────「
イリスの叫び声に我に返るイベリア。
辺りを見回すと大統領を囲んでいたはずの男達は吹き飛ばされうずくまっている。
「図に乗るなよ!私を誰だと思っている!」
大統領の手にはペンのような円筒状の物体が握られていた。
手を縛られたままの大統領の周りには地面から生えた幾つもの虹色に輝く糸の束が触手のように蠢いている。
「かつてのエネルギーまでとはいかなんだがこれでも十分!最後!生意気にこの私に意見した小僧!貴様をガンダムの最後の餌としてくれようっ!」
触手達は一斉にその体を強張らせ、マルコの方を向く。
急ぎ逃げようとするも襲いかかる触手の素早さには反応できずにいる。
「マルコさん!逃げてっ!」
ディスケの叫びに気張って走るも、すでに背中のすぐ後ろまで伸びる触手。
不意に何者かに横から突き飛ばされるマルコ。
地面に強く体を打ち付けられ、痛みに顔を歪ませながら体を起こすと人が糸に絡められ繭になってゆく。
マルコはただ唖然と見る事しかできなかった。
「・・・父上・・・父上っ!」
「・・・すまなかった・・・本当に・・・」
繭に詰め寄るも強い輝きに吹き飛ばされまた地面に叩き付けられる。
喉の奥に血の味が滲むもそんな事を構っている場合では無い。
急ぎ体を起こすと既に繭の姿はなかった。
辺りを見回すも何処にも見当たらないがマルコはなおも叫ぶ。
「父上!」
「バカが!どこまでも!まあいい!これで・・・っ!」
その瞬間糸の束は大統領を絡め取り繭を作る。
「・・・なっ・・・!・・ふざけ・・・っ!」
皆その壮絶な光景をただ見ている事しかできない。
この世界を売った者達のなんとあっけない最期だろうか。
自身の策に溺れ、自身の信じる神の贄となってしまった。
半身を地上に晒していた繭が虹色の光を放ち始める。
その表面が透けて中に巨大な人影が覗く。
「みんな離れて!早く機体に‼︎」
イベリアが叫ぶも繭から巨大な光柱が立ち上り、天を貫くように伸びてゆく。
光が徐々に細くなり、キラキラと輝く光の粒子だけが取り残され繭は跡形もなく消え去っていった──────
────まるで帰宅の合図のような物寂しい調子の音楽が流れる黄昏時の公園。
先程まで誰かが乗っていたかのようにブランコが揺れ、西日に照らされた砂場にはスコップやカップが散乱している。
大きな木から伸びた長い影の中で2人の少女がぺたんと割座で向き合っている。
背格好はとても似通っており共に銀色に輝く髪を短く切り揃え、それぞれ白と黒のワンピースを着ている。
よく見ると顔もまるで双子のようにそっくりな少女達。
細く長い木の陰から黒く丸い影が少女達を中心に広がってゆく。
西日に照らされたそれは輝きを反射し揺らめいており、影ではなく液体のように見えた。
白い服の少女がべしゃりと音を立てて黒い水溜まりに倒れ込む。
黒い服の少女は震えている。息も荒いのか肩を上下させたまま動かない。
「・・・あぁ・・・わた・・・私・・・私がっ・・・!・・・」
震える声を絞り出し、動揺した様子の少女の両手には赤く濡れたナイフが握られていた。
倒れた白い服の少女の腹部は真っ赤に染まっている。
黒い池は血溜まりだったようだ。
震える手からナイフが落ちる。
カランと虚しい音が公園に響く。
信じられないと言った様子で血に濡れた震える両手と倒れた少女を何度も見返しながら、その手で自身の顔を覆い、髪をぐしゃりと握る。
血で汚れた顔と乱れた髪のまま少女は地面に両手を着いて泣き始めてしまった。
音楽が鳴り止み、ただひたすら少女がすすり泣く声だけが響き渡る公園。
「泣かないで・・・」
少女が目を見開いて前を向くと不意に誰かに抱きしめられた。
