「力が欲しいか?」と言いたくて! 作:桃たろす
それから、さらに時間が経った。
小尾一も、年齢だけを見れば高校生ほどになっていた。
背は伸びた。
顔つきからも、子供らしさはかなり抜けている。
だが、生活だけは何年経ってもほとんど変わらなかった。
朝になれば起こされる。
食事を渡される。
決められた時間に検査を受ける。
許可された本を読み、時折やって来るクロノの質問に答え、夜になれば寝る。
認識阻害。
暗示。
その二つで収容施設へ散々迷惑をかけた結果、職員との接触方法も昔とは比較にならないほど厳しくなっていた。
小尾から何かを頼まれても、その場で判断してはいけない。
小尾の発言を聞いた後に妙な考えが浮かんだ場合は、必ず第三者へ相談する。
担当者は定期的に交代。
心理検査も継続。
以前のように、夜中に職員三人と食事へ出かけるような事態は起きていない。
つまり。
暇だった。
とにかく、暇だった。
最初の頃はよかった。
大量に本を読んだ。
なのはとはやてがどういう存在になったのかを考え続け、その結果から新しい魔術理論まで組み立てた。
時間だけなら、いくらでもあった。
だが、理論を考えるだけの生活にも限界はある。
ある日。
小尾は思った。
実験しよう。
もちろん、管理局が研究設備など用意してくれるはずがない。
薬品もない。
専門的な加工器具もない。
小尾の研究資料も、危険性があると判断されたものは押収されたままだ。
だから、小尾は手元にあるもので始めた。
紙。
筆記具。
水。
糸。
食器。
包装材。
本の栞。
衣服から抜いた繊維。
食事に含まれていた塩。
小さな金属片。
それで十分だった。
類感魔術において重要なのは、材料の価格ではない。
意味。
形。
象徴。
対応。
何を何に見立てるのか。
何と何を結びつけるのか。
そこへどのような意味を与えるのか。
当然、紙へ一本線を引けば雷が落ちるというものではない。
紙へ魔法陣を描く。
ルーンを組み合わせる。
適切な位置へ素材を置き、それぞれに意味を与える。
複数の象徴を重ね、目的とする現象へ近づけていく。
小尾自身の感覚では、まともな工房で作るものと比べれば玩具に近い。
それでも。
収容施設で暇を潰す程度の実験には、十分すぎた。
◇
「小尾一!」
職員の怒声が収容区画へ響いた。
警備員が駆けつけた時。
小尾の居室近くにある壁の一部が、白煙を上げながら溶けていた。
表面が崩れている。
液状化した壁材が床へ垂れ、嫌な臭いを漂わせていた。
その少し手前には、数枚の紙が置かれている。
円と線を重ねた魔法陣。
管理局員には読めない文字。
その上に置かれた少量の塩と、水を染み込ませた布。
紙同士をつなぐ細い糸。
そして中央には、小さな金属片。
その前で、小尾はしゃがみ込んでいた。
「何をした!」
警備員に怒鳴られ、小尾が振り返った。
「腐食の実験」
「するな!」
「思ったより広がったな」
「感想を聞いてるんじゃない!」
警備員が紙へ近づこうとして、途中で足を止めた。
長年の経験が、その場で素手による回収を思い留まらせた。
「……それ、もう止まってるのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「反応自体は終わってると思うけど」
「誰か回収班を呼べ!」
警備員が通信を始める。
その間も、小尾は溶けた壁を見つめていた。
想定していたよりも、作用範囲が広い。
対応させる対象を壁全体ではなく、表面材だけに限定するべきだったかもしれない。
あるいは腐食を示す象徴が強すぎた。
「次は――」
「次はない!」
考えを口にした瞬間、警備員から怒鳴られた。
◇
数週間後。
収容施設上空に雲が発生した。
ミッドチルダの気象管理側には、そんな予定はない。
周辺に雨雲もない。
収容施設の真上だけだった。
異常が報告され、職員たちが原因調査を始めた。
直後。
雷が落ちた。 ←[象徴武器(シンボリックウェポン) - とある魔術の禁書目録 Index - atwiki(アットウィキ)](https://w.atwiki.jp/index-index/pages/1303.html) の再現
