────ネフィルムの小型戦艦の医務室。
ベッドに横たわるリル・ドッペルを看病している男。
ノウェ・ズラファートは困惑していた。
確かに具合は悪かったものの寝込むほどではなかった。
それが突然頭を抱えてのけぞりながら叫び声をあげたのだ。
そしてリルはそのまま気を失ってしまった。
「リル・・・いきなり叫び出したと思ったらずっとこんなん・・・何が起きてんだ一体・・・?」
そう、リルの脳内にも叫び声は響いていた。
その苦痛に耐えかねたように力無く横たわるリル。
「うぅ・・・あぁ・・・っ!」
苦痛の声を漏らしリルの目が開いた。
異様な状態を目にしていたノウェはひとまず安堵するも未だに苦しそうな彼女を見て気が気じゃ無い様子だ。
「お!リル起きたかっ!どしたのいきなり。ずっとうなされてたし。すっげぇ心配したんだぜ⁉︎ほら起きちゃダメだって!」
リルは酷く苦しそうに上体を起こす。
その目には涙が浮かんでいる。
まるで何かを恐れているようにも見える。
「はあっ!・・・はぁっ!・・ライラ・・・ダメだよ・・・その子は・・・」
リルは苦しそうな表情でそう絞り出し窓から見える宇宙の闇をただ見つめていた────
────宇宙に佇む
ただ泣き続けるエマにどう声をかけたら良いのか考えあぐねていた。
戦場で狂気を吐き出すエマの心の内に秘めた物。
戦いながら自身を傷つけ続けて来たその姿、そして彼女を死してなお涙しながらも想い続けるレイの姿。
自身の行いは果たして救済なのか、はたまた追い討ちとなってしまったのか。今のヒメノには分からなかった。
「・・・エマさん・・・ごめんなさい・・・私なんかが酷いことを・・・何も知らないで・・・」
ヒメノの目には涙が溢れてヘルメット内を漂っている。
「・・・ううん・・・・・レイは・・・ずっと一緒にいてくれてた・・・気づかずに・・私・・彼に酷いことを・・・・・」
ゆっくりと開かれたその目は宇宙の光を反射して赤く燃えるように輝いている。
その声はかつての狂気に溢れたものではない。
この300年抑えてきたものを全て吐き出した今、人間エマ・シュリクとして喋っている。
「やっと気づけた・・・あなたのおかげ・・・ヒメノ・・ありがとう・・」
その言葉にヒメノはさらに涙する。
「エマさん・・・ううん・・・私じゃない・・あの人・・レイさんのおかげだよ・・ずっとエマさんを想ってた・・今でも・・」
自分はただ怒鳴り、凶器を持つ手を力づくで押さえつけることしかできなかった。真にエマを想い、救ったのは他ならぬレイだ。
ヒメノはそう考えていた。
「レイ・・・私も誰かのために生きるわ・・この残りの人生・・最後まで・・貴方みたいに・・それまでもう少しだけ・・・・・・・‼︎」
ゆっくりと優しく話していたエマだが突然何かに気づいたような素振りを見せる。その様子にヒメノも気付いたようだ。
「・・エマさん・・?」
エマはどこか遠くを見て呟いた。その声から焦りの色が伺える。
「・・ライラ・・・ダメだよっ!・・その子はっ‼︎」
突然動き出した冥蘭は翼を広げ宇宙の彼方へ飛んでいってしまった。
すぐさま後を追いかけようとした白閃。しかしその瞬間黒い巨大なモビルスーツが舞い降り先を阻まれる。
「お前っ!・・イケメンクソ野郎っ‼︎」
そう、イーファルコの操る黒いモビルスーツ「
イーは出逢いざまに幼稚な罵声を浴びせる素養のない小娘に呆れた様子である。
「相変わらず無礼な小娘だな・・。なぜこんな奴が・・」
突然現れて勝手に呆れるイーに噛み付くヒメノ。
「この間の続きでもしようっての⁉︎また無様な感じにしてやろうかっ‼︎あ⁉︎」
「相変わらず下品な減らず口を叩く・・・まあいい。少佐とアクィラ様が目をかけるだけはあるようだ・・品性は別としてな!」
「あ⁉︎やっぱり喧嘩売ってんのか⁉︎上等だっ‼︎」
以前の戦闘があってから、いや、ヴェンの夢で見てからというものイーの言動全てが癪に触るようだ。
ヒメノの意思を汲み取ってかレバーを引かずとも白閃は身構え始める。
