────S•E.893年。地球連邦軍衛星巡回艦『東雲』。
迫るスペースノイドのゲリラ反乱分子の脅威。それを排除し宇宙の平和と均衡を保つために日々奔走する連邦軍は、長年の平和に慣れすぎた兵力の増強に舵を取っていた。
かつて試作運用されたモビルスーツ、ホワイトドールの戦闘データから一般兵でも広く運用できるよう調整、量産された機体。『
中隊長の名はディスケ・モンテーニュ大尉。
持ち前の人柄の良さで人望を集め、鋭い先視眼で部隊の生存率を著しく高め、任務遂行へ導く、まさに部隊の心臓となる人物。
そのディスケと同様に大尉としての階級を持ち、卓越したモビルスーツの操縦技術と洞察力で部隊の先陣を切る人物。
サイフ・アル・スハイル大尉。
彼らの部隊はこの時代の連邦政府に数々の功績をもたらしたまさに英雄達であった。
しかし終ぞ後の世に彼らの名は残されることはなかった。
話しは半年ほど時を遡る。S•E.892年。
此度の任務でも部隊員全員が無事に生還を果たしたディスケ率いる中隊が東雲に帰還して来る。
モビルスーツ格納庫にて迅式のコックピットから降りてきたディスケはデッキ反対側で降機するサイフに声をかけた。
「やあサシャ!先程は危ないところでした!ありがとう!君は命の恩人です!」
大声で自分をあだ名で呼ぶディスケに対し、ヘルメットを取りながらやれやれと言った笑顔で返すサイフ。
褐色の肌に鋭い目付き、しかし深い緑色の瞳の奥には強い正義の光が垣間見える。
「貸し5だな!まだ貯金するか?いい加減1つくらい返してもらいたいもんだな!」
なんとも強い口調で皮肉を垂れる彼の口元は片方だけ吊り上がっている。
「そんなに溜まってましたか⁉︎面目無い!もっと精進せねばなりませんね」
「本当だ!部隊員を優先するのは分かるがお前が死ねば部隊の死と同義だ!自分を大事にしろ!息子とカミさんが泣くぞ!」
そう、ディスケは部隊長であると共に1児の父でもある。
生まれてからも年数回しか会うことは叶わないが、部隊員の話では常に写真を持ち歩く子煩悩として知られていた。
サイフにそう言われたディスケは少し寂しそうな笑顔を浮かべ、頭に手をやる。
「本当に面目無い、サシャいてくれて心強いよ。君のおかげでアルゴにも会うことができている・・」
「フンッ。そういうのいいから今度奢れよなっ!」
そう笑顔で言いながらサイフは更衣室に飛んでいってしまった。
サイフとディスケは士官学校時代からの同期でもあり、共に大尉にまで上り詰めた親友でもあった。
親友として、作戦行動を共にする同僚として、それぞれの長所を掛け合わせた2人の部隊は現在の連邦軍精鋭部隊と肩を並べるほどの戦果を上げていた。
その親友サイフがある日を境に人が変わった。部隊員に対し粗暴な言動が目立つようになり、作戦行動中に突如錯乱し始めるといった奇怪な行動をとるようになっていった。
皮肉屋だが根っからの善人であるサイフのその言動に不信感を抱いたディスケは彼を食事に誘った。
虚な目、食事を拾うスプーンすら口に当たらず頬や顎に当たっている。
ディスケがいくら声をかけようとも返答が無い。
食事も終わらぬままにサイフは自室に戻っていってしまった。
ディスケは親友がいつからこのようになってしまったのか、まるで見当がつかずに頭を悩ませる。
一つ思い当たる節があった。
ディスケの部隊は全員が迅式に搭乗している。
しかし部隊の中でも飛び抜けた戦績を上げるサイフには最近になって専用モビルスーツが与えられた。
機体の名は『
サイフはそれに乗ることになってからというもの、情緒不安定な状態が続き、現在に至る。
ある日サイフが上官に連れられて小型シャトルで連邦支部コロニーに向かって行く。
思えばここ最近、週に1、2回は不在の時間帯があった。
その日東雲に帰ってきたサイフの顔は見るからに青ざめていた。
目の焦点は合わず、小声で何かを話し続けている。
ディスケは上官に詰め寄った。
「サシャは・・スハイル大尉は一体どうしたのですか⁉︎こんな状態で任務に出ろと⁉︎モビルスーツに乗れと仰るのですか⁉︎」
「黙れモンテーニュ‼︎貴様の関知することでは無い!貴様も大尉だろう部隊長?なら問題なかろう!やつと共に任務に出ろ!俗物共は待ってはくれんぞ!」
ディスケは言葉を失った。上層部は戦場で戦う隊員達をどう考えているのか、上官のその言葉が全てを物語っていた。
そしてディスケは自分の任務、責任、そして組織に疑念を抱くようになる。
