──────暗闇の宇宙を逃げ惑う白閃。
白い光の尾を引きながら右往左往する様を遠くから見つめていたライラは思う、池を泳ぐおたまじゃくしのようだな。と。
まるで愛でるような眼差しで微笑みながら見つめていた。
「クッソ!クッソォォ‼︎アイツら強いからって馬鹿にしやがって!何でこうなんだよぉっ‼︎」
大勢の敵の猛攻からただただなす術なく逃げ惑う白閃に向かって光弾が放たれた。
「うわっ!ヤベェッ‼︎」
ヒメノが危機を察知し振り向くと光弾は白閃とは全く関係ない方向に飛んでゆく。
ライラはそれを見て目を細め優しい笑みを浮かべた。
白閃を追いかけるモビルスーツ群は皆動きを止めた。様子がおかしい。まるで全員何かに怯えたような声を上げ始める。
「何⁉︎何なの今度はっ‼︎」
「いいから攻めろっ‼︎ボサっとすんなっ‼︎」
「ハッ・・・ハイッ‼︎」
ライラの一喝で冷静さを取り戻したヒメノは逃げ足を止めて敵機に向かって飛んでゆく。
動きを止めて明後日の方向を向く敵機の頭部に袖口から伸ばした短い光刃で貫き、続けざまに隣の機体に肘打ちを打ち込み沈黙させる。
しかし皆白閃など目に入らないかのように暗闇の空に向かって光弾を放ち続けている。
無線に断片的に入る敵の音声。よほど恐ろしい物に出会ったかのような様子で錯乱しているようだ。
止まったハエを叩き落とすが如く次々と敵機を鎮圧してゆく白閃。必死で遅れを取り戻そうと突き進むが何が起こったのかわからず困惑していた。
エリュシオンのパイロット達が見た光景。
それは突然の闇から生まれた。
白く光るホワイトドールを見つけ数で攻めようと号令をかけるまとめ役。以前の戦闘データから近距離型の機体だという事は知っていた。こちらの機体は皆遠距離兵器を装備している。
美味しい獲物だ。何がホワイトドール、白い悪魔が。とほくそ笑んでいた。
「奴だ!あんなちょこまか動くだけのハエなどさっさと撃ち落とすぞ‼︎」
意気揚々とそう叫び皆を引き連れ白閃を追いかける彩度の高い明るい紫色の機体のパイロット。
数機出会い頭にやられはしたが所詮は頭部に狙いを定めた舐めた攻撃。死にはしないのだからとたかを括り数で攻めようとする。
白い機体を追いかけていたはずだった。
しかし突然モニターに砂のようなノイズが走り始める。
「何だ⁉︎メインカメラの様子がおかしいぞ‼︎」
「こっちもです‼︎ホワイトドールが消えました‼︎」
皆一様にカメラに異常が発生し白閃の姿を見失ったようだ。
しかし急に正常に景色が映し出されるとそこに映るはずの白閃はいない。代わりに宇宙の闇が波打つようにうごめきこちらに向かってくるではないか。
「何だ・・・あれ・・・ホワイトドールじゃない・・・」
うごめく波は黒く、そして素早い。
突如誰かが悲鳴をあげた。
死神。
何を馬鹿なと目の前の波に目をやるとそれは突然大きく広がった。
黒い蝙蝠のような巨大な翼を生やし、その身までも漆黒に染めたホワイトドール。手には緑に光る刃の鎌を持ち、対の手はまるで怪物の手のような長い爪を生やしている。
腕が伸び、蛇のような不規則な動きでこちらに襲いかかってくる怪物の爪。
「あぁ・・・ああっ‼︎・・・あいつ・・・死んだはずじゃ・・・本当に死神・・・うわぁぁぁっ‼︎」
そう叫んだ時咄嗟に光弾を放った。
しかし死神の体をすり抜けたかのようだ。構わず手はこちらに伸びてくる。
その手がモニター全面に映し出された時強い衝撃が走り機体は沈黙した。
眼前に迫る敵機を全て沈黙させたヒメノはまだ何が起こっていたのか理解できていないでいる。
彼らは何に怯えていたのか。何に向かって攻撃していたのか。
遠くでそれを見ていたライラはコックピットで呟いた。
「ありがとう・・・エマ・・・」
その声に呼応するかのようにライラの目の前に光が生まれる。
その強い光は不思議と眩しくはない。そして何より暖かかった。
“ううん・・・こんな事しかできないけど・・私も一緒に戦うよ・・・”
