──────地球に大気圏を抜けてアメリア大陸、ニューアーク州にある地球連邦政府本部上空に降り立つ群雲。
この星で一番栄えているはずのその街はやけに静まりかえっている。群雲の接近反応を捉えていてもおかしくはないはずであるのだが連邦軍戦艦もいない虚空。
そんな異様な雰囲気が醸し出される中、敵影反応を確認しモビルスーツ部隊が出動する。
ディスケの黄蜂を先頭に続く零式部隊。
その眼前に迫る機体を見て一同は驚愕する。
おそらく零式などの量産機体であろう事はかろうじて確認できるがその体表のほとんどに糸のようなものが巻き付いており、まるで繭にでも寄生、侵食でもされているかのような異形のものになっていた。
その体表は太陽に照らされずとも虹色の輝きを放っている。
まるで何かに抗うような軋む音を立てながら痙攣するモビルスーツ。
それは突然襲いかかってきた。
「全機散開っ!敵は1機、数はこちらの優勢です!何を仕掛けてくるか分からない!不用意に接近しないように!」
ディスケの指示に従い距離をとって散開する零式達。
数機が異形の機体目掛けて光弾を放つ。
着弾したかに見えたそれは虹色の輝きを放ちながら霧散してゆく。
「何をした・・⁉︎・・全機!ビーム兵器は控えて!離れて実弾兵器!」
黄蜂はそう言いながら巨大なガトリングガンを構え連射しながら後方へ飛ぶ。やはりその弾も先程の光弾と同じく光り輝いて消えていった。
攻撃などまるで意に返さないように呻き苦しむように硬直する機体。
「ディスケさん!あの機体、生命反応がありません!無人です!」
「無人・・しかしこの気配は確かに人の物・・なんなんだこいつは・・!」
マルコの発言、そしてディスケの感覚は双方正しい。
この異形のコックピットには確かに人間が存在する。
その体を機体と同じく糸に絡め取られた人型の繭が。
痙攣がおさまった機体はその手に握るライフルを放つ。
それは光弾ではなく糸の束。まるでこちらを拘束するように襲いかかって来る。
「散ってください!狙いを定められないように絶対に止まらないで‼︎」
ディスケはビットを1機射出し糸の束目掛けて光線を放つ。
着弾したそれは弾け飛びキラキラと輝きながらあたりを舞う。
次の瞬間にはビットに絡み付き小さな繭を形成して地上に落ちていった。
嫌な予感がディスケの脳裏を走り、急いでそのビットのサイコミュ通信を遮断する。
その刹那聞こえて来る声。
後悔、憎悪、悲嘆。
負の感情の叫びが流れ込んできたディスケは顔をしかめる。
あのままサイコミュを繋いだままにしていたらと想像し背筋に悪寒が走った。
遠くにいる零式がまた光弾を放つも先程同様弾かれ霧散してゆく。異形の機体はゆっくりとそちらを向き、突然猛スピードで飛び立った。
その背面や足裏のバーニア部からは火を放射していない。代わりに虹色に輝く膜のような物がなびきながら空を駆ける。
瞬く間に間合いを詰められた零式はあまりの速さに反応が遅れてしまった。まるで抱きしめるように零式に覆い被さる異形の機体。
体表から糸を出し零式を絡めてゆく。
「いけないっ!」
ディスケがそう叫ぶより早く1機のビットが1人でに黄蜂の肩から外れて飛び出して行った。
それは真珠のような白い光に包まれ同じ輝きの光線を放つ。
「あれは・・!ツッパリファンネル・・ヒメノさんの・・」
白い光線に貫かれた異形の機体は真珠色の輝きを放ち、そして糸くずが解けるように散ってゆく。
「無事かっ⁉︎早く離れるんだっ‼︎」
マルコの叫びにその零式のパイロットは無事を伝えて後方に飛び去る。先程絡まれた糸も消え去ったようだ。
散り終えた異形の機体は跡形も無くなり再び静寂が訪れる。
「なんなの今の・・まるで繭だわ・・・・まさか⁉︎」
「はい・・あの地球に伝わる神話の繭・・・・ガンダムのものでしょう・・」
「なぜその繭が連邦軍のモビルスーツを・・・・この静けさ・・」
