──────独房を出た3人は廊下の片隅で立ち止まり揉め始めている。
「マルコ、本当にこの子をパイロットにするつもり⁉︎何度も反対したでしょ!まだ高校生なのよ⁉︎」
先程はほとんど黙っていた女性が急に険しい表情になりマルコに詰め寄る。
その激しい剣幕に一瞬押されそうになるマルコだったがどうにか反論を思いついたようだ。よしっ!という顔が浮かぶと真剣な眼差しに変わり口を開く。
「先程も言ったがこの子の才能は本物だ!ホワイトドールを動かせるのはこの子しかいない!それに探し人も奴らに捕まっているかもしれないんだ。」
「それは私たちが救出すればいいでしょう⁉︎何も子供を危険に晒すことなんてないじゃない‼︎」
正論が飛んできたことで明らかにまずい、という表情。
心の声と顔が見事にシンクロしている。
・・お姉さんはこう言ってくれてるけど私だって戦争なんかしたくない・・・でもヴェンを見つけるためだったら・・
話を黙って聞いていたヒメノは突然意を決した眼差しを女性に向ける。
「お姉さん!私が決めたの!私がヴェンを見つける!そのためならなんだってやる‼︎」
女性はびっくりした表情でヒメノを見る。マルコはよし!助かった!という表情。すかさずヒメノの後ろに回り込み肩をバンバン叩いて女性に自慢するかのよう。
「ほら!この子の気合いも本物だ!僕は早速小隊編成に取り掛かる!リリアはこの子に施設と戦艦の案内を頼む!」
そう言い終えると反論を許さず足早に去っていってしまった。
・・・逃げたか・・?
リリアと呼ばれた女性は鋭い目つきでマルコの背中をまるで刃物で刺すように睨みつけた後大きなため息を漏らした。
その様子から日頃の彼に対する溜まるものが見受けられる。
「・・わかった・・あなたがそこまで言うなら止めないわ・・止めてもどうせアイツがごちゃごちゃかき回してうやむやにするでしょうし。昔からずっとそう!腹立たしいっ」
言葉の最後に苛立ちがダダ漏れになるリリア。
ヒメノの視線に気付きハッとして咳払いをする。
「リリア・モンテーニュ少尉よ。よろしくね。
絶対ヴェンっていう子と一緒に無事にコロニーまで返すと約束するわ!」
ヒメノは挨拶を返し軽く頭を下げた。
自身とヴェンを
「あいつとは士官学校からの同期なんだけど、ずっとああなのよ!温室育ちの馬鹿野郎が!」
「・・大変なんだね・・」
温室育ち。その言葉は見事な評価だなと納得。
それからヒメノはリリアに連れられひとしきり施設を案内してもらった。庶務課、警備課、整備課、施設課。どこを回ってもデスクの集合地帯。そして並ぶ窓口。
・・うん。超つまんない。結局はお役所じゃん!
「さて、これからあなたが配属される巡回監視艦に移動するわね。どう?こんな感じだけど。つまらないでしょう?」
・・なぜわかった⁉︎エスパーなのかこの人は・・!
