男の娘しかいない世界で俺は今日も純愛を叫ぶ 作:雨ノ日のブランコ
「海だぁー! ほら、佐崎さんも」
「え、あ、はい。う、うみだぁ!」
やっぱり海に来て最初はこれでしょ。
さて、じゃあまずは――。
「着替えるか」
「は、はい。そうですね」
とは言ったものの更衣室が見当たらない。海に来たのは初めてだが、普通あるものじゃないのか。
車の中で涼んでいる加藤を見つめると窓を開けて面倒くさそうに口を開いた。
「この砂浜は貸し切っているから好きなところで着替えるといいよ」
「お前らは海入らないのか?」
「ご主人はそんなに私たちの水着が見たいのですか? 仕方ありませんね」
「言ってねーよ」
そんなツッコミの一瞬の間に一条は着替えを終えていた。
メイドよりもマジシャンへの就職をお勧めする。
にしてもわかっていたことだが、海パンなんだな。別にビキニが見たかったとかそういうんじゃない、男なんだから海パンが当たり前なのもわかってる。だけどもいつも重めなメイド服を着ている下の部分が見えると。
「ご主人、勃起するにしても少しは隠す努力をしてください」
「え⁉ ってしてねーじゃねーか!」
「反応したということはやはり私のことをえっちな目で見ていたんですね」
「見てない、見てないはずなんだ……」
「僕、そこの岩陰で着替えてきますね」
佐崎はそう言って影の中へと消えていった。
俺も着替えるとしよう。車の中へと入り、袋の中から海パンを取り出す。
「私の前で粗末なものをぶらつかせないでもらえるかな」
「そんなこと言ってないでお前も着替えろよ」
「私はここで待っているよ。こんな暑いのに外に出たら溶けてしまうよ」
つれないやつだな。決して水着が見たいだとかそういうわけではない。
外へと出ると一条が必死に浮き輪へと口を付けて空気を入れていた。
「お前もしかして泳げないのか」
「そうですね、私は泳げないことを除けば完璧です」
「拡大解釈が過ぎるわ。てか空気入れとか持ってきてないのか?」
「忘れました……」
「完璧じゃねーじゃんか、貸せよ。こういうのはな根元を少し潰しながら入れるんだよ」
息を吹けば少しづつ浮き輪が膨らんでいく。
「ありがとうございます。ついでに日焼け止め塗ってもらってもいいですか?」
「どこがついでなんだよ! 空気入れるまで待ってくれ」
日焼け止めか、俺も塗ってもらわないと背中は自分じゃ塗れないし……塗る? 俺が一条の素肌に触れるということか。落ち着け、友達に日焼け止めを塗ってもらうことなんて普通のことだ、健全でおかしいことは何もない。
「で、日焼け止めはどこに?」
「キモッ」
「何で急に罵倒したの⁉」
「失礼、あまりにも顔がにやけていたので本音が出てしまいました」
「ななななな、にやけるわけないだろ!」
「まあいいです、早く塗ってください」
そう言って一条は俺に日焼け止めを手渡す。
前を向けばきめ細やかな素肌が飛び込んでくる。
「一条……背中にほくろがあったんだな」
「キモイキモイキモイキモイ、さすがにキモ過ぎます110当番案件です」
「俺だって緊張してるんだよ! わかれ!」
「これだから童貞は」
「童貞で悪ぅござんした!」
ったく、口数の減らないやつだ。善意で塗ってやろうってのに。
日焼け止めを一条の背中に垂らす。
「……っ」
「どうした?」
「いえ、日焼け止めが思ったより冷えていて」
「そうか」
背中に手のひらを添える。柔らかいけれども肩幅、骨格が一条が男であることを表している。少し細いが、俺とそう大差ない。
「まだ終わらないんですか?」
「あ、もう終わるよ」
手を離すと一条は脇に置いていた水を一口飲み下す。
「どうぞ」
「え……?」
「いえ、ずっとこっちを見ていたので飲みたいのかと」
「ああ、ありがとう」
ペットボトルを受け取り口を付ける。
「間接キスですね」
「ブフォッけほっ、急に何言いやがんだ」
「ディープキスしたんですから今更間接キスで驚かないでくださいよ」
「ディープき……思い出させるな!」
口を拭いていると波風と共にゴムがこすれるビーチサンダルの足音が近寄ってくる。
案の定、着替えを終えた佐崎だ。
水着を――はっ⁉
思わず息を飲んだ。そんな選択肢があったのか⁉
「どうですか……?」
恥ずかしそうに佐崎が腰をくねらせる。
フリフリの付いたまるでスカートのようなパンツ、そして平らな胸を隠すトップス。
あったのか、ビキニという選択肢が!
