────暗闇の広がる宇宙空間
無数に輝く小さな星が点在している。
時はS•E.1000年──
人類が生活拠点を宇宙にまで広げてから500年余り。
青く光る地球のそばには、幾つもの移動型コロニーが静かに浮かんでいる。
暗闇の奥で瞬く閃光が見える。
ビーム砲の光跡か、爆発の残滓か。
地球と宇宙。双方に生きる者の確執。争い。
大型機械人形「モビルスーツ」の開発によりそれは激化の一途を辿った。
終わりの見えない戦争が今もなお続いている。
そんな空間の一角、地球を背にして、2つの巨大な人影が睨み合うように向き合っていた。
黒い機体の喉元に袖口から短く伸びた光刃を突きつける白い機体、ホワイトドール。
その躯体の表面はうっすらと真珠のような純白の輝きをまとっている。
その周りには黒い花びらの様な小型の遠隔兵器が8機、静かに佇み、その砲身を全てホワイトドールに向けてぼんやりと光り、今にも光弾を発射するかのよう。
それを操るのは今まさに光刃を突きつけられているモビルスーツ。その表面は宇宙の光に照らされて黒く輝いて見える。
ホワイトドールに乗る少女『ヒメノ・カストル』は未だに信じられないといった表情でモニターに映る黒いモビルスーツを見つめている。
その時突然黒い機体の胸部のコックピットハッチが開いた。
そこに覗く顔は幼い頃から一緒に育った幼馴染の顔。しかしヘルメット越しでも分かるその険しい表情にはかつての面影は薄く、ヒメノは未だ信じられずにいた。
彼は体の固定具を外して宇宙の暗闇へ身を晒し、険しい表情のままヒメノに向かって手を伸ばす。
その光景を見たヒメノもホワイトドールのコックピットハッチを開け身を乗り出し手を差し出した。
しかしその手を握る者はいない。
ヒメノが探し求め、待ち望んでいた少年との再会は困惑と落胆、そして失望に終わる事となる────
────時は数ヶ月前に遡る
S•E(ステラ・エラ).999年12月────
人類が宇宙に進出した頃発足された、地球と宇宙の平和と秩序を守る事を使命とする連合国家地球連邦政府。
その直轄コロニーである『
そこでは4年に一度の『VRMS』の全国大会が開かれていた。
かつての宇宙戦争で用いられた大型機械人形、モビルスーツをヴァーチャル世界で操作し対戦する現代で最も人気のあるEスポーツ。
操縦席のある擬似コックピットの全方位モニターに映し出されるのは本物さながらにリアルタイムでレンダリングされたCG映像。操縦系には自身が操る機体の挙動がダイレクトに再現される体感型ゲームである。
特にこの全国大会は各コロニーから選抜された選手代表同士の対戦であり、多くの人々の注目を集めているビッグイベントの一つ。
「さあ!VRMS全国大会タッグ部門決勝戦!全世界が注目するこの対戦!果たして優勝ペアはどちらでしょうかぁっ!」
熱い実況が流れると共にスタジアム内のモニターから見ている観客席から大歓声が起こる。
コックピットの座席に座りレバーを握る少年、「ヴェン・デウケース」は目をつぶりながら動かない。
集中し相手の動きを目では無くその醸し出される空気感を感じ取っているかのようだ。
「見えた!行けっ!」
そう叫んだ時、突然目を開いて両手に握るレバーを引いた。
ヴェンが操作する黒いモビルスーツから遠隔操作ビット兵器を射出して相手機に向けて
「ご覧ください!あの制御困難と言われた新規アプリ。サイコミュシステムを華麗に使いこなすのは!初出場にも関わらず個人男子部門優勝を果たしたデウケース選手‼︎」
ビットは蛇行するように素早く飛びながら光線をモビルスーツ目掛けて発射してゆく。
「マジか!あのアプリ使えるやつなんて居たのかよ⁉︎」
「バカ‼︎こっち来んなっ‼︎」
相手のモビルスーツ達はそれを避けようと必死に飛びすさり、気がつくと並んで立ちお互いの退路の潰し合いになってしまった。
「彼とタッグを組むのは同じく初出場で個人女子部門優勝を果たしたカストル選手!早い!早すぎる!まさに白い閃光!」
コックピットに座るヒメノはアクセルを踏み込みレバーを力強く倒しながらニヤリと笑う。
「・・・遅ぇんだよ・・」
ヒメノが操作するのは白いモビルスーツ。
高速で大地を駆け抜け敵機達との間合いを詰めたヒメノ。そして光を帯びた刃を抜いて更にスピードを上げた。
「やばい!逃げるぞ!」
「どっちにだよ!あの飛んでるチビのビームガン来てんだぞ‼︎」
ヒメノの操る機体の迫るスピードに反応できずにうろたえることしかできずにいる相手チーム。
決戦まで勝ち上がって来た猛者のはずであるが彼らにとっては止まったハエを叩き落とすが如くである。
光刃が相手モビルスーツを貫くと同時にヴェンの操るサイコミュビットから発射されたビーム砲がもう1体を貫いた。
