チェンソーマン・DDDEADLoad   作:黒影時空

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第20話『勇気の道』

「ワシの右腕としてコキ使ってやった犯罪王が今日出所してくるというのでな、出迎えてやるつもりだ」

 

「その人って確か刑期30年くらいだからまだまだじゃなかったっけ」

 

「公安を通してワシが抱えている有能な弁護士を使わせたからな、30年を5年にすることなどウヌの予想を超えて出来る」

 

 現在、死の悪魔が隔離されている部屋でパワーと死の悪魔が会話をしている……そのすぐ近くでまだ謹慎中のデンジは、アキのそばで休憩中だった。

 

「おいデンジ、なんでパワーまで連れてきたんだよ」

 

「真偽はともかく言ってることなら暇潰しにはなるかなぁって……」

 

「あいつのトーク内容なんて暇潰しで言えば生成AIにも劣るぞ……話の正確性的にも」

 

 パワーの虚言症や傍若無人っぷりはデンジ達のほうが知っての通りだが、これが分かりやすい恐怖の象徴である死の悪魔にさえ変わらない態度を取っている事は逆に尊敬さえ感じられるのかもしれない。

 ただ、話している中でアキが調べてみるとどうにもたた事では済まないような予感が閃光のようにデンジ共々走る。

 

 パワーが話している犯罪王とやらが今日本当に出所するらしい、名前は仮戸で本当に懲役30年のところだったのを5年後に突然出所することになる……パワーが言っていたことが意外にも今回は少し正しいが、見過ごせないポイントがあった……。

 それは、仮戸を早期の出所へと導いたとされる弁護士の顔……デンジ達にとっては少し懐かしい、死の悪魔とか超常現象とか何度も繰り返していたのでしばらく見ていたなかったが……こんな所にいた。

 

「あっ、こいつ最近見てなかった優男じゃねえか!」

 

 勇気の魔人ウルフリー……0%の出来事を勇気の力で100%に変えられる力を持った、死の悪魔や戦争の悪魔が表舞台に現れるまで公安がマークしていた危険で厄介な存在……弁護士の顔写真として写っていたのは彼だった。

 これまでの一部騒動には彼が関わっていたこともあったので、今回のも何かの陰謀の前触れかと思ったのでアキはすぐに行動する……デンジは謹慎が解けないのでまだここから出られない。

 

 だがこういう時……パワーを使うか。

 不可能を可能にしてしまうジョーカー相手に、想定外から想定外に繋げる大番狂わせをぶつけることで正統的な手段を外しながら逆転の一手を掴めるかもしれない。

 

「なあパワ子、その犯罪王をあの優男が連れ出したそうだぞ、あの勇気の魔人……」

 

「……はあ?」

 

 パワーは露骨に嫌そうな顔を浮かべ、腕を組んで鼻を鳴らした。

 

「あの変な黄色い花の突然変異みたいな男か。本当に不快な面(ツラ)をしておったな! よしさっさと仕事に行くぞ……と言いたいが、あいにくウヌはまだマキマに叱られとったなぁ」

 

 デンジの身分証明書取得に伴う諸々の騒動、そして謹慎。パワー自身もマキマからキツいお小言を食らったばかりで、珍しく行動を躊躇していた。だが、アキの鋭い眼光とデンジの軽薄な笑みが、その背中を突く。

 

「そのマキマさんなんだし、もうすでにここから出て着手してるみたいだぜ」

 

「マキマが堂々と!? ……あ〜そういえば二人いるんだったな、悪魔かそうじゃない方どっち?」

 

「いやぁ……この場合だと二人揃ってじゃねえの?」

 

 デンジの適当な返答に、アキは煙草を指に挟んだまま静かに溜息を吐いた。

 

「支配の悪魔とマキマさん……二人が揃って動いているなら、事態はもう『ただの魔人の気まぐれ』じゃ済まないな、俺等が介入する余地あるのか? ってぐらいだ」

 

 勇気の魔人ウルフリー。

「確率0%の出来事を、絶対的な勇気の力で100%に覆す」という常識外れの能力を持つ危険分子。

 彼が刑期30年の凶悪犯・仮戸(かりと)をわずか5年で法的に釈放させたのは、その異能を弁護活動という形で悪用したからに他ならない……あるいはこれもまた、彼の目的である『英雄』を潰すためか?

