【公安機密資料:『未来観測計画』実験記録】
『1. 計画背景および概要』
本記録は、公安対魔特異課がその名称に定まる少し前、新しい文明に移り変わる激動の時代に執り行われた、最高機密計画の顛末である。
当時、人類の脅威は悪魔だけに留まっていなかった。世を騒がせる『魔法少女』の出現、あるいは医学界を揺るがす英雄から生まれた『新細胞』の怪異など、既存の常識を超えた「敵」が乱立していた時代である。
公安はこれらに対抗する決定的な情報を掴むため、かつて存在した謎の企業『クロノス・シンジケート』が遺した、時を操る道具の接収に踏み切った。
目的は一つ。一時的に数十年後の未来へと跳び、日本の情勢を確認・持ち帰ること。
この一大計画の被験者として選ばれたのは、容姿も雰囲気も全く異なる、しかし奇妙な絆で結ばれた「4人の姉妹」だった。
『2. 被験者:四姉妹の搭乗記録』
実験室の中央には、時代に似つかわしくない無機質な金属光沢を放つ巨大なマシンが据え付けられていた。そこから這い出るように連結された、4つの1人乗りカプセル。蒸気と油の臭いが立ち込める中、姉妹たちはそれぞれの座席へと収まっていく。
「未来を見てから考えようって随分呑気だよね。私も旅行感覚で楽しもうと思って参加したけど」
最初にカプセルに滑り込んだのは長女だった。一番上の姉でありながら、どこかマイペースでのんびりとした空気を纏っている。しかし、その瞳の奥には底知れない深淵が広がっており、この無謀な計画には誰よりも乗り気であった。
「あっ、あのう、もしかしてあの人たち、実際は私たちを都合よく追い出したりとかするんじゃ……ここまで人間のためにやってきたのに……」
隣のカプセルから、おどおどとしたネガティブな声が漏れる。次女だ。常に最悪の展開を想定して怯えているように見えるが、その一方で、言葉の端々には強い自己顕示欲と「自分が最も優れている」という歪んだ自信が透けて見えていた。
「なんでもいいからさっさと終わらせるぞ。わざわざ4人揃ってこんなこと受けるために、私はカルフォルニアから日本に来てやったんだからな」
ハキハキとした、しかし鋭い刺を持つ声で遮ったのは三女である。好戦的な気質を持つ彼女は、未来で不測の事態が起きた際の最大戦力として、わざわざアメリカから呼び寄せられていた。彼女の参戦なくして、この計画の実行はあり得なかった。
「マキマはもう乗って準備してるのか、協調性のないやつだな」
「いいんじゃないの、彼女は仕事人間だし。私たちもなるべく早く終わらせたいとは思ってるから」
長女が宥めるように笑う。
末っ子であり、この一癖も二癖もある3人の姉を密かに抱え、公安の実験室へと連れてきた張本人──マキマは、既に一番奥のカプセルの中で静かに目を閉じていた。彼女の横顔には、姉たちに向けるものとは違う、冷徹な計算が張り付いている。
「──時間移動、開始。設定、数十年後の日本」
管制室の合図とともに、マシンの歯車が狂ったように回転を始める。カプセルが密閉され、光と闇が混ざり合う時間の濁流の中へ、4人は沈んでいった。
『到来:数十年後の未来、以下マキマ談より推測交じり』
どれほどの時間をカプセルの中で過ごしただろうか。
重い電子音と共にロックが解除され、プシューと音を立ててハッチが開かれた。
しかし、そこに広がっていたのは、4人が期待していたような繁栄した近未来の日本の姿ではなかった。
目に飛び込んできたのは、長い大戦の跡のような、剥き出しのコンクリートと赤茶けた鉄屑が転がる荒れ果てた荒野。ビルはへし折れ、空はどす黒い雲に覆われている。
これが悪魔の仕業なのか、それとも人間同士の自滅の果てなのかは分からない。ただ確かなのは、生命の気配が酷く希薄な、終末の光景が広がっているということだけだった。
荒涼とした風が4人の髪を揺らす中、カプセルから降り立った次女が、周囲をそっと見回しながら口を開いた。
「あのう……この時代なら私を知ってる人なんているわけないし、もうキガちゃんって名乗ってもいいですか」
【公安が感知し得なかった極秘情報】
当時の公安、そして殆どの人間は知る由もなかった。この「四姉妹」という枠組みに隠された、あまりにも巨大すぎる真実を。
・長女(アネモネちゃん):『死の悪魔』
・次女(キガ):『飢餓の悪魔』
・三女:『戦争の悪魔』
・四女(マキマ):『支配の悪魔』
彼女たちはただの姉妹などではない。4色の馬に乗り、地上を4等分に支配するという根源的な恐怖の概念を持つ悪魔達──『黙示録の四騎士』。
どことも知れない未来の瓦礫の真ん中で、世界を破滅とも再生とも導ける4つの絶望が、静かに漂流を始めていた。
——
あれから1時間程は漂流する四騎士たち。
荒廃した大地の砂を蹴りながら、四姉妹はあてもなく歩みを進めていた。瓦礫と硝煙の入り混じった風が吹く中、足元に埋もれていた古ぼけた新聞の切れ端を見つけ、長女である『死の悪魔』アネモネがそれを拾い上げてじっくりと眺める。