轟音が施設を揺らし、外壁の一部が破損した。
避雷設備だけでは処理しきれなかった。
小尾の部屋から押収されたのは、複数の紙。
金属片。
細い線状の素材。
そして紙面へ何重にも書き込まれた、管理局には判別できない図形と文字だった。
◇
さらにその後。
今度は雨が降った。
やはり収容施設の周囲だけ。
「外へ出るな!」
施設内へ警報が響く。
降ってきた雨滴が外壁へ触れる。
白煙。
表面塗装が変色し、一部では建材まで侵されていた。
「成分解析!」
「強酸性反応です!」
「気象制御は!」
「正常です!」
「正常なら何で酸が降ってくるんだ!」
収容施設の責任者が怒鳴った。
原因は、また小尾だった。
居室から発見されたものは、水の入った容器。 ←[硫黄の雨は大地を焼く - とある魔術の禁書目録 Index - atwiki(アットウィキ)](https://w.atwiki.jp/index-index/pages/2458.html) の再現
紙。
図形。
ルーン。
その他、数種類の日用品。
どれも管理局員から見れば、何のために組み合わせられているのか分からない。
小尾の中では簡易的な礼装に分類されるものだったが、そんな言葉を管理局側は知らない。
報告書には、
――未分類術式媒体。
――非管理局式魔術道具。
――小尾一作成物。
その程度の名称で記録された。
◇
問題は、施設だけでは済まなかった。
押収品を回収しようとした職員が、右腕に火傷に似た損傷を受けた。
別の職員は、回収した紙束の調査を担当した翌日から、毎晩同じ悪夢を見るようになった。
また別の職員は、収容区画の特定の通路へ入るたびに理由のない恐怖を感じ、呼吸困難を起こした。
管理局式の精神魔法を検査しても、該当する痕跡はない。
暗示とも違う。
認識阻害でもない。
しかし症状だけは確実に存在する。
怪我をすれば治療が必要になる。
精神的な不調が出ればカウンセリング。
長引けば休職。
入院すれば、その間の人員が不足する。
代替要員を配置するにも、小尾の収容区画へ入る者には専用の事前教育が必要だった。
余計な会話をしない。
要求をその場で判断しない。
本人の近くで判断が変化したと感じた場合は、即座に第三者へ報告。
本人が作った物へ不用意に触れない。
見慣れない紙。
図形。
糸。
金属。
その他、意味の分からない配置を見つけた場合、その場で動かさない。
人を一人補充するだけでも金がかかる。
休職者が出れば、さらに金がかかる。
壁を直す。
外壁を直す。
電気設備を直す。
異常が残っていないか検査する。
職員を治療する。
職員をカウンセリングする。
新しい職員を教育する。
そして。
その原因である小尾本人は。
「今回は結構うまくいった」
そんな感想しか持っていなかった。
◇
ついに。
管理局上層部で、小尾一の処遇だけを議題とした会議が開かれた。
財務。
人事。
医療。
法務。
収容施設の管理責任者。
その他の関係部署。
クロノも出席していた。
大型表示へ数字が並ぶ。
「まず今年度の施設修繕費です」
財務担当者が説明する。
内壁。
外壁。
配線。
監視設備。
安全装置。
例の酸性降雨が発生した際には、建物全体の洗浄と耐久検査まで行われている。
「続いて職員関係です」
表示が切り替わった。
治療費。
入院費。
労災補償。
心理療法。
カウンセリング。
休職者の代替要員。
新規担当者への教育費。
さらに過去に行われた認識阻害・暗示対策の費用まで含めれば、数字はもっと大きくなる。
最後に、一年間の総額が表示された。
しばらく。
誰も口を開かなかった。
「……確認するが」
一人の局員が画面を見上げた。
「これは一人分なんだな?」
「小尾一、一名です」
「収容者一人に?」
「はい」
「……高くないか?」
財務担当者が無表情で答えた。
「高いから、この会議が開かれています」
クロノは額を押さえた。
◇
「まず、魔術の使用を禁止すればいいのでは?」
