────ネフィルムの小型戦艦の医務室のベッドで横たわるヴェンの隣でヒメノは不安げな表情で座っている。
モビルスーツのハッチが開いた状態で固定具も無くあの衝撃を受けて宇宙空間に投げ出されたのだ。
外傷は無くとも中身はどうかわからない。
部屋に一人の女性が入ってきた。
ライラだった。銀色に輝く髪を
その表情は曇り、目は少し赤く腫れている。
「ヒメノ・・・すまない・・・・・私は・・・」
言葉を出すことでまた泣きそうになるライラを見つめるヒメノは思った。
・・あぁ・・・ライラもそんな顔するんだ・・・あんなに強くても・・・
いくら鬼神と恐れられ、伝説の英雄と讃えられたとしても彼女は紛れもなく1人の人間、1人の女性である。
彼女の破天荒な姿しか目にしたことがないヒメノにとっては自身に本当の姿を見せてくれた事が少し嬉しく感じられた。
「ううん・・謝らないで・・・ライラは何も悪くないよ・・・エマさんも言ってたじゃん!謝らないでって!」
ヒメノはそう言いながら立ち上がり頭ひとつ分ほども背が高いライラに抱きついた。
ライラは目を丸くしてしばらくじっとした後、涙を浮かべヒメノを抱きしめた。
「ヒメノ・・・ありがとう・・・アンタがいてくれて本当によかった・・・本当にありがとう・・エマを救ってくれて・・・」
ヒメノは首を振る。
「違うよ・・・エマさんを救ったのはレイさん・・二人の想い合う気持ちが・・・・・エマさんを救ってくれた・・・」
顔を埋めたまま顔は見えないがヒメノの声は震えている。
それを聞いてライラは弱々しくはあるものの優しい笑顔を見せる。
「いや・・・それをエマ達に気づかせたのはヒメノ・・・アンタだよ・・・最後にエマはやっと笑えたんだ・・・」
そう語る目からは涙が溢れ、その粒は宙を舞う。
「私はなにもしてやれなかった・・・ただエマがこれ以上苦しまない様にしたかった・・・でも結局それがエマを苦しめていたんだ・・・アンタはすごいよ・・・ヒメノ・・」
かつて自分が救えなかった命。もっと早ければレイは助かったかもしれない。エマは壊れなかったかもしれない。
戦場で怨念を晴らさせることしかさせてやれなかった。
それ以外の救いの手段が見つからなかった。
ライラはこの300年余りという長い時を自責の念を抱きながら過ごしてきた。エマもまた同じである。
それをこの小娘は出会ったばかりのエマの心に土足で踏み込み彼女を蝕む棘を素手で鷲掴み、引きちぎるかの如く彼女の心を溶かしたのだ。
ライラがヒメノに見た可能性。
何百年、何千年も変わらなかったこの地獄の円環という因果。
それをライラの予想もできない奇想天外な手法で打ち破る。
そんな気にさせる不思議な娘。
ライラは伝説の英雄でも鬼神でもなく、1人の人間としてヒメノに感謝を伝えた。
そこにリルとノウェが入って来た。
すでにエマの訃報は知っている様子の2人。
リルはすでに泣き腫らしたかのように目が赤い
「ライラ・・・っ‼︎」
リルがライラに抱きついた。その声は震えており、また泣き出しそうである。
「リル・・・すまない・・・エマのこと・・・『アイツ』のこと・・」
「ううんっ!私も見てたからっ‼︎一緒にいれなくてごめんっライラ‼︎」
リルはそのまま声を出して泣いてしまった。
そんなリルの頭を撫でながら強く抱きしめるライラ。
「リル・・・アイツは必ず助けるよ・・・約束だ・・・」
ヒメノはライラに問う。
「アイツって?」
「イーが連れて来た黒いホワイトドールタイプのパイロット・・・フー・バラクだ・・・」
ヒメノはフーとは直接対峙はしていない。しかし声は聞いていた様だ。あの時宇宙にはエマやライラとは別の叫び声が木霊していた。
「・・あの苦しそうに叫んでた声・・・」
「そうだ・・・おそらくエマの記憶に触れたのだろう・・・私も奴に釣られて正気を失っていた・・・」
「・・・なんでライラが・・・」
そう疑問を投げかけようとした時、ヒメノの中で今のリルとライラの会話、そしてフーという者とライラの同調、そして以前は気にもしなかった二人の容姿。
