剣持志郎…少々弱気で考え込んでしまう小学生。
ブルート…名前、製造目的不明のフレロボ。物静かな性格をしている。身長:210cm(角除いて180cm)、体重101Kg。
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園山留依…志郎の同級生で、何事にも負けない前向きな少女。
スナイル…明るく、気さくな性格をしたフレロボ。留衣の子守り担当兼ボディーガード。
身長:198cm(アンテナ除いて178cm)、体重85Kg。
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嵯峨山紅蓮…志郎達の同級生である乱暴者。金稼ぎの為ならなんでもする。
ディッキー…紅蓮の家で働くフレロボ。粗暴だが、紅蓮の事を心配している。身長:200cm、体重190Kg。
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ワイルダー…一明博士の下で働くフレロボタウンのリーダー。身長:174cm、体重71㎏
園山一明…フレロボ発明、開発始祖にして第一人者の好々爺。留依の祖父。
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3-2
「…紅蓮くんの言う事も、もっともだと思うわ」
日が高いうちに全ての授業が終わった放課後。慌ただしく生徒が行き交う廊下で、ブロッサはブルートと志郎に心中を吐き出していた。
「こんな調子が長年続き、しかも悪化の一途をたどれば、誰だって解決への祈りや望みを失ってしまうわ。そうなれば、ここの生徒のみならず、皆ストレスでイライラするのは当然…」
そう言いながら彼女は校庭を眺める。そこでは、特教生の生徒達がフレロボ指導と整った設備の下、各種スポーツの練習に励んでいた。
「…あの子達は試験に合格した、才能ある特教生の子達よ。毎日通う学校で、朝の暗いニュースと併せて、ああも優劣を見せつけられたら、楽しみややり甲斐すら奪われる自身の境遇に疑問、劣等感に苛まれるのは当然よね」
「もしかして、クラスの子が半分も来なかったのは、その劣等感が原因か?」
ブルートの疑問に、ブロッサが頷く。
「そうよ。その半数の子は絶望から身を防ぐように、学校にも行かずに廃品やら転売で金を稼いでいるわ」
「生きる為に、か…」
「それだけじゃないわ。その中じゃ、最悪不良グループに入って悪いことして金稼いでるって噂があるわ。真面目に生きても損をする、それなら弱者から取った方がお得ってね。それでも学校は、見て見ぬ振りで放置しているの…」
「だとしたら先生、他を蔑ろにしてでも、国は才ある者を手厚く保護してどうしたいんだ?問題解決時の未来の為だと聞いたが、学校に来ない子がいるのに放ってまでやる事じゃない、と俺は考えるが…」
「それは…正直真意は私にもわからないわ。今や人が発電機になるって時代に、なぜわざわざ別に電力を使うような制度を作るのか…文化を未来に残す為ってのは聞いてるけど…なんにせよ、私はあの子達に希望を持って、笑顔と幸せでいてほしいわ。それが教師としての、私の勤めだから」
「笑顔と幸福感を…」
「ブロッサ先生!!そこでなにをやってるんです!?」
突然、彼らに浴びせられた怒声。振り返ると、丸々と太った小柄な中年女性が腰に手を当てて睨んでいた。
「あ、柊先生…ブルート、こちらの方は志郎くんの学年主任の…」
「そんな紹介、後でネットワーク経由ですればいいでしょう!?なんの為のフレロボなの!?」
「す、すみません…」
「謝ってる暇があったら、さっさと職員室に戻りなさいっ!!やる事は山積みだし、電力だってタダじゃないでしょう!?」
「はい…それじゃ二人とも」
ブロッサは足早にその場を後にする。柊と呼ばれた教員は彼女を見送ると、次に目をつけたのは志郎であった。
「ホラ、志郎くんもなにしてるの!?授業が終わったら『労働学習』の持ち場に行くように言われてるでしょう!?」
「あっ、えっと、ごめんなさ…」
「早く、早く!!皆待ってるのよ!?」
柊はパンパンとなった手を何度も叩いて急かす。志郎は顔を上げて一目散に走り去った。
「廊下は走らない!!…で、あなたはなに?」
そして、柊が最後に見上げて睨むのは、ブルートであった。
「俺はブルート…学校に来て、活動するように言われて…」
「なに!?ならなんでここにいるの!?」
