チェンソーマン・DDDEADLoad   作:黒影時空

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第17話『セブン・セブン・セブン』

 

 

 あれから何回観てきたことか、おそらく15回くらいにはなってきたか……『支配の悪魔』の眼差しは、世界のあらゆる顛末をただ静かに収め続けている。

 映画のスクリーンに映し出される物語のように、人間がどれほど不条理な「終わり」を迎えようとも、それはただ客観的な結果として鑑賞されるべきものに過ぎない。

 

 地球より遥かに巨大な惑星型宇宙船との衝突により、世界のすべてがひと度跡形もなく砕け散った——それすらも、彼女にとっては彼周りの目測26回ほど訪れる死の、ほんの小さな一幕に過ぎなかった。

 

 巻き戻り、あるいは再構成された世界の片隅で、物語は再び新たな「罪」の形を帯びて動き始める。

 このスクリーンを支配するのは、彼女だけ……? 

 

 ──-

 

 強欲、憤怒、嫉妬、色欲、暴食、怠惰、傲慢。

 

 かつて七つの大罪と呼ばれた禁忌すべき概念があった、人間にあるべきではない振る舞い、それを悪魔にした者も当然いた。

 それは過去にチェンソーマンの力で消えたとも、何らかの事故が起きたとも言われるが正確なものは分からない。

 しかし一つ確かなことは……あの時、50年くらい前には確かに『悪魔』が七人存在して、それは突然消えてなくなったことである。

 

 ……もしかすれば、その時悪魔と噂されていたものは人間だったのでは? という声もあるが、それすら分からない。

 何せ該当者は今、次元の彼方を今でも漂流しているのだから。

 

 

 

「そういうことだから君達にはSSSを処理してもらいたい、今回は相手が悪質と判断されているから契約した人間の生死は問わない」

 

 公安の会議室。書類を机の上に置いたマキマは、淡々とした声でデンジとアキに命じた。

 

「新しい方の七つの大罪って確か遺伝子改造とか麻薬中毒とかだっけ?」

 

 首をかしげながらデンジが鼻をほじる。

 彼が得たわずかな知識の引き出しから引っ張り出された問いに、アキは整えられた書類に目を通しながら溜め息を吐いた。

 

「それはローマ教皇が現代に再定義したものだ、確かに七つの大罪だがSSSの方は100年以上前にガンディーという人間が掲げたものが七つの社会的罪(Seven Social Sins)だ」

 

 かつてこの世には【七つの大罪】と呼ばれる概念が存在していた。

 根源的恐怖よりほんの少し下に位置し、デビルハンターの界隈で『セブン』と呼ばれたそれら7人の悪魔は、概念そのものとして君臨していたが、今や悪魔ごと完全に消えてなくなっている。

 しかし、だからといって問題が解決したわけではなかった。

 

『セブン』は消えたが、新たな悪魔がその空白に配属されたのだ。

 彼らはガンディーの掲げた『七つの社会的罪』を由来として『SSS』と名乗り、7人の人間と契約を結んで凶悪なテロ組織へと変貌を遂げていた。

 

(……だが、どうにも腑に落ちない)

 

 アキは疑問を抱いていた。

 かつての『セブン』であれば、暴食の悪魔や傲慢の悪魔など、人間の原初的な欲望に根ざした理解の範疇にある存在だった。

 神話や悪魔学においてもベルゼブブやルシファーといった具体的な名で恐怖を煽り、圧倒的な力を誇っていたからだ。

 

 しかし、七つの社会的罪——

『人間性なき科学』

『良心なき快楽』

『理念なき政治』

『道徳なき商業』

『労働なき富』

『人徳なき知識』

『犠牲なき信仰』。

 非暴力を徹底的に貫いた人物が掲げたその概念は、あまりにも具体的で、社会構造的だ。

 一体どんな悪魔がこれらの概念から姿を宿し、どんな力を振るうのか、まるで得体が知れない。

 自分たちはまだ偵察の段階であり、本格的な始末に取りかかるのは援軍や詳細な情報が揃ってからにするべきだ。

 軽率な行動だけは避けるよう思考を巡らせるアキの横で、デンジが気安い調子でマキマに問いかけた。

 

「なぁマキマさん。昔の方の七つの大罪の悪魔はなんで負けたんだ? めちゃくちゃ有名だったしそれくらい強かったんじゃねえの?」

 

 マキマは小さく微笑み、言葉を紡ぐ。

 

「形象化されたからかな」

 

『セブン』が根源的恐怖の悪魔たちに及ばなかった決定的な理由。

 それは、概念としてあまりにも有名になりすぎたことだった。

 誰もが知る存在となり、偶像やイラスト、物語の中で決められた「姿」や「名前」を与えられたことで、人間が抱く未知への「恐怖」という本質から逸脱してしまったのだ。

 

