──エマ・シュリクは地球から最も離れたコロニーで生まれた。
生後まもなく孤児院に引き取られ幼少期を過ごす。
エマは乳幼児の頃は皆の人気者であった。
抱き上げれば天使のように笑い、泣き喚いて大人の手を煩わせることなど決してない。
戦後の動乱で物資は滞り、食料にも乏しい中、子供達は常にお腹を空かせ、大人は常にそんな子供に辛辣な態度を取る。
餓死をする者も少なくなかった。
そのような状況の中エマは優先的にミルクや幼児食を与えられスクスクと育っていった。
しかし物心ついた時にはすでに周りに人はいなかった。
先生も子供も皆エマを気味悪がり避けていた。
その原因はエマの先天的な予知能力にある。
エマはこれから起きる出来事を夢で見る。
そしてそれは実際に起きた。
誰かが階段から落ちて怪我をする。
誰かが空腹に倒れ起きなくなる。
誰かが軍に連れて行かれる。
全ての予知夢とも言えるものが現実となるのだ。
エマが喋れるようになってからそのような事が頻発する。
誰もが気味悪がり時には手を上げる。
いつからかエマは表情を変える事がなくなり言葉を発することも無くなった。
エマが6歳になる頃孤児院に新たな子供が来た。
名をレイ・グッドリック。エマと同じく6歳の男の子だった。
彼は周りの人間が皆エマを避けていることを不審に思った。
そしてある時エマは彼が皆に暴力を振るわれ酷い目に遭う夢をみる。
しかしエマは迷った。
また皆と同じように彼も自分を気味悪がるのではないか。
しかし少年の身を案じたエマは彼に夢のことを伝える。
少年は訝しむような顔でエマに言った。
「はぁ?ただの夢だろ?・・・じゃあ賭けようぜ!俺が夢の内容ぶっ壊したら何でも1個言うこと聞けよ!」
何を言っているのだこの少年は。
しかしエマはこの少年も皆と同じになるだろうとあまり気に留めなかった。
その日それは起きる。
子供達がエマをお化け、疫病神と罵り虐めていた時である。
レイが割って入りエマを庇ったのだ。
ああ、このことか、とエマは少し寂しさを覚える。
しかし初めてエマの夢の内容が崩れる。
確かにレイは暴力を振るわれた。
しかしその子供たちを逆に痛めつけ酷い目に合わせたのはレイの方だった。
子供達は泣きながら別の部屋に行く。
レイはエマに向き直り無邪気に笑った。
「ほら!俺の勝ちぃ!約束守れよっ!」
何をさせられるのだろうかとエマは恐怖する。
「笑って!」
エマはキョトン顔だった。
たったそれだけでいいのか?とエマは内心驚いた。
ただしばらく感情を表に出すことがなかったエマは笑う事ができなかった。
「なんだよ!ズルだぜ!約束したのに!」
一方的に約束させられたわけでエマは何も言っていない。
そのうち先生が来てレイを連れていった。
エマはまさか先生に酷い目に遭わされるのではないかと焦った。
しばらくして帰ってきたレイには傷はなかった。
「今日明日メシ抜きだって!悪いのあいつらなのに!酷い目にあった!確かに夢当たったな!へへっ!」
そんな素っ頓狂な事を言うレイにエマは物心ついてからこの何年間かで初めて声を出して笑った。
レイもそんなエマに釣られて笑う。
レイはエマにとって初めてできた友人とも言える存在だった。
エマは初めて人と一緒にいることの幸せを感じた。
その幸せも長くは続かなかった。
ある日先生がエマを地球連邦軍の管轄施設に連れていった。
そして笑顔で一言。
「元気でね。」
たったそれだけでエマの孤児院での生活が終わる。
レイにもお別れどころか朝の挨拶すらしていない。
その施設の男は言った。
「君の才能、その力を我々に貸して欲しい。」
その日エマはシャトルに乗せられ生まれ育ったコロニーを出た。
初めてできた友人と会えない。
エマは生まれて初めて声を出して泣いた。
