「力が欲しいか?」と言いたくて! 作:桃たろす
八神家へ行くことを知らされた時、小尾は最初、自分には関係のない話だと思っていた。
なのはとはやてが遊ぶ。
それだけなら好きにすればいい。
先日、管理局ではやて本人とも一応は再会できた。なのはの背中へ顔を押しつけて隠れるという、思い返せば少々情けない出来事はあったものの、最後にはまともに会話もできている。
はやて自身は、小尾に対して少なくとも露骨な敵意を向けてはいなかった。
問題は、その周囲だった。
「じゃあ今日は、仕事が終わったらはやてちゃんのお家に寄るからね」
「うん」
なのはの仕事についていき、昨日と同じように訓練記録の整理を手伝っていた小尾は、端末から顔も上げずに返事をした。
数秒してから、その指が止まった。
「……僕も?」
「うん」
そこで初めて顔を上げる。
「行かないよ」
なのはは予想していたらしく、それほど驚かなかった。
「でも、小尾君を一人にはできないよ」
「ここで待ってる」
「私がいなくなったら一人になるでしょ」
「じゃあ家に帰ってる」
「それも一人だよ」
「八神家の玄関で待つ」
「それも駄目」
一つ提案するたび、逃げ道が順番に塞がれていく。
小尾は端末を机へ置くと、椅子の背へ身体を預けた。
「この前、はやて本人には会ったじゃん。もう十分じゃない?」
「十分って何が?」
「僕とはやての交流」
「別に交流会じゃないよ?」
「だったら、なおさら僕いらないでしょ」
「だから、一人にしておけないの」
話が最初へ戻った。
制度上の問題を持ち出されると、小尾にはどうしようもない。
特別保護観察が始まって以来、なのはが仕事へ行けば職場へ同行し、買い物へ行けば一緒に行く。今回も、なのはがはやての家へ行く以上、自分もついていかなければならないというだけの話らしい。
自由になったはずなのに、自分の予定を自分だけでは決められない。
収容施設にいた頃なら、少なくとも友人宅への訪問に付き合わされることはなかった。
「……ヴィータっているよね?」
「いると思うよ」
「シグナムとか、シャマルとかも?」
「たぶんみんないるんじゃないかな。ザフィーラも」
聞いたことのある名前が増えた。
もっとも、小尾は彼らについてほとんど知らない。
はやての周囲にいる者たち。
それくらいである。
何人いるのかも、どういう関係なのかも、きちんと把握しているわけではない。
ヴィータについてだけは、以前はやてとの会話で、自分をかなり嫌っているらしいという話を聞いていた。
具体的に何を言っているのかまでは聞いていない。
聞く必要もないと思った。
自分がはやてに何をしたかを考えれば、好かれる理由の方がない。
問題なのは、こちらには相手の顔すら分からないのに、向こうだけはこちらを嫌っているらしいということである。
「なのは」
「なに?」
「僕、夕方くらいに体調悪くならないかな」
「今から予定することじゃないよね?」
「もし具合悪くなったらどうする?」
「看病するために私も帰るかな」
「それなら体調崩す価値あるね」
「わざとやったら怒るよ?」
使えなかった。
小尾は諦めて端末へ向き直った。
せめて今日は、八神家へ着くまで仕事をしていよう。
◇
夕方。
なのはと並んで八神家へ向かう頃には、小尾の気分は朝よりも悪くなっていた。
身体の調子ではない。
純粋に、行きたくなかった。
なのはは何度も来たことがあるらしく、何のためらいもなく住宅街を進んでいく。その隣を歩きながら、小尾は朝から聞いた名前をぼんやり思い返していた。
ヴィータ。
シグナム。
シャマル。
ザフィーラ。
誰がどれなのか色しか知らない。
それなのに、そのうち少なくとも一人は自分を嫌っている。
たぶん、一人だけではない。
はやてに無断で妙なものを仕込み、その結果として多くの人間が亡くなり、地球まで巻き込む騒ぎを起こした張本人なのだから、むしろはやて本人が普通に接してくれていることの方が不思議だった。
「小尾君」
「なに?」
「近いよ」
言われて、初めて気づいた。
なのはのすぐ隣を歩いていた。
普段から監督の都合で大きく離れることはないが、今日はそれよりさらに近い。少し横へ動けば肩が触れそうな距離である。