「すでに禁止しています」
収容施設の責任者が即答した。
「筆記具を取り上げる」
「やりました」
「どうなった?」
「食事の包装材へ、食器を使って図形を刻みました」
「紙類を取り上げる」
「本があります」
「本も取り上げる」
法務担当者が首を振った。
「長期にわたって読書その他の最低限の娯楽まで全面的に禁止するのは問題になります」
「なら材料になりそうなものを与えない」
収容施設の責任者が深いため息をついた。
「紙だけではありません」
「他には?」
「糸、衣類、木片、金属、包装材、食器、水、塩。手元にある物を勝手に組み合わせます」
「全部取り上げたら?」
「裸で、何もない部屋に入れて、手づかみで食事をさせるなら可能かもしれません」
法務担当者が即座に首を振った。
「却下です」
「でしょうね」
クロノが口を挟む。
「小尾の術式は、特定の専用道具がなければ何もできないというものではありません。手元にあるものへ意味を与えて、別のものと結びつける。完全に防ごうとすると、生活そのものを成立させられなくなります」
「では地球へ返す?」
「反対です」
クロノは即答した。
「なぜ?」
「今ここでやっていることを、管理局の監視が届きにくい地球で始めるだけです」
数人が黙った。
「ああ」
「それは駄目だな」
「絶対駄目です」
クロノが念を押した。
「では、このまま収容か」
財務担当者が画面を見る。
「それでは経費の問題が解決しません」
そこで再び、全員が黙り込む。
野放しにはできない。
収容すれば金がかかる。
職員を配置すれば、怪我をする。
怪我をすれば人員が減る。
施設を強化すれば、その設備ごと壊される。
材料を制限しても、別の材料を探す。
小尾自身には、脱走しようという強い意思すらない。
ただ暇だから。
それだけで、被害が増えていく。
「……どうするんだ、これ」
一人が呟いた。
◇
長い沈黙の後。
一人の局員が、ふと口を開いた。
「逆に考えませんか?」
クロノが顔を向ける。
「何をです?」
「収容するから、金がかかる」
「……そうですね」
「なら収容しなければいい」
「待ってください」
クロノがすぐに止めた。
「野放しにするという意味ではありません」
「では?」
「保護観察です」
会議室に、少し空気の変化が生まれた。
「監督者を付けて、施設の外で生活させる」
「普通の局員に監督させれば、その局員が被害を受けます」
クロノは即座に問題点を挙げた。
「暗示、認識阻害、最近の正体不明の術式。二十四時間誰かを付けるなら、結局人件費もかかる」
「普通の局員なら、でしょう?」
「……どういう意味です?」
「小尾一を止められる人間を付ければいい」
クロノの嫌な予感が、一気に強くなった。
「例えば?」
「高町なのは」
別の局員が続ける。
「八神はやて」
クロノは数秒間、無言で二人を見た。
「……本気ですか?」
「二人なら小尾一を止められる」
そこだけは。
クロノにも否定できなかった。
現在のなのはとはやては、通常の魔導師とは根本的に違う力を有している。
小尾が何かを作る。
術式を起動する。
反抗する。
逃げる。
どの段階であっても、二人なら力ずくで制圧することが可能だった。
「普通の局員が監督者の場合、小尾一が何かを始めれば応援を要請する必要があります」
人事担当者が言う。
「高町なのはか八神はやてなら、その場で終わらせられる」
「それはそうですが」
クロノは渋い顔のまま答える。
「二人とも、小尾の被害者ですよ」
「もちろん本人の承諾は必要です」
「承諾の問題だけでは――」
「現状より安全な案を出してください」
財務担当者から返され、クロノは黙った。
◇
最初は、なのはとはやての二人が候補だった。
「八神はやては?」
一人が資料を見る。
「戦力としては申し分ない」
「小尾一を制圧することも可能」
「管理局員としての立場も問題ない」
「なら――」
そこで別の者が資料を確認した。
「あ」
「どうしました?」
「家族がいる」
会議室が静かになる。
守護騎士。
リインフォース。