「ええ・・最悪の予感が的中しない事を祈りましょう・・皆さん!周囲に警戒しつつ本部に降ります!敵影を確認したら直ぐに知らせて散ってください‼︎」
「「「了解!」」」
ディスケの指令の直後。それらは現れた。
本部の格納庫から先程同様、糸に絡められたモビルスーツ達が大量に歩き出している。
「なんだあの数!・・まさか本部の機体全てが・・」
「この気配・・先程の声・・・・中に人はいます・・」
「なんですって⁉︎ならパイロットは⁉︎」
「既にあの糸にやられたのでしょう・・そう読み取れるような声にならない声・・・・絶望が聞こえました。」
モビルスーツ軍団はやはり虹色の光を放ち宙に飛び立った。
こちらに向かって飛んできている。
「全機退避!あれに効く攻撃は恐らくこのファンネルだけ!できるだけ時間を稼ぎます!皆さんは早く群雲と遠くへっ‼︎」
「そんな!お祖父様1人ではっ!」
「いいから早くっ‼︎」
異形の機体達は先程と同様の糸の束を放ち始めた。
黄蜂は手に持つ円形のシールドの表面から小型のミサイルを糸の束に向かって放つ。着弾した途端に落ちてゆく繭達。
それでも猛攻は止まらない。
零式達は引かずにそれぞれ指関節からダミーバルーンを発射し異形の機体にぶつけてゆく。
触れた途端に起爆するはずのバルーンは糸に絡められ繭となった。
「クッ!ファンネル!」
黄蜂の両肩から残りのビットが飛び出し散り散りになりながら光線を吐き出し異形の機体の注意をそらす。その隙を見計らったかのように白く輝くビットが機体を打ち破った。
それを見届けたディスケは背後の敵の存在に気づかなかった。
“馬鹿!後ろだっ!”
脳裏に響いた声に驚き振り返ると異形の機体が黄蜂に抱きつき糸を絡め始めた。
「お祖父様!」
「しまった!」
白く輝くビットは黄蜂に向けて光線は発射しようとするも連続する戦闘の中エネルギーを使いすぎたのだろう、光の粒を吐き出して沈黙し落下してゆく。
「ツッパリ!・・・まずい!」
マルコの乗る零式が光刃を抜き黄蜂に取り付く機体に飛びかかっていった──────
──────突然脳裏に鳴り響く不穏な音にヒメノを始めエリュシオン軍勢達も足を止めて警戒心を露わにする。
その音は次第にはっきりとしてきた。笛の
そして声が徐々に音量を上げながら響き始めた。
「「つぅぅぅぅぅきのたぁまよおぉぉおおおおぉぉぉぉぉ・・・・!」」
何とも間延びした奇怪な音程。小節なのかどうかも怪しい揺らぐ歌が始まる。
空域中の全員が眉間に皺を寄せて気分を害す中、ライラは特に苛立っている様子である。
「イベリアァ!この私の華々しい旗揚げを邪魔する耳障りなこの歌・・あのババァ!余計な事をしやがって・・・・」
「ベリィ姉ちゃん普段めちゃくちゃ歌上手いのにこれ好きだねぇ〜・・」
そう呑気に話すリルはしっかり対策しているらしく腕輪デバイスで大音量で好きな音楽を流しこの奇怪な歌を見事相殺している。
星々を背景にした宇宙が揺らぎ始めた。ぼんやりと輪郭が見えてきたそれは巨大な戦艦のような形をしている。
その揺らいだ空間が白く輝き始め、輪郭の内側にはっきりと形が見えてくる。やはり戦艦だ。白い流線型の巨大な戦艦。その表面はうっすらと虹色に輝いている。
その戦艦から小さな光の粒が無数に飛び出てくる。
奇怪な歌を歌いながら。
モビルスーツだ。丸々とした太い四肢、そして半球状の頭部には機械基盤のような物が見える。全ての機体が銀色に輝いている中先頭の1体だけは虹色に輝いていた。
よくよく見ると表面は石鹸水のように常に虹が流動しているように見える。
「おぉぉぉいっ!来たよぉぉぉライラァァァッ!」
何とも間の抜けた呼び声と共に虹色のモビルスーツは黎明に向かって大きく手を振っている。この戦闘中にも関わらず。
コックピットに乗るのはイベリア・ルティ・クラヴァトール。
パイロットスーツに身を包み、以前とは違い化粧をバッチリしている。その碧く輝く瞳と同じ色の口紅を塗り満面の笑みを浮かべるイベリア。
「うぉぉっ!