「気のせいだよ」
「さっきからずっと近いよ?」
「今日はこのくらいがちょうどいいんだよ」
「何が?」
「僕の精神衛生上」
なのはは不思議そうに小尾を見たものの、それ以上は追及しなかった。
八神家へ着く。
なのはが呼び鈴を押すと、少しして玄関の向こうから足音が近づいてきた。
扉が開いた。
「いらっしゃい、なのはちゃん」
「はやてちゃん、お邪魔します」
出てきたのははやてだった。
その顔を見た瞬間、小尾は少しだけ安心した。
少なくとも、知っている相手である。
「小尾も来たんやな」
「僕の意思じゃないよ」
「開口一番それなん?」
「一応、挨拶はするよ。お邪魔します」
「はいはい。どうぞ」
はやては笑って、二人を中へ招いた。
その反応だけを見る限り、小尾が来たことを迷惑がっている様子はない。
問題は、この先だった。
なのはが靴を脱いで廊下へ上がる。
小尾もそのすぐ後ろから続いた。
なのはが歩けば、小尾も歩く。
なのはが少し速度を上げると、小尾も同じだけ速くなる。
後ろから見ていたはやてが、途中で首を傾げた。
「……小尾、今日なのはちゃんに近ない?」
「気のせいだよ」
「さっき私も言ったんだけど」
「なのはは黙ってて」
「なんで?」
小尾が答える前に、居間の方から少女の声が聞こえてきた。
「はやて、なのは来たのか?」
知らない声だった。
当然である。
小尾は声の主を知らない。
ただ、朝から聞かされていた名前の誰かだろうとは思った。
なのははそのまま進んでいく。
小尾も少しだけ足を速め、その横へ並んだ。
「小尾君?」
「離れないで」
「離れてないよ?」
「今日はもう少し近くでいいよ」
「なんで?」
「嫌な予感がするから」
「まだ誰にも会ってないよ?」
「だから嫌なんだよ」
誰が自分を嫌っているのか、顔を見ても分からない。
それなら、全員を警戒しておく方が早い。
居間へ入った。
そこには三人と、一匹がいた。
最初に目についたのは、赤い髪をした小柄な少女だった。
その近くには、長い髪の背の高い女性。
もう一人、柔らかい雰囲気の金髪の女性もいる。
床には大型の犬が伏せていた。
誰が誰なのかは分からない。
ただし、一つだけすぐに分かったことがある。
歓迎されていない。
赤い髪の少女は、なのはを見た時には普通だった。
その視線が隣の小尾へ移った途端、露骨に表情が変わった。
背の高い女性も何も言わないが、小尾をまっすぐ見ている。
金髪の女性は一応穏やかな顔をしているものの、視線だけは外さない。
大型犬まで顔を上げ、こちらを見ていた。
小尾は一度だけ室内全体を見回した。
それから、なのはへ少し顔を寄せる。
「……僕、帰った方がよくない?」
「なんで?」
「はやて以外、全員そう思ってそうなんだけど」
「来たばっかりだよ?」
「来た瞬間に分かることもあるよ」
赤い髪の少女が眉を寄せた。
「なんでこいつがいんだよ」
その一言で、小尾はだいたい察した。
なのはへ小声で聞く。
「あれがヴィータ?」
「うん」
「なるほど」
はやてから聞いた話は、どうやら誇張ではなかったらしい。
「なのは、何でそいつ連れてきてんだ?」
ヴィータの声には、隠す気もない不満が混じっていた。
「小尾君、一人にできないから」
「じゃあどっかに縛っとけよ」
「ヴィータ」
はやてが名前を呼んだ。
「まだ何もしてへんやろ」
「これからするかもしれねーだろ!」
「今のところする予定はないよ」
小尾が答えた。
ヴィータの視線が飛んでくる。
思っていた以上に強い。
小尾はごく自然に半歩動き、なのはを自分とヴィータの間へ置いた。
ヴィータの眉がさらに寄る。
「……お前」
「なに?」
「なんでなのはの後ろに隠れてんだよ」
「隠れてないよ」
「隠れてんだろ!」
「なのはの近くにいるだけだよ」
「じゃあ前出ろよ!」
「嫌だよ」
即答した。
「なんでだよ!」
「ヴィータが怖いから」
「はぁ!?」
別に戦闘能力を知っているわけではない。
何ができる相手なのかも知らない。
ただ、初対面からここまで露骨に嫌われている相手の正面へ、自分から移動する理由がなかった。
「ほら」