言うが早いか、柊はブルートの角をむんずと掴み、引っ張りながら歩き始めた。
「わっ!?なにを…」
「教師でも、用務員でもないって事はあなた、『労働学習』で使うフレロボ要員なんでしょう?しかも道に迷ったんなら、私が案内してあげるわ。全く、最近のフレロボは持ち場すらインストールしていないのかしら…」
「離してくれ…俺はただ、授業を受けに来ただけなんだ…!!」
「嘘おっしゃい!!ロボットがわざわざ勉強したがる訳ないでしょう!!」
引っ張られ続けて数分、押し込まれるようにブルートが連れて来られたのは、学校に隣接した大型の建物の裏口玄関であった。
「ここは一体…」
「ちょっとちょっと君ィ、どこの所属?こんな所でぼさっとしないの」
行き場のわからないブルートに甲高い少年の様な声をしたフレロボが話しかけた。そのフレロボはブルートの腰までの背丈しかなく、頭部の半分を占める大きな魚眼レンズの様な瞳が特徴であった。
「俺はここに連れて来られただけだ…名はブルート、実際はワイルダーに誘われて授業を受けに来ただけのフレロボだ」
「あぁ君か、ワイルダーが言ってた記憶、目的不明のフレロボってのは。お陰で、顔データ認証に無駄な電力使ったよ」
先制攻撃に嫌みを言い、上目遣いをするフレロボであったが、少しも反応しない、更に言えば威圧感あるフォルムのブルートに、フレロボは少し背筋を伸ばした。
「…僕はデンジン。人財管理局にここを任されている。君は教員か誰かに無理矢理連れて来られただけって事?」
「そうだ。一体ここはなんの施設なんだ?」
「ここはだね、生徒達の職場体験が出来る上に、地域とのコミュニケーションが取れ、発電も可能とした場所なんだ。人はここを『児働館』と呼んでいる」
「…三つの事を一度に出来るという事か?イマイチピンと来ないな」
「まぁ、見ればわかるよ。多分だけど、ワイルダーはここで働くかどうか見てこいとも言ってるんだろう?せっかくだから見学したまえ」
デンジンに案内され、ブルートは施設の中へと進んだ。異様なまでに無機質で、窓一つない白い廊下でブルートは質問を投げかける。
「…そうだ、志郎もここにいるのか?」
「たぶん、その子はいるよ。ここは特教生以外の生徒は皆来ているからね」
「特教生以外?」
「さ、まずはここだ、人力発電室!!」
つきあたりの扉を開けるデンジン。そこは広大な室内に、無数のエアロバイクが設置されていた。そして、それらに跨がっているのは学校の生徒達。
「はぁっ、はぁ…」
「ぐ、ぐぅぅぅ…」
「くはぁ、っつ…」
主に男子生徒で構成される彼らは、必死でペダルを漕いでいた。それも、異常に汗だくになってでも。
「さぁ、頑張ろう!!皆の努力は、多くの人を救いますよ~っ!!」
エアロバイクの間を、無機質な人型フレロボが監視するように通りかかる。すると、ペースが落ちている生徒の前で歩みをピタリと止めた。
「おやそこの君ぃ、そんな調子じゃ、君の班の充電ノルマが足りなくなるでしょう?やる気あるんですか?奉仕作業ナメてるんですか?」
その生徒は、紅蓮であった。
「ち、違うっ…!!昨日の家業手伝いの疲れが溜まっててよ…」
「言い訳はなし!!お口はチャック!!とにかく早く、早く回しなさいっ!!町内の方がかわいそうじゃないんですか!?」
無機質なフレロボは、エアロバイクのグリップを強く握って揺する。周囲の生徒達は不安そうな表情を浮かべて見つめるが、誰もなにも言わなかった。なによりも壁の電光掲示板にある『現在発電量:~kw(ノルマ達成まで:〜kw)』の方が気がかりな素振りを見せていた。
「く、クソッタレがよ…」
紅蓮は力を振り絞ってペダルを漕ぐ。彼の必死の形相を見て、ブルートはデンジンに向かって叫んだ。
「デンジン、これは一体なにをしてるんだ?皆、あんなに苦しそうになって…」
「見てわかんない?この子達は電力を貯めているんだよ」
デンジンが指(といってもプラグの形を模した指先だが)差すエアロバイクの本体に大型バッテリー型電池が取り付けられていた。
「あの電池はね、エアロバイクを漕ぐ事でエネルギーが供給されるんだ。で、その電池は家庭や事業など、生活や労働に困っている地域の人達に配られる事になるんだ。基本的には運動神経のある子がメインで漕いでいる。生徒五名を一班とし、一定のノルマまで充電を終えるまでやらせるんだが…どこへ行くっ!!」
突然、デンジンは腕を数m伸ばして近くを歩いていた男子生徒の襟首を掴む。
「は、離してっ!!離してよっ!!」