目の前に倒れていたはずの白い服の少女がいない。
自身を抱きしめた者の顔を覗くとその少女であった。
あいも変わらず腹からはおびただしい量の血が絶えず流れている。
黒い服の少女は彼女を抱きしめて更に涙を溢れさせる。
「私っ!私が・・・っ!・・・私のせいで・・・っ!こんなつもりじゃ・・・っ!」
「大丈夫・・・泣かないで・・・フーは何も悪くないよ・・・」
白い服の少女は黒い服の少女を抱きしめながら頭を撫でる。
乱れた髪を整えるように。
「・・アイツがいたから私は・・・っ!ただ守ろうとしたっ!あの女をやろうとしたわけじゃないっ!お前だって・・・こんな・・・っ!」
黒い服の少女は白い服を鷲掴み、涙と血で汚れた顔を彼女の肩に埋める。それを優しく見下ろす白い少女。
「分かってる・・・これでいいの・・もう1人じゃないから・・・」
その言葉に黒い服の少女は顔を上げる。
いつしかその姿は成人前の女性に変わっている。
泣きじゃくるフーの頭を抱いて優しく撫で続ける少女。
「これからはずっと一緒だよ・・・お姉ちゃんがついてるから・・・それに・・・」
少女は後ろを振り返る。フーもそちらに目をやるとこちらに向かって歩いてくるライラの姿が見えた。
ゆっくりと、まるで姉妹を迎えに来る母親のように。
目の前までやってきたライラは突然膝を下ろし、2人を抱きしめる。2人はライラの肩に顔を寄せられ彼女の表情は読めない。
「リル・・・もう行ってしまうのか・・・?」
「うん・・・今までありがとう・・ライラ・・・ごめんね最後までいれなくて・・・」
ライラが首を振る感触が伝わって来る。
「いいんだ・・・お前がいてくれたから私は400年生きてこれた・・・お前がいたから・・立ち上がれたんだ・・・ありがとうリル・・」
2人の頭に水滴が何粒か降って来る。それは額をつたい、頬を流れる。
「何泣いてんの?フーも!まだ終わってないんだよ?ずっと一緒って言ったじゃない!エマと一緒にみんなのそばにいるよ!」
リルの頭に何か硬い物が擦れる感触があった。ライラが何度も頷いているかのように。
ライラは体を離し、2人の顔を交互に見ながらフーに問う。
「・・フー・・・お前は私が・・・私達が憎いか・・・?」
そう力無い笑顔の問いにフーは小さく首を振る。
「・・わからない・・ただ・・本物になれば・・・人として生きていけると思っていた・・・ただそれだけだ・・・」
フーの目からは絶えず涙が流れている。
その顔はかつての刺々しいものではなく、鎧を脱ぎ捨てたか弱い少女の物、本来の彼女の心の内のよう。
ライラは優しくフーの髪を撫でる。
「お前は生まれた時から本物だよ・・・ライラ・リルの複製なんかじゃない・・・フー・バラクという1人の人間だ・・・2人共私の自慢の妹だよ・・・」
「・・・だけど・・私は・・・」
「だけどじゃない!お姉ちゃん達がそう言ってるからそうなの!さっきも言ったでしょ⁉︎人の物差しなんかどうでもいいっ!フーはフー!ライラはライラ!私は私!」
「その通りだ。あの馬鹿野郎に何言われたか知らんがお前は1人の人間。誰かになろうと思わず自分の道を進むんだ。」
フーの目が見開かれる。
今までライラとリルを消して唯一になるために生きてきた彼女にとって自分の道と言うものを考えた事がなかった。
その余裕さえもなかったのだ。ただ自分という存在の証明を、その確認をする事だけしか頭になかったのだ。
「・・・私の道・・・」
「そうだ・・・お前は何がしたい?・・・どう生きたい?」
「・・・私は・・・まだ・・わからない・・・」
戸惑うフーに2人の姉は優しく微笑む。
「ならこれからはそれを探すために生きよう・・・立って・・・前を向いて・・・色んな世界を見て回ろう・・・な?」
