「力が欲しいか?」と言いたくて!   作:桃たろす

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休暇の行き先

 

 高町なのはの長い休暇は、東京臨時支局からの通信で始まった。

 

 正確には、休暇そのものはもう始まっている。

 

 しばらく管理局の仕事から離れ、地球で家族と過ごす。教導の予定も訓練の予定も入れず、久しぶりに高町家でゆっくりする。

 

 なのはは、そういうつもりだったらしい。

 

 当然、僕も一緒だった。

 

 特別保護観察に休暇という概念はない。なのはが仕事へ行けば僕も連れていかれ、なのはが実家へ帰れば僕も高町家へ付いていく。

 

 数か月前までは四六時中監視されているようで落ち着かなかったが、最近ではなのはの近くにいる方が普通になってしまった。

 

 慣れとは恐ろしい。

 

 その日の午後、僕は高町家の居間でソファに寝転がりながら本を読んでいた。

 

 白いTシャツの胸には、大きな赤いハートを挟んで、

 

 I ♥ TOKYO

 

 と書かれている。

 

 海鳴へ戻ってから買った。

 

 別に東京が特別好きなわけではない。

 

 安かったからだ。

 

「小尾君、それほんとによく着るよね」

 

 向かい側で雑誌を読んでいたなのはが、僕の胸元を見た。

 

「洗ってるよ」

 

「そういう意味じゃないよ」

 

「じゃあ何?」

 

「……ううん。もういい」

 

 最近、なのはは僕に対して諦めるのが早くなった。

 

 良い傾向だと思う。

 

 桃子さんは店へ出ていて、士郎さんは道場、美由希さんも外出中だった。

 

 家の中は静かで、ページをめくる音までよく聞こえる。

 

 だから、テーブルの上に置かれていた携帯端末が鳴った時、なのはが一瞬だけ見せた嫌そうな顔もよく見えた。

 

「……仕事じゃないといいなあ」

 

「出なきゃいいんじゃない?」

 

「そういうわけにもいかないでしょ」

 

 なのはは端末を手に取り、表示された相手を確認した。

 

「東京臨時支局……」

 

「仕事だね」

 

「まだ分からないよ」

 

 本人ももう分かっていそうな顔で通信へ出る。

 

「はい、高町です」

 

 最初は普通だった。

 

「はい。今は海鳴にいますけど……」

 

 数秒後。

 

 なのはの眉がゆっくり寄った。

 

「北米?」

 

 僕も本から顔を上げた。

 

「大規模な反応……ですか?」

 

 北米で起きたものについて、どうして東京臨時支局が連絡してくるのか。

 

 その疑問はなのはも同じだったらしい。

 

「東京で観測したんですか?」

 

 僕は本を閉じた。

 

「北米には管理局の観測設備、置いてないですよね?」

 

 向こうから少し長めの説明が返ってきた。

 

 なのはは黙って聞きながら、端末へ送られてきた資料を開く。

 

「……東京の観測系にまで届いた?」

 

 どうやら北米を直接観測していたわけではない。

 

 東京臨時支局の設備が、通常なら拾うはずのない規模の異常を検出した。

 

 発生した瞬間には場所すら分からなかったらしい。

 

 観測された方向や時刻、空間系の設備に残された変動。それらを照合して発生地点を逆算し、ようやく北米大陸まで絞ったという。

 

「それで、さらに解析して……アメリカ西部」

 

 なのはが資料をめくった。

 

「ネバダ州。スノーフィールド周辺……」

 

 聞いたことのない街だった。

 

 僕はソファから立ち上がり、なのはの横へ移動した。

 

「見せて」

 

「小尾君、近いよ」

 

「見えない」

 

「もう……」

 

 文句を言いながらも、なのはは端末を少しこちらへ傾けてくれた。

 

 画面には二つの大きな波形が並んでいる。

 

 管理局式の細かい数値は僕には分からない。

 

 ただ、ほぼ同時刻に二つの反応が急激に膨れ、その直後に観測結果そのものが激しく乱れていることぐらいは分かった。

 

「二つ?」

 

「うん。二つの大きな反応が発生して、同じ場所でぶつかった可能性が高いって」

 

「可能性?」

 

「現地で観測したわけじゃないから、断定はできないみたい」

 

 なのはが別の記録を開いた。

 

 今までより表情が硬くなる。

 

「……こっちの方が変」

 

「何が?」

 

「空間座標の観測記録。一瞬だけ、空間の連続性そのものが崩れたみたいになってる」

 

