機動戦士ガンダム 虹色の星空   作:ミコユラ

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第30話 けじめ

 

────宇宙の闇を白い光の尾を引きながら駆ける白閃。

 

コックピットに座るヒメノの目からは涙が溢れていた。

先程エマとの最後の別れの際にヒメノの脳裏に流れ込んだ記憶、エマ・シュリクという1人の女性の歩んできた道。

それを目の当たりにしたヒメノは自身の想像の範疇を超えた壮絶な人生を送ってきたエマを想い、彼女の最後の言葉を胸に刻む。

 

エマさん・・・ごめんね・・私・・・何もわかってあげられてなかった・・エマさんとレイさんのこと・・・

 

ヘルメットのバイザーをあげて涙を拭うヒメノ。

・・こんなのつらすぎるよ・・・・・もし私だったら・・もう・・・

 

ヒメノは再びバイザーを閉め前を向く。

その目は真っ直ぐに宇宙の暗闇のその先を見つめ、その表情は固い決意に満ちていた。

 

「私・・・ヴェンに会いたいっ!もう一度・・もう離れたくないっ!」

 

ヒメノがそう言い放った瞬間、白閃は白い真珠の様な輝きを纏い始めた。

まるでヒメノの決意を感じ取ったかのような強く柔らかい輝きを。

 

その時宇宙の彼方からこちらに向かってくる小さな光が見えてくる。

「何っ⁉︎また敵⁉︎」

 

それはモビルスーツではなく小型の円筒状のビットだった。

「あれっ!・・ディスケさんのっ!」

 

白閃が止まるとビットは白閃の周りをグルグルと飛び回り上に向かって光線を放ち始める。

まるで自身の居場所を誰かに知らせるかのようにも見える。

「何これっ!どういうことっ⁉︎何してんのっ⁉︎」

 

困惑するヒメノの目線の先に2体の零式と黄蜂が姿を見せる。その後ろには群雲も一緒だ。そしてその傍らにはヒメノが探し求めていたモビルスーツの姿があった。

 

「・・・ヴェン・・・ヴェンなのっ⁉︎」

 

そこには群雲の横に沿う様に飛ぶ黒蓮の姿があった。

黒蓮を動かすヴェンは白閃の姿をその目に捉えるとグッとアクセルを踏み込み一同を抜かしながら白閃に向かって行く。

 

「ヒメノッ!・・・本当に会えたっ‼︎やるなっ!ツッパリファンネルッ‼︎」

ヴェンの叫びはヒメノが思い描いていた再会の声とはまるで違う、なんとも素っ頓狂である。

 

あ⁉︎・・・再会第一声で何言ってんだコイツ・・なんだツッパリファンネルって・・・ふざけてんのかコイツ・・・

 

「すごいわっ!えらいっ!ツッパちゃんお手柄よっ‼︎」

「いじめられてもなお2人を再会させるために奔走する!最高のキューピッドだなツッパリッ‼︎」

「いやーよかった見つかってっ‼︎ツッパリさんのおかげですねっ‼︎ヒメノさんっ‼︎ヴェンさんっ‼︎」

 

ヴェンの意味不明な一言で苛立ち始めるヒメノを差し置いてそれぞれ訳の分からない褒め方でビットを讃える一同。

当のビットはなんだか跳ね気味で白閃の周りをぐるぐる飛び回っている。

 

・・なんで?・・流行ってんのそれ?・・・ツッパちゃんて何⁉︎マルコだけじゃなくてリリアさんまでおかしくなったの?・・・そしてなんでビットはちょっと嬉しそうなの?

 

黙ったまま喋らないヒメノに対してヴェンが口を開く。

「ヒメノ・・・俺・・・」

 

「・・ヴェン・・・ハッチを開けろ・・・」

ヒメノは小さくも重い口調でそう呟いた。

その肩は小刻みに震え、レバーを握る手までも震え始めている。

すぐにでもレバーを折りそうな力の込め具合が見てとれた。

 

そんな事は知る由もないヴェンはヒメノの小さい声を聞き取れずに聞き返した。

「何?・・聞こえない!」

 

「ハッチを開けろと言ったんだ‼︎早く開けろぉダボスケェッ‼︎‼︎」

 

「はっ・・・はいっ‼︎」

今まで聞いたことがないほどの本気の怒号を聞いたヴェンは言われるがままに急いで黒蓮のハッチを開ける。

 

白閃も同様にハッチを開けた。

ヒメノは背中のガススラスターの出力を全開にして黒蓮のコックピット目掛けて飛びかかる。

 

まるで白い閃光のようにコックピットを飛び出したヒメノは宇宙の無重力空間内にもかかわらず華麗に大勢を変え、上体をかがめて足を突き出しヴェンの腹部に見事な前蹴りを打ち込んだ。

