────ディスケを先頭に銃を構えながら連邦本部の建物内に入るマルコ小隊。
入り口を入ると本来ならば白い大理石の床が一面に敷き詰められ、光沢を帯びた金属の壁が並ぶ巨大なエントランスが広がっていたはずだった。
しかしそこに見えるのは荒れ果てた暗い部屋。床はひび割れ瓦礫が広がる地面。割れ目からはぼんやりと虹色に光る糸の束が巨大樹の根のように伸び、壁までまるで
「なんと言う・・・皆は・・・連邦の職員達は・・・」
その変わり果てた光景にマルコを始め現職の兵士達は言葉に詰まる。
ディスケの従軍していた100年前でもさほど変わらないはずの洗練された空間は見る影もない。
無言のまま辺りを見回すディスケ。その目は強い嫌悪感に満ちている。
視線の先は糸の根から無作為に生えた巨大な虹色のコブ達。
そのコブは膨れてはいるがわずかに人の形を残している。まるで逃げ惑う瞬間で時が止まったかのように。
「これがガンダムの・・・!何が神の化身だ・・・っ!」
荒廃した室内に静寂を打ち破る怒号が響く。
拳を硬く握り怒りを露わにするディスケ。彼の眼前に広がる壁の中央には世界文化遺産にも登録されている巨大なモザイクタイル画。
それは繭から生まれ、
「皆・・・あれにやられたのか・・・ガンダムが生まれずとも地獄じゃないか・・・」
一面に広がる惨状を見て今まで自身が籍を置いていた組織に改めて背筋が凍るような悪寒と怒りが沸き立つマルコ達。
奥に進むための大回廊は天井の瓦礫で塞がれてしまっていた。
一同が辺りを捜索すると付近の床に糸の束に押し出されできたであろう巨大な穴が見える。
その穴からはわずかに湿った風が通り、時折脈打つような音が響いてくる。
「あの穴から糸の根をたどりましょう。僅かですが糸の光が強い・・・恐らくその先に繭がある・・・」
ディスケに続いて穴に入る小隊。
まるで鍾乳洞のようにてらてらと湿った虹色の洞壁。
わずかに発光しており道は確認できる。
進めば進むほどに鼓動の音は強くなり、ぼんやりとした輝きははっきりとしたものに変わってゆく。
洞窟の奥に出口と思わしき穴が見える。より一層強い光が差し込んでおり、何かが動く音が鼓動に混ざり聞こえてくる。
穴を抜けると一行は広大な空間に辿り着いた。
そこは何かの制御装置が多く建ち並び、さまざまなケーブルやダクトが血管のように走っている。
その先を目で辿ると現れた乱雑な足場。
その中にそれはあった。
強く虹色に輝く巨大な繭が。
マルコは目を見開いた。繭を見て驚いているわけでは無い。その先に立つ人物をただ見つめている。
その拳が強く握られ愕然とした表情からゆっくりと憤怒のそれに変わる。
「これは・・・どういうことですか・・・・・父上!」
その広大な地下空間に響く怒りとも悲嘆とも取れる叫び。
その叫びを不愉快そうな表情で受け止める人物。
白髪混じりの茶髪をオールバックでまとめ上げ、黒い連邦政府高官の制服に身を包んだ紳士風の風貌。
マルコの実の父であり地球連邦政府防衛事務次官でもある男。
ヴェルヘルム・ビエラである。
「どういうこと・・・それはこちらの台詞だマルコ!」
対面した実の息子に向けたその顔は憎悪とも取れるもの。
ディスケは2人の会話に驚きの表情を浮かべるもマルコの顔を見てその心情を悟る。
ディスケを見たヴェルヘルムはため息をつき、心底うんざりといった表情を浮かべる。
「そいつが
ディスケと実の息子を愚弄する男に向かい怒気を剥き出しにして叫ぶリリア。
「愚かはどちらですかっ!