そこへ、小尾一を住ませる。
全員が少しだけ想像した。
「……やめましょう」
「そうですね」
「別の問題が起きる」
「絶対起きます」
クロノも即答した。
「では、高町なのはで」
「どうしてそんな簡単に決まるんです!」
クロノが思わず声を上げる。
「条件が一番いい」
「どこがです!」
「正式な管理局員」
一つ。
「現在の生活拠点がミッドチルダ」
二つ。
「管理局側で専用住居を用意しやすい」
三つ。
「そして何より」
最後。
「小尾一が何をしても、その場で制圧できる」
それが最大の理由だった。
クロノは反論しようとして。
できなかった。
なのはなら。
本当に止められる。
◇
「普通の保護観察では駄目でしょう」
法務担当者が新しい資料を作り始めた。
「小尾一については、特別条件を設定します」
「どの程度です?」
クロノの問いに、法務担当者は淡々と答えた。
「まず単独行動を認めない」
「完全に?」
「原則として」
外出時。
買い物。
管理局施設への移動。
その他、監督者以外の管理下へ一時的に移される場合を除き、基本的になのはが同行する。
「自宅内では?」
「可能な限り、高町なのはの視界へ入れておく」
クロノが眉を寄せる。
「ずっと?」
「ずっとです」
「それは……」
「過去に監督の目を盗んで何をしました?」
クロノは黙る。
「分かりました」
「就寝時も同様です」
「寝ている時まで?」
「可能な範囲で」
同じ部屋。
あるいは、なのはが目を覚ました時に即座に確認できる場所。
もちろん入浴や着替えなど、生活上不可能な場面まで視線を固定しろという話ではない。
ただし。
小尾を長時間、一人にしてはならない。
「これ、保護観察ですよね?」
クロノが確認した。
「制度上は」
「実態は収容施設をなのは一人に置き換えただけでは?」
誰も答えなかった。
「それから」
さらに条件が追加される。
「不審な行動を確認した場合、高町なのはには即時の制圧権限を与えます」
「事前承認は?」
「不要です」
「どこまで?」
「小尾一を死亡させない範囲で」
クロノが顔を上げた。
「雑すぎませんか?」
「相手が小尾一です」
妙に説得力があった。
「無許可で魔法陣を書き始めた。止める」
「はい」
「正体不明の道具を組み始めた。止める」
「はい」
「逃亡の兆候がある。止める」
「はい」
「本人が抵抗したら?」
「必要な強制力を行使して構いません」
「なのはが危険だと判断した時点で?」
「緊急時なら、事後報告で構いません」
クロノは頭を抱えた。
「本人の意思確認は?」
「高町なのはには当然必要です」
「小尾の方です」
「必要ありません」
クロノが顔を上げる。
「ないんですか?」
「処遇の変更です。本人に選択させる話ではありません」
それもそうだった。
小尾は自由の身ではない。
収容施設から出るからといって、釈放されるわけでもない。
管理局が監督方法を変更するだけ。
小尾が嫌がろうが、決定されたなら従わせる。
「拒否した場合は?」
「高町なのはが連れていけばいいのでは?」
クロノは黙った。
確かに。
連れていける。
「……本当に何でもなのはで解決しようとしてませんか?」
「今回に関しては非常に適任です」
「僕には厄介事を全部押しつけているように見えます」
「監督手当を付けます」
「金の話をしているんじゃありません!」
「住居も管理局が提供します」
「だから!」
だが、財務担当者は真剣だった。
「それでも現在の年間収容費より遥かに安い」
「小尾一の生活費も局負担」
「住居費も局側」
「監督業務は正式な任務として扱う」
「勤務についても配慮する」
「高町なのはが了承するなら、かなり現実的では?」
「いいですね」
「職員の労災も減る」
「施設修繕費も減る」
「何か起きても高町なのはなら止められる」
「ナイスアイデアだな」
クロノだけが、一切笑っていなかった。
「ナイスアイデアじゃありません!」
最後まで反対しているクロノをよそに、話はすでに高町なのはを監督者とする方向でまとまりつつあった。