その手に手繰り寄せられたその男子生徒は志郎よりも一回り小さい低学年の子であった。デンジンは目を凝らしてその子の全身を見る。
「…体内チェック完了。体調不良でも、トイレでもないなら、一体どこへ行くんだぁ?」
「もうこんなの嫌なんだよ!!電池の充電が貯まるまでずっとペダルを漕ぎ続けなきゃならないなんてっ!!」
「…だったら逃げずにノルマを達成すればいいだろう?ここはそういったノルマから作業、責任感を学ぶ所だぞ?皆だってやってるし」
「でも終わらないからって、夕方になるまでやるなんてやだよっ!!僕だって遊びたいよ!!特教生みたいに、自分の事をやりたいんだよっ!!」
「な~にを言う、選択式でここを選んだだろう。自分で進んだ道じゃないか」
「僕はやりたいなんて言ってないよっ!!他に選択肢がなかったもん…とにかくやな物はやだっ!!やだ、やだ、やだっ!!野球がやりたいよっ!!」
「ふ~ん、そうかそうか…」
叫びっぱなしで息を切らす低学年の子。彼に対し、デンジンの目は冷ややかであった。
「わかった。それじゃ君、明日から来なくていいよ」
「え?」
「そうやっていつまでも逃げ続けるといいよ。ただ、それが将来大人になった時に通用するかなぁ?」
「あ、あ、あぁ、あの、あの…!!」
『将来』、『大人』。二つのワードを聞いた瞬間、低学年の子はみるみるうちに青ざめる。大人になれば一生、なにが付き纏うかに気がついたからだ。デンジンは彼の様相を知らん振りして淡々と話を続ける。
「君は大きくなれば仕事をしなければならない。でも仕事というのは嫌な事ばかりを引き受ける物だ。もしそれが嫌になって辞め続け、逃げ惑えばどうなると思う?気がつけば老いだけが積み重なり、学校すら行かなかった君を誰も雇わなくなる…そうなれば」
「あ、あ、止めて、言わないでっ!!」
「…人体発電機行きは免れないだろうねぇ」
「う、う、うぅぅ…」
呻く低学年の子。デンジンは数回頷くと、一歩下がって出口を指差した。
「さ、どうぞ?出口はすぐそこだよ」
「…ります」
「ん?」
「やります!!ここで、やらせてください!!」
「よく言った。さ、戻りなさい」
低学年の子は回れ右をして駆け足で空席のエアロバイクに座る。同時に、周囲の同班の子達は一斉に責め立てる。
「お前、どこ行ってたんだ?」
「こっちは必死で漕いでるってのに、サボってんじゃねぇぞ」
「ノルマ達成が遅くなったら覚えとけよ、な?」
低学年の子は俯くだけでただただ漕ぎ続けるだけであった。
「…ふぅ、これであの子の将来を指導出来たぞ。よしよし」
「無理矢理やらせるのが、教育と言えるのか?」
デンジンの背後で、ブルートはぽつりと聞く。
「…わかってないね、君は」
デンジンは振り向きざまに悪態をついた。
「人はいずれ、やりたくない仕事をやる物さ。だからここで生徒達には堪える力と責任感、拘束時間を教えなきゃならないんだ。じゃないと将来社会に出た時困るからね」
「大体さ、今は子供でも遊んでる場合じゃないってのは判るよね?ここも外も電気が不足してるんだ、大人は皆必死でやっている。なのに無料で教育を受けさせて頂いてる以上、それ位の事はやって地域に貢献しなきゃ。そうでしょ?」
キマッたと言わんばかりに彼は天高く指を差す。しかし、ブルートは動揺を見せる事はなかった。
「…言いたい事はわかった。しかし、俺が行ったクラスの半数は来ていなかったが、これは教育として間違っているんじゃないか?」
「あぁ、学校に来ないのは管轄外だから。第一、学校ってのは行きたくなるんじゃなく、行かなくてはならないっていうのを学ばせる場所でもあるからね。ま、将来困るのはソイツだしね」
「…それと、あの特教生という子達だが、あの子達にもこういった事をさせるのか?」
「いや、あの子達はそれぞれの個性を育ててる最中だよ?なんてったって、各分野の能力が他の子より秀でているんだからね、それはなんとしても育てなきゃ。未来の幸福の為にもね」
「…それなら俺にとってその制度は、使える者は手厚く保護し、そうでもない者は過去のしわ寄せを受けさせているようにしか聞こえないが、そんな未来は一部の人しか幸せにならないと思うが?」
「あぁ~、わかった、わかった!!どうやら君にとって国が作り、反対の少ないこの制度に、不満を抱いているようだねっ!!それなら、この電池がどう使われ、やり甲斐を与えているのか実際に体感して貰おうか!?」
そう言うとデンジンはドアを開け、ブルートを手招きする。
