男の娘しかいない世界で俺は今日も純愛を叫ぶ 作:雨ノ日のブランコ
気まずい……。
佐崎と外に出てから五分ぐらい経っただろうか。恐ろしいほどに会話が生まれない。
外に出れば話題の一つや二つ出るだろうと思っていた俺を殴りたい。
佐崎もずっと下向いてモジモジしてるし。
「……な、なあ」
「ひゃ、はい⁉」
「佐崎さんってなんで今回の件に応募してくれたのかな?」
「これって本当のこと言っていいやつですか?」
わかっていたけど一目ぼれってのは嘘だよな。時代はまだ俺に追いついてなかったか。
「まあそっちの方が俺も後々接しやすいかも」
「……お金です」
オブラートに包めよ! いやさ、わかってたよ。こういうのって大体報奨金が出るってことぐらいさ。でも色々言い訳はできるわけじゃん、家族が病気でとかさあ。少しは言い訳をする努力はしようよぉ、わかってたけどさあ!
「だ、だよね……」
俺にどう反応しろと? あなたと子作りするのはお金のためですって言われて俺はどう反応すればいいんですかぁ!
「ちなみにいくらぐらいもらえるの?」
「二千万……です」
「にににににに二千万⁉」
「僕、大学の学費を払わなくちゃいけなくて……」
「奨学金とかじゃダメだったの?」
「奨学金ももらってたんですけど……友達がお父さんの病気を治すためにお金が必要って言ってて貸したらそのまま飛ばれて、今無一文なんです」
急に可哀想な話出てきたんですけどぉ。てか今の時代そんなあからさまな詐欺に引っかかる奴いたのかよ。俺のじいちゃんのがまだ人を疑うぞ。
「でもさ抵抗とかないの? 少し前までは普通の男だったわけじゃん、それなのに妊娠とかその……男とそういうことするとかさ」
「あります、ありますよぉ」
佐崎は肩をプルプルと震わせ、瞳に涙を浮かばせる。
乙女心ってわかんねえ。今俺何か言っちゃいけないこと言った?
まあ確かにデリケートな質問だったけど泣くほどのこと?
「ご、ごめん。そんな泣かれると思ってなくて……とりあえず落ち着こ、ほらあそこのカフェで一回休もうよ」
佐崎は頷いて、俺が手を引くとすんなりと後ろをついてくる。
カフェに入り、二人で座る。佐崎は袖で必死に涙を隠そうと拭っている。
「ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「いやまあ、うん、人には泣きたくなる時もあるよね」
今がそうだとは思わないけど。
「俺でよかったら話聞くからさ」
「僕本当は嫌なんです、可愛い恰好するのが」
珍しいな。ウイルスの影響でこの世界の男の娘は女装への抵抗がない、というか喜んで女装をしまくっている。俺目線で語るのなら佐崎の方のが違和感はないのだが。
「そうだよな、男だもんな。加藤たちに着させられてるんだったら普通に男装してく
れてもいいよ、俺別に気にしないし」
「そういうわけじゃないんです……」
明らかに空気が変わったのが勘の鈍い俺でもわかった。
「可愛い衣装着ると体が喜ぶんですよ!」
「は?」
いたって普通の反応。訂正しようウイルスに感染してるなら普通の反応。
それに違和感を感じているということは。
窓から差し込んだ陽光が佐崎を照らす。
この男はまだ……この頭がおかしい世界に染まり切っていない!
「なあ佐崎――」
「ご主人様~ご注文はどうなされますか~」
「ああ、すみませんえっと」
ん? 今この店員なんて言った?
良く見慣れたメイド服、よりも現代チックなミニスカカチューシャロリメイド。
「あの~店員さん。ここって……」
「メイドカフェです!」
ですよね~。てか男なんだからメイドじゃないだろ! このツッコミ二度目だよ!
名前も見ずに入ってしまった俺の落ち度でもあるが……男の娘しかいない世界なのにメイドカフェって需要あるのか?
「ねえねえご主人様~」
「なんでしょうか」
「ご主人様ってもしかして~、噂の男の人?」
「俺ってそんな噂になってるの?」
「まあ子供が作れる唯一の男の人ですからね」
もしかしてこれって俺の総受けってやつぅ⁉
心の中で叫んだはいいものの、それは純愛じゃなぁい!