「フンッ!まあ品性に関しては少佐も変わらんか。今お前とやり合う気はないっ!デウケースも無事だっ‼︎不本意ながらなっ‼︎」
「なっ‼︎アンタまたヴェンになんかしたのっ⁉︎ヴェンに何かあったらマジぶっ殺すぞっ‼︎」
「だから無事だと言っているだろう!アクィラ様からの心付けも届けた!後は自分達でどうにかするだろう!」
ヒメノのペースの乗せられかけながらも平常心を忘れないようにする生真面目さが垣間見えるイーである。
本来口を聞きたくもないタイプであろうことは以前のアルとのやり取りからも伺える。
しかし当のヒメノはさらに吠え続ける。
「なら今アンタの相手をしてる暇ないのよっ‼︎何の用よっ‼︎」
「フンッ!最期の時の前にどこまで成長したか見ておきたくてなっ!・・・思ったよりマシなようだ・・これならアクシズも・・・」
「アクシズって・・・そうか!あんなの落とさせるわけないでしょっ‼︎やっぱり今ぶっ飛ばすっ‼︎」
「ハハハハハッ!本当に威勢だけはいいなっ!その品性のカケラもない威勢、いつまで持つか楽しみだ。」
そう言い残し晦煌は宇宙の闇へ消えていった。
「ぐぅぅ・・・ああっ‼︎何だアイツマジ腹立つぅっ‼︎ただ喧嘩売りに来ただけじゃんっ!くっそぉ〜どいつもこいつもバカにしやがってぇっ‼︎」
最近ずっとこんな感じで色んな方面から小馬鹿にされている気がする。悔しさをレバーを握る拳に流し込むヒメノ。
白閃はその感情に流されるように地団駄を踏んだ。
「ちっくしょぉぉぉおおおおっ‼︎あのダボスケどこいんだよぉっ‼︎エマさんも急にどっかいっちゃうしぃっ‼︎」
ヒメノはレバーを握ったまま首をめいいっぱい伸ばして上を向き宇宙の闇に向かって叫んだ。
「バッキャロォォォォォォォォォォッ・・・‼︎‼︎」
真空故にコックピットの壁で叫びは留まるものの、溜まった何かは宇宙へ発散されていったような気がした。
その瞬間ヒメノはある事を思い出した。
それはヒメノが小学生の時の事、真夜中に伝説のゴールデンコロニービートルを獲りにヴェンと2人山に入った時。
見事虫を捕獲した2人は帰り道がわからなくなり遭難してしまった。
不安で泣きじゃくるヒメノに対してヴェンが放った言葉。
「泣くなっ!俺がずっと一緒にいる!ずっと一緒にいてお前を守ってやる!絶対に!だから泣くなっ‼︎」
・・・ああ・・!・・・約束ってあの時の・・・バカ・・・じゃあ1人にすんなよっ!・・・・・・バカ・・・
「ああっ!もうっ‼︎クサクサすんなぁぁっ‼︎もうっ‼︎‼︎」
白閃は白い光の尾を引きながら飛び去った─────
────フー・バラクの乗る「
目の前から突然消えた黎明を探すフー。
あの巨体を見失うなど。フーは宇宙の闇をぐるぐると首を振りながら探るもどこにもその姿がない。
突如頭上に殺気を感じた。
廻羅の翼の赤黒い輝きが噴射されるとともに素早く後方に飛ぶ。
刹那上方から黎明が分割したシールドから成る回転光刃を振り下ろして来た。
黎明のパイロット、かつて鬼神と恐れられた伝説の英雄、ライラ・リルが苦痛に歪んだ表情でフーの廻羅に襲いかかる。
「貴様ぁっ‼︎・・賢しく逃げ惑うだけかぁ虫ケラがあぁぁっ‼︎」
その表情、口調、声色、どれをとってもいつもの
苦痛の原因であり自身の脅威となり得るフーに対し悍ましいほどの憤怒と殺意を剥き出しにして迫っている。
「ぐぅっ・・‼︎まだ続くかこの痛みぃっ‼︎この女・・・お前さえいなくなればぁっ‼︎」
フーも未だにエマの心を覗いた代償、その叫びの残響に苦しみ続けていた。痛みが激しく、相手の思考を覗くことすらできない。
ただ目で追い、がむしゃらに攻めるしか手段が残されていなかった。
廻羅は両腰に下げられたライフルから稲妻を纏った赤紫の光柱が走る。
しかし黎明はすかさず飛び光柱はまた宙へ消えていく。
「この私に敵意を向ける無礼者めがぁっ‼︎落ちろぉっ‼︎」
性懲りも無く自身に向かってくるフーに対して怒りと共に侮蔑とも取れる感情を抱くライラ。