 

 そして、マキマ——あるいは『支配の悪魔』が動いたということは、この弁護士の起こした不確定要素を「世界のシナリオ」から排除するか、あるいはチェンソーマンの餌として利用するために『盤面』を整理し始めたということだ。

 

 共通している事はどちらもチェンソーマンに何かを消して欲しいと求めていることだ、だからどっちにとっても……ジャマになる。

 

「デンジ、お前はここで待機だ。謹慎中に地下室を抜け出せば、次こそマキマさんにも処分されてもおかしくないぞ」

 

「え〜っ!? どうにか俺も行きたい! 勇気の奴叩きのめしてニュージーランド直接行くんだよ!」

 

「なんでニュージーランドにそこまでこだわってるんだよ、パワー、お前暇してるんだからお前行け」

 

「ヌハハ! ついにワシの出番か! 犯罪王・仮戸を再びワシの下僕として迎え入れ、勇気のクソ野郎を血の海に沈めてやるわ!」

 

 高笑いするパワーの頭を叩くこともせず、アキは手帳拳銃を懐に収めた。

 

(不可能を100%可能にする男……正攻法で追えば、こちらの勝率は0%に書き換えられる。なら、最初から理屈も計算も通じない『最悪の不確定要素』をぶつける……こいつを好きにさせることもはっきり言って厄介だが背に腹は代えられない)

 

 場合によって公安4課のルールも、マキマの支配も、物理法則すらも意味をなさない理不尽な魔人パワー。

 彼女の傍若無人な行動こそが、勇気の魔人の計算を狂わせることになるだろう。

 ——

 

 同時刻。出所手続きを終えたばかりの刑務所前。

 高級外車のボンネットに寄りかかり、眩しそうに空を見上げる男がいた。彼こそが、かつて裏社会を震え上がらせた犯罪王・仮戸。

 そしてその隣で、爽やかな笑顔を浮かべて手帳を閉じている男——勇気の魔人ウルフリーであった。

 

「やあ仮戸さん、無罪判決……とはいきませんでしたが、減刑成功だよ! 勇気を出して裁判官の弱みを突き続けた甲斐がありましただね! こういうときはドングリだっけ?」

 

「……おい弁護士さん。俺は確かにお前に弁護を頼んだが……こんな手品みたいな釈放、世間様が黙っちゃいねえぞ」

 

「大丈夫大丈夫ノンノン。確率がどれほど低かろうと、僕の『勇気』があればね……むしろ期待しているんだ、君が勇気だけでどこまで真っ当な道を進もうと出来るのか」

 

 爽やかに笑うウルフリー。

 だが、彼の足元に落ちる影が、突然不自然に歪んだ。

 

「へえ。随分と自信がある、勇気の悪魔……いや、本当の名前は——」

 

 静かで、どこまでも透き通った声。

 振り返ったウルフリーの顔から、一瞬で笑みが消え去る。

 アスファルトの道を、一歩、また一歩と歩いてくる二人の女性。

 寸分違わぬ容姿、同じ赤毛、同じ三つ編み、そして——同じように光のない、黄色い渦巻の瞳。

 

「あれ、マキマ……! なんで二人……!? だって支配の悪魔って……」

 

「あなたが世界に変革を起こそうとするのは勝手……少し都合が変わってきてこんな形、こんな姿に……しかしそれは、そっちもまた同じ」

 

 左側に立つマキマが静かに微笑み、右側に立つ『支配の悪魔』が、冷たく見下ろす。

 二人同時に向けられる、絶対的な支配の威圧感。ウルフリーの額からだらだらと冷や汗が吹き出出した。

 

(あれっ……! 支配の悪魔が二人!? 設定的にも確率的にもあり得ないはずだ! だが……僕の『勇気』なら! 彼女たちの支配を受ける確率0%を、100%にして切り抜けてやる……今の僕の姿ならそれが出来る!)