 悪魔にとって、人間に明確なイメージや特有の形を与えられることは、大幅な弱体化を意味する。

 魔人がその最たる例だ。パワーやビームがそうであるように、名前やガワ(身体)を得て固定化されることで悪魔としての力は著しく沈静化する。

 逆に4課に所属する暴力の魔人が性格がいいことに含め戦闘力を維持するため、無駄な恐怖や認知を広げないために「魔人」としての名前を大っぴらに出さないのもそのためだった。

 

 悪魔が人間にとって「認知しやすく、扱いやすいもの」に形象化されたこと。それが『セブン』の落日であり、そして今回——具体的な概念そのものである『SSS』に対して、過去と同じ対策や常識が通用しないかもしれないという恐怖の裏返しでもあった。

 

 ──-

 

「よし、デンジ。行くぞ。まずは奴らの拠点の潜入と下調べだ。絶対に暴れるなよ」

 

「へーい。分かってますって先輩」

 

 デンジとアキが会議室を後にし、廊下を歩いていく足音が遠ざかっていく。

 

 静まり返った室内で、マキマは一人、ポツンと残されていた。

 彼女の手元には、先日のアメリカ移動計画が失敗に終わった際の詳細な報告書と、提出された各種資料が広げられている。

 

 指先でパラリとページをめくったマキマの視線が、ある一行の記録で止まった。

 それは、墜落事故を起こす直前の旅客機内で、デンジとアキが交わしていた他愛のない雑談の文字起こしだった。

 

「ふーん……」

 

 静寂の中、彼女の口元が滑らかな弧を描く。

 その瞳には、終わりゆく世界の筋書きを楽しむような、冷ややかで愛おしげな光が宿っていた。

 

「デンジ君はデビルハンターできなくなったら、ぬいぐるみ作ろうと思っているんだ……」

 

 ——

 

「しかしテロ組織を潰すってわりには俺等二人だけかぁ? もう少しよこしてもよかったんじゃねえの?」

 

 デンジはマキマの指示なのでやる気を見せようとしているが、メンバーの少なさには少々不満がある様子。

 アキも本来ならもっと多くの人間をよこしてもらいたいなんてマキマにも言いたいところだが、そういうわけにもいかない。

 何せ物理的にアキとデンジ以外全く動けない状態なのだから。

 

「そりゃお前……どう考えてもあれのせいだろ」

 

「おえっうううっ」

 

 アキの前には苦しみながら喉を抑えて咽づく天使の悪魔の姿、4課はずっと『アレ』を食わされていたので無理もない。

 

「おいデンジ……再度聞くことになるがアレはなんだ?」

 

「俺に分かるわけねえじゃん、だってアネモネちゃんがお裾分けで貰ったイクラ丼ってだけで……」

 

「あれのどこがイクラだ!?」

 

 ……事の顛末は数日前、アメリカに向かう途中だった旅客機がバードストライクによって墜落。

 負傷は大したことなかったのだが……その後にアネモネから見舞品として届けられたのが謎のイクラ丼だった。

 

 それはイクラ丼と呼ぶには粒が大きく、まるで目のようにびくびくと物々しく……食ったときの感触や味はイクラだったのだが……。

 

 不思議なことに悪魔や魔人は揃って腹を壊した。

 コベニちゃんは食いきれなくてボリュームに潰されそうになっていた。

 その他職員はまだまだあるイクラ丼と、メッセージにもある『残したら地獄行き♡』と書かれた内容に慄くばかりだ、だってこれで消えた職員が二人くらいいる。

 アキとデンジはというと、デンジにとっては初のイクラ丼なこともあってテンション高く平らげた跡であり、アキはなんとか食い切って慣らして余裕ができたという感じである。

 

 肝心なのがマキマはというと、どうやったのか知らないが上手く処理してみせたらしい。

 出来ればその方法を周囲にも広めて欲しいが……トイレに駆け込む様子を見てそうもいかない。

 

「おいなんでこんな時にずっと共用トイレ入ってるんだよふざけないでよ!!」

 

「やかましい! ワシが苦しいときに詰まってぶっ壊れるような便所が悪いんじゃあ! ウヌこそ男なら男らしく男子トイレ行け!」

 

「男子トイレもダメになってるんだよ運悪く!」

 

 ……と、パワーと天使がトイレ越しに言い争っているのもあってまともに動けるのがアキとデンジしかない状態、これにはアキも諦めの顔しか出来なかった。

 なので自分たちでなんとかするしかない……というところで、姫野がぐったりしながらアキにひときれの紙を渡してくる。

 

「これ……SSSから送られてきたやつなんだけど、アキくんにこれを調べてもらいたくて……」

 

