「力が欲しいか?」と言いたくて!   作:桃たろす

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魔術師はろくでもない

「帰ろう」

 

 空を見上げたまま、僕は言った。

 

「え?」

 

「空港に戻ろう。できれば今日の便で」

 

 なのはが目を瞬かせた。

 

 無理もない。

 

 わざわざ日本からアメリカまで来て、空港からさらにタクシーを走らせ、目的だった砂漠まで辿り着いたというのに、ろくに調べもしないうちから帰ると言い出したのだから。

 

「もういいの?」

 

「よくはないよ」

 

 むしろ、ものすごく気になる。

 

 空港へ降りた時から感じていた、人為的に手を加えられた霊脈。

 

 この砂漠に残された、通常の魔術師同士の争いでは到底説明できないほど巨大な衝突痕。

 

 事故として処理され、規制線まで張られた現場。

 

 そして今も、その周囲を何食わぬ顔で旋回している複数の使い魔。

 

 調べたい。

 

 何が起きたのか知りたい。

 

 どんな術式が組まれているのかも見たいし、あれだけの力をぶつけ合った連中が何者なのかも気になる。

 

 だからこそ、今は帰った方がいい。

 

「魔術師ってね、ろくなものじゃないんだよ」

 

「……小尾くんも魔術師だよね?」

 

「僕も含めて」

 

 なのはが何とも言えない顔になった。

 

「本当に頭のおかしい奴しかいないから」

 

「そこまで言う?」

 

「言う」

 

 根源。

 

 一族の悲願。

 

 研究。

 

 目的のためなら何十年、何百年という時間を平気で費やす。

 

 必要だと判断すれば、自分だけではなく家族や子供まで巻き込むような連中も珍しくない。

 

 自分自身を実験台にする程度なら、まだ他人へ迷惑をかけていないだけ良心的だと評価されかねない世界だ。

 

 僕自身、人のことを言えた立場ではない。

 

 だから分かる。

 

 知らない魔術師が、知らない目的で、僕にすら規模の分からない何かをやっている。

 

 そのうえ、使い魔まで置いて現場を監視している。

 

「何の準備もなく首を突っ込む場所じゃない」

 

「小尾くんがそこまで警戒するんだ」

 

「分からないから警戒するんだよ。何をしてるか分かれば、まだ対策も考えられるけどね」

 

 規制線の向こうへ目を向ける。

 

 乾いた風が砂を撫でていた。

 

 あれほどの力がぶつかった場所だというのに、今は不気味なくらい静かだった。

 

「帰ろう。ここ、たぶん思ってたよりずっと面倒だよ」

 

 なのはも今度は反対しなかった。

 

「うん。分かった」

 

 僕たちは待たせていたタクシーへ戻った。

 

     ◆

 

 空港へ着き、タクシーを降りたところで違和感を覚えた。

 

 料金を払い、荷物を持って建物へ向かう途中、正面のガラスに映った人の流れへ何となく目をやる。

 

 帽子を被った男がいた。

 

 旅行鞄を持ち、服装にも特徴はない。

 

 空港にいれば誰も気に留めないような男だった。

 

 ただ、僕たちがタクシーを降りてから、ずっと同じくらいの距離にいる。

 

 試しに歩調を少しだけ落としてみる。

 

 男も遅くなった。

 

 元へ戻す。

 

 向こうも戻った。

 

「なのは」

 

「うん」

 

 返事が早かった。

 

「気づいてる?」

 

「タクシーを降りてからだよね」

 

 前を向いたまま答える。

 

 僕より先に気づいていたらしい。

 

「一人?」

 

「私が分かったのは一人」

 

「僕も」

 

 砂漠では使い魔。

 

 空港へ戻れば人間。

 

 さすがに偶然とは考えづらい。

 

「どうする?」

 

「飛行機に乗っちゃおう」

 

「そのまま帰る?」

 

「うん。私たち、何もしてないよね?」

 

「見ただけだね」

 

 規制線を越えたわけでもない。

 

 術式を壊したわけでもない。

 

 飛行機に乗って日本へ戻ってしまえば、それで終わる可能性は高い。

 

 ただ、このまま後ろを気にし続けるのもよくなかった。

 

「なのは。ちょっと近く来て」

 

「なに?」

 

「恋人のふりしよう」

 

「…………え?」

 

 僅かに足取りが乱れた。

 

「日本から旅行に来たカップル。僕たちくらいの年齢なら、別に変じゃないでしょ」

 

「どうして急にそうなるの?」

 

「尾行に気づいた人間って、どうしても動きが変わるから」

 

 ガラスを見る。

 

 歩く速度を変える。

 

 会話が減る。

 

 曲がり角で後ろを気にする。

 

 そんなことを繰り返していれば、向こうへこちらが気づいていると教えているようなものだ。

 

「最初から何も気づいてない旅行客に見せた方がいい」

 

