ』
「なんとかね」
『ごめん、こっちは失敗。でもまだチャンスはあるわ。結界に誘い込まれたのは、こちらにとっても好都合。私たちも好き放題できるものね』
イリスと八神はやての交戦で、ひとつ確信したことがある。
相手の魔法は解析できても、八神はやてが使う金色の羽状端末と光線は、その規格から外れている。フォーミュラで魔導士を圧倒できるという見通しは変わらないが、はやてと姉のアミティエを、同じやりかたで押し切れるとは限らなかった。
『八神はやてもアミティエと一緒に追ってくるわ。そこを押さえて、闇の書を』
「オーケー」
『高町なのはとフェイト=テスタロッサは、まずは魔法の力を解放してもらって。あとはその手で触るだけで、データを取得できるようにしてあるから』
キリエの手甲に数列の表示が走った。
「やることが多いわね……」
闇の書の奪取と、なのは・フェイト両名のデータの取得。敵地でもある結界の中、ぶっつけ本番でクリアするのは、いささか厳しい気もする。
イリスが表情を曇らせた。
『ごめん。私が闇の書を取り逃しちゃったせいで』
「ううん。イリスはよくやってくれたの、知ってるから」
やはり一番の障害はアミティエか。
そんな予感を胸に、バイクの速度を上げる。
『結界からの脱出は私に任せて。その時になったら、誘導するわ』
「お願い。あてにしてるわよ、イリス」
その行く先でキリエはひとりの少女を見つけた。
(あの子は……!)
高速道路の真中で佇むのは、淡い桃色の霊装をまとった少女。十歳前後の風貌なのに、それこそ歴戦の勇士のような、凛然とした雰囲気を漂わせている。
その背後で、フェイトの声がした。
「ロック!」
それが発動するまで、コンマ数秒もなかった。キリエのバイクも、トレーラーのタイヤもバインドの魔法で一挙に拘束され、走るに走れなくなる。
(――!)
トレーラーは側面からフェンスに激突し、キリエのバイクも制御不能に陥った。
キリエはバイクごと転倒。起きあがったところを、また別の誰かに背後を取られる。この結界でキリエを待ち伏せしていたらしい。
(へえ……)
挟み撃ちにもかかわらず、キリエはヘルメットの中でやにさがった。
正面の、淡い桃色の少女が巨大な鍵をキリエに向け、警告する。
「時空管理局です。そのまま動かないでください」
「何か事情がおありとは思いますが、詳しくは局のほうで」
後方にいる漆黒の魔導士も、同じようにキリエに通告した。隙のない立ち姿で、ブロンドのツインテールを靡かせる。
目的のふたりだ。
なのははミカエルを、フェイトは愛用のアームドデバイスを握り締め、ターゲット――キリエ=フローリアンの一挙手一投足に目を光らせた。
「時空管理局です。そのまま動かないでください」
「何か事情がおありとは思いますが、詳しくは局のほうで」
なのはたちとて、彼女と戦いたいわけではない。クロノの意向もあり、あくまで穏便に任意同行を求める。
プレシア=テスタロッサ事件や闇の書事件も、まだ記憶に新しかった。
(あの時、もっと私に力があれば……)
真相も知らず、フェイトやシグナムたちと刃を交えたこと。
同じことを繰り返さないために、なのはは決して楽観視しない。油断もしない。
「お話を聞かせてください」
キリエ=フローリアンをまっすぐに見詰め、正直な気持ちをぶつける。
緊迫する中、ヘルメットの女子高生は淡々と口を開いた。
「フェイト=テスタロッサちゃんと、高町なのはちゃん……ね」
「え?」
初対面なのに名前を言い当てられ、なのはもフェイトもわずかに戸惑う。
「あなたは私たちのことを」
「知ってるわ。色々調べたからね」
その隙を突かれた。両手を挙げるふりをして、キリエは跳躍。なのはたちの間合いから脱しつつ、街灯の上でバランスよく直立する。
魔法を使ったような反応はなかった。
「なのは! あのひと……」
「うん。脚の力だけで、あそこまで」