 

自身の思い描いていた再会の光景とは程遠い衝撃と激痛にうめき声を上げたヴェン。

「ぐぉっぉぉぉっ‼︎・・・なんっ・・・でぇ・・・‼︎」

「なんでだぁっ⁉︎なんでかテメェの胸に聞いてみろぉっ‼︎」

 

皆その壮絶な場面を目の当たりにして絶句している。

ヒメノはそのまま悶えるヴェンの上に馬乗りになりヘルメットを殴り始めた。無重力ゆえの力無い打撃がヴェンのヘルメットを揺らす。

 

「バカっ!バカ野郎っ‼︎このっ!大馬鹿もんっ‼︎・・・ずっと探してたんだぞ‼︎ずっとっ‼︎・・・行ったり来たりしやがって・・・」

 

ヒメノの目にはまた涙が溢れていた。

そんなヒメノを見たヴェンは痛みに耐えながらどうにか謝罪の意を伝えようと声を絞り出している。

「・・・ごめん・・・勝手なことばかり・・俺・・何もわかってなかった・・ヒメノがなんでホワイトドール乗ったのか・・」

 

「本当だよ・・・アンタ探すためだよ・・・あんな奴にコロッと騙されやがって・・・このバカッ‼︎」

 

ヒメノはまたヴェンのヘルメットを叩く。

「俺夢で見たんだ・・・ヒメノがホワイトドール乗ってからのこと・・・辺獄(リンボ)でのことまで・・・」

「・・そうか・・じゃああの本の事も・・・」

 

ヴェンは頷く。

「うん・・・ばあさんの日記だって・・・」

「よかったな!・・将来の夢叶って・・・あの本の正体はババア・ザ・エッセイだって・・・」

 

そう。自身の将来の夢の一つ、あの本の正体を測らずしも知ってしまったヴェンはその真実、老婆の日記というなんとも言い難い現実を未だ受け入れられずにいた。

「・・いや・・・それはまだ整理できてない・・・」

「あ⁉︎」

「あ・・いや・・・なんでもない・・です・・」

 

この期に及んでまだ口答えをするヴェンを制しながら泣きそうになるのを必死で堪えて声を出すヒメノ。

「約束してくれたじゃん・・・1人にしないって・・ずっと一緒にいて守るって・・・」

「・・・うん・・・本当にごめん・・・1人で突っ走って・・・」

 

「ずっと一緒だったじゃん・・・いじめっ子から守ってくれた時から・・・伝説のゴールデンコロニービートル取りに行く時だって・・!・・・隣の中学の番角とタイマン張る時だって・・・いつだって一緒にいてくれたじゃんっ‼︎」

 

そう言われてヴェンは顔を上げた。

「いやっ・・それはいじめっ子の間に入ったらキレたお前にまとめてボコされたんだし・・虫取りは眠いから嫌だって言ったら殴られて無理やり連れて行かれたっ!タイマンの時は俺をボコボコにさせて仕返しの口実作りのためにっ・・・」

 

ヒメノが語った思い出はヴェンの記憶と絶妙にズレた、ヴェンが痛みに耐え抜いた功績、ヴェンの涙、その全てが綺麗さっぱり抜け落ちた物だった。

当然の如く訂正を入れたヴェンに対して重く低く、そして静かな憤怒の色を孕んだ呟きがヒメノの口から発せられた。

 

「空気読めよ・・・」

「あ・・・ごめん・・なさい・・・」

 

「じゃああの約束嘘だったのか?あ⁉︎」

「違う・・・あれは嘘じゃない!本気で言ったんだ!・・・そしたらヒメノ・・笑ってくれた・・・だからそれ守るためだったらなんでもやるって決めたんだ‼︎」

 

ヒメノのヘルメットの中は涙の粒でいっぱいだった。

「・・だったら1人にすんなよ・・・」

 

ヴェンの目にも涙が溢れていた。

嘘偽りのない正直な気持ちを吐き出す。

「ごめん・・ヒメノ・・もう約束は破らない!何があっても離れないって誓う!もう絶対に・・・絶対に1人にしないっ‼︎俺が守るっ‼︎」

 

その言葉を聞いた途端ヒメノはたまらず声をあげて泣き出してしまった。

自身が聞きたかった言葉。その約束。

 

記憶上初めてと言っていい幼馴染の号泣に慌てるヴェンはさらに謝り続ける。

「いっ!いやっ!あのっ!・・・ごめん・・本当に・・」

 

ヒメノはまた泣きながらヴェンのヘルメットを殴り続けた。

 

