魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第11話「Leash」

 残り時限、六十六時間。

 

 ゼルベロス分析室の空気は、徹夜の熱と、抑えた興奮で煮詰まっていた。

 

「——結論から言います。あの指揮官機は、外部から制御されています。完全に」

 

 分析班長のグレア三佐が、投影板に解析図を展開した。第一次接敵で持ち帰った観測データ。金色の機動の軌跡に、細く、規則的な脈動が重ねられていく。

 

「戦闘中の全機動に、この脈動が同期しています。周期二百ミリ秒の指令波——霊峰方向からの、次元位相通信です。彼女は自分で戦っていない。二百ミリ秒ごとに、戦わされている」

 

「……受信してる場所は、分かるんですか」

 

 リョウの問いに、グレアは解析図を拡大した。人体の輪郭。頸椎から胸椎にかけて走る、人工系のライン。その最上部——首の後ろ、頭蓋の付け根に、ひときわ密度の高い構造体が赤く明滅した。

 

「ここです。頸部制御中枢。神経系統の置換部と生体部の結節点に、受信機構が埋まっている。レギンレイヴとの直結系も、ここから出ています。……戦闘記録との照合で、装甲も確認しました。この一点だけ、機体のどこよりも防護が薄い。整備用のアクセスを確保するためでしょう。作った側の都合です」

 

「そこを、壊せば」

 

「制御は、切れます」

 

 分析室が、ざわめいた。グレアは手を上げて制し、続けた。

 

「もう一つ。こちらの方が、重要かもしれません。——彼女の人格は、消されていません」

 

 投影が切り替わる。太刀筋の解析。四年前の管理局の戦闘記録——ジュエルシード事件当時の、フェイト・テスタロッサの剣技データとの、重ね合わせ。二本の軌跡は、薄気味悪いほどに一致していた。

 

「技の癖、機動の選択、間合いの好み。全て四年前と同一です。もし人格データを消去して機体制御だけ残したなら、こうはならない。動きはもっと、最適化されて、無個性になるはずです。つまり彼女の中身は——消去ではなく、遮断されている。分厚い扉の向こうに、閉じ込められているだけです」

 

 なのはが、腰を浮かせた。

 

「じゃあ……扉を、開ければ」

 

「理論上は。受信機構の破壊は、遮断の解除に直結する可能性が高い」

 

 グレアは、そこで初めて、言い淀んだ。

 

「……ただし。内部構造の完全解析には至っていません。干渉域越しの観測データだけでは、受信機構が他の系統と、どこまで絡んでいるかまでは……。可能性の議論しか、できません」

 

 その但し書きを、その場の誰もが、聞いた。

 

 聞いて——期限と、希望の前に、棚に上げた。リョウも、含めて。

 

「もう一点。……気が重い報告ですが」

 

 グレアが、最後の解析を投影した。虚数空間の観測記録。四年分——なのはが毎晩漁り続けたのと、同じ海のデータだった。

 

「フェンリルの母体は、虚数空間の研究集団と見て間違いありません。『終末の牙』の権能も、トゥーサーズの鋳造も、技術基盤は全て虚数空間の位相操作です。そして……彼らは、虚数の海への"潜行"技術を持っている。沈んだものを、引き揚げる技術を」

 

 だから見つからなかったのだ、とリョウは悟った。四年間、なのはが見続けた観測データのどこにも、フェイトはいなかった。いるはずがない。管理局が海面から覗き込んでいる間に、あの連中は、海に潜っていた。

 

「……虚数空間内の時間流は、不定です。実時間の四年が、内部で何年に相当したかは、誰にも分かりません。あの男の言った『四年漬け込んだ』が、彼女の主観で何年だったのかも」

 

 分析室が、静まり返った。

 

 なのはは、膝の上の拳を見つめたまま、動かなかった。リョウは、それ以上その想像を進めないよう、自分の思考に鍵をかけた。今かけなければ、戦う前に折れる類の想像だった。

 

 その静寂を破ったのは、艦内通信だった。

 

『艦長より分析室。実働要員と分析班長は、至急、通信室へ。……本局から、入電よ』

 

 リンディの声は、嵐の前の色をしていた。

 

 通信室の主モニターに、本局統合幕僚部の紋章と、三人の提督の顔が並んでいた。

 

『——ハラオウン一佐。貴艦より提出された敵指揮官機の解析報告は、確認した』

 

 中央の老提督が、事務的に告げた。

 

『統合幕僚部の決定を伝える。当該指揮官機は、敵戦力の中核として脅威度を最上位に再指定。第01ロストロギア事件課は、次回接敵時、当該機の——排除を最優先とせよ』

 

 排除。

 

 その二文字に、なのはの体が、目に見えて強張った。

 

「意見具申を」リンディの声は、静かだった。「当該機は誘拐・改造された民間人——旧管理局協力者、フェイト・テスタロッサです。受信機構の破壊により無力化と鹵獲が可能と、分析班は……」

 

『「可能性が高い」だろう、一佐。報告書は読んだ』

 

 左の提督が、遮った。

 

『残り六十五時間だ。八百万の命の期限に、"可能性"へ割く戦力の余裕はない。次の接敵が最後の機会かもしれん。確実な排除が、最も多くの命を救う。……冷たいことを言っているのは分かる。だが我々は四年前、感傷で判断を誤って、故郷を一つ失った側だ』

 

 その一言は、卑怯だった。この部屋の誰よりも、その「故郷」の重さを知る二人の前で使うには、あまりに。

 