「さ、おいで。ここに志郎君はいないようなら、今度は受付に行こうか」
二体が次に訪れたのは大広間の受付所。一直線に長く続く机はここに訪れた町内の人々、と当校の生徒である事を分けているようであった。
「…志郎っ!!」
ブルートは受付側裏口から入るや否や、十三番窓口受付対応側に座る志郎を見つけて駆けつける。
「あ、ブルート…」
志郎はブルートに気がついて振り向いた。傍には佐恵子もいる。
「…ん、あなたは一体?」
同時に、一角の巨体が急接近した事に同じ窓口の机に座るフレロボも首だけ振り向いた。よく見れば、ペールオレンジをメインカラーとした彼は下半身がなく、窓口の机に一本の支柱で取り付けられているだけであった。そんな彼らの下に、デンジンがやっと追いつく。
「はぁ…ったく、いきなり走るフレロボがあるか!!十三号、この一角フレロボはブルート。ワイルダーからのツテで学校の色んな事を学びたいとさ。せっかくだから、ここの事をお前から教えてくれ」
「おやそうでしたか。それはいい機会に巡り合えましたね」
窓口フレロボこと、十三号は両手(正確に言えば枝のように細いマニュピレーターだが)を合わせて喜ぶ。そして、デンジンが去ると同時に説明を始めた。
「ここはですね、裏の『充電池生産室』でエアロバイクによって充電し終えた電池を、この施設に来られた方に渡す窓口なんです。ほら、後ろの小さな窓ががドンドンと電池を運んでいるでしょう?」
十三号がマニュピレーターを指した十m先の背後では、窓の一部が開いて伸ばした人間の手が真下の台に電池を置いている。
「それで、その電池は今生活や事業継続に困った人々によってここで渡されています。見て下さい、待合所には多くの人が来られているでしょう?」
次に指したのは広い待合所。そこの長椅子に腰掛けるのは作業服の中年男性、母と幼子に、老人が数十人と様々であった。
「九番窓口へどうぞ~…」
彼らは受付担当である生徒達に呼ばれ、届けられた電池を手渡される。窓口には数人の列が出来ていた。
「子供達には、ここで私の受付を手伝って頂き、大人達との会話を経て、コミュニケーションを培って貰うのが目的です。将来の為にも」
説明を受けたブルートは理解して頷く。
「そうか。人からの感謝を受ける分、ここはさっきの発電よりかはマシかもな…」
「そうだといいよね…」
その一言に、志郎は願望を漏らす。
「確かに受付は座ってるだけ楽に感じるけど、ここだと来た人達の嫌な話を聞いちゃうんだよね…やれ仕事失っただの、病気になったけど満足に治療が受けられないだの、知り合いが人体発電機に入っただの、さ…」
「まぁ、来てくれた方の容貌見てくれたらわかると思うんだけど…」
よく見れば、並ぶ人々の服装はどれも汚れており、身だしなみすら整えていない。その上、窓から降り注ぐ日光と対照的に暗い表情を浮かべるばかりであった。
「こうも直視して話を聞くとさ、どうも自分の将来もああなるのかなって考えて気が滅入っちゃうんだ。ゴメンね、この前ブルートを見て明るくなったってのにね…やっぱり学校に来る、と…」
志郎の視線は徐々に降りていく。佐恵子もそれに感応して落ち込んでいる。すると、十三号がマニュピレーターで彼の肩を掴んだ。
「大丈夫!!誰かの助けになって、感謝されれば、そんな気持ちも吹っ飛びますよ!!」
「えぇ…?こ、答えになってないような…」
「あっ、電池が来ましたよっ!!」
例の台に電池が何本か送られる。単一電池を二周りも大きくしたようなデザインであった。
「さてブルートさん、この電池を専用のバッテリーケースに入れる事で、家庭や事業の電力を賄う事が出来るのです。ブルートさんはこの電池を専用のケースに入れて下さい」
十三号が指差す先、窓口の裏にはそのケースがあった。
「電池は家庭用、事業用など色々な種類があります。なので、来た方々に合った電池を渡して下さい。口頭で言われますから。さて志郎くん、佐恵子さん。呼んで下さい」
「あ、はい…それじゃあ」
指示された志郎は立ち上がり、腹に力を入れる。
「ご…五十七番の方、十三番窓口にぃ、どおぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
そして、精一杯に叫んだ。力んだ故の独特のイントネーションに、待つ人々は小さく嘲笑う。
「う、うぅ…」
赤面する志郎。こうやって目立つのは、彼にとって最も苦手な事であった。しかし彼の恥は報われず、三十秒経過しても五十七番の者は来なかった。