紅焔に乗るノウェは全員が音に苦悩する中ケロッとして手を振っている。紅焔に手を振りかえす虹色の機体。
「フフっ!いっくよぉぉっ!みんなぁっ!」
「「「ウッス!
イベリアの掛け声と共に野太い声が幾重にも重なりなぜか真空の宇宙に響き渡る。
号令と共に散開する銀色のモビルスーツ達はあの大量のエリュシオン軍勢をすり抜けて空域全体を球状に囲む。
「何⁉︎今度は何⁉︎今日情報量多すぎて付いていけないよっ!」
「いつもの事だろっ!味方だ多分!音痴だけどっ!」
自身達のすぐ脇を猛スピードで駆け抜けるモビルスーツ達に半ばヤケクソのような感想を吐きつけるヒメノとヴェン。
エリュシオンのモビルスーツ達は未だ混乱の中にいる。
「ええい!何なんだこの妙な音は⁉︎クソ!落とせっ!」
黒いボルジャーノンのパイロットが忌々しげにそう叫び全機の標的が銀色のモビルスーツに移る。
しかし銀色の軍勢はまるで気にも留めていないかのようにふんぞりがえり佇んでいた。
そして何といきなり全機が発砲しながら中心に向かって突撃し始めた。聞き慣れない音が見慣れない光弾と共に響き渡り、当然エリュシオン勢は後方へ退避する。
銀色の機体達が向かう中心にはイベリアの虹色の機体。
彼らは味方に向かって発砲し突撃しているのだ。
当然の如く虹色の機体に光弾が着弾する。
「なんで⁉︎アイツら味方撃っちゃってるじゃん!やばいよ!」
「いや!よく見ろ!なんか変だ!」
虹色のモビルスーツは健在である。
あの数の光弾を一斉に浴びて傷一つ付いてはいない。
放たれた光弾達は着弾の瞬間まるでシャボン玉が弾けるように消え、そして虹色の機体の表面に吸収されるように消えてゆくではないか。
「うわぁ・・いつ見ても無茶苦茶だねぇ〜。」
「ケッ!忌々しい女だっ!私もあれでしてやられた!今思い出しても虫唾が走る!」
のんびりと小春日和の草木を愛でるようにその光景を見つめるリルと対照にライラは本気で嫌そうな顔で見つめていた。
そう。400年前イベリアのモビルスーツに放たれた黎明のあらゆる攻撃はあの謎の現象の前に全て無効化された。
そして呆気なく捕縛された謎の攻撃がこれである。
「アハハハッ!このイベリア・ルティ・クラヴァトールは絶好調だよぉっ!」
エリュシオン勢がイベリアのいる中心に集まって来たのを計らって突然虹色の機体は両手をグーにして両手を上に突き広げ、両足もビンと伸ばした体勢になると共に光の幕を展開した。
その幕の表面は何か蝶の羽のような模様がゆらめき流れ、虹色に輝いている。
まるで網漁のようにモビルスーツ達に覆い被さる光の幕。
その幕が触れたエリュシオンのモビルスーツ達はまとめて絡め取られ突然機能を停止した。
ライラは絶句した。かつて自身を捕縛した妙な現象にではない。モニターを見つめて目を見開き手を震わせている。
モニターには先程までライラと思われるデフォルメされた顔のマーク、その横には謎の数列と「1st」の文字。
しかし突然イベリアと思われる顔のマークが表示され横にはライラの数値の10倍ほどの数値が並ぶ。
そしてイベリアのマークが点滅し[1st]の文字が現れライラのマークと数字が1段下に下がり[2nd]の文字が浮かぶ。
「・・・・くそぉ・・・私のスコアを・・・見せしめのつもりかぁっ・・!」