細かな条件については法務と人事で詰める。専用住居の選定や監督手当の額についても、関係部署で早急に調整することになった。
そして。
会議を締めようとしていた上層部の一人が、思い出したようにクロノへ顔を向けた。
「では、クロノ・ハラオウン執務官」
「……はい?」
「高町なのは隊員には、君から伝えておいてください」
クロノが固まった。
「僕がですか?」
「君が一番事情を把握しているでしょう」
「それはそうですが」
「小尾一を長年担当しているのも君です。今回の経緯、監督条件、危険性について説明した上で、高町なのは隊員本人の意思を確認してください」
「…………」
「よろしくお願いします」
完全に決定事項だった。
クロノは何か言い返そうとして。
やめた。
これ以上この場で反対しても、結果が変わらないことくらいは分かっていた。
「……分かりました」
結局。
小尾一を高町なのはへ押しつける案に最後まで反対していた人間が。
その高町なのは本人へ話を持っていく役目まで押しつけられることになった。
◇
「嫌」
フェイトは即答した。
「まだ説明が途中だ」
「嫌」
「フェイト」
「絶対嫌」
クロノの前には、なのはとフェイトが座っていた。
二人とも、すでに正式な管理局員として仕事をしている。
なのはは渡された資料を読み込んでいた。
一方。
フェイトは最初の数行を聞いただけで、完全に臨戦態勢へ入っていた。
「何でなのはなの?」
「理由は説明しただろう」
「してない」
「小尾を止められるからだ」
「だからって、なのはに押しつけるの?」
「僕も反対した」
「じゃあ止めてよ」
「最後まで反対した!」
「もっと反対して!」
「僕一人じゃ無理だったんだ!」
クロノまで声が大きくなる。
「二人とも」
なのはが困ったように口を挟んだ。
「一回落ち着いて――」
「なのははちょっと待ってて」
フェイトはなのはを片手で制した。
「え?」
そのままクロノへ向き直る。
「そもそも何で、あんなクズを外に出すの?」
「収容費が――」
「クズ」
「いや、だから」
「カス」
「フェイト」
「ゴミ」
「聞いてくれ」
「人間の形をした粗大ゴミ」
「表現が悪化してないか?」
「倫理観をどこかに捨ててきた研究馬鹿」
「フェイトちゃん?」
なのはが横から呼びかける。
フェイトは止まらない。
「なのはを勝手に実験台にした変態」
「フェイトちゃん」
「はやてに勝手に変なものを入れた外道」
「ちょっと」
「その結果はやてに人まで殺させた最低野郎」
「フェイト」
「反省もしない」
フェイトの声がさらに強くなる。
「収容されたら職員に認識阻害」
指を一本立てる。
「次は暗示」
二本目。
「それが駄目になったら、今度は壁を溶かす」
三本目。
「雷を落とす」
四本目。
「酸の雨を降らせる」
五本目。
「職員を怪我させる」
もう片方の手まで使い始めた。
「精神までおかしくする」
「本人はそこまで狙って――」
「結果がそうなってる!」
クロノの補足は一蹴された。
「クズ!」
「はい」
「カス!」
「もう聞いた」
「ゴミ!」
「それも」
「害悪!」
「増えたな」
「疫病神!」
「フェイトちゃん?」
「歩く災害!」
「フェイト」
「倫理観の不法投棄!」
クロノが一瞬黙った。
「……それは何なんだ」
「小尾一」
「いや、そうじゃなくて」
「存在自体が研究事故!」
「フェイトちゃん、私の話……」
なのはが再び口を挟んだ。
しかしフェイトは完全になのはを置き去りにしていた。
「収容施設を食い潰す金食い虫!」
「それは財務部も似たようなことを言っていた」
「管理局の予算を食べる害虫!」
「そこまで言ってない!」
「暇だからって魔術実験始める研究中毒!」
「否定はできない」
「壁を溶かして『思ったより広がった』で済ませる馬鹿!」
「……報告書を読んだな?」
「読んだ!」
フェイトは机へ手をついた。
「そんな社会不適合者を!」
「言い過ぎだよ、フェイトちゃん」
「なのはの家に!」
「私の家っていうか、管理局が用意する――」
「二十四時間!」
「うん」
「ずっと!」
「うん」
