──────地球圏の中心とも言える空域に虹色に輝く巨石が佇んでる。
アクシズはただ静かに宇宙の暗闇を見つめていた。
アクシズの背後には巨大な光が近づいて来ている。
数多のモビルスーツ。それを引く長距離移動ユニットのレーザーワイヤーとバーニアの爆炎。
エリュシオンのモビルスーツ達は真っ直ぐにアクシズを目指して飛んでいた。
実に多彩なモビルスーツの軍勢。アクィラ率いるエリュシオンが持つ全ての戦力がアクシズに降り立とうとしている────
────なんとも美しい湖畔を一望できる草原。
草を優しく揺らす風を浴びながら1人の老婆が目を閉じて立っている。
老婆が目を開くとその瞳は透き通るような青色に輝いている。
老婆は見ていたのだ。アクシズに集まる軍勢。再度始まろうとしている世界の終焉。
これまで3度その目に焼き付けた光景。
虹色に輝く蝶の翼。地球圏を覆う『月光蝶』。
老婆の心はざわついている。また世界は虹に飲み込まれるのか。はたまたジャジャ馬娘達による新たな一歩を踏み出すのか。今までとまるで違う1000年に困惑とも期待とも取れる硬い表情で湖畔を見つめている。
そんな神妙な面持ちの老婆の眉間の皺が深くなり、苛立ちの色を見せ始めた。
「つぅ〜きのたまよぉぉぉおおおぉぉぉぉおおおおぉぉ〜」
なんとも奇怪な音程の歌が聞こえて来たからだ。
小節を聞かせているのかすら判別できない間延びした音程。
脳に響き渡る音の揺れ。絶対音感など持ち合わせていない老婆でさえ音に酔って来たようだ。顔色も悪い。
老婆の前に1人の女性が現れた。
金色に輝く髪を耳の下で切り揃えた背の高い女性。
褐色の肌、鋭い目の奥に光る碧眼。
顔立ちはどこかライラを彷彿させるほど整っている。
老婆は怪訝な表情のまま女性に声をかけた。
「その歌はよしてくれと教えたはずだよイベリア。ムーンレイスにそんな伝統は無いと何度言えば分かるんだ。」
そう呼ばれた女性。イベリア・ルティ・クラヴァトールは意気揚々と返事を投げた。
「何言ってんのさばあちゃん!ひいじいちゃんが言ってた!地球で皆の帰りを待ち侘びたムーンレイスの確固たる矜持!それがこの歌に込められているってね!」
呆れて物も言えない。そんな顔の老婆。
そんな伝統はムーンレイスには存在しない。はずである。
もし仮にあるとしたらもう少しマシな文言の歌詞もあるだろうに。そう言いたいが、いや何度も言い聞かせて来たが次に会うときには綺麗さっぱり忘れている。この何千年の中で一番胃によく無い娘。それがイベリアだった。
老婆はため息をつく。
「・・もういいわ・・アンタを呼んだのは他でも無い。時が来た。以前約束したように、ライラを頼めるかい?」
老婆の目は真剣そのものであるがその輝きはどこか暖かい。
「ああ!いいともさ!けどあの子がどう思うかねぇ〜」
手を頭の後ろで組みながら軽薄な調子で答えるイベリア。
彼女がそう言うのには訳がある。それはライラが一方的にイベリアを毛嫌いしているからに他ならない。
なぜか。ライラはあらゆる事において一度もイベリアに勝てたことがないからである。
事の始まりは400年ほど前に遡る。
連邦から逃れてここ辺獄にたどり着いたライラ。
不審な侵入者と断定しモビルスーツで迎撃に出たイベリア。
全盛期のライラは突然迫って来るモビルスーツに対し敵意をむき出しにして襲いかかった。
結果は惨敗。と言えるのかはわからないが、ライラの操る黎明は手も足も出せずに呆気なく捕縛された。
以来事あるごとにライラはイベリアに勝負を挑む。
腕相撲。輪投げ。カラオケの点数。ミス辺獄の投票数。湖畔での水切り飛距離。早食い競争。
どれを取ってもライラは彼女に勝てる事はなかった。
その結果顔を合わせるとライラは近所の悪ガキのように下まぶたを引っ張りベロを出してイベリアを強く威嚇する。
そんな険悪な関係に発展してしまったのだ。
涼しい顔でまた歌を口ずさもうとするイベリアを遮り話を続ける老婆。
「あー・・分かってる。あの子がアンタをどう思ってるかは一目瞭然。でもね、そんなくだらないプライドよりも世界の行末の方が大事だと思うんだ。」
「ハハッ!いいこと言うねぇばあちゃん!あの子結構根に持つからなぁ。まあ可愛いけどね!いいよ!先祖代々受け継いだ機械人形達の出番!って訳だ!腕がなるぜ!」
そう笑うイベリアを見る老婆は少し微笑んだ。