そんな彼女の頭はかつての戦乱の時代にはかろうじて残っていた人間、ライラ・リルとしての理性など微塵も残っていない。
黎明は両手のバイザーライフルから巨大な光線を伸ばし振り回す。
しかし廻羅はその独特の柔軟さを持つ素早い動きでかわしていった。
「お前さえいなければ私はこんな苦しみなどっ‼︎・・・味わわずに済んだんだぁぁっ・・・‼︎」
戦いながらフーは本心を吐露していた。
ただ相手を撃ち落とすだけではない。
自身が今まで受けて来た屈辱、苦しみをライラにぶつけるために戦っているようにも見える。
廻羅の腹部から光柱が走り黎明に迫る。
黎明はバイザーライフルを元のシールドに戻し、光柱を防ぐ。
「・・この私に防御を強いるとはなぁ・・・身の程を知るがいいっ‼︎」
ライラの表情はより一層鋭いものに変わり、目は吊り上がり眉間の皺はより深くなった。
なによりその声の厚みが増し、低く冷たいものに変わる。
本気の殺意。
雑魚を薙ぎ払う苛立ちのようなものではない。
フーに対して憤怒と憎悪を凝縮した静かなる殺意を向ける。
黎明は背部に付いたビームライフルを出し猛スピードで飛びながら連射していく。
廻羅はさらに翼の光を強めスピードを上げて逃げ回る。
しかし全ての光弾は廻羅の進行方向を読んだかのように廻羅に襲いかかる。
避けきれない廻羅は左前腕からビームシールドを展開しいくつかの光弾を弾き防いでいく。
「お前さえ・・・っ‼︎・・・お前さえいなければぁぁっ‼︎」
悲痛な叫び。
何がフーを苦しめているのか。エマの叫びの残響か。
しかしフーの叫びは真っ直ぐライラへの憎悪を吐き出している。
フーの目からはいつからか涙が浮かんでいた。
廻羅は背の翼を展開し刃状のビットを放出する。
その全てを黎明に向け走らせた。
しかしビットは黎明に向かう途中で挙動が不安定になり動きを止める。
突然の事態に困惑するフー。
「なっ・・・!・・・何だっ‼︎・・・ファンネルっ‼︎」
黎明のコックピット内でライラはモニターに映る廻羅に向けて開いた手を伸ばす。
全てのビットを掌でなぞるように。
モニターに映るビットに合わせられた敵機を示す照準カーソルが自衛機を示す色に変わっていく。
「ぐぅぁっ‼︎・・・この私にそのような
遠隔操作ビットを子供のおもちゃと言い捨てるライラの顔には僅かに嘲笑の笑みが浮かんでいた。
しかしその目はより一層侮蔑と殺意の色が深くなる。
かつて戦乱の世。鬼神、ライラ・リルへのサイコミュによる遠隔攻撃は自殺行為と呼ばれていた。
全ての刃の砲身が廻羅に向いた時、ライラはその手を力強く握る。
刃の砲身が光り始める。
その瞬間黎明のコックピットのモニターに映る廻羅の姿が人間のものに変わってゆく。
ライラが見たそれは自分自身の過去の姿。
連邦軍に連れて行かれアクィラとも引き離された。
周りの全てに不審し、そして全てを恨み憎んだあの頃の自分が目の前にいた。
ライラの頭痛がゆっくりと引いていき頭に鳴り響く叫び声が遠く小さくなってゆく。
自身を苦しめる痛みが引き狂気から解放されたライラは呟いた。
「・・・お前・・・・・リルなのか・・・・・?」
そう呟いた時、ビットの砲身から光線が放たれた。
放たれた全ての光線はモビルスーツを貫いた。
ライラの目が大きく見開かれた。
「・・あぁ・・・・・あぁっ‼︎・・・エマァァッ‼︎」
叫ぶライラの目の前で「冥蘭」が爆発してゆく。
一瞬の出来事だった。
コックピットを中心に炸裂し瞬く間に冥蘭の全身を覆う爆炎。
なぜ冥蘭が。ライラの頭は混乱していた。
ビットから光線が放たれた刹那、冥蘭が廻羅を押しのけ飛び込んだのだ。
爆炎が収まった時、すでに冥蘭は残骸を残して塵と化している。
冥蘭の爆発を目の当たりにしたフーは目を見開いている。
コックピットに座るフーの目の前。人形をした黒い塊がいる。
深淵の闇そのもののような、そんな人影の手がフーの頬に伸びる。