「超可愛い……です」
「よ、よかった……」
「本当は私も着る予定だったのですが、それでは主役を食ってしまうので自粛しました」
「はいはいそうですか」
佐崎が俺の腕を掴んで走り出す。
「早く行きましょう。僕、海に来るの初めてなんです!」
子供のようにはしゃぐ佐崎につられて俺も全速で海へと走り出す。
着くや否や海の中へと飛び込んで全身を水びだしになる。
「気持ちいい~」
「きれいですね~」
そう言いながら佐崎は手を桶にして海水を一すくいしてまじまじと見つめる。
「海水って本当にしょっぱいんでしょうか」
「そりゃ塩水だし」
「こんな透明なのに……しょっぱ!」
海水がしょっぱいなんて誰でも知ってる当たり前のこと。
試そうとするのなんて小学生ぐらいだろう……でも海に来たというだけで佐崎の好奇心はここまで駆り立てられている、海は偉大だ。
俺もいつもより少し大胆になっている気がする。
「おら! 食らえ!」
勢いよく水を佐崎にぶっかける。
そうすると佐崎もこっちにやり返してくる。
プールとかでカップルがしていたのをよく見かけた。
正直、はたから見ると羞恥心を感じるだけだったが、いざやる側になるとここまで楽しいものだったとは。
これだよこれ、俺が求めていた者は!
ギラギラと照らす太陽、青い海、そして絶世の美少女! ……びしょうじょ?
いや、今は考えるな俺、青春を楽しむんだ。
「あはは、こんなにはしゃいだの何時ぶりでしょうか」
「俺もだよ、友達とこうやって遠くに来ることも少なくなってたし……」
「あ……」
佐崎が何かに気が付いたようにはっとした表情をする。
「俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、その……友達って」
「ああ、友……達」
水も滴るいい男――この言葉は可愛いにも適応されるらしい。
拳を丸めて口元に充てて恥ずかしがる仕草を濡れた髪が、そこから滴る水滴が、いつもは見せないような色っぽさを演出している。
さっきまでの年甲斐もなくはしゃぐ佐崎の姿が頭の中で勝手に再生されて、この色っぽい表情とのギャップが何とも言えない感情を湧きたててくる。
「どはっ⁉」
頭を冷やせと言わんばかりにでかい波が俺の劣情を押し流していく。
波の勢いで水が喉に入ったのか佐崎はケホケホとえずいている。
「大丈夫……か」
はっ⁉ 偶然、神のいたずら、奇跡。その一瞬で様々な言葉が頭をよぎる。
佐崎の今の今まで日に照らされてこなかったであろう体の一部さらされている。
波は俺の劣情と共に佐崎のビキニまでも攫って行ってしまった。
ラッキースケベって本当にあるんだな。
「え、ちょ、春渡さん。鼻血が⁉」
「すまない、あまりの絶景に見とれていて」
「絶景って……あわわわわわ」
俺の視線で気づいたのか、慌てて胸を手で隠す。その仕草がすでにエロい。
眼福眼福、というわけにもいかない。
「み、見ないでください!」
「悪い悪い、今探すから」
そう言いながらも本能は避けることはできない。
横目でバレないように視線を移す。
ギラギラと照らす太陽、青い海、そして真っ白な肌に二点のピンク!