「ゲームセット!勝者カストル&デウケースペア!優勝は全国大会初出場最年少ペアに決定しました!」
熱いアナウンスと共に大喝采が沸き起こった。
コックピットから出てきてヘッドセットを外す2人。
2人はお互い向き合い満面の笑みで拳をぶつけ合った。
優勝者インタビューの場につく2人は大勢の記者に囲まれ緊張した面持ちで質問に答えていく。
「お互い初の全国大会でしたが、とても意気のあったタッグ戦でしたね!どのように練習を重ねたのでしょうか?」
記者から質問されるも口が固まりどもってしまったヒメノに変わってヴェンが答えた。
「特に練習したというわけではないのですが、小さい頃から一緒にいるのでお互い声に出さずともどう動くか分かるので次の手に繋げやすかったです。」
普段絶対に使わない敬語を頑張って話すヴェン。
その硬い口調からも緊張が見てとれる。
「幼馴染なんですね!それでお互い男女の部優勝とタッグ戦優勝。まるで青春の1ページのようですねっ!素晴らしい!」
また大喝采が起き2人の体は完全に固まってしまった。
しかし誰が発したかわからない1つの質問が場の空気を一転させ、そしてこの会場を惨劇に変える事となる。
「おふたりは交際中ということでしょうか?」
その瞬間静寂が生まれた。
ヒメノとヴェンは目を丸くしている。
しばしの静寂の後2人が同時に口を開く。
「「違います!」」
その発言の直後からヒメノの顔に不満の色が浮かんで来るのが見てとれる。自身の発した否定に言葉を被せたヴェンに物申したい様子だ。
「ハッ!アンタが言うかっ!いつもよくわかんない本ばかり読みふけってるダボスケのくせに生意気なんだよっ!」
嘲笑気味に言い放つヒメノの鼻息が荒くなって来た。
ヴェンもすかさずうんざりといった顔で返す。
「あれは貴重な歴史資料だっつんだ!自慢の空手で喧嘩ばかりの脳筋女にはわかんねぇだろうけどなっ!」
「なんだとテメェッ!もっぺん言ってみろっ!泣かすぞっ⁉︎」
ヒメノのガキ大将の様な脅しに対して小慣れたすばやい動きで記者の後ろに隠れ吠えるヴェン。
「ほら見ろっ!全国中継で暴力を振るわんとするその凶暴性!宇宙を滅ぼす白い悪魔そのものじゃ無いかっ‼︎」
大人の陰に隠れて野次を飛ばす。面と向かってこんな事を言えばタダでは済まない事を重々承知の上の卑劣な行為を全国中継で堂々とやってのけた。
それを受けたヒメノは当然の様に激昂する。
すでに彼女の意識は会見会場では無く格闘リングの中にいるようだ。
「上等だっ!表出ろぉっ‼︎二度と減らず口叩けなくしてやるっ‼︎」
ヴェンに向かって飛びかかったヒメノの拳が記者の頬を打ち抜いた。
程なく会見会場は荒れ果てインタビューは強制終了で幕を閉じる。
次の日2人が学校へ行くとクラスはお祭り騒ぎ。別のクラスからの見学者まで集まり廊下まで人で溢れ返していた。
全国に中継されたその会見は大会優勝の余韻などカケラも無く、2人の乱闘騒ぎが大々的に報じられていたのである。
周りが爆笑しながらその傍若無人ぶりを褒め称える中、2人は赤面しながら沈黙を続けていた。
ヴェンの顔はところどころ青く腫れ上がっている。
そのタイミングで担任の教師が遠くの廊下から学生達をかき分けやっと教室までたどり着いた。
「お!昨日中継見たぞ。いい拳だったなカストル!見事な突きだった!」
空手部顧問でもある担任までそんなことを言い出す始末。
その瞬間2人は顔を真っ赤にして立ち上がり、大勢をなぎ倒しながら教室を出て走り去っていった。
感情任せで出てきてしまったもののどこも授業中なので特に行くあてもなく、とりあえず屋上に行くことにした2人。
だが屋上へ出る扉は施錠されていた。
扉まで自分を馬鹿にしているような、そんな被害妄想に陥るヒメノは扉に向かって叫ぶ。
「邪魔だぁ‼︎」
その瞬間ヒメノは分厚い扉を前蹴り1撃で吹き飛ばした。
興奮したヒメノにとってこんな鍵付き扉なぞ相手にもならない。
幼い頃から何度も似たような光景を見てきたヴェンは特に驚きもせず小さくため息をついた。
屋上の柵からコロニーの天井とも言える空を見上げる2人。
青い空の奥にうっすらと天地が逆になっている街が見える。
しばらく見つめていると自分が空から落ちているのではないかという錯覚を起こしそうだ。
屋上を駆け抜ける風を浴びたヴェンは先程までの羞恥心や怒りも一緒に飛び去っていったかのように落ち着きを取り戻した。
ふとヒメノに目をやるとその顔は真っ赤に染まっていた。
「なんなんだあいつら揃いも揃って!せっかく優勝したのにぃ‼︎」
歯ぎしりしながら愚痴を漏らすヒメノ。
なんでこうなった。あの記者のいらん質問のせいか?