「それで恋人?」

 

「一番自然だからね」

 

 なのはは少し考えたあと、僕の横へ寄った。

 

 そして、そのまま腕を絡めてくる。

 

「これでいい?」

 

「思ったより本格的だね」

 

「小尾くんが言い出したんでしょ」

 

「そうだけど」

 

「なら後ろ見ない」

 

「はい」

 

 こういう時の思い切りは、僕よりなのはの方がいい。

 

 案内板を一緒に眺めたり、売店へ寄ったりしながら航空会社のカウンターへ向かった。

 

 ところが、今日の便には空席がなかった。

 

 別経路も含めて調べてもらったが、今日中に確実に乗れる便は見つからない。

 

 翌日なら二人分を確保できるという。

 

「明日のにしようか」

 

「そうだね」

 

 翌日の航空券を取った。

 

 これで帰る手段そのものは確保できた。

 

 問題は、一晩だけこの街へ残らなくてはならなくなったことだった。

 

 カウンターを離れたあとも、なのはは腕を組んだままだった。

 

「まだいる?」

 

 笑顔を崩さず、小さな声で尋ねてくる。

 

「さっきの奴はいない」

 

「巻けた?」

 

「別のがいる」

 

 ショーウインドウを見るふりをして、反射を確認する。

 

 違う男だった。

 

 僕たちが止まれば止まり、動けば動く。

 

「交代したみたい」

 

「……結構ちゃんとしてるね」

 

「嫌になるね」

 

 空港を出たあとも旅行客を演じた。

 

 途中で飲み物を買い、店を覗き、道を間違えたふりをする。

 

 建物へ入って別の出口から抜け、何度か人の流れへ紛れた頃には、人間による尾行は見えなくなっていた。

 

 もちろん、完全に撒いたとは思っていない。

 

 相手が魔術師なら、空を飛ぶ鳥一羽で済む。

 

「だいぶ面倒なところに来ちゃったなあ」

 

「だから帰るんでしょ?」

 

「正解」

 

 空港周辺にあった、ごく普通のホテルへ入った。

 

 受付でも恋人のふりは続ける。

 

 一部屋を取り、上階へ移動し、扉を閉めたところでようやくなのはが僕の腕を離した。

 

「……疲れた」

 

「歩いただけじゃん」

 

「そういう疲れじゃないよ」

 

 なのはが荷物をベッドへ置こうとする。

 

「待って」

 

「え?」

 

「まだ置かないで」

 

 先にカーテンを閉める。

 

 ドア周辺。

 

 壁。

 

 床。

 

 机。

 

 鏡。

 

 電話。

 

 通気口。

 

 ベッドの下。

 

 一通り確認していく。

 

「盗聴器?」

 

「それもだけど、魔術の方が先かな」

 

「こんなホテルに?」

 

「尾行されてたんだから、念のため」

 

 糸一本。

 

 髪一本。

 

 紙切れ。

 

 壁へ刻まれた小さな印。

 

 何かを仕掛けるのに、大げさな魔法陣が必要とは限らない。

 

 数分かけて確認したが、僕に見つけられるようなものはなかった。

 

「たぶん大丈夫」

 

「たぶん?」

 

「絶対って言って後から出てくる方が嫌でしょ?」

 

「まあ……そうだけど」

 

 それでも、最低限の備えくらいは作っておきたい。

 

「なのは」

 

「なに?」

 

「魔術、使っていい?」

 

 すぐに表情が変わった。

 

「何するの?」

 

「簡単な結界。外から中を探りにくくするのと、誰かが入ってきたら分かるようにするだけ」

 

「攻撃する仕掛けは?」

 

「なし」

 

「ホテル壊れない?」

 

「壊さないよ」

 

「ほんとに?」

 

「信用ないなあ」

 

「今までのこと考えてるだけだよ」

 

 反論できなかった。

 

「……壊しません」

 

 なのはは少し考えてから頷いた。

 

「ならいいよ」

 

「ありがとう」

 

 許可を得て、部屋そのものの境界を利用した簡単な結界だけを組んだ。

 

     ◆

 

 夕食と明日の朝食を買うため、少ししてから近くのコンビニへ出た。

 

 もちろん、なのはも一緒だ。

 

「またやるの?」

 

 ホテルを出たところで聞かれた。

 

「恋人のふり?」

 

「うん」

 

「まだ見られてる可能性あるし、続けた方が自然でしょ」

 

「もう慣れてきた自分が嫌なんだけど」

 

「成長だね」

 

「違うと思う」

 

 そう言いながら、なのはは僕の腕へ腕を絡める。

 

 店までは歩いて数分だった。

 

 飲み物。

 

 サンドイッチ。

 

 パン。

 

 適当な菓子。

 

 いくつか籠へ入れて、レジへ向かった。

 

 店員は二十代くらいの男だった。

 

