ある日のこと、デンジは目覚めたときにはイカダの上で大海原を漂っていた。
周りには海ばかりで何も見えてこないところに鯨の悪魔が伸びてくる……かと思えばその後ろから巨大な鮫のような怪物が鯨の悪魔を貫くように倒し……元の姿に戻る
公安4課にして鮫の魔人、チェンソーマンのことも何かと知っているような感じがして慕っている『ビーム』だ。
「お〜ビームじゃねぇか、なんか俺遭難してるみたいなんだけどなんでこうなってるか知らねえ?」
「あっち」
ビームが捕まえた鯨肉を食べながら一緒にイカダを漕いでもらい、陸地を目指していると何か南国のような空間が見えてくる、よく分からないがハワイとかあの辺りだろうか。
だがこのまま海に居てもしょうがないのでビームと共に行動することにする。
「どうするよビーム、お前ハワイ語とか分かるか? 『アロハ〜』でどれだけ通じるかな」
「チェンソー様、ここから嫌な匂いだ、オレとチェンソー様もよく知ってるような匂い」
ビームが嫌な顔をしているとそれに応えるように大きなヤシの木の先端が花火のように弾けてパレードのようにパフォーマンスして、あの男……『勇気の魔人』だ。
ここでデンジも思い出した、変な島で勇気の魔人を鎮圧化させるために4課が駆り出されきたが、途中で7課が島ごとぶっ壊す方向性に移行したので散り散りになって逃げて、デンジはあり合わせのイカダだけ用意してビームと共に海に放り出された形になったようだ。
そして、デンジが偶然また勇気の魔人に巡り会えたわけではなく、恐らくまた能力を使い何かしらの状況を作り出したのだろう。
「鮫の悪魔くんもチェンソーマンと一緒にいるなんて何かの縁を感じるよね、ああ、今はビーム君なんだっけ!」
「嫌いだ! 嫌いだ! 嫌いだ!」
新しくたどり着いた島はそれなりに人も多いが奇妙な色合いの衣服を付けて、文明が発達しているようには見えない独自の環境のようだが……。
「ビーム、あいつもチェンソーのなんだかんだ知ってそうな雰囲気っぽいけど」
「クソヤローだよ」
「それはなんとなく分かる」
マキマ達と合流するかも分からないし、どうやって連絡を取るかも頭に浮かばない。
現状この2人だけで勇気の魔人をなんとかしなくては……。
「よーしビーム! よく分かんねえけど、とりあえずあいつをぶっ飛ばせばいいんだな!?」
デンジは頭を掻きむしりながら、胸のスターターロープに手をかけた。
マキマやアキたちがいない今、頼れるのは目の前でクジラ肉をモグモグと貪っている、やたらと自分を慕ってくれる鮫の魔人だけだ。
「チェンソー様! オレ、チェンソー様のためなら戦う! でもあいつ、マジでクソヤロー! 嫌な予感しかしない!」
ビームは鋭い牙を剥き出しにしながら、南国の砂浜をバシャバシャと蹴って勇気の魔人を威嚇する。
ヤシの木の上でケラケラと笑っていた勇気の魔人は、ひらりと身軽に砂浜へと降り立った。相変わらずの糸目に白い髪、血の汚れすらどこか異国風の衣装に馴染んでいる。
「そんなに警戒しないでよ。ここは素晴らしい場所だろう? 君たちの世界でいう『ハワイ』みたいなものさ。0%の確率を100%にする僕の力があれば、こんな辺境の楽園を作り出すことだって造作もないんだ、まあ……地殻変動はちょっと疲れるんだけど」
勇気の魔人は両手を広げ、奇妙な色合いの衣服をまとった島民(らしきモノたち)を見つめた。彼らは一様に、虚ろな目でパレードのようなステップを踏み続けている。
「ハワイだか羽田空港だか知らねえけどよぉ! 俺はマキマさんのところに帰りたいんだわ! おい、お前、なんでも出来るなら日本に戻る船か何か出しやがれよ、ヒコーキでもいいぜ」
「船? ああ、前の僕の経験では『三船フミコ』なんていうネズミ講みたいな女の子に寄生されちゃって散々だったからね。今回はちょっと趣向を変えてみたんだ。ほら、見てごらんよ」
勇気の魔人が指差した先──南国の美しい海が、にわかに濁り始めた。
ドクン、と不気味な地鳴りが島全体に響き渡る。
「チェンソー様、あいつ、また変な『勇気』を世界に湧かせてる! くるぞ、海から美味しくないやつがくる!」
ビームがチェンソーマンの前に立ちはだかり、四つん這いになって吠えた。