それぞれの点が繋がり線になる。
「・・・ねぇ・・・リルってもしかして・・・」
「アンタの想像通りだヒメノ・・・リルと・・・フー・バラクは・・・連邦政府が生み出した私の
ヒメノが続きを口にする前にライラが口を開いた。
以前は適当に誤魔化していた真実。
伝説の英雄、そして連邦の業。
「連邦政府が生み出したって・・・どういうこと・・・?」
当然の疑問であろう。
ついこの間までただの高校生だったヒメノには想像もつかない闇の世界。それは決して歴史の面に出ることはなかったのだから。
リルは涙を腕で拭いながら口を開いた。
「私とあの子・・・フーはライラの複製体・・・クローンって言えば分かるかな・・連邦に作られた複製品なの・・・」
その口から発せられたのは自身とフーへの客観的すぎる形容。
『複製品』という無機質な響きにヒメノは言葉を失う。
「ダブル・スター計画・・・」
突然背後から発せられたその一言に皆が振り返るとリリアとディスケが立っていた。
「ほぉ・・よく知っているなリリア・モンテーニュ・・・」
初対面はずのリリアの名をまるで知り合いかのように呼ぶライラ。
「・・えっ!なんで私の名前を・・?」
「大抵のことは見えてる・・・この僕ちゃんもいたしな・・・初めましてだな。私がアンタ達の言う『なんかちょっとアレ』なライラ・リルだよ・・・」
当然の驚きと疑問を示すリリアになんとも信憑性の高い証拠を当てつけの如く提示する。ライラはいつもの様な冗談混じりで話すがその笑顔は力無い。
「えっ?あっ‼︎いやあの・・・ごめんなさい・・・そういうつもりじゃ・・・」
リリアは焦って誤魔化した。
「フンッ!まあいい・・・ディスケ・・・エマの事は聞いたな?」
「はい・・・先程・・・残念です・・・最後に話がしたかった・・・」
「すまない・・・私のせいだ・・・」
再度自責をぶり返すライラを見て喝を入れるヒメノ。
「ライラ!それ!いい加減エマさんに怒られちゃうよっ‼︎何度も言われてたじゃないっ!」
頭では分かってはいた。エマの最後の願い。何度も言われた事だがそう簡単にはいかない。エマにトドメを刺したのはライラ自身である。しかしヒメノの言う通りだと感じたライラは力なく微笑む。
「・・・ああ・・・そうだな!あの子のためにもやらなきゃいけない事がある。」
「そうだよ、何ダブルスターって?」
「ああ・・そうだな・・続きだ・・私が連邦に捕まった後、私はアクィラの手下の者の手引きでどうにか黎明で脱走し、
ライラは窓に映る宇宙を見ている。
昔を思い出しているのであろうその表情は少し暗い。
「それからしばらく立った時のことだ・・・私は自分と同じ者の気配を感じた・・・その時の私と同じ感情・・強い怒りと憎しみ・・そしてリルの存在を知った。アイツらはいなくなった私の変わりを自らの手で作り出したのだ・・・」
リルの方へ目をやると同じ暗い顔をしていた。
本当によく似ている。見た目の年齢は違えど歳の離れた姉妹、あるいは同一人物の過去と未来の姿。どちらにも取れるほど2人の容姿は瓜二つであった。
「ダブル・スター計画・・・偉そうな名前で呼ぶが奴らは命を
「そんな・・・連邦軍が・・・・・そこまで・・・」
リリアは信じられないと言った顔で呟く。
「フンッ・・自ら生み出したものであれば御し易いとでも考えたのだろう・・愚かな・・・」
「そして生まれたのが私、リル・ドッペル。でもそれはライラと私で考えて付けた名前・・・私の本当の名前は
「本当の名前ってそんな・・・・・」
ヒメノは言葉に詰まる。リルの口から出たのはまるで製造番号のような無機質な響きだった。それをつけた者が彼女をどう思っていたのかがよく理解できる。
「アイツらは私
「私
ヒメノの疑問にライラが答える。
「その時生み出された
「廃棄って・・・そんな!」
培養、破棄、未だに連邦軍の所業なのかが信じられないほどの非人道的な言葉の羅列にヒメノは声を荒げる。