「一緒に!」
「そうだね」
「寝る時まで!」
「……そこは私もちょっと驚いたかな」
「ふざけてる!」
フェイトが再びクロノへ向く。
「ゴミ処理は管理局でやって!」
「小尾をゴミ処理扱いするな!」
「じゃあ有害物質処理!」
「もっと悪い!」
「危険物保管!」
「人間だ!」
「人間なら人間らしいことして!」
クロノは答えられなかった。
なのはが横で、小さく苦笑する。
「……フェイトちゃん、小尾君のこと本当に嫌いなんだね」
その一言で。
フェイトがようやく、なのはの方を見た。
「大嫌い」
即答だった。
「知ってるけど」
「なのはをあんなに苦しめた」
フェイトの声から、少しだけ冗談めいた部分が消える。
「はやてにも、人を殺した記憶を残した」
「うん」
「それなのに本人は何も変わってない」
「……うん」
「だから嫌い」
なのはは否定しなかった。
「なのはがそんなに憎んでないのも知ってる」
「うん」
「はやてを助ける力をくれたことに、ありがとうって思ってるのも知ってる」
「うん」
「でも私は無理」
フェイトははっきりと言った。
「なのはが許しても、私は許さない」
しばらく沈黙が落ちた。
クロノはその間を待ってから、説明を再開した。
「それでも、この案をなのは本人に確認する必要はある」
「断って」
フェイトが即座になのはを見る。
「まだ決めてないよ」
「断って」
「だから」
「なのは」
「はい」
「断ろう」
なのはは資料へ目を落とした。
監督条件。
単独行動禁止。
外出時には同行。
自宅でも、可能な限り視界の中へ置く。
就寝時も基本的に同じ空間。
危険行為を始めた場合は、その場で制圧。
小尾が抵抗しても、死なない範囲なら実力行使を認められる。
「私が怪しいと思ったら、止めていいんだよね?」
なのはがクロノへ聞いた。
「ああ」
「権能を使っても?」
「構わない」
「拘束しても?」
「構わない」
「それで小尾君が抵抗したら?」
「死なせない範囲なら、かなり強く制圧しても問題ない」
なのはが頷く。
「分かった」
「分からなくていいよ!」
フェイトがまた割り込んだ。
「なのはが何で納得するの!?」
「だって」
なのはは少し考える。
「私なら小尾君を止められるんでしょ?」
クロノは頷いた。
「君を候補にした最大の理由がそれだ」
「はやてちゃんは?」
「はやても止められる。ただ、はやてには家族がいる」
「ああ」
なのはもすぐ理解した。
「シグナムたちのところに小尾君を住ませるのは……」
「会議でも、全員がやめようと言った」
「それはそうだよね」
「じゃあ収容所でいいじゃん!」
フェイトだけは諦めない。
「でも、そこで職員さんが怪我してるんだよね?」
なのはが聞く。
クロノは頷いた。
「何人もな」
「入院した人も?」
「いる」
「精神的に休んでる人も?」
「ああ」
「小尾君を入れておくためだけに、すごくお金もかかってる」
「そうだ」
なのはは資料を閉じた。
「だったら、やってみてもいいよ」
フェイトが固まった。
「……なのは?」
「引き受ける」
「なのは!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない!」
「変なことしたら止めるから」
「そういう問題じゃない!」
「でも、止められるよ」
「止められるけど!」
フェイトが言葉に詰まる。
そこが、この案の厄介なところだった。
なのはなら。
本当に止められる。
「小尾君も、ずっと収容所にいるよりは外に出た方がいいと思うし」
「なのは、あいつに優しくしなくていいんだよ?」
「優しくしてるわけじゃないよ」
「してる!」
「監視するんだよ?」
「なのはの監視、絶対途中で世話になるもん!」
「そこは気をつけるから」
「絶対ご飯作ってあげたりする!」
「一緒に住むならご飯は必要じゃない?」
「ほら!」
「フェイトちゃん?」
クロノは二人を見ながら、もう止めることを諦め始めていた。
「では、なのはは了承ということでいいんだな?」
「うん」
「私は了承してない!」
「フェイトの任務ではない」