海面を割って現れたのは、巨大なヤシの木の根と、色鮮やかな南国の魚たちがグチャグチャに融合したような、未知の怪奇生物の群れだった。それらはすべて、島民たちの『絶対にこの楽園を汚させない』という狂信的な勇気が具現化した姿だった。
「さあ、チェンソーマン! この楽園の英雄になって、僕の退屈を消し去ってくれよ!」
マキマたちの行方も、日本への帰り方も分からない。
だが、目の前の狂った楽園を切り裂かなければ、明日飯を食うことすら叶わない。
「シャバい島ごと、全部ブッタ切ってやるえええええ!!」
デンジがスターターロープを力任せに引き絞ると、爆音と共に狂気の南国にチェンソーの咆哮が響き渡った。
完全に変身したデンジは砂浜を海中のようにスイスイと泳ぐビームの背中をサーフボードのように乗り回し、独特のダンスのようにチェンソーを振り回して周りの物をまとめてなぎ倒し、そのまま勇気の魔人まで一直線。
あくまで彼が操作できるのは『0%』のみ、ワンチャンなんとかできるならどうにでもなる。
デンジが横向きに振り上げたチェンソーをリンボーダンスの勢いでかわす勇気の魔人。
「おいフツーに避けんなよ〜」
「フツーに避けさせてよ〜、僕のこの体は生け花された黄金の花のように繊細でイケてるんだからさ〜、2026年にはトレンドを飾れる伝説の『美形』をパクったんだからさ」
チェンソーを振り回して攻撃してもいい感じに勇気の魔人に避けられる、これはなんというか能力というより気合で避けられている。
勇気の魔人は最後には力強く怪奇生物をぶん投げて質量を叩きつけてくるが……。
「ビームゥ〜! 一瞬だけイルカになれ!!」
「あいよ〜〜!!」
ビームはデンジの指示通りイルカのような反り返るような派手なジャンプで大道芸を繰り広げ、デンジがそれを頭上から飛び越えてまるでスイカ割りのように縦から真っ二つ。
テンションが上がってようやくマジになったデンジに勝るものはなし。
「あ〜これ面倒になってきたな〜ちょっと待ってよ殺すの?」
「殺さねえよ全然、テメーはそうやって追い込まれたほうがめちゃくちゃ勝てなくなる事はマキマさんから聞いてるからな」
真面目にマキマの言うことははっきり覚えていたデンジは鋏のように両腕のチェンソーで捕らえて、殺しはしないが確実にいつでも息の根を止められる。
勇気の魔人は追い込んではいけない、能力的に不利が逆転するからこそ都合が良すぎて気持ちが悪い。
「僕はね〜、あの島でも言ったと思うけどこの世界には過去未来問わず厄介な『英雄』をチェンソーマンに倒してほしいだけなんたけど」
「知らねぇよそんなの、俺は野郎の頼み事なんか聞きたくねえし何のメリットもねえし、結局テメーも心臓目当てなだけなことはわかってんだよ」
「あ〜その言い方だと僕はこのフラウリーなボディを捨てて金髪ブロンドでHカップのレディに取り替えてもいいんだけど」
「いやそれでも中身は変わんねえじゃん……あ〜でもパワ子もわりとあんな感じか、ワシとか言ってるし」
勇気の魔人の提案にもあまり動じずこのまま詰めてかかろうとするが、現状こいつ抜きでは日本に帰れないしこの変な島についても分からない。
いちかばちかデンジはこのまま勇気の魔人にチェンソーマンの力で脅しをかける。
「おいビームよぉ〜、チェンソーマンは都合の悪い奴を昔っから消してきたそうじゃねえか、こいつ邪魔じゃねえ?」
「不要! 不要! 不要! 賛成!」
「え!? 待って、いやちょっと! まさか食べるつもりなのかい!? 人類を成長に導いてきた概念である『勇気』の僕を! それはいけないね!」
「人類から勇気を失えば過失はとんでもないぞ!!」
「知らね〜なぁ、俺は勇気なんてこれっぽっちもねえぜ、あるのは情欲だけ」
デンジは手にかけてポチタの心臓に手を伸ばしながら、チェンソーマンの力で勇気の魔人を消し去れないかと考えて実行に移そうとしたが……ここにきて勇気の悪魔は何か焦っているというか、何か狙っているように見えたのでビームを島の奴らが手を出せないように誘導させて逃がさないように見下ろす。
「そうかい、やはり君はチェンソー君や飼い主から何も聞いてないようだね……チェンソーマンの持つとされる……ああいや、チェンソーの悪魔の力というべきか、これは全くといっていいほど命乞いじゃないよ」
勇気の魔人はこの体勢のままでぽつりぽつりと語り始める。