「ん~、志郎くん?いつも言ってますが声が小さいですね~、もっと大きな声でいいましょ~?」
そこで十三号は指導を行った。
「えぇ…ごじゅううううななぁ番の方ぁぁ!!十三番窓口にぃ、どおぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
「はい、声が小さい」
「ごぉぉぉぉぉぉじゅううううななぁばぁぁぁぁんのかぁたぁぁぁっ!!」
「もっと、もっと声を張り上げて~」
「じゅうううううううううううう!!さぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんん!!…あっ」
気がついた時には、五十七番の紙を持った太った女性が現れた。志郎は慌てて席に座って対応を始める。
「お、お待たせしました…電池が到着致しましたので、お名前と希望する電池を…」
「…その前にいい?」
その女性はボサボサの長い茶髪をかきあげながら、志郎を睨んだ。
「いくら私でも、一発で言えばわかるの。トイレ行ってたのよ。それをなに?あんなに何度も大声で呼んで?バカにしてるの?」
「え、いやでも、来なかったので、何度も呼んだので…」
「なに?」
「あ、ご、ごめんなさい…」
シュンとする志郎を見て、ブルートは電池入れの作業を中断してでも窓口に向かおうとした。が、十三号が『ここは私に任せて』と言わんばかりにマニュピレータを横に振っていた。
「申~し訳ありません。こちらの者には私から教育しておきますので」
「早くして。こっちは仕事の合間に来てるんだから。名前は大平洋子。自営業の…業種は…」
「かしこまりました。では28型の電池ですね。こちらですどうぞ」
「ど、どうぞ…」
「ふん、これだけかよ…」
女性は礼も言わず、怯える志郎の手から電池を奪い取ると足早に去っていった。
「ふぅ…志郎くん。窓口に来られたらすぐに応対する事!!ああやって呼ぶ事に集中して、他の業務が疎かになったら本末転倒ですよっ!!」
「ごめんなさい…」
叱り付ける十三号に、志郎はなにも言えずにただひたすら平謝りするだけであった。
「全く…この調子で続けていたら大人になった時に困りますよ?もういいです、次は佐恵子さんにやって貰いますので、あなたは黙って見ていなさい」
「は、はい…」
「では佐恵子さん、次の方を…」
「はい…六十番の方、次、十三番窓口にどうぞっ!!」
佐恵子は明るく高い声調で呼びかける。最も、声に比べて表情は暗いままであったが。
「ん~、佐恵子さんは声出てますが、笑顔が足りないですね~、ホラ、笑って笑って!!笑顔は街を活性化させる特効薬ですよっ!!」
「えぇ…っと」
「ホラ、口角を上げる!!窓口は我が施設の顔なんですからねっ!!」
十三号に熱血指導されても、佐恵子は引きつった表情しか出来なかった。無理もない。大事な物を潰された後なら、誰も落ち着いて仕事なんか出来る訳がない。隣の志郎はそう感じていた。
「…」
そんなやり取りの中、一人の老人が口をくちゃくちゃさせながら番号の紙を窓口に置いた。佐恵子は素早く紙を手に取った。
「えっと、六十番の方ですね。ご利用になられるのは電池ですか?それとも、バッテリーケースの交換ですか?」
「ムシュフルルルス…」
「…?」
老人の声量が小さく、返答が聞こえない佐恵子は首を傾げた。
「申し訳ありません、もう一度よろしいでしょうか?」
「ムシュフルルルス…」
「えぇっと…?」
佐恵子はすがるように志郎や十三号の方を振り向いた。しかし、彼ら二人でも、老人が何と言ったか聞き取れずに首を振るだけであった。
「申し訳ありません、もう一度…」
「ムシュフルルルス…!!」
「え、え?」
「ムシュフルル…さっきから何度も言ってんだろうがぁっ!!」
突然、老人は激怒した。十三番窓口に、周囲の注目が一斉に集まる。
「お前、さっきから何度聞いてんだぁ!?子供だからって真面目にやれこの野郎!?」
「あ、あの、ごめんなさ…」
「えぇっ!?なに、聞こえないなぁ!?ちゃんと話せぇ!?常識ないことやっとんなっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい…!!」
陳謝する佐恵子。慌てて十三号が割り込んだ。
「申し訳ありません!!今後、教育して参りますので…!!」
「大体よ、おめぇ今までなに教えてたんだこの野郎!!人の税金使ってこれじゃあ、話になんねぇぞっ!!」