「毎日行く」
「何?」
「なのはの家、毎日行く」
「フェイトちゃん?」
「仕事終わったら行く。忙しくても通信する。あのクズが変なことしてないか確認する」
「クズに戻ったね」
「ゴミでもいい」
「どっちでもよくないよ」
「カスでも」
「増やさなくていいから」
なのはの承諾によって。
小尾一の保護観察移行は、正式に進められることになった。
◇
数日後。
クロノが収容室へ入ると、小尾はすぐに本から顔を上げた。
「今日、定例じゃないよね」
「ああ」
「何?」
「君の処遇について決定が出た」
小尾が本を閉じた。
「何か変わるの?」
「変わる」
クロノは向かいへ座った。
「現在の施設収容を終了する」
小尾の眉が少し上がる。
「釈放?」
「違う」
「じゃあ?」
「保護観察へ移行する」
「へえ」
思っていたより反応が薄かった。
「ただし、かなり厳しい条件付きだ」
「誰か監督するの?」
「ああ」
「誰?」
クロノは一度だけ、小尾の顔を見た。
「高町なのはだ」
小尾の表情が止まった。
「…………」
数秒。
それから。
心の底から嫌そうに顔を歪めた。
「……高町さん?」
「ああ」
「八神さんじゃなくて?」
「なのはだ」
「…………」
「随分嫌そうだな」
「嫌だよ」
即答だった。
クロノは少し意外そうに眉を上げた。
「君なら喜ぶと思っていた。ずっとなのはの経過を観察したがっていただろう」
「観察する側ならね」
小尾は椅子の背へ身体を預けた。
「監視される側は嫌だ」
「なぜだ?」
小尾がクロノを見る。
「本気で言ってる?」
「ああ」
「高町さんだよ?」
「分かっている」
「僕、あの人が何できるか知ってるんだけど」
それも当然だった。
小尾は、なのはの中へセフィラを埋め込んだ張本人である。
彼女が何に接続し。
どのような権能を得たのか。
少なくとも、その危険性については管理局以上に理解している部分すらある。
「単純に強いだけならまだいいんだよ」
小尾は嫌そうに言った。
「高町さんの場合、性格と能力の相性が最悪なんだ」
「君にとって?」
「僕にとって」
高町なのはは、相手を殺したがる人間ではない。
できる限り助けようとする。
話そうとする。
傷つけずに止めようとする。
そして、それでも止まらない相手に対しては本当に止まるまで諦めない。
今のなのはには、その性格をそのまま現実へ押し通せる力がある。
閉じる。
開く。
封じる。
身体を動かすためのものを閉じられる可能性がある。
魔力を閉じられる。
術式へ接続する経路を閉じられる。
逃げ道を閉じられる。
距離や空間そのものへ干渉されれば、小尾が走って逃げたところで意味がない。
しかも、なのはは、小尾を殺そうとはしない。
そこが一番厄介だった。
「怒って殺しに来る人の方が、まだ対処しやすいんだけどな」
「なのははそうしない」
「そう」
小尾は深く息を吐いた。
「僕が大人しくなるまで、一個ずつ丁寧に使えないようにしてくるタイプでしょ、あの人」
クロノは少し考えた。
「かなり正確な理解だと思う」
「最悪だ」
「それと条件を説明する」
「まだあるの?」
「小尾一の単独行動は禁止」
「……うん」
「外出する場合は原則としてなのはが同行する」
「うん」
「住居内でも、可能な限りなのはの視界から外れるな」
小尾がクロノを見る。
「可能な限り?」
「ほぼずっとだ」
「…………」
「長時間一人になることは認められない」
「寝る時は?」
「なのはから確認できる場所」
小尾の顔がさらに嫌そうになる。
「本気?」
「本気だ」
「四六時中?」
「基本的には」
「……収容所より監視厳しくなってない?」
「監視する人間が減っただけだ」
「一人になった代わりに高町さん?」
「そうだ」
「質が上がりすぎでしょ」
クロノは少しだけ笑いそうになった。
「それから」
「まだ?」
「不審な行動を取った場合、なのはには即時制圧の権限が与えられている」
小尾が黙った。
「例えば?」
「無許可の魔術実験」
「…………」
「正体不明の術式媒体の作成」
「…………」
「逃亡」