それは誰も明かすことの無かった、デンジにとってはあまりにも知るのが早すぎるかもしれない出来事。
「チェンソーの悪魔は雑食なんだ、この世にあるものなんでも食べられる、そして悪魔を食べた場合、名を冠する概念は存在、記憶ごと消えて最初から無かったものとして世界が進行する」
チェンソーマンの力は絶対的。
例えば死、飢餓、戦争、支配。
この世には許されざる悪意が数多くある……それをチェンソーマンの力で消し去ることも容易である。
だから誰だってチェンソーの悪魔の心臓を求めて、デンジを始末しようとする。
そして勇気の魔人もまた、デンジを死なせたいのかはともかくこうしてチェンソーマンの消し去る力を欲している。
「こいつの言ってること事実か?」
「……オレはよくわかんないけど、多分チェンソー様はそんなことしてる、色んな物が消えてったような感じは、確かにある」
ビームでもはっきりとしたものがわからない、概念こと消えてなくなってしまったので当然感覚も掴めないのだろう。
「君ってさ〜、『メロン』って知ってる? すっごい高級で、みずみずしくて、エメラルドカラーで美しい果実なんだ」
「ああ〜? め、メロン〜〜? ……つまりそういうことか? ポチタのやつが昔『メロンの悪魔』を食っちまった? そういうことか?」
「そうなんだよ!! この島だってね、本当はマスクメロンの特産地だったというのに……ああ、ついでにメロンパンとメロンソーダもなくなったらしいよ」
かつてこの世に確かに存在していた物、そしてその名を冠する悪魔も確かにいた。
しかし現在となっては、それらの存在すら消滅している。
それはメロンだけではない。
『オイルショック』『クラムボン』『魔法少女』『インディアカ』『ゲームボーイ』『国家保安部隊』『SFG的哲学』──これまでに様々な物が存在したが、皆チェンソーマンの手によって消滅しているのだ。
更に一説では、数十年前に大規模な概念の消失が確認されているが、これもチェンソーマンが巻き起こした一大事件とされている。
この地下に独自の文明が存在して人間以上の力を持つ新生物が存在していること、一人の漫画家が異世界を作り出そうとしていること。この世には世界の歴史を大きく歪めるほどの英雄が数多く存在している。
それは、この世に存在しなくなった方が幸せなものもあるという。
「それをチェンソーマンの力で消し去る、皆その力を求めているんだ」
勇気の魔人は、身動きを封じられたまま淡々と、しかしどこか悦に浸るような声で告げた。
そんなことの為にデンジ……及びポチタは、地獄のような日々に付き合わされている。
それにデンジからすれば、自分とポチタの夢を叶えることには何の関係もない責任感なので、知ったことではない。
とりあえず分かったことは、ポチタには食えば存在そのものを消す事が出来ることだ。この情報はおそらく使える。
「なぁ優男よ、仮に食ったとしてポチタが目ん玉の悪魔消し去ったら、俺らみーんな何も見えなくなっちまうのか?」
デンジの素朴な疑問に、勇気の魔人は糸目の奥の瞳をわずかに細めて微笑んだ。
「そういうことになるね。目玉の悪魔……というか『眼の悪魔』かな、食われて消滅すれば人類のみならず全生物から目の器官が無くなり……視力というものも無くなる。見るという概念も、それに伴う生活さえもねじ曲がることになるかな」
「ふーん、目玉無し人間か……」
デンジはふん、と鼻を鳴らし、自分の胸元へと視線を落とした。
そこに埋まる、たった一つの尊い相棒の気配。
「じゃあそうだな……ここで俺が『心臓の悪魔』をポチタにつまみ食いさせりゃよ〜、心臓しかねえ今のポチタは消えてなくなっちまうのか?」
支配の悪魔の視線が一気に真下に向けられるような感覚を勇気の魔人は感じ取っていた。
表すものを示す悪魔を呑み込めば、丸ごと消える。
デンジの心臓はそのままポチタの……チェンソーの悪魔の心臓として動いている。
そんな状態で『心臓の悪魔』を消し去って、心臓という概念を消し去ってしまう場合、どうなるのか?
目と違い、生物が生存活動をする上で必要不可欠な部位だけに、存在ごと無くなったら生物がどうなるか分からない。
しかし、一つだけ確実に分かることがある。
これで消えてしまえば恐らく……チェンソーマンは能力ごと完全に消えてなくなってしまう!
