剣持志郎…少々弱気で考え込んでしまう小学生。
ブルート…名前、製造目的不明のフレロボ。物静かな性格をしている。身長:210cm(角除いて180cm)、体重101Kg。
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園山留依…志郎の同級生で、何事にも負けない前向きな少女。
スナイル…明るく、気さくな性格をしたフレロボ。留衣の子守り担当兼ボディーガード。
身長:198cm(アンテナ除いて178cm)、体重85Kg。
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嵯峨山紅蓮…志郎達の同級生である乱暴者。金稼ぎの為ならなんでもする。
ディッキー…紅蓮の家で働くフレロボ。粗暴だが、紅蓮の事を心配している。身長:200cm、体重190Kg。
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ワイルダー…一明博士の下で働くフレロボタウンのリーダー。身長:174cm、体重71㎏
園山一明…フレロボ発明、開発始祖にして第一人者の好々爺。留依の祖父。
2-1
いつからだろうか。
いつまで自分が『人』でいられるのか、不安が重なる世界が始まったのは。
どの世代からだろうか。
子供達がそんな世界で振り回されるようになったのは。
ある子は未来を絶望視。
またある子は大丈夫だと周りの子を励ます優しさと健気さを持ち。
そして最後に、ある子供は己の手を汚してでも兄弟と家業を守ろうとしていた。
殆どの人が金と力だけが全てだと感じ、心が死んで優しさや思いやりさえもなくなった世界。生きる為、純粋さ、好奇心を失いつつある子供達。そんな彼らを救う為、ある人は人に寄りそうフレンドリーなロボットを開発した。彼らを指針とし、子供達から純粋さと向上心、そして未来への希望を取り戻す為に。今から始まる未来は三人の生きる子供達と、彼らを守るフレロボが紡ぐ近未来である。
「ヒューッ!!風がきもちぃぃぃぃっ!!」
日差しが強い夏の日中。日光を照り返す穏やかな海。その傍のコンクリートの海岸沿いを走る軽トラを運転するスナイルは窓から入る潮風を受けてテンションをあげていた。それは、助手席に座る瑠衣もまた同様であった。
「イエェェェェェイッ!!…で、スナイル。本当におじいちゃんの研究所に行けばブルートのデータ、なんの為に作られたかが判るの?」
「あぁ、勿論さ、なんてったってお前のおじいちゃんは俺達フレロボを開発した第一人者、つまり、全てのフレロボを知ってるって訳だからな。絶対判明するさ」
「それはいいがスナイル、あとどれくらいで着く?志郎が暑そうだ」
そんな二人に反して、後部の荷台に座るブルートは横で暑がり、麦わら帽子を深く被り直す志郎に気を使って質問した。
「あ?あぁ、悪い。もう少しで着くからな。よし、それなら近道して行こう」
スナイルはハンドルを切って滑り込む様に横道に入った。その道は両側に古ぼけた長屋があり、ちょうど日陰になる通りであった。
「よ~し、この道で五分は短縮だ。しかし志郎、本当に荷台の所で良かったのか?別にこっちに座っても全然スペース足りてるんだぞ?」
「別にいいよ、僕、ブルートと隣がいいし…」
「お、そうか~?おいブルート、この数日で気難し屋の志郎に気に入られるなんて、お前も隅に置けないな~?」
スナイルのちょっかいに、ブルートは首を傾げる。
「…そういうものなのか?」
「そういうもんさ、俺達はこんな姿してっから中々慣れてくれないって子もいるんだ。もしかしてお前、記憶を失う前は保育関係のサポート型フレロボをしてたりして、っと、赤信号だっ、と」
ブレーキペダルを踏んで軽トラを止めるスナイル。減速は緩やかでありながら、停止線にピタリと止める様子は、さながら正確無比な機械の様であった。
「あ、いけね。ここの信号は長いんだった。まぁでも、横の建物が日陰になってるからいいよな…ん?」
スナイルの耳となる集音機に気になる音が集まる。それは、人々のうめき声、それも長年苦しみ抜いて憔悴しきったような低く、小さく、細々とした物であった。
「スナイル、あれは…」
「うっ、ヤなとこ止めちまったな…」
ブルートに言われて左を向いたスナイルはハンドルをグッと強く握りしめる。その視線の先にあったのは道路に面した人体発電機。それも既にそれぞれ一機ずつに一人、合計で十数人も埋め込まれていた『満員』の状態であった。
「う、うぅ…俺が、なにしたってんだ…」
「僕の実力は自分を賄える程ではなかった…なんで、なんで、なんで!?なんでこんな能力に、家庭に産まれたの!?」
「お金が、お金さえあればなぁ…なんでもなぁ…」
「…したい…直したい…やり直したい、やり直したいぃぃぃぃ…転生したいよぉぉぉぉ…」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!僕が悪かったです!!僕が悪かったです!!僕が…」
人体発電機には柵と日よけがある。その為、埋め込まれた人々の表情はスナイル側にはよく見えなかった。しかしそれでも埋め込まれた彼らが苦しんで呻いているのは誰が聞いても明らかであった。
「スナイル…あれはなんだ?教えてくれないのか?」
「あっ、あぁそうだ!!悪い、ブルート!!」
埋め込まれた彼らを眺めていたスナイルはブルートに再度呼ばれてハッとなった。
「あれは人体発電機。あの中に人を入れてるとゲルと生体エネルギーが化合して長時間の電力が発生するんだ。なんで、人体発電機ではあそこに人を長時間埋め込んで電力を作っているんだ」
「それじゃあ、あの人達は自ら入ってるのか?」
「いや、そういう訳じゃない。基本的に罪を犯したのが入っているんだが、あの様子じゃあほぼ全員、セルトランスで変わった人ってのが理由に入ったんだろうな。なにしろ外に出したらまたいつか凶暴化して暴れられちまうかもだからな」
「かわいそうだ。なんとか、そうなった人達を皆で保護してあげられないのか?」
「ま、まぁ~、ブルートの言う通りなんだが、世間と国が自分にはそんな余裕がない、助ければ自分が損をするだけだって風潮でな。なにしろ、どっかの偉い人が『我が国には上も下も誰かを助ける余裕はない』って言ってて、その件に関してその通りだって意見が圧倒的に多かったからな」
「そうなのか…?」
「あ!!一応そんな事をトップの人が言うなって意見もあるからな!?優しい人もいるからな!?そこは間違えないでくれよ!?」
「…」
ブルートはスナイルの付け足した言葉に返事はせず、自身を中心に人体発電機と対になって座る志郎に視線を向けた。
「…ん、どうした、志郎?」
いつの間にか、彼はうずくまって身を縮こまらせて震えていた。更にその表情は暗く、今まさに絶望感に苛まれている真っ最中、といった様子であった。
「あぁ、また始まったか志郎の悪い病気が…」
「病気?志郎はどこか悪いのか?」
ブルートは志郎の背中をさすりながらスナイルに問う。
「あ~、いや、病気って言い方は悪かったな。まぁ、ちょっと深く考え過ぎる癖があるってのが正確か。志郎に限った話じゃあないんだが、他人の不幸や悲惨な現状を見て、さも自分に降りかかったように思い込んで落ち込んでしまうのさ。つまり、同情の更に深いバージョンみたいなモンだな。なぁ志郎、大丈夫だよ。お前があそこに埋められるかどうかはわからないんだから…」
「わかるよっ!!だって、僕のクラスの家族が近所の発電機にいるんだもん!!」
スナイルの励ましを掻き消す志郎の大声。ブルートのさする手がピタリと止まった。志郎は、呟く様に話を続けた。
「…知ってるよみんな。あの発電機の中にはほぼ毎日大勢の人が入ってるって事。それで、僕のクラスメイトの両親も同じ理由で何組かここに入らされて、残された子供は転校してどこかの施設に預けられるって事も」
「志郎くん…」
留依は心配そうに志郎を見る。信号は未だに青になる気配はなかった。
「僕のクラスメイトが入るって事は、いつか僕のパパやママも同じようにあそこに…そして僕は、どこか知らない場所に閉じ込められるかもしれない。そうでなくても僕は将来一生、あそこに閉じ込められるかもしれない。そう考えると僕は…僕はもう…あ、あぁぁぁぁ…」
「志郎…」
ブルートは再度手を動かして志郎の背中をさする。しかしそれでも怯える彼の震えは止まる気配はなかった。
「本で言ってたよ。自分を救えない、金も才能もなにもない者の人生は船底に穴が開いた船みたいな物だって。ずっと水が底から迫って来て、対処する能力も塞ぐ材料もない僕は沈まないように手で掻き出すんだ。沈まないように、どこかに楽園の島があるかわからない状況でね…」