鍵とアームドデバイスを構えなおし、なのはたちは頭上の彼女を睨みあげる。
キリエはヘルメットを投げ捨てると、それこそ今時の女子高生のようにぼやいた。
「残念……この服、結構気に入ってたんだけど」
転倒した際に破れたらしいブレザーを一瞥し、肩を竦める。
フェイトが瞳を瞬かせた。
「あなた……状況がわかってないんですか?」
「わかってるつもりよ。少なくとも、あなたたちよりは正確にね」
キリエの右手が小さなデバイスを掲げる。
「フォーミュラスーツ、セット!」
なのはも、フェイトも、まさかの光景に絶句した。
破れかかったブレザーが剥がれ、キリエの美しい肢体が露になる。その肌に赤と黒を基調としたインナースーツが重なり、ボディラインを引き締める。
胸元と二の腕を覆うように、装甲が合わさった。
爪先でも具足が実体化し、頑丈そうな紅い光沢を放つ。
「バリアジャケット……?」
「違う。あれは魔法じゃないよ、なのは」
さらにキリエは一振りのブレードを引っ提げた。
戦闘に特化したフォームなのは間違いない。優美なロングヘアをまるで無防備に波打たせる佇まいは、絶対の自信に満ち溢れている。
「そっちがその気なら、相手になってあげるわ。可愛い魔導士さん!」
キリエがぱちんと指を鳴らした。
なのはの足元から路面を突き破り、おしべのようにワイヤーが伸びてくる。
「あぅうっ?」
トレーラーに積んである機動外殻のものらしい。頭上のキリエにばかり気を取られ、接近を察知するのが遅れてしまった。
しかし手足の動きを封じられたのは一瞬のことだった。なのはがミカエルの先をワイヤーへ触れさせると、巻き取りが止まり、張り詰めた線は緩んで落ちる。
「閉じて」
次はワイヤーの先にある機体へ鍵を触れさせた。動力から各部へ届いていた駆動が途絶え、重機の腕が途中の姿勢で止まる。さらに銃身の前と、誰もいない結界の上空とを繋いだ。別の機体が放った弾は空中の切れ目へ入り、街並みの上を素通りしていく。
しかし出口を定めなかった弾丸は、消えてなくなるわけではない。なのははもう一度鍵を動かし、結界の上方に開いた口を空へ向け直した。流れ出す弾丸の先には、誰もいない。
さらに路面へ散った鋼片へ小さな鍵を向ける。〈小鍵〉の働きで、尖った破片の一つが縮み、靴底に刺さるほどの大きさではなくなった。次の一つにも手を伸ばそうとして、なのはは思いとどまる。破片の数は多く、その間もキリエとフェイトは動いている。いくら力があっても、ひとつひとつを見ずに安全にすることはできなかった。
空間をもっと大きく開けば、機動外殻の一団をまとめて別の場所へ落とすこともできる。しかし、その重さが次にどこへ届くかまで考えなくてはならなかった。なのはは機体の下にいるフェイトを見て、足場を含めて開きかけた口を細く絞る。銃弾の通る場所だけを繋ぎ直し、巨大な鍵の先を、動かしてはいけない機構へ一つずつ向けた。
相手の力そのものを〈閉〉じてしまえば、もっと早い。鍵を突き立てられた機械は動きを失い、開けられた空間は閉じられる。それを人間の身体へ同じように行うことまで、ミカエルには妨げるものがない。だが、止めたいのはキリエの命でも、心でもなかった。
(壊しちゃだめ。ちゃんと、お話しできるように)
容易にできることほど、選ぶのが怖かった。
キリエの手甲へ、イリスの照合結果が重なった。魔導式の起動反応は未確認。既知の術式との照合も成立しない。なのはの使った力を示す欄には、UNKNOWNという表示が残った。
「なのは!」
すかさずフェイトはフォローに行こうとした。しかし背後に殺気を感じ、反射的にバルディッシュを振り抜く。
無人の高速道路に甲高い金属音が鳴り響いた。
一瞬のうちにキリエが街灯から降り、フェイトに接近。小振りなブレードで奇襲を叩き込むとともに、ステップを織り交ぜ、二撃目の動作に入る。
(早いっ!)