もう、ここで死んでも悔いはない。
「男のくせに何でおっぱい隠してるんですか」
浮き輪に乗った一条が波に揺られながらぼつりと一言囁いた。
確かに……俺は男のおっぱいに興奮していたのか。
事実に気が付いた佐崎も隠していたことが相当恥ずかしかったのか、顔を完全に手で隠しながら人間が到底出せるとは思えない声を出して項垂れている。
「何やってんだろ……俺」
結局、ビキニは海岸に打ち上げられていてあの一件でどっと疲れた俺たちは休憩を取ることにした。で、何やら美味しそうな匂いがするので見に行ったら。
「何で海の家やってるの? 客俺たちしかいないけど」
「何でって加藤に頼まれたからやで!」
主張の激しい金髪を揺らしながら店主は意気揚々と焼きそばを作り上げる。
「はい! 焼きそばいっちょ上がり!」
「いや、頼んでないけど」
「お代はいらんで! 加藤からすでにもらってるからな!」
「まあ、それならいただくわ」
焼きそばを受け取ると待っていたと言わんばかりに横にいた一条が一つ強奪していく。
「彼は総理の専属料理人なのでお気になさらず、リクエストすれば大体の物は作ってくれますよ」
なるほどそうだったか、確かに中々の鉄板捌きだと思っていたんだ。
プロの料理人というのなら納得だ。
とりあえず、焼きそばを食べよう。
近くの椅子に座り、容器に掛かった輪ゴムを外せば蓋が開き、ソースの香ばしい匂いが鼻を直撃する。
「やっぱ海と言えば焼きそばだよな~」
「お、あんちゃんわかってんなぁ」
特にやることがないのか店主は隣に座ったと思ったらカチッと気持ちのいい音を立てながら缶ビールを開封し一口煽る。
「かぁー! 仕事の後の一杯はたまらんなぁ!」
調理場に立っているときはおそらく台にでも乗っていたのだろう。目の前に来てわかったが、店主はめちゃくちゃ背が低い。小学校低学年だと言われても違和感がない。
「酒飲んでも大丈夫なのか?」
「そんなガキに見えるかぁ? 今年で32何やけどな」
「見えねぇー」
「ほら、例のウイルスあるやろ。あれのせいで急に背が縮んでなぁ、ホント困りもん
やで。もっとこうボンキュッボンって感じなら文句ないんやけど」
「それはもう男の娘じゃなくて性転換だろ」
「それもそうやな」
店主はまた缶ビールを勢いよく傾ける。
アニメとかだとよくロリババアが酒を飲むシーンがあるが間近で見るとギャップ萌えより心配が勝つな。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
「うちは
「天道寺さん。この焼きそばすごくおいしいです!」
「そやろそやろ、今日のために特製のソース作ってきたからなぁ。焼きそばとてうちは手を抜かんで」
俺もいただくとしよう。
こ、これは――。
「うまい!」
市販のソースではありえないこのソースの味の膨らみ、麵はチープだが逆に海の家という場所との相乗効果で普段の何倍ものポテンシャルが発揮されている。
「あっぱれだ……」
「おかわりもあるからなぁ、遠慮せずいってや」
「おかわり、大盛でお願いします」
「ぼ、僕もお願いします!」
「はいはい、ちょい待ってな」
そんなこんなで大量の焼きそばを食べた俺たちは動けなくなり、日光浴をして一日を終えた。本のひと時とはいえ、思い描いていた青春を送れたから俺は満足だ。
「そろそろシャワー浴びてお開きにするか」
「そうですね」
個室に入り、100円玉を入れようとしたその時だった。
「キャーッ!」
佐崎の悲鳴が隣から聞こえてきた。
急いで扉を開けると佐崎が自分の胸元を見て慌ただしくしている。
「どうした?」
「これ……どうしましょう」
ビキニを取って胸をさらけ出す。そこにはそれはそれは大層なビキニの日焼け跡が残っていた。胸だけならまだしも肩にもしっかりと紐の跡が残っている。
「これは隠すの大変そうだな……」
「こんなんじゃ大学に行けませんよ~」
帰りの車の中、終始落ち込む佐崎を慰めることとなった。
初めての海デートは、一人の青春と一人の悲劇によって終わりましたとさ。