「どうだ姉貴、ここがいつ頃か分かったか?」
三女の『戦争の悪魔』が、苛立ちを隠さない声で尋ねた。
「全然分からない。元号が『光史(こうし)』って書いてあるの。聞いたことない単語になってる。数十年後なのは確かみたいだけど……キガちゃんの調子はどう?」
アネモネに水を向けられ、次女の『飢餓の悪魔』キガは、頼りなげに周囲の空気を吸い込んだ。
「ここに来る前より……空気が軽いので、飢えている人間は多いような気がします……」
姉三人が各々、何が起きたのかも分からない未来について、まるで退屈な旅行の雑談のような感覚で言葉を交わす。しかし、もちろん彼女たちはただ無計画に散策しているわけではなかった。特に長女である死の悪魔には、この未来へ赴いた明確な心当たりがある。
それは、近い未来に降臨するとされている「恐怖の大王」と、それに伴う滅亡の予言。
もしその予言が的中し、人々の死への恐怖が臨界点を越えてしまえば、死の悪魔としての彼女の能力は自制できない規模へと膨れ上がり、見境なくすべての人間を死に至らしめてしまう。
(私が、いつか世界の破滅を招いてしまう……)
アネモネはその未来を深く危惧していた。恐怖の大王が訪れること、すなわち自分の能力が無造作に暴走することを抑えるヒントが、この破滅した未来の記録から導き出せるかもしれない──それが彼女の隠された目的だった。
だがしかし、撒かれた破滅の種はまだある。
次女のキガからすれば、本当に危険なのは身内の身勝手な暴力、すなわち『戦争の悪魔』だった。キガはおどおどとした調子のまま、妹を指さす。
「でっ、でもその前に……私が思うに、一番人類を傷つけてそうなのは戦争ちゃんの作った悪魔じゃないですか? ほら、銃の悪魔とか前の争いでやりすぎたぐらいには……」
その言葉に、三女はフンと鼻を鳴らして応じた。
「それで滅ぶなら、人類がそれだけその兵器に慣れ親しみ、勤しんで使っていただけのことだ! 銃の悪魔以外にも、あんな奴は山ほどいる!」
彼女たちのいた時代から見て、後に世界規模の大虐殺を引き起こすことになる『銃の悪魔』は、実のところ戦争の悪魔の眷属である。
ありとあらゆる戦争由来で生まれる兵器や武器の概念は時代が進み、人間の技術が洗練されるごとに強力な悪魔として肉体を得る。
言うなれば彼らは戦争の悪魔の「子」にも等しい存在であり、キガの懸念はあながち思い過ごしでもなかった。
恐怖の大王の降臨か、それとも戦争の悪魔の眷属たちによる蹂躙か。
人類にはひた隠しにしているが、自らが地上に撒いているかもしれない破滅の前兆を、今のうちに調べておかねばならない。(なお、飢餓の悪魔は元々姉妹の中では大した力を持っていないため、そもそも世界の破滅の主因としての選択肢には上がらない、本人もそれは分かっているためほぼ黙っている)。
だが、未知なる脅威の輪郭……それに目を向けたのはマキマだった。
「いや──そもそも兵器は、この時代では刃が立たなかったようにも見えるかな」
姉たちの議論を遮るように、マキマが冷徹な声を響かせた。彼女は姉たちが提示したどちらの予測とも異なる、新しい可能性に辿り着いていた。
もちろん、その答えは戦争の悪魔にとって断じて受け入れがたいものだ。
「馬鹿なことがあるか! 核兵器……は一度チェンソーマンに食われたが、銃の悪魔以外にも、EMP兵器、光学迷彩ステルス、電磁投射砲といった私の子供たちが……!」
「それよりも先の未来で、何かが起きたとか。例えば、悪魔以外の脅威が私たちの時代に存在したように──この時代の前後に、悪魔に匹敵する『別の存在』が現れた」
マキマの視線の先を示すように、姉三人が顔を上げる。
そこにあったのは、地面からタワーのように深く、そして天に向かって長く突き刺さる、常軌を逸した建造物。
──否。
それは、かつて神話の巨人が振るっていたかのような、あまりにも巨大すぎる「剣」の残骸だった。
悪魔の眷属がもたらした銃弾の跡でもなく、恐怖の大王がもたらした死の概念でもない。
見たこともない未知の質量が、未来の日本を文字通り貫いていた。
4人の悪魔たちは、その巨大な刃の影で見上げながら、自分たちの知らない未来の残酷な真実に直面し始めていた。
「なんだこのでっかい剣は」
「そういえばちょっと前に長剣の悪魔とかいたよね、あれも戦争ちゃんの範疇じゃなかった?」
「剣は強かったが一番通用したのは中世時代ぐらいの頃だ、銃の悪魔に取って代わったはずだが……」
「わからないの? 問題なのはこの剣そのモノよりこんなものを扱えるような存在がこの時代には存在するんだよ、巨人みたいなものが」
マキマの発言に一同が改めて剣を見る……銃の悪魔とか、大きな悪魔は結構いるのだがそれと比べても相当大きいこの剣、10……いや20メートルくらいはあるだろうか?