小尾はなのはの肩越しにヴィータを見る。
「怒ってるじゃん」
「てめぇが変なこと言うからだろ!」
「まだ何もしてないのに」
「存在がムカつくんだよ!」
「なのは」
「なに?」
「やっぱり帰ろう」
「帰らないよ?」
却下された。
「とりあえず座ろ?」
なのはがソファへ向かう。
小尾も当然のようについていった。
なのはが座る。
小尾もすぐ隣へ座る。
ソファには十分な余裕があるのに、あえて離れる気にはなれなかった。
はやてが向かいへ座り、その様子を見て笑う。
「ほんまに離れへんな」
「ここが一番安全そうだから」
「うちの家なんやけど」
「はやては歓迎してくれてるでしょ」
「まあ、うちはな」
「問題はそこから先なんだよ」
小尾は室内へ目を向けた。
赤い髪の少女はヴィータ。
では、残りは誰なのか。
「あの人たちは?」
「こっちがシグナムで、こっちがシャマルや」
はやてが順番に紹介してくれる。
長身の女性がシグナム。
金髪の女性がシャマル。
名前と顔がようやく一致した。
「それで――」
はやてが床へ目を向ける。
「こっちがザフィーラ」
小尾もそちらを見る。
大型犬がこちらを見返している。
「……犬も?」
「犬ちゃうで」
「じゃあ何?」
「ザフィーラや」
「名前じゃなくて」
はやてが少し考える。
「まあ、その辺はそのうち分かるわ」
「説明する気ないでしょ」
どうやら、小尾の理解していないことは思っていた以上に多いらしい。
そもそも小尾は、はやての周囲にいる彼らが何者なのかを詳しく聞いた覚えがない。
名前だけなら知っている。
だが、それ以上はほとんど知らない。
そして現在分かっているのは、その知らない者たち全員から、あまり歓迎されていないということだけだった。
ヴィータだけは隠そうともしていない。
シグナムは静かだが、こちらから視線を外さない。
シャマルも表情こそ柔らかいものの、明らかに小尾の手元や動きを見ている。
ザフィーラに至っては何も言わない。
だが、だからこそ余計に気になる。
「……ここ、やっぱり僕にはアウェーだよ」
「自覚あんのかよ」
ヴィータが吐き捨てる。
「あるよ。だからなのはの隣にいるんじゃん」
「なのはにくっつくな!」
「じゃあ僕を歓迎してよ」
「するわけねーだろ!」
「ほら」
小尾はなのはを見る。
「成立しない」
「私に言われても困るよ」
助けてもらえなかった。
◇
しばらくして、ヴィータの視線が小尾から外れなくなった。
最初は単純に嫌われているだけだと思っていた。
実際、その認識は間違っていないのだろう。
だが、やがてヴィータは腕を組んだまま、小尾へ真正面から問いかけた。
「お前さ」
「なに?」
「本当に分かってんのか?」
先ほどまでとは少し声が違った。
怒っていることに変わりはない。
ただ、単純に気に入らない相手へ噛みついているだけではないことくらいは、小尾にも分かった。
「何を?」
「はやてに何したかだよ!」
ヴィータの声が強くなる。
「勝手に変なもん入れて、あんなことになって。なのはにだってそうだ。お前、自分が何したか本当に分かってんのかよ!」
居間の空気が変わった。
はやては止めなかった。
シグナムも何も言わない。
シャマルの表情から笑みが少し消える。
ザフィーラも伏せた姿勢のまま、こちらを見ていた。
小尾は少し考えてから答えた。
「分かってるよ」
「だったら――」
「はやてに勝手にやったことは悪かったと思ってる」
これは嘘ではない。
本人の許可も取らず、身体の中へセフィラを仕込んだ。
起動条件も、実際に何が起こるかも説明しなかった。
結果として制御できない事態へ発展し、多くの人間まで巻き込んだ。
そこについて、小尾は自分に非がないとは思っていない。
「悪かったし、申し訳ないとも思ってるよ」
ヴィータがわずかに目を見開いた。
だが、小尾はそこで話を終えなかった。
「でも、結果は出たじゃん」
今度こそ、ヴィータの表情が止まった。
「……は?」
「だから、勝手にやったことは悪かったよ。でも、それ以上の結果も出たでしょ」
「お前……」