「フンッ!宇宙に生じたノイズなど不和を生み出す
幼き頃から向けられたことはなかった、初めて見る父の本音。
マルコの瞳は絶望の色に染まってゆく。
「・・・人の手で人を作り出そうなどと・・そんなまやかしで出来た人間など・・なぜ今を生きる人の可能性を見ようとしないのです⁉︎」
「笑わせるなマルコ・・やはりアレの子供・・そうやってただ時が過ぎたせいで世界は取り返しのつかない事になってしまった。」
マルコの心が堕ちてゆく。
ヴェルヘルムは銃口を自身に構えた息子に冷徹な目を向ける。
ただただ湧き上がる憤怒。この男の血がこの身に流れる事への屈辱。リリアは制止しようとするも彼の心は父しか見えていないかのよう。
「マルコっ⁉︎」
「人を信じない者達の歴史の積み重ねがガンダムじゃないか・・母上もそうやって切り捨てたのですか⁉︎」
「何も分かっていないな・・・お前も所詮は
「貴様ぁっ‼︎」
「マルコさんっ!いけません!」
たまらず見かねたディスケがマルコの銃口に手をかざし割って入る。
「だがコイツはっ・・・!」
「同じく息子を持つものとして・・そして元連邦兵士として!貴方のような方を許すわけにはいきません!」
ディスケの強い眼差しを受けて嘲笑を浮かべるヴェルヘルム。
リリアや群雲隊員達もディスケに続いて前に出る。
「愚民はどちらでしょうか?人との繋がりを切り捨てて身勝手に管理する。気に入らなければ全て消し去りやり直しの繰り返し!貴方がたが行う事こそ愚かではなくて⁉︎」
リリアの凜とした強い剣幕にも動じず薄ら笑いを消さない男。
「繋がりを切り捨てる?皆繋がっている!見よ!神に御魂を捧げた同志達を!世界の再生を願った者の意思は確実に神に届いている!」
その手が示す方向には先ほど見たものと同じ糸の根に絡むコブの数々。一同は言葉が出なくなってしまった。何を言っても通じない。かつて正義、是だと信じていたものの真の思想。それは想像の遥か上をゆく常軌を逸した狂信。テロリストなど霞んで見えてくるほどの狂気。
「本気で仰っているのですか⁉︎あの機体のパイロット達も・・・この糸に絡められた者達も・・こんな事望んじゃいない!」
マルコの悲痛な叫びも全く意に返さない。
先ほどの怒りは頂点を超え激しい悲しみに変わり、その頬には涙が伝う。
ゆっくりとディスケの前に歩み出て引き金に指をかけるマルコ。
「グスタフを殺した貴様は名実共に反逆者・・実に残念だよ・・・神の御心に触れようともしないとは・・・」
そう静かに吐き捨てるヴェルヘルムの頭上の足場に機銃を構えた黒ずくめの兵隊が現れた。その銃口は全てマルコ達に向けられている。
「マズイ・・・マルコさん・・今は堪えてください・・」
ディスケがマルコの前に立ち直し静かに制止する。
すでに憔悴しきった表情で小さく頷くマルコはリリアに支えられ後ろに下がる。
「感動の親子対面を邪魔して申し訳ないが時間が迫っている。君達も神の力の
兵隊の中央から歩み寄ってくる男を見て一同は再度目を見開いた。この国、この星の絶対的権力者。連合国家地球連邦政府大統領、ジェームズ・イータ・ラカーユ。
初老のガタイのいい男性は満面の笑みを浮かべている。
「君達のような者がいるからこそこの世界は再編せねばならない・・・歴史の異物・・それに感化された雑音・・此度私の手で作り変える真の平和の世界にはあってはならない存在・・・」
なんとも身勝手な持論を説き始めた男に一同の唖然とした表情は戻らなくなってしまった。
なぜ笑顔でそのような狂言を吐けるのか。なぜ自身が是だと信じ切れるのか。
この千年、いや何度も繰り返されたこの数千年はこのような者のせいで無下にされて来たのか、と。
ディスケは静かに大統領に問う。
「貴方のような方が千年ごとに世界を消す。その果てに望むものは、真の平和とはなんでしょうか?」
大統領は待ってました!と言わんばかりの笑顔で手を叩く。
「今まで成し得なかった争いのない世界だよ!先代から受け継ぎし知識と技術を持ってして私の代でそれは成就する!二度と君やあのライラ・リル!アクィラ・アードラー!そして月の蛮族共のような輩が誕生しない秩序ある世界だ!」