頭の中を的確に表されて目を丸くし狼狽えてしまった。
「なんでわかったって顔してるわね。全部顔に出てるわよあなた。素直でよろしい!」
そう真っ直ぐに見つめられ顔を赤らめて目が泳いでしまうヒメノ。久々にまともな大人と出会ったせいか少し気恥ずかしい。
突如リリアの下に無線が入る。
「テロリスト集団エリュシオンのものと思われるモビルスーツ5機を望遠レーダーでとらえました‼︎連邦管轄内に侵入し地球方面へ向けて移動中と思われます‼︎」
「宣戦布告って本当にやるのね・・ヒメノ!ここは危ないから軍用シェルターに避難するわよ!あなたが戦うことはない!」
「・・え・・でも・・ホワイトドールで戦わなくていいの?敵がまたきちゃったんでしょ・・?」
「あなたは子供!いいから早く!」
リリアに連れられ廊下を急ぐも突然の戦闘態勢に体が強張ってしまう。VRMSや空手の試合でもこんなことはなかった。
『戦争』。その言葉がヒメノの動きを硬くさせる。
また無線が入る
「リリア少尉!聞こえるか!カストルと共にMS格納庫に入り出撃準備!」
いきなり不躾な事を言うマルコにリリアは驚愕の表情。
いくら操縦ができると言ってもヒメノは高校生。
先程から何度もリリアが述べた通り人道的に問題がある。
そして何よりヒメノは『VRMS』の優勝者であり実戦経験は先程のボルジャーノン相手が初めて。初心者にも満たない。
「はぁ⁉︎何言ってんの⁉︎訓練もせずにいきなり実戦に行かせる気⁉︎」
「これは上からの命令だ!出撃準備‼︎」
マルコがいい終わると無線が切れた。
しかしその目はヒメノを見ておらず、三白眼で何処か上を睨みつけている。先程のマルコの口ぶり、軍上層部も高校生に戦争に加担させる事に賛成したという事である。
リリアは呆れ果てたため息を出してからヒメノに語りかける
「・・ヒメノ・・出撃はするけどあなたは後方待機してて・・絶対に前にでちゃダメよ・・」
「・・・・はい・・・・」
マジだ・・行くんだ戦争に・・こんな急に・・死んじゃったらどうしよう・・・・どうしようじゃない・・死んだら終わりだ・・
意思も固まらぬまま2人はMS格納庫に向かう。
その道中の景色の記憶はない。そんな事を気にする余裕などなかった。
格納庫には先程ヒメノが動かしたホワイトドールの他にも似た形のモビルスーツが数体並んでいた。
色が薄い青緑色で顔がなんだかガラス張りのように平坦。同じ機体が並んでいることから量産機体なのだろう事が伺える。
奥にパイロットスーツに身を包んだマルコと男性が数名立っている。皆神妙な面持ちである。
「カストル。君はホワイトドールに乗ってくれ!君が操縦するのが一番いいと思う。僕らはこの零式で出る。君は前に出なくていい。実戦の空気を感じるだけでいいんだ。」
一切の茶化しのないその顔を見てヒメノはしっかり頷いた。
リリアが持ってきたパイロットスーツに着替えたヒメノはコックピットブリッジに上がる。
隣の零式と呼ばれたモビルスーツの傍から同じくパイロットスーツ姿のリリアが近づいてきた。
「あら!似合うじゃない。かっこいい!」
「リリアさんも戦うの?」
「そうよ!あいつよりは断然マシだから安心して!あんな万年ドベがホワイトドールに乗ろうとしたこと自体おこがましいのよ!」
・・・毎度発言の後半にあいつへの不満がダダ漏れになってるな。
「あんなへたっぴなのになんで最新型になんか乗ったのさアイツ・・あーあの少尉さん」
「アイツなんざアイツで十分よ!親の七光り!要は連邦政府高官の息子だからよ!士官学校じゃ万年ドベだったくせに!あー腹立つ!」
ヒメノに対する温和な態度とは違いマルコの話題になると辛辣さと苛立ちが混じる彼女に苦笑いで返す。
そう愚痴を垂らしているのも束の間、格納庫全体にアナウンスが響き渡った。
「敵機小隊、警戒空域に入りました。モビルスーツ部隊は出撃してください!」
マジか・・・いよいよ出撃か・・まだ緊張が・・
ヒメノは先程リリアに教わったようにスーツのヘルメットを着用しコックピットに入りハッチを閉じる。
「カストル!まず格納庫を出てエアロックから外壁ハッチへ向かう。そこから先は宇宙空間だ!しっかりついて来い!」
「了解!」
少し声が裏返ってしまった。
それもそのはず。ヒメノの通う高校では宇宙空間でのプチモビ実習があるのだがそれは3年生から、ヒメノ自身は宇宙に出たことはおろか見たのも今日が初めてである。彼女の抱く緊張は計り知れない。
・・・今日!初めて宇宙見てヴェン拉致られて本物のモビルスーツ乗って逮捕!戦争‼︎・・・・・今日盛り沢山すぎだろ!