次の任務で事は起きた。
敵勢力を鎮圧後にサイフの乗る黄蜂が暴走を起こしたのである。
黄蜂は味方機に対しひどく怯えた声を出して発砲。
遠隔操作ビットが散開し味方機達を撃ち抜いていった。
ディスケを含む数機が取り押さえた時にはサイフは気絶して機体も沈黙。
部隊の死者は6名。
サイフの乗る黄蜂はその場で反逆罪として拘束された。
東雲に帰還した生存部隊は降機するなりサイフをコックピットから引きずり出した。
サイフを見た部隊員達は皆次々と悲鳴交じりの叫びをあげてゆく。
彼の表情の異常さに恐怖したからだ。
目は見開き左右それぞれの方向を向きながら痙攣しており、舌が最後まで伸び切るほど出され、その口は引き裂かれんばかりに吊り上がっていた。
その体は力なく浮き上がっている。
気を失っているのかの判別もつかず、彼はうめき声をあげ続けている。
「サシャ・・なんでだ・・・・何故・・何があったんだ・・・サシャ‼︎」
ディスケは親友の変わり果てた姿に名前を叫ぶことしかできずにいた。
何が彼をそうさせたのか。
支部で彼の身に何が起こったのか。
あのモビルスーツのせいなのか。
彼は何も答えてはくれない。
その時サイフは突然体勢を起こし叫び始める。
その体を強く痙攣させながら。
「お前がぁ‼︎お前がお前がぁ‼︎・・・エァハハハハハッ!・・・地球連邦政府万歳!万歳!万歳!万歳!ァァハハハッ‼︎」
そう叫んだ瞬間サイフは腰にある小銃を手に持ち自身のこめかみに当て引き金を引く。
血飛沫が取り囲む部隊員の前で舞い踊る。
ディスケは親友のあまりにも壮絶な最期の姿に声を出すことすらできずにただ立ちすくんでいた。
後日、サイフと彼に落とされた部隊員達の葬儀も終わり、以前のように湧き出る反乱分子制圧の任務を言い渡される。
ディスケは抜けた隊員に変わり補充された新人を指導しながら敵を落としてゆく。
しかし頭では軍人としての任務に疑念の意を浮かべていた。
『敵』とはなんだろう。
今まで当たり前のように戦い、深く考えてこなかった『敵』。
地球に対して平和を脅かす存在。
地球に対して?違う。彼らは常に『地球連邦政府軍』に対して攻めてくる。
『敵』とはなんだろう。
自身の行いは本当に『是』なのだろうか。
何故、何がサイフをあのようにしたのだろうか。
善を具現化したかのようなあの男が何故。
そうしてディスケは改めて地球連邦政府という存在を調べ自身の行い、そして『真の正義』を探し始める。
ディスケが上官の所有するデータに潜り、そして掴んだものにはそんなものは微塵も無かった。
『人工ニュータイプ量産計画』
宇宙に適応しその特異な能力を用いて数多くの戦績を残してきた偉人達。
それの類稀な能力を投薬治療と脳への外科治療、そして自己暗示による催眠医療を掛け合わせることで、誰もがその力を得ることができる。といった内容の資料であった。
そこには他に、かつて在籍していたニュータイプ達はあまりの特異性故の人格の問題。そしてその感受性故の敵勢力への共感、連邦政府への反逆を危惧しての除籍処分という趣旨の文言まで記載されており、除籍者名簿には連邦に身を置く者なら誰でも知っている伝説の英雄の名前までもが書かれていた。
ディスケは直感的に理解した。
サイフの突然の狂行と自死の理由。連邦政府が掲げる平和の意味。除籍処分という言葉の真意。人工的にニュータイプを作るという行為の裏に隠された本心。
硬く握られたその拳から血の粒が浮かぶ。
ディスケは幼少時より今に至るまで誰かに本気の怒りを覚えることなど無い。
その時のディスケの顔は自身でも見たことがないだろう、極限の憤怒を露わにしたものであった。
「サシャ・・・すまない・・私がもっと早く気づいてやれていれば・・・っ‼︎」
歯を食いしばらなければ叫んでしまいそうなのを必死で押さえ込むディスケの唇からも血が浮かんでいる。
その怒りは自身にも向けられていた。
その手に掴んだ真実。それを持ってしてどう戦うというのだろうか。ただの一兵卒がたった1人で。
ディスケは自身の無力さに憤怒している。
しかし事を起こさずにはいられなかった。
ディスケはそのデータを自身のデバイスに抜き出し、軍回線用の全コロニー緊急アナウンスフォームに流した。
これが明るみに出れば世に再び混乱を呼び起こすかもしれない。
しかし真の正義、わずかな希望が生まれる可能性に賭けるしかなかった。