リルはそんなヒメノに対して少し微笑みながら頷いた。
「他の2人はそもそも育たなかったの・・私も培養中に欠陥が見つかったみたい・・・だから捨てられたの・・・真っ暗で臭いところだった・・・でも何も感じなかったの・・・何も知らなかったから・・・」
腕を組んでいたライラの手は自身の腕を強く握り震えている。
「その時明かりが見えたの・・・ライラだった。私はライラに救われた・・・でもね・・・最初はライラの事大っ嫌いだったんだ!」
そう明るく語る彼女を見るヒメノの目も震え出している。
「だってライラがいなければそんな目に合わなかった。こんな生まれ方しなかった。その時は本気でそう思ってた・・・でもライラはずっと優しくしてくれたの・・・自分と同じ存在なんて気持ち悪いはずなのに・・・ずっと優しく・・・守ってくれた・・・」
リルはそう語りながらライラの腕に自身の腕を絡める。
「ライラは本気で私を救ってくれようとしてた・・・だから今は大好きっ‼︎へへっ!」
リルはいつものように無邪気な笑顔をライラに向ける。
その顔はまるで本物の家族に向けているような深い愛情に満ちていた。
「リル・・・」
ライラは悲しそうな寂しそうな笑顔で呟く。
話しを聞いていたヒメノの目には涙が滲んでいた。
「何泣いてんのっ!ヒメノ!今こうしてライラのおかげで生きてるもんっ!問題なのはあの子・・・」
「・・・そうだよ・・・3人いてリル以外は育たなかったって・・・数合わないじゃん!」
「そうだ・・ヒメノでも分かるくらい簡単な事だ・・・恐らくここ100年以内の事だろう・・・アクシズの気配が強くて私も感知できなかった・・・新しい妹・・・フー・バラク・・・」
ヒメノは真面目な話の最中、降りかかる突然の愚弄に一瞬戸惑いつつもライラの小さい笑みを見て少しだけいつもの調子が戻ってきたのだ、と前向きに捉えて反論を飲み込んだ。
「フッ!・・・アイツは今も狂気に蝕まれ苦しんでいる。アクィラがアイツをどうするつもりかわからんが・・・私はアイツを助けたい・・・ヒメノ・・いいかな?」
途中尋ねられたヒメノは驚くも笑顔で返す。
「そんなん聞かなくても当然でしょ?お姉ちゃんなんだから!」
「ハッ!・・そんなご立派なもんじゃ無いさ・・・」
「フフンッ!自慢のお姉ちゃんですっ!」
リルは誇らしげに胸を張り腰に両手を当てる。
・・・かわいいな・・・みんな元気になって来てよかった・・あとはコイツさえ起きてくれたらな・・・
ヒメノは未だ眠り続けるヴェンに目をやる。
「今後連邦はいつ『ガンダム』を目覚めさせてもおかしく無い状況になった・・・連邦が総勢で出張り・・・アクィラ達があれだけ軍勢を使った。・・・私たちも・・・私もそれに加担してしまった・・・」
ライラはまた暗い顔をする。
正気を失った状態とはいえ連邦の大群をまとめて葬ったという事実は消えない。
連邦にとっては伝説の鬼神が蘇り、自らを葬らんとする脅威そのものである。
「恐らくアクィラの目的はこれだろう・・・今こそアクシズを動かす時なんだ・・・それを止めなければ・・・」
ずっと黙ってたノウェが口を開いた。
「俺・・・アルとの戦いが長生きする目的だった・・・でもさ・・・エマ、最後こっちにも来たんだ・・・リルと俺にお別れに・・・」
いつもの軽薄な調子では無い。珍しく真顔になっている。
そんな顔のノウェは初めて見るヒメノは驚いていた。
「なんて言われたの・・・?」
「私は・・・あの子と初めて会った時嫌な態度取っちゃった事謝れた・・・ずっと思ってたから・・・急に現れてライラは自分のこと責めながらあの子のこと気にしてた。・・・嫉妬しちゃったんだ・・ライラが優しくしてるのを・・・」
・・・そうか・・あの記憶のリルちょっと刺々しかったけどそういうことだったんだ・・・
「だからちゃんと謝らなきゃって思ってた・・・そしたらエマ笑ってくれた・・・」
リルはまた泣き出してしまった。
「俺はさ・・・・・エマに助けてもらったんだ・・アルと一緒の時に連邦に襲われて・・・そのお礼・・・まだちゃんと言ってなかったから・・・言えてよかった・・」
