チェンソーマン・DDDEADLoad   作:黒影時空

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第8話「夢の中のデンジ」

「退院おめでとうデンジくん、ここは私のお気に入りの店だから遠慮なく食べて」

 

「おーすげぇ、今の時代にもこの手の屋台とか生きてたんだ」

 

 なんとかあの味気ない病院から出て、何の後遺症も起きることなく無事に退院したデンジは、アネモネから退院祝いとして夜のラーメン屋台に連れてきてもらっていた。

 ここしばらく、健康重視の薄味ばかりで刺激的なものなんて一切食べられなかったデンジにとって、スープの表面にギラギラと油が浮いた醤油ラーメンは、五臓六腑に染み渡る最高の薬みたいなものだった。

 

 フーフーと息を吹きかけ、勢いよく麺をすする。

 暖簾の向こうを夜風が通り抜けていく。ちょうど店主のおやじが仕込みのために奥へ引っ込み、屋台のカウンターには二人きりになった。

 だからこそ、今なら聞ける。デンジは割り箸を咥えたまま、前々から気になっていた核心的な質問をぶつけてみた。

 

「なぁ……なんで悪魔がマキマさんの姉なんて名乗ってんだ?」

 

 アネモネはレンゲを止め、少し意外そうに目を丸くした。

 

「知ってた?」

 

「なんかそんな風に見えたって感じ。だからここまでは俺の中だけで解決してた」

 

 デンジはなんとなく、彼女が普通の人間じゃないことには気づいていた。あのマキマ以上にどこか得体が知れないし、それでいて、妙に惹きつけられる魅力があったからだ。

 アネモネは「そっか、バレちゃってたんだ」と悪びれもせずに微笑むと、自分の正体がバレているのならと、デンジを促して屋台のすぐ近くにある薄暗い裏路地へと移動した。

 街灯の光も届かない闇の中で、アネモネは躊躇いもなく自分の服の裾を両手で持ち上げ、めくり上げる。

 その白い腹部が露わになった瞬間、デンジは息を呑んだ。

 

 そこには、あるべきものがない。

 彼女の身体の、胸の下から下腹部にかけて、縦に一本の巨大な裂け目が走っていた。パカリと開いたその皮膚の隙間、内側の暗がりを覗き込んでも、人間に備わっているべき心臓も、胃も、腸も、臓器の類いは何ひとつとして入っていなかった。

 そこにあるのは、ただの「空っぽの空洞」だった。

 

「私の本当の名前は『死の悪魔』。こっちではしーちゃんと呼んで」

 

「おお〜……死ぬことの悪魔か。いかにもだけど、じゃあ俺をこの場でぶっ殺したりとか出来るのか?」

 

 デンジが尋ねると、しーちゃんは服をパッと下ろし、困ったように眉を下げた。

 

「今ここで能力を使ったら、多分さっきの屋台のおじさんが亡くなって、二度とあのラーメンを食べられなくなるよ」

 

「悪魔もラーメン食えなくなったら嫌なのか」

 

「少なくとも私は嫌かな」

 

 クスリと笑う彼女はどうやら、本当に人間を大事に想っているらしかった。

 あのレンタルショップでせっせとアルバイトをしているのも、ただの人並みの趣味。映画を観たり、美味しいものを食べたり、様々な形で人間の文化に溶け込むような生活を送るのが、彼女にとっては心から楽しいのだという。

 

 しかし、そんな彼女にも致命的な問題があった。

 死の悪魔としての自身の力があまりに強大すぎて、彼女自身の意思では完璧にコントロールが利かないのだ。その力を抑え込むための手段や、万が一のときの抑止力を探していることこそが、彼女がチェンソーマンに近づいた真相だった。

 チェンソーの力による「概念消失」を気にかけ、この世界から消えてほしくないものを選別しようとしているのも、すべては彼女のささやかな本意によるものだった。

 

「じゃあ、公安に行けばいいじゃん。あそこ、よっぽど悪魔に詳しい奴らばっかだし、マキマさんだっているとこだろ?」

 

 デンジがもっともな解決策を提案すると、しーちゃんは寂しげに首を振った。

 

「マキマはね……多分しーちゃんというか『死の悪魔』には、この世から消えてもらいたいと思ってるから」

 

「……え?」

 

「私は人類が好きだけど、もし私が死んで、また地獄で新しい『死の悪魔』が生まれたとしたら……その子が私みたいに人間を好きじゃなかったら、それだけで簡単に人類は滅んじゃうよ」

 

 マキマがアネモネに対して異様なまでに冷たい態度を取る理由が、デンジにもなんとなく察せられてきた。

 だが、それでもまだ疑問は残る。人間が「死ぬこと」を恐れたときに彼女の能力が発動してしまうのだとしても、これほど人間大好きな彼女自身が大人しく引きこもっていれば、むやみな虐殺なんて起きないのではないか、と。