1人よがりのエゴかもしれない。でも腐りながら意味のない死を生み出す事に加担するよりは意義がある。
ディスケはそう信じていた。
アップロード中のデータが全て消えた。
何が起こった。
その言葉が頭によぎった時、強い衝撃がディスケを襲う。
暗闇の世界でぼんやりと声が響く。
まるで1層幕が張られているかのような、くぐもった声。
「数値は?」
「スハイル大尉の結果を踏まえて大幅に下げています。」
「この数値・・はぁ・・・これではシュリクデータに遠く及ばないじゃないか・・・やはり人工的にニュータイプを生み出すことは不可能なのか・・・」
男は落胆の声色をあげている。
どこかで聞いたことのある声だ。
「確かに後天的に外科、催眠暗示による感応強化には限界があります。ですが・・・」
「なんだ。何をニヤついている・・・」
「かつての連邦軍が成し得なかった事、伝説の創造・・・その1歩を踏み出す事に成功しました・・・」
「・・・伝説の創造・・まさかあの『ダブル・スター』か・・・?」
「はい・・その胎芽が・・ついに安定した形で培養成功いたしました!」
なんの話しだろう、ディスケの視界に光が戻ってきた。
そこは見たことがない部屋だった。
医務室ではない。しかし医療器具が多数確認できる。
何に使うかもわからない大型装置も。
そこに立っていた男は見知った顔だった。
「おお!起きたかモンテーニュ!どうかな気分は?」
そう笑顔で話しかけてきた男はディスケの上官だった。
「・・・中佐・・ここは・・・」
「そんな事はどうでもいい・・気分はどうかな?痛みは?吐き気や眩暈は?」
その笑顔から見てディスケを心配するわけではない様子である。
何かよい知らせを待つ子供のようだ。
ディスケはだんだんとはっきりしてくる視界を目を細めて安定させる。
何か口の奥で苦いような酸っぱいような、少し痺れる感覚を覚え、顔をしかめるディスケ。
「いえ・・・とくには・・」
「そうか!まあシュリクデータに届かずとも!君は以前とは違う力を手に入れたのだ!新たな人生の始まりだ!」
上官がそう言い放った時、ディスケは自身の置かれた状況を理解した。
拘束具で手足を椅子に縛られ、頭には何か装置を被っており、伸びたケーブルの先は旧式モニターに繋がり何かの周期グラフを映している。
そのままディスケは再び気を失ってしまった。
気がつくとディスケはコックピットに座っていた。
状況が把握できずに辺りを見回す。
目に映るのは自身に銃口を向けた迅式達。
何故彼らは自分に銃口を向けている?
何故自分はモビルスーツに乗っているのだ?
構える迅式達の更にその奥には迅式の残骸と思われる物が多数漂っていた。
そしてそのさらに奥には東雲率いるモビルスーツの大群が迫っている。
何が起こった?
まさか自分がやったとでもいうのか?
未だ混乱の中にいるディスケの脳裏に声が上がる。
──大尉!大尉‼︎何を⁉︎──やめろ‼︎──うああぁぁぁぁっ────大尉‼︎────やめてください!一体何故こんな事を⁉︎──────大尉!──
ディスケは理解した。
サイフの突然の錯乱。
あの虚な目。
自分も同じ事を起こしたのだ。
あの装置、上官の言葉、消されたデータ。
「私は・・・正義を・・・希望を・・・成せなかったのか・・・」
ディスケの中に絶望が広がってゆく。
このままただ反逆者として親友と共に歴史の奥に葬られるのか。と。
「すまない・・・サシャ・・・すまないジル・・・すまない・・・アルゴ・・・」
ディスケの目から涙が浮かんできた。
自身の無力さに絶望したディスケの前に緑色に輝く光が見えた。
まるでサイフの鋭い目の奥に光る希望の光のような。
その光は目の前の迅式達を一瞬で薙ぎ払っていった。
そこに現れたのは漆黒の異形。
蝙蝠のような翼をその背に生やし、緑色に光る光刃を伸ばした鎌を持つモビルスーツ。
死神。
ディスケは自身の魂を狩りに死神が舞い降りたと考えた。
しかしその鎌はディスケには向かずに背後に迫る連邦艦隊に向かってゆく。
あの軍勢にたった1機で、本当に死神なのだろうか。
そうぼんやりとした意識の中で考えが流れていく。
その時飛行機のような物体が飛んでいった。
薄灰色の体に青いラインが入った小型の飛行機。
その後ろには大きな灰色の人影が見える。
ディスケはその人影に見覚えがあった。
士官学校時代の座学の授業で見た伝説の英雄。
ホワイトドールだ。大型のホワイトドール。
その姿を見届けたディスケの意識はまた暗闇に沈んでいった────