 

 ウルフリーがその能力を発動しようと胸を張った、まさにその瞬間。

 

 ブォォォォンッ!!!!! という音が環境を支配する。

 

「ワハハハハハ! どけいどけい! ワシの車じゃあぁぁぁ!!!」

 突如、横の路地から猛スピードで突っ込んできた不法投棄の軽トラが、ウルフリーと仮戸の間にダイレクトアタックをかました。

 

「なんだかデジャブ!!」

 

 激しい衝撃音と共に吹き飛ぶウルフリー。

 ガシャーンと派手な音を立てて停車した軽トラの運転席から飛び出してきたのは、血の角を生やした金髪の魔人——パワーであった。

 

「久しいな仮戸! ワシの威光を称えに来てやったぞ! さあひれ伏せ! ……ん? なんか硬いものを踏んだ気がするぞ?」

 

 軽トラのタイヤの下でペシャンコになり、「ぶへっ」と声を漏らしているのは、紛れもなく勇気の魔人ウルフリーだった。

 

「な……なんだこいつ!? こいつ、堂々とひき逃げ……!?」

 

 呆然とする仮戸の前で、パワーは腰に手を当てて胸を張る。

「ぬはは! この男が『勇気で100%逆転する』とか言っておったからな! 支離滅裂なワシのドライビングテクニックで、考える余地すら与えず轢き殺してやったわ! 勝ったぞデンジ! ニュージーランドのラム肉はワシの肉じゃ!」

 

「……」

 

 静まり返る現場。

 後方から追いついてきた早川アキは、頭を抱えて深く深呼吸をした。

 

(最悪だ……何の作戦もなく、ただ車で突っ込んだだけじゃないか……。だが……どっから取ってきたんだこの軽トラ!!)

 

(まあ軽トラ戦車よりはマシか……万が一のために戦争の悪魔連れてこなくて良かったか)

 

 アキは色々考えながらは車の下で白目を剥いているウルフリーを見下ろした。

『確率0%を100%に変える能力』。それは相手の行動や攻撃の意図を認識し、それを覆す『勇気』をトリガーにする能力だ。

 しかし、パワーのように「何も考えていない、ただバカなノリで車を暴走させた」だけの突発事故に対しては、能力の発動条件すら満たせなかったのだ。

 まさに、デンジの予想した大番狂わせ……前々から何度もウルフリーを自ら追い込んだからこそできる姑息な必殺技。

 

「……ふふ」

 

 静寂を破ったのは、マキマの小さな楠子(くすこ)のような笑い声だった。

 

「素晴らしいね、パワーちゃん。映画のNG集みたいで、なかなか見ごたえのある展開だったよ」

 

「だろーっ!? マキマ! ワシを褒めて甘やかすがよい!」

 

 調子に乗るパワーをよそに、二人の『マキマ』は同時に視線をアキへと向けた。

 

「早川君は勇気の魔人の回収を、死の悪魔の隣に配置するように」

 

「……了解しました、マキマさん、こいつはどうします?」

 

「一応重要参考人として、勇気の魔人とどのような関係なのか聞き出してから解放するようき」

 

 

 二人の支配の悪魔は、まるで最初から一つの影だったかのように重なり合い、気だるげにその場を去っていく。

 アキは手帳拳銃のグリップを握り直し、空を見上げた。

 世界は何度も終わり、何度も巻き戻り、支配の悪魔の描くシナリオ通りに崩壊へ向かっているのかもしれない。

 だが——今日のこのくだらない勝利のように、運命の気まぐれを力ずくで蹴飛ばすバカたちがいる限り。

 デンジたちが望む「幸せな未来」は、まだ潰れてはいないのだから。

 

 

「待て!!」

 

 しかし、轢かれてグチャグチャにされてもおかしくないのに普通に立ち上がるウルフリー。

 これはもう悪魔の範疇を超えている……アキはカースを抜いて確実に仕留めようと構え、パワーもうざったいように血で武器を作るが、向かい合うのはマキマとウルフリーのみ。

 

「君……この流れのどこまでが本筋!? 知っているよ、死の悪魔ちゃんを連れ出して、彼女が契約している悪魔も一通り確認している段階なんだね! ここから僕は、大犯罪者が足を洗ってどこまで真っ当な道を歩めるか……そんなストーリーを期待していただけなんだ!」

 

 

「どうして僕の本筋通りには進めてくれない! 君だって何個かは君の範疇の物語を繰り返していることは……」

 