 僕となのはが並んでいる間に日本語で話していたことに気づいたらしく、商品を通しながら気軽に話しかけてくる。

 

「君たち、日本人?」

 

「そうだよ」

 

「やっぱり。旅行?」

 

「まあ、そんな感じ」

 

 店員が僕となのはを交互に見た。

 

「二人で? いいねえ」

 

「休みが取れたので」

 

 なのはが自然に答える。

 

「カップルでアメリカ旅行か。羨ましいな。俺、日本行ってみたいんだよ」

 

「東京とか?」

 

「そうそう。東京もだし、寿司も食いたい」

 

「お寿司なら東京以外にも美味しいところいっぱいありますよ」

 

「マジ? じゃあ日本人に聞いてから行った方が良さそうだな」

 

 そんな雑談をしているうちに会計が終わった。

 

 店員が袋をこちらへ差し出す。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 僕が右手を伸ばした。

 

 そこで、店員の視線が手の甲へ止まった。

 

「お、そのタトゥー、ナイスだな」

 

「……タトゥー?」

 

「それだよ。手のやつ。いいデザインじゃん」

 

 意味が分からず、自分の右手を見る。

 

「…………」

 

 赤い紋様が浮かんでいた。

 

 手の甲を覆うように、複雑な線が絡み合っている。

 

 傷でも染料でもない。

 

 皮膚の表面へ描かれているようにも見えない。

 

 もっと内側から浮かび上がっている。

 

「小尾くん?」

 

 なのはも覗き込む。

 

 僕は数秒だけそれを見たあと、袖を下ろして隠した。

 

「……まあ、そんな感じ」

 

「似合ってるよ」

 

「どうも」

 

「旅行楽しんでな」

 

「ありがとう」

 

 店を出る。

 

 自動ドアが閉じてから、もう一度右手を見る。

 

 消えていない。

 

「小尾くん、それ本当にタトゥーじゃないよね?」

 

「入れた覚えないからね」

 

「じゃあ何なの?」

 

 知らないものではなかった。

 

 だから嫌だった。

 

 霊脈。

 

 大規模な儀式。

 

 巨大な戦闘痕。

 

 周囲へ置かれた使い魔。

 

 そして、この紋様。

 

 今までばらばらだったものが、一気に一つへ繋がり始める。

 

「……ああ」

 

「分かったの?」

 

「たぶん」

 

「何が?」

 

「この街で何やってるのか」

 

「大規模な儀式って言ってたやつ?」

 

「うん。これ、たぶん――」

 

 乾いた音が響いた。

 

 なのはの頭が大きく弾かれた。

 

 絡んでいた腕から力が抜け、血を散らしながら身体が崩れる。

 

「なのは!」

 

 狙撃。

 

 そう理解した時には、遠く離れた建物の一角で二度目の光が瞬いていた。

 

 次は僕。

 

 引き金は、すでに引かれている。

 

 踏み込もうとしていた右足から荷重を抜き、腰を落とす。

 

 肩と胴を連動させて身体の重心そのものをずらした。

 

 頬のすぐ横を何かが抜ける。

 

 僅かに遅れて二発目の銃声が届いた。

 

「……本気かよ」

 

 その直後。

 

 今度はエンジン音が重なった。

 

 正面から二台。

 

 振り返れば、後方からも二台。

 

 四台の車両が道路を挟み込むように止まった。

 

 追跡するためじゃない。

 

 僕たちをここから逃がさないために、最初から配置されていた車両だ。

 

 ドアが開く。

 

 中から武装した男たちが一斉に降りてきた。

 

 降伏を求める声はない。

 

 警告もない。

 

 車外へ出るのと、銃声が重なったのはほとんど同時だった。

 

「うわ」

 

 前後左右から銃弾が飛んでくる。

 

 撃ち方を見れば、捕まえるつもりがないのは明らかだった。

 

 殺しに来ている。

 

 足元には、頭部を撃ち抜かれて倒れ込んだなのは。

 

 考えている時間はない。

 

 僕は足先をなのはの身体の下へ入れ、そのまま蹴り上げた。

 

 力の抜けた身体が浮く。

 

 首元を掴んで引き寄せた瞬間、なのはの身体へ何発もの銃弾が叩き込まれた。

 

 肩が跳ねる。

 

 腹が弾かれる。

 

 腕にも脚にも穴が開いた。

 

 気にしない。

 

 なのはは死なない。

 

 壊れれば再構築される。

 

 それを知っているのに、わざわざ僕が銃弾を受ける理由はなかった。

 

 正面から射線が重なれば、なのはをそこへ差し込む。

 

 横から撃たれれば、掴んだ身体を振って射線を潰す。

 

 背後から銃声が続けば、自分の身体ごと向きを変えた。

 

 何発かは貫通する。

 