「でも、底から水が来るだけならまだいいよ。もしかしたら突然、大嵐みたいなトラブルが来るかもしれない。誰かに襲われて水の掻き出しを邪魔されるかもしれない。そうすれば僕の船はドンドンと沈み、必死で色々考えて、大事な物を捨てて、諦めて、軽くなって、それでも水は増えていって、最後には沈んでいくんだ!!そうすれば僕の人生は終わり!!もうやだよ、なにかの為に産まれた訳でもない、普通かそれ以下の自分の能力しかない身に、いつ終わりが起こるかもしれないって世界は!!」
「おい志郎、落ち着けよ!!自分の言ってる事でどつぼに嵌まってるぞ!!」
「うるさいっ!!スナイルになにがわかるの!?人間じゃない癖に!!ロボットの癖に!!いいよねフレロボは!!あの発電機に埋められる事がないどころか、その電気でずっと生きていられるもんね!!税金を納めなくていいしっ!!」
「しかもその運転技術みたいにたった一時間のインストール次第でなんでも出来る!?いいよね、ボディーガードだの目的があって産まれて、それの為に、自由になんでもすぐ器用に出来て!!それでどんな場所でも食いっぱぐれがないもんね、羨ましいよ全く!!あぁ、こんな事なら、僕もロボットに産まれていれば良かった!!なんの為に産まれたのかわわからないし、やるにしてもその都度時間掛けなきゃモノに出来ない、しかも道を誤ってたら、セルトランスとなったら最終的には発電機送りになるかもしれない…こんな不便な体なんていらないよっ!!」
「志郎…」
まくし立てる志郎に、スナイルは彼の名を呼ぶ他なかった。すると、ブルートはさする手を背中から離して、志郎の頭上にその手を掲げた。
「お、おい、ブルート、お前志郎になにするつもりだ?まさか、いくら苛ついたからって、それはダメだぜ?」
スナイルは考えうる『最悪の事態』を収めようと慌てて宥める。しかし、ブルートは志郎に手を伸ばす。それに対し、運転席から離れられないスナイルは「おい、やめ…!!」としか言えなかった。
「ひっ、ご、ごめんなさ…」
志郎は迫るブルートの手に思わず身構える。だが、彼の予想に反して、ブルートの手は緩やかに近付くと、彼の両目をそっとその手で塞いだ。
「ぶ、ブルート…?」
目の前が暗くなり、戸惑う志郎。そんな彼に、ブルートは優しく話し始めた。
「…辛いなら、今はゆっくりと目を閉じるといい。外界からの情報をシャットダウンして、深呼吸すれば少しは気持ちが落ち着くだろう」
「う、うん…スゥ~…ハァ~…」
「志郎、今ので大体の事情、お前の気持ちは理解した。外の物が原因で常に焦って苦しんでいるという事も。そんな時は一旦冷静でいられるまで休むんだ。そうすればなにか生きる道が開かれる筈だ。」
「で、でもそんな事してたら、色々な物に取り残されるんじゃ…」
「そうやって慌てれば大事ななにかを見落とすかもしれないぞ。なにか楽しい事や希望となる道を考えるんだ」
「でも、その期待に応えられなかったら…」
「大丈夫だ、お前は真面目な性分だから、必ず立ち上がってくれる事を俺は信じている。だから俺はその間、お前をずっと守ってみせる。約束だ」
「ブルート…そこまで、この僕を…」
気がつけば、志郎の震えは止まっていた。
「じゃあブルート、僕が研究所に着くまでの間、ずっとこうしてくれる?耳は自分で塞ぐから…」
「わかった。まずはこの約束を果たそう」
「ありがとう…」
二人のやり取りに、スナイルはホッと胸をなで下ろす。ようやく歩行者信号の青信号が点滅に変わった。運転手の彼は二人を後ろ目にしてブレーキペダルを緩める。そして、志郎は自身の耳を両手で塞ごうとする。これで一件落着だ。誰もがそう思った。
「へっ、現実から逃げてんじゃあねぇよ…」
人体発電機から飛び出した、男の低い声を聞くまでは。
「え…?に、逃げ…?」
吐き捨てるようなその声は発電機の中年男性からであった。志郎の耳を塞ぐ手はその声によって耳を目前にして止まってしまった。それを見てか、男は話を続ける。
「そ~だよぉ。今のお前はそのロボットの甘い言葉に誘われて逃げてるだけの臆病者さ~。いいか、そうやって辛い事から逃げてる間に時間はドンドンと過ぎていくんだぜ?で、生きるのに必要な力も蓄えもなく取り残されて、気付いた時には誰にも守られる事も必要とされる事なく、結果、社会のつまはじき物になるだけだ」
「まぁ、だからって無理矢理頑張っても、俺やお前みたいな弱者はどうあがいても俺みたいに人体発電機に埋め込まれる可能性十分あるけどな、アッハッハッハッハ!!」
「…」
「なんでなにも知らないのにそんな事言えるのかって顔してるな?俺もお前と同じく他人に励まされたからさ!!しかも、ソイツみたいなフレロボに、だ!!」
「…この騒動で鬱々としていた高校生の時の俺はフレロボに励まされた。そして時間と共に立ち上がって、鬱々していた時に願っていた夢に向かってがむしゃらに頑張った。で、いい大学入って、企業入って、そこでも一生懸命頑張った!!でもな、でもな!!最終的に不景気で会社が潰れて、今までの努力は水の泡になって!!最終結果がセルトランスになってコレだ!!もう半年もいる!!出られる目処は立たない!!しかも薬剤のお陰で、痛みも苦しみも渇きも飢えもない!!この後はずっと寝て、少し起きて絶望して、そしてまた寝てを繰り返す!!最早人間かどうかもわからないぜっ!!」
「う、うぅ…」
「そして思った!!あのフレロボが言ってた『自分の人生は自分自身が主人公。だから、最後の最後まで諦めず頑張れば、物語は続く』なんて他人事の嘘っぱちでしかない、この世は金と生まれついての地位と能力が全て、それ以外の奴は端役、もしくは権力者の使い捨てだってな!!だからな、自分になにもないってわかってんなら、もうこれからの人生どうせロクでもないし、はい上がり、成り上がりなんざ無理だから、今のうちに諦めた方がいいぞっ!!上手く生まれ変われば、自分にとって都合のいい人生歩めるかもしれないからな!!ハッハッハッハ、ア~ハッハッハッハ…!!」
「うぅ、ぶ、ブルートの嘘つき…!!」
志郎に嘘つき呼ばわりされて。
「え…?」
動揺するブルート。
「チィッ!!」
信号が青になった瞬間、スナイルはアクセルペダルを強く踏み、軽トラを急発進させる。
「アハハハハハァ!!アハハハハハァ!!お前みたいなガキはいつか死ぬぞ、ボロボロの使い捨ての家電品と同じで、壊れて死ぬぞ、アハハハハハ、アハハハハハ!!」
「アハハハハ!!」
「アハハハハ!!」
走り去る軽トラに向かって笑いつづける男と、彼に連なって爆笑する人々。狂気とも呼べるその笑い声は、細い路地に響き渡った。
2-2
「…それじゃあ、俺ちょっと受付に行って博士に連絡してもらうわ、大人しくしてろよっ!!」
行き交う人、人、フレロボで賑わうエントランスホール。志郎と留依、そしてブルートは走りつつ、たまに向こう見ずに突っ込む子供を避けるスナイルを見守りながら長椅子に座っていた。
「…」
「…」
「…」
出入り口だけあって、周囲の明るく元気な子供達やその家族、一生懸命に働くフレロボとは対照的に押し黙り、微動だにしない三人。その中でブルートは傍に置いてあった三つ折りのパンフレットを手に取り、広げて読んだ。
「ふむ…ここはこうなってるのか」
四人が今いる施設の名前は『フレロボタウン』。その名の通り開発研究所、生産工場を中心に、大型の商業施設にエネルギー採掘場、更にはその間を住居や交通機関までもが併設された一つの街となる複合施設である。太平洋の海岸に沿って約10kmに渡るこの『街』で特筆される点は、労働者でもある住民の99%が数千人のフレロボで構成されている、つまり人間と同じ生活がそれのみで完結されている事であろう。そんなこの街を訪れる人々の目的は主にショッピング、子供達への教育である。フレロボはそんな人々の為に従業員や現地民、住民となって人間らしく臨機応変に対応、もてなす。彼らは日々、優れた文化的人気グッズ、省エネ家電製品などを自らのコンピュータで考えて開発し、日々人間と変わりなく作り続けている。最近注目されているのは、コンセントとプラグの間に差し込む事で消費電力が十分の一になる上、鉄屑から生産出来る究極の機器『コスパくん』を開発し、ここ三ヶ月ではグッズと同様に話題が沸騰、商売上での生命線となっており、日本のみならず、海外の人々からも生産が追いつかない状況となっている。
「なるほど…」
こうしてブルートがパンフレットの内容をかいつまんで読み続けていると、目の前の大型モニターの映像がふと気になった。映し出されていたのは宇宙遊泳の最中である日本人男性の姿であった。