「僕、逃げないよ」
「その他、なのはが危険と判断した行為」
「範囲広くない?」
「君相手だからな」
「どのくらいまで制圧していいの?」
クロノは淡々と答えた。
「死なない程度」
小尾が無言でクロノを見た。
「……雑じゃない?」
「僕もそう言った」
「高町さんが怪しいと思ったら、その場で?」
「止められる」
「許可取らずに?」
「事後報告でいい」
「…………」
小尾は両手で顔を覆った。
「最悪だ」
「誰のせいだと思っている」
「僕だけど」
「自覚があるなら結構だ」
しばらくして。
小尾が顔を上げた。
「これ、僕が嫌だって言ったら?」
「関係ない」
「…………」
「これは相談ではない。決定事項の通告だ」
「拒否権ないの?」
「ない」
クロノは即答した。
「収容方法が変わるだけだ。君が自由になるわけじゃない」
「横暴じゃない?」
「壁を溶かした」
「ちょっと」
「雷を落とした」
「実験で」
「酸性雨を降らせた」
「予想より強く出ただけ」
「職員を怪我させた」
「事故もある」
「精神的な治療を受けている職員もいる」
「…………」
「さらに認識阻害と暗示の前科もある」
小尾は黙った。
「拒否権があると思うか?」
「……ないね」
「分かってくれて何よりだ」
「ちなみに」
小尾が嫌そうな顔のまま聞いた。
「高町さんは、この条件知ってるの?」
「全部説明した」
「それで?」
「承諾した」
小尾が固まった。
「……承諾したの?」
「ああ」
「何で?」
「変なことをしたら、自分が止めればいいからだそうだ」
小尾は再び顔を覆った。
「一番嫌な答えだ……」
「どういう意味だ」
「高町さん、昔からそういう人だったじゃん」
困っている。
なら助ける。
誰かがやらなければいけない。
自分ならできる。
なら自分がやる。
そういう性格だった。
しかも今は。
その善意を、世界へ押し通せるだけの力がある。
「悪意がある相手より厄介なんだよなあ」
「なのはに聞かせたい台詞だ」
「褒めてるんだけど」
「そうは聞こえない」
クロノは立ち上がった。
「数日以内に移送する。必要な物品についてはこちらで確認する」
「僕の研究資料は?」
「持っていけるわけがないだろう」
「紙は?」
「必要最低限」
「ペン」
「必要最低限」
「本」
「審査済みのものだけ」
「道具」
「何の?」
「色々」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「君の場合は言う前に止める」
小尾は本気で嫌そうな顔をした。
「クロノ」
「何だ」
「楽しんでない?」
「気のせいだ」
「ちょっと嬉しそうだよ」
「何年君の担当をしてきたと思っている」
クロノは扉へ向かった。
背後から、小尾の声が飛んでくる。
「ちなみにフェイトさんは?」
クロノの足が一瞬止まった。
「……聞きたいか?」
「何、その反応」
「反対していた」
「だろうね」
「君のことを、クズ、カス、ゴミ、人間の形をした粗大ゴミ、倫理観を捨てた研究馬鹿、外道、害悪、疫病神、歩く災害、倫理観の不法投棄、存在自体が研究事故、収容施設を食い潰す金食い虫、管理局の予算を食べる害虫、社会不適合者――」
「待って」
小尾が手を上げた。
「まだある」
「もういい」
「有害物質とも言っていた」
「もういいって」
「かなり嫌われているな」
「知ってたけどさ」
小尾は遠い目をした。
「語彙増えてない?」
「君のせいだろう」
「それ僕のせいなの?」
「少なくともフェイトはそう思っている」
クロノは今度こそ扉へ向かう。
「じゃあ、移送の日程が決まったら伝える」
「クロノ」
「何だ?」
小尾はしばらく黙ってから。
心底嫌そうに呟いた。
「収容所の方が気楽だったかもしれない」
クロノは初めて少しだけ笑った。
「もう遅い」
扉が閉じた。
残された小尾は、しばらく天井を見上げていた。
高町なのは。
四六時中。
ほぼ常時監視。
単独行動禁止。
怪しい動きをすれば即座に制圧。
しかも本人は、すでにやる気だった。
「……詰んでない?」
答える者はいなかった。