「次元震?」

 

「似てるけど違うって」

 

「じゃあ何?」

 

「分からないから、見てきてほしいんだって」

 

 なるほど。

 

 北米で、東京にまで影響が届くほど巨大な何かが起きた。

 

 しかも一つではなく二つ。

 

 その二つが衝突した可能性があり、空間にまで異常が出た。

 

 管理局が気にするのも当然だった。

 

「それで私が?」

 

 なのはが少しだけ嫌そうに聞いた。

 

 向こうから返事が来る。

 

「……ちょうど地球にいるから」

 

「便利に使われてるね」

 

「小尾君、聞こえるから静かにして」

 

 怒られた。

 

 なのはは再び通信へ戻った。

 

「現地確認だけでいいんですね?」

 

 相手の説明を聞きながら、条件を確認していく。

 

「ロストロギアだった場合は、可能なら確保して回収。危険性が高い場合は無理をしない」

 

 そこで少し間を置いた。

 

「地球固有の現象だった場合は?」

 

 返答を聞き、なのはが頷く。

 

「管理局案件ではないと判断したら撤収。分かりました」

 

 妥当だと思う。

 

 この地球には、管理局が知らない神秘体系が存在している可能性がある。

 

 以前、僕自身がクロノへそう説明した。

 

 つい先日には、士郎さんの口から実際に「魔術師」という言葉まで出てきた。昔の仕事で、不可解な術を使う人間を何度か見たという話まで聞いている。

 

 それなら、地球で起きる未知の現象を片っ端から管理局の管轄へ持ち込まない方がいい。

 

「分かりました。確認してきます」

 

 なのはが通信を切った。

 

 端末をテーブルへ置き、小さく息を吐く。

 

「仕事?」

 

「仕事」

 

「休暇なのに?」

 

「休暇なのに」

 

「かわいそう」

 

「小尾君もだよ」

 

「え?」

 

「一緒に来てもらうから」

 

「アメリカまで?」

 

「そうだよ」

 

「僕、関係ないよね?」

 

「私がアメリカへ行ったら、小尾君を誰が見てるの?」

 

「士郎さん」

 

「駄目」

 

「美由希さん」

 

「駄目」

 

「桃子さん」

 

「もっと駄目」

 

「なんで?」

 

「昨日、お母さんとお姉ちゃんに暗示使ったよね?」

 

「軽いやつ」

 

「使ったよね?」

 

「……はい」

 

「じゃあ駄目」

 

 自由とは何なのだろう。

 

     ◇

 

 東京臨時支局は、仕事を頼んできただけあって旅費と航空券はすぐに用意してくれた。

 

 なのはと僕の二人分。

 

 日本からアメリカへ向かう便も指定されている。

 

 問題が発覚したのは、荷物をまとめている時だった。

 

「小尾君、パスポートは?」

 

「ないよ」

 

 なのはの手が止まった。

 

「……ないの?」

 

「うん」

 

「一度も作ったことない?」

 

「海外行ったことないし」

 

 児童養護施設で長く暮らし、その後は管理局の収容施設へ直行した。

 

 海外旅行なんて一度もしていない。

 

「どうしよう……」

 

 なのはは東京臨時支局へ連絡した。

 

 しばらく話したあと、困った顔で端末を下ろす。

 

「今日の便までには間に合わないって」

 

「じゃあ暗示で行こう」

 

「なんでそんな簡単に言うの!?」

 

「他に方法ある?」

 

「…………」

 

 なのはが黙った。

 

 僕だって、空港で暗示なんて使いたいわけではない。

 

 人間の認識だけならまだしも、ああいう場所には監視カメラもある。

 

 なのはの〈封解主〉で立入区域へ直接入る方法もないわけではないが、それこそ論外だった。何もない空間から僕達が突然現れるところを撮影される。

 

 普通に歩いている方がまだましだ。

 

「必要以上のことはしないでね」

 

「分かってる」

 

「記憶を書き換えるのもなし」

 

「しないよ」

 

「あと――」

 

「なのは」

 

「なに?」

 

「飛行機、間に合わなくなるよ」

 

「誰のせいなの!」

 

 結局、僕はなのはと一緒に空港へ向かった。

 

 あとは目立たないように人の流れへ混ざり、僕について生まれた違和感だけを薄く流した。

 

 前でもう確認されたのだろう。

 

 何か事情があるのだろう。

 

 自分が気にする必要はないのだろう。

 

 人間が勝手に作る、そういう小さな納得を少しだけ後押しする。

 