「……おいチェンソー様、それ、まずいぞ!」
ビームが本能的な恐怖を察知したのか、ガタガタと牙を鳴らしてデンジの足元にすがりついた。
デンジは胸のスターターロープに指をかけたまま、ニタァと悪ガキのような笑みを浮かべて勇気の魔人を睨みつける。その目は、世界の命運を握る英雄のそれではなく、ただ目の前の鬱陶しい障害を脅しつけているだけの、いつものデンジの目だった。
ようやく勇気の魔人にも焦りが見えている。
「……冗談で言ってるのか? 君の心臓はそうして脅しに使うためにチェンソーくんから託されたものじゃないだろう!」
「チェンソー君じゃね〜よポチタだ、さあどうだかな〜テメーみたいなのが俺達の邪魔すんならブッ殺す以外にもこういう手段取れるんだがって話だよ、あくまで」
デンジはその気になれば本当にそんな手段を取れるのかもしれない。
改めてポチタはとんでもないデンジャラスボーイを気に入ってしまったと感じる。
「し……心臓の悪魔が君より強いという保証は?」
「ある、少なくともお前がいるじゃねえかよ〜おい優男、勇気とやらに賭けてみたらよ……このなんもねェ島、どこにいるかもわかんねェ、勝てるかも曖昧、何一つとして分かってない悪魔がピンポイントでここに現れて俺が文句言わせず大勝利する確率は……1%もあるのかよ?」
「うっ!! せっかく僕の名前に合っていてカッコいいと思っていた能力を……」
デンジは勇気を持ってこの力を使おうとしている……このままでは本気でヤバい。
ここで勇気の魔人が勇気を出して行ったことは……。
「助けて『自由の悪魔』!!」
別の悪魔を呼び出すことだった、デンジの言葉を参考にして無関係な悪魔が自分のピンチに駆けつけて助けてくれる確率……0%を100%の事象に帰ると突如として空が歪み……巨大な悪魔がデンジを跳ね除けて、勇気の魔人はその足元に捕まり空から逃げ出していく。
あそこまで飛ばれたらビームでも追いつけないし、恐らく勝ち目はない。
何故なら勇気の魔人が『自由の悪魔』と呼んだそれは……明らかに名称付けるなら『銃の悪魔』なのだから。
「ライフル協会だって銃を持っていれば襲われても平気だったたのにと言うだろう! 銃とは恐怖ではない、自由の証であり勇気の象徴なのさ!」
そのまま自由の悪魔……銃の悪魔とどちらかわからないが島の向こうまで飛び去ろうとしてしまう。
「せっかく『ミッドサマーの天使』をこの島で潰して英雄を消してもらいたかったのにおかげでただのクソ映画だよ! 次の時はちゃんとフィルムを回しておかないと」
「おい待ちやがれ優男! 勇気見せろやぁ!!」
「優男っていうのやめてよ一応この世界じゃ勇気の魔人なんだから……あっそうだ、名前付けて区別付けるならWolfrey(ウルフリー)でもいいよ!」
それだけ言って消え去っていくが……何もない島にデンジとビームが取り残される形になってしまう。
これから先、自分は一体どうすればいいのか……とりあえず出るにしてもビームに泳いでもらうかイカダ漕いでもらうかにしても日本の方角が全然分からないし帰るまでどれだけかかるか分からない。
「あ〜〜〜っ! ひとまずマキマさんに会わなきゃならねえのにどうすりゃいいのか……」
「マキマに会いたいの?」
終わったそばからまた声が聞こえる……勇気の魔人がいなくなったかと思えば、今度はまた学生のような女の子が出てくる。
雰囲気はデンジのような日本人? だが……その瞳は覚えがある、吸い込まれそうになるほどの螺旋状の目。
それはマキマと同じものだ。
「マキマさんに会いてぇと思ったらそれっぽいのが来ちまった……誰?」
「私の事はアネモネちゃんと呼んで、貴方が慕っているマキマのお姉ちゃん……という感じなのかな」
「へぇ〜マキマさんってそういう家族いたんだ、もしかしてマキマさんが連絡してくれたのか?」
アネモネなる謎の少女はデンジの話した全部の出来事を聞いていたらしく、気球のようなものを用意してビームとデンジを手招きする。
そうしてゆっくりと空から日本列島に向かっていくのだが……アネモネに電話がかかる、マキマからだった。
「え? 時間がもうない?」
それだけ言うと……まるで『ばん』という破裂音がしたかのように気球が爆発、アネモネちゃんとデンジはそのまま大海原に叩きつけられて……デンジ、凄く雑に4度目の死を迎える。