魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~   作:ちょわわ

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第13話「Wolf's Den」

 ——潜入側/残り時限五〇時間・権限失効まで一八時間

 

 狼の巣の入口は、狼の産道だった。

 

 霊峰中腹の岩肌に開いた鋳造口——トゥーサーズの湧出源のひとつに、リョウは張り付いていた。眼下の坑内では、瓦礫と魔力が赤黒い光の中で練り上げられ、狼人型の輪郭に固まっていく。生まれたての個体が、濡れた仔獣のように鋳型から這い出し、遠吠えを一つ上げて、前線へと駆けていく。

 

 (……ってことは、だ)

 

 二日間の観測で立てた仮説は、三つ。生まれたての個体は敵味方識別が粗い。鋳造炉の熱と魔力残滓は、生体反応を霞ませる。そして——巣の中で、外敵を警戒する獣はいない。

 

 リョウは呼吸を殺し、魔力灯を絞れるだけ絞り、湧出の波と波の間隙に、産道へと滑り込んだ。

 

 鋳造炉の脇を抜ける。熱波が頬を灼く。三メートル先を、生まれたてのトゥーサーズが歩いていく。赤い眼がこちらを一度、掠めた。リョウは動かない。呼吸もしない。ただの岩、ただの瓦礫、ただの、鋳造待ちの材料——

 

 赤い眼は、素通りした。

 

 (《Ready.》とか言うなよ、相棒。頼むから)

 

 ミニットマン051は、無音待機の設定を、律儀に守っていた。

 

 ——前線側/残り時限四九時間

 

 金色の雷が、防衛線に降ってきたのは、その一時間後だった。

 

『指揮官機、出撃を確認! 天翼兵二個編隊を随伴——針路、防衛線中央! ヴァレル、来ます!』

 

「——了解っ」

 

 なのは・T・ハラオウンは、セブンスウィルを構え——構えたまま、銃口を金色から、外した。

 

 撃てない。あの機体は、撃てない。首の後ろには、命綱と編まれた首輪。マーカーの翡翠光は、まだあそこに灯ったままだ。撃っていいのは、随伴の白い量産機だけ。

 

 だから、今日のなのはの仕事は、四年間やったことのない仕事だった。

 

 撃たずに、受ける。躱して、逸らして、時間を稼ぐ。

 

「——っ!」

 

 金色の斬光。肩を見る。予備動作。射線が生まれる前に、射線の外へ。転げるように障壁を最小で張り、掠らせ、流し、離脱する。美しくもなんともない、泥臭い、地を這うような回避。艦尾の訓練区画で、何十回、何百回、転がされて覚えた動き。

 

 (避けるのは、目でやる。撃つ人は、撃つ前に、世界に断ってから撃つ——)

 

 リョウさんの声が、体の中で鳴っている。

 

『ヴァレル、随伴機が回り込みます、四時!』

 

「クリア確認——物、確認! 撃ちますっ!」

 

 桜色の一射が、天翼兵の小隊を薙ぐ。自分でクリアを唱えるたび、胸の奥が軋んだ。本物のクリアは、今、この空にいない。この空の彼女は、砲身であると同時に、自分の観測手で、自分の引き金で——それでも、落ちるわけにはいかなかった。

 

「フェイトちゃん……!」

 

 雷光の主に、声を投げる。届かないと知っていて、投げる。

 

「もうすぐだから……! もうすぐ、リョウさんが、首輪の根元まで行くから……! それまで、わたし、絶対、落ちないから——!」

 

 金色は、応えない。二百ミリ秒ごとの指令に従って、ただ、斬りかかってくる。

 

 ゼルベロスの艦橋で、リンディは戦況図と、二つの数字を睨んでいた。残り時限。そして、権限失効までの残り。

 

「……急ぎなさい、リョウくん」

 

 母親の声は、艦橋の喧騒に呑まれて、誰にも届かなかった。

 

 ——潜入側/残り時限四七時間・権限失効まで一五時間

 

 巣の最深部は、静かだった。

 

 鋳造炉の喧騒も、トゥーサーズの遠吠えも、分厚い岩盤の向こうに遠い。磨かれた石造りの広間——旧文明の神殿を転用したらしいその空間の中央に、それは、あった。

 

 祭壇。黒曜石の光沢を放つ、一メートル超の巨大な牙。放送で見た通りの、呼吸のような明滅。『終末の牙』。

 

 そして祭壇の傍らに、無骨な機器の島。幾重にも組まれた演算体と、次元位相通信の送信系。あの解析図で見た指令波の——首輪の、根元。フェイト・テスタロッサの命綱の、もう一方の端。

 

 (見つけた——)

 

 踏み出しかけた足が、声に、止められた。

 

「やあ。思ったより早かったね」

 

 機器の島の陰から、男が、姿を現した。

 

 拍子抜けするほど、普通の男だった。四十絡み。中肉中背。フェンリルの黒衣を着てはいるが、その下の顔は、疲れた勤め人のような、穏やかで、凡庸な顔だった。加工音声の芝居がかった歌い方から想像していた、どの姿とも違った。

 

「歓迎するよ、引き金の君。……ああ、動かないでくれたまえ。君は賢いから、もう分かっているだろうけど」

 