『…地球の皆さん、こんにちは~。今、私は月に今日、遂に完成した月面住居から交信していま~す』
男性宇宙飛行士は微笑みながらカメラに向かって手を振る。すると、画面端から宇宙服型のフレロボがひょっこりと顔を出し、『因みに、全世界同時、生中継で~すっ!!』と、大きく手を振って自身を最大限アピールした。
『コラ、アポロ!!』
宇宙飛行士は指先でフレロボの胴体を軽く押す。無重力の空間でゆっくりとフレロボを緩やかに画面外へと追い出した。
『…え~、失礼いたしました、ハハハ…宇宙進出計画から十年、日本は遂に、フレロボという最高のパートナーと共に、月に居住区を構える事が出来ました~っ!!イエ~…』
彼は一人、パチパチと盛大に拍手を送る。
『はい、現在はですね、ここに住んでいる人間は私含め十人程、フレロボは約百名程なんですが、住居が完成した事で、食事や水は勿論、電気など我々のライフラインを自給自足で賄える事となりましたっ!!』
『というのもですね、我々が月にきたのは燃料を手にする、つまり新たなる電力の確保をする為なのです。実際、我々はここの燃料を使って電力を賄っています。もし、大量に掘り出せば、セルストッパーを増やしてもう未来に困る事はなくなるのです!!皆さん、どうか期待してお待ち下さい!!』
『…思えばここまで進出するには、多くの苦難がありました。技術上の問題による長期間の頓挫、長時間の生活に耐える為の厳しいテストに訓練、数多くの宇宙開発に関する争い…それでも、ここまで出来たのはひとえに大変な世界で共に生きる、かけがえのない皆様からのお力添えと励ましがあったからこそだと考えています。この場をお借りしてこの計画に携わった方々にお礼を申し上げます、ありがとうございました─』
「は~い、ちびっ子宇宙飛行士体験教室、説明会に参加の方はこちらになりま~すっ!!よい子の皆、よっといで~っ!!」
モニターを遮る様に、今度はクリップボードを持ってエントランスホールに立つ宇宙服型のフレロボが人差し指を手高く上げて周囲の子供に呼びかける。すると、それまで家族と一緒にいた子供達はわっ、と一斉に集まった。彼らは全員、きっちりとして身なりがよかった。
「は~い並んで、並んで~!!大丈夫、焦らなくてもちゃ~んと皆入れますよ~っ!!」
笑顔で群がり、中には飛び跳ねる子供達を前に、そのフレロボは整列を促す。その様子を眺めていたブルートの横で、留依がポツリと呟いた。
「やっぱり今、宇宙飛行への流行りはすごいよね~…」
「そうなのか、流行っていたのはテレビで見ていたが」
「う~ん、そうだよ~、将来の事考えて月への移住権買ってる人もいたり、将来の夢は宇宙飛行士!!って子供がいっぱいいるんだって」
「なるほど、だからあんなに子供達が熱狂しているのか…ん?」
視界全体にはしゃぐ子供達。その端でブルートは一人の男の子を捉えた。その志郎程の年齢であろう子供はパンパンに物が詰まった麻袋を手に、指をくわえ、宇宙飛行士を目指す子供達をじっと見つめている最中であった。
「あれブルート、どこ行くの?」
留依の言う通り、ブルートは立ち上がるとその男の子の下へと歩み寄った。
「君、どうしたんだ?あの体験教室に参加したいのか?」
真正面に立つと、彼はその身を屈めて話し掛ける。よく見ればその子の服装は、きらびやかなエントランスホールに似つかわしくない程に薄汚れ、ほつれていた。
「う、うん…そうだけど…僕には無理だよ」
男の子は俯いて言葉を濁す。ブルートは首を横に振った。
「もしかして、皆の前で恥をかくのが嫌なのか?大丈夫だ、誰だって最初は初心者。恥なんて宇宙に行った人もかいた筈だ」
「そうじゃなくて、その…」
励まされてもソワソワと俯き続ける男の子。ここでブルートはある事に気付き、彼にその疑問を投げかけた。
「そういえば君、両親は?一緒に来たんじゃないのか?」
「え、えぇっと…」
「牧夫!!なにやってんだお前はそこでぇっ!!」
突然、男の子を『牧夫』と怒鳴る成人男性はズンズンと進んで二人の下へとやって来た。それも、何個もの『コスパくん』を詰め込んだビニール袋を右手で持ち、その上、『コスパくんBOXセット』と書かれた大型のダンボールを乗せた台車も左手で引きながら。
「ごめんなさい、お父さん」
牧夫は向かって来た男性を父と呼び、謝罪した。
「その、向こうの宇宙飛行士体験教室を見てて…」
「言い訳してないで早くその袋のモン売ぅってこい!!時間ねんだよ、早くしろっ!!第一、なに見てたんだ!?」
牧夫の父は息子の視線の先を見た。その瞬間、彼は深くため息をついた。
「お前、あんな物見てたのか…いいか、あんなのは後先考えない、金の使い方、あり方の知らない奴がやる道楽だ」
「でも、僕はやってみたい…」
「あのな、お前、大人になれよ。あれは月五千もかかるんだぞ、大人でも子供でも大金だぞ?今そんな事するより、ウチは金をなんとしてでも稼がなくてはならないのを理解してるよなぁ?な?この後父ちゃん、携帯で連絡来た『グループ』に渡して、金を得るのを頑張るの知ってるよな?これ遅れたらさぎ…あいや、お仕事出来なくなるって言って金貰えねんだぞ?」
「大体なぁ、夢なんて夢のまた夢なんだよ。父ちゃんは昔、芸人を目指していた。でも、十年前のセルトランス騒動とかのせいで全部無駄に終わっちまった。やる場所がないからな。で、絶望の中気づいた。夢やそれについての努力なんて生きるのに不必要、大事なのはどんな手でも金を稼ぐ事、でなければ家賃と生活費が払えずセルストッパーの届かない所に引っ越さなくてならないってな」
「だからそんな金にならない、将来無駄になる事なんかやめちまえ、ウチはそんな状況じゃないんだ。わかったな?」
「…」
「黙ってないでなんとか言えよ、わかったのか、わからないのか?」
牧夫はブルートを横目で見る。そして相変わらず俯きながら口を開いた。
「…そんなの、わからないじゃん!!もしかしたら僕だって、将来はあの月面に…」
「いぃ~から、早く工場エリアに行って来いっ!!早く!!」
「ね、ねぇ、お金ってなんとかならないの」
「早く!!早くしろ!!俺らが追い出されてセルトランスで人体発電機に行ってもいいのか、すっげぇ貧しい所に送られたいのかぁ!?」
「…ごめんなさい」
牧夫は父に背を向け、とぼとぼと歩き、壁の案内標識に書かれた『工場エリア』へと向かった。
「歩くな、走れっ!!早くしろっ!!十五分以内に駐車場に来いよっ!!」
急かす牧夫の父。言われた息子は一瞬間を置いて、麻袋を両腕で抱え直してから一目散に走り出した。その姿に父は軽くため息をついた。
「はぁ、ったく何やってもトロいんだからな。で、お前はなに?ここのスタッフ?」
ここで牧夫の父はブルートを横目で睨んで見上げながら、不躾な質問をした。
「いや、俺はあの子が寂しそうにあの体験教室を見つめていたので、話し掛けただけだが」
「あそ。じゃ俺には関係ないのね。あ、今言ったグループは言わない方がいいぜ。夜道でなにされっかわかねぇからな」
そう言うと、彼は返答を聞き終える前に背を向け、足早に去っていった。
「…次は受け子か…スーツ着なきゃな…」
スマホ歩きをしながらブツブツと独り言を話す牧夫の父。そんな彼の背中をブルートはじっと見つめていた。
「お~い、ブル~ト~!!」
と、牧夫の父が出入り口に着くと同時に、今度はブルートの背に声が掛かった。振り向くと、スナイルが手を振って呼び、その傍らでは、志郎と留依がその場から移動しようと立ち上がっていた。
「スナイル。終わったのか?」
ブルートは駆け足で戻る。スナイルの下へと。
「あぁ、博士の用件が今さっき終わってな。やっと会えるって訳だけど…なんか子供と話してたよな?なにしてたんだよ?」
「いや、なんでもない。早くその博士に会おう」
「ハイよ。んじゃ三人とも、カモ―ンだぜっ!!」
スナイルは反り返った右手のサムズアップと、振り向いて見せるとびきりの笑顔(という雰囲気に見える)で張りきって呼びかける。
「「「…」」」
しかし、相手の反応は異様に薄く、結果、スナイルは前を向いてとぼとぼと歩くのであった。
「…スベッたわ~…」
四人は各区画の通路を通過し『工場エリア』へとたどり着いた。広さは先程までいたエントランスホールとさほど変わらない。違う点を言えば、清潔感がなく息苦しい。ザラザラとした床は汚れでぬめりけを持ち、窓のない無地の壁は空間の閉塞感を手伝っている。その上、照明の少ない天井にある大型の換気扇は閉じ込められた人間を威嚇するようにゴウンゴウンと唸りを上げ、その場にいる人々に薄気味悪さを与えるようであった。
「くさ~い…」