 そうしてアキが受け取った紙を開き、デンジにも見えるように開いてみると……そこに書いてあったのはたった4桁の数字だった。

 

『7000』

 

「七千……?」

 

 デンジが妙に真面目な顔で「7000」の文字を睨みつけている。

 

「俺はSSSの行動を辿るからお前はここで他の奴らとこれについて調べていろ」

 

 アキはそう言い残し、コートの襟を正して一人で会議室を後にした。周囲のデビルハンターや悪魔たちは謎のイクラ丼の後遺症で全滅状態。まともに動ける者がいない以上、現場へ足を出せるのは自分しかいない。

 七つの大罪を冠する組織から送られてきた「7000」の数字。7に纏わる以上、間違いなく重大な犯行声明か計画の一片のはずだ。

 アキの背中を見送ったあと、デンジは紙きれを指で弾きながら、どこか感心したように呟いた。

 

「へー……誰が気付いたんだろこいつ、多分俺と同じ事考えてんな」

 

 グロッキー状態の姫野や、腹を押さえて呻くデビルハンターたちがデンジを見上げる。

 

「デンジ……それ、なんか分かったんか……?」

 

「これな、分かりやすく言うと多分『タイムリミット』だぜ。爆弾の制限時間みたいなやつ」

 

 デンジが言うには、以前アネモネと話した時に聞いた内容と一致しているらしい。

「7000」という数字に達した時、世界は破滅を迎える——。見方を変えれば「70:00」、つまり残された時間は1時間弱ほどしかないのかもしれない。

 

 しかし、デビルハンターたちが気になるのはなぜその情報をフリーの過ぎないアネモネが知っているのか。

 あるいは、アネモネ本人がこの件の根底に関わっているのではないか? 『七つの社会的罪(SSS)』などという、非暴力と平和主義で知られるガンディーの概念をわざわざ悪魔の名前に見立てたのも、人が無暗に死ぬのを極端に嫌うアネモネの思想ならしっくりくるという。

 

「まあ、俺は7000になったら世界終わっちまうってことだけしか分かってねえけど……アネモネちゃんほっといたらまずいことになるな……」

 

 デンジは頭をガリガリと掻くと、ポケットから携帯電話を取り出した。今更黙っていても隠し通せる段階ではない。彼は通話をスピーカーモードに切り替え、周囲の面々にも聞こえるようにして、履歴に残っていたアネモネの番号へ発信した。

 数回のコール音の後、カチリと繋がる音。

 

「出来れば俺も何事もなく隠したかったけどなぁ、俺一応公安の仕事しなきゃいけない時とかあるから」

 

『ああそっか、私もおおよそデンジ君が声かけてくる頃かなと思っているよ』

 

 受話器の向こうから聞こえるアネモネの声は、恐ろしいほど穏やかで、すべてを見透かしているようだった。彼女はすでにデンジたちが自分へ辿り着くことを察しており、逆探知を試みている四課の機器に向けて、新たなデータメッセージを送りつけてくる。

 その通信の最中、デンジは素早くペンを走らせ、手元のメモ用紙に殴り書きをして周囲に見せた。

 

【アネモネの正体は死の悪魔。自分に名前を付けた事も含めて自ら徹底的に弱体化しようとしている】

 

「っ……!?」

 

 紙片を見た姫野や周囲の職員たちの顔色がサッと変わる。

 死の悪魔——根源的恐怖の頂点に位置されてもおかしくなさそうな存在が、みずから人間のような名前を名乗り、自らを固定化(形象化)させて力を削いでいるというのか。

 そして、悪魔の生態と公安の歴史に詳しい者たちの脳裏に、最悪のパズルが組み上がっていく。

 かつて公安が厳重に隔離していた『飢餓の悪魔』。

 その代わりに現在、厳重な監視下で収容している『戦争の悪魔』。

 そして、今デンジの口から明かされた『死の悪魔』。

 ……まだ、ひとつ足りない。

 ヨハネの黙示録に示された、世界を終わらせる四つの災厄。

 

『これは取引だよデンジ君、私に何かしてほしいなら私達の末っ子……『支配の悪魔』を連れてきてくれないかな』

 

 スピーカー越しのアネモネの声が、会議室の静寂を切り裂く。

 

「支配の悪魔……じゃあやっぱ、公安にいるんだな?」

 

 デンジの問いかけに、アネモネは愛おしむような、けれど冷酷な響きを孕んだ声で答えた。

 

『うん、わからないものを連れてこられてもデンジ君以外は困ると思うからちゃんと伝えるよ。支配の悪魔はマキマ……が唯一契約している、君たち公安が抱えている中で最強の悪魔だよ』

 

 ——マキマが「契約している」悪魔。

 あるいは、考えかたによってはマキマという存在そのものの隠されている真実。

 