「すまんな・・・世話をかける・・ピョロピョロタマコはまだ気づかんか・・フンッ‼︎威勢は良かったのに能天気な・・・」
“あんまり意地悪しちゃダメだよライラ・・”
そう言い残し光は消えてゆく。目をつぶり微笑むライラ。
ふと頭に何か手のようなものが置かれた感触を感じるヒメノ。
その手は暖かい。その感触に覚えがあった。
目の前で起きた事態。先程聞こえた敵機の悲鳴の中にあった死神という単語。
事を理解したヒメノは涙が溢れそうになる。
必死で我慢し目を見開いた。泣き出しそうなのをグッと堪え口を硬く真横に結んだその顔はまるでカエルのようである。
「ハハッ‼︎お前その顔‼︎おたまじゃくしから成長したようだな!いい調子だっ‼︎エマに感謝しろケロ子‼︎」
「・・・っ‼︎」
・・・クッソォ!今口開いたら絶対泣く!誰がカエルだちくしょう‼︎
“・・ヒメノ・・前を向いて!自分の強さを信じて・・“
・・・うん!・・・ありがとう!エマさんっ‼︎
結ばれた口がより一層横に引かれる。
その表情のままヒメノはペダルを踏み込みレバーを倒し、白閃は全速力で飛び出して行った──────────
──────目を覚ますとそこは知らない部屋だった。
校外演習の時からずっとこんなのばっかりだな。と体を起こし、脇腹に走る激痛に顔を歪める少年。
ふと記憶が蘇る。
白閃のコックピットにヒメノを返したタイミングでグレイブ中将の
この痛みはそのせいか?ここはどこだ?と辺りを見渡すと1人の少女が座っていた。
銀色に輝く髪を短く切り揃えた少女。酷く具合が悪そうだ。顔色も悪い。
「君は・・・?・・あ〜・・・リルだっけか?大丈夫か?顔色悪いぞ。」
自身の痛みよりもよほど気になる少女の顔色。
それを聞いて少女は吹き出した。
「アッハハッ!大丈夫だよ!ありがとう。君こそ大丈夫?肋骨にヒビ入ってるんだよ?すごい蹴りだったし。」
それを聞いた少年。ヴェン・デウケースは全て思い出した。
ずっと探し求めていた幼なじみ。彼女との和解。そして壮絶な痛みを伴う直前の再会。
そしておぼろげながらも脳裏に聞こえたヒメノの言葉。そして今外に感じる大量の敵意。
少し恐怖を混ぜた困惑の表情から一変。突然慌て始めたヴェン。
「ヒメノは⁉︎アイツ戦いに行ったのか⁉︎あんな大群相手に‼︎」
「ダメだよそんな急に動いちゃ!」
「そんなこと言ってる場合じゃない!アイツの機体はタイマンマシンだ!あの数相手に何ができる‼︎」
「ハハっ‼︎上手いこと言うね!確かにヒメノにピッタリのホワイトドールだよね!」
「笑ってる場合じゃないって!行かなきゃ!約束したばっかりなんだ!今度こそ1人にしないって‼︎」
リルは口元に人差し指を置いてシーをする。
どう見ても年下の女の子にたしなめられた違和感。しかし少年はこの少女の実年齢を知っている。しかし目から得られる情報との錯覚がものすごい。
「んー。失礼ね。まあ今回は許します!行こう!」
やはり先生のように話すリルはヴェンの手を引く。
「え・・行くって・・君そんな状態で行く気か⁉︎むしろ寝てなきゃ・・・」
そう言いかけたヴェンの口元に人差し指を当てて遮る。
「私に残された時間はもうないの・・・だから最後だけでも・・・私もお姉ちゃんだから!」
「時間が無いって・・・」
真剣な眼差しに変わったリルの決意。ヴェンはその強い言葉に何も挟めないでいる。
「わかった。行こう!無茶はダメだぞ!」
「ハハッ!骨いっちゃってる君が言えたことじゃ無いよねっ!」
脇腹の激痛に耐えながら苦笑いを返す少年は無邪気に笑い飛ばす少女に手を引かれ医務室を後にした──────
────白閃はエリュシオンのモビルスーツ群に突っ込んでゆく。
先程と同じ明るい紫色の機体達。まるで飛行機から手足が生えたような珍奇な体躯。顔と思われる部分の大きな球体が緑の光を強めてこちらに振り向いた。