二撃、三撃とバルディッシュで受け止めながら、フェイトは徐々にあとずさった。
単発の攻撃を続けても『連撃』にはならない。しかしキリエのそれは、一撃目が二撃目の予備、二撃目が三撃目の予備を兼ねていた。こちらが弾いた分は上半身で流しつつ、下半身で間合いを詰めてくる。
対するフェイトも、即座に神経を研ぎ澄ませた。
バルディッシュの『柄』で受ければ、もっとも小さな動きで対応でき、隙も少なくて済む。ただ相手のほうがパワーは上で、片手では捌ききれない。
「やるわね、フェイトちゃん!」
「ま……まだまだ!」
なのはのことは心配だが、振り向く余裕などなかった。
キリエの猛攻を凌ぎきり、距離が開いたところで、バルディッシュを半回転。その先端から鋭利な金色のエネルギーが伸び、鎌のようなフォルムとなる。
キリエが一旦、後退した。
「へえー。色んなフォームが使えるみたいね、それ」
「おとなしくしてください!」
武器が特異な形状だと、攻撃するだけでも『奇襲』になる。さらに腕と柄の長さを活かせば、相手を近づけないだけの間合いも確保できた。
大振りゆえの隙は魔法でカバーする。
キリエは回避に専念し、ブレードでは意味を成さない位置まで下がった。
フェイトの魔弾は後方の機動外殻を直撃。しかし相手は眉ひとつ動かさない。
「なるほど。デタラメに撃ってたわけじゃなかったのね」
その手にあるブレードが突然、銃弾を放った。
「な――?」
反射的にフェイトは防壁を張り、弾丸を斜めに弾く。
さっきまでブレードだった武器が、ライフルとすり替わっていた。
(あれがクロノの言ってた……!)
剣と銃とがシームレスに変化すると見て、間違いない。つまり間合いを制したのは自分ではなく彼女――フェイトも射撃をメインに切り替えた。
ライフルの射線から上空へ逃れつつ、十八番の魔弾を放つ。
「捉えたっ!」
そのはずが、今度のキリエは回避しなかった。そうするまでもなく、半球状の防壁が魔弾をシャットアウトする。まるでマッチの火を水で消すかのように。
(魔法が通用しない? 本当に?)
フェイトは唖然とした。クロノから聞いてはいたが、自分の目で見てこそ驚く。
そのせいでキリエの強襲に対応できず、鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。キリエの武器は再びブレードとなり、小柄なフェイトには不利な力比べを強要する。
「ねえ、フェイトちゃん。ここは見逃してもらえない?」
「……は?」
思いもよらない言葉に虚を突かれた。
しかしキリエは好機を得ていながらも、説得を優先する。
「私はどうしても欲しいものがあるの。友達に手伝ってもらって、ここへ来た」
もとよりフェイトたちは彼女と『対話』を望んでいた。キリエのブレードをバルディッシュで苦しげに押し返しつつ、問いただす。
「ど、どういうことですか?」
「家族を助けるためなの。見逃してもらうわけには、行かない?」
「だったら局で話を……伺います、から……!」
弾き飛ばされる――その瞬間、なのはの声が聞こえた。
「フェイトちゃん、一度離れて!」
フェイトがバルディッシュで剣を外へ流し、身体を引く。そのすぐ脇に空間の切れ目が開き、なのはの持つ鍵の先がキリエへ届いた。武器の駆動を閉じるための一撃だったが、キリエは接触より早く跳び退く。
同時にフェイトのバインドが足首を捉えた。しかしキリエの具足がバーニアを噴かせ、光の輪を振り切って上空へ抜ける。なのはとともにフェイトも結界の夜空を仰ぎ、その垂直に近い跳躍の正体を知った。
なのははすぐに鍵を向けた。上空へ出口を作れば、跳んだ先へ触れられる。しかしキリエの脚が踏み込む場所には、追ってきたフェイトの腕もある。全身を乱暴に止めたり、二人の間を力任せに切り離したりすることはしたくなかった。狙いを具足の推進部へ絞ったところで、キリエがフェイトの背へ回り込み、鍵を突き出す角度が失われる。
(あと少し、ずれてくれれば……)
鍵はまだ一度も、力の限界へ届いていない。なのはが迷っている間にも、フェイトの防御は削られていた。
あれではバインドも意味がない。彼女もまた奥の手を隠していたらしい。
「んもう。話の途中なのに」
さらにキリエは右手にも左手にも同じブレードを携えた。
「怪我させないように気をつけないとね……」
左右対称のシルエットがロングヘアを靡かせる。
(来る!)