「うぅあぁぁぁぁっ‼︎あぁぁぁぁぁっ‼︎嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎」
突然叫び出したフーは両手で頭を押さえ苦しみ出し嘔吐した。
吐瀉液がコックピットを漂う中、ただただ錯乱するフーはレバーをがむしゃらにいじり、廻羅はその翼から赤黒い光を爆散させて宇宙の彼方へ飛んでいった。
黎明のコックピット内でただ呆然としているライラの目の前が真っ白になる。
ライラはただそこに立っていた。
手には血に濡れたナイフを握っている。
目の前には傷だらけで血を流す女性が倒れていた。
エマだった。
「あぁ・・・エマ・・・何で・・・何でこんなことを・・・」
ライラは膝から崩れ落ちた。
血まみれのナイフが転がっていく。
涙を流しただ地面を見つめるライラを誰かが優しく抱きしめた。
ライラが顔を上げるとエマがいた。
先程の血まみれの姿はもうない。
綺麗な白いワンピースを着たエマが優しく微笑みかけている。
「あぁ・・!・・エマ・・・すまない・・・私はお前に何もしてやれずに・・・こんなことを・・・・・・」
涙に嗚咽するライラを再び抱きしめるエマ。
「ライラ・・・今までずっと守ってくれてありがとう・・・いっぱい辛い思いさせてごめんね・・」
エマのその声は暖かく柔らかい。
この300年伝えられなかった心からの感謝の言葉。
「違う・・・お前を救ってやれなかった・・・もっと私が早く来ていれば・・お前は壊れずに済んだんだっ・・!・・私がお前を壊し・・・殺した・・・ごめんっ・・・!・・エマ・・」
300年抱えて来たエマを救えなかった自責の念。
その果てにこの手で彼女を殺めた現実。
ライラはエマを強く抱き返す。
「ううん・・・嬉しかった・・あの子を殺したら今度はライラが壊れちゃうよ・・そんなの嫌だ・・だから・・これでいいの・・」
嗚咽しながら涙を流すライラに微笑みかけるエマ。
「ライラが私を助けてくれたみたいに・・私もライラを助けたかった・・ごめんね・・でも泣かないで・・・これでいいの・・やっとレイのところへ行ける・・・胸を張って・・・」
エマはどこか別の方に顔を向けた。ライラもそちらを向く。
そこにはヒメノが立っていた。
「ライラ・・・エマさん・・・?」
「ヒメノ・・・ありがとう・・あなたのおかげ・・私も誰かを守れたよ・・ありがとう・・だからライラも・・もう泣かないで?」
そう言うとエマの体は光を放ちながら霧散してゆく。
とても暖かく滑らかな光。
「エマ!待って!・・行かないで!・・私はまだっ‼︎」
手を伸ばし引き留めようとするライラにエマは首を振る。
「もう十分守ってもらったよ・・でもあの子はまだ苦しんでる・・ねぇ・・わかるでしょ?あの子はリルなんだよ・・?・・だからあの子を助けてあげて・・」
「・・エマ・・・ごめん・・・ごめんねっ!」
「だからもう泣かないで・・ライラが言ったんだよ?謝るなって・・・だから・・・ね?」
そう、戦場で狂気を撒き散らした後エマはライラに謝罪して来た。いつも決まって彼女が言う言葉。その言葉が今度はエマの口から発せられる。
溢れる感情を抑え込み、ライラは強い眼差しでエマを見る。
「・・エマァッ!・・・ごめっ・・・・・・ありがとう・・エマ・・やってみるよ・・・エマ・・」
それを聞いたエマは満足そうに頷いて微笑み返した。
自分を救ってくれたライラには前を向いていて欲しい。
それが彼女の最大の願い。
「エマさんっ・・・!」
自分を呼び止めるヒメノに向きかえり微笑むエマ。
彼女もまた自分を救ってくれた。
エマはヒメノに可能性の光を感じていた。
絶望をまとめてひっくり返すような何かを。
彼女がいればライラは大丈夫。
そう信じてライラを託す。
「ヒメノ・・・ライラをお願いね・・・」
ヒメノは涙を流しながら強く頷いた。
その様子を見たエマは微笑む。
その笑顔はまるで天使のような微笑みだった。
白い世界は歪んで消えてゆき、目の前に広がるのは静寂の暗闇の世界。
黎明のコックピットでライラは静かに泣き続けていた────