「はやては今ここにいるし、最初に僕が想定してたよりずっと先まで行った。途中で大変なことになったのは悪かったと思ってるけど、最後の結果まで全部まとめて失敗だったみたいに言われるのは違うと思うんだよね」
ヴィータの顔が、見る間に引きつっていった。
「てめぇ……!」
「そんなに怒らなくてもよくない?」
「そこだよ!!」
ヴィータが立ち上がる。
「何でだよ! 何でそんな話になるんだよ!」
「何でって……」
小尾には、本気で分からなかった。
悪かった部分は悪かった。
だから、そこについては謝る。
一方で、研究として得られた結果には価値がある。
はやての存在は、少なくとも小尾が長年追い続けてきたものの先へ到達した。
それは、申し訳ないという気持ちがあるからといって消える事実ではない。
二つは小尾の中で、何の矛盾もなく同時に成立していた。
「悪かったことと、結果が出たことは別でしょ」
「別じゃねーよ!」
「別だよ」
「全然反省してねーじゃねぇか!」
「悪かったとは思ってるよ」
「それを反省してねぇって言ってんだよ!」
「じゃあどうしたら反省したことになるの?」
「研究そのものをやめろよ!」
そこで小尾は少し黙った。
ヴィータの言葉を理解するまでに、ほんの少し時間がかかった。
「……それは別の話じゃない?」
「だからそれが駄目なんだよ!!」
また怒鳴られた。
小尾は困って、なのはを見る。
「なのは」
「なに?」
「僕、ちゃんと悪かったって言ったよね?」
「言ったけど」
「じゃあ、なんでまだ怒ってるの?」
「そこを私に聞くの?」
なのはは困ったような顔をした。
助けてくれる気配はない。
「はやて」
今度は本人を見る。
「僕、はやてに勝手にやったことは本当に悪かったと思ってるよ」
「うん」
「でも、結果まで全部否定する必要はないと思う」
「うん。そこがヴィータの怒ってるとこやと思うで」
「なんで?」
「そこからなんやなあ……」
はやては額へ手を当てた。
ヴィータは今にも何か投げそうな顔をしている。
シグナムは無言。
シャマルは困ったように息を吐いた。
小尾としては、かなり真面目に話しているつもりだった。
それでも、どうやらこの家では自分の考え方そのものが歓迎されていないらしい。
◇
ヴィータが少し落ち着いた後、それまでほとんど口を挟んでこなかったシグナムが小尾へ声をかけた。
「一つ聞いてもいいか」
「なに?」
「今後、主はやてに対して、再び同じようなことをするつもりはあるのか?」
静かな声だった。
ヴィータのように怒鳴らない。
それでも小尾には、こちらの方が慎重に答える必要があるように思えた。
「今はする気ないよ」
シグナムの目がわずかに細くなった。
「……今は?」
そこを拾われた。
「うん。今は」
「将来はあると言っているように聞こえるが」
「将来の僕が何を考えてるかなんて、今の僕には分からないでしょ」
「てめぇやっぱり何も反省してねぇじゃねえか!」
ヴィータがまた噛みついてきた。
「だから、反省と研究は別なんだって!」
「別にすんな!」
「なんで!?」
「普通は一緒なんだよ!」
「知らないよそんなの!」
なのはが隣で小さくため息をついた。
はやてはもう半分笑っている。
シグナムだけは笑わずに続けた。
「少なくとも、現在は主はやてに対して何かを行う意思はない。それでいいのだな」
「うん」
「観察もか?」
「見るくらいはするよ」
ヴィータが再び腰を浮かせた。
「見るな!」
「普通に視界に入るのまで禁止されたら無理だよ!」
「そういう意味じゃねぇ!」
「分かってるよ!」
なのはがいなくてもいなくても、結局怒られるらしい。
そこで、シャマルが初めて会話へ入ってきた。
「小尾君」
「なに?」
声は柔らかい。
だが、表情ほど安心できる感じはしなかった。
「はやてちゃんの身体を調べたい、とか思っているんですか?」
「興味がないって言ったら嘘になるよ」
空気がまた変わった。
小尾はすぐに片手を上げる。
「今は何もしないよ」
「今は、ね」
シャマルまで同じところを拾った。
「みんなそこ気にするね」
「気にしますよ」
「でも、知りたいとは思うでしょ。普通」
「普通ではないと思います」
即答された。
小尾は少し考える。