「道に迷ったら私が案内するよ!伊達に長生きしてないもんっ!」
「・・・ほらな?お前には私達がついてる・・立て!フー!」
ライラとリルに両側から腕を絡められ、立たせられたフーは夕陽が照らす公園の向こう側から歩いてくる男に気がついた。
ライラはその男を見て心底嫌そうな顔をする。
「・・・アクィラ・・・」
「また人様達の中にズケズケと!デリカシーの無い!」
3人の前で立ち止まるアクィラは微笑みながら口を開く。
「いや・・・すまない・・・私にも責任があるからな・・・と思ってね・・・本当にすまない・・・そしてありがとう・・・リル・・・」
「・・・ううん、結果オーライ!」
指で円を作ってアクィラに掲げ笑顔を見せるリル。
ライラは少し驚いた表情でリルを見た。
記憶が正しければ先の精神世界での対面以外この2人に面識はないはずである。それにもかかわらずなぜ窮地の仲のような挨拶を交わしているのか。
怪訝な表情でアクィラを睨みつけるライラ。
「なんだその目は・・・まあいい・・・フー・・・すまなかった・・・私では君の心を解かせなかった。すごいな・・・君の姉達は・・・」
「アクィラ・・・お前・・・」
「フー・・彼女達の言う通り・・・君はこれからどう生きたい?」
口を開きかけたライラを制止してフーに問うアクィラに未だ戸惑っているフー。
「・・・わからない・・・でも・・・探すよ・・・立って・・・歩いて・・・お前にもらった命だ・・粗末にするつもりはない・・・」
微笑みながら頷くアクィラ。
ライラもどこか憑き物が落ちたかのような表情のフーを見て少し微笑んだ。
突然振り返ったフーはリルを抱きしめ返す。
それは予想できなかったのか少し驚く少女。
「・・・すまなかった・・・お前の時間を奪ってしまった・・・」
「・・ううん・・・フーは悪くないって・・・元々もうとっくの前に私の命は尽きてた・・・ライラとフーがいたから長生きできたんだよ?だからもう謝らないで?」
「・・・うん・・・ありがとう・・・リル・・・」
「ん?・・・リル・・・何て?・・・おね?」
いたずらっぽく聞き返す少女に顔を赤らめてどもるフー。
名前を呼ぶだけでも精一杯の彼女にとってその言葉を発することは何よりも難しい。
しかし微笑むライラとアクィラに囲まれて逃げ場を失ったようだ。
観念したフーはついにそのセリフを口にした。
「お・・・ねぇ・・・ちゃ・・・んん・・・っ!」
その言葉に満足気な顔を浮かべたリルは背伸びをしてフーの頭を再度撫でてライラの元へ駆け寄り抱きついた。
ライラはリルを強く抱きしめ返す。
「・・・ライラ・・・今までありがとう・・・!・・・」
リルは顔を上げていつものような天真爛漫な笑顔をライラに向ける。
「大好きだよ!お姉ちゃんっ!」
そう言いながらリルは夕陽の沈む方へ駆けて行ってしまう。
名残惜しそうに後を追うライラの手も見ずに。
届かぬ手の代わりに小さく唇が動く。
「・・・ありがとう・・・リル・・・」
アクィラの隣を駆け抜ける際、彼に向かって手を振るリル。
「あとは任せたからね!2人をお願い!約束!」
頷くアクィラに笑顔を見せ、最後にフーとライラを交互に見渡し、公園の向こうまで走り去るその姿は夕陽に溶けるように消えて行った。
再び静寂に包まれる公園。
ライラもフーもお互い涙は見せまいと顔を背け合う。
日が沈み、夜の闇が東の空に広がり始めた頃、アクィラは空を見上げて呟いた。
「・・・来たな・・・」
それを聞いていたライラは苛立ち混じりに返す。
「あ゙⁉︎何がだ⁉︎だいたいなんでいつもいつも出しゃばるんだよ!リルに何しやがった⁉︎」
「何もしてない・・・ただ頼み事をしただけだ・・・そんな事よりだな・・・」