 

 しかし、世界はそこまで甘くはなかった。

 しーちゃんは真剣な眼差しで、デンジの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「聞いて、デンジ君。いつか近いうちに、人間の恐怖は頂点に達する。そうなったら……たとえ私がここでぐっすり眠っていても、能力が勝手に覚醒して、世界中に無差別の死を招くことになるの」

 

 ——

 

「恐怖の大王? ああ、大昔にそんなものがあったな……コレだよ」

 

 翌朝、アキに全部は明かさずアネモネが恐ろしい物を調べているとだけ話してアキやパワーに話すと、アキはスマホで色々と見せてくれる……1999年7月、恐怖の大王が空より現れてアンゴルモアの王を蘇らせる……そんな予言があった。

 今となっては……な話ではあるが当時は本当にこの時人類が滅亡してしまうのではないかというムードで恐怖に怯えていたので、アネモネが言うことも分からなくもない。

 

「まあ、いざ終わってみればこの恐怖の予言を最初に考えたノストラダムスと言うやつがよくある大ホラ吹きってことになったわけだ、そいつからしてもいい迷惑な話だが」

 

「くだらんことに怯えて2000年頃の人類は軟弱なものじゃなあ」

 

「じゃあ人類全体がビビりまくるってことはあるのか?」

 

「あるな、得体が知れないしどうしたらいいのか分かんないとばかりにその日を受け入れるばかりだったそうだ、マキマさんも1999年は一番悪魔が活発だった時期と言っていたのを聞いた」

 

 デンジとパワーに恐怖の大王の話を黙々と説明する中で……どうしてデンジが急にそんなことを聞いてくるのか? と考えていた、アネモネから聞いたものを鵜呑みにして来たのは何もめずらしいことではないのだが、なら何故アネモネは今更終わったことを調べているのか?

 

 まさかまた恐怖の大王が蘇るかもしれないなんて話が広がるのか? しかしあの頃と違い今の人間は疑り深いし、既に一度外れた予言だ。

 大昔に何事もなかったことをもう1回! と言われても信用なんかされるわけもない……アネモネはどうして、今になって恐怖の大王を恐れるのか。

 

 ……単に特定の思想に怯えてるだけなのか? 畏れ多いが、この仕事が終わったらマキマに聞いてみようと思った。

 

「なあデンジ、ワシと恐怖の大王ならどっちが強いと思う?」

 

「あ〜……恐怖の大王って名前のわりにはアンゴルモアをパシリにしてるわけだからパワ子な気する」

 

「じゃろ!?」

 

 ——

 

 しかしその日、仕事に行っても公安のオフィスにマキマの姿はなかった。

 そんな日もあるだろうとしばらくはいつも通りの仕事、悪魔を狩ってアホみたいなデンジとパワーを止めて、日常に戻って……。

 しかし、マキマはその日も現れることはなかった。

 そんな日が3日、1週間……1ヶ月と続いていき、本格的にマキマが行方不明になっていることを知る。

 

 そんな時にデンジは……『しーちゃん』としてのアネモネに頼ることにした、レンタルショップのレジ越しで会話を交える……非現実の悪魔は既にいなくなってしまったが、スタッフルームの扉を開けるとこれまでデビルハンターとしてハントしたものか、あるいは死の悪魔として使役したものなのか……数多くの悪魔が隠れていた。

 

 非現実の悪魔もこのうちの一つだったのだろうか……?

 

「私が見つけたり仲間にした悪魔は全部で26体、そのうちの一つはあのテレビちゃんだからあと25体……じゃないんだよね」

 

「何体やられたんだ?」

 

「7体だから……あと19体悪魔がいる、マキマは私の悪魔から何かを狙って……交戦したのは分かるんだけど多分アレかな〜夢の悪魔」

 

「夢の悪魔ぁ? それってどいつだ?」

 

「あの子だね」

 

 アネモネが指差した悪魔の群の中に指差した中で居たのはバグのような、あるいは謎の動物のバクような奇妙な見た目の悪魔であり、それはこんな時でもスヤスヤと呑気にお昼寝している。

 デンジがちょいとつついてやると、大きく膨らんだ鼻ちょうちんに包み込まれてその姿が消えていく。

 

 ——

 

 そうして辿り着いた先は、あのスラムで古ぼけた汚い景色。

 なんてことはない、非現実の悪魔にやられた時と同じタイプだが口を見ても何も入ってないので今度はドラッグを入れられたことによる幻覚では無さそうだ。

 しかしこれが現実ではないことは確かである、胸のポチタの感覚がないし、ポチタがいなければ……自分がこうして五体満足に生きているわけない、目も内臓も色々と売りながら生計を立てていたのに。