と思った時には、すでにキリエは路面スレスレまで降下していた。具足のバーニアも活用して、強引に角度を変え、フェイトに突撃。
バルディッシュでは間に合わず、フェイトは手甲で左の斬撃を受け止める。
「くうっ?」
それを凌いだのも、一瞬のこと。
間髪入れず右のブレードも重なり、X字の交点に力を集中させる。
そこから亀裂が入り、バリアジャケットの手甲が砕けた。その時には次の攻撃が始まっており、もう一方も砕かれる。
続けざまにキックを食らい、フェイトは路面でバウンドした。
「ハッ!」
「でしょうね!」
しかし転倒に見せかけて、実は受け身を取ってのジャンプ。それを見逃さず、キリエも二刀流で猛追してくる。
空中で金属音ととともに火花が散った。巻き添えを食った街灯が倒れる。
(ソニックフォームじゃないと追いつかない、でも……!)
またも接近戦に持ち込まれ、フェイトは歯噛みした。
キリエの動きは目で追えるものの、身体がついてこない。キリエと打ちあうごとに、フェイトの対応が遅れ、翻弄される。
キリエの双剣が相手では、とにかく距離を取るほかなかった。
「バルディッシュ!」
『Yes,Sir!』
滞空しつつ、フェイトは魔弾の雨を降らせる。
だが、またしても半球状の防壁に遮られ、キリエには一発も届かなかった。
「残念、もう解析が済んじゃったの」
フェイトのバインドも、あっさりと解除される。
「だからもう、あの縛るやつも効かないわよ。ほらね」
フェイトは戦慄した。
まだ余力はある。強力な魔法の一発や二発は撃てる。
けれども彼女には通用しないのだ。自分の攻撃が一切合切意味を成さないとなっては、戦意を保ってもいられない。
「あなたは一体……」
「さっきも言ったでしょ。家族を助けたいの」
家族を助けたい――その言葉がフェイトの胸を打った。今までのキリエのどんな攻撃よりも効いてしまい、心を乱される。
「私のお父さんなんだけどね。死んじゃうかもしれないの。時間ももう残ってない。助けるためなら、どんなことでもするわ」
まるで昔の自分と相対しているような錯覚がした。
「それが世間から見たら、悪いって言われるようなことでも」
同じだ。あの頃の自分と。
疑問を抱きながらも母プレシアの命令に従っていた、孤独な自分と。
キリエは願掛けのように両手を合わせた。
「だからお願い。ここは見逃して!」
フェイトはかぶりを振って、声を震わせる。
「だめです……それはだめです!」
ひたすら繰り返した。
だめだ。絶対にだめだ。このひとは昔の自分と同じことをしている。家族のためという目的以外のことを、あえて考えようとしない。
だからフェイトは繰り返した。
「だめなことなんです!」
ありったけの気持ちを、かつての罪悪感を叫びに込める。
そんなフェイトの縋るような言葉に、なのはの力強い声が重なった。
「キリエさん、こちらを見てください」
大切な友達、フェイトが苦しんでいるのを見て、じっとなどしていられなかった。かといって、怒り任せに暴れるつもりもない。