 無理に記憶を作るより、その方がずっと安全だった。

 

 飛行機の座席へ座った頃には、なのはは深く背もたれへ沈んでいた。

 

「……疲れた」

 

「まだ日本出てないよ」

 

「小尾君のせいで精神的に疲れたの」

 

「何も起きなかったじゃん」

 

「何も起きなかったからいいって話じゃないよ」

 

 なのははそれ以上言わず、窓の外へ顔を向けた。

 

 僕も本を開いた。

 

 長い飛行時間のほとんどは、そんなふうに過ぎていった。

 

 途中で食事をして、本を読んで、寝る。

 

 起きたら、なのはが東京臨時支局の資料をまた読んでいた。

 

 アメリカへ到着して入国審査を抜けた頃には、なのはは移動そのものより僕のせいで疲れているように見えた。

 

「……帰りもあるんだよね」

 

「あるね」

 

「考えたくない」

 

「旅行向いてないんじゃない?」

 

「普通の旅行ならこんなことしないよ!」

 

 それはそうだった。

 

 荷物を受け取ったあと、なのはが端末を確認して足を止めた。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「航空券、ここまでだ」

 

「ここまで?」

 

「うん。スノーフィールドまでじゃない」

 

 東京臨時支局から用意されていた航空券は、日本からこの空港までだった。

 

 経費として使えるお金は渡されている。

 

 つまり、この先は自分達で移動手段を用意しろということらしい。

 

「国内線あるんじゃない?」

 

「ちょっと待って」

 

 なのはが調べる。

 

「あった。スノーフィールド空港」

 

「じゃあそれでいいじゃん」

 

「そうなんだけど……だったら最初からそこまで取ってくれてもよくない?」

 

「急に頼まれた仕事だし、途中で力尽きたんじゃない?」

 

「手配した人に失礼だよ」

 

 結局、その場でスノーフィールド行きの国内線を取った。

 

 支給された経費があるので、お金の問題はない。

 

 僕の方はまた少し面倒だったが、なのはが何とも言えない顔をしていたので何も言わないことにした。

 

 そして数時間後。

 

 二機目の飛行機は、スノーフィールドへ向けて飛び立った。

 

 窓の外に広がる景色は、日本とはまるで違っていた。

 

 乾いた大地。

 

 岩。

 

 どこまでも伸びる道路。

 

 その中に街が現れ、飛行機はゆっくり高度を下げていった。

 

 スノーフィールド。

 

 東京臨時支局が、異常の発生源として割り出した街。

 

 機体が地面へ触れた瞬間。

 

 僕は、少しだけ眉を寄せた。

 

「……」

 

 何かがある。

 

 そんな曖昧な感覚だった。

 

 魔力を感知したわけではない。

 

 遠くの魔術師を探り当てたわけでもない。

 

 もっと別のものだ。

 

 土地そのもの。

 

 空港を出て外気に触れると、その違和感は少し強くなった。

 

「小尾君?」

 

「ん?」

 

 なのはが僕の顔を覗き込んでいる。

 

「どうしたの?」

 

「別に」

 

「ほんと?」

 

「まだ分かんない」

 

 なのはは少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。

 

 僕も説明できなかった。

 

 霊脈がおかしい。

 

 たぶん、そういうことだ。

 

 土地を流れているものが自然ではない。

 

 どこかへ集められているようでもあり、逆に街全体へ広げられているようにも感じる。

 

 一人の魔術師が工房を作る時に弄る規模とは違った。

 

 ただ、初めて来た土地だ。

 

 元々そういう霊脈をしている可能性までは否定できない。

 

 だから、まだ口にはしなかった。

 

 空港を出ると、なのはがタクシーを拾った。

 

 今度こそ普通の移動手段だった。

 

「この辺りまでお願いします」

 

 後部座席へ乗り込んだなのはが、東京臨時支局から送られてきた地図を運転手へ見せる。

 

 運転手は画面を覗き込んだあと、少し眉を上げた。

 

「ああ、そっちか」

 

「何かあるんですか?」

 

「昨日、大きなガス爆発があったんだよ」

 

 窓の外を見ていた僕は、ゆっくり運転手へ顔を向けた。

 

「……ガス爆発?」

 

「ああ。街の外の砂漠でな。かなり大きかったらしい。今は立入規制されてるから、現場そのものまでは行けないぞ」

 

「そうなんですね」

 

 なのはは普通に返した。

 

 僕は返さなかった。

 

 ガス爆発。

 