それを見ていた一同は安心したかの様にため息をつく。

最初の華麗な飛び蹴りを見た時からマルコは自身の右脇をさすりながら2人を見守っていたのだ。

リリアもリリアで以前のヒメノの発したヴェンに対する暴行宣言を聞いていたため一時はどうなることかと不安で仕方がなかった。

やや珍奇ではあるが本来の年相応なやり取りの和睦を見届けれた事への安堵である。

 

一同が胸を撫で下ろしながら見守る中、ひとしきり泣き終わったヒメノが口を開く。

 

「・・私の方こそ・・ごめん・・・ヴェンの言ってた事信じなくて・・白い悪魔とか・・世界征服とか・・」

「いや・・アイツの話を鵜呑みにしすぎたんだ・・切迫詰まってて・・・ごめん・・世界征服って言ったっけ・・?」

ヴェンは必死であの時ヒメノに叫んだ自身の台詞を記憶の底から拾い上げる。

 

「・・・え・・世界を・・なんかするって言ってたじゃん・・」

「世界を滅ぼすとは言ったけど・・・征服って言うとなんか違うんじゃ・・・」

「大体一緒でしょっ‼︎細かい事気にしてんじゃねぇよっ‼︎」

「いやそこは結構違うだろ!」

 

なんともざっくりとした把握をしていたヒメノにツッコミを入れはするものの、いつしか言い合う2人の顔にはかつての笑顔が浮かんでいた。

 

しかしその笑顔は長くは続かなかった。

突然ヴェンが何かに気づいた様に遠くを見たからだ。

不安の色を浮かべながらヴェンがヒメノに声をかける。

「・・・ヒメノ・・ホワイトドールに戻れ!」

「・・?・・どしたの急に・・?」

「いいから早く戻れっ‼︎」

 

訳のわからないままヴェンに連れられ白閃のコックピットへ戻るヒメノ

ヴェンは白閃のハッチが閉まるのを見て自分も座席に戻ろうとする。

 

その瞬間黒蓮に衝撃が走った。

 

ヒメノは目の前で起きた事を把握できずに叫ぶことしかできなかった。

「ヴェンッ‼︎‼︎」

 

黒蓮の奥に飛び去る紫色の飛行機のような形状の物体が見える。

グスタフ・グレイブ中将の乗る斑鳩(いかるが)が黒蓮に体当たりしてきたのだ。

 

衝撃で宇宙に投げ出されたヴェンは暗闇に紛れて見えなくなる。

 

突然の出来事に事態の把握に遅れたマルコが叫ぶ。

「いかんっ‼︎あのままではっ‼︎」

 

その様子を見ていた皆がヴェンを探しに飛んだ。

 

白閃だけが動かずその場に佇んでいる。

ヒメノは未だ目の前の現実を理解できずにいた。

何故。何故黒蓮が攻撃を受けたのか。何故黒蓮に攻撃を仕掛けたのか。何故ヴェンは自身ではなくヒメノを優先したのか。

何故ヴェンが宇宙に投げ出されたのか。

 

何故ヴェンの声が聞こえないのか。

 

「・・あぁ・・・ヴェンッ!どこっ‼︎どこよっ‼︎返事してよっ‼︎さっき約束したばかりじゃないっ‼︎」

 

やっと事態を飲み込めたヒメノは辺りを見回し叫ぶが返事はない。

 

先程の約束。そして以前の爆撃による失踪。再び絶望と不安にかられたヒメノの頭は酷く混乱している。

「・・嘘・・・嘘・・・‼︎・・・嫌だっ‼︎お願い返事してよっ‼︎」

 

「ウワハハハハッ‼︎テロリストと組む俗物どもがっ‼︎ざまぁみろっ‼︎グハハハッ‼︎」

 

混乱するヒメノなどお構いなしに中将は下品な笑い声をあげ、斑鳩はまた遠くに離れて突撃しようと旋回している。

 

 

ヒメノの心が赤黒く染まっていく。

まるで白い薄葉紙にインクを一滴ずつ垂らしたかのように。

ゆっくりと白い心を染めてゆく。

 

「・・・お前・・・お前は・・・・・なんで・・お前は・・・・・・」

 

ヒメノの声は震えて裏返っていた。

感じたことがないほどの怒り、憎悪。

負の感情がその身を焦がすかのように体が熱く、沈んでいくかのような感覚。

 

白閃の節々から真珠の様な輝きを放つ光りがまるで湯気の様に立ち登り始めた。

 

 

ヒメノの脳裏をさまざまな言葉が走り抜けてゆく。

 

──重力に魂を縛られたもの──重力に惹かれ闘争本能を目覚めさせたもの──誤解なく他者と分かり合えるニュータイプ──

 

言葉が響き、去って行く。

最後にやってきたのは老婆が放った一言だった。

 

────そう、ひとは何も変わらなかった──

 

ヒメノの中で何かが音を立てて崩れてゆく。

 