 だから、なのはへ弾丸が当たる瞬間には僕自身もその延長線上から外れる。

 

 完全な盾じゃない。

 

 それでも、射線を一度乱すには十分だった。

 

 銃口の向きが変わるたびに、なのはの身体も一緒に振る。

 

 胸。

 

 腹。

 

 肩。

 

 脚。

 

 どこへ何発入ったのかは、途中から数えていない。

 

 どうせ後で戻る。

 

 それより、包囲を抜ける方が先だった。

 

 前方の二台の間。

 

 隊員たちが射線を確保し直した瞬間、僅かに人員の間隔が開く。

 

 そこだ。

 

 なのはを自分の前へ引き寄せながら、四肢へ魔力を通した。

 

 腕と脚を走る魔術回路が一斉に活性化する。

 

 皮膚の下へ、青白い光が浮かび上がった。

 

 疑似聖人。

 

 神の子と共通する身体的特徴を、自分自身の肉体へ人工的に刻み込んで作った模造品。

 

 普段は出力を絞っている。

 

 この身体の性能を日常生活で全開にする必要などない。

 

 だが今は、細かなことを考える理由もなかった。

 

 神経。

 

 筋肉。

 

 血流。

 

 骨格。

 

 長い時間をかけて作り替えてきた身体へ、魔力をぞんざいに流し込む。

 

 疑似聖人としての性能を、乱暴に引き出した。

 

 正面から来た最後の一斉射撃をなのはへ受けさせる。

 

 身体が大きく揺れた。

 

 その陰から僕は踏み込んだ。

 

 包囲の薄い場所へ一気に身体を滑り込ませる。

 

 近くの隊員が銃口を向け直した時には、もう遅かった。

 

 なのはを引き寄せ、そのまま肩へ担ぎ上げる。

 

 腕も脚も力なく垂れ下がった。

 

 頭部だけでなく、盾に使ったせいで全身が穴だらけになっている。

 

 別に構わない。

 

 死なないのだから、運び方まで気を遣う必要はない。

 

 地面を蹴った。

 

 身体が一気に前へ押し出される。

 

 背後から銃声が追ってきたが、数秒もすれば照準そのものが追いつかなくなった。

 

 道路へ飛び出す。

 

 横を走っていた車へ追いついた。

 

 運転手がこちらを見る。

 

 驚いた顔が見えたのは一瞬だけだった。

 

 次には、車ごと後ろへ流れていく。

 

 なのは一人を肩に担いでいても、疑似聖人の出力をここまで上げれば大した負荷ではない。

 

 後ろから車両が出てくる。

 

 追跡を続けるつもりらしい。

 

 なら、大通りを長く使わなければいい。

 

 十分に距離を稼いだところで細い通りへ入り、車の入れない道へ潜る。

 

 建物の間を抜けながら何度も進行方向を変える。

 

 速度を落とさず、人間と車両では追いにくい経路を選び続けた。

 

 別の魔術は使わない。

 

 必要がない。

 

 それに、相手へ余計な情報を渡す理由もない。

 

 肩の上では、なのはの再構築が始まっていた。

 

 頭部だけではない。

 

 盾にした時に受けた全身の銃創も、失われた部分から元の形へ戻り始めている。

 

 服はそのままだった。

 

 当然だ。

 

 再構築されるのはなのはであって、着ている服ではない。

 

 十分に距離を取ったところで、表通りから見えない細い裏路地へ入った。

 

 ようやく速度を落とす。

 

 魔術回路へ流していた魔力を絞ると、四肢を走っていた青白い光も薄れていった。

 

 なのはを肩から下ろし、壁際へ座らせる。

 

「……ひどいな」

 

 身体そのものはほとんど戻っている。

 

 しかし服は別だった。

 

 上着にも、その下の服にも、銃弾が通った穴がいくつも残っている。

 

 肩。

 

 脇腹。

 

 胸元。

 

 腹。

 

 布地が裂けたところから、再構築された肌が普通に見えていた。

 

 我ながら、よく使ったものだ。

 

 少し待つ。

 

「……ん……」

 

 なのはの瞼が僅かに動いた。

 

「なのは」

 

 もう一度呼ぶ。

 

 ゆっくりと目が開く。

 

「……小尾、くん?」

 

「起きた?」

 

 まだ意識がはっきりしていない。

 

 僕を見てから周囲へ視線を向け、知らない路地にいることへ眉を寄せた。

 

「ここ……どこ?」

 

「さっきの場所から、かなり離れたところ」

 

「かなり……?」

 

 少しずつ記憶が戻ったのだろう。

 

 急に表情が変わった。

 

 自分の頭へ手を伸ばす。

 

 傷はない。

 

 けれど、髪や頬には血が残っている。

 

 指先についた赤いものを見て、なのはが動きを止めた。

 

「……私、撃たれた?」

 

「うん」

 

「頭を?」

 