机を叩いて叫ぶ老人に、俯く子供二人。しかしこの現状を見ても、周囲に並ぶ大人達はスマホを見続けるか、足早に去るだけであった。子供達を守ろうとする者は、誰一人としていなかった。
「本当にお前みたいな非常識初めてだぞ!!おめぇみてぇのがな、人体発電機に行くんだよっ!!」
「こっちは三十分も待ってなぁ、結果がこれなんだぞお前ら!?わかってんのかこのや…!?」
いや、一体いた。ブルートであった。子供達より前に出た、彼の静かなる威圧は、老人を黙らせた。
「…さっきから聞いていたが、あんな小さい声では聞こえる訳がないだろう。そんなに大声が出せるなら最初からすればいい。教育を受けるべきはあなただ」
「…ぬぁんだと、この野郎!!ロボットが、人間に逆らうんか!!」
反論された老人の怒りは再度噴火し、手を伸ばしてブルートのボディを掴もうとした。が、力が足りず、その手の指先は志郎のこめかみを掠めた。
「うわっ!!」
「…!!」
親友を傷つけられ、ブルートは一歩、老人に詰め寄る。その時、それを止めたのは佐恵子であった。
「ブルートさん、止めて…下がって…下がって!!」
「…しかし」
「いいから!!」
ブルートはその場を下がる。すると入れ違いに、デンジンが窓口に立った。
「申し訳ありませんでした…!!えぇっと、いつも来られる方ですよね?という事は、電池の交換でよろしいでしょうか?」
「…あぁ」
老人は使い古した電池を窓口に転がす。デンジンは素早く回収すると、新しい電池を窓口に置いた。数枚のクーポン券と共に。
「それではこちらが充電済みの電池と、お詫びのクーポン券でございます。こちらは人財管理局認証店で使えますので、どうぞよろしくお願い致します…」
「あぁ、わかった…」
老人はそれらを全て懐に仕舞うと出入口へと消えた。瞬間、デンジンはため息をついた。
「はぁ~…なにやってんだブルートぉ!!来てくださった方を怒らせるなんて!!」
「元々怒ってた気がするが」
「そういう問題じゃないっ!!もういい、君はクビだ、出ていけ!!ワイルダーに報告しておくからなっ!!それと、佐恵子さんっ!!」
去り行くブルートを背に、佐恵子は無言でデンジンを見る。
「全く、紙に書いてもらえば万事解決出来たはずだ。どうしてやらなかったんだ?」
「ごめんなさい…」
「はぁ~もう、だから今年度の生徒は…もういいや、後は僕と十三号と志郎くんがやるから、君は下がってなさい。先生には報告するから、反省文くらいは覚悟するように。それと、校庭10周!!」
「はい…」
佐恵子は席を立ってその場を後にする。
「佐恵子ちゃん…」
志郎は彼女の名前を呼びつつも、顔を見る事は出来なかった。今の志郎に、悲惨な表情を見るのは辛すぎたからだ。
『労働学習』が終わり、志郎のクラスメイト達は自然と校庭の外れの水飲み場に集まっていた。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
必死でエアロバイクを漕いでいたクラスメイト達は蛇口の水をがぶ飲みするか、頭から被るかして火照った身体を急速に冷やしていた。それ以外の子供達は体育座りで特教生を眺めていた。特教生が校庭や専門の教室で流す汗は他生徒の労働体験とは違う、自分の能力を育む、実に爽やかな汗であった。
「そう…そんな事があったの」
志郎の話を聞き、隣に座る留依は小さくため息をついた。
「私は裏でコンピューター管理を任されていたから、窓口から少し離れていたけどその怒鳴り声はそこからだったのね…」
「う、うん…」
「全く酷い話ね、こっちは好意で支援してやってるってのに、そんなにキレるなんて!!年上だからって偉い訳でもないしっ!!大体、こんな制度を子供にやらせるなんて、どうかしてるっての!!」
「ま、まぁね…でも、しょうがないよ。ここで将来の技能を培うって決まりがあるんだから…それは、あの特教生だって同じだし…」
「同じ、ねぇ…」
二人の視線は特教生に合わせていた。校庭ではスポーツ専門の特教生が一生懸命練習し、特別教室では歌や芸術をトレーニングしている真っ最中であった。
「よぉし、よく出来たっ!!これなら来月の世界大会も勝てるだろうっ!!」
「はいっ!!」
卓越された技術力をフレロボにコーチングされる彼らが流すのは、自分と違って自由と希望、そして夢に満ちた、爽やかな汗であった。そう感じる志郎のクラスメイトは次々と愚痴をこぼす。
「いいなぁ、あっちは…好きな事が出来て…なんで俺らはさせて貰えないんだろ」