 リョウは、口を開きかけた。開きかけて——リンディの手が、卓の下で小さく制した。

 

「では、条例に基づいて具申を変更します」

 

 リンディは、一枚の文書を通信に載せた。

 

「第01ロストロギア事件課、設立規程第二条。——本課は、ロストロギア級の力を有する人員の捕捉、管理、および保護を任務とする。……フェイト・テスタロッサは、アルハザード系技術による機械化六割、虚数空間への長期適応、および高位リンカーコアの複合体です。定義上、彼女は"ロストロギア級の人員"に該当します。であれば、彼女の保護は、本課の設立任務そのものです」

 

 通信の向こうで、提督たちが沈黙した。

 

「本課がなのは・T・ハラオウンのために作られた部署であることは、皆様がご承知のとおり。……ならば、二人目を保護できずに、この部署に何の意味がありますか」

 

 長い沈黙の後、中央の老提督が、息を吐いた。

 

『……三十六時間だ、一佐。残り時限が三十時間を切った時点で、鹵獲作戦の権限を取り消し、排除命令に一本化する。それから——鹵獲の試行が本作戦、すなわち牙の起動阻止を危うくすると現場が判断した場合も、同様だ。以上が、譲歩の全てだ』

 

「……了解しました。感謝します」

 

 通信が切れた後、リンディは長く息を吐き、二人の実働要員に向き直った。母親の顔でも、艦長の顔でもない、その中間の、疲れた顔で。

 

「聞いたとおりよ。三十六時間。……首輪(リーシュ)を切るわよ。あの子の首の、後ろのやつを」

 

 作戦名は『リーシュカッター』と付けられた。

 

 骨子は、単純だった。単純であることだけが、成功率を担保できる、時間のない作戦だった。

 

 第一段階、分離。次の防衛戦で天翼兵の編隊を叩き、指揮官機を護衛から引き剥がす。誘引役はリョウ。第一次接敵の戦訓から、敵指揮系統はリョウを「高機動・低火力・優先度中」と分類している——泳がせて追わせる余地が、そこにある。

 

 第二段階、標定。リョウが単騎でフェイトの斬撃圏に踏み込み、生存し続けながら、頸部の受信機構に、マーカー弾を直接着弾させる。

 

 第三段階、切断。なのはが長距離狙撃点から、マーカーの一点のみを、収束砲の最小絞りで撃ち抜く。

 

 ——四ヶ月前、ファーヴニルを墜とした方程式の、完全な再演だった。

 

「一つだけ、確認だ」

 

 ブリーフィングの最後に、リョウは、隣の少女に向き直った。艦橋の全員が見ている前で、あえて、言葉にした。

 

「撃つのは、おまえだ。的は、フェイト・テスタロッサの首の後ろだ。……撃てるか」

 

 残酷な問いだと、分かっていた。分かっていて、今、艦のみんなの前で確認しておくことが、彼女への誠実だと思った。

 

 なのはは、目を伏せなかった。

 

「……撃てます」

 

 声は、揺れなかった。

 

「撃つのは、フェイトちゃんじゃありません。フェイトちゃんに付けられた、機械です。首輪です。……物、です。わたしの砲は、物を撃つ砲です。だから——撃てます」

 

 物です、と言い切るとき、少女が自分の胸の内で何をどう積み上げてその三文字を支えたのか、リョウには想像しかできなかった。それでも、その積み上げは、本物だった。本物である限り、この作戦は回る。

 

「よし。……なら、行ける」

 

 誰も、グレアの但し書きを、もう一度口にはしなかった。

 

 出撃前の整備時間、リョウは観測窓の前で、なのはに捕まった。もう待ち伏せの気配で分かるようになっていた。

 

「……少しだけ、話していいですか。フェイトちゃんの、こと」

 

「おう。聞く」

 

 少女は窓の外の、霊峰の方角に光る戦火を見ながら、ぽつりぽつりと、話した。

 

 ジュエルシードの海の上で、何度も刃を交えたこと。敵同士だったのに、どうしてか、放っておけなかったこと。名前を呼び合ったこと。いつか、ちゃんと話がしたかったこと。——ある日を境に、彼女が「変わって」しまったこと。母親の手で、少しずつ機械にされて、目から色が消えていったこと。最後の戦いで、その母親に引導を渡したのが、彼女自身の手だったこと。

 

「……最後に見たとき、フェイトちゃん、泣いてました。泣きながら、虚数空間に、落ちていって。わたし、手を伸ばして……ぜんぜん、届かなくて。指の先も、掠らなくて」

 

 少女は、自分の右手を、窓の光に透かした。

 

「トモダチに、なりたかったんです。ずっと。戦ってる時から、ずっと。……なのに、なる前に、いなくなっちゃった。だからわたし、四年間……トモダチになれなかったことだけが、ずっと」

 

「——まだ、なれる」

 

 リョウは、言った。断言の形で、言った。

 

「四年前の続きは、まだ終わってねえ。あいつの体は、太刀筋を覚えてた。なら、扉の向こうの中身は、おまえのことだって覚えてる。……首輪を切って、扉を開けて、それから言えばいい。四年遅れの、『トモダチになろう』をな」

 

 なのはは、リョウを見上げた。それから、窓の外の戦火を見た。

 

「……はい」

 

 返事は、短かった。短くて、まっすぐだった。

 

 残り時限、六十時間。

 

 首輪切りの猟犬たちは、二度目の谷へ、降りていく。

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