「うん」

 

 もう一度頭を触る。

 

 どこにも傷はない。

 

「……覚えてる。何か当たったところまでは」

 

「そのあと意識が落ちたよ」

 

「小尾くんがここまで運んでくれたの?」

 

「うん」

 

 嘘ではない。

 

 運んだ。

 

 途中の用途について聞かれていないだけだ。

 

「小尾くんは?」

 

「僕も撃たれたけど、当たらなかった」

 

「避けたの?」

 

「ぎりぎりね」

 

「相手は?」

 

「思ったよりずっと本気だった。狙撃だけじゃなくて、武装した部隊までいたよ」

 

 なのははそこで、自分の服へ目を落とした。

 

「…………」

 

 穴。

 

 穴。

 

 また穴。

 

 再構築された肌があちこちから見えている。

 

 なのはは自分の服を見た。

 

 僕を見る。

 

 もう一度、自分の服を見る。

 

「小尾くん」

 

「なに?」

 

「なんで私、こんなに撃たれてるの?」

 

「盾にしたから」

 

「…………え?」

 

「全方向から撃たれてたし」

 

「私を?」

 

「うん」

 

「盾に?」

 

「うん」

 

 なのはの表情が完全に固まった。

 

「……頭を撃たれて倒れてる私を?」

 

「死なないでしょ?」

 

「そういう問題じゃないよ!」

 

 路地へ声が響いた。

 

「静かに。見つかるよ」

 

「誰のせい!?」

 

「でもちゃんと戻ったじゃん」

 

「戻れば何してもいいわけじゃないからね!?」

 

「次から気をつける」

 

「絶対分かってない!」

 

 元気そうで何よりだった。

 

 少なくとも、再構築そのものには問題はないらしい。

 

 なのははまだ何か言いたそうだったが、自分の胸元へ目を落として、裂けた服を手で寄せた。

 

「……これ、どうしよう」

 

「ああ」

 

 言われてみれば、そのまま歩かせるのはまずい。

 

 身体は完全に元へ戻っているが、服は銃撃戦の真ん中から出てきたような有様だ。

 

 しかも、普通に肌が見えている。

 

 僕は自分のTシャツの裾を掴んだ。

 

 胸元には大きく、

 

『I LOVE TOKYO』

 

 と書かれている。

 

 頭から脱いだ。

 

「はい」

 

 なのはへ渡す。

 

「……え?」

 

「着ときなよ」

 

「でも、小尾くん」

 

「僕は別にいいよ」

 

 なのはがTシャツと僕を交互に見る。

 

 当然、僕は上半身裸になった。

 

「小尾くんも、それはそれで目立つと思うんだけど」

 

「穴だらけで血まみれの服着てるよりはマシでしょ」

 

「それはそうだけど……」

 

「それに僕の服はちゃんと服として機能するよ」

 

「誰のせいで私の服が機能しなくなったと思ってるの?」

 

「撃ってきた人たち」

 

「小尾くんもかなり原因だよ!」

 

「僕は一発も撃ってないよ」

 

「私を盾にしたでしょ!」

 

 なのはは文句を言いながらも、結局Tシャツを受け取った。

 

 穴だらけになった服の上から着る。

 

 少し大きかったが、裂けた部分はだいたい隠れた。

 

 胸元には大きく、

 

『I LOVE TOKYO』

 

「…………」

 

 なのはが自分の胸を見る。

 

「何?」

 

「なんでアメリカまで来て、これ着てるんだろうって思って」

 

「観光客っぽくていいじゃん」

 

「今の私たちが観光客に見える?」

 

 血のついた髪。

 

『I LOVE TOKYO』。

 

 その隣に上半身裸の僕。

 

「……無理かもね」

 

「小尾くん!」

 

 怒るくらいには元気らしい。

 

 僕はそこで、さっきからずっと気になっていた右手へ目を落とした。

 

 袖はもうないので、そのまま手の甲を見る。

 

 赤い紋様は消えていない。

 

「なのは」

 

「なに?」

 

「ごめん」

 

「今度は何?」

 

「完全に巻き込まれちゃったわ」

 

 手の甲を見せる。

 

「さっき店員さんが言ってたやつ?」

 

「うん」

 

「結局、それ何なの?」

 

「令呪」

 

「れいじゅ?」

 

「聖杯戦争に参加するマスターに現れるもの」

 

「聖杯……戦争?」

 

「魔術師がサーヴァント――英霊を召喚して、聖杯を奪い合う大規模な儀式だよ」

 

「英霊って?」

 

「昔の英雄とか、伝説に残った存在を一時的に現世へ呼び出す。それと契約した魔術師同士で聖杯を奪い合う」

 

 なのはが少し眉を寄せた。

 

「戦争って……本当に戦うの?」

 

「うん」

 

「殺し合うってこと?」

 

「まあね」

 