白閃はさらにその輝きを強め、それに反してヒメノの心は黒く染まりきっていった。

絶望と憎悪に震えるその声を絞り出す。

 

「・・・お前みたいなのがいるから・・・・・宇宙(ここ)に来ちゃいけなかったんだよ・・・・帰れよ・・・帰ってよ!・・・地球(うまれたところ)に・・・」

 

「何をブツブツとぉっ‼︎小娘ぇっ‼︎」

斑鳩はまた白閃に向かい突撃してくる。

それを見たヒメノはこの宇宙に漂う怨念の連鎖に支配されたかの如く強い否定の意を露わにした。

 

 

宇宙(ここ)からいなくなれ‼︎‼︎」

 

そう叫ぶヒメノの表情は涙に濡れ敵意に満ち満ちていた。

ヒメノの叫びに呼応するかの様に遠く佇んでいたアクシズはその輝きを強める。

 

黒蓮のビットが突然射出され白い輝きを帯び始めた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼︎‼︎」

 

斑鳩は中将の意思と関係なく人形形態に変形する。

全てのビットは白く太い光線を斑鳩に向けて放った。

ヒメノの憎悪を代わりに吐き出すかのように。

 

「ぬぅっ‼︎なんだっ‼︎何をした小娘ぇっ‼︎」

光線が瞬く間に斑鳩の右腕や背後のポッド、膝下を貫いてゆく。

 

その刹那、まるで閃光の如く白閃は間合いを詰めて殴打を叩き込んだ。

一撃一撃が強く、速く、そして重い憎悪が込められた殴打。

 

 

「うおぉぉおおぁぁっっ‼︎なっ・・‼︎ぐあぁっ‼︎・・・バッ・・・化け物めぇっ‼︎」

 

四肢と頭部が完全に砕け胴体だけになった斑鳩に向けてヒメノは最後の一撃を構えた。

 

「くっぁぁぁああああっっ‼︎」

光刃を帯びた貫手を繰り出す白閃。

 

「よせぇっ‼︎ヒメノッ‼︎」

 

白閃と斑鳩との間にマルコの乗る零式が立ち塞がった。

 

「どけぇぇぇっ‼︎どいてよぉっ‼︎・・こいつだけはぁっ・・・‼︎」

マルコに対し悲痛な叫びを投げかけるヒメノ。

 

「よすんだヒメノッ‼︎ヴェンは無事だっ!ディスケさんがすでに保護をしたっ‼︎だからもうやめろっ‼︎・・お前はこんなことをしてはいけないっ‼︎・・・ヒメノだけは絶対にっ‼︎」

 

マルコの必死の説得にヒメノの顔から憎悪の色が引いてゆくのが見てとれる。

「・・・マルコ・・・・・あ・・あぁ・・・ヴェンは・・・?・・ヴェンはどこっ⁉︎」

「ディスケさんとリリアがネフィルムの戦艦に向かった!ヒメノも早く行けっ‼︎後は俺が処理する!・・早く行けっ‼︎」

 

マルコに押され白閃は白い輝きを収め、そして白い光の尾を引きながら宇宙の彼方へ飛んでいった。

 

「ぐぅぅ・・・クソォォッ‼︎・・・裏切り者がぁぁっ‼︎」

 

マルコは斑鳩に向き直る。その表情、その声は低く冷たい。

「それはあなただ中将・・・本来あるべき姿を忘れた・・・地球連邦政府・・・そんな名前を掲げてあるべき矜持(きょうじ)を捨ててアンタ達は宇宙の均衡を乱し続けた・・・」

 

「貴様ぁ・・・生意気にふざけたことをぉ・・・ビエラの恥晒しがぁっ‼︎」

「恥晒しはどちらだ・・・保身に走り世界を脅かそうとする者など親とは思わん・・・貴方もだ中将・・・」

 

ゆっくり淡々と言葉を発するマルコ。零式はゆっくりとライフルを上げて銃口を斑鳩に向ける。

「グスタフ・グレイブ中将・・・モビルスーツ戦の最中、流れ弾に被弾し殉職・・・」

「なっ‼︎・・貴様何を言っている・・・⁉︎」

「消え失せろ‼︎世界の恥晒し・・・」

 

そして零式は斑鳩に向けたライフルの引き金を引いた。

光弾が目の前の斑鳩に放たれる。

「こっ・・‼︎この青二歳めがぁぁぁっ‼︎」

 

 

ネフィルムの戦艦に向かう白閃の後ろの宇宙に一つ大きな輝きが広がる。

輝きに気付き振り返るヒメノはその光の意味を理解したように言葉が漏れる。

「・・・マルコ・・・・・ありがとう・・・」

ヒメノの目にはまた涙が溢れていた────

 

 

 

 

 

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