二人で愛し合ってこその純愛、全員から性だけを求められる何てたまったもんじゃない。
「ねえご主人様、そんな可愛くない奴と一緒にいないでさ~。あたしとあ・そ・ぼ」
語尾にハートが付きそうな声で囁いてくる。
下腹部に血液が集中していくのを必死に内またになって隠す。
小悪魔系ってやつか? 現実にあったのかそんな天国が。
正直超魅力的な提案だ。金髪ツインテールの低身長とか王道オブ王道、嫌いなやつがいるはずがない。いやでもまだあって数分だぞ。
「まずは軽くデートにでも……」
「ご主人様がしたいのは本当にそれだけ?」
メイドは俺の太ももに手を添えて這うようにゆっくりと動かす。とってもえっちだ。
吐いた息を感じられる距離まで顔を近づけてくる。
湿っぽい耳元を叩くような舌なめずり。
「ご主人様も気になるでしょ、あたしのか・ら・だ」
メイドはスカートのふちに手を掛ける。焦らすようにひらひらとスカートが俺の目の前で小さく上下する。天国であり地獄、俺の情緒もスカートと共に乱高下していく。
「見たいでしょ、この中を」
「見た――」
「えいっ」
「へ?」
メイドがひょうきんな声を上げたと同時に天使の羽ののような純白が瞳に飛び込んできた。パンツだ、これは紛れもないパンツだ。ちょっとエッチな少年誌とかで見たことがある白パンというやつだ。
興奮――しそうになった。別にパンツが嫌いなわけではない。見えてしまったのだ、きれいな膨らみが女性の体にはない男性特有のパンツの膨らみが。
「萎えた」
「え、ちょ⁉ あたしこんなにサービスしたのに⁉」
「くまちゃんパンツですか悪くありませんね」
「見てんじゃないわよ! 誰よあんた!」
「失礼、ご主人を誘惑する不届き者がいたものですからお灸を据えようと思いまして」
一条は当たり前のように俺の横に座りメニュー表を眺める。
「クリームソーダを一つ」
「急に入ってきてなんなのよあんた!」
「躾がなっていませんねぇ。私はお客様ですよ!」
クソ客だぁ。働いたことのない俺でもわかる、こいつはクソ客だ。
「っ……クリームソーダお一つでよろしいでしょうかお客様」
フリフリの付いた超絶可愛い自称メイド様がメイド喫茶のメイドをドスの利いた声
で脅している。地獄絵図にもほどがある。
「お客様? ここはメイド喫茶じゃないんですか、あぁん!」
「ご、ご主人様。クリームソーダお一つでよろしいでしょうか……」
耐えてる。えらい、この子耐えてる。怒りを必死に抑えてる。
ペンべきべき言ってるもん、あれ完全に折れる寸前の音だもん。
「いいわけないでしょ、ここに居る二人が見えないのですか」
クソ客ゥ! 圧倒的クソ客。店員さんはあんな立派な勤務態度を見せているのに何だこの態度、お前よりよっぽどきっちりメイドしてたわ。
「ほら、二人も何か飲むでしょう?」
「え、じゃあカフェオレで」
「僕はグレープジュースでお願いします」
「かしこまりました」
メイドは一生分のしわをこめかみに作りながら裏へと消えていった。
なんか流されたけどさ――何でこいついるの?
「おい一条」
「脱げと言われてもさすがにここではちょっと……」
「言ってねえよ! 俺を変態に仕立て上げるな!」
恥ずかしそうなそぶりを見せるが横目でスマホをいじっている。こいつは可愛いを作っている、わかっているのに惑わされてしまうのが悔しい。
「なんでここにいるんだよ」
「ご主人が勃起しているという情報が入ってきたので?」
は? 何を言っているんだこいつは? 勃起? 俺が? いや確かにしたけどさ。
何でこいつが知ってるんだよ。
自然と股間へと手が伸び、防御壁を築く。細工をされたか、いやでも違和感はない。
「言ってなかったのですがご主人のち〇ち〇には発信機が付けられているのです」
「発信機?」
「はい、勃起したら私たちに通知が来る発信機が。てっきり私はもう佐崎さんとセ〇〇スをしていたと思っていたのですが、こんなところで油を売っていたとは」
佐崎は溜息を付いてメイドが持ってきたクリームソーダのストローに口を付ける。
「何してくれちゃってんのぉ⁉」
「だからご主人、男が無暗に叫ぶものではありませんよ」
「いや、ご主人のち〇ち〇に何細工してくれちゃってるの?」
「ご主人、それではまるで――」
何だこの鋭い目つき、何かを見通すような感じたことのない圧。俺を見ていると思いきや、佐崎の方を見つめている。当の佐崎はなぜだか頬を赤らめている。
「勃起していたことを認めているのと一緒ですよ」
「は、嵌められた⁉」
「本当に付けられていたと思っていたご主人はお笑いでしたね。この国にそんなハイテク技術はありません」
「このクソメイド!」
「お二人はとても仲がいいんですね」
佐崎が下を向きながらよそよそしく呟いた。
「はい、私たちはとても仲が良いので」
一条の細い指が俺の頬を包み込む。まるで自分だけを見ろと言わんばかりに顔を引き寄せられる。花のような匂い、俺と同じシャンプーを使っているはずなのにどこか甘い。
女の子のように瞳を潤わせ、一心に俺を見つめる。
「ご主人」
湿った吐息が口内に侵入してくる。
動けなかった。だってまさかこんなところでファーストキスを奪われるなんて思ってなかったから。
一条の唇はとにかく柔らかくて温かかった。次の瞬間には一条の舌がこじ開けようと俺の唇を濡らしていく。ぷつんと何かが切れる感覚があった、力が段々と抜けていく。
――甘美を超えて甘ったるい。俺のファーストキスはクリームソーダの味だった。
「うだうだしていると、私が盗ってしまいますよ」
一条にはもう初心な少女の瞳はない。あるのは悪魔的な微笑。
一条に見つめられただけで蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。
一条のことしか考えられなくなった。
負けた……完全に負けた。ファーストキスはもっと夕日の照らす砂浜とかでするものだと思ってた納得できない、納得できるはずないのに、胸の高鳴りはやむ時を知らない。
「ほらご主人のこの惚けたあほ面を見てください。年頃の男子なんてちょっと誑かせば簡単に落ちるんですから」
「俺は……別に」
「気持ちよかったんでしょう……忘れられないんでしょう」
一条はさっきと同じように俺の頬に手を添える。
「ダメです」
俺の口元に手を当てて妖艶に呟く。
「まあ私の下僕になるというのなら許してあげますけど」
「だ、ダメだ。それは純愛じゃない!」
「そうでしょう。ならちゃんと佐崎さんと恋愛して――子作りしましょうね」
キスがあんなに気持ちよかったなら、えっちはもっと……。ダメだダメだ、性に取りつかれて恋愛をするなんてそんなの純愛じゃない。もっと青春っぽい恋愛がしたいんだ僕は。
「佐崎さん!」
「はい⁉ なんでしょうか?」
言うんだ。言うんだ俺、あの夢見た青春を手に入れるために!
「俺と海に行ってください!」