はやても、なのはも、小尾の研究によって本来とは違う存在になった。
肉体はどう成立しているのか。
時間経過で何が変わるのか。
テレズマはどう循環しているのか。
人間だった頃の構造はどこまで残っているのか。
知りたいことはいくらでもある。
申し訳ないと思っていることと、その興味は何の関係もなかった。
「でも、興味はあるよ」
「だからそれが怖ぇんだよ!」
「何もしないって言ってるじゃん」
「今は、だろ!」
「さっきからそこばっかり!」
小尾が言い返したところで、床に伏せていたザフィーラが低く息を吐いた。
唸ったわけではない。
それでも小尾には、自分に対する何らかの意思表示のように聞こえた。
小尾は少しだけ身体をなのは側へ寄せる。
「……あの犬まで僕のこと嫌ってない?」
「犬ちゃう言うたやろ」
はやてが笑う。
「じゃあ何なの?」
「ザフィーラや」
「だから、それは名前でしょ」
結局、詳しい説明はもらえなかった。
◇
しばらくして、はやてが飲み物を用意するために立ち上がった。
なのはも手伝うため腰を上げる。
「私も行くね」
小尾も立った。
「僕も行く」
「小尾君は座ってていいよ?」
「一緒に行く」
「なんで?」
小尾は一度、居間を見回した。
ヴィータ。
シグナム。
シャマル。
ザフィーラ。
全員がこちらを見ている気がした。
「僕を置いていかないで」
「数分だよ?」
「その数分が長いんだよ」
はやてが吹き出した。
「ほんまに犬みたいやな」
「誰が?」
「あんたが」
「どこが?」
「なのはちゃんが動いたら、すぐついていくやん」
「監督者から離れないようにしてるだけだよ」
「普段そこまで近ないやろ?」
否定できなかった。
なのはも笑っている。
「今日はずっと近いよ」
「環境が悪いんだよ」
「ここはうちの家や」
「僕にとっては完全にアウェーなんだよ」
「自覚あったんやな」
「あるよ。はやてしか僕のこと歓迎してないじゃん」
誰も否定しなかった。
それが何より分かりやすかった。
「ほら」
小尾はなのはを見る。
「今の間が答えだよ」
「まあ……」
なのはまで少し困った顔をする。
「はやてちゃん以外は、まだ小尾君のこと警戒してると思うよ」
「まだっていうか、ヴィータは一生無理そうなんだけど」
「当たり前だ!」
「ほら!」
結局、なのはから「すぐ戻るから」と言われ、小尾だけ居間へ残されることになった。
時間にすれば数分もない。
それでも、なのはが部屋から出た瞬間、小尾には妙に空間が広くなったように感じられた。
はやては台所へ行った。
なのはも一緒。
残ったのは、自分を歓迎していない連中ばかりだった。
正面にはヴィータ。
少し離れたところにシグナム。
シャマルもいる。
足元にはザフィーラ。
誰も何もしていない。
それでも居心地が悪い。
小尾は先ほどなのはが座っていた場所を見た。
「……」
「何見てんだよ」
ヴィータが言う。
「早く戻ってこないかなって」
「数分だろ」
「長いんだよ」
「お前、なのはに頼りすぎだろ」
「この家で僕に普通に接してくれるの、はやてとなのはくらいなんだから仕方ないでしょ」
「普通に接してもらえると思ってんのがおかしいんだよ」
「だからなのはのそばにいるんじゃん」
言い返すと、ヴィータはますます不機嫌そうになった。
その時、廊下から足音が聞こえてきた。
小尾は反射的にそちらを見る。
なのはが飲み物を持って戻ってきた。
「なのは」
「なに?」
「遅いよ」
「数分だよ?」
「長かった」
「何かあった?」
「別に何もないよ」
「こいつがずっとそわそわしてただけだ」
ヴィータが余計なことを言う。
「してないよ」
「してただろ!」
「してない」
「なのはが帰ってきた瞬間、顔上げただろ!」
「音がしたからだよ」
はやてまで戻ってきて、楽しそうに笑い始めた。
「ほんま、なのはちゃんおらんと落ち着かへんな」
「だから環境の問題だって」
「はいはい」
完全に面白がられていた。
◇
その後は、最初に想像していたより平穏に時間が過ぎた。
ヴィータが小尾を信用することはなかった。
シグナムも警戒を解かない。
シャマルも柔らかく話しながら、小尾が妙な動きをしないか見ている。