 

 しかし、この場所は現実離れしているにしては妙だ……人間が誰一人として出てこない。

 いや、何一つとして余計なものだったかのように存在すら見えない、この広い広い世界でデンジだけがただひとり。

 

 まるで……夢心地な世界、デビルハンターとして歴史も そこそこ長いデンジは軽くだが現状を把握した。

 

「ああ〜……夢の悪魔だもんな、夢って自分の気になるもの以外は出てこねえしどんな内容か覚えてねえものか」

 

 軽く頭をぶつけてみたが痛みはない、本当に夢心地のような世界観、歩いてみるとガラスの破片のような物が浮いており、よく見るとそのガラスの先に誰か見える。

 そこにいたのは知らんおっさんだった。

 

 少しするとデンジのポケットにいつの間にか携帯があって着信音が鳴るので出てみると……。

 

「もしもーし、しーちゃんです」

 

「おお、よく繋がるな」

 

「私が使役してる悪魔に『電話の悪魔』ってのがいるからね、戦闘力とか恐ろしさは全然大したことない部類なんだけど契約するとどこの誰とでもすぐに電話できるよ、数字酔いするけど」

 

 悪魔の力によって夢の世界越しにでも電話が出来るアネモネと通話しながら行動するデンジ、早速アネモネはガラス越しに見えるものとこの世界について説明してくれる。

 

「そこは分岐点、夢を惑星とするならそこは宇宙、同じ夢を見ていれば……そうやって眺める事が出来る」

 

「同じ夢ぇ? じゃあこのおっさんと同じ夢見てる奴が結構いるわけか〜人が多けりゃそんなこともあるのか?」

 

「それがあるんだよ……デンジ君も知ってるよね、悪魔以前の人間の敵対存在」

 

「お〜久しぶりに聞いたなぁそれ」

 

 ちょっと前の事件でマキマから軽く聞いた……アキはその時は都市伝説の類いだと言っていたがアネモネも知っているならワンチャン本当にあっ可能性が更に出てきたのではないか。

 魔法少女、新人類、進化生物……異世界、魔術……そしてアネモネが語った旧世代の敵対存在、それは。

 

 

 

「ディスマン」

 

 アネモネが電話越しに告げたその名に、デンジは額のガラスを覗き込んだまま「なんだそりゃ」と呟いた。

 

「正式名称は『This Man』。元々はただの口コミから人間の世界に知れ渡った、夢の中にだけ存在する怪異だよ。『夢の中で、変な男を何度も見て不気味だった』ってね。そう言ってある人物がその男の似顔絵を描いたんだけど……不思議なことに、世界中で何千人もの人間が『自分も夢の中でこの男に会った』って次々と目撃証言を上げ始めたの」

 

「へぇ、気色の悪いおっさんだな。マキマさんのストーカーか?」

 

「ううん、目的不明の謎の男。悪魔が人間社会にこうして大手を振って姿を現すよりずっと前、人知れず世界に溶け込んでいた『旧世代の敵対存在』だよ。私たち悪魔にとってもね」

 

 アネモネのトーンはどこまでも平坦で、だからこそ奇妙な現実味を帯びていた。

 彼女の話によれば、この世界には悪魔以外にも、人間の理解が及ばない『不明瞭なもの』が数多く実在しているという。

 

 見ると意識を奪い去られる進化細胞生命体『ももいろさま』。

 視認した者を別の世界へと引きずり込む『異世界に繋がる白い漫画』。

 自らの肉体を電流へと変換して電線を渡る『電法』——。

 

「マキマはね、その全てが気に入らないの。公安の力を使って、そういう理解不能な怪異を根こそぎ、全部この世から消し去りたいって思ってる。それが上手くいっているのかは私にも分からないけれど……今回の失踪は、その一環でマキマ自身がこの夢の世界に入り込んだからだよ」

 

「じゃあ、このガラスの向こうにマキマさんがいるってことか?」

 

「この空間自体、ディスマンに遭遇する夢を繋ぎ合わせて作ったものだからね。デンジ君の周りには誰もいないように見えても、世界のどこかには必ずマキマがいるはずだよ」

 

「なら話は簡単だ。探しゃあいいんだろ」

 

 デンジは自分の胸に手を当てた。ポチタの紐の感覚はない。自分が今、五体満足でまともな内臓を持っていること自体が夢の証拠だ。

 だが、夢の中なら限界も時間切れもない。

 

「待っててやるよ、マキマさん」

 