演説にもなっていないほどの言葉に呆れてしまう。これがこの星の
その考えを改めない事で続くこの因果。なぜそれに気付かない。何故自分だけは違うと言い切れるのだろう。もはや口に出す事すらもったいなく思えた。しかしディスケは真摯に向き合い発言を続ける。
「歴代の方々が同じ思想だからこそ!真に人と向き合わなかったから!これまでに何度も繰り返して来たのではないですか!」
「前回までの再生は確かに失敗だったと私も思う。だからこそ君や『ダブル・スター』、
その言葉に流石のディスケも説得を諦めかけてしまったようだ。
「完成・・・そうですか・・・ならば、不完全な我々は最後にあがかせていただく!」
「ほう!どうやってだ?すでに再生システム『
その言葉を聞いてマルコは前に出て大統領とヴェルヘルムの方を向く。
左腕を前に構えその手首にはめたデバイスが光る。
映し出される小さなホログラム液晶。
そこには「NOW RECORDING」の赤い文字とこの空間に入ってからの数分間を刻むタイマーの数字。
ヴェルヘルムは笑う。
「フンッ!録音など無意味だろう。だから愚子だと言うのだ!今ここで全員神へと捧げられるのだからな!」
「愚かはどちらかな!今この瞬間!世界のノイズはあなた方に変わる!」
マルコは力強く言い放った。
その目は熱く燃えている。この世界を守るために────
────瑞雲のメインブリッジに立つイリスの傍らにはイワオが片膝を付いている。
「御助力、感謝いたします。
「フンッ!そなた達のためではない・・あの小僧・・・よりにもよって
大統領が放った再生システムの名を聞いた時からイリスの表情は憤怒のまま変わらない。
そのイリスの眼前にはホログラム液晶が浮かんでいる。
「・・まあ今はよい・・・自ら
「はっ!ありがたき御言葉!身に刻ませていただきます・・」
「
「オッケー!そっちは頼んだよイリス!みんなぁっ!行くよぉっ!」
意を決したようなイリスが画面に語りかけると向こうからはイベリアの明るい声と共に強く野太い返事が幾重にも重なり響いた──────
──────暗闇の空間の中で一際目を引く虹色に輝く岩肌に機体の足を降ろすヒメノ達。
それぞれ機体の足裏から岩盤用の短いハーケンブレードを吐出させアクシズの表面を踏む。
まるで地吹雪のように緑がかった虹色に発光する粒子が吹き荒れる中、ヒメノ達が見る暗闇の
その先から迫る巨大な黒い塊。
それはアクシズの目前に迫るとその体を広げてゆく。
1枚1枚と展開するそれは百合の花が咲き開くよう。
そこから蜜蜂が羽ばたくように四つの光が飛び立った。
黒ずんだ紺色の鉄壁「
それぞれの機体はネフィルム一行と対面するようにアクシズの大地に降り立つ。
その中で宙に浮かんだままの状態で睨み合うように動かない2機。
黎明が見つめる視線の奥には巨大な花冠の中心に刺さるように生えているモビルスーツ。
花びらと同じく黒い表面には赤い血管のように細かく枝分かれした模様が鼓動のように時折赤く光る。
ライラはその機体の主に語りかける。
「ずいぶんメルヘンな格好になったもんだな。もう少し年相応に落ち着いた機体を作ればいいものを!」
巨大な花に乗る者。アクィラは微笑を浮かべる。
「なに・・400年前に私の愛機は君に壊されてしまったからね・・君への対策も兼ねて外装だけでも新調したのだが・・お気に召さないかい?」
まるでその巨大な花を贈り物だとでも言うのだろうか。
相変わらずセンスのない奴だな。とライラは心の中で悪態をつく。
「フンッ!そんな気味悪いでかい花見て喜ぶ奴はお前だけだろ。そんなんでこの黎明について来れるか?あ⁉︎」
「ハハハッ!それは失礼したね・・この『
「ほう、なら吟味してやろう・・お前のくだらない野望ごと今度こそ引導をくれてやるさ!」
そう威嚇し合う2人の下方。アクシズの表面で睨み合う者たちはそれぞれ相手を決めたようだ。まるでペアを組んだように2機ずつ飛び、バーニアの火を吹かしながら散ってゆく。
ヒメノの乗る白閃が飛び立とうとしたその時、足元に突然光線を放った者がいた。
XXの卵に覆われたような手甲が割れている。その割れ目は二発目を放とうとぼんやりと光始めた。