彼女は数少ないムーンレイスの血を色濃く残す娘。
その卓越した操縦技術、そして何より太陽のような無垢な心。
必ずライラやヒメノ達の助けになってくれる。そして此度こそ新たな時代へ人類を導く希望。それを確かなものにしてくれるであろう。そう信じている。
「はぁぁぁあ〜〜やぁぁどぉぉれぇやどれぇぇぇ〜〜我らぁぁああぁ・・」
「ううん!ゴホンッ‼︎」
去り行きながらまた声高らかに奇怪な歌を口ずさみ始めたイベリアを咳払いでどうにか止めようとした。
しかし当のイベリアはそれに気づかず。というより自身の声がデカすぎて聞こえなかったように歌い続け去っていった。
遠く離れていても聞こえて来る異様な音程。
老婆は深いため息をついた──────
──────アクシズに向かうネフィルムの小型戦艦。
戦闘ブリッジに立ち神妙な面持ちで宇宙の果てを見つめるライラ。その後ろにはヒメノが静かに近寄って来る。
「ライラ・・大丈夫?」
今まで見たことのない怒りとも悲しみとも苦しみとも違う複雑なライラの表情に不安を覚える少女。
そんなヒメノにライラは笑顔を向ける。
「何が?大丈夫に決まってんだろ!アンタこそビビってんのか?」
片眉を顰めて笑い挑発するようなライラ。
しかしその顔は強がっているようにも感じるヒメノは挑発に乗り切る自信もない。
「アイツと会ったらライラがどっかいっちゃう気がして・・」
「何しおらしいこと言ってんだ!どこにも行きやしないさ!アイツボコして目ぇ覚まさしてやるよ!」
そう息巻くライラの顔に活気が戻って来たのを見て安堵の表情を浮かべるヒメノ。
「もうすぐだね。今度は歌わないの?」
少し挑発し返してみる。しかし予想に反して自嘲するような笑顔が返って来た。
「・・フンッ。自制を保てなかった私に今更そんな茶番する資格なんてないさ・・」
「あ!ライラ!それ!また!」
ヒメノのその言葉に目を丸くするライラ。
「ズルズルズルズル!エマさん怒るよそれ!ハイッ!」
そう言いながらヒメノはマイクを渡す。
珍しくキョトン顔を少女に向ける。
「決着つけるんでしょ⁉︎エマさんも一緒に戦ってくれるから!ハイ!」
ヒメノの後ろを見ると廊下の手前からニヤニヤ顔のリルとノウェも近づいて来た。
「こういう時こそやらないと!ヒメノの言う通りだよ!」
「しおらしい顔なんてボスには似合わないぜぇ!」
「ほらね!ハイ!」
無理矢理マイクを押し付けられたライラはなんと困惑している。自身でも驚いていた。ついこないだ会ったばかりのピヨピヨ娘とバカにしていた少女の強く澄んだ瞳が真っ直ぐこちらを見据えている。
奥の旧式カラオケの画面にはエマが必ず歌っていた曲の題名が映し出されていた。
ライラはたまらず吹き出した。
「ハッ!ピヨピヨ娘が生意気なことを・・」
その言葉にニンマリ顔のピヨピヨ娘。
「ありがとう・・・・ヒメノ・・歌うか!ネフィルム!」
その掛け声と共に皆が相槌をあげマイクを構える。
部屋の4隅に設置されたスピーカーから曲のイントロが流れ始める。寂しくも美しい旋律がブリッジ内を満たしてゆく。
「言葉〜よりわかり合〜える・・まなざ〜しがそこにあ〜れば〜・・人は皆・・生きて〜ゆける〜迷わ〜ずに
ネフィルム一同の歌が響き渡る戦艦の遥か向こうに見える虹色に輝くアクシズ。その周りに一筋の輝きが走っていた────────
────────群雲との合流地点に急ぐリリアの零式とディスケの黄蜂。
ディスケの口から語られた「連邦への裏切り」の真相。それを聞いたリリアはあまりの壮絶さに押し黙ってしまった。
「・・これが私がネフィルムに身を置くまでに至った経緯です・・ジル・・妻や息子のアルゴ、リリアさん達子々孫々にまで迷惑をかけてしまった・・本当に申し訳・・」
「謝る必要なんてありませんっ‼︎」
「ハイッ‼︎すみませんっ‼︎」
突然大声を出したリリアに心底驚いて何故か別の意味の謝罪を上げてしまったディスケ。
「父や祖父が聞かされていた曾祖父の話し通りですね・・あなたは真の善人だった・・あなたの血を引いた事を誇りに思います!」
「リリアさん・・・・」
「
力強くそう言い放つリリアの顔は見えないが声色から確固たる自信が伺える。ディスケも言葉には出さないがそんな家族。血の繋がりを誇りに感じていた。