 少し考えてから続ける。

 

「昔行われた聖杯戦争なんか、参加者一人を残してみんな死んだらしいよ」

 

「…………」

 

「参加者だけじゃなくて、周りにも死者がいっぱい出たらしい」

 

 なのはの表情が固くなる。

 

「それ……戦争っていうより」

 

「だから聖杯戦争なんだよ」

 

 なのはは自分の服に開いた穴を見た。

 

 頭を撃ち抜かれたばかりなのだから、説明としてはこれ以上ないくらい分かりやすかったと思う。

 

「さっきの人たちも、その聖杯戦争の関係者?」

 

「たぶんね」

 

「小尾くんは参加するの?」

 

「しないよ」

 

 即答した。

 

 こんなものに付き合う理由はない。

 

 聖杯なんていらない。

 

 サーヴァントなんて召喚したところで面倒が増えるだけだし、知らない魔術師たちと殺し合う趣味もない。

 

 明日の飛行機へ乗る。

 

 日本へ帰る。

 

 それで終わりだ。

 

「じゃあ――」

 

「帰っ――」

 

 言葉が止まった。

 

「……小尾くん?」

 

 右手を見る。

 

 令呪。

 

 それから、なのはを見る。

 

 もう一度、令呪を見る。

 

「…………」

 

「どうしたの?」

 

 いや。

 

 待て。

 

 聖杯戦争。

 

 魔術師にとって、聖杯とはただの優勝賞品ではない。

 

 願望機。

 

 どんな願いでも叶えるとされるもの。

 

 そして。

 

 魔術師という生き物が、何世代にもわたって人生を費やしてまで求め続けるもの。

 

 根源。

 

「…………」

 

 もう一度、なのはを見る。

 

「なに?」

 

 なのはが怪訝そうにこちらを見返す。

 

 頭を撃ち抜かれても戻る。

 

 全身へ銃弾を叩き込まれても、時間さえあれば再構築される。

 

 少なくとも、さっきの程度では死なない。

 

 そこへ。

 

 令呪を持った僕。

 

 もしサーヴァントまで召喚できたら。

 

 僕。

 

 なのは。

 

 サーヴァント。

 

「…………」

 

 いや。

 

 これ。

 

 ワンチャンなくね?

 

「小尾くん?」

 

「……ちょっと待って」

 

「さっき帰るって言ったよね?」

 

「言った」

 

「言ったよね?」

 

「言ったんだけどさ」

 

 もう一度、令呪を見る。

 

 聖杯戦争。

 

 願望機。

 

 もし本当に聖杯が願いを叶えるための器として成立しているなら。

 

 勝てば。

 

 もしかしたら。

 

 根源に――。

 

「…………」

 

 考え始めた途端、頭の奥が急速に熱を持ち始める。

 

 なのはが半眼になった。

 

「小尾くん」

 

「なに?」

 

「今、すごく嫌なこと考えてない?」

 

「失礼だな」

 

「じゃあ何考えてたの?」

 

「勝てる可能性について」

 

「帰る話どこ行ったの!?」

 

「いや、帰るつもりだったんだよ?」

 

 本当に。

 

 ついさっきまでは。

 

 ただ。

 

 魔術師として。

 

 願望機を目の前へぶら下げられて。

 

 しかも手元には、どう考えても普通のマスターにはない戦力が一人いる。

 

 そのうえ、これからサーヴァントまで増える可能性がある。

 

 これで一切心が動かないなら、たぶん僕は魔術師を名乗るべきではない。

 

「……ちょっとだけ考えよう」

 

「嫌だよ」

 

「まだ何も言ってないじゃん」

 

「顔で分かるよ」

 

「そんなに?」

 

「さっきまで『魔術師は頭がおかしい奴しかいない』って言ってた人が、その顔してるんだよ?」

 

「…………」

 

 なるほど。

 

 自分で言っておいてなんだけど。

 

 とても説得力があった。

 

     ◆

 

 襲撃作戦が失敗したという報告が届いた頃には、ファルデウス・ディオランドの前へ必要な資料と映像が揃い始めていた。

 

 二人がスノーフィールドへ入ったのは今日。

 

 女には正規の入国記録が存在する。

 

 一方で、男には対応する旅券情報がなかった。

 

 空港の監視映像には、確かに入国審査を受けている姿が残っている。

 

 審査官本人も、男のパスポートを確認したと証言した。

 

 だが番号もない。

 

 照合履歴もない。

 

 記録そのものが存在しない。

 

「暗示でしょうね」

 

 ファルデウスは映像を確認した時点で、そう判断していた。

 

 強引に記憶を書き換えたわけではない。

 

 必要な確認をした。

 

 正規の手続きを終えた。

 

 そう自然に思い込ませた。

 

 その程度の小さな干渉だったのだろう。

 

 だからこそ周囲の職員も違和感を持たなかった。

 