博士を待つブルート四人の中で、留依は鼻を摘んで呟いた。彼らの目の前にいるのは志郎達同世代の子供達のいくつもの行列。彼らは各々多種の袋、リヤカーを手にしていた。皆溢れんばかりの鉄屑や資源ゴミを入れて。
「スナイル、今度のアレは?」
「お前、なんにでも興味持つな…」
ブルートの質問を面倒がるスナイル。志郎を一瞬見た後、頭を掻くしぐさをして、ようやく説明を始めた。
「あの行列はだな、鉄屑やら廃棄品を集めて金に換えようとしている子達なんだよ。この工場区画はゴミをリサイクルする施設だからよ」
スナイルの言う通り、順番が来た子供は錆びたタッチパネルを押してダストシュートにゴミを次々と放り込む。それを全部投げ終えると横のスイッチやタッチパネルをもう一度手早く操作して手続きを済ませた。
『アリガトーゴザイマシタ。オシハライハ374エントナリマス。アリガトーゴザイマシタ』
抑揚のない合成音声と同時に、ダストシュート脇の取り出し口に硬貨が流れ落ちた。先頭の子供はそれを引っ掴むと早足でその場を去った。
『イラッシャイマセ、ゴヨウケンヲドウゾ』
そして次の子も鉄屑を大量に流し込む。先頭に立つのであれば、どの列のどの子にしても。
『アリガトーゴザイマシタ。398エンニナリマス。アリガトーゴザイマシタ』
『890エンニナリマス。アリガトー…』
『アリガトーゴザイマ…』
『アリガ…』
『エラーガハッセイシマシタ』
「ん?」
重なる音声の中に、別の物が混じった事にブルートは気付く。見ると、ゴミを入れる前、最初から手続きを間違えた子がいた。ブルートはその子に見覚えがある。牧夫であった。
「あ、あれ?あれ?なんで?」
彼は慌てて手続きをやり直す。
『エラーガハッセイシマシタ』
今度は一つずつ丁寧に押す。
『エラーガハッセイシマシタ』
並ぶ子供達の苛立ちを肌で感じたのだろう。肩で息をしつつ、祈るようにタッチパネルを連打した。
『エラーガハッセイシマシタ』
しかし、無情にもダストシュートは変わらない返答をした。すると、背後の子供達の怒りが一気に爆発した。
「おい、なにやってんだよ!!」
「早くしろっ、だづな事するなっ!!」
「ノロマ、ノロマ!!」
「不器用かっ!!どんだけ時間掛けてんだ!!」
「「早く!!早くっ!!」」
浴びせられる罵詈雑言に、牧夫はうっすらと涙目。埒が明かないと理解すると、真後ろの少年を縋るような目で見つめた。しかし相手は、嫌悪感に満ちた表情で睨んでいた。
「…なに見てんだよ。お前、何回も来てるよな?なのになんでわかんねぇんだ?そんなんじゃあこれからの将来やってけないぞ?な?一回後ろに並び直して他の子の見てみたらいいんじゃねぇか?」
「で、でも僕、時間がなくて、待ってる人が…」
「知らねぇよ馬鹿!!さっさとどけってんだよっ!!」
堪忍袋の緒が切れた少年は牧夫を横へと突き飛ばして倒す。先頭が列から離れたならばと、彼はさも当然のようにテキパキと手続きを開始した。
「へ、馬鹿が」
「あいつ、なんの為に生きてんだ?」
と、周囲からは小さい悪態が聞こえている。それでも反応はせず、起き上がった牧夫は散らばった鉄屑を拾い、鼻をすすって体をブルル、と震わせるとトボトボと最後尾へと並び直すのであった。
「かわいそう…」
一連の下りを終始目の当たりにしていた留依は小さく呟く。そんな彼女の頭をポンポンと軽く叩くのはスナイルであった。
「まぁ、しょうがねぇな。今じゃこの国は自分の事は自分で片を付けろってのが常識になってるからな。相手を助ける余裕なんてほんのささいな事でも出来なくなってるのさ。それもこれも、全部心の世紀末と呼ばれたご時世とあの人体発電機、そんで教育の賜物なのかもねぇ…」
「教育?学校でなにがあったんだ?」
問い掛けるブルート。
「あぁ、それは…」
スナイルが答えようとしたその時、彼らに「お~いスナイル~、留依~」と、しわがれた声が背後から聞こえてきた。
「あっ、博士っ!!」
スナイルが一番に反応する。振り向いた先にいたのは水色のアロハシャツが目立つ、サンダル履きの好々爺と、付き添い人ならぬ、黒い付き添いフレロボがやって来た。スナイルは、博士と呼ぶ彼に嬉しそうに話しかけた。
「博士~、お久しぶりですっ!!相変わらずお元気なようで…」
「そういうスナイルも、モーター類は快調のようじゃな…で、あの子が、例のフレロボかね…?」
「ええそうです、ブルートって志郎が名付けまして…」
「フム…見た事ないタイプだな…」
二人の話題になったブルートは博士の前に立つ。軽い会釈と共に。
「初めまして、ブルートです。あなたが…?」
「うん、いかにも私がフレロボ発明、開発始祖にして第一人者、そしてこのフレロボタウンの最高責任者ア~ンド人類住民第一号、スナイルも産んだ、園山一明(かずあき)であ~っる!!以後、お見知り置きを…」
「…はぁ、よろしくお願いします…」
やけにテンションの高い一明とブルートはぎゅっと固い握手を交わす。すると、彼らの間を割って入るように、志郎が暗い顔のままでブルートの背中からひょっこりと顔を覗かせた。
「博士~…」
「おお、志郎くんか、元気してるかね?」
「僕の体を改造して、ロボットにして貰えませんか?そうすればパパもママも食いぶちが減ったって喜んでくれるかも…」
「ん?」
スナイルが慌てて志郎の話を軽く補足する。
「あ、あぁっ、博士っ!!志郎はその、ここ来る途中で人体発電機を見て、中の人と会話したんですっ!!それで…」
それだけで、一明はそれがなにを意味したか熟知していた。
「そうか、大体わかった。よし、志郎くんは私が相談に乗ろう。留依、お前も来てくれ。ワイルダー、ブルートの事を頼めるか?」
「了解しました。お任せ下さい」
一明の付き添いフレロボであるワイルダーは小さく、静かに了承する。彼のボディは二体のフレロボと違って繊細な人型のフォルムと、顔には大きな赤く鋭いツイン・アイ(人間における両目を司る部分)と威圧感ある黄色いW字アンテナを有していた。
「よろしく、ブルート。スナイル、一緒に来てくれるか?手伝ってくれ」
「あいよっ!!」
「よし、じゃあ三階の第三研究室へ来てくれ。案内する」
フレロボ三体は研究室へとやって来た。早速ブルートは検査として肩パーツ隙間や腰にケーブルを接続され、調べられたデータや材質が近くのパソコンに送られた。続々と集まった情報から、スナイルとワイルダーはお互いうんうんと唸りながら、深く深く検証しあった。
「…この装甲材質はアグネリウムとソルマッチを混ぜた合金だ。なんでこんな硬質で高価な物を使っているんだ…」
「そうか、だからディッキーの攻撃に耐え続けたんだな。じゃ、次はアイツの駆動系とコンピューターの反応速度だな」
「うん、データを見たが、ここまで高性能なボディを持つフレロボはいない。それと、そのスペックに見合った事象へのコンピューターの対応速度の速さ。コンマ一秒で二千パターンを考え、そこから最適な一つを選出して行動する…こんな超速度、軍事、警察の配備フレロボでもいない。なにしろ、最高でコンマ三秒で三十パターンが限界なんだから。スナイル、彼は何者なんだ?」
「う~ん恐らくヒントは、唯一持ってた剣だな」
「あぁ、お前が助けられた時の剣か?確か、自分で飛べて、風も出せる剣って…そんなの、どこの開発会社に調べても全く出て来なかったぞ」
「う~ん、でもよ、ヨーロッパのどこかの軍事会社でそんなのなかったけ?ホラ、R&X社の…」
「いやあれは、剣ではなく、浮力のある箒じゃなかったか?」
「あ、そうだったか…でもさ…」
話し合う中、ケーブルが外されたブルートは窓際に立って外の景色である、フレロボタウンを眺めていた。三階から見えるそれは人間の街同様、フレロボ達がビルや住宅地、商店街の間を世話しなく行き交っていた。違う点といえば、日光が差し込む天井の窓ガラス以外は四方が高い鋼鉄の壁が囲む位か。
「楽しそうだな…」
ブルートは率直な感想を述べる。すると、テーブルに載せた左手がリモコンの電源ボタンに触れた。同時にテレビの画面が映り出した。どうやら番組は昼下がりのワイドショーを流しているようであった。男性の司会者はのべつ話し続ける。
『…いやぁ~、それにしても、VTRを見ると、近頃の子供は、まさか、こうもなにもしない、したがらない、さらに言えば、多くに興味をもたがらずに狭い世界で生きようと、常に無気力な状態が続いているそうですが、これに関して、関口先生どう思われますか?』
『あぁ~、そうですね…』
席に座る初老の男性が話し始める。紹介のテロップを見る限り、『未来大学名誉教授』という高尚な専門家のようだ。