これだけ大きな剣を自在に振り回すような化け物が後の時代に現れることになることが分かった、その剣を戦争の悪魔がじっくりと眺めると……。
「大昔からあるってわけじゃない、劣化が少ないから最近現れた感じのようだな」
「これは悪魔なのか、あるいはそれに匹敵するものが後から現れたのか……どちらにしても数年単位で我々みたいな物が現れる現況は見過ごせない」
「出来ることならその正体を特定してチェンソーマンの力で消し去りたい」
マキマはというと……実のところ、完全に特定はできていないがこの世界に定期的に現れる驚異の種をなんとなく察していた。たゆ
闇の悪魔のような根源的悪魔でも手を出さない、魔法少女や新細胞などの新たな驚異の始まりとなるもの、それをチェンソーの悪魔の力で消すことができたら……。
いや、そもそもこの時代にチェンソーマンはいるのか? 自分たちの時代でもチェンソーの悪魔はどこに行った? という話もあるが……?
だが考えてる余裕はない。
「ひいいいっひいいいいい……」
キガが怯えるように腰を抜かす、折れたビルに重なるように映り込む巨大な影はまさに……例えるならそう、空に聳える城が練り歩いてるような、あまりにも無敵の力を感じさせる……神。つま
それが悪魔の目の前で堂々とズシン……ズシン……と重い音を立てながら歩いている。
間違いない……この世界、数十年先にはあんなものが現れる、悪魔が人類を恐怖に陥れたその後に。
「巨人? テレビアニメのロボット? それとも悪魔?」
「私に聞かれて分かるものか、だが……想像以上に面倒な物が今後現れるみたいだな」
「い、いやでも……こんなものを元の時代に帰ってきてどう説明するんですか、多分向こうなんて所詮は人間になんとか出来る範囲の危機しか対応してないんだから、どしろと……」
「まあそこは人間も対応して進化してくれることを期待するしかないね、私たちにも課題は山積みなんだし猿みたいになってしまうのは気分的に嫌だから」
そうして死の悪魔、飢餓の悪魔、戦争の悪魔はとりあえず仕事を果たしたとしてカプセルの中で眠りについて帰る準備をしているが……マキマだけはまだ調査を続けていた。
ずっと妙なものを感じていた……この日本の歴史のなかで何回革新的な出来事が起きた? 悪魔のこと含めて……何度ひっくり返るような異常事態が招かれた?
そういった根本から理解しなくてはどのみち同じ末路を辿り……いや、それ以外でもだ。
なぜだか分からないが、もしも……もしも自分達悪魔が歴史の影に埋もれてなかったことになっても、この時代のように世界が荒廃しても、人類の歴史は回りそうな気がする。
さっきから色んな小動物を支配して目の代わりにしているが、どんなに荒れても絶望か見て取れない。
どうして……?