 男はそのまま女とともに空港を出ると、今日のうちに砂漠へ向かった。

 

 霊脈の異常へ気づき。

 

 残された戦闘痕を調べ。

 

 さらに監視用の使い魔まで認識した可能性が高い。

 

 その後、長居することなく空港へ引き返した。

 

 今日の便で帰国しようとしたものの空席がなく、翌日の航空券を取っている。

 

 奇妙ではある。

 

 だが、ここまでは放置という選択肢もあった。

 

 この街の事情を知らない魔術師が偶然やって来て、異常へ気づいただけ。

 

 そう考えられなくもなかったからだ。

 

 状況が変わったのは、その後だった。

 

 儀式基盤に、新たな令呪が発現した。

 

 対象は例の男。

 

 しかも。

 

 こちらが想定していた本来側のマスターではない。

 

 偽りの聖杯戦争。

 

 不完全な六騎を先に呼び出し、それを呼び水として本来の七騎を成立させる。

 

 そのために作られたもの。

 

 偽りの側は六騎。

 

 欠けていることそのものが、最初から構造に組み込まれていた。

 

 そこへ。

 

 存在する予定のない七人目が現れた。

 

 誰も選んでいない。

 

 誰も想定していない。

 

 偽りの側の、七人目。

 

 しかも今日この街へやって来たばかりの正体不明の男だった。

 

 サーヴァントは未召喚。

 

 契約反応もない。

 

 なら、消すなら今しかない。

 

 ファルデウスはそう判断した。

 

 狙撃だけではない。

 

 前方二台。

 

 後方二台。

 

 車両で道路を塞ぎ、そのまま武装部隊を展開。

 

 逃走経路を潰した状態で一斉射撃を行う。

 

 捕縛ではなく、完全な排除。

 

 偽りの聖杯戦争へ突然生じた異常を、サーヴァント召喚前に消すつもりだった。

 

 そして。

 

 失敗した。

 

「映像を最初から」

 

 ファルデウスの指示で再生が始まる。

 

 一発目。

 

 女の頭部へ命中。

 

 続けて、男への二射目。

 

「止めてください」

 

 発砲直後で映像が止まった。

 

「狙撃手の報告は?」

 

「発砲後に回避された、と」

 

「でしょうね」

 

 再生速度を落とす。

 

 男は事前に走り出していない。

 

 大きく跳んでもいない。

 

 踏み出しかけた足から荷重を抜き、腰と肩を連動させて重心をずらしている。

 

 頭部だけを、必要最小限の動きで射線から外していた。

 

「偶然の反射ではありませんね」

 

「かなり訓練を受けている?」

 

「少なくとも、身体の使い方を知っている」

 

 さらに映像を進める。

 

 四台の車両が道路を塞ぐ。

 

 隊員たちが降車。

 

 一斉射撃。

 

 そこで男が取った行動に、室内の何人かが黙った。

 

 頭部を撃ち抜かれて足元へ崩れていた女を、蹴り上げた。

 

 掴む。

 

 そして。

 

 盾にする。

 

 前後左右から飛んでくる弾丸に合わせ、女の身体そのものを振り回して射線を潰している。

 

 銃弾が女を貫通しても、男自身はその延長線上から外れる。

 

 一発。

 

 二発。

 

 そんな数ではない。

 

 女の身体へ銃弾が叩き込まれ続ける。

 

 それでも男は、一切扱いを変えなかった。

 

「……同行者を盾にすることに、まったく躊躇がありませんね」

 

 部下の一人が呟いた。

 

 ファルデウスは映像を見たまま答えた。

 

「そこではありません」

 

「と、言いますと?」

 

「なぜ、あそこまで使えたのかです」

 

 女は最初の狙撃で頭部に命中している。

 

 普通なら既に死亡している。

 

 死体を盾にした。

 

 それだけなら理解できる。

 

 だが、男はその後の損傷まで一切気にしていない。

 

「盾として使えなくなることを心配していない」

 

「既に死亡しているからでは?」

 

「それなら、肉体の損壊にはもう少し注意するでしょう」

 

 胴体を撃ち抜かれ。

 

 肩を撃たれ。

 

 何発も貫通している。

 

 それでも、男は女の身体を迷いなく使い続けた。

 

「死んだから雑に扱ったのか」

 

 ファルデウスは少しだけ目を細めた。

 

「あるいは、この程度では失われないと知っていたのか」

 

「治癒魔術?」

 

「頭部を撃ち抜かれた人間へそこまで確信を持てる治癒なら、それはそれで非常に興味深いですね」

 

「人間ではない可能性は?」

 

「候補には入れてください。ただし、まだ推測です」

 

 女が回復する瞬間そのものは確認できていない。

 

 事実は事実。

 

 推測は推測。

 

 そこを混ぜる理由はない。

 

 映像を進める。

 