「私の前に現れた『貴方』の質が悪かったから」

 

 ウルフリーの発言を意に介せずマキマはそのまま金縛りのように持ち上げて去っていく。

 ウルフリーは何か秘密がある……質が悪い? それはまるでウルフリーのような存在が沢山いるかのような……何か怪しい、しかしマキマに直接聞いてもはぐらかされてしまうかもしれない、こういうときは……。

 アキは暇しているだろうデンジに連絡する。

 

「お前のすぐそばに死の悪魔はいるか? 勇気の魔人ウルフリーについて……」

 

「……なあおい、あの優男まだ動いてんのか? だとしたらアンタが一番気ぃ抜いちゃダメだろ」

 

「……ああそうか! 自由の悪魔!!」

 

 勇気の魔人が何故か使役している……銃の悪魔、それを彼は何故か自由の悪魔と呼んで何か追い込まれた時にその場に呼び出そうとすることがあったとデンジから聞いている。

 ……これはアキにとってチャンスでもあった、復讐対象がすぐ近くに来る。

 

 そして考える……銃の悪魔はこの時ウルフリーを助けることを優先するのか? いいや、絶対にしない!

 

「うっ!」

 

 銃の悪魔が来て早々、ウルフリーを蜂の巣にしながら周囲に弾丸をぶちまけてアキはマキマを守るように鞘で命からがら弾丸を受け止めて立ち向かう。

 

「タイムリミットとやらの影響か? これがお前の仕業か、あるいは誰の仕業かはともかく……せっかくの機会を無駄にしてたまるか」

 

 アキ、パワー、マキマはそのまま自然な流れで銃の悪魔と戦闘を始めようとしていたが……それを聞いて、ウルフリー

 

「え……えええ? 今君さぁ、タイムリミットとか言った? そうか……うん、僕もだんだん分かってきたなぁ、なんだか妙に動きがのろのろしてるし……そうなのかい」

 

 

「非現実の悪魔……君の仕業なのか……?」

 

 ウルフリーは意味深なことを言って倒れるが、パワーが意味わからないような顔をしてその姿を眺めていた。

 非現実の悪魔……死の悪魔が契約していたあの悪魔の話が何故ここに出てくるのか? 奴はもう既に……。

 

 一方その頃、相変わらず謹慎処分が解けず公安の地下施設から出られないデンジは、昼食すらも職場からの出前で済ませる羽目になっていた。

 出前のカツ丼や蕎麦の容器が並ぶテーブルで、誰よりも旺盛な食欲を見せているのは、なんと死の悪魔だった。

 

「もぐ……もぐ……。やっぱりこの国の飯は美味しいね。デンジ君、それ食べないなら貰っていい?」

 

「あー、どうぞどうぞ……。つーかお前、内臓ないくせにどんだけ食うんだよ……そういや前もラーメン食ってた時も俺以上に食ってたっけ……」

 

 デンジが呆れ顔で箸を置いたその時、壁の通信機器からガサガサとノイズ混じりのアキの声が響いた。

 

『デンジ、聞こえるか。……あの勇気の魔人が、土壇場で呼び出した銃の悪魔に裏切られて死んだっぽいぞ』

 

「マジで!? あのしつこかった優男が……? あっけねぇなぁ」

 

 通信越しのアキの溜息を聞きながらデンジが呟くと、部屋の隅に腰掛けていた戦争の悪魔がフンと鼻を鳴らした。彼女はいつの間にか自身の収容室を抜け出し、当然のような顔で死の悪魔と並んで会話に混じっていた。

 

「デンジ君たちにはよかった事じゃないのかな。私や戦争ちゃんに会う前から、ずっとあの魔人を鎮圧しようと計画していたよね……というよりは、私はアレがきっかけで出会ったわけだし」

 

 死の悪魔が口元を拭いながら微笑む。

 これで恐らく、公安とウルフリーとの間に存在していた厄介な因縁は終わりを告げることになるはずだ。もしもこの妙な物語がこれから先、何回も繰り返されるようなことがあったとしても、あの不快で眩しい男に会うことは二度とないのではないか——そんな予感すら漂っていた。

 