 ずいぶん懐かしい言葉だった。

 

 本当にガスが爆発した可能性はある。

 

 アメリカの砂漠で起きる事故について、僕は何も知らない。

 

 でも。

 

 前世では、別の意味で何度も聞いた。

 

 魔術師が派手にやった。

 

 人外が暴れた。

 

 一般人には見せられないものが表へ出た。

 

 聖堂教会がそういう事件を処理した後、表向きの説明として使うには非常に便利な言葉だった。

 

 ガス爆発。

 

 燃えてもいい。

 

 壊れてもいい。

 

 人が死んでも、それらしい説明になる。

 

 もちろん、それだけで聖堂教会がいると決めつけるつもりはない。

 

 ただ。

 

 スノーフィールドへ降り立ってから感じている霊脈の違和感。

 

 東京まで届いた二つの巨大な反応。

 

 空間の異常。

 

 その発生地点に近い砂漠で、翌日に発表されたガス爆発。

 

 偶然と言うには、少し出来すぎている。

 

「小尾君?」

 

「なに?」

 

「やっぱり何か気づいてるでしょ」

 

「どうして?」

 

「スノーフィールドに着いてから、ずっと静かだから」

 

 なのはがこちらを見ていた。

 

 ここ数か月、ほとんど一日中一緒にいる。

 

 考え事をしているだけでも、かなり分かるようになってきたらしい。

 

「霊脈がちょっと変なんだよ」

 

「霊脈?」

 

「この辺りの土地の流れ。空港に着いた時から気になってる」

 

「誰かが弄ってるの?」

 

「たぶん」

 

 僕は窓の外へ視線を戻した。

 

 市街地を抜けるにつれて建物が減り、乾いた砂漠が広がっていく。

 

「かなり広い範囲で手を入れてる感じがする。でも初めて来た土地だから、これだけじゃ断定できなかった」

 

「それで、ガス爆発?」

 

「僕がいたところだと、こういうのを隠す時によく使う言葉だった」

 

「こういうのって?」

 

「魔術とか、人外とか。一般人に見せたくないもの」

 

 なのはの顔が少し険しくなった。

 

「じゃあ、小尾君は昨日の爆発が……」

 

「まだ疑ってるだけ」

 

 と言っておく。

 

 実際には、疑いはかなり濃くなっていた。

 

 運転手がバックミラー越しに僕達を見た。

 

「近くまで行くのか?」

 

「お願いします」

 

 僕が答える。

 

「規制線の手前までなら行けるぞ」

 

「そこで少し待っててもらってもいいですか?」

 

「構わないけど、待ってる間も料金はかかるよ」

 

「大丈夫です」

 

 なのはも頷いた。

 

 東京臨時支局から経費はもらっている。

 

 帰りの足を残しておいた方がいい。

 

 何より、現地へ来た目的は調査であって、砂漠を歩いて帰ることではない。

 

 それからしばらく走ると、前方に規制が見えてきた。

 

 道路の先が封鎖され、一般車両がそれ以上進めないようになっている。

 

 運転手は少し離れた場所へ車を寄せた。

 

「ここまでだな」

 

「ありがとうございます」

 

「どれくらい待てばいい?」

 

「そんなにかからないと思います」

 

 なのはがそう答えてから、僕を見る。

 

「小尾君」

 

「なに?」

 

「規制の中には入らないからね」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「今回は入らないよ」

 

「今回はって何?」

 

 聞こえなかったことにした。

 

 車を降りる。

 

 乾いた風が吹き抜けた。

 

 砂漠の向こうには規制区域がある。

 

 東京臨時支局が割り出した異常発生地点は、そのさらに先だった。

 

「思ったより遠いね」

 

 なのはが地図と実際の距離を見比べる。

 

「これ以上は無理そう」

 

「うん」

 

 僕もそう答えた。

 

 現場そのものを見る必要はない。

 

 ここまで来れば十分だった。

 

 先ほどまで感じていた土地全体の違和感とは別に、もっとはっきりとしたものが残っていた。

 

 魔力。

 

 その残滓。

 

 けれど、僕が知っている魔術師が残すものとは、あまりにも規模が違う。

 

 大規模な儀式を組んだ。

 

 霊脈を長時間使った。

 

 何十人もの魔術師が一斉に術を行使した。

 

 そんな説明で片づける気にはならなかった。

 

「……なんだ、これ」

 

 思わず声が出た。

 

「小尾君?」

 

「残ってる」

 

「何が?」

 

「魔力の痕跡」

 