「何だあれは⁉︎・・・ハッ!ホワイトドールだ‼︎やっこさんからお出ましとはな‼︎全機迎撃体制っ‼︎」
そう威勢よく号令をかける男は見た。
突撃して来る純白の真珠のような輝きを纏う白閃。その姿が突然揺らぎ闇に染まってゆく。
突如眼前に現れた死神の
絶句。その光刃が振り下ろされた時、強い衝撃と共にモニターは消灯し機体は沈黙する。
「うおぉぉぉっ‼︎おらぁぁぁっ‼︎」
流れるように無駄のない打撃。打ち出した拳を引きながら次の者に肘を食らわせ、そして側転し膝打ちからの蹴り上げ。下げる足を踏み込むように肘打ち下ろし。
白閃は1機、また1機と撃墜する。
いつからかその体の節々からは白い輝きが湯気のように走り、まるで演武の如き華麗な動きに合わせて宇宙に流れてゆく。
その空域にいる最後の敵機を撃墜した白閃は両腕を眼前で切り、不動立ちに直る。
「フゥゥゥ・・・」
目を閉じて深呼吸をして強く息を吹き出したヒメノ。
目を開くと眼前に広がる先程の倍はあろうモビルスーツの群れが見渡す限り360度の空域を埋め尽くしている。
「・・・・・・うわ・・」
唖然とするヒメノをよそにそれぞれが発砲を始めた。
当然逃げる白閃。
クネクネと蛇のように曲がりながら伸びる白い光。
エマの後押しによる先程の威勢は完全に消え失せ元のおたまじゃくしのように泳ぐはめになってしまった。
「何ボヤボヤしてんだその程度で‼︎後ろにも目をつけろ‼︎逃げるなタマ子っ‼︎」
ライラは呆れたように片目を細めて叫ぶ。その呼び名も見事に退化してしまった。
「タマ子って何さっ‼︎・・・・・あぁ‼︎おたまじゃくしって言いたいのかチクショウ‼︎」
また泣き言を吐き散らす白閃の背後に迫る紫色の飛行機達。
それぞれが白閃目掛けて誘導ミサイルを射出、機体よりもさらに素早い小さな光が白い光の尾を辿る。
「うわっ!マジかよ!前向いて飛ばなきゃならないのに後ろにもってどうやってやんだよぉ‼︎」
「こうすりゃいいんだろっ‼︎」
その声と共に黒く光る散弾が走りミサイルを消し飛ばしてゆく。
飛び回る白閃の周りにはいつの間にやら黒い花びらのようなビットが並走していた。
その黒い花びらは以前と少し違うように見える。光を受けて漆黒に反射する表面から微かに白い真珠のような輝きを放っているではないか。
ビットから敵機の翼部目掛けて光線が伸びる。その光は芯は黒く外層は白い輝きに包まれている。
白閃を追う飛行機達は方向慣性制御を失いあらぬ方向へと飛び去ってゆく。
そのビット、その声。スピードを緩めた白閃の背後に漆黒の機体が黒く輝くゆらめきをまとって降り立った。
「・・・ヴェン!何で・・・何で来ちゃったの⁉︎」
「約束し直したばかりで速攻破るわけにいかないだろっ!それに何故かファンネルも勝手にヒメノんとこ行ってくれたし!なんかちょっと白くなってるし!」
しばらく昏睡していた少年が突然戦場に割り込んできた事に困惑と歓喜と更なる不安にかられるヒメノ。
今度は自分が守ると啖呵を切ったにも関わらずまた救われてしまった自分が情けなくも感じる。
だが来てくれた。あの常軌を逸した戦闘能力を持つ者たちよりも遥かに劣るはずの少年だがヒメノにとっては最も頼りになる存在が。
「意味わかんない・・!体は⁉︎宇宙にぶっ飛ばされたんだぞ!何ともないの⁉︎」
「アバラにヒビが入ってるだけだって。ぶっ飛ばされたことに関してはただの気絶だけで問題ないらしい‼︎だから大丈夫‼︎もう絶対1人にしないっ‼︎」
気合い十分のヴェンの言葉。ヒメノはどうも引っかかった。激突の際ヴェンは宇宙に投げ出されたが、ただ衝撃で気を失っていただけ、なら肋骨の怪我は?ヒメノは記憶を遡り、そして辿り着いたようだ。
・・・あれ・・蹴ったからか・・?・・私の攻撃の方が機体激突より深刻なのか・・・?・・・・
ふと静かな笑い声が聞こえた。そして背中をポンッと叩かれた気がする。
“彼が来たならもう大丈夫・・・胸を張って・・!・・・今を生きて!”