「それよりって何だ!人目を忍んで人の妹達に近づくとは何とも陰湿助平野郎だな・・・っ!何⁉︎」
また喧嘩を売り始めたライラの袖を掴み止めたのは何とフー。
しかしアクィラと同じく空を見上げて神妙な面持ちである。
「お前は感じないのか⁉︎・・・全くリルの言う通り本当にガサツな・・・・っ!」
「なんだと⁉︎だいたい一緒だろうが!リルだって言うほど・・・」
無意味な言い争いが勃発し始めようとした時、ようやくライラも2人が感じた異質な空気を感じ取ったようだ。
夜の闇に染まった空を見上げた3人は口を揃えてこう漏らす。
「「「ガンダム・・・」」」
────────
──────塵と化した蒼翠のかけらが宇宙の闇に流れてゆく。
光の帯のように伸びるそれをただ見つめていたヒメノ達。
その壮絶な最期を目にした刹那、皆の脳裏に流れたリルの声。
ノウェは目元を震わせながら光の帯に向かって笑みを向けた。
ヴェンは彼女の最期の言葉と笑顔を思い出し複雑な表情を浮かべている。
ヒメノはその輝きを目にして涙をどうにか堪え、精一杯の笑顔で前を向いた。
先程まで争っていた黎明と天征は微動だにせずに沈黙している。
そんな中
「フー!フー‼︎無事か⁉︎アクィラ様は⁉︎・・・少佐!」
珍しく慌てふためくイーの声に苛立ち混じりで口を開くライラ。
「うるさいぞ!今それどころではない!後で貴様にも聞きたい事が山ほどある!歯を食いしばって背筋を正し待っていろっ!」
「・・・イー・・
「・・・まさか・・なら皆は・・・」
「・・・どうやら無事のようだね・・・不幸中の幸いと言ったところか・・・」
ライラの喝をよそに話を進める2人。普段ならそこに食ってかかるはずである彼女だがそんな事には触れず、宙の向こうに見える地球を見つめている。
ヒメノもその異様な空気を感じ取ったのか不安気な表情、そして何か背筋を冷たいものが這うような感覚を覚えていた。
「ライラ・・・あれ・・」
「ああ・・・何が『バッチグー』だあのバカ女!普段からアッパラパラーな脳みそしてるからこんな大事な・・・」
「言ってる場合じゃないでしょ⁉︎マジのやつだよコレ!何でそんな余裕なのさ⁉︎英雄だからか⁉︎」
「うるさいぞタマ子!そんなん関係無しにもう来てんだぞ!今更慌てて何に・・・っ!」
この緊迫した空気の中またもや不毛な言い争いを始めようとするヒメノとライラ。
しかし開始間も無くそんな軽口を塞がずにはいられない出来事が起きた。
地球にほど近い暗闇の空間。
そこには小さな光がいくつも浮かんでいた。
コロニー群だ。複数のコロニーが集まり、ひとつの生活圏を形成している。
その空間に突如として走る閃光。
その輝きが止んだ時。
ふと目にしただけでも10基以上はあったコロニー群は跡形もなく消え去っていた。
閃光の残響と呼ぶべきか。
虹色に輝く粒子がキラキラとその空域にただ漂っている。
ヒメノが見たその光景はとても言葉にできるものではなかった。
わずかに聞こえてくる声のようなもの。
しかし詳細までは聞き取れない。
声にならない声を聞いたヒメノはゴクリと唾を飲み、その輝きの方をただ呆然と見つめている。
その視線の先には小さくぼんやりと光るものが見えた。
それはゆっくりと移動しているような。
よくよく目を凝らすと小さな人型の光に見える。
その時バーニアを吹かす気配を感じたヒメノは後ろを振り返る。
視界の端に天征が猛スピードでそちらの方向に飛び去る姿が映る。
「アクィラ様!」
「・・・すまないな・・・時が来た・・・今までありがとう・・イー・・・」
天征を追おうと晦煌が身構えた瞬間、アクシズはその身の輝きを強め、その光の粒子は太陽の紅炎のように立ち上らせた。