 黙示録の四騎士——支配、戦争、飢餓、死。

 それらがひとつの場所に揃う時、SSSが掲げた「7000」という暗号の、そしてこの狂った世界の本当の答えが暴かれようとしていた。

 

 

『ああ、気付いていると思うけどタイムリミットがそろそろ近いから早めにやっといたほうがいいかもね』

 

「そりゃ分かってるよ、じゃあマキマさんとよろしくな」

 

 そう言ってデンジはそのまま通話を終える、そして方角はまたマキマさんの所へUターンしていく……どう考えてもここからマキマさんに『支配の悪魔』について話を付けに行くことは確かだった。

 

「誰かこの事をアキ君に伝えて!」

 

 ——

 

「何!? アネモネの正体が死の悪魔だと!?」

 

 この情報はすぐにアキの所にも届いた、こうして考えてみるとあのイクラ丼もどうやら悪魔用に意図的に作ったものだろうと考えるとマキマと同じく気を引かせる行動だと思える。

 

「くっ……まさかとは思っていたが『七つの大罪』が今でも生きていると言うのか……!?」

 

 ……アキは考えたくなかったが、『SSS』が仮にマキマ達の目を欺くためのカモフラージュだと考えると、今現在の全ての現象が繋がってしまう。

 つまりマキマの手元にある悪魔『支配』の悪魔さえ回収することに成功すれば、そのまま世界を滅ぼすことなど容易いことだと。

 

「……俺が間違っていたんだ! 『支配の悪魔』は単なる噂ではなく本当に存在した! 早く公安に戻るぞ!」

 

 アキは急ぎ踵を返して走り出す、悪魔が本当に存在しているとしても手遅れになるまで時間はかなりある。

 それにSSSについて調査しても、手掛かりはあまり出てこなかった、つまり本格的には動いていない可能性が高いということ。

 ならば『支配の悪魔』について考える、そしてもしアネモネが接触した場合はもうすぐ手に入る可能性があると見ていいだろう。

 

『支配の悪魔』がいれば、あの魔人の噂が出てくることも可能、そしてそれが悪魔だと考えれば全て納得がいく。

 デンジは今頃マキマに接触しているだろう、このまま帰ることができればまだ手はあるかもしれない。

 少なくとも俺がやるべきなのは今から全力で公安に帰ること、この間に何も無いことしか祈れない。

 

 ……そんなアキの気持ちを汲み取ってくれたのかは分からないが、彼の勘は的中した。

 その日の夜、久しぶりに雨が降った。

 

 ──

 

「ちくしょうが、今日は何で雨降ってんだよ……」

 

 夜の東京の路地裏。冷たい雨が降りしきる中、アキの姿があった。彼は濡れ鼠となった姿で、スマホを弄る仕草を見せるが、画面は反応しない。防水性能を気にする余裕もないほど焦っていたのが仇となった。

 

『支配の悪魔』——もし本当に存在するなら、人類最後の切り札。その契約者、あるいは宿主とされるマキマの下に駆けつけることが今の最優先事項だ。

 そのためには一刻も早く雨宿りし、通信手段を確保しなければならない。

 

「……?」

 

 ふと顔を上げたアキの視界に、路地裏の奥、薄暗い街灯の下に佇む一つの人影が映った。

 全身を漆黒のコートに包み、深くフードを被っている。顔は見えず、微動だにせず静かに、天使の輪のようなものがよく見える……。

 

「お前……天使の悪魔か? いや……」

 

 何故姿を隠している? 自分に対して何か……何を隠すというんだ? しかしその先から得体のしれない……身の毛がよだつような恐怖を感じてしまう。

 そんな中で電話かかかってくるのだから少し腰が抜けそうになるが、恐る恐るかけてみるとデンジなので安心するが……その声色は重い。

 

 

「わりぃ……すまねぇアキ、タイムリミットだ」

 

「タイムリミット!? どういうことだ、まさか『7000』までもう時間がないというのか!? マキマさんはどうなった!?」

 

「ああ……マキマさんとアネモネちゃんは……」ぶつっ

 

 

「デンジ!? おい!」

 

 途中でデンジの通話が勝手に切れる……いや、もしくは切らされた。あまりにも都合がいいタイミングの消失。

 ……目の前にあるものを見て、アキは自ずと察してしまった。

 

 

「ばん」

 

 

 ——

 

 アネモネは一人、空洞のお腹を掻っ捌いて死の悪魔の力を不本意だが使う、出来ることなら死んで欲しくない人だっているし巻き込まれる人間もいるが……これによってテロ組織を作ろうとした人間を即死させていく。

 

「デンジ君は偉いね、ちゃんと私の約束を守ってくれた……」

 

「死の悪魔、お前を拘束する」

 

 その後ろには……マキマもいた。

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