「エマさん・・・?もう行っちゃうの・・?」
“一緒に戦うって言ったでしょ?・・リルのとこに行かなきゃ・・・ライラにはやる事がある・・代わりに私とリルであの子を止めて見せる・・・だからここは2人にお願い・・ね?“
その言葉を聞いて寂しげだったヒメノは鋭い眼差しで前を向き強く頷いた。モニターに映るヴェンも同様に強い眼差しと自信に満ちた笑みで頷く。
「あんな何百年戦士達に合わせて頑張る必要なんて無い!俺たち現代っ子のやり方見せつけてやろうぜ!」
一瞬キョトン顔のヒメノだったがすぐに彼の言わんとする事を理解したようにニヤリと笑う。
「・・タッグマッチ・・!」
「行くぞっ‼︎」
掛け声と共に背中合わせに立つ2機。
花びらのビットが散開し広く円に並ぶと一斉に光線を吐き出す。
光線は徐々に中央に狭まってゆき敵機はそれぞれ後ろに逃げようと後ずさってしまう。
逃げようにも後ろに自営機の背中が迫り退路は無い。
突然パイロットは衝撃に襲われモニターは消灯し薄暗い操縦席に取り残され項垂れることしかできない状況となった。
お互い退路を潰し合う敵機に向けて次々と殴打を叩き込む白閃。
「子供の遊びに付き合うなっ‼︎何を狼狽えることがある⁉︎」
装甲強化されたと見える深緑の厳ついボルジャーノンが白閃目掛けて巨大なビームランチャーを放った。
しかしその太い光弾は巨大な花冠に吸い寄せられるかのように潜り消えてゆく。
「子供の遊びだぁ⁉︎立派なEスポーツだ老害っ‼︎」
「クソガキがぁ‼︎」
黒蓮の振り下ろす光刃とボルジャーノンの光刃がぶつかり激しい光を放つ。
ボルジャーノンのコックピットに響く後方からの接近信号。
そちらに目をやった瞬間には強い衝撃と共にモニターは消灯した。操縦席で耐衝撃エアークッションに挟まれ呻くパイロット。
ボルジャーノンの頭部を蹴り抜いた白閃とそれをかわすように後方へ飛び抜ける黒蓮。
2人は笑っている。先程まで数の脅威に気圧されていた少女はもういない。かつてVRMSで相手選手達をことごとく蹴落として来た歴戦の覇者の自信に満ちた顔つき。
それを背景にした遠くの空域。
まるでバッティングフォームのように光る斧で飛び交う光弾を弾き飛ばし絶叫する
飛行機が猛スピードで敵軍勢の周りをグルグル飛び回り1ヶ所に誘い込んでいる。
囲われた群れの頭部を正確に撃ち抜いてゆく黎明。
その背後にさらに迫る軍勢。
飛行機は変形を始め1機のホワイトドールが姿を現す。
薄いグレーの躯体に水色のラインが走った機体。リル・ドッぺルの乗る「
種子のような流線型の物体は展開したんぽぽの綿毛のようにヒラヒラと宙を舞う。
その一つに巨大なビームランチャーを放つ蒼翠。
綿毛に着弾した瞬間光弾は弾け四方に飛び散り別の綿毛にぶつかり更に分裂する。
まるで光の雨のように降り注ぐそれらは敵機達の手足やランドセルを正確に撃ち抜いてゆく。
ライラとリルは楽しそうに笑う。まるで庭で遊ぶ姉妹のように事に興じる。しかしライラの目元は湿り、少し震えていた。
「そんな顔しないで!ライラはあの人と決着つけなきゃでしょ!だからフーは私とエマに任せてっ‼︎」
「・・ああ・・わかった・・・ありがとう・・・!」
そう呟いた時黎明のモニターに「BONUS TIME !! ARE YOU READY ?」という文字がレトロな書体でデカデカと点滅し始める。何か意を決したようなライラはヘルメットのバイザーを上げて目を拭った。
「GOooo・・・・・‼︎」
そう高らかに宣言しようとした時アクシズ周辺の空域にいる全ての者達の脳裏に不気味な音が鳴り響いた──────