「なっ⁉︎アクィラ様っ‼︎」
「何⁉︎何これ⁉︎」
立ち上った巨大な光の柱が、それぞれのモビルスーツを絡め取り、アクシズの外側へと押し出していく。
「くっ・・・!動けん!何をした⁉︎」
黎明までもが輝きに飲まれ、その動きを封じられている。
そして皆を置き去りにしてアクシズは虹色に輝く尾を引きながら前へと進み出す。まるで天征を追うように。
「ゆくぞアクシズ・・・忌まわしき歴史と共に・・・忌むべき因果に今終止符を・・・!」
アクシズから一筋の光が伸び、天征を覆う。
宙に佇んでいた巨大な花冠。残された最後の花びら、それまでもが虹色に輝き、無数の刃のように分裂して人型の光に向かって飛び始める。
機体を動かすこともできずそれをただ見ているだけの一同。
「アクィラ様!くそっ!・・・アクィラ様ぁっ!」
「大将っ!アンタ何するつもりだよっ!ノウェが言ってた事と違うじゃねぇか!どういう事だよこれ!」
刃達は人型の光を貫いた。両手、両足、胴。
虹色に輝く刃に貫かれた光は動きを止めてうなだれている。
まるで十字架に磔にされた救世主のように。
その背からまたもや別の輝きが放たれた。
まるで蝶の羽のような模様が流動する虹色の幕。
人型の光の背後に広がる絶望の翼。
ライラ、そして皆も目を見開いた。
そして誰かが呟く。
「・・・月光蝶・・・」
巨大な翼は真っ直ぐ前方に向かって羽ばたいた。
虹色の粒子が小惑星ほどの巨大な渦を成し、天征、そしてアクシズに向かって迫る。
「・・その不完全な状態でなおも月光蝶を・・・っ!・・・これは!」
アクシズと同じ光を纏った天征は残された腕と足を広げて渦を迎え入れるかのよう。人型を貫いていた刃は天征の周りに戻り、虹色の輝きを放ち巨大な光の壁を成す。
「何のつもりだアクィラ!アンタだけでどうにかならないだろ!」
「クソジジィッ!これほどけよっ!道連れにするつもりか⁉︎ふざけんなっ!」
絶望が迫る中動けず逃げることも攻めることも出来ない一同はただがむしゃらにレバーを押し引きすることしかできずにいる。
その巨大な渦、先のコロニー群を消し去ったのがこれならば当たればひとたまりもない。そしてその迫る速さ、逃げて間に合うものでもない。
どうにもできないもどかしさと焦りが皆の頭の中で炸裂している。そんな中で唯一ライラだけが冷静であった。
「・・・そういう事か・・・あのバカ・・・」
光の帯に絡められた黎明がそれに抗うように軋み出した。
節々から緑色の輝きを垂れ流し、アクシズの光を侵食するかのように飲み込んでゆく。
「ぬぅぅぁぁああっ!この私を縛ろうなど・・・っ!身の程知らずどもがぁっ!」
光の帯を引きちぎり天征の元に飛ぶ黎明。
天征の隣に立ち、同じく両腕を広げてその身の輝きを強めた。
天征とその刃、そして黎明の放つ輝きは混ざり合い、アクシズから伸びる光を吸収するように大きく広がってゆく。
「バカ!なぜ来た⁉︎このままでは!」
「うるせぇっ!バカはどっちだ!お前だけでどうにかなるわけないだろバカ!」
「アクシズとは契約済みだ!君がここに来る理由などない!下がれっ!」
「理由が無いだと⁉︎ふざけるな!お前に指図されるいわれはない!そのボロだけでアレを防げるか!」
虹色の渦が光の壁にぶつかり弾かれてゆく。
虹色の粒子、そして蝶の羽の模様が周囲の空間に吹き乱れる中、
光の壁は徐々に押され、その身を縮めてゆくようだ。
後ろで光に絡められた者達はただ見ていることしかできない。
黎明のコックピット内に人型の光が現れる。
ライラの肩を真正面から押し返すかのようだ。
“ライラ!やめて!このままじゃライラの命が吸われ尽くしちゃう!緊急脱出で逃げて!”