とあるコロニーにある連邦軍の研究施設に住むことになったエマの毎日は苦痛だった。
毎日朝薬を飲まされ頭に装置をつけられ何かを調べられた。
気持ちが悪くなり嘔吐をすれば別の薬を飲まされた。
そんな毎日が過ぎ、次の年。
ある日巨大な人型の機械の前に連れて行かれたエマ。
今日からこれに乗る訓練だと施設の人は言った。
サイズの合わない大きなスーツを着せられ毎日擬似コックピットでの訓練。それが終わるとまた頭に装置をつけられ何かを調べられた。
そしてある日エマは別の人型機械を動かす人達と共に宇宙に出た。
暗闇が広がる無重力空間。
初めての体験だったがエマはすでにこの事を夢で見ていたためあまり恐怖を感じなかった。
夢で見た続き。エマが動かす機械の持つ銃で迫る人型機械を撃ち落とす。
全て夢で見た通り。
しかしそこから先は違った。
エマの頭の中に叫び声、笑い声、様々な声が鳴り響く。
頭痛と吐き気に襲われたエマはヘルメットの中で嘔吐した。
次の日もその次の日も朝別の薬を飲まされて訓練に向かう。
気持ちを落ち着かせる薬だそうだ。
それを飲んでからと言うもの、同じように人型機械を銃で撃ち抜いても何も感じなくなった。
その頃にはエマは再び感情を表に出すこともなく声を発しなくなっていた。
そして10年そんな生活が続く。
エマは18歳にして史上最年少撃墜数を誇る少尉にまでなっていた。
開発中の新型ホワイトドールのテストパイロットに任務されたエマは単騎で出撃し、スペースノイドの反乱分子の軍勢に向かう。
4双の刃のような青い翼を生やした純白のホワイトドールで敵を瞬く間に殲滅する彼女はいつしか「白い死神」と呼ばれるようになる。
エマはいつの頃からか予知夢すら見なくなっていた。
ある日士官学校上がりの新人隊員達の監督に任命されたエマはある男の姿に目を丸くする。
真剣な面持ちで前を向いて整列する隊員の中に1人エマを見て笑顔を向ける男がいた。
レイだ。
一目で彼だと分かったエマは表情を変えずに涙を流す。
軍令が終わり皆が解散した後レイがエマに近づいて来て手を握った。
「やっと会えた!ずっと探してたんだぞっ‼︎勝手にいなくなって!」
レイの目には涙が滲んでいた。
彼の手がエマの手に触れた時、彼の記憶がエマの脳裏に流れる。
エマがいなくなった後先生と口論になり施設を飛び出した彼はしばらく街路児として荒んだ生活をしていた。
時には人に顔向けできないようなこともしながら裏の世界へ入り、そして連邦と孤児院の裏取引の実態を知る。
彼は志願兵として連邦軍士官学校に入り首席で卒業。
希望の部署を尋ねられ迷わずエマの部隊に志願してここに来たのであった。
レイは新米ながらも飲み込みが早く、持ち前の人当たりの良さもあり入隊からたった1年で副部隊長にまで上り詰める。
その頃エマはホワイトドールに乗って出撃することは無くなった。
機体データは集まったからもう乗らなくていいのだそうだ。
エマは毎日頭に装置をつけて何かの数値を測り。
それが終わると自室に籠る。
そんな毎日を送っていた。
ある非番の日、レイはエマを呼び出して突然蘭の花の小鉢を押し付けて来た。
何故かとエマが問うと一言。
「・・・誕生日・・・おめでとう・・・」
エマ自身忘れていたその日をレイは10数年経っても覚えていたのだ。
エマは涙を流す。
慌てて謝るレイにどういう表情で返せばいいかわからかった。
その夜エマは夢を見た。
銀色に輝く長い髪の女性が立っている。
突然エマに向かい「逃げろ!」と言い放つ。
目が覚めたエマは困惑する。
この10年間夢など見た事がなかった。
これは以前のような現実に繋がるものなのか、と。
レイに伝えるか迷ったがレイも同じ夢を見たと言う。