「だったらお前、クソステのNレアと、のびしろのあるSSR、どっち育てるよ?後者の方だろ?」
「じゃ俺らは社会にいなくてもいいNレアって訳か…そういえば、俺らが作ってる電力って、アイツらも使ってるんだっけ?」
「そうだ、俺達がへとへとになるまでコキ使わされてる間、奴らはのうのうと自分磨きと青春に汗を流してるんだ」
「やれやれ、屈辱すぎて腹も立たんわ…でもさ、そんなそんな高レベルの奴集めてなにがしたいんだろ?」
「知らね。学校のサイトじゃ『国際的な人財を築き上げる』って書いてあったけど、築いてなにすんのかまでは書いてなかったわ」
「けっ、そんな奴らをちやほやするより俺らにもお恵みを与えてくれよな」
「あぁ全くだ。まぁそんな余裕がこの国にあるとは思えんが…」
「だなぁ…ここ以外の国は資源が欲しいだの言って絶えず戦争を起こしているしな…やっぱり世界の終わりは近いのかね」
「そうそう。身近でもひしひしと感じるよ。なにしろフレロボの方が優秀だもんで現状大卒でも正社員になれる可能性が低いし、かといってフリーターだと結構オーバーする位に生活費がかかる可能性があるんだってさ。で、もしそれで、税金や家賃が払えなくなったら、セルストッパー範囲外で住む羽目になるもんな?んで、セルトランス化したら…」
「ああ〜押し込まれるな。今ですらそうなら一般人の俺らの将来終わってるよなぁ、ホントに…ハハハ」
「それそれ、学校卒業しても行く手なし、か。ハハハ…あーあ、誰か今の国とか政府ぶっ壊してくんねーかなーっ!!」
力無く笑いあう男子二人。そんな会話を経て、近くに立つ佐恵子は突然、留依に迫った。
「ねぇ留依ちゃん!!私、死んだ方がいいかな!?」
「え!?な、なんで急にそんな事を…」
「だってさ、だってさ!!!やりたい事も奪われて、将来はあんな風に怒鳴られ続けて生きてくんでしょ!?しかも職がなければ生活費が払えず、セルストッパー外へと追い出されて人体発電機行きになるのが決定されている…それならこれから先、生きてたってしょうがないじゃん!!やだよ…やだよ!!こんな不安を何十年も抱えて、やりがいもなく生きるなんて!!どうして若い私達は老い先短い老人の世話しなきゃいけないの!?」
「いやいや、ちょっと落ち着いて…ね?」
「いやだっ!!家族もみ~んなも誰も助けてくれないし!!もうやだ、やだやだ!!やなの!!」
「あぁ~っと、っていうか紅蓮くん!!アンタのせいで佐恵子ちゃんがここまで陥ってんじゃん!!謝んなよ!!」
水を飲み終えた紅蓮を、留依は睨む。
「あ?」
対して彼も、悪びれる素振りも見せずに睨み返すだけであった。
「俺は事実を言ったまでだ。好きな事が出来る、やりがいを貰える奴なんざ一握りしかいねぇんだ。しかも、こんな国なのに大人は何故か黙っている。それならお前も、奴隷か機械のように、なにも考えずにクソッタレな仕事で金を稼ぐんだな」
「だからぁ…!!」
言い争う二人。志郎はそんな二人を見て、悔しそうに拳を固めていた。
(僕と同じだ…佐恵子さんも。将来が嫌で、消えたがってる…なんとかしてあげたい…!!でも、僕一人じゃなにも出来ない…どうすれば、どうすればいいんだ…)
と、その時、三人の足音と共に、別の少年の明るい声が聞こえてきた。
「おやおやぁ~、なにやら騒いでる子がいるなぁ~?学校では静かにしましょう~?」
彼らは志郎達と比べて身なりが良く、服装のどれを取っても、高級品であった。
「やべ、特教生の政治部の奴らだ…!!」
クラスメイトの誰かが三人の子供達をそう呼んだ。
「ち、親の七光りの小金井か…金で特教生入りしやがって…」
紅蓮は政治部の連中を毛嫌いしていた。特に嫌って睨んでいたのは政治部の中心にいる小金井という男子生徒であった。彼は自身のクラスメイトの女子生徒二人を連れて、眼鏡をクイと上げるとしゃがむ留依と佐恵子に上から目線で近寄った。
「ねぇ君、君?一体どうしたの?これからは国のトップに立つ僕らが、悩みに答えてあげるよ」
文言では心配を装っているが、表情やへの字の目は完全に見下している。迫る彼らから留依が庇おうとする中、佐恵子が小さな声で答えた。
「私、夢を奪われて…それで将来どうすればいいかわからなくって…」
「ふ~ん、そうなんだ…それならやり甲斐をあげるよ」
そう言うと、小金井はポケットをまさぐり、手にしたゴミを投げ捨てた。
「ホラ、コレ捨てといて?僕らの役に立つ事でやり甲斐を手に出来たでしょ?」