「そんな機能とっくの昔に外したさ!」
“そんな・・・っ!ライラ!”
光はなおもライラを掴んで逃げようとしている中、その手にライラの手が重ねられた。
「すまないエマ・・・本当にごめん・・・でも今私が抜ければサイコフレームの共振は途切れ壁は消える・・・そうなればアイツら全員・・・わかってくれ・・・エマ・・・」
光はエマの姿をかたどる。その表情は悔しさと悲しさに溢れていた。しかし意を決したのかライラと共にレバーを握りはじめたエマ。その強い眼差しは真っ直ぐに渦の方を見ている。それに微笑みを返すライラ。
「ありがとう・・・お前が付いてくれるなら100人力だ!」
一方の天征のコックピットにも同じ現象が起きていた。
小柄な体躯の光がアクィラの眼前で両手を広げ、まるで通せんぼをするかのよう。
「・・・すまない・・・約束から外れてしまった・・・」
“こんなの無茶だよ!早くみんなの拘束解いて逃げて!
「・・・それは本当にすまない・・・今まで自覚がある中で嘘はついてこなかった人生だが・・・私
“バカ!ライラ説得して逃げてよ!アクシズだけぶつけるんじゃなかったの⁉︎”
「違う・・・私の命を天征のサイコフレームを通してアクシズと繋げ奴へ誘導する・・・その契約を破ることはできない・・・また同じ1000年が繰り返される・・・だがライラは・・・」
天征に残された椎骨のビットが黎明に向かって走り砲身を光らせる。
しかし黎明に向き直った瞬間炸裂し光の粒となって消えていった。
「・・・何と・・・強情にも程があるぞライラ!」
“そうだよバカ!さっき約束したばっかじゃんバカ!”
「ギャーギャーうるさい!黙って前を向け!エマを見習えバカども!」
黎明に繋がっていたアクシズの光がさらに膨れ上がり、周囲に展開されていた光の壁が更に厚く広がる。
渦に飲まれかけていた輝きは勢いを取り戻し、蝶の光を押し弾く。黎明から流れ動くその光はまさしく命の輝きを吸うかの如く神々しい明かりを放っていた。
「アクィラ!前を向け!お前に守られる程やわじゃない事はわかっているだろ!ウダウダ言ってないで気張れ!泣くな!」
その喝にアクィラは笑みを浮かべる。
もうライラを止める気はないようだ。
「・・はぁ・・だそうだリル・・・ライラ・・・もういいのか?」
ライラは力強い笑顔で前を向く。
「ハッ!おたまじゃくし共でも手足は生えてる!自分の足で歩けるさ!・・・すまないリル・・・私は行くよ・・・っ!」
真っ直ぐに笑顔でいるライラの様子を感じたリルは悲しそうな顔を浮かべながら押し黙るしかない。
“・・・でも!フーはどうするの⁉︎やっと繋がれたんだよ⁉︎”
「リル・・・自分を見てみろ・・・一緒にいてくれるじゃないか・・エマだって・・・心さえ一緒なら大丈夫だよ・・・心さえ生きていれば・・・」
普段あまり見せないまるで聖母のような優しい笑顔。この顔のライラにはリルでさえ敵わない。
アクィラのようにわざとらしくため息を漏らし、人型の光の方を向く。
“・・・まったく・・・困った姉だわね・・・いいの?アナタは・・・?“
「フッ・・・400年変わらなかったんだ・・・この先もライラはライラだろう・・・大変だな君も・・・」
