魔法少女リリカルなのはMissing in Ace~高難易度で行くリリカルなのは世界~ 作:ちょわわ
起動した機体は、五十を超えていた。
どの機体の装甲の奥にも、生体反応が灯っていた。あの弱々しい、不安定な、三十あまりの光点。捕虜だと思った信号は、機械に埋め込まれた人間たちの、細く長く引き延ばされた命の信号だった。急速な減衰は、拉致被害者のバイタル悪化などではなかった。——機体への「接続」が最終段階に入った際の、正常な工程だった。
区画のスピーカーが、割れた音声を吐き出した。
『——ようこそ、管理局の犬ども。歓迎するよ、我らが習作の展示会へ』
姿のない声だった。若いのか老いているのかも分からない、加工された声。
『命は潰えゆく世界の澱。ならば澱は、終わりの日のための薪となるべきだ。彼らは同意したよ。全員がね。この絶望した世界で、意味のある終わり方を与えてやれるのは、我々だけだったから』
「……ぺらぺらぺらぺら、うるせえんだよ」
リョウは、なのはを庇って後退しながら、吐き捨てた。頭の芯は、逆に冷えていた。冷えた頭の隅で、場違いな分析が回っていた。——この改造技術は、こんな峡谷の鉄屑どもに扱える水準じゃない。生命維持と機体接続の設計思想が、明らかに、外から来ている。誰かが図面を与えている。誰だ。
考えは、迫る駆動音に断ち切られた。
機体の群れが、包囲を狭めてくる。動きは鈍い。装甲は旧式。火器は貧弱。相手が「ただの無人機」なら、なのはの一射で終わる烏合の衆だ。
だが、あの装甲の一枚下には、眠る顔がある。
「……りょ……」
腕の中で、掠れた声がした。見下ろすと、焦点の合わない目が、必死にリョウを探していた。
「……撃て、ない……わたし、撃てな……ひとが、いるの……なかに、ひとが……」
「分かってる」
「……おいて……わたしを、置いて……あなただけなら、飛んで——」
「——ヴァレル二等空尉」
リョウは、意図して、一番冷たい声を出した。腕の中の目が、びくりと揺れた。
「寝言は療養休暇取ってから言え。誰が置いてくか、馬鹿。……いいか、よく聞け。おまえは撃つな。一発もだ。これは提案じゃねえ、トリガーとしての決定だ。——今日の戦場は、俺が担当する」
リョウは少女を、崩れた資材コンテナの陰に横たえた。立ち上がり、首を鳴らす。
ミニットマン051が、掌の中で短く駆動音を上げた。
「相棒。……派手にやるぞ。ただし、一人も殺すな」
《Ready.》
「今日ばっかりは、その返事、頼もしいぜ」
それは、なのは・T・ハラオウンが四年間見たことのなかった種類の、戦闘だった。
クルス・リョウは、撃ち落とさなかった。薙ぎ払わなかった。制圧しなかった。
彼はただ、躱した。
五十機の火線の網の中を、紙一重の連続で潜り抜けながら、すれ違いざまに一機ずつ、触れていくだけだった。関節部の駆動系に、至近からの最小出力弾。光学センサーに、閃光弾頭。姿勢制御の噴射口に、こじ入れるような一撃。どれも装甲の中の「人」には届かない、外側の、機械の急所だけを、外科手術のような精度で。
一機が膝から崩れる。一機が盲目になって同士討ちを始める。一機が制御を失って壁に突っ込む。倒せてはいない。誰一機、倒せてはいない。時間を、稼いでいるだけだ。分の悪い、出口のない、ただの時間稼ぎ。
なのに。
(……きれい)
コンテナの陰で、霞む視界のまま、なのはは思った。思ってしまった。
彼の機動には、彼女の飛び方にないものがあった。一撃ごとに、一手ごとに、骨の髄まで染み通った、たった一つの前提。
——明日も、この体を使う。
——明日も、生きている。
全ての回避が、全ての選択が、その前提から組み上がっていた。生き延びることを、恥じていない機動だった。生き延びることを、諦めていない機動だった。四年前、灰の上でたった一人、それでも死にたくないと両手を突き出した男の、機動だった。
「…………リョウ、さん」
名前が、唇から零れた。コールネームでも、階級でもなく。
その声は誰にも届かず、砲火の音に呑まれて消えた。
三分が過ぎた。
リョウの呼吸は、既に上がっていた。無力化できた機体、十一。残存、四十以上。カートリッジの残弾表示が、掌の中で赤く点滅している。
(通信、死んでる。転送、死んでる。増援、来ない。干渉場の発生源を潰さない限り——で、その発生源は工廠の最深部、この鉄屑どもの巣のど真ん中、と)
(詰んでる、って言うんだよなあ、こういうの)
肺に酸素を押し込み、リョウは笑った。笑うしかなかった。笑っていないと、腕の震えが本物になりそうだった。
その時、区画の最奥——溶鉱炉の赤黒い光の中で、ひときわ巨大な影が、身を起こした。
全高十メートル。他の機体とは明らかに設計思想の違う、重装甲の巨躯。その胸部装甲の中央には、他のどの機体より大きな観察窓があり、窓の向こうには、管に繋がれた人影が、ゆらりと透けて見えた。
スピーカーの声が、うっとりと囁いた。
『ああ、起きたか。——見せてあげよう、管理局の犬。我々の最高傑作を——』
巨躯の眼窩に、赤い光が灯る。
残弾表示が、点滅から、点灯に変わる。
(……おいおい)
リョウは、乾いた唇を舐めた。
(冗談だろ)