そう悔しさが漏れ出すライラはコックピットの中央にある鋼鉄製のカバーで封じられた小さなパネル状の部分、そのカバーを力づくで剥ぎ取った。そこに現れたのは少し大きめのプッシュスイッチ。
「・・フフ・・・私を超えるなど・・・身の程を知るがいいっ!」
ライラは勢いよく拳をそのスイッチに振り下ろした。
その瞬間囚われたエリュシオン機達のモニターが突然点灯し一斉に音が流れる。
「BOoooooooooooー‼︎」
突然黎明にハッキングされた機体達からまるでテレビの効果音声のようなブーイングが鳴り響く。
当然だが黎明建造から400年、現存する資料にそのような仕様は確認されていない。
ライラはというとなんと笑っている。ざまあみろ!という言葉がデカデカと顔に書いてある。これが連邦政府500年の歴史上最強の英雄だという。
当のイベリアは全く気に留めていない。というより聞こえていないようだ。
「ハァッハッ!ハァッハ!来たれ!来たれ来たれぇぇぇ・・・!」
そう。自身の歌い声がデカすぎるのだ。虹色の機体を含め全ての銀色のモビルスーツ達は両手を上に掲げ低い腰で宇宙を歩き回っている。
スラスターの火力やアポジモーターの姿勢制御をどれほど緻密に調整しようともおいそれとできる芸当ではない。
「ぬぅぅぁぁあっ!どこまでもコケにしやがってあのアマァッ!」
「楽しそうだねぇ〜」
歯を食いしばるライラと両手を頭の後ろで組みながら傍観する
カオスである。
ヒメノとヴェンは唖然とした表情で無言のまま固まっている。
イベリアの機体の周りにモビルスーツ達を巻き込んだ虹色の巨大な球体が幾つか出来上がり、先程の巨大戦艦に吸い込まれていった。
「ぃよぉぉ〜しっ!行くぞみんなっ!地球へ〜っ!」
「「「ウッス!
銀色のモビルスーツ達は戦艦に戻ってゆき再び景色を歪めて姿を消してゆく。
イベリアの乗る虹色のモビルスーツは何故か戦艦には戻らずこちらに手を振りながら地球に向かって飛び去っていった。
「何だったのあれ・・・」
「わかんねぇ・・・サッパリわかんねぇ・・・」
目の前で起きていた状況を何一つ咀嚼できずに飲み込めない現代っ子達。
悔しそうに呻くライラ。手を振りかえすリルとノウェ。
そんな彼らの向こうから巨大な黒い塊が近づいてくる。
暗闇の中で苛立ちを隠せない男。
「・・・何で少佐の周りにはああいうのばかり集まってくるのだ・・」
そう苛立ち混じりに話すのはイー・ファルコ。
あの壮絶な光景を目の当たりにして一戦を交えなくて済んだと安堵しているようだ。それは戦闘というよりもあのノリに巻き込まれずに済んだことの意味合いが強そうである。
「リュウ・・・あの機体は何だ?君は知っているか?」
「ああ!知っているとも!あの絶望の輝きを纏った希望の光!『なよ竹のかぐや姫』の乗る
「ほぅ・・・かぐや姫か・・・面白いな・・」
「なんかすげぇし超かっこよかった!あれ何⁉︎」
「あの機体の輝きはおそらくガンダムが放つものと同じだろうな!私でさえ到達できなかったあの輝きの再現!素晴らしいな!」
「なるほどな・・・フー?・・・大丈夫か?」
そう声をかけられたフーはコックピットに座りながら何かに驚いていた。先程まで頭の中で絶えず残響していた叫び声が消え去り頭痛も治まる。
「痛みが消えた・・・あの妙な歌のせいか・・・?」
「なるほど・・・
そう言いながら笑うアクィラの目線の先には虹色に輝くアクシズが迫っていた──────