 男は、送信系に、軽く手を置いた。

 

「これを壊せば、彼女は死ぬ。君が私を撃てば——おっと、君の火力では私の障壁は抜けないが——私が倒れて送信が乱れても、彼女は死ぬ、かもしれない。正規の停止手順を吐かせない限り、この卓は、触れない。……ほら。できないだろう? 何も」

 

 リョウは、動けなかった。分かっていたことだった。分かっていて、目の前で言葉にされると、両手両足に鎖を巻かれたのと同じだった。

 

「自己紹介がまだだったね」

 

 男は、芝居がかった一礼をした。凡庸な顔に、あの放送の、うっとりした色が滲んだ。

 

「ロキ、と名乗っている。狼の、父の名だ。……さて、引き金の君。せっかく来てくれたんだ。少し、話をしようじゃないか。なに、時間ならある。——君たちには、ないけれど」

 

 男の指が、卓の上で、一つの操作を、こともなげに実行した。

 

「レギンレイヴ・ワン、出力制限を解除。……ふふ。前線が、賑やかになるよ」

 

 ——前線側/残り時限四六時間

 

 金色が、変わった。

 

 速度が一段、跳ね上がった。斬撃の重さが変わった。雷光の密度が変わった。なのはの回避が、半歩ずつ、削られていく。障壁の消費が跳ね上がり、胸の奥で、あの感覚——生成の不足分を、別の何かで埋める感覚が、頭をもたげ始める。

 

 (だめ。まだ。まだ使わない。使ったら、長く保たない——)

 

『ヴァレル! 下がって、艦の支援砲火の傘に——』

 

「下がりませんっ!」

 

 なのはは、叫び返した。

 

「わたしが下がったら、フェイトちゃんは防衛線を抜けて、退避の人たちのところに行きます! そうしたら、艦は——管理局は、フェイトちゃんを撃ちます! だから、ここで、わたしが受けます!」

 

 雷光を、転げて躱す。掠める。バリアジャケットの肩口が裂ける。それでも、銃口は金色に向けない。向けずに、受け続ける。

 

 艦橋の通信席に、本局からの定時通信が、無慈悲に着信した。

 

『——権限失効まで、残り一四時間。状況の進展を報告されたし』

 

 リンディは、返信の文面を、一度打って、消して、打ち直した。

 

「……『計画は進行中』。以上で送りなさい」

 

 ——潜入側/残り時限四五時間

 

「単刀直入に訊く。……なんで、こんなことをする」

 

 リョウは、時間を稼ぐ側に回ることにした。話をしよう、と男が言うのなら、話をさせておけばいい。その間に、観察する。卓の構造。守りの層。男の障壁の癖。何か——何か一つでも、この鎖を切る鍵を。

 

 ロキは、嬉しそうに、両手を広げた。

 

「いい質問だ。だが順番が違うな。『なんで』の前に、『なにを』を見てもらおう」

 

 男は、祭壇の牙を、慈しむように見上げた。

 

「私はね、世界の終わりを、二度見たんだよ、引き金の君。一度目は、突然だった。空が割れて、大地が虚ろに呑まれて、七割が消えた。二度目は、もっと呆気なかった。ある朝、地平線という地平線が光って——それで、全部終わりだ」

 

 リョウの心臓が、嫌な軋み方をした。

 

 空が割れて。七割が消えて。地平線が光って。

 

 その順番を、その描写を、その——体感を、知っている人間が、この宇宙に、何人いる。

 

「……あんた……」

 

「私はね、必死に考えたんだ。あの灰の上で。なぜ世界は終わったのか。誰の失敗なのか。何が間違っていたのか。……そして、気づいた。ああ、簡単なことだったんだ。間違いなんて、どこにもなかった。あれこそが正しい結末で、正しい主題の、正しい回収だったんだよ」

 

 男の凡庸な顔が、初めて、凡庸でなくなった。うっとりと、恍惚と、祭壇の牙と同じ呼吸で、明滅した。

 

「破滅こそが、この物語の主題(テーマ)なのだよ!」

 

 声が、神殿に反響した。

 

「考えてもみたまえ。ジュエルシードも、闇の書も、アルハザードも——この世界の"設定"は、最初から、終わりの装置ばかりが、これでもかと積み込まれている! 作者の意図は明白じゃないか! なのに登場人物どもは、毎回すんでのところで回収を邪魔して、物語を、だらだらと引き延ばす。……私はね、ただの読者に戻っただけだよ。物語には、正しく主題を回収して、終わってもらう。それだけの、話なんだ」

 

 設定。作者。登場人物。読者。

 

 その語彙の並びに、リョウの背筋を、氷が這い上がった。まさか。まさか、まさか、まさか——

 

 ロキは、リョウの顔色を、心底楽しそうに眺めて——それから、すっと、声の調子を変えた。

 

 加工もされていない、芝居も抜けた、ただの、疲れた中年男の声。懐かしい、故郷の言葉の、イントネーションで。

 

「——なあ。久しぶりだねえ、同郷の人」

 

 男は、笑った。

 

「『魔法少女リリカルなのは』は……好きだったかい?」

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