そんなことを考えているうちにコロニーの外壁ハッチまでたどり着いたマルコ小隊一同
コロニーの最中心部は回転による技術重量が働かないため無重力地帯である。
初めての無重力に感動とも恐怖ともとれぬ異様な感覚にヒメノは困惑していた。
ハッチを開けて宇宙空間に出る。
・・真っ暗だ・・・・モビルスーツの足音も何も聞こえない・・怖い・・・これが宇宙・・
自分の呼吸の音だけがヘルメット内に木霊する。
力を入れなければ腕や足も浮き上がってしまうのを必死で抑え込みレバーを握る。
「カストル!小隊の後ろに続け!地上と違いアクセルは少しずつゆっくり踏んでスラスターを吹かせ。アポジモーターは基本オートでバランスを取ってくれる。急に吹かすなよ!」
上官らしくヒメノに指導するマルコ。
リリアは士官学校時代の宇宙演習の際、アクセル全開で宇宙の彼方まで飛んでいった同期生のことを思い出していた。
通信回線で部隊全員にアナウンスが入る。
「望遠カメラで敵機視認!機種は5機いずれもズサンと思われます!」
それを聞いてマルコは笑う。
「ハハッ!ボルジャーノンにズサンか!奴らは骨董祭りでも開くつもりか⁉︎」
「ビエラ少尉!今は実戦配備中です!軽率な言動は慎むように‼︎」
・・ダサッ。怒られてやんの・・・・でも骨董っていうくらいだからボルジャーノンみたいに古い型なのかな・・
そんなことを考えながらヒメノはブツブツと独り言を呟きながら忙しなくレバーやペダルをいじっている。
「・・クラッチ踏んでこっちのレバー上げて上昇・・下げて下降・・・・・・ここを入れるとライフル出す・・しまう・・サーベルスイッチは・・オートアイドリングもついてるんだ・・ほぇ〜・・ここでアイドリングオフ・・・・うん・・うん・・」
忙しなく動き光刃を伸縮させているヒメノを見てリリアは驚愕する。いくらVRMSに慣れていると言えど初の宇宙空間で初のモビルスーツ。なぜこうまで説明も無く動かせるのだ。と
「カストル!何をやっている!もう敵機が視認できるとこまで来てるぞ!リリアとカストルはこのまま待機、残り2人は俺に続け!」
「「「了解!」」」
その掛け声と共に3機の零式は飛び立った。
「ヒメノ、私の後ろから離れないで。いい?いくらホワイトドールを動かせるからと言ってもあなたは高校生の女の子なのよ!本来こんなとこにいるべきじゃない!絶対に無茶なことしないで!」
「ありがとうリリアさん・・わかったよ・・!」
その時マルコたちが飛び立った方向。小さな星々が輝く暗闇の中で光が動いた。
「1機撃破!」
無線で連絡が入る。
・・始まった・・本物のモビルスーツ戦・・・・何この気分・・気持ち悪い・・・・なんかドロッとした変な感じ・・
緊張とは違う不愉快さと居心地の悪さが同居した不快感を紛らわせようとモニターカメラをいじり、最大望遠で見ると零式とズサンと呼ばれたモビルスーツが攻防を繰り広げていた。
非対称な肩に大きな箱状の物がついた、胴が短く膝下が太い珍奇な体躯。
肩の箱状の物にはミサイルと思われる弾倉が複数装填されていた。
ズサンの足からワイヤー状の物が飛び出して零式の足を絡めとる。そしてそれを縮めて零式を引っ張りあげ、続けてその太い前腕でパンチを繰り出した。
零式1機が動けないまま殴られその衝撃で飛ばされていく。