『今の時代はですね、なんでもかんでもクリックやタップ一つですぐに、なんでも出来るようになってですね、努力を積み重ねてなにかを勝ち取るとか、達成感よりも楽を得る子が増えてしまったのが起因だと思われますね。確かに、便利なのはいいことです。しかしですね、これが子供の教育に大きく阻害、その子達に眠る才能を縮めているのはここ数年のデータ…アンケート類で明らかになっています。まさに、あ~、テクノロジーの発展による弊害と言えるでしょう。私としては、今の子供達にはもっと努力をして貰ってですね…』
「…なにを言う。子供を狭い世界に閉じ込めた原因の大人達が、なにを言うっ!!」
突然聞こえてきたワイルダーの怒鳴り声。ブルートが振り向くと、彼は小走りでテレビに向かい、乱暴に電源ボタンを押した。
「…ワイルダー、志郎が今ああして常に後ろ向きなのは、人体発電機や周りの環境が原因なのか?」
一瞬の静寂の後、ワイルダーは『真相』を話した。
「…そうだ、あの専門家は的外れな事を言っている。本当は子供達を脅し立てる教育が正当化されているのが原因だよ」
彼は落ち着きを取り戻したようで、静かに答える。もっとも、言葉の末尾に怒りが篭っているようであるが。
「既に知ってると思うが、今は人体発電機が必要な程に電力が不足している。節電しなきゃギリギリだし、電気がなければライフラインだけでなくセルストッパーも止まってしまうのが現状だ。それは社会経済にだって悪影響となる。そこでこの国のトップ…政府と国際的大企業は結託して、国民の効率、選別化を計った。無駄な消費、努力を抑える為にね」
「そこで目をつけたのが学校。子供達に余計な事をさせまいと、大人達は生徒達に、『申し訳ないが今の時代、あなた達の望む道は殆どありません』と謝りながらも、授業の一貫で辛い現実を調べさせるんだ…倒産、失業、生活難、そして…なぜ、あの人は人体発電機に埋め込まれた人かを…そうする事で、子供達は将来を見て授業に身が入るし、余計な夢も追いかけなくなるようになるんだ」
「洗脳みたいだな。しかしそんな事しても、子供達はそう簡単に信じるだろうか…?」
「信じるさ。なにしろクラスにはご家族が埋め込まれた子がいるんだから。そういえば、ここに来る時に鉄屑を換金している子達がいただろう?あれこそ教育の賜物で、生活苦からなんとか抜けだそうとしてるんだ」
ブルートは思った。苛立つあの子達は自身の環境の改善の為にああも躍起になっていたのだと。
「で、そういった子には一応救いの手らしいのはある。それは、人財管理局という機関が設けた、子供達の夢を支える校外特別カリキュラムさ」
話しながら近くの椅子に、乱暴に座るワイルダー。
「これはそんな時代でも子供達の夢を叶えようと、一年間大人の外部講師がレッスンしてくれるのさ。スポーツに科学者、アイドルやプロゲーマーまでね」
「…」
「…その眼、嫌な予感がするって感じだな。その通り!!その一年間でロクに身につかなかった場合、貴重な電力を無駄にした『才能無し』の烙印を押されるのさっ!!」
ワイルダーに代わって、スナイルが話を始めた。
「ワイルダーの言ってる事は本当だぜ…志郎もそのカリキュラムを受けていたからな…」
「え、志郎が…!?」
「志郎の将来の夢は画家だった。そこで両親はこのカリキュラムで将来への内定や契約先が決まらなかったらすっぱり諦めさせると言った。しかし一年間、みっちりと練習したにも関わらず、志郎はセンス面、画力など、あらゆる点が周りの子と劣っていた」
「当然、この国を牛耳る企業からのスポンサーを得られるどころか、展覧会出場は門前払い。そして、志郎はみんなが使う電気を浪費した、自身の能力に見合わない物を選んだという点から学校にある人体発電機を前に反省文を書かされたんだぜ。それも、管理局に将来の就職先を半強制的に勧められる形でな」
「…それが終わって、志郎は俺に言ってたよ。『僕には、自由に生きていい権利はないんだね。どうしようもないけど』ってな。あの時のアイツの目は見られなかったなぁ…」
「酷いな…俺のコンピューターがそう判断している。なぜそんな事…夢を持った事を罰するような事をしたんだ?まさかそれが、経済に効率的な効果を与えるのか?」
「まぁな、弱い奴が余計な事しなきゃ電力は確保出来るからな」
スナイルは呆れたようにため息を出した。すると、その隙を縫ってワイルダーが口を挟んだ。
「それだけじゃない、要はトップの人達はこれで弱者である国民の中から取捨選択するんだ…使えるのは手厚く首輪をつけ、使えないのは最低限の知識だけ与えてやりたがらない事を押し付けるか、電力パーツにするかといった感じでね」
「人が人に価値を決めつけているという事か…」
「…そうだ。そんな考えと発電機のお陰で子供達は工場エリアや志郎のように夢も希望もなく悲観的、八つ当たりの果ての弱いものいじめが横行してしまったんだ…ハハッ、これじゃあ、あの時、みんなはなんの為に頑張ってたと言うんだ?」
「あの時…?」
「ブルート、ワイルダーはな、セルトランスが発生した時に作られた第一世代のロボットなんだ。だから、コイツはそれとの戦いの世の中を経験してるんだ」
スナイルの話を聞いたブルート。返す言葉が見つからなかった。
「平和の為、あの時みんなは頑張った…でも、その結果これなのか!?金も立場も能力も、なにもない子供はそうして産まれた事が罪なのか!?大人の都合に振り回され、従わせる事が正しいのか!?この時代、人々は『仕方がない』と諦めているが、俺はそんなの間違っていると思う…あってはならない筈だ!!」
「ワイルダー…」
ブルートはその場に立ち尽くす。ワイルダーの叫びを集音に入れながら。
2-3
夜になった。志郎と留依はスナイルに送られ、フレロボタウンにはブルートだけが残った。
「これが、フレロボだけの街…」
彼は上階の廊下から、窓越しにフレロボタウンを見下ろす。日中程ではないが、街は、僅かだが灯りによって綺麗に輝いていた。
「…気になるかい?」
不意に背後から声がした。振り向くと、ワイルダーが下を指差しながら立っていた。
「いいのか?街は許可がないと行けないと聞いたが」
「構わないさ。俺がこの街のリーダーだから、許可する。さ、来てくれ」
手招きで誘うワイルダー。ブルートは彼の後を追って街へと降りた。
「ようこそ、我がフレロボタウンへ」
ワイルダーが街へと続く扉を開いた瞬間、背中に大型の白い羽根を取り付けて滑空する鳥と人を組み合わせたフレロボが、超高速で彼の鼻先寸前ギリギリで通り掛かった。
「うぉっとっ!!コラ、ウィンガー!!低空飛行で飛ぶのは禁止だと言っただろう!!」
「へへ、悪いなワイルダー!!こうした方がよく飛べて荷物を運びやすいんだ!!あばよっ!!」
ウィンガーは手に持った荷物を振りながらその場を飛び去っていく。
「やれやれ…ウィンガーの奴、また勝手な事を…」
そんな自由気ままなフレロボをワイルダーはため息をつきながら見送る。同時に、ハッと背後にいるブルートの案内を思い出すのであった。
「あっと、すまないブルート。驚かせてしまって…まぁ気にしないでくれ。フレロボはああいうのばかりじゃないから」
「わかっている」
二人は街を無言で歩き続ける。見渡すブルートの思った通り、街は夜の闇に包まれつつも灯りもあってどこか活気に溢れていた。まるで、お祭りのようだ。
「えっほ、えっほ!!はいちょっとごめんなすって!!ごめんなすって!!」
前を向いて、堂々と物資を運ぶ十数体の巨体の重労働型フレロボ。
「半端に作っても、グッドな食べ物。ハンバー、グー。な~んちゃって!!」
「あはははは!!なにそれ、つまんな~!!」
「なんつーギャグ。でも俺は結構好き。あっ、ワイルダーだ。お~い!!ワイルダー!!」
ケーブルに繋がれて充電される中で、楽しそうに会話する同型機のフレロボ三体。
小さな公園で、バイオリンや歌でクラシック音楽を鳴らす一体のフレロボと、それを拝聴する小さなフレロボ達。
「おぉぉぉぉぉっ、いいぞぉっ!!」
「腕をアップグレードさせたなっ!!素晴らしい、エクセレント!!」
表情はないが歓声からその音が彼らにとって喜ばしい物であるのは確かであった。
「皆、明るいな。楽しそうだ。こういった文化や雰囲気は、ここのフレロボによるのか?」
「う~ん、基本的に人格は博士やスタッフがプログラミングしているそうだ。なんでも、人間が一番楽しかった時期、人格、思考を参考にしてるそうだ」
「そうか。ところで、あぁいった歌はフレロボにとって必要なのか?外では規制どうこうで文化が失われているっていうのに」
「勿論。こういった文化こそが人の善良な人格や優しさ、活力を与えて新たな発明、労働の効率性を産み出すと、結論が出ているからね。だから、過去の一流文化人のデータを元に、効率よく作曲等のセンスをアップグレードさせている」