小金井の仲間達は一斉に彼を称賛する。
「さすが小金井さんっ!!素敵~っ!!」
「カッコイイ~!!」
佐恵子は憔悴しきったように怯え、留依は彼女の肩を抱きしめる。周囲の生徒達は、誰もなにも動こうともしない。
その時であった。
小金井の頬を、志郎が殴りつけたのは。
「ぐぁっ!!」
瞬間、志郎はよろめいていた彼の胸ぐらを取った。
「ふざけるなっ!!こんな事して佐恵子さんが喜ぶと思うのかっ!!」
「う、うぅ…この野郎~っ!!」
小金井は蹴り返したが、同時に志郎のビンタが炸裂した。
「トップに立つなら、相手の気持ち位汲んだらどうだっ!!」
追撃を始めようとした志郎であったが、背後から来た紅蓮に羽交い締めにされて止められた。
「ば、馬鹿野郎っ!!そんな事したら、先生が飛んで来るぞっ!!」
「は、離せ、離せよ紅蓮!!人の尊厳踏みにじる奴は、許せないっ!!」
小金井は手持ちの防犯ブザーを鳴らした。
「くっ…」
アラームがけたたましく、辺りに鳴り出す。すると、数人の人間の教師が校舎の扉を開けて飛んできた。
「なんだ、なんだ?一体どうしたんだ?」
教師の一人は小金井に近寄る。すると彼は突然として泣き出した。
「ふ、ふぇ~ん…僕はなにもしてないのに、急にこの子達が殴ってきたんです~!!痛いよ、痛いよ~っ!!」
「な、なんだって…それは本当か!?」
小金井の取り巻きの女子生徒は大きく頷く。教師達は志郎と紅蓮の肩を掴んだ。
「ちょっと来いっ!!」
「あいつだ、あいつが先にやったんだ…!!」
「く、俺を巻き込むなぁっ!!」
腕力に敵う筈もない。二人は、引きずられるように職員室に連れられるばかりであった。
「全くなんて事ですか!!これから大人になる為の練習を重ねる子が、他人に暴力を振るうなんてっ!!」
学年主任の柊は鬼のような形相で二人を叱り付ける。そんな彼らを、ブロッサが庇う。
「待ってください柊先生!!きっとなにか理由があったんです!!志郎くんは意味もなく人を殴ったりはしません!!」
「お黙りなさい、ブロッサ先生!!この子が人殴ったのは事実です!!」
言い合う中、渦中の志郎は俯くばかり。
「…」
と、紅蓮が割り込むように呟く。
「…人ってより、お金くれるお得意様、だろ?」
「は?」
一瞬理解出来なかった柊であったが、意味がわかると、教職員である事を忘れるように彼に凄んだ。
「…はぁ~?私がいつ、どこで彼らを特別扱いした!?皆、同じ!!愛するせ、い、と、よっ!!」
「今してんじゃねぇか。理由も聞かずに俺らだけ連行しやがって。まぁアイツは今後俺達には近づかんだろうな。下手に怪しまれてもアイツも困るし…やる事やっておさらばなんて、全くムカつく連中だぜ」
「いい加減にしなさいよ、あなた!!黙ってればつらつらと!!そうやって言い訳ばかりしてるとあなたいつか、犯罪者になるわよ!!」
「柊先生!!」
ブロッサは必死で止め、柊を宥める。それから、生徒達二人の方を見た。
「…二人とも、とにかくなにがあったか教えて?小金井くんがなにしたの?」
「…」
座って見上げるブロッサに、志郎は引き続き黙って俯く。下手に喋れば、佐恵子達に迷惑がかかると考えたからだ。すると、隣の紅蓮が口を開いた。
「…小金井って奴が佐恵子にゴミを投げつけてな、それにコイツがキレたんだ。言っておくが俺は止めただけだぞ」
「…やっぱりね」
ブロッサは立ち上がり、柊の方を向いた。
「柊先生!!暴力は確かにいけませんが、友人を守る為にした事は間違ってないと思います!!」
間違いを指摘され、柊は赤面する。が、歯ぎしりをしたかと思えば突然、カッとなって机を強く叩いた。周りの教師達は一斉にこちらを見たが、ただちに仕事へと戻り、視線を元に戻した。
「…ロボットに、人のなにがわかるっての!?例え仲間の為なら人を殺してもいいっての!?あなたはそれを肯定しているようなものよっ!?」
「…な!?」
「…もういいです。とにかく、二人は明日までに反省文を提出するように。今のあなた達は悪です。自分が起こした悪事をしっかりと書き、黙って言うことを聞いて、しっかりと考えるように!!」
「柊先生…!!」
「今は、反省の時間ですっ!!」
どうも皆さん!!
どうやら学校は、なにやら大変な毎日のようですね!!
というか、こんな生活は嫌だと思います!!
では、次の回にて!!
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