その様子を見て助けに入ろうと飛ぶ黒蓮の前には胸部の砲門を光らせた晦煌が。
「私を前にしてよそ見をするとは余裕だな!つくづく癪に触る小僧!デウケース!」
「アンタか・・邪魔なんだよ!こないだのはもう礼は言ったろ!まだたんないのか
イーの片眉がピクリと痙攣する。
そもそも礼儀を知らない少年ではあったがアクィラの手前ずっと我慢していた鬱憤。それを遂に晴らす時が来た!と言わんばかりの憤怒の笑顔を浮かべている。
「大丈夫!あんたはイケメンクソ野郎の相手でしょ⁉︎このモジャ公は私がぶっ飛ばす!」
白閃にシッシッと合図された黒蓮は踏ん切りがつかないような態度を取りつつも晦煌に向き合う。
「あの
ビシッと自身の後ろを指差してくる黒蓮を見て笑顔を崩さずレバーを握る手に力を込めるイー。最早力を込めすぎて手が震えている。
黒い2機が空域を離れてゆくのを見届けた白閃。その眼前に立つXX、その操縦席に座るのはパイロットスーツに身を包んだリュウ。そのモジャモジャ髪はどうやってか小さくまとまっているようで普通にヘルメットを被っている。
「ハッハッハッ!私の名前はリュウ・カウダ!モジャ公じゃないぞ少女よ!」
そう高らかに笑う声が白閃内部のスピーカーから大音量で聞こえてくる。その声に不快感を剥き出しにするヒメノ。
「声デケェんだよ!これだからムサイオッサンは嫌なんだ!」
「ハッハッハ!ムサくないぞ・・・っ!」
「うるせぇっ!オウム返しすんな!鬱陶しい!テメェの薄っぺらいプライドぶっ潰してやるよ!」
リュウ・カウダはニヤリと笑う。
武家の末裔としてこの少女には感じるものがあるようだ。
早々に白閃を狙って飛んできたのだから。
「うん!いざ!勝負だ少女よ!」
そう叫んだ瞬間XXの四肢が分裂し独立して飛行を始め白閃に襲いかかる──────
──────睨み合う2機は動かない。
赤いモビルスーツ、
「どうした!アゲてこうぜって最初に言ったのはお前だろ⁉︎何しけたツラしてんだ!」
以前アクシズの意識内で対話した時は硬く静かに決意を語るノウェであった。しかし今はまるでアルを鼓舞するかのように笑顔を向ける。
まるで立場が逆になったかのようだ。リュウに諭されてから調子を取り戻しつつあったアルの表情は紅焔を見てからというもの徐々に沈んでいった。
「・・・なんだよ・・こないだはずいぶん暗かったくせにいい気なもんぜ・・こっちは絶賛悩み中だってのによ!」
その台詞を聞いたノウェは笑う。まるで同窓会で出会った旧友の相談に乗るかのように。
「おいおい!俺たちの間に悩みなんて必要か?確かに今の俺は地球やこの世界を守りたいと本気で思ってる!でもな!」
ノウェは両手を広げ一呼吸置いてから強い口調で言い放つ。
「お前の目を覚まさしてこそ世界を救えるってもんだ!親友!」
その一言にアルの表情は見る見る活気に満ち溢れてきた。
蝕狼がその小さく細い爪裏から小さい火を灯し宙に浮いてゆく。
「・・ったく!本当そういうとこはお前には敵わねぇな!」
巨腕を広げる蝕狼を目で追うように顔を上げる紅焔は両手に斧を握る。その斧同士をぶつけ、甲高く鳴り響く振動音と共に刃を光らせる。
「やる気出たか⁉︎」
アルは飛び切りの笑顔を紅焔に向ける。
「ああ!ぶっ殺してやるぜ!相棒!」
蝕狼の背部から巨大な箱状の塊が二つ飛び出しそこから無数のビットが吐き出され紅焔に襲いかかる──────
──────廻羅はその背に生やす4双の刃のような翼から青白い光を霧散させながら虹色の地吹雪の舞う岩肌を駆ける。
その先を飛ぶのは小型の飛行機の形態で高速で飛ぶ
「チョロチョロと逃げ惑うだけか!この私と戦うのが恐ろしいとでも言うか⁉︎虫ケラァッ!」
「お姉ちゃんに対してなんて口の聞き方!メッ!」
幼児を叱るようなリルの言葉。フーは憎悪を剥き出しにして追いかける。
「体調は良くなったみたいだね!」
「フンッ!やっと貴様らを葬れると思うとなぁっ!」
「そっか!よかった!じゃあ!いっくよぉっ!」
「何っ⁉︎」
飛行機は高速飛行しながら変形し、薄いグレーの表面に青白いラインの走るホワイトドールが姿を現す。
蒼翠は廻羅にシールドを向けた。
そこから発射されたミサイル達が廻羅に向かって走る────