「ん? あれ? ……見間違いかな」
そんな時、こんな環境で外を出歩く人間なんていないと思っていたが、まさかのコンタクト。
ボロボロのフードに全身を包んでいるので顔しかよく見えないが、この世代の人間らしい……顔は荒れてるが自分たちの体と年代が似てるような若い男性、自分たちののことをどう説明すべきか悩んでいた時、その男は衝撃的な事を言ってきた。
「いや、やっぱ見間違いじゃないな、マキマさんでしょ?」
「え?」
数十年も未来の世界の若者が自分を知っている……偶然? 他人の見間違い? そう認識するにしてはあまりにも馴れ馴れしく男は近寄ってくる。
「あれ? 随分久しぶりなんで俺のこと忘れちゃったのかな……まああれから結構経ったもんな〜……でもツラぁ全然変わってないすね、俺もあれからズルとかしたけど肌とかめっちゃ若いんだぜ」
どうやらいつか、この男は自分と知り合いになるらしい。
先に言っておくと、この男は……この時代における『デンジ』である。
何故デンジが先の未来で若者のようになっているのか、マキマとどんな関係になったのかは今は語らない。
今言えるのは……まだ、この頃のマキマはデンジと会っていないしポチタの情報も持ってない、マキマにとっては赤の他人だ。
「ごめん、今は構ってられないの」
だからあっさりと始末してしまった、指を合わせてばんっとやるだけでデンジは粉々になる。
これ以上この時代で調べても進展はなさそうだと思い、マキマもカプセルの中に入っていく。
……しかし、しばらくしてマキマが見えなくなった後にひょっこりと後ろからデンジがまた姿を現すし、デンジの方もどうしてマキマに会えたのか全然把握できていないのだがその姿を見送る事にした。
「相変わらずおっかね~人だなぁマキマさんは、まあいいや、俺も俺で忙しいし……」
そうして四人は元の時代に帰還した。
この時のマキマが改めて元の時代でポチタの心臓を受け取ったデンジと出会うのはもう少し先の話。
そうして帰ってきたあとに四人はこの資料を作ったのだが、本格的に悪魔が活動を開始した頃あたりに封印されることになる。
今、悪魔達が蔓延り人類が餌にされるかもしれない、恐怖から悪魔の概念が増えていくかもしれないという時に余計に不安を煽っては悪化してしまうというわけだ。
あれから戦争の悪魔はアメリカに帰り、そしてすぐに銃の悪魔による悲劇が始まる。
食糧難が解決しつつある現代で飢餓に縁がなくなった人類は恐れをなくしていき、キガちゃんの力はみるみる弱まっていき自ら行方をくらます。
死の悪魔ことアネモネちゃんは今でも恐怖の大王が現れる可能性を消し去るために公安から離れて暗躍している。
そしてマキマは……このまま公安に残り続けて、言わずもがなの流れで出世してデンジやアキといった部下を拾っていくことになる。
この資料を見ているものは現状誰もいないし、しばらく見ることはない。
マキマももう覚えてない、資料を見つけたりアネモネちゃんあたりに言われたら「ああ、昔そんな事をやったこともあったっけ」と思い返すくらいには真剣に覚えてない。
そしてもちろん、どういう原理か不明だがあそこでデンジに会ったことも……あの時デンジに会った時にそれが彼と同じ顔をしていたということさえも全く印象に残ってないし思い出すことなとない。
何故ならマキマは人間の顔を判別していない、それがデンジだったかなんて全然記憶にもない。
それに……相当時間を飛ばしたので、もし仮にデンジがあの頃までイキていたとしてもおじいさんだ、ただの人間があそこまで生きられるわけがない……デンジをただの人間扱いしてもいいのかは疑問が残るところであるが、実際ありえないのだ、あんなものは。
そうして何もかも記憶から抜け落ちたまま、人々はいつも通りの日常を送り……今に至る。
そんなある日のこと……いつものようにアネモネが働いているレンタルショップに行った時のことだ。
「いつも映画ありがとう、新作入って……ああそういえばマキマ、あれから結構経ったよね、お姉ちゃん達と一緒に公安の設備で未来へ……」
「……そんなことあったっけ?」
「あれ、公安にいたマキマのほうがお姉ちゃんの私たちより覚えてると思っていたけど、あれから悪魔は勢力を増しているし……まあ数年後はどうなってるか分からないけど変な流れはとまらないし……」
「私はこの店に映画を借りに来ただけで、雑談に付き合うつもりはないよ」
「……チェンソーの悪魔、あの子から簡単に引き剥がすことはそうそう出来ないと思っていいよ、あの子確かに可愛いタイプのおバカっぽいけど私たちが思ってるより単純じゃないようにも見える、チェンソーマンが大事のことはわかるけど」
アネモネちゃんの忠告を最後まで聞かず、遮るように店を出るマキマ。
しかしデンジがここ最近、ただマキマに従って本能で動いている素振りはなくなり……何かリードが切れて動き回る犬のように見えてきて、なんとなく苛立ってしまったのか小指をつい噛んでいた。
「確かにデンジ君、少し生意気になってきたかもなぁ……」