ザフィーラは相変わらず床に伏せていたが、小尾が立ち上がると顔だけは動いた。
それでも、はやて本人が普通に小尾と話し、なのはもいつもの調子で過ごしている以上、四六時中責め続けるわけにもいかなかったらしい。
小尾自身も余計なことはしなかった。
はやてをじっと観察しない。
家具へ勝手に触らない。
術式を組み始めない。
何より、なのはから大きく離れない。
結果として、八神家へ滞在している間、小尾はほとんど常になのはの近くにいた。
ソファでも隣。
なのはが移動すれば顔を上げる。
立ち上がれば、どこへ行くのか確認する。
途中から、はやてが完全に面白がり始めた。
「なのはちゃん、ちょっと向こう行ってみて」
「なんで?」
「ええから」
なのはが立つ。
小尾は顔を上げる。
なのはが数歩移動する。
小尾も少し迷った末に立ち上がった。
はやてが笑う。
「ほら」
「何が?」
「ついていくやん」
「監督者だからだよ」
「なのはちゃん、もう一回」
「はやてちゃん、小尾君で遊ばないでよ」
そう言いながら、なのは自身も笑っている。
ヴィータだけは面白くなさそうだった。
「つーか、なのはにくっつきすぎだろ」
「じゃあヴィータがもう少し僕を歓迎してよ」
「するわけねーだろ!」
「だったらここにいるしかないじゃん」
「意味分かんねぇ!」
「僕には分かるよ」
「なのはから離れろ!」
「嫌だよ」
「なんでだよ!」
「この家ではやて以外に嫌われてるから!」
「ぶっ飛ばすぞ!」
小尾はすぐになのはの後ろへ半歩移動した。
「ほら!」
「小尾君も煽らないの」
「煽ってないよ!」
最後まで助けてもらえなかった。
◇
帰る頃には、小尾は朝から訓練を受けた日よりも疲れていた。
身体ではない。
精神的にである。
「じゃあ、はやてちゃん。またね」
「うん。また来てな」
なのはが笑顔で手を振る。
小尾も玄関で靴を履きながら、形式的に片手を上げた。
「お邪魔しました」
「次はもうちょい慣れるとええな」
「次?」
嫌な単語が聞こえた。
「また来るの?僕は来ないよ」
「小尾君」
なのはが横から名前を呼ぶ。
「一人でお留守番は?」
「できない」
「じゃあ?」
答えは決まっていた。
「……また来るしかないじゃん」
「次も来るんやな」
はやてが楽しそうに笑う。
「嫌だなあ」
「本人の家で言うなよ!」
ヴィータから最後の最後まで怒鳴られた。
シグナムは何も言わなかった。
シャマルは苦笑している。
ザフィーラは玄関の少し奥からこちらを見ていた。
結局、この家で小尾を歓迎してくれたのは、最後までほとんどはやてだけだった。
八神家を出て、しばらく歩く。
家が見えなくなった頃、小尾はようやく大きく息を吐いた。
「疲れた」
「今日はそんなに運動してないよ?」
「そっちじゃない」
なのはは分かっているらしく、笑っている。
「でも、思ったより大丈夫だったでしょ?」
「どこが?」
「誰も小尾君に何もしなかったよ」
「その基準、低すぎない?」
「小尾君も何もしなかったし」
「僕は最初からそのつもりだったよ」
「うん。ちゃんとできてたね」
子供を褒めるような言い方だった。
少し不満だったが、反論する元気も残っていない。
なのはの横を歩きながら、小尾は先ほどまでいた八神家を思い返す。
はやて本人は、思っていた通り普通だった。
ヴィータは、聞いていた以上に自分を嫌っていた。
シグナムは静かだったが、最後まで警戒を解かなかった。
シャマルは柔らかく接してくれたものの、信用されているとは到底思えない。
ザフィーラについては、結局何なのかよく分からなかった。
「なのは」
「なに?」
「やっぱり、はやて以外には歓迎されてなかったよね」
なのはは少し考えた。
「まあ……今はまだね」
「今は、って言うけどさ」
小尾は今日、自分が何度も同じ言葉で警戒されたことを思い出した。
「その『今は』って、便利な言葉だね」
「小尾君が言うと意味が違うと思うよ」
「そうかな」
「そうだよ」
家へ帰れば、仕事を終えたフェイトが来るかもしれない。
そこまで考えたところで、小尾は今日一番深いため息を吐いた。
八神家を出たからといって、味方が増えるわけではなかった。