銀髪の偉そうな女が自分を連れて逃げろと言って来たそうだ。
一体何から逃げろと言うだろうか。
不審に思うエマの手を強く握りしめたレイは言い放つ。
「お前はあの夢信じないんだな!俺は信じる!賭けようぜ!逃げて正解だったかどうか!」
この状況でなんて素っ頓狂な事を言うのだろう、何も変わってないな、とエマは思った。
「逃げて正解だったら・・・俺と・・俺と結婚してくれっ‼︎」
エマは目を丸くした。
突然そんな事を言われてどういう顔をすればいいかわからなかった。
しかしエマの顔は自身の意思と関係なく動く。
気づくとエマは笑っていた。
10数年ぶりのその笑顔。
レイと出会った頃と同じ、まるで天使のようなその笑顔を。
そしてエマはレイの手を強く握り返し頷いた。
連邦の施設を抜け出し街に身を隠す2人。
レイは事前に部隊の同僚にシャトルのチケットの取得の、元いたコロニーの裏の住民から偽の身分証の手配をしていた。
シャトルの発着場に着くまで間、街の裏路地を抜けながら2人は手を繋いで走る。
エマはこれからの事を思い浮かべていた。
このまま逃げて一体どうなるのだろう。
しかしどんな想像をしても今の自身の生活から見れば全て幸せに思えた。
この手を握るレイと一緒ならなんだって、と。
レイは何かに気づいて止まる。
「エマ・・・向こうに隠れてろ!」
言われるがままに道を引き返し角に隠れる。
よく聞こえないが連邦兵のようだ。
「あの女は何処だ⁉︎」
「俺も追っていたが向こうに走ってった!」
「そうか・・・お前もグルだな?」
「なっ・・・‼︎」
何かがぶつかるような鈍い音が聞こえた。
エマは咄嗟にレイの元に駆け出していた。
「レイッ!」
その声に振り返ったレイは叫んだ。
「逃げろエマッ‼︎」
「貴様ぁ‼︎ニュータイプを庇うとはっ‼︎」
その瞬間レイは兵士達の持つ銃で身体中を撃ち抜かれ倒れ込んだ。
エマは突然の事で声が出せずその場で膝から崩れ落ちる。
レイの目はエマを見ていた。笑顔でエマを見ている。
レイの口がかすかに動く。
その瞬間レイの顔は銃で撃ち抜かれ表情が見えなくなった。
「・・・あ・・・あぁ・・・・・い・・嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ‼︎‼︎」
エマは叫び出し飛び散るレイの血を必死でかき集めた。
連邦兵が口を開く。
「こいつ・・フンッ!ニュータイプだなんだって!所詮はただの小娘じゃないか!」
「だがこんなのでもいつか奴らに同調するかもしれんっ‼︎」
「お役御免って事だ!悪く思うなっ‼︎」
連邦兵はエマに銃口を向ける。
エマはそれを意に返さず必死でレイの血を集めている。
その時また銃声が鳴り響く。
エマの目の前の連邦兵達は倒れていた。
それでもまだ血を集める事をやめないエマ。
「レイ!レイ起きてっ!起きてよっ!早く行かないとっ!早く・・・」
突然誰かがエマを抱きしめた。
「すまない・・・遅くなってしまった・・本当にすまない・・・」
銀色に輝く長髪の女性がエマを強く抱きしめる。
その声は震えていた。
「レイィィッ‼︎・・・レイィッ・・・‼︎・・嫌ぁぁぁ・・・っ‼︎嫌ぁああぁっ・・・・・!」
それでもエマは叫び続けていた。
エマはライラと名乗る女性に連れ出され「
そこで1人の少女と出会った。
ライラと同じく銀色に輝く短い髪。
彼女はエマを見て怪訝な表情をする。
「この子・・・大丈夫なの?こんな状態で何ができるってのよ⁉︎」
少女はライラに辛辣な態度で喋る。
エマは俯きながらずっと1人で喋り涙を流していた。
「リル・・私のせいだ・・・しばらくそっとしてあげてくれ・・」
「そう・・・フンッ!好きにすればっ!」
そう言い残して少女は何処かへ行ってしまった。