「…だから皆、人々と違って明るいんだな。向こうじゃ一部以外の楽しい事がなくなって、物の取り合いや罵詈雑言が飛び交っていた…夜も、真っ暗闇ばかりで困る位にな」
「…そうか、そうだなぁ…」
少ししてブルートはベンチに座り、音楽が鳴り続ける小さな公園で右隣のワイルダーと共に暖かな光景を目に焼き付けていた。その傍らでは大型のフレロボ数体を前にして、二周りも小さいフレロボが提案をしていた。
「ねぇ、今後の燃料、電力を効率よく採掘する為にも、採掘者の皆のデータが欲しいんだ。コンピューター内のデータをくれないかな?」
「おぅ、いいぜ。ホラよ」
大型フレロボは一斉に体内のケーブルを小型フレロボに突き刺す。恐らくデータが入力されているのだろう。読み込む音が十数秒鳴った後、小型フレロボは会話を続けた。
「よし、ありがとう!!それじゃあ必ず役立ててみせるよっ!!」
「あぁ、期待してるぜっ!!」
二組のフレロボは嬉しそうに別れる。ブルートは少しの沈黙の後、口を開いた。
「なぁワイルダー、こうも協力し合えば人々も…」
「そうだね、なにしろ人間は皆それぞれ生きるにあたって価値観や立場、そして目的が違うからね。それぞれの生活もあって争いも起こる。でも、ここじゃ皆それら全てが一緒なんだ」
「一緒?」
「そう、彼らはこの中でずっと一緒に暮らし、『全ては人間の為に頑張るのが一番幸せ』とプログラミングされている。だから、争いや格差が産まれぬようここじゃ金銭が存在しないよう設定されてるし、各々の奪い合いや小競り合いもないのさ」
「自分第一では、ない…」
「その通り。機械らしくない言い方だが、その想いこそが一丸となって大きな力となる。それに合わせて、損得とか考えないし、皆生きる目的があって産まれるから、なんの為に生きるか、将来への不安感もないんだ」
「そうか、羨ましいな…俺は記憶がないから、志郎と同じで、なんの為に生きているか、正直わからないからな」
「…それは─」
「いやそんな事はない。産まれた以上、志郎くんだけでなくブルート、君も目的があるはずだ」
前方からの声。ワイルダーが見上げると、缶コーヒーを持った一明が立っていた。
「博士、コーヒーでしたら自分が入れますのに…」
「いやいいんだ。私はこのコーヒーが好きなんだ。それより、ちょっと座らせてくれ。どっこいしょっと」
一明は少々強引気味に二人の間に割ってベンチに座る。すぐさまブルートが彼に話しかけた。
「博士、志郎を元気にして頂いてありがとうございます。助かりました」
「なぁ~に。人間、心の中の物をぶちまけて、いい事聞かされたら楽になるもんだ。といっても、一時の気休めにしかならんがね…」
「やはり、大本の問題である将来への絶望視をなんとかしなければならない…ですか?」
「うむ、その通りだ、さてどうしたものか…」
問題提起された一明は腕を組んで深くため息をついた。すると、ブルートは長考する彼に顔を寄せて疑問を投げかけた。
「博士、志郎が将来に絶望してるのは授業でセルトランスと人体発電機について調べさせられ、目の当たりにしたからだと聞きました。まずはそんな辛い現実をたたき付けず、セルトランス問題を速やかに解決すべきだと俺は思います。確か、宇宙にエネルギー採掘をしているそうですが、あれで問題を解決するんですか?」
「まぁ待ちなさい、そんなにいっぺんに言われても困るよ。まずは辛い授業か…君の気持ちはわかるが、いつか大人になる以上、あぁも現実を叩き付けるのは仕方がない、と私は思うんだ。今よりもっと、未来は暗いと専門家が言ってるからね」
「それに、エネルギーの方だが行き渡るのは相当時間がかかるだろうな…考えても見なさい、積載量に限りあるロケットで運んだちょっとのそれを、どうやって国民全員に行き渡らせる?」
「そんな…」
表情はわからずともブルートは絶望している。一明は、少々慌てて話を付け足した。
「あぁ、だからといって我々大人はなにもしてない訳ではない。ホラ、街の奥を見なさい」
彼が指差した先、見下ろす街の最奥地には穴がぽっかりと空いていた。直径100mは優に超え、底が見えない程に深い巨大な穴が。
「このフレロボタウンでは家電だのグッズだの販売は二の次で、本命は、日夜あの穴の地下から電力に使う燃料を掘り出す事なんだ、微力ながらもね」
よく見れば何体かの大型のフレロボ達が頻繁に出入りを続けている。その手にはコンテナが何重にも重なっている。どうやらあの中身こそが『燃料』なのだろう。ブルートは僅かに頭を下げ、安心したように一明に話しかけた。
「そうでしたか、それを聞いて少し安心しました。でも、それの採掘、フレロボを作るにも燃料や資材が必要だと思うんですが、この国は許してくれるんですか」
「あぁ、住人フレロボのパーツは外の子供達が回収してくれたのをつぎはぎして使っている。それと、フレロボの燃料は地下からの資源の一部から賄っているし、日々限られた資源利用の効率化を計って価値ある存在として、国にも認められているんだよ」
「なるほど…ん?なんだ?」
ブルートに集音装置に、音が響く。傾けると、遠くからの怒鳴り声なのがわかる。それも、同じ声が頻繁に聞こえる辺り、一方が一方的に圧をかけているようだ。
「なんでしょうか博士、ここでは喧嘩も起こるんですか?」
「いや、そんな事は…行ってみよう」
三人(内二人はフレロボだが)は現場へと向かう。そこは既に人だかりならぬフレロボだかりが出来ていた。
「ちょっとどいてくれ、どいてくれ…」
ワイルダーは三人の先頭に立って群集を掻き分ける。
「ん、あいつか怒鳴っていたのは…誰だ?この街の者ではない」
抜けるなり、原因であろう巨体のフレロボの存在に首をかしげるワイルダー。
「アイツ…ディッキーか」
対し、ブルートは説明するように争いの火種の名を叫んだ。
「オラぁっ!!ここの連中の誰でもいい、俺と勝負しろっ!!そして俺が勝ったら、ここのパーツや金を寄越せっ!!」
怒声が単なる脅しでない事を示す様に、ディッキーはハンマーを縦横無尽に振り回す。しかしそれでも群集はお互い顔を見合わせるだけで不思議そうにしており、誰も動こうとはしなかった。フレロボタウン住民のプログラミングには恐怖心がオミットされているのだ。
「…チッ、思った通りだ。ここの住人は、争う事と、外の現実を知らねぇ。張り合いがねぇな」
いらつくディッキー。そんな彼の前に、ワイルダーが群集より前に一歩踏み出した。
「ディッキーと言ったな。どこから来たか知らないがこんな馬鹿な事は止めるんだ。ここで暴れてもなにも報酬は得られないぞ」
「あぁ?そうか、てめぇがこの街のトップでここと外を唯一行き来してる奴か…へっ、こんな所地下からならいくらでも行けらぁっ、てめぇらが卑下する町人なめんなよ?」
「見下した憶えはない。もう一度忠告する。ここでの決闘行為は即刻中止せよ。さもなくば、警察に…」
「うるせぇっ!!お高く止まりやがって!!俺だって好きでやっている訳じゃない、だがなぁ、こうでもしなきゃ、ウチの紅蓮がなぁ、泣いてるんだよっ!!」
「紅蓮…」
ブルートは思い出す。初めて起動した時、自分の体を奪わんと叫ぶ少年の事を。
「…アイツの、いや、俺の今いる嵯峨山家の経営はな、火の車状態なんだ。だから、十歳の身で遊ぶ事を止め、金を稼ぐ事に必死になってんだ。汗水垂らして外の廃品回収する中、国に選ばれて活躍する人や、富豪の親元でなに不自由なく遊ぶガキとかを見せられつつな」
「そんな今日、アイツは部屋で一人、うずくまって泣いていた。あれはただ喧嘩したとかそんなんじゃねぇ、長期間の苦しみと、将来への絶望が積もりに積もって吹き出た涙だった。俺にはわかるっ!!」
群集を何度も指差すディッキー。
「いっとくが、これはウチだけじゃねぇぞ。他の家庭もそうだっ!!なのに、そうとも知らず、教えられずに、燃料と有能な製品作ってるからっててめぇら国に保護されてちやほやされやがって!!だから俺は立ち上がった!!日本の法律が使われていないこの街で、決闘を挑んで物に溢れたここの物を手にする為にっ!!」
「さぁワイルダー!!俺と戦えっ!!そして俺が勝ったら高価な物を頂くぜっ!!」
彼のターゲット先はワイルダー。一方でフレロボ達はあいもかわらず、顔を見合わせ続けるだけであった。
「そ、そうなのか?皆すべからくそうなのか?」
「信じられな~い…」
怒る自分を前にどこかのんびりとしたフレロボ達。ディッキーは苛立つ。
「ぐぅ、てめぇら…」
すると、ワイルダーが彼に話しかけた。
「わかった、確かにここは日本の法律が適用されない街だ。だから特例として俺との決闘を認めよう。それで君が勝ったら好きな物を差し上げよう。もし負けたら…修理もされずにほうほうの体で帰って貰う。それでいいな?」