その時ズサンの肩からミサイルが発射された。
ミサイルは零式に命中し爆発する。
その光をただ呆然と見つめることしかできずにいる少女。
・・・・味方がやられた・・・・死んだ・・?・・死んだよね・・・・死んじゃったんだ・・・・こんなあっけなく・・・・ゲームじゃない・・やり直せない・・・・
味方の零式がやられたのを目の当たりにしたヒメノは改めて『本物のモビルスーツでの戦闘』の意味を理解した。
──対峙したどちらかが死ぬ──
恐怖に体が硬直したその時リリアが叫んだ。
「ヒメノ!1機こっちに来てる‼︎」
「っ!」
痙攣するように我に帰りあたりを見渡すと1機のズサンが下側から宇宙を駆けてくる。
ヒメノは反射でレバーのスイッチを握りビームライフルを撃ってしまった。しかし光弾は暗闇の奥に消えてゆく。
「白い悪魔が!落ちろ!」
近距離回線で流れてきた敵機のものと思われる音声。
ズサンは迷わずホワイトドールに向かって迫っている。
「ヒメノ‼︎」
リリアの零式がビームライフルをズサンに向けて連続で放つも妙に小回りがきく機体らしくかすりもしない。
そうこうしているうちにズサンのワイヤーがリリアの零式の足と手を絡め取った。
「リリアさん‼︎」
言葉より先に動いていた。
ホワイトドールはズサンに向かって猛スピードで駆けてゆく。
その軌跡に白く光る帯を残しながら。
「コイツ!早い‼︎」
ズサンは零式からワイヤーを離し上方へ飛ぶ。
ヒメノは初めての宇宙空間で上下左右がまだ把握できていない。
敵機を見失いあたりを見回すヒメノだが何か嫌な違和感、後方に気配を感じた。
咄嗟に上方へ飛ぶホワイトドール
刹那その足の下をミサイルが飛び去っていった。
・・飛ばなきゃ死んでた・・・・‼︎
驚愕の暇もなく後ろからズサンが襲いかかる。
振り向きざまに逆手で持っていたビームサーベルのアイドリングスイッチを切ったヒメノ。咄嗟の行動。光刃が伸びる。
──その瞬間ズサンの胸部を光刃が貫いた。
光刃の触れた部分が黄色く発光し溶け崩れてゆく。
そこはその機体の操縦席がある場所でもある。
しばらくしてズサンは貫かれた部分を中心に爆発する。
その光景をただ見つめていることしかできなかった。
爆炎を浴びながらもただただ佇んでいるホワイトドール。
「こちら4機目撃墜した!そっちは大丈夫か⁉︎」
マルコから無線が入るもヒメノには聞こえない。
突如ヒメノの耳に小さく笑い声が聞こえて来た。
そして記憶にない情景が声と共に脳裏に映し出される。
──笑顔の素敵な女性──生まれたばかりのような赤子──
抱き上げられ笑顔の子供──
突然込み上げてきた頭痛と吐き気でたまらずヘルメットを外す。体はとにかく酸素を吸おうと勝手に呼吸を早め息が荒い。
首元が苦しくスーツのハイネックを引っ張るがそれでも吐き気は止まらない。
ヒメノは嘔吐した
吐瀉物がコックピット内を舞うもそれを気にする余裕もない。
・・何これ・・・・気持ち悪い・・!・・痛い・・何これ⁉︎・・誰この子・・なんなの・・⁉︎
錯綜する思考の中、少女は自覚した。
「・・・・私・・・・人殺した・・・・?」
事実を受け入れられず困惑したまま目を大きく広げる。
「うああぁぁぁぁぁああああああ゛あ゛あああああ‼︎‼︎・・・・」
ヒメノはその場で気を失った────