 なのはの表情が変わる。

 

「じゃあ、ここで魔術が?」

 

「違う」

 

 僕はすぐに否定した。

 

 違う。

 

 こんなものを単に魔術と呼んだら、たぶん尺度そのものを間違える。

 

「魔力を使った何かがあったのは間違いない。でも、魔術師が一つ術式を使ったとか、そういう話じゃない」

 

「どのくらい?」

 

「分からない」

 

 正直に答えた。

 

 分からないから不気味だった。

 

 僕が前世で見た大規模魔術とも違う。

 

 もっと直接的に、巨大な力そのものが叩きつけられたような痕跡だった。

 

 それも一つではない。

 

 東京臨時支局から見せられた観測記録が頭に浮かぶ。

 

 二つ。

 

 二つの巨大な反応。

 

 衝突。

 

 空間の異常。

 

「支局の観測、たぶん合ってるよ」

 

「二つの反応がぶつかったっていう?」

 

「うん」

 

 規制区域の向こうを見る。

 

「ここで、本当に何かと何かがぶつかった」

 

 なのはは黙って砂漠を見た。

 

 僕はさらに周囲へ視線を動かした。

 

 霊脈への大規模な干渉。

 

 ガス爆発という説明。

 

 そして、この痕跡。

 

 もう偶然とは思えない。

 

 僕が知っている側の何かが、この街にいる。

 

 そう考え始めたところで、視界の上の方に一羽の鳥が入った。

 

 空を飛んでいる。

 

 それだけなら何もおかしくない。

 

 僕も最初は気にしなかった。

 

 けれど、しばらく見ているうちに違和感を覚えた。

 

 同じ場所へ戻ってくる。

 

 大きな円を描き、少し高度を変えてから、また同じ範囲を回る。

 

「……」

 

「今度は何?」

 

 なのはが僕の視線を追って空を見上げた。

 

「あの鳥」

 

「鳥?」

 

「さっきから同じところ回ってる」

 

「風に乗ってるんじゃない?」

 

「一羽ならそう思う」

 

 別の方向を見る。

 

 いた。

 

 一羽。

 

 さらに離れた場所にも。

 

 同じ種類に見える。

 

 互いに集まるわけでもなく、それぞれ別の場所を一定の範囲で飛び続けている。

 

「……あっちにもいる」

 

 僕が指差すと、なのはも目で追った。

 

「ほんとだ」

 

「向こうにも」

 

「三羽?」

 

「もっといると思う」

 

 少なくとも、僕の知っているあの種類の鳥は、こんなふうに一羽ずつ綺麗に距離を取って、同じ範囲を延々と巡回するような飛び方はしない。

 

 偶然、似た動きをしている。

 

 そう考えることもできる。

 

 でも。

 

 この場所でそれを信じるほど、僕は楽観的ではなかった。

 

「使い魔に鳥を使うのは珍しくないんだよ」

 

「監視?」

 

「一番分かりやすい使い方はね」

 

 空なら広く見渡せる。

 

 人間に近づいても警戒されにくい。

 

 街中にいても不自然ではない。

 

 何より、本物の鳥に似せて作れば一般人は気にも留めない。

 

 一羽が、ゆっくりこちらの上空へ近づいてきた。

 

 僕は顔を上げすぎないように、その動きだけを追った。

 

 僕達の上を通過する。

 

 そのまま離れるかと思った鳥は、少し先で旋回し、再び同じ範囲へ戻ってきた。

 

 なのはも気づいたらしい。

 

 声が小さくなる。

 

「……見られてる?」

 

「たぶん」

 

 さっき見つけた鳥を見る。

 

 別の一羽。

 

 さらにその向こう。

 

 規制区域だけではない。

 

 街へ戻る方向にもいる。

 

 正確に何羽いるのかは分からない。

 

 ただ、一羽や二羽で済んでいないことだけは分かった。

 

「小尾君」

 

「うん」

 

「これも、魔術師?」

 

「可能性は高い」

 

 僕は空から視線を外した。

 

 見つけたと相手に悟られる必要はない。

 

 空港へ着いた時から感じていた、霊脈への違和感。

 

 東京まで届いた二つの巨大な反応。

 

 その発生地点で起きたとされる、あまりにも都合のいいガス爆発。

 

 規制区域の外まで残っている、魔術という言葉では片づけにくい巨大な力の痕跡。

 

 そこまで揃って。

 

 さらに。

 

 多数の使い魔が、この周辺一帯を監視している。

 

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