「…へっ、話がわかるじゃねぇか。なら早速勝負だっ!!」
「いいだろう。さ、博士、ブルート、皆、危ないから少し下がって…」
「隙ありぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
後ろを振り向いたワイルダーに、ディッキーが投げた鎖つきの鉄球が飛びかかる。その場に一瞬、火花が散った。
「あ、あぁ…!?」
そして群集が気がついた頃には、ワイルダーは細身の両腕でディッキーの剛腕の右腕を取り、膝で背中を押さえ付けて地面に組み伏せていた。地面に転がる鉄球には拳の跡がくっきりとめり込んでいた。
「…す、すげぇぇぇっ!!一体どうやったかわからないケド、ワイルダーの技前が光ったに違いないっ!!」
「いいぞ、ワイルダー!!」
「カッコイイ~!!」
群集は一斉に騒ぎ出す。そんな中でブルートは一瞬の出来事を理解していた。
(凄い早業だ…飛んできたハンマーを熱を帯させたパンチ一発で払いのけ、連なってディッキーがバランスを崩して前のめりになった瞬間、同時に背後に回って関節技を決めた…)
「…続けるか?」
「ぐ、ぐぅ…ちきしょう~!!」
ワイルダーの警告はディッキーをあっさりと負けを認めさせた。すると、技を解き、彼に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「これに懲りたら、もうこんな真似はよすんだな、暴力で特例など、認めない」
「うぅ、だったらどうすりゃいんだよ!?紅蓮達一般の子は国から捨てられ、最悪発電パーツになればいいって思われてんだぜ!?だから紅蓮は、自分や家族もそうなるのかもって、泣いて…それで…」
「…心配するな。それを共に解決するのが我々フレロボだ。今、俺と園山博士を中心に科学者の解決チームを考えているから、安心するといい。それでも不安かな?ならば、君に外での仕事を契約しよう。嵯峨山家の生活の足しになると思うが」
「う、うぅ~…救いの手がここに…ワイルダ~っ!!」
「ははは、コラ、きついぞ…よしよし」
抱き合う二体。ディッキーが人ならば大粒の涙を流していただろう。そんな中、周囲は暖かい目で見守る。拍手さえ起こった。すると、採掘の穴に一本の腕が掛かる。機械仕掛けで水色の機関銃が付いた、白い腕が。
「さてディッキー、ではなにが問題が冷静に判断を…んっ!?」
ワイルダーが言いかけたその時、腕を支点にして、穴から一体のロボットが飛び出し、群集の前に立った。
「な、なんだコイツは!?」
動揺するディッキー。
「まさか、コイツは…!?」
彼を突き放して、ワイルダーは冷静にそのロボットを見定める。右腕に機関銃、左腕に水色の装着型チェーンソー。土で汚れてはいるが、顔は二対の鋭利な角。ボディは強固な漆黒の姿をしていた。ワイルダーは鋭い目つきで周囲を見渡すこのロボットに見覚えがあった。
「これは、人型兵器『ブラッシュ』!!セルトランスの時にいた一騎当千の強力兵器だ…!!まさか、地下に深く眠っていたのが、目覚めたのか…しかも、バグったままで!!」
「ま、まさか俺が下手に掘り起こしたのが原因か…!?」
ディッキーが疑問を呟いたその時、ブラッシュは機関銃を前に突き出して、銃身の回転を始めた。
「危ないっ!!」
ブルートは群集の前に出る。機関銃から無数の銃弾が放たれる。それらは全てブルートに命中した。
「な、なんだぁっ!?」
「う、う、撃ってきたぞっ!?」
「お、おいアンタ大丈夫か!?」
群集は驚愕しつつも、銃弾を弾いたブルートを心配した。すかさずワイルダーが指示を出す。
「全員離れてろっ!!こいつは強力だっ!!」
「そ、そうなのか…よし下がってよう!!」
フレロボの群集はさっさと逃げる。彼らを掻き分けて、ディッキーはブラッシュに向かって駆け出していた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!折角のお助けの道を邪魔されてたまるかぁっ!!」
ディッキーは鉄球を振り回して投げ飛ばす。狙うのはブラッシュの胸部であった。
「フゥー…」
ブラッシュは一呼吸置くと同時に、迫る鉄球を左腕のチェーンソーで突き刺す。急に止まった鉄球は煙を噴き、パックリと真っ二つに割れた。
「げ、お、俺のダストクラッシャーが…!!」
「…ピピピッ」
ブラッシュは機関銃の狙いをディッキーに向ける。ワイルダーは相手の動向に真っ先に気がついた。
「くっ、させるかっ!!」
ワイルダーは近くにあった『非常用』のガラスケースを叩き割り、中にあった大型ライフル銃を取り出すと、引き金を引いた。連射されたレーザータイプの銃弾はブラッシュの右腕に命中した。
「…!!」
ブラッシュはワイルダーの方を向いた。瞬間、熱を帯びて赤くなったワイルダーの拳が彼の左のこめかみを殴りつけた。高熱を高速で叩き、相手を熔かして身動きを取れないようにする。これこそがワイルダーの持つ対非常用武器『ヒートナックル』である。
「…フゥゥゥ!!」
ブラッシュは大きくのけぞったが、足で踏ん張って倒れるには至らなかった。
「はあっ!!」
連続して、ワイルダーはジャブ、ストレートパンチ、回し蹴りを放つ。ブラッシュも反撃にとチェーンソーを振り回すが、ワイルダーは全て全身を駆使して回避する。が、その時、彼の脚部から突如として火花が上がった。ディッキーとの戦闘で必要以上に負荷がかかってしまった弊害である。
「ぐ、しまっ…!!」
膝を曲げた一瞬の隙は、ブラッシュの攻撃の餌食となった。チェーンソーがワイルダーの胸部装甲へと突き刺さったのだ。
「ぐぁっ!!」
「やろぉぉぉぉっ!!ワイルダーから離れろっ!!」
見かねたディッキーの体当たり。しかし、ブラッシュの機関銃の掃射が彼の脚を潰した。
「うわぁぁぁっ!!」
ディッキーはその場でバタリと倒れる。これで、その場で戦える者は、ブルートただ一人となった。
「ブルート!!逃げろ!!もし今の君が破壊されたら、もう…!!」
チェーンソーが胸に突き刺さる中、ワイルダーはブルートは見る。彼は、一明の近くにガードをする様に立っている最中であった。
「いや、俺は行くっ!!待っていろ、ワイルダー!!」
ブルートがこちらに来ることを察知したブラッシュ。突き刺していたワイルダーを引き抜いて投げ、迫る相手に狙いを定める。
「来い、ナイトソード!!」
ブルートは自身がそう名付けた相棒の剣を呼んだ。
「…あれ?」
しかし、待てども待てども来る気配がなかった。
「わ、ワイルダー!!まさか、ナイトソードにロックを…!!」
「そ、そんな筈はない…!!」
「く、仕方ない、やぁっ!!」
ブルートはブラッシュ目掛けて突っ込む。機関銃の銃弾が迫るが、左腕で防御し、右腕で殴りつけようとした。が、いとも簡単に避けられ、反対にチェーンソーで斬り払われる始末であった。それからは、頑強な装甲をじわじわと白い傷を付けられるだけの、防戦一方であった。
「な、なんでだよ…!?俺が知ってるブルートはあんなのじゃあねぇぞ!?どうしたんだブルート!?俺を倒した時の迫力、見せてくれよっ!!じゃなきゃ俺、カッコ悪いじゃんか!!」
攻める事が出来ないブルートを前に、ディッキーは叫ぶ。そうしても戦況は変わらないと知りつつも。
「もしもし、スナイルか…?そうだ、今見せた映像が現状だ」
その一方、一明はその場から離れ、スマホで連絡をしていた。
「…頼む、なんとかして志郎くんを連れて来てくれ。恐らくだが彼が勝利の鍵…ブルートの封印の一部が解かれる筈なんだ、急げっ!!」
2-4
「お~い、志郎いるか~っ!!ブルートが大変なんだって~っ!!」
電灯もない暗闇の中で、軽トラから降りながらスナイルは志郎の自宅の前で必死で叫んだ。少しの間を置いて、何事かと大五郎が乱暴に扉を開けた。
「スナイル!!こんな時間になんの騒ぎだっ!?ご近所の目があるだろう、夜に出歩くなんて!!」
彼の背後から、志郎と妻の真由美も顔を覗かせた。目的の相手を見つけるなり、スナイルは大五郎の肩越しから志郎を見つめた。
「あっ、志郎!!今よ、フレロボタウンが変なロボットに襲われて、ブルートが戦っているんだが、博士によると、今のアイツは先日の調子じゃないからボコボコにされているんだ。だから、俺と一緒に来てくれっ!!頼むっ!!」
「え、えぇ…?」
スナイルの突然の申し出に困惑する志郎。すると、助手席から留依が飛び出した。
「志郎くん、詳細は省くけど、おじいちゃんから送られたデータを見たら、ブルートは登録した人の音声認証でその真価を発揮するの!!だから早く行こう!!ブルートがピンチなんだよっ!!」
留依は志郎の手を引っ張り、車に乗せようとする。が、志郎はその手を振り払ってその場に立ち尽くした。