なのはは機動外殻を止めながら、キリエへ近づいていた。砲口へ鍵を触れさせ、発射の機能を閉じる。銃弾が途絶えたところで、フェイトの後ろへ小さな出口を開き、そこから回り込んだ手で友達をキリエの射線から引いた。
キリエの身体へ強引に鍵を突き立てることはしない。武器を振るわせず、傷も作らず、話せる状態のまま捕まえたい。そのために、自分を縛ろうとしたワイヤーを手に取り、片端を腕の内側へ回す。鍵を向けると、キリエの背後に小さな空間の切れ目が生じた。なのはの側にあるワイヤーがそこへ入り、反対側の口から伸びて、キリエの腕と胴へ巻きつく。
「な――」
魔法の拘束なら無効化できた。しかし触れているのは機動外殻自身のワイヤーで、抜けようとした身体の向きが、かえって線を締めた。
「せーーーのぉ!」
さらに攻撃魔法によらない『腕の力』だけで、彼女を一本釣り。引いた瞬間、キリエの身体はなのはの想定より速く動いた。なのはは手を緩め、落下する身体の下へ空間を繋ぐ。出口を路面のすぐ上へ向け直し、勢いを横へ逃がしてから、ようやく地面へ降ろした。
強化されたキリエでさえ、そのまま叩きつければ壊れてしまうかもしれない。もっと強く引くことより、引きすぎた力を途中で逃がすことへ、なのはは必死に意識を向けていた。
鍵を少し回すだけで、落ちる先と上がる先を入れ替えられる。便利な力だと、なのは自身も思う。ただ、それは落下の速度まで優しくしてくれるわけではなかった。出口の向きを誤れば、助けたつもりの相手を今度は別の場所へ叩きつけてしまう。目の前の少女ひとりを傷つけずに降ろすだけで、なのはは額に汗が浮かぶほど集中していた。
「きゃああっ?」
魔法ではないのだから、無効化されることもなかった。
キリエはぐるぐる巻きの恰好で路上に倒れる。
「な、なんて力技……」
二本のブレードも彼女の手を離れ、地面に突き刺さり、転がった。
なのはは彼女にミカエルを向け、教師のように言いつける。
「うちのフェイトちゃんは優しい子なんで、苛めないであげてくださいね」
「力になれるよう頑張りますから。お話、聞かせてください」
フェイトも傍へ降りてきて、キリエを囲んだ。これにて今夜の容疑者を確保。
傷だらけのキリエが降参とばかりに微笑む。
「ふたりともすごいのね……」
なのはとフェイトも笑みを綻ばせた。
「だけどっ!」
しかしキリエはどこからともかく短銃を取り出し、唇の端を吊りあげる。
と思いきや、キリエの銃はまったく別の狙撃によって弾き飛ばされた。キリエのみならず、なのはとフェイトも呆気に取られる。
「え……」
「キリエ、やっと見つけました。さあ帰りますよ」
初めてキリエが感情を剥き出しにした。悔しそうに歯軋りまでする。
「アミタ……!」
セーラー服の女性だった。四肢はキリエのフォーミュラに似たインナーに覆われ、後ろに大きな三つ編みを従えている。
「なのはさん、フェイトさん、おふたりとも無事で何よりです。お友達のはやてさんも、ちゃんとわたしが保護しましたので」
はやての窮地を救ってくれた、件の女性らしい。
(確かアミティエさん……キリエさんのお姉さんの……)
キリエと同じ短銃を降ろし、彼女――アミティエが前へ出る。