「・・ありがとう・・あなたに出会えて本当によかった・・いつの日かアルゴやジルの元に行けたなら自慢できます!」
「その前にまだやるべき仕事がたくさんありますわ!・・あれ・・群雲!私達の戦艦です!」
「いよいよですね・・・・サシャ・・君と私の絶望の象徴・・この黄蜂で・・未来を掴んでみせるよ・・必ず!」
ディスケのその言葉はコックピット内で小さく響き、リリアには聞こえなかったようだ。
「お祖父様?今なんて・・?」
「いえ!気合いです気合い!行きましょう!みんなが待ってる!」
「ハイッ!」
零式と黄蜂は一層バーニアの光を強めてゆっくりと開く群雲のハッチに向かって飛んでいった────────
────────煉獄のモビルスーツ発着ブロック内。
巨大な異形のモビルスーツ「
その眼差しは冷たく重い。かつての親友との決戦の時が迫っている。しかし彼は自分との戦いよりも世界の命運を選んだ。自分は何のために戦うのか。
地球を潰すため?否。そんな事はどうでもいい。世界がどうなろうと知ったことではない。
ノウェを倒して1番になる。そのためだけに生きて来た。今更生き方を変えることなど。
そんなアルの背後から大柄の男が近づいて来る。
モジャモジャの長髪を振り乱し、頭のてっぺんに結びを置く男。
リュウ・カウダは未だ笑っている。
「どうしたのだアルよ!いつになく暗い顔だな!持ち前の笑顔はどうした‼︎」
いつも通りでかい声でそう話すリュウとは対照にアルの声は小さく低い。
「リュウ・・俺さ・・自分が何をすべきか分かんなくなっちまった・・・・ノウェの野郎が急につまんねぇ感じになっちまってさ・・」
「ほう!まさに青春だなっ!悩める青年よ!案ずることはないっ!まずは戦うのだっ‼︎そして次にまた戦うのだっ‼︎戦い、戦い抜いたその時こそ答えが見えて来る‼︎まずは戦えっ‼︎」
何の答えにもなっていないように聞こえるがアルの目は爛々と輝き始めた。遠くから密かにその様子を見ているイーは頭を抱えてため息をついている。眉間の皺がすごい。
「そうだよな・・そうだよなぁっ‼︎まずは戦わなきゃ始まらねぇもんなっ‼︎ノウェの野郎ぶっ飛ばして目ぇ覚まさせてやるっ‼︎くっだらねぇ事ウジウジらしくもねぇっ‼︎まずは戦うんだっ‼︎サンキューリュウ‼︎」
「ハッハッハッ‼︎その調子だアルよ‼︎武人たる者戦わずして何とするっ‼︎見よっ‼︎この完成された美しい我が相棒!『
そう突然機体自慢を始めんとするリュウの掲げた掌の方向にそびえ立つ乳白色のモビルスーツ。
何とも言い難い流線型のフォルム。宇宙飛行士のようでもありどこかホワイトドールを彷彿させる体躯。両の手の周りは卵のような物に覆われている。
アルはそれを見て褒めてるのかどうかもわからない感想を述べた。
「なんかテロテロしてて変なモビルスーツだな!でもなんか強そうだぜっ‼︎」
「そうだ!強いぞっ!よく分かったな‼︎断じて変じゃない‼︎テロテロもしてないさっ‼︎ハッハッハッ‼︎」
噛み合っているのかどうかも怪しい会話。それはまだ続きそうでイーは髪をグシャグシャと掻きむしっている。相当苛立っているようだ。
「このXXは月から出土したあの伝説のモビルスーツの資料片からこの私が黒歴史の研究を重ねた末に作り出した物‼︎かつての力は完全再現とはいかなかったがな!だが独自の改良を加え私と言う真の武人が操る事で最強のモビルスーツへと昇華されるのだっ‼︎」
「スッゲェぜリュウ!さすがムーンレイス!かっこいいィィッ‼︎」
まるでテレビのCMで新商品のおもちゃを見た子供のように目を輝かせているアル。リュウはまんざらでもない顔。やはりただの自慢のようだ。
「てか
「ほおっ!そこに興味があるのか青年!さすがだな!いいだろうっ‼︎教え・・」
「いい加減にしろ貴様らぁっ‼︎もうとっくに時間だっ‼︎早く乗って出ろ‼︎いつまでふざけているつもりなのだ‼︎これだから貴様ら2人と行動を共にするのは嫌なのだぁぁっ‼︎‼︎」
痺れを切らしたイー・ファルコの怒号が格納庫中に響く中、そのさらに下層。暗闇が広がる巨大な部屋。闇の中で時折血管を流れる血液のように赤い光が細く光る。
その光が集まる中心部にはモビルスーツの上半身が闇から生えるように佇んでいる。
そのコックピットの中に座っているパイロットスーツに身を包んだ男。アクィラ・アードラーは静かに微笑んでいた────────