 ウルフリーが遺した謎や「非現実の悪魔」の所在の意味は依然として残されたままだが、少なくとも公安にとっての差し迫った脅威が一つ消え去ったことだけは確かだった。

 現在、この一角にいるのはデンジと二人の悪魔だけだ。

 銃の悪魔がいつこの場所にまで攻め込んできたとしても即座に対応できるよう、本来の警備要員たちは別室で眠りにつき、その時に備えて体力を温存していた。

 

 ……あと支配の悪魔にとって、一番面倒な存在になるのは誰か。

 それは他でもない、ここにいる自分たち自身だろう。

 デンジが自分たちの会話にまるで興味を示さず、ジャンプのバックナンバーをパラパラとめくり始めたのをいいことに、二人の悪魔は静かに「答え合わせ」のような会話を始めだした。

 

「戦争ちゃん、どうしてあんな言い方をしたの? 日本の内閣総理大臣はもう把握しているのに……『支配の悪魔をマキマが契約していた悪魔』なんて」

 

 死の悪魔が首を傾げると、戦争の悪魔は冷ややかな眼差しで窓の外を見つめた。

 

「私は『悪魔の姿はマキマと瓜二つ』とも答えた。……勘のいい奴ならすぐに気付くか、あるいは知っていて周囲を巻き込まないようにあえて黙っているか、そういう選択を迫るように誘導はしている」

 

「……そうだね。もし公安の一部、それもチームのリーダー級が悪魔に支配されているなんてことが公になれば、不信感を招き組織は内側から崩壊する」

 

 実際、脳裏で真相を正しく理解しているデビルハンターだって何人かは居るはずだ。

 

 

 ……マキマが「支配の悪魔と契約している人間」などではなく、紛れもなくマキマ自身が「支配の悪魔本人の肉体」であるということ。 

 もっとも、マキマ自身も途中から、いかにも悪魔と契約した協力者であるかのような巧妙な振る舞いを見せるようになっていたが。

 

 戦争の悪魔が自ら公安に収容されるためにわざわざ日本まで来た理由。

 それは、飢餓の悪魔の代わりとして動くこと以上に、隠された真相を公開するためだった。

 

 いつの頃かは分からない。

 マキマがとある「概念の悪魔」を、意図的にチェンソーマンの腹から部分的に摘出していたことを、彼女たちは確認していた。

 

 ——【世界五分前仮説】。

 ある哲学者が提唱した思考実験。「世界は実は5分前に、過去の記憶や状態を完全に備えた形で創造されたのかもしれない」という荒唐無稽に思えるこの仮説は、正しさを証明することも否定することも不可能なため、人間の知識や認識の限界を問うためのものとして扱われていた。

 

 だが……そもそも人間がこの概念を完璧に証明できない本当の理由は、過去にチェンソーマンがこの概念を持つ悪魔を食い損ねたからであることを知る者は極めて少ない。

 チェンソーマンが『世界五分前仮説の悪魔』を中途半端に食ってしまったことで、その概念は不完全な形で世界に残ってしまったのだ。

 

 真の世界五分前仮説。

 それは、悪魔が最低「5分前」として過去の状態を保存し……もしもシナリオに深刻な問題や破滅が起きた場合、その保存された過去へと時を戻してやり直すことができるという、理不尽極まりない力。

 

「最低が5分ってことは……最大どこまで過去を保管できるの?」

 

 死の悪魔が小さく尋ねると、戦争の悪魔は自嘲気味に口元を歪めた。

 

「最近になって、奴らも『タイムリミット』として覚えてきた頃だろう」

 

 戦争の悪魔は短く、その圧倒的な数値を口にした。

「——『7000』だ」

 

 7000回にも及ぶループ、あるいは7000単位の過去の保存、時間なのか日なのか……。

 その莫大な巻き戻しの果てに、支配の悪魔が描き直そうとしているシナリオは何なのか。

 死の悪魔と戦争の悪魔は、すやすやと漫画本を顔に乗せて寝息を立て始めたデンジの姿を、ただ静かに見つめていた。

 

「ところで今回、そのタイムリミットって……」

 

「ああ……それに関してだが」

 

 

「あっ、すまん……もう手遅れだったわ」

 

 その瞬間、窓に銃の悪魔が迫る。

 

 

 

 ばーん。

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