「い、嫌だよっ!!行きたくないっ!!」
その悲鳴は、真っ暗な住宅街に響いた。留依が不安がる程に。
「し、志郎くん…?どうして?」
「さっきニュースで見たんだ。『不幸な人を助け続けたら、騙されて自分の財もなくなって、人体発電機行きになった』っていうのを。もう嫌だよ、誰だろうと他人の不幸まで背負うのはっ!!」
「それに、ブルート達はいいじゃないか、バックアップデータがあるから、壊れても治せるんだからっ!!でも僕は違う。巻き込まれて怪我したら治らないかもしれない、もし将来それが原因で働けずに人体発電機に入れられるかもしれない!!だから…!!」
志郎は、大きく口を開けて叫び続ける。
その時であった。
「志郎くんの…馬鹿ぁぁっ!!」
留依の、志郎の左頬目掛けた右フックが炸裂したのは。
「え、え…?」
突然の頬の痛み。志郎は呆然。そんな彼の肩を両手で揺すって留依は語りかけた。
「まず言うとね!!ブルートはスペックが高過ぎて、バックアップ保存なんて出来ないの!!だから、あの子の命は一つきり!!私達と同じなのっ!!」
「え、ブルートのデータが…!?」
「そうだよ!!それでもブルートは皆を助けようと頑張ってるの!!それに比べて志郎くんはなに!?この世から消えたいって言っておきながら、いざとなったら自分の身を案じて!!そんな弱い気持ちじゃあねぇ、将来夢だって、生きる事だって、出来やしないんだからぁっ!!」
「留依ちゃん…」
二人の間を取り持つように、大五郎が割って入った。
「志郎、行ってきなさい。まだ数日しかいないとはいえ、ブルートはウチの家族だ。あの子には将来色々と頑張って貰うんだから、必ず助けてあげようじゃないか」
「ぱ、パパ…よしっ!!」
志郎は前髪をかき分けた。今まで隠れていたその瞳は、強く、固い意志を宿していた。
「スナイル、早く行こう!!」
「よっしゃ任せとけっ!!」
二人と一体は軽トラに乗り込み、現場へと急ぐ。窮地の仲間を救う為に。
その一方、フレロボタウンは引き続き、暴君ブラッシュによる破壊活動が続いていた。
「ちくしょう…!!ブルートを離しやがれ…!!」
ディッキーは、目の前で首を掴まれ、身動き一つ出来ないブルートに苦し紛れの台詞しか吐けずにいた。そしてブラッシュはその言葉に応えるように、チェーンソーをブルートの頭部、フレロボのアイデンティティであるコンピューターへと向ける。
(く…ここで壊れれば俺は、もう…すまない、志郎)
ブルートは目の前でギュンギュンと回るチェーンソーを前にして、遂に最期だとかけがえのない者の名を呼んだ。会いたいとも願った。
「…ブルート!!」
そして、その想いは現実となった。
「その声、志郎か…!?」
「う、うんっ!!僕だよっ!!ブルート、僕は君に謝りたいんだ!!」
「謝りたい事…?」
「今日の昼、君は僕を辛い現実から守ろうと励ましてくれた。でも最終的に他人の意見から僕は君の想いを拒否した。思えば、その言葉が僕を立ち上がらせてくれるとも知らずに…!!でも今、誰かの為に一生懸命頑張る君を見て、僕は今日、立ち上がって見せるよ!!」
「だから、だから頑張って…ブルートォォォォォォ!!」
「志郎…」
ブルートは大事な家族の名を呼ぶ。それは先程と同じ、誰かを想う呟きでも、未来へと向かう、希望の言葉であった。
「力が…漲るっ!!」
瞬間、騎士の誇り高き角に光が点る。セーブされた手にパワーが戻った。
「志郎ぉぉぉぉぉっ!!」
ブルートは左手で自身を掴むブラッシュの右腕を引きちぎる。
「…!!」
ブラッシュは突然の事でコンピューターの処理が遅れた。そのわずか一瞬の隙に、ブルートは彼の胴体に蹴りを入れた。
「来い、ナイトソード!!」
彼の呼応と共に、飛来した剣は彼の手に収まる。倒れたブラッシュは左腕のチェーンソーを杖代わりに器用に使って立ち上がる。二体は睨み合って身動き一つしなかった。次の一撃で全てが決まると判断したのだ。
「ぶ、ブルート…」
志郎は不安そうにブルートに近寄ろうとした。が、その歩みは一明によって止められた。
「…」
「…」
ブラッシュが破壊したであろう電灯がメキ、メキと折れて地面に激突。舞い上がる砂埃。
「…はぁっ!!」
「…!!」
それを合図にして、二人は互いに斬りかかる。スナイルは思わず叫んだ。
「だ、ダメだ…!!チェーンソーと剣じゃ剣が…!!」
「あぁっ!!」
察した志郎は目を逸らす。ところが二人の予想に反して、ブラッシュはチェーンソーをソード一振りで斬られ、斬撃の軌道の延長線上で首を撥ねられていた。
「い、一体どうなったの…?」
ズズ…ン!!
倒れるブラッシュを前に志郎は首をひねる。しかし、ワイルダーは一部始終を見て、理解していた。
(一瞬だ…ブルートはチェーンソーの刃のない谷間に剣を滑らせ、そのまま斬った…一見簡単そうに見えるが、コンマ一秒の誤差でも間違えれば剣がチェーンソーの刃で折られていた筈。あんな性格無比で緻密な動作ができるのは、やはり只者ではない…)
(ブルート…君は一体何者なんだ…?)
多くの疑問を残す中、戦いは終わった。ひとまずブラッシュの『遺体』はフレロボタウンの住人が片付け、破損した街もその手で直す事となった。その一方でブルートは他の住人達の質問責めを受けていた。
「凄いなブルート!!まさか君はあんな強そうなのを一人で倒すなんて!!」
「本当に記憶ないの君?嘘でしょう?」
「ねねっ!!よかったらここに住まない!?歓迎するよ!!」
その様相はまるで、スーパープレイを見せた選手を囲うマスコミの如くであった。
「本当に知らないんだ。だから俺はここに今日…ん」
ブルートは視線の先にいる一明達に気づき、質問者から半ば強引に離れた。
「よし、これでハンマーは取り替え完了。幸いここで売ってたのでよかったわい」
一明はスナイルに指示してディッキーのダストクラッシャーを交換している真っ最中であった。
「ありがとうございます博士!!このディッキー、このご恩は一生忘れませんぜ!!」
「いいって事よ。ここの住人を助けようとしたんだしの。おうそうだ、それならちょっと手伝って欲しい事があるんだ、ブルート、君も含めてな」
一明は近寄ったブルートを見て、話を続ける。
「まずディッキー、人財管理局からフレロボの派遣を頼まれた仕事があるんだが、君も手伝ってくれ。もちろん本業優先で構わんし、お金も弾むよ」
「了解!!…人体発電機を管理する、あの管理局は気に入らないけど」
「そしてブルート、君はディッキー同様、当タウン専属で外の人々の手伝いをして欲しい。しばらくはワイルダーの指示で動くように。当然お金も出す」
「わかりました。これからは皆の手伝いになれるように頑張ります」
「うんうん、それから志郎くん、君にも頼みたい事がある」
そう言うと、一明はQRコードが書かれた紙を志郎に手渡した。
「これ、なんですか?」
「このコードに、ブルートを撮影したデータを送ってほしい。もしいいのが撮れたらおこづかいを渡そう。どうだ、悪い話ではないだろう?」
「はい、ありがとうございますっ!!」
と、スナイルが割って入った。
「さ、帰ろうぜ。もう夜も遅いしな」
その提案に、ブルートに志郎、留依は「うんっ!!」と頷いた。その背後に、ディッキーの姿が。脚の調整がまだ上手くいってないようでふらついた足であったが。
「おい待ってくれ、俺も連れてってくれ~この脚じゃ帰れねぇ~」
「えぇ…?お前もかよ」
スナイルはため息をつく。
「わかったよ、じゃあお前は紐で軽トラにくくりつけて引きずって行くから」
「そ、そんな~、俺とお前の仲じゃないか~」
「はっ、冗談だよ。ブルートと一緒に荷台に乗りなっ!!それじゃ博士、失礼しますっ!!」
四人は軽トラで去る。そんな排気ガスと彼らの背を見守るのは一明とワイルダーであった。
「博士、やはりブルートは謎が多すぎます。一体なんの為に作られたのでしょう?」
「うむ、もう少し調べる必要があるな…しかしその謎が、これからの子供の未来を救ってくれるといいんだが…なにしろ、ブラッシュに触れた部分がこうなっているのだからな」
語らう二人は静かに頷き、タウンから消え行くブルートを見守る。一明は残されたブラッシュの右腕を持って見つめる。その機械は何故か、半分以上が石炭の塊へと変わっていた。
どうも皆さん!!
果たして、ブルートの正体、その目的はなんなのでしょうか?
そして、この絶望だらけの世界に未来はあるのでしょうか?
それは、これから読んでのお楽しみです!!
今回は、ワイルダーと一明博士の紹介で失礼します!!
【挿絵表示】
それでは、また次回~!!
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