ライラはエマの肩をそっと抱いた。
「しばらくここで心を休めてくれ・・・もうお前をいじめる奴はいない・・・」
そう言うとライラはそっと立ち去った。
しばらくエマはずっとその状態で過ごしていた。
何日も何も食べずただ泣きながら独り言を漏らす。
ある日ライラがエマを連れてシャトルに乗り宇宙へ出た。
地球圏外にデータの無いコロニーを見つけたので調査に向かうとのことだった。
コロニーに着くまでエマはずっと泣いていた。
着いたそこは朽ちて荒廃し切ったコロニーの残骸だった。
ライラはエマにノーマルスーツを着せ肩を抱きながらコロニーを進んでいく。
「・・・そうか・・・ここは人々が自ら放棄したのか・・・」
ライラは遠い目をしながら呟く。
「エマ・・・お前に逃げろと言ったのは一緒に戦って欲しかったからだ・・・いつかこのコロニーのように・・・全ての世界から争いを無くす・・・そう思っていた。」
ライラは何かを堪えるように呟く。
「・・すまない・・・本当に・・もっと早ければこんなことにはならなかった。」
ライラがそう語った時、エマは何かを見つけた。
「・・・黒い・・死神・・・」
エマの目線の先にはホワイトドールによく似た黒いモビルスーツの残骸があった。
エマはライラの腕を強く握る。
「ねぇ・・・お願い・・・」
「・・・どうした・・?」
エマは声を絞り出す。
「あれが欲しいぃ・・・あの黒いの・・・お願い・・・」
「エマ・・・だがあれは・・・」
「お願いぃ・・・・・力が・・・力が欲しいのぉ・・・っ!」
エマのヘルメットの中は涙の粒で溢れていた。
「・・・わかった・・辺獄の奴らにお願いしてみるよ・・・」
そして辺獄に戻った2人。
あたり1面に人が1人入れるかほどのカプセルが並んでる。
「エマ。あのモビルスーツは辺獄の奴らが直してくれる。ここでしばらく眠れ・・・ゆっくりと・・」
そう言われるがままにエマはカプセルに入る。
「私もしばらく眠るよ・・・後で起こすから・・・おやすみ・・・」
次にエマが目覚めた時、すでに100年余りの時が過ぎていた。
「おはようエマ・・・ゆっくり眠れたか・・・?」
おはよう、その言葉を聞いたのはいつぶりだろうか。
エマはもう涙を流してはいなかった。
「これから1人仲間にできそうな奴を迎えに行きたい・・・エマ、お前に頼めるか?」
「あれ・・・できたの・・?」
「ああ・・・お前の希望通りだ・・・」
そしてエマは地球圏のとあるコロニーに向かう。
そこでは2体のモビルスーツが軍勢に追われていた。
「アル!お前なんかしでかした⁉︎」
「なんもしてねぇよっ!ノウェがカッコよくキメすぎて嫉妬してんじゃ無いっ⁉︎」
「うわっ‼︎マジかよあんなん死んじゃうよっ‼︎」
「バラけて逃げようぜっ‼︎」
2体のモビルスーツはそれぞれの道に分かれて逃げていく。
それを追うモビルスーツの軍勢。
そこにまた1体のモビルスーツが舞い降りた。
その身を漆黒に染め、背には蝙蝠のような巨大な翼を生やし、その手には緑色の光刃を伸ばした巨大な鎌。
その左腕はまるで怪物の様な長い爪を生やしている。
「なんだアイツはっ⁉︎」
「モビルスーツなのかっ‼︎」
「なんでもいいっ‼︎やれぇっ‼︎」
連邦兵達は口々にそう叫ぶ。
対する異形のモビルスーツのパイロットはコックピットで笑っていた。
口が裂けそうなほどの笑顔を浮かべ、その目からは涙が絶えず流れている。
「ゥアハハハハハハハハハッ・・・・・いっぱぁぁぁいっ・・・いぃっぱぁいいるわぁぁっ‼︎・・・アッハハハハハッ‼︎・・・・・・連邦の蛆虫共ぉぉっ・・・・・皆殺しにしてやるぅっ‼︎」
その漆黒に染まったモビルスーツはまるで死神の様にその軍勢に襲い掛かり、そして殲滅させた────