「エマさん何て・・・?」
「・・・そんな事どうでもいいからノウェはもうちょっとちゃんとしたほうがいいって・・・笑ってなかった・・・悲しい・・・」
ノウェは力無くそう話している。
エマが真顔でノウェにそう話している場面が容易に想像できた。
いつもなぜかノウェにだけ優しくも厳しい一言を言っていた気がする。なんだかんだで言いたいことも溜まっていたのだろうか。
それら全てを凝縮したかのようなその一言が全てを物語っている。
ヒメノのそんなエマの意思を受け継いだのかそもそも思っていたのか言葉が漏れた。
「本当にちゃんとした方がいいと思う」
その瞬間皆が少しだけ微笑んだ。
「命の恩人の言葉だ・・従わなきゃな!」
ライラが笑顔で声をかける。
「うん・・・俺もっとちゃんとするよボス!アイツとは戦うことになる・・・でもそれはアクシズを止めるためだ!個人的な理由だけじゃ無いっ!」
ノウェの言葉を聞いてヒメノは思った。
また戦い・・・どんな時も戦わなきゃいけないんだ・・・でも・・・この戦いは地球を・・宇宙を守るため・・・もう二度と争うことのないように・・・そのためなら私は!
「ライラ・・・私も戦う!もうこんな悲しいこと終わりにしたい!ヴェンと一緒にこれからも生きていきたいから・・・だから私もっ!」
笑顔で頷くライラ。
「ありがとう・・ヒメノ。・・・リリア・モンテーニュ!」
突然呼ばれたリリアは驚きで声が裏返ってしまう。
本物の伝説の英雄に名前を呼ばれたのだから無理もないが。
「ハッ・・・ハイッ!なんでしょうっ⁉︎」
「フフッ・・・そう緊張するな・・・あのボンボン坊やと一緒に地球に行ってくれないか?」
「ボンボン・・・ああ!・・・地球にですか・・?」
「そうだ。ガンダムの繭を起こそうとする者達を止めて欲しい・・・アクシズは私達でなんとかする・・・ディスケ!」
ディスケはライラの言いたいことがわかっていたかのように頷いた。
「ハイ・・・私がお二人に同行しましょう!」
「ああ・・・それに積もる話もあるだろう?・・・おじいちゃん・・」
そう言われて二人が驚いた。
相変わらず全てお見通しである。
ヒメノは言葉の意味がわからず問い返す。
「おじいちゃん?どう見てもおじさんじゃない。どゆこと?」
「ひどいなヒメノさん!私の姓はモンテーニュ!ディスケ・モンテーニュです。リリアさんは私の孫の孫だったということです。」
「えっ‼︎孫の孫‼︎超じいちゃんじゃんっ‼︎」
ヒメノの抜けた驚きに皆が笑った。
その笑い声を聞いていたヒメノの耳にはエマの笑い声が聞こえた気がする。
エマの最後の願い。
任せて、と言わんばかりの笑顔を見せたヒメノ。
「超じいちゃん・・・地球の方は任せたぞ!」
「ハイッ!ボス!」
その時その場にいた物達に突如耳鳴りが起こる。
「何っ⁉︎急に!・・・この感じ・・アクシズが来た時のっ‼︎」
「・・このタイミングで来たか・・・400年間私を拒絶していたクセに無礼極まりないな・・・」
ライラは意味深な事を呟いた。
その瞬間ヒメノの視界が白くぼやける。
視界が晴れた時、ヒメノがいた場所は医務室ではなかった。
あたり一面に豪華な装飾が施されただだっ広い大広間。
天井からは巨大なシャンデリアが垂れ下がり、床は顔が映るほど磨き上げられ、中央には赤いカーペットが長く続いている。
部屋の奥には数段高く積み上げられた壇上に漆黒に金飾をあしらった大きな椅子がポツンとある。
そこに座っていた人物が立ち上がった────
ここまで読んでくださりありがとうございます。
物語は一区切りとなり次回から最終戦に向けて話が動いていきます。
もしここまでで印象に残った場面や気に入っていただけたキャラクターがいれば、感想をいただけると励みになります。
また、改めて1話から見直して個人的に読みづらいと思ったところを随時修正していきますのでまた改めて読み返していただけると幸いです。