 包囲の一角を抜ける直前。

 

 男の腕と脚へ、青白い線が浮かび上がった。

 

「ここですね」

 

 停止。

 

「魔術回路」

 

「我々も、そう判断しています」

 

「でしょうね」

 

 問題は、その直後。

 

 身体能力が一気に跳ね上がっている。

 

「まず肉体強化と考えるのが自然でしょう」

 

 ファルデウスは映像を狙撃回避まで戻した。

 

「ただし、単純な強化魔術だけでは説明しにくい」

 

「理由は?」

 

「順番です」

 

 発砲。

 

 回避。

 

 この時点では、少なくとも映像上、四肢の回路はまだ活性化していない。

 

「強化したから銃撃へ対応できたのではない。強化する前から、狙撃へ反応できるだけの身体能力と技術を持っている」

 

 そのうえで。

 

 魔術回路を活性化し、さらに肉体性能を上乗せしている。

 

「元から戦える人間が、強化を重ねている」

 

「戦闘専門の魔術師?」

 

「候補の一つでしょうね」

 

 暗示。

 

 霊脈の知識。

 

 使い魔を看破する観察力。

 

 尾行への対処。

 

 銃撃に対する反応。

 

 包囲された後の判断。

 

 しかも、攻撃魔術をほとんど使おうとしていない。

 

 魔術師でありながら、まず肉体と実戦技術を使う。

 

「……聖堂教会」

 

 ファルデウスが口にした。

 

「代行者ですか?」

 

「可能性はあります」

 

 黒鍵はない。

 

 聖句もない。

 

 教会所属を示すものも確認されていない。

 

 断定する材料はない。

 

 それでも。

 

 魔術師としての知識を持ちながら、術式そのものより身体と実戦技術を優先する戦闘者。

 

 候補として考える価値はあった。

 

「特に足回りですね」

 

 包囲突破後の映像へ切り替える。

 

 男は女を肩へ担いだ。

 

 そのまま走る。

 

 追跡車両が動き出す。

 

 一般車両へ追いつき。

 

 並び。

 

 そのまま抜き去った。

 

「人一人を担いだ状態です」

 

「魔術強化だけでなく、素体そのものがおかしい」

 

「そう考えた方が自然ですね」

 

 ファルデウスは青白く発光している四肢を拡大した。

 

「それと、ここも気になります」

 

「魔術回路ですか?」

 

「ええ」

 

 回路は活性化している。

 

 だが、そこから複雑な術式を構築した痕跡が薄い。

 

 魔力を流す。

 

 直後に肉体性能が上がる。

 

 映像上確認できるのは、それだけだ。

 

「通常の強化魔術とは少し違う」

 

「身体そのものへ何か?」

 

「その可能性があります」

 

「魔術礼装?」

 

「あるいは」

 

 ファルデウスは少し考えた。

 

「本人の肉体そのものが、既に何らかの術式へ組み込まれているのかもしれません」

 

 そう考えれば。

 

 強化前からの異常な反応速度。

 

 活性化後の身体能力。

 

 その両方を一応は説明できる。

 

 ただし。

 

 まだ仮説でしかない。

 

「教会関係者を洗ってください」

 

「現役の代行者を?」

 

「それだけではなく、離脱者、行方不明者も含めて」

 

「了解」

 

「並行して、身体強化を専門とする魔術師も照合を。最初から教会だと決めつけないように」

 

「女の方は?」

 

 一発目の映像が表示される。

 

 頭部への命中。

 

 その後は盾として使用され、男に連れ去られた。

 

「死亡確認は?」

 

「できていません」

 

「なら死亡扱いにはしないでください」

 

 普通なら死んでいる。

 

 だが、確認はしていない。

 

「再攻撃は?」

 

「今はしません」

 

 ファルデウスは即答した。

 

「情報も増やさず、失敗した方法を繰り返す意味はありませんから」

 

 最初は。

 

 ただの異常だった。

 

 偽りの聖杯戦争へ突然生じた、存在するはずのない七人目。

 

 サーヴァント召喚前に消せば、それで終わる。

 

 その程度の問題だと思っていた。

 

 ところが。

 

 暗示による入国。

 

 異常な反応速度。

 

 高度な身体操作。

 

 青白く発光する魔術回路。

 

 代行者を疑わせる実戦能力。

 

 そして、頭部を撃ち抜かれた同行者を躊躇なく盾として使うという不可解な判断。

 

 ファルデウスは、男が女を肩へ担ぎ、夜の街へ消えていく映像をもう一度再生した。

 

 魔術師なのか。

 

 代行者なのか。

 

 それとも、そのどちらにも収まらない何かなのか。

 

 そして。

 

 あの女も、本当にただの人間なのか。

 

「さて」

 

 ファルデウスは小さく息を吐いた。

 

「聖杯はまた、面倒なものを拾ってきましたね」

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