否!コイツが無礼者だからこんな事になったのだ!
「大体アンタが煽るからこうなったんじゃないっ‼︎責任取れよなっ‼︎」
ヴェンはもう疲れてめんどくさくなった様に聞き流し再び空を見上げ他愛のない話題をヒメノに振り誤魔化している。
「今日は雲が多いな〜・・・あれ、ヒメノは進路希望もう出した?」
「なんだ急にっ!まだぁっ!あんたは⁉︎」
「ん〜・・まだ〜・・」
しばし2人の間に沈黙が流れる。
「ヒメノは高校卒業したらどうすんの?」
「んー・・地球の大学行って天文学者になりたいな!」
急に機嫌が良くなったヒメノ。顔色も既に元通りである。
「コロニーじゃ上を見上げてもうっすら街が見えるでしょ!青い空や雲だってそれっぽく見せてるだけだし。宇宙なのに星も見えない。そんなつまんない偽物の空じゃなくて本物の空や星が見たい!」
「・・・そうか・・」
幼馴染の楽しそうに夢を語る無邪気な笑顔を見て少し気恥ずかしくなったヴェンはそっけなく返事して顔を背ける。
「何さ!ヴェンはどうすんの?」
自分から聞いといてなんと無礼なやつだ。
まあコイツに礼節を説くほうが無理な話か。
「んー俺も地球かな・・・そんでさ、考古学者になりたい・・・・・・VRMSのプロプレイヤーで金稼いでさ、この本のことを調べたいんだ!どこで誰が書いたかもわからないこの本がなんでウチに代々伝わって残っているのか・・親もじいさんも知らないんだぜ、みんなずっと持ってたのに」
「そんなオカルトポエム本にそんな壮大なロマンあるのかねー?」
「ポエムじゃなくてある種予言書だって!絶対!」
「それが予言だったら世界終わっちゃうじゃん。あれでしょ?1000年に一度恐怖の大王が降ってきて世界を滅ぼすって」
「恐怖の大王じゃなくて白い悪魔!虹色の巨石と一緒に宇宙に現れんの!」
「ははっ!マジウケるわっ!今999年末だよ!ヴェンが考古学者になってたらその本が嘘って証明になっちゃうじゃん!」
痛いところをつかれた!と言わんばかりの表情を浮かべる少年。
「・・・まあ・・・そうだけど・・確かに・・・」
「ハッ!一本取ったぜっ!」
満足そうな笑みを浮かべているヒメノを悔しそうな眼差しで見つめて押し黙るヴェン。
脳筋のクセに上手い事言いやがって!といった言葉が顔に書いてある。
ヒメノは静かに呟く。
「じゃあ・・・また一緒だな・・地球行くなら・・・」
「なっ!・・まあ!・・・そうだな・・・」
突然声の温度が変わったのを察知して少し戸惑うヴェン。
「何だよその反応!嫌なの⁉︎」
またもやそっけなくボソッと喋る幼馴染に不満を漏らそうとした時ヴェンの口が開く。
「・・・ずっと一緒だったろ・・これからもずっと一緒だ・・・どこ行っても・・・」
顔を背けながら話すヴェンの耳は真っ赤に染まっていた。
先程までの怒りとは違う暑さを感じたヒメノの顔まで赤くなる。
お互いそっぽを向きながら沈黙が続く2人の間に風が吹き抜けた。
その時ヴェンはふと空に目をやる。その様子に気づいたヒメノ。
「何・・・どしたのさ急に!」
なんだか気恥ずかしい空気になってしまいどうしようかと考えあぐねていたヒメノにとって渡り船のような、しかし少しだけ惜しいような話題転換。
「いや・・・なんかデカいのが・・・空の向こうからなんかすげえのがこっち来るような・・・?」
「あ⁉︎何言ってんだ⁉︎ここコロニーだぞ!空の向こう街じゃん!」
「まぁ・・・そうだよな・・・」
「何誤魔化してんだよ⁉︎照れんなよ!」
墓穴を掘ったなダボスケが!と言わんばかりに野次を入れる。
形勢逆転を狙うヒメノ。
しかしヴェンも同じ考えのようだ。まさに目くそ鼻くそ。
「照れてねぇよ!お前こそ照れてんじゃねぇよっ!」
「照れてないっ!断じてっ!」
そんなやりとりをする2人の上空、霞んで見える街の向こう側。
コロニーの最外層を超えた広大な宇宙の暗闇。
小型のシャトルが「星契」に近づいて来ていた。そして巨大な石の塊の姿が見える。
その石の塊は虹色に輝いていた──────