天征のコックピットから深いため息が重なって聞こえる。
黎明のコックピットにもその声は共鳴しダダ漏れ。
エマはこの状況で声を殺して笑っている。それに少し顔を赤らめるライラ。
「うるさいぞどいつもこいつも!前を向けと言ったんだ!気を抜くな!」
「ライラ!」
「ボス!」
緊張が緩む中背後から聞こえる声にハッとなるライラ。
しかし後ろは振り返らない。
代わりにモニターに2人の映像を繋いで優しく語る。
「ノウェ・・・ヒメノ・・・すまんな急に。だがこれしかない!今私に・・・私たちにやれる事を全力でやる!」
ノウェはその一言で彼女の意志を汲み取ったようだ。口の両端を横に結び強く頷く。しかし少女の不安な表情は消えない。
ライラはそれを分かった上で反論する隙を与えず畳み掛ける。
「ライラ・・・っ!」
「立て!走れ!テメェらズタボロになっても走り続けろ!」
その言葉にアクィラは声を上げて笑う。
「ハッハッハ!湿っぽくならずにすみそうだ・・・さすがライラだな・・・そういう事だみんな・・・今までありがとう・・・イー、リュウ・・・みんなを頼んだよ・・・」
通信は強制的に切断される。慌てて言葉を投げようとしたヒメノだがもう言葉は届かない。
「アクィラ様!少佐!・・・せめて私も!それなら命だけは・・っ!」
無理やり光の帯を手繰る晦煌へXXが手を伸ばす。
「イー・・・アクィラの意思を汲め・・・それは野暮だ・・・私達には私達のやるべき事がある・・・それを成すぞ・・・!」
「・・・っ!しかし・・・こんな・・・」
ライラもアクィラも笑っている。この400年に一切の悔いなどないかのように晴れ晴れとした笑顔で、そして同時に叫んだ。
「「生きろっ!」」
その瞬間、アクシズから虹色に輝くほうき星がいくつも吐き出された。
光の尾を引きながら、月光蝶の渦へと飛び込んでゆく。
やがて光は形を成し、モビルスーツ達が姿を現した。
そこには先の戦闘でライラが倒した機体達の姿も見える。
騎士のような機体を先頭に様々なホワイトドール、そして異形の機体達が次々と生まれて後に続く。
黎明と天征が生み出す光の壁が、迫り来る渦を押し返した。
その内側を、虹色に輝く機械人形達が突き進んでゆく。
渦の中心へ。
人型の光へ。
やがて、機械人形達はひとつの巨大な光となった。
暗闇を駆ける白鳥のように、その姿を変えてゆく。
巨大な虹色の鳥が月光蝶を、そして人型の光を貫いた。
渦はかき消され、辺りにはアクシズの輝きの残響だけが舞っていた。
月光蝶を破られ四肢をもがれたような形の光は悶えるように震え出し、白く輝く糸の束に身を埋める。
それは再び繭となった。
ぼんやりと光る繭はゆっくりと地球に降下してゆく。
白い光は小さく赤くなり、やがて見えなくなった。
再び静寂の空間となった宇宙。
アクシズの光も薄くぼんやりとした輝きになる中皆を拘束していた輝きはいつのまにか消えていた。
その先頭に立つ2機、黎明と天征もまた、静かに佇んでいる。
そのコックピットに座るライラとアクィラ。
レバーを握っていた2人の手は力無く宙に浮き、その目は半開きのまま虚空を映している。
しかしその口元は満足そうな笑顔を浮かべていた──────