魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
第38管理外世界、廃棄採掘プラント。
『トリガーより本部。誘引完了。繰り返す、誘引完了。——ヴァレル、まだ撃つな。封鎖完了まであと六分——』
通信の途中で、坑道の向こうの空が桜色に発火した。
推定百二十機の自律採掘機——リバーサーズの残党が魔力炉を弄って兵器化した鉄屑ども——は、四秒で鉄屑に戻った。文字通りの意味で。
『……ヴァレル、鎮圧を確認』
『任務完了です』
平坦な声が回線に乗る。リョウは廃坑の岩壁に背を預け、天を仰いだ。
(六分。六分だけ待てって言ったんだよ、俺は)
——第51管理世界、港湾倉庫街。
『いいかヴァレル、今回の目標は"回収"だ。回・収。原形を留めた状態で分析班に渡す。分かるな? 撃つのは駆動部だけ——』
倉庫街の夜空が桜色に発火した。
分析班に引き渡された回収目標は、良質な砂利だった。分析班長は砂利の入ったコンテナとリョウの顔を三度見比べ、無言で受領印を押した。
——第44管理外世界、二度目のサントレア市。
『ヴァレル! せめて! せめて報告書に書ける程度の手順を——』
発火。更地。任務完了です。
「……というわけで、今月の戦闘詳報、十一件。全部俺が書きました。全部です。なんでか分かりますか課長殿。実働のもう一人が提出してくる報告書が、毎回三行だからです。『目標を確認。制圧した。以上』。軍記文学かっつーの」
「あら、要点は押さえてるじゃない」
「課長殿?」
執務室で、リンディは砂糖入りの緑茶を啜りながら、書類の山を挟んでのほほんと笑った。着任から二ヶ月。リョウはこの笑顔が「補修された壁」であることを知っていたし、その壁の内側で母親が毎晩グラフの新しい一点を見つめていることも、もう知っていた。
だから、愚痴の形を借りて、本題を切り出した。
「……で、だ。愚痴ついでに報告です。あいつの『独断』、条件が読めてきました」
リンディの湯呑みが、音もなく止まった。
「十一件、全部見ました。あいつが手順を無視するのは、無差別じゃない。条件は一つだけです。——作戦領域の中か、そのそばに、守るべき生体反応があるとき。それだけです。無人の廃棄区画で暴れる鉄屑が相手なら、あいつは案外、手順どおりに待てる。六分でも十分でも待てる。けど、避難の遅れた民間人が一人でもレーダーに映った瞬間、あいつの中で手順の優先度がゼロになる。結界も、封鎖も、命令も、自分の残量も、全部」
「……ええ。そのとおりよ」
「もう一つ。磨耗のサインも読めてきました。顔色。杖の先の揺れ。それと、帰投時の飛行高度です。削れてる日は、あいつの巡航高度が二、三十メートル下がる。本人は隠してるつもりですけどね。……医療班のデータと突き合わせたい。閲覧権限、もらえますか」
リンディは、しばらくリョウの顔を見ていた。それから、笑った。補修された壁のほうではない、素の、少しだけ泣き笑いに似た顔で。
「二ヶ月で、そこまで見たのね」
「見てろって言ったのは課長殿でしょうが」
「言ったわね。……権限、出しておくわ」
湯呑みを置いて、リンディは訊いた。
「それで? 条件が読めて、サインが読めて。あなた、どうするつもり?」
「叱っても変わらないのは、二ヶ月前に思い知りましたからね」
リョウは頭の後ろで手を組んだ。
「変わらないなら——先回りするだけです」
その夜、リョウは射撃訓練区画に向かった。
少女は、いつもの場所にいた。整備台のセブンスウィルの傍らで、膝の端末を睨んでいる。もう驚かれもしない。この二ヶ月で、リョウが夜にここへ来ることは、艦の日常の一部になっていた。
「ヴァレル。取引をしよう」
「……取引、ですか」
「そ。ビジネスの話だ」
リョウは向かいの弾薬コンテナに腰掛け、指を三本立てた。
「三秒だ。おまえが手順をぶっちぎって飛びたくなったとき——撃つ前に、俺に三秒くれ」
少女は、怪訝そうに眉を寄せた。
「……意味が、分かりません」
「おまえの独断はな、判断が悪いんじゃねえ。判断の材料が悪いんだ。五キロ後方の狙撃点から、艦のセンサー越しに見た戦場で、おまえは撃つかどうか決めてる。けど俺は前に出てる。目標の匂いが分かる距離にいる。的が本当に『撃っていい物』かどうか、この目で確定させられる。——三秒あればな」
リョウはミニットマンを掲げてみせた。
「俺が『クリア』と言ったら、撃て。手順もへったくれもねえ、思う存分ぶっ放せ。報告書も俺が書いてやる。その代わり、俺が『待て』と言ったら——三秒だけ、待て。三秒経ってもクリアを出せなかったら、そのときはおまえの判断でいい。どうだ。悪い取引じゃねえだろ」
少女は長いあいだ、黙っていた。平坦な顔の下で、何かを検算している沈黙だった。
「……あなたが三秒で確定できなくて、その三秒で誰かが死んだら?」
「俺の責任だ。生きて取る方の責任な」
「……あなたが、確定を急いで、間違えたら?」
「そんときは二人で間違える。一人で間違えるより、だいぶマシだ」
少女の睫毛が揺れた。二人で、という言葉のあたりで揺れたのを、リョウは見逃さなかった。
「…………三秒、だけです」
「三秒だけだ。商談成立」
差し出した拳に、少女は困惑した顔をした。リョウが「こうすんの」と自分の拳を軽く合わせる仕草をして見せると、少女はおそるおそる、小さな拳をこつんと当てた。
「……これは、何の儀式ですか」
「契約書代わり。うちの故郷の風習だ」
嘘である。前世の職場の風習だった。