 デンジは果てのないスラムの景色を、ただひたすらに走り始めた。

 そして……現実の足跡、消え去る死体

 同じ頃、現実の公安特異課は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 マキマの行方不明から始まった捜査の過程で、公安はアネモネのレンタルショップに隠されていた『夢の悪魔』を特定し、これを討伐することに成功した。

 

 だが、事態は何ひとつ好転しなかった。マキマの姿は相変わらず見つからない。

 それどころか、信じられない事態が起きる。

 公安の厳重な監視下に置かれていたはずの『夢の悪魔』の遺体が、ほんの少し目を離した隙に、どこにもなくなってしまったのだ。

 

「——またか」

 

 現場で報告を受けた早川アキは、苦虫を噛み潰したような声を漏らした。

 かつてアネモネが組んでいた『非現実の悪魔』が突然死んだの時と全く同じ事例だ。まるで世界そのものが、用済みの存在を最初からなかったことに書き換えているかのような不気味さがあった。

 

 デンジも、マキマも戻らない。

 

 手がかりを求めて単独で捜索を続けていたアキは、かつてデンジが口にしていたアネモネのアルバイト先——あの古びたレンタルショップへと足を踏み入れていた。

 

「……なんだ、この店は」

 

 薄暗い店内に並ぶビデオやDVDの棚を見て、アキは言い知れぬ違和感に襲われた。

 マキマが頻繁に通っていたというだけあって、映画の品揃え自体は膨大だ。しかし、その中身が徹底的に『妙』だった。

 店頭の目立つ場所に並んでいる作品は、どれもアキがこれまでの人生で一度も聞いたことのないタイトルばかり。しかも、その殆どが陰惨なホラーやパニック系に偏っている。

 * 街全体が深い霧に包まれ、狂った怪物が徘徊する映画

 * 日本以外のすべての国土が原因不明の天変地異で沈没する映画

 * 新型のドラッグによって社会が根底から破滅していく映画

 * 過去の歴史から蘇った独裁者が世界を蹂躙する映画

 

「……ッ」

 

 アキは思わず、その中の一本のパッケージを手に取り、凝視した。

 背筋に冷たい汗が伝う。

(……この映画の内容、俺は『知っている』んじゃないか……?)

 

 つい最近まで、確かにそんな恐ろしい出来事が現実に起きていて、自分たちもそれに怯えていたような、強烈な既視感(デジャヴ)が脳裏をよぎる。

 だが、記憶の糸を手繰ろうとすると、霧がかかったように曖昧になる。

 

 あの時、世界はどうなった?

 結果的に、デビルハンターや誰かの手によって破滅は回避されたのだろうか?

 いや——本当に、あの時も人類は助かったのだろうか?

 もし、映画の棚に並んでいるこれらの『フィクション』が、かつて実在し、そしてチェンソーの力か何かに依って「消された歴史」の残骸なのだとしたら。

 

 アキの心の中に、底なしの疑問と恐怖が渦巻いていく。

 誰一人として答えを出せぬまま、現実の世界では、マキマとデンジの消息は完全に途絶えたままだった。

 ……26本、未知の映画は26本綺麗に整って並べられているがその大半がパッケージも貼られていないまるでダミー品のような真っ黒なものだった。

 紙がついているのはたったの8つ。

 

 そしてそのうち……8つ目が最近貼られたばかりのようだ。

 

「ディスマン?」

 

 タイトルはそれだけ、絵はなく……つい最近用意されたかのように文字が記されているのみだ。

 一体これは何なのか見当もつかない……しかしもしかしたらこれがデンジやマキマを見つけ出せるかもしれない。

 手に取って回収した途端……背後に殺気を感じ刀を後ろに振り上げると、そこにいたのは勇気の魔人ウルフリーだった。

 

「ジャローナ★」

 

「何しに来た?」

 

「レンタルショップの要件……そんなの借りに来た以外になくないかね? まあ僕も、実際非現実の悪魔を探して借りたかったんだけど……」

 

「借りる? あいつを……」

 

「ああメンゴメンゴ! 公安にこれを言っちゃうのはマズイような気がしないでもないが、だって彼がいないのが悪いんだし……」

 

 

 ここはレンタルショップだ……表向き、アネモネがDVDを趣味で借り出ししているのと同時に……悪魔として、自分が使役している悪魔を契約とは別で貸し借りしているという噂がある。

 先に言ってしまうと……アネモネは別にそんなことしていない、ウルフリーがただ非現実の悪魔を持ち出したいだけの話だが……アキには知ったことではない。

 

 それに……この物語は既に意味がない。

 公安が少し早計な行動を取ったことで、もうデンジの物語は続かなくなってしまったのだから。

 だから、もう終わりにしている。

 

 勇